距離規制見直しと代替措置に関する検討状況

距離規制見直しと代替措置に関する検討状況
(一般財団法人石油エネルギー技術センター 自動車・新燃料部)
川付 正明、吉田 剛、高井 康之、○小森 雅浩
1. 検討の目的と概要
水素スタンドの設置に関わる技術基準は、一般高圧ガス保安規則(一般則)第 7 条の 3 や関
連する例示基準等に示されているが、そこでは水素スタンド設備のレイアウトに関わる基準として、
高圧ガス設備(水素スタンド設備)が確保せねばならない距離が規定されている。具体的には、下
表 1.1 に示すように、70MPa 級水素スタンドに対しては、4 つの距離に関わる規定がある。
表 1.1 水素スタンドに義務付けられている距離規定(一般則第7条の 3)
水素スタンド設備と他の可燃性ガスの高圧ガス設備との距離
高圧ガス設備(水素スタンド設備)と火気を取り扱う施設との距離
【火気離隔距離】
水素ディスペンサーと公道の距離
【公道ディスペンサー距離】
高圧ガス設備(水素スタンド設備)と敷地境界の距離【敷地境界距離】
6m以上
8m以上
8m以上
8m以上
本検討では、上表1.1 の 4 つの距離規定の内の火気離隔距離、公道ディスペンサー距離、敷
地境界距離を対象として、その短縮を可能とする措置を検討・具体化することを目的とする。
本検討は、内容的に以下に示す二つのサブテーマに分かれている。
○ サブテーマ①
『水素スタンド離隔距離の短縮を可能とする代替措置』の検討
○ サブテーマ②
『実験・数値解析による高圧水素噴流の拡散・着火・燃焼現象の解
明』
サブテーマ①は規制見直しに直結する検討であり、サブテーマ②は規制見直しを側面からサ
ポートする位置づけである。本稿では、次章以下で、サブテーマ①については昨年度取りまとめ
た検討方針について、サブテーマ②については昨年度実施した水素噴流実験の結果概要を報
告する。
2.サブテーマ① 『水素スタンド離隔距離の短縮を可能とする代替措置』の検討
一般則第7条の 3 にある水素スタンド距離規制に関わる条文は、「・・・・八メートル(圧縮水素ス
タンドの常用の圧力が四十メガパスカル以下の場合にあつては、六メートル)以上の距離を有し、
又はこれと同等以上の措置を講ずること。」という文面となっている。このように原則としては 8m の
距離を確保することが必要であるが、「同等以上の措置」(代替措置)を講ずれば短縮が認められ
ている。従来は、公道ディスペンサー距離についてはこのような代替措置による距離短縮は認め
られていなかったが、H27 年度末の省令改正で敷地境界距離・火気離隔距離と同様にこれが認
められた。
具体的な代替措置は一般則例示基準 56 の 2、22 に示されているが、大掛かりな障壁の設置
を必要とするものであり、水素スタンドを建設・運営する事業者にとって使い勝手が良くない。図
2.1 に敷地境界距離を短縮するために設置された障壁の例を示す。
図 2.1 敷地境界距離を短縮するために設置された障壁の例
そこで、例示基準 56 の2、22 に示された代替措置(障壁設置)の他に、より簡素で安全性を確
保することができる代替措置を検討しその具体化をはかることを目的とした検討を行っている。
2.1 新たな代替措置検討の方針
現行法規に規定された距離の短縮をはかるためには、それらの設定根拠を理解しておく必要
がある。これら距離は、過去の NEDO 研究(H15-24)で行われた高圧水素実験の実験結果を元
に決定されている。
火気離隔距離 8m は、漏えい水素の拡散濃度の評価により決定されている。圧力 82MPa、開
口径φ0.2mm を前提として、高圧水素の漏洩拡散に関する実験式を用いると、水素の拡散濃度
が LEL の 1/4(1%)を下回る距離が 7.6m と評価される。この 7.6m の端数を切り上げた 8mが火気
離隔距離の値として採られている。
敷地境界距離と公道ディスペンサー距離については、前記の拡散濃度評価に加え、着火を想
定した爆風圧評価とジェット火炎による熱影響評価が行われている。爆風圧評価と熱影響評価に
おいては、圧力 82MPa、開口径φ1.0mm を前提として、6m の距離で十分な安全性が確保できる
との評価がなされた。そして、拡散濃度・爆風圧・熱影響の 3 種類の評価で必要とされる最長の
