家族信託の事例Ⅰ(前号から続く)

18号(25・9)
家族信託の世界
相続対策の専門家
堀光博税理士事務所
092-292-5138
家族信託の事例Ⅰ(前号から続く)
前回17号では事例の基本部分を御紹介いたしました。今回は事例の具体的な内容を
御紹介していきたいと思います。
Ⅳ
信託の目的
信託には、必ず目的が存在します。
信託法においても、第二条で「信託」とは、(中略)目的の達成のために必要な行為を
すべきものとすると規定しています。つまり、信託は目的のために存在するとされてい
るのです。
家族信託における目的は、多くが「家」の存続と発展、そして子供や孫たちなど子孫
の幸せのためです。家業(事業)継続のためという事業承継信託も含みます。
いずれにしても、目的のない信託は存在しないのですから、その目的を関係者が充分に
理解する必要があります。目的が明確化すれば、手法は自ずと明確になってきます。
「何のための家族信託なのか?」は、財産や人のことを考える前に、充分協議して、協
議参加者全員の充分な理解が必要なのです。
この目的の達成を考えると、必然的に信託契約の開始時期・変更の有無・終了時期など
の基本的な流れが明らかになってきます。この時点で、税に関するチェックを行います。
民事信託をしたからといっても、節税にはならないことは、ずいぶん以前に説明しまし
たが、開始や終了のタイミングを間違えると、増税になってしまうことがあります。本
来なら、協議には税理士に常時参加をお願いしたほうがよいのですが、難しい場合は、
まずこのタイミングで税理士に確認して、関係者に大きな負担のかからない仕組みを採
用することになります。ここで、大きな負担なく目的を達成できることを確認します。
過大な負担がある場合は、目的の変更も考える必要があります。
事例における目的は、大きなトラブルの可能性を持つ兄二人を排除しつつも、将来的に
は一世代飛ばして長男の長男(孫)に家の存続を託すというものになっています。(信
託の開始は委託者の死亡または自己判断能力の欠如が確認された場合としています)
Ⅴ
信託財産の管理
信託財産は動産・不動産いずれにしても、充分に管理していく必要があります。実際
には受託者が管理してゆくのですが、信託法により規定されているのは、受託者の基本
的義務ですから、個々の信託財産の管理方法はここで規定する必要があります。ただし、
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あまりにも事細く規定した場合、受託者に大きな負担を強いることになりかねません。
商事信託においては、受託者は専門の管理者ですから、細かい規定でも対応できると思
います(その管理費用は別の問題です)。家族信託では基本的に受託者を個人と考える
関係上、受託者の裁量範囲を幅広く考えていきます。
前述の目的達成が前提ですから、これに反しない限りにおいては、手法の決定は受託者
の裁量に任せるほうが効果的ではないかと思います。
事例では、第一受託者が委託者の妻ですから、受託者の裁量の範囲は幅広く設定されて
いますが、第二受益者の一人である長女の同意を必要と規定しています。
Ⅵ
委託者・受託者・受益者の関係
家族信託の目的達成には長い時間を要する場合があります。40代の委託者が、子供
はまだ未婚なのに、孫やひ孫の幸せのためという信託を設定するならば、家族信託契約
は30年以上継続することになります。やり方次第では、40年も50年も継続させる
信託も設定可能となります。このような場合、家族信託契約締結当時の関係者は、だれ
も残っていないことが考えられます。委託者・受託者・受益者(収益・元本)を、どう
考えるのかは、大切な要素となります。
① 委託者
委託者の地位をどうするかを考えます。信託開始当初は委託者=受益者であり、
財産の所有者ですから、信託における権限は全て持ちます。信託法においても第5
8条で、受託者の解任権を規定しています。ただし、第58条は委託者と受益者の
合意があった場合としており、委託者の死亡後は合意が出来なくなることから、解
任権は一部制限されることになります。信託契約において規定をしなければ、相続
人が委託者の地位を引き継ぐことになりますが、委託者が一人以上になりますので、
信託の管理に支障をきたすこともあるかもしれません。また、委託者の地位を継承
させない契約とすれば、受託者の解任には裁判所の決定が必要となります。
当然ながら、当初の家族信託契約では信頼できる人を受託者としているのですから、
解任権の有無が大きな問題とならないことが望ましいと思います。
今回の事例では、委託者の地位は継承させておりません。受託者は、妻と子に連続と
しているためです。仮に受託に問題が生じた場合は、第一受託者および第二受託者(予
定)の合意で、信託を終了させるように考えています。
②受託者
事例では第一受託者は妻、第一受託者の自己判断能力欠如時は、死亡までの間は第二
受託者として長女としています。(長女が第二受託者となった場合は、第一受託者と
の合意形成が不能となるため、第一受託者の死亡までは信託は終了させることはでき
ません)
目的の設定次第では第三受託予定者など、複数の受託予定者を考える必要があります。
このため、受託者を法人とすることも考えた方がよい場合もあります。事例では個人
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としましたが、法人は解散しない限り存在し続けますので、長期の信託となる場合は、
積極的に法人を利用することも検討すべきだと思います。受託者を法人にした場合、
期間的な信託終了条件はなくなります(信託は30年を超えて新受託者を選任できな
い)
③受益者
事例において、発効当初の受益者は委託者となります(生存している委託者以外が受
益者となった場合、贈与税が課税されるため)。委託者死亡後は、第一受託者が受益
者となるのですが、100%の受益権とすると受託者=受益者となり、受託者と受益
者は併任できないため、信託は継続できません。このことから、10%を第二受託予
