水素ステーション等で使用する金属材料の鋼種拡大に関する検討状況 (一般財団法人石油エネルギー技術センター 自動車・新燃料部) 小林 拡、大島 伸司、川又 和憲、○福本 紀 1 低合金鋼の活用 1. 開発の背景 Cr-Mo 鋼に代表される低合金鋼は安価な高強度材料として、一般産業において高圧容 器等に多用されていることから、蓄圧器や圧縮機等、高圧水素用大型機器のコスト低減 に寄与し得る材料として期待され、普及に向けた法的環境整備を強く要望された。 水素適合性を改善するためには、材料強度を一定範囲に制限する必要があることや、 長期間高圧水素に暴露される場合、接ガス面の表面欠陥が受ける水素影響が顕著になる 等、水素固有の追加要求が必要であることも明らかになっている。 以上の要望を鑑み、平成 25 年度より着手した NEDO 水素利用技術開発事業(以下本事 業という)において、特定設備検査規則による低合金鋼による蓄圧器製造を想定し、現 行基準による要求だけでは安全担保が難しい水素固有の技術課題を成文化し低合金鋼 ガイドラインとして例示することを目標とした。 2. 開発方針 低合金鋼ガイドラインを作成するにあたり、以下の方針を定めた。 <低合金鋼ガイドライン作成方針> 1) 目的 蓄圧器の製造ならびに申請実績にもとづき、水素固有の技術課題を例示することに より、参入者の利便に資する。 2) 選定理由 NEDO 水素・製造・輸送貯蔵事業(平成 20 年度~平成 24 年度)において水素ステーシ ョンのコスト内訳を調査した結果、図 2.1 に示すように、圧縮機・蓄圧器等の高圧 大容量機器のコストが約 1/3 を占めるこ とが明らかとなった。本事業で調査した 結果、当該機器には、安価で高強度を有 する低合金鋼の利用が要望されているこ とを確認した。低合金鋼は水素の影響を 受ける材料であり、高温・高サイクル負 荷を受ける圧縮機の安全利用検討に先立 ち、常温での使用が前提となる蓄圧器の 安全利用検討を行うこととした。 図 2.1 水素ステーションのコスト内訳 3. 低合金鋼製蓄圧器の事例 想定した低合金鋼製蓄圧器の事例を図 3.1 および図 3.2 に示す。 図 3.1 は内容積 60L 級鋼製蓄圧器(内径約 140mm×肉厚約 40mm×長さ約 4m) であり、 図 3.2 は内容籍 300L 級鋼製蓄圧器(内径約 300mm×肉厚約 70mm×長さ約 4m)である。い ずれも非常に肉厚の円筒形状を有することがうかがえる。 FC Expo 2014 展示品 (日本製鋼所) 図 3.1 60L 級蓄圧器の事例 図 3.2 100L 級蓄圧器の事例 4. 低合金鋼製蓄圧器が受ける負荷と寿命 低合金鋼製蓄圧器は、図 4.1 に示すように蓄圧器内部の圧力が高圧となることによ りき裂が進展し、ついには肉厚を貫通して寿命にいたる。 き裂の進展速度(da/dN)は、応力拡大係数 蓄圧器の受ける負荷 (σ√πa)と強い相関があり、き裂長さ(a)が大 傷が開く (き裂が進展) 傷は閉じている (き裂の存在) きいほど、応力(σ)が大きいほど、き裂の進展 速度(da/dN)は速くなる(=寿命が短くなる)こ とが知られている。 従って、鋼製蓄圧器の長寿命化を図るため には、次の点を考慮しなければならない。 大気圧 高圧負荷 応力(σ) ・初期き裂長さ(a)を小さくする 貫通 ・応力(σ)を小さくする 繰り返し ・高強度材を用い相対応力を小さくする 初期き裂長さ(a)を小さくするためには、蓄 圧器内面の表面仕上げに留意し、適切な検査に より問題となる大きさの初期き裂を排除する き裂進展(da) 大気圧 (進展き裂) 応力(σ) 高圧負荷 (き裂開口) 図 4.1 蓄圧器の受ける負荷と寿命 ことが有効である。相対応力(σ)の影響を小さくするためには、材料を厚肉化すること や高強度の材料を用いることが有効である。ただし、材料が高強度になるほど水素の影 響が顕著に表れるため、後述のとおり適切な強度範囲に調整することが肝要である。 5. 蓄圧器用鋼材に要求される特性 蓄圧器用材料に要求される特性としては、高い強度だけではなく十分な靱性(粘り) が要求される。例えば、き裂が貫通して寿命に至った場合に、十分な粘りがなければ一 気に破壊が進み非常に危険である。 図 5.1(a)は、チョコレートを事例に硬さ(強度)と粘り(靱性)の関係を模式的に示し たものであり、例えば温度の高い場合には、柔らかく(低強度)割れ難い(高靱性)という 特性を示し、冷却すると硬く(高強度)割れ易い(低靱性)という特性を示す。 (a)チョコレートの事例 (b)鉄鋼材料の事例 図 5.1 強度と靱性の関係 鉄鋼材料の場合も同様に、図 5.1(b)に例示するように、引張強さが高くなるほど靱 性が低下する傾向を示す。