距離である 8mが、法規上の値として採用されている。
このように、水素スタンドの敷地境界距離、公道ディスペンサー距離、火気離隔距離はいずれ
も、実質的には漏洩した水素の拡散濃度評価により決定されている。したがって、これら距離短縮
をはかるためには、拡散濃度に対する対応が不可欠となる。
水素スタンド事故のような高圧水素の漏えい時に拡散した水素が遠距離まで到達するのは、漏
えい水素が非常に大きな流れ速度を持っているからである。漏えい口内部では音速である
1000m/s 以上に達し、漏えい口から 1m 地点でも約 10m/s の流れ速度を持つ。(φ0.2mm
82MPa の場合) したがって、漏洩した水素の流れを遮り、流れ速度を減じさせる措置を講じれ
ば、水素が遠距離まで到達することを防止することができると考えられる。(図 2.3 参照)
図 2.2 現行の距離規制値の設定根拠
図 2.3 流れ速度を減じさせる措置
上記のような「流れ速度を減じさせる措置」について、その内容を具体的していく検討を本年度
実施する予定である。
3.サブテーマ② 『実験・数値解析による高圧水素噴流の拡散・着火・燃焼現象の
解明』
サブテーマ②では、水素スタンドにおける高圧水素漏えい事故時に生じる水素噴流につい
て、拡散・着火・燃焼の挙動を実験及び数値解析により解明することを目指した検討を行ってい
る。その一環として、昨年(2015 年)10 月に高圧水素噴流実験を行った。
同実験は、風の影響を排除するために、日本自動車研究所の城里テストセンター内にある防
爆試験ドーム内で行った。82MPa の高圧水素を、床面上 1.5mに設置したφ0.2mm の円形ピン
ホールノズルから水平方向に噴出させた。非着火実験では、噴出方向には各種計測センサーを
設置し、水素濃度、流れ速度等の計測を行った。着火実験では、噴出方向に設置した着火装
置による着火を試み、着火・燃焼の挙動を計測した。下表 3.1 に計測項目の一覧を掲げる。
表 3.1 水素噴流実験 計測項目
なお、着火装置には電気火花着火装置を使用した。着火エネルギーとして 30mJ/スパークを
与え、100ms 間隔(10Hz)で繰り返し放電を行っている。また、電極としてφ2.4mm タングステン
棒を先端角 30°に加工したものを使用し、電極間距離は 4.5mm とした。
本稿では紙幅の関係上全ての計測結果の報告はできないため、水素濃度計測結果と火炎
計測結果の概要を以下に報告する。
3.1 水素の濃度計測結果
今次実験では、高速度 FID による計測(実験 1-1)、ラマン散乱光による 2 次元面計測(実験
1-2)、ラマン散乱光による点計測(実験 3-1)の 3 種類の方法で水素濃度を計測した。水素濃
度計測の計測要領のイメージを図 3.1 に示す。
図 3.1 濃度計測のイメージ
3 種類の濃度計測結果を図 3.2、図 3.3 に示す。図 3.3 では、横軸をノズルからの距離 X を
等価口径θで除した無次元化距離で表している。図 3.3 に示すように、異なる方法で計測した
測定値はほぼ同一直線状にプロットされており、今次実験の測定精度が良いものであったと判
断できる。
図 3.2 平均水素濃度計測結果
図 3.3 平均水素濃度計測結果
(横軸無次元化)
過去の NEDO 研究(H15-24)では同種の水素濃度測定を実施しているが、その結果を参考
までに図 3.4 に示す。図 3.4 の赤マークが 80MPa での測定結果、青マークが 40MPa での測定
結果である。図 3.4 では図 3.3 と比較して測定値のバラつきが大きいことが認められるが、これ
は図 3.4 の過去の NEDO 研究では、測定を屋外で行ったため風の影響を受けたことによると推
測される。過去の NEDO 研究では、ばらついた測定値を基に、これらを包含するように実験式定
数(6400)を定め実験式(C=6400/(X/θ))とした。この実験式によるプロットは、図 3.3 の赤点
線、図 3.4 の赤実線で示している。
図 3.4 過去の NEDO 事業による平均濃度計測値
今次実験の水素濃度計測値(FID)と過去の NEDO 研究で得られた実験式を重ね合わせて
プロットした結果を図 3.5 に示す。図 3.5 からわかるように、今次実験では実験式よりも同一水素