定者である長女が持つことにしています。第一受託者死亡によって信託は終了し、長
女が元本受益者となります。
事例はあくまでも、死亡を原因として権利の移転をしていますが、これは遺贈が最も
税額が少なくなるとの税理士の指導によるものです(相続税の予測を詳細に行ってい
ただきました)
。
前述の法人を受託者とした場合、長期の信託契約となることから、終了条件を詳細に
規定しなければ、数世代に渡る相続の発生が考えられるため、受益権の分配が議論の
的になるのではないかと思われますが、大型賃貸不動産などでは、あえてこのパター
ンを採用していることがあります。また、贈与税を考えなければ、期限付き収益受益
権付与で遺留分の支払いも理論的には可能です。受益権は債権ですから、工夫次第で、
様々な場面で活用できるのが収益受益権であると言えます。
家族信託においては受益者を必ず設定していただくようにしておりますが、受益者を
指定しない民事信託も考えられます。この場合、真の所有者は受託者と認識されます
ので、充分な配慮が必要と思われます。
Ⅶ
第三者対抗
信託法第十四条において「登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に
対抗することができない財産については、信託の登記又は登録をしなければ、当該財
産が信託財産に属することを第三者に対抗することができない。」とされています。
一般には契約後、登記または登録を行うことになりますが、事例においては、委託者
は年齢的にも60代であることから、不動産については仮登記のみを行っています。
信託契約の発効時に本登記を行うとして契約書に記述しており、登記の物件によって
は多額となる税額負担の軽減(2分割)をしております。
信託契約を行う以上は、第三者対抗を考える必要がありますので、信託を考える時に、
費用面を充分配慮しなければならないと考えます。登記については、司法書士と充分
協議を行うことをお奨めいたします。
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Ⅷ
信託の終了
家族信託の世界の中で、しつこいほど主張していたのが信託の終了に関する考え方で
す。信託の終了によって、元本が指定受益者に渡ることになりますが、一般的な信託
は、ここが目的の最終仕上げとなります。事例においても、家族内で信託契約を行い
ましたが、最終的には長女経由で長男に財産を渡すという目的の達成のための最終
手段が元本受益権と言えるのだと思います。
当然のことながら、終了時点における元本受益において最も考慮しなければならない
のは、税金に関する部分と思います。つまり、死亡を原因として終了する信託は遺贈
ということになりますが、他の要因による終了は委託者=受益者の状況でない限り、
贈与税が課税されることになります。ご存じのように、贈与税の税率は非常に高いた
め、安易な契約書は関係者に対し大きな負担を強いることになります。
法的な終了要因は別として、契約書において指定された終了条件は、基本的に目的達
成と考えられるのですが、その時点における家族関係や税関系などを複合的に配慮し
なければ、家族の幸せを考える家族信託とは言えなくなります。これは非常に難しい
作業になります。事例でも、元本受益者が長女であることは、皆さんも違和感がある
のではないかと思います。本質的な目的である家の存続を考えれば、長女の死亡で元
本受益を長男の長男とすべきであると考えるのが当然と思います。しかしながら、現
在の長女の年齢を考えれば、平均余命で計算すると信託の終了は55年後となってし
まいます。このように長期にわたって、一つの契約書でが家族を財産的に拘束するこ
とが良い事なのどうかを考えました。世の中も個人も時間経過と共に変化します。こ
のような中で、55年もの長い間、契約書が効力を持っているということは、信託が
家族の自由な変化を阻害してしまうのではないかと考え、本質的な目的とは異なりま
すが、終了条件を第一受託者兼第二受益者である母の死亡としました。
課税上・登記上での相続は、信託は無いものとして考えますので、母の遺言書の附言
で、長女や長男・次男への気持ちを明らかにしてもらいたいと考えました。
何度も申し上げますが、信託契約の前に、家族信託の大きな目的は、家族の幸せを望
む気持ちです。これを実現するためには、使える機能をあえて使わない勇気を持ち、慎
重な準備をしていくための関係者の努力が欠かせないものだと思います。
家族信託はオーダーメイドであると過去に述べました。信託契約を行う家族の幸せを法
律的に実現するためのツールとしての民事信託は効果的ですが、安易な契約は家族を不
幸にしかねません。オーダーメイドであることは、大きな自由がありますが、恐ろしい
面も併せ持ちます。我々関係者は、この点を考慮しておかなければなりません。
最近、2・3回の面談だけで、契約書を作成していくような事業者がおられると聞きま
した。家族のために良い契約書であればなんら問題は無いのですが、本音を聞きだし、
家族の実情に合わせた契約書が、そんなに簡単にできるとは思えません。私の打合せは、
あまりにも時間をかけすぎるのではないかという意見もあるのですが、相続に関しての
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本当の気持ちを聞きだし、家族の幸せを真剣に考え、家族信託契約の運用指導までを考
えると、それでも少ないのかもしれないと思っています。
前号の最初にお断りしましたように、実際の契約書を記載することはできません。これ
までの説明が、契約書に記載されるべき最低限の内容を述べています。皆さんはもう少
し細かい内容を期待されたのかもしれませんが、これ以上の説明は個人を特定される可
能性がありますので、ここまででご容赦下さい。
次回19号では、17・18号の事例と異なる事例をご紹介します。
by T.Senoo
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