PM2.5濃度予測のための大気質モデル研究 -PM2.5圏外流入分/圏内生成分解析- 大気研究WG 1.研究開発(調査)の目的 将来の自動車・燃料における技術的課題の解決を目指し、平成27年度よりJATOPⅢ(Japan Auto-Oil Program Ⅲ)が開始された。JATOPⅢは3年間続けられたJATOPⅡの後継事業であり、 JATOPⅡの大気研究分野では、環境基準達成に向け取組が強化されているPM2.5について、 大 気質予測モデルを活用し、再現性の評価と将来の推計を実施した。最新の排出インベントリの反映 やモデルのバージョンアップを図り、日々のPM2.5濃度変化を概ね再現することはできたが、季節変 動やPM2.5を構成する各成分の再現性には課題が残った。 そのため、JATOPⅢ大気研究では、JATOPⅡを通じて明らかとなった課題について、更なる 検 討、改良を加え、自動車による影響度合を明確にするとともに、今後の大気環境改善に向けた対策 の効果予測を行い、環境施策に資する技術データを提供していく予定である。 ここ数年のわが国の都市の大気環境研究のうち、解決が困難な課題としてあげられるのは、 二次 生成反応の影響が大きい光化学オキシダントとPM2.5であると考えられる。 表1 日本の大気環境の課題 これまでの取り組み、現状 今後の課題 ①大都市 NO2、SPM 自動車単体規制、自動車NOx・PM法、低公害車の普及によ り、一部の測定局を残し、環境基準をおおむね達成。 すべての測定局、すべての地点で の継続的な環境基準の達成 ②光化学 オキシダント 固定発生源に係る規制と自主的取組みにより、VOCをH12 年比30%以上の削減見込みであるが、環境基準達成は1% 未満。 ③PM2.5 ④広域大気 汚染 実態解明のために、広域大気シ ミュレーションを活用し、汚染物質 濃度の把握や生成機構の解明を 行うとともに、排出インベントリの 環境基準が設定され、常時監視体制が構築されつつあるが、 整備・改善、常時監視の体制整備 測定データから全国的に環境基準を超える可能性が示唆さ および精度向上などを図る。 れる。 東アジア地域において、急速な経済発展に伴う大気汚染物 質の排出利用が増加することで大気汚染が深刻化、日本に 飛来する黄砂に付着した有害物質の影響懸念。 広域大気汚染対策は、全体的な 取り組みとして都道府県、国を超 えた広域的な取り組みが必要。 環境基本計画(2012年度、大気環境)抜粋 二次生成反応の研究には広域の大気予測モデルによる解析が有効と考えられるが、課題としては 以下のものがあげられる。 <大気研究の課題> ①広域大気シミュレーション改善 ②生成機構解明 ③発生源情報(排出インベントリ)の整備改善 JATOP大気研究では大気質予測モデルを活用し、再現性の評価と将来の推計を狙いに研究を 推進しているが、発生源情報(排出インベントリ)の整備については、平成25度より環境省の 「PM2.5 排出インベントリ及び発生源プロファイル策定業務」で取り組んできた。JCAP/JATOPで培われた 排出インベントリ(JEI-DB)は、「ナショナルインベントリ」のベースと位置づけられ、平成27年度も同 業務にて排出インベントリの改良に向けた取り組みを実施した。 今後も大気質予測モデルや観測結果の解析で得られた知見は、積極的に排出インベントリの改良 に反映していく予定である。PM2.5を中心とした大気研究の課題に対応するJATOPⅢ大気研究のフ レームワークを図1に、全体の実施計画について図2に示す。 図1 JATOP大気研究のフレームワーク 2016.4 2015.4 JATOPⅢ 対策基盤事業 国 自治体 2017.4 2018.3 大気環境モニタリング充実 発生源情報の整備(ナショナルインベントリ策定) PM2.5排出抑制策中期的課題 二次生成機構の解明(SOA動態解明、VBSモデル実装) 二次生成機構の解明(第2Phase?) 排出量実態把握(凝縮性ダスト測定法、排出量推計手法) シミュレーションモデル高度利用(?) ☆ NIES-JAMAカンファレンス 共同観測参画(?) 今後の研究の方向性 大気シミュレーション(観測結果との比較、VOC再現性検討) 将来推計 大気モデ ル改善 (JAMA) 大気観測 チャンバー実験 JATOP版SMOKE骨格検討 PM2.5排出インベントリの 整備・改良業務 インベン トリ精度 改善 (環境省) (手法の検討、インベントリ作成、対策案評価) ○ 炭素成分過小 ○ イオン成分過大対策 (高濃度エピソード継続観測/フィルタ分析) (植物VOC収率実測モデル化/人為VOC収率実測モデル) JATOP版SMOKE実装 検証・改良 EI使いやすさ向上 PM2.5排出インベントリの整備・改良 (時間・空間配分検討/評価/更新) ガソリン車排出ガス 実態調査業務 シミュレーション 精度向上 固定発生源インベントの改良 インベントリの精度向上/更新に向けた 取り組み(予定) (MAP調査解析/ポイントソース化検討) ※実施内容は環境省の意向により変わる 固定発生源測定調査業務 PM2.5排出インベントの情報提供対応 他機関からの情報提供 船舶排出量データ等 図2 JATOPⅢ大気研究 実施計画 2.