濃度となる距離が短いという結果が得られた。例えば、水素濃度 1%となる距離は、今次実験結
果からは 5.3m程度となるが、実験式では 7.6mとなる。(なお、前章の現行距離規制の拡散評
価結果として示した 7.6mはこの値である。) このような差異が生じたのは、過去の NEDO 研究
では屋外計測に起因する測定値のバラつきを包含する形で保守的に(安全サイドで)実験定数
を決定しているためである。
図 3.5 水素濃度計測値と過去の NEDO プロ実験式
3.2 火炎計測結果
今次実験では、水素噴流中に設置した着火装置で着火を試み、以下の 3 種類の方法で着
火・燃焼挙動を計測した。
 燃焼中間生成物 OH の自発光撮影(紫外線)
 燃焼生成物 H2O の自発光撮影(赤外線)
 燃焼によるガス密度変化を可視化するシャドウグラフ
上記計測には高感度カメラを用い、500fps で高速度撮影を行った。計測のイメージを図 3.6
に示す。
図 3.6 火炎計測のイメージ
ノズルと着火源の距離 L を変化させて測定を行ったが、以下に結果概要を述べる。
(1)L=212mmの場合
ノズルと着火源の距離 L を、装置仕様上で可能な限り短く 212mmとして着火を試みたとこ
ろ、定常火炎(ジェット火炎)が形成された。今次実験では火炎長は計測していないが、過去の
NEDO 研究(H15-24)で得られた実験式に照らして評価すると、約 600mmの長さの火炎が形成
されたと判断される。なお、着火源位置の水素濃度は、前述の濃度計測(FID)結果の近似式で
評価すると 18.3%である。
(2)L=300mmの場合
L=300mm で計測を行ったが、OH・H2O の双方で火炎が形成され短時間で消滅する現象が
観測された。撮影結果を図 3.7 に示す。図 3.7 の上段は OH 自発光、中段は H2O 自発光、下
段はシャドウグラフの撮影画像である。また、左列は着火 2ms 後、中列は 10ms 後、右列は
32ms 後である。OH 画像では、10ms 後に約 300mmの火炎が観測された。なお、着火源位置の
水素濃度は、前述の濃度計測(FID)結果の近似式で評価すると 13.4%である。
図 3.7 火炎計測結果(L=300mm)
図 3.8 火炎計測結果(L=900mm)
(3)L=500、700mmの場合
L=500、700mmで計測を行ったが、L=300mm の場合と同様に、OH・H2O の双方で火炎が形
成され短時間で消滅する現象が観測された。ただし、ノズルと着火源間距離 L が大きくなるに
したがって、火炎サイズは小さく、燃焼継続時間は短くなっていく傾向が見られた。
(4)L=900mmの場合
L=900mmでは、OH では長さ約 50mmの火炎が短時間形成されるのが観測された。H2O で
は燃焼反応は観測されなかった。撮影結果を図 3.8 に示す。図の左列は着火 2ms 後、中列は
4ms 後、右列は 8ms 後である。なお、着火源位置の水素濃度は、前述の濃度計測(FID)結果
の近似式で評価すると 4.9%である。
(5)L=1000mmの場合
L=1000mmでは、OH、H2O のいずれの画像でも、燃焼反応は観測されなかった。なお、着
火源位置の水素濃度は、前述の濃度計測(FID)結果の近似式で評価すると 4.4%である。
上記(1)~(5)に示した結果を下表 3.2 にまとめる。
表 3.2 火炎計測結果

水素濃度 4.4%(L=1000mm)で燃焼反応は認められなかった。水素噴流中では、静置均
一混合気の場合と異なり、燃焼下限界は 4.0%より高い値であることが確認された。

φ0.2mm・82MPa の噴出条件では、ノズルから1m 以上離れた地点では、何らかの着火
源が存在したとしても着火しないことが確認された。
4.まとめ
本検討は NEDO 委託事業の検討テーマのひとつであるが、本年度(H28)が最終年度であ
る。本年度末には、サブテーマ①②について下表 4.1 に示す検討を完了させる予定である。
表 4.1 本研究の実績と予定
謝辞
本事業の成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から
の業務委託の結果得られたものである。