この時、熱処理等に起因するミクロ組織の変化により特性が 変わることから、均質な熱処理が困難となる厚肉材の場合には、検査により適切な特性 を得られていることを確認する必要がある。 第 4 節において、鋼製蓄圧器の長寿命化を図るためには、高強度材を用い相対応力 を小さくすることが有効であるが、材料が高強度になるほど水素の影響が顕著に表れる ことを紹介した。図 5.2 は、水素の影響が顕著となる切欠き試験片を用い、平滑試験片 の引張強さとの相関から、水素の影響を考察したものである。図中の青色破線(大気中) の曲線は単調増加しているのに対し、赤色破線及び黒色破線(水素中)の曲線はある曲大 点を示し、水素の影響を受けない適切な強度範囲が存在することを示している。 図 5.2 水素中と大気中の切欠き引張試験結果 6. 低合金鋼ガイドライン 1) 検討対象 低合金鋼製蓄圧器の安全利用を検討するにあたり、以下の前提条件を想定した。 ・根拠法規: 特定設備検査規則・特定設備検査規則関係例示基準集 (安全係数=4) 根拠法規は、現行の蓄圧器製造者が参照している特定設備検査規則な らびに特定設備検査規則関係例示基準集とし、技術的根拠を検討する ため、必要に応じ、KHKS0220 や ASME Sec.Ⅷ Div.3 KD-10 等の規格 を参照することとした。 ・対象機器: 鋼製蓄圧容器(Type-1) 蓄圧器は、現在使用実績のある全鋼製容器(Type-1)を想定した。 端部を蓋で封止するフランジ型ならびに絞り成形による口金部で封 止するボンベ型が存在するが、両者を対象に検討を進めることとした。 鋼製容器は、Type-2 容器の鋼製ライナーの等価であることから、業 界要望の大きい Type-2 容器検討との連携も配慮することとした。 ・設計圧力: (40MPa 以上)100MPa 未満 蓄圧器の常用圧力として、超高圧の境界となる 100MPa 未満の圧力上 限を想定した。 ・使用材料: 低合金鋼 これまでに実用化されている鋼種は特定されているものの、技術的課 題を整理し性能要件を明らかにすることが望ましいことから、特に特 定の鋼種に限定せず、検討することとした。 ・特記事項: 疲労解析・き裂進展 特定設備検査規則においては、特に疲労解析・き裂進展解析を要求し ないが、水素影響を受ける低合金鋼の特性を鑑み検討項目とした。 2) 推進体制 図 5.3 に示す本事業の実施体制内に、本事業関係者からなるメンバーに加え、蓄圧 器ならびに低合金鋼製造者にオブザーバー参加いただく低合金鋼ガイドライン作成 WG を組織し、有識者の意見を聴取し検討を進めることとした。 <低合金鋼ガイドライン作成 WG> 代表幹事: (一財)石油エネルギー技術センター(JPEC) メンバー: 日本製鋼所・九州大学・金属系材料研究開発センター(JRCM) オブザーバー: 日鉄住金機工・高圧昭和ボンベ・JFE スチール 図 5.3 本事業実施体制 3) スケジュール 平成 27 年度末までに前記要件を整理して低合金鋼ガイドラインを策定することを目 標とし、平成 28 年 3 月開催の第 3 回ステアリング委員会において承認された。 今後さらに基準値等を精査して、平成 29 年度末を目標に技術文書発行を図ることと し、表 6.1 に示す作成スケジュールを設定している。 表 6.1 低合金鋼ガイドライン・技術文書作成スケジュール 4) 低合金鋼ガイドラインの概要 低合金鋼ガイドライン構成を表 6.2 に、文書形式を図 6.1 および 6.2 に示す。 表 6.2 低合金鋼ガイドラインの構成 節 整理番号 1総則 1-1 適用範囲 2-1 材料 2-2 適切な強度範囲の設定 2-3 許容引張応力 2-4 均質性確認 2-5 衝撃試験 2-6 破裂前漏洩条件(LBB 評価) 3加工 3-1 冷間加工・熱間加工 4検査 4-1 材料の検査 5-1 応力解析 5-2 疲労解析 5-3 疲労き裂進展解析 5-4 初期想定欠陥の設定 5-5 評価 2材料 5水素中の安全性検証 項目 図 6.1 低合金鋼ガイドライン形式 図 6.2 技術シートの事例 2.成果 平成 27 年度の活動を通じ、次の成果を得た。 1. 低合金鋼の安全利用を目的として、特定設備検査規則・特定設備検査規則関係例示 基準集を補完する水素固有の技術要件を整理し、低合金鋼ガイドラインを作成した。 2. 詳細な技術内容を加味して内容を充実させ、技術文書を策定する予定である。 3.謝辞 この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) の委託業務の結果得られたものです。 以上
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