研究開発(調査)の内容 ここでは、平成27年度に取り組んだJATOPⅢ大気研究テーマの中で、JATOPⅡが実施した夏 季広域大気観測による都市圏におけるPM2.5の圏内生成分/圏外流入分の解析結果について、大 気予測モデルによる検証を行ったので、その概要を報告する。 JATOPIIでは、2011年度に中京圏で、2013年度に関東圏で夏季広域観測1)、2)を行い、PM2.5の 主要成分の圏内生成分/圏外流入分の解析を実施した。図3、図4にその結果を示す。 15 硫酸イオン (mg/m 3) 長久手(豊田中研) 12 9 長距離輸送分 6 圏内生成分 3 欠測 6/20 6/22 6/18 6/16 6/14 6/12 6/10 6/8 6/6 6/4 6/2 5/31 0 NO₃⁻ SO₄²⁻ 図3 中京圏における圏内生成分/圏外流入分の解析結果(2011年) 10 九段 都心部地点 圏外流入分 濃度 (μg/m3 ) 8 圏内生成分 6 4 2 0 OC 潮田 NO₃⁻ SO₄²⁻ NH₄⁺ 10 市原 綾瀬 8 8 6 6 6 4 4 2 2 0 0 OC EC NO₃⁻ SO₄²⁻ NH₄⁺ 濃度(μg/m 3) 8 濃度(μg/m3 ) 濃度(μg/m 3) EC 10 10 4 2 OC EC NO₃⁻ SO₄²⁻ NH₄⁺ 0 OC EC NH₄⁺ 図4 関東圏における圏内生成分/圏外流入分の解析結果(2013年) 今回使用したJATOPⅢの大気シミュレーションモデル概要を図5に示す。なお、中京圏の場合は 関東領域の部分を中京領域に置き換え、排出インベントリも2010年度版で実施している 図5 JATOPⅢの大気シミュレーションモデル概要 大気シミュレーションによる圏内生成分/圏外流入分の解析手法を図6に示す。アジア排出量/日 本排出量/関東排出量を入力する場合としない場合を組合せることで、圏内生成分/圏外国内流入 分/国外流入分を計算する方法で実施した。 図6 圏外流入/圏内生成の解析手法 大気シミュレーションで解析した結果と、広域大気観測で解析した結果を比較したものを図7に示 す。野木と綾瀬の観測期間平均値である。OCの計算値に関して、野木と同様に綾瀬でも圏外流入 分の大半が国外起因となった。EC濃度については、野木では計算値が過小評価となっていたが、 綾瀬ではほぼ同等の値となり、文献3)で指摘された傾向(EC濃度は都市部で妥当、郊外で過小評 価)と同等の結果となった。NO3-の計算値は、野木、綾瀬ともに圏内生成分が大半となった。SO42-の 計算値の圏外流入分は、野木、綾瀬ともに国外流入分と関東圏外国内流入分が概ね同等となっ た。 図7 圏外流入分/圏内生成分の解析結果 (野木/綾瀬の観測期間平均値) 更に、関東圏の綾瀬と中京圏の長久手の結果を比較したものを図8に示す。OCについては、綾瀬、 長久手ともに圏外流入分の大半が国外流入である傾向は同じであった。SO42-については、綾瀬の SO42-の圏内生成は長久手よりも多く、このことから首都圏では中京圏に比べ圏内のSO42-原因物質 の排出量の影響が大きいと示唆された。 7 綾瀬 7 5 左:観測値 右:計算値 4 国外流入 圏外国内流入 3 圏外流入(観測値) 2 関東圏内生成 左:観測値 右:計算値 4 国外流入 3 圏外国内流入 2 関東圏内生成 1 0 100% 0 100% 90% 圏外流入(観測値) 90% 80% 80% 70% 70% 60% 50% 割合 割合 5 1 40% 30% 60% 50% 40% 30% 20% 20% 10% 0% 長久手(2011.06) 6 濃度 (μg/m3) 濃 度 (μg/m3) 6 10% OC EC NO 3 - SO4 2- NH4 + 0% OC EC NO3 - SO4 2- NH4+ 図8 綾瀬と長久手における圏外流入分/圏内生成分比較 (観測期間平均値) 3.まとめと今後の課題 大気シミュレーションと広域大気観測による都市圏の圏内生成分と圏外流入分を解析することによ り、以下のような結果が得られた。 PM2.5成分のシミュレーション結果は概ね再現する SO42-は圏内生成分が4~5割と中京圏より多い。国内/国外流入分が半々 OCの圏内生成分は3~4割、圏外流入分の大半が国外流入分 JATOPⅢ大気シミュレーションの今後の研究としては、以下のような課題を検討していく予定であ る。 2025年の将来推計-インベントリ準備(自動車/自動車以外) VOC再現性検討-温度依存のモデル化/無反応成分の影響解析 大気モデル用変換ツール-概念の検討/ツールの試作・評価 発生源寄与度の解析-シミュレーションの実施/解析 参考文献 1) 唐澤正宜, 竹川秀人, 神田栄治, “関東圏の境界地域と都市域におけるPM2.5夏季観測, 主要成分の圏内生成分と圏外流入分の推定”, 第56回大気環境学会年会講演要旨集, p.3 78 (2015) 2) 茶谷聡, 唐澤正宜, “大気質シミュレーションによる2011年6月中京圏PM2.5の動態と地域別 発生源の影響解析”, 第55回大気環境学会年会講演要旨集, p.481 (2014) 3) 森野悠, 茶谷聡, 速水洋, 佐々木寛介, 森康彰, 森川多津子, 大原利眞, 長谷川就一, 小 林伸治, “大気質モデルの相互比較実験によるO3, PM2.5予測性能の評価-2007年夏季、関東 の事例”,大気環境学会誌,45-5, p.212-226 (2010)
© Copyright 2025 ExpyDoc