会員 寄稿 - 新潟県医師会

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会員
寄稿
濱 斎君の思い出
樋
熊
紀
雄
「佳人薄命」
掲げて大学周辺をデモ行進したり、2人で全国集
学生時代
会に参加したこともありました。全国の医学生の
私と濱先生との出会いは、新潟大学医学進学課
結集はその結果として、昭和43年には身分の無い
程に入学し、新潟大学学生寮「六花寮」入寮式で
インターン制度の廃止を勝ち取り、卒後2年間の
あった。六花寮には東西南北に中を合わせ5棟が
研修が努力・義務化させました。以降卒後研修は
あり濱君は東棟の2人部屋で寮生活をスタート。
時代の要求と共に変化していくことになります。
入寮後の歓迎会の席で顔を合わせたのが最初でし
た。お互い緊張しながら用意された食事と酒を酌
研究
み交わした(濱君はまだ未成年だったので飲んだ
大学病院に立てこもり、市中病院でのインター
かどうか不明です)思い出があります。寮生活で
ンをボイコット、
昭和43年の国家試験を受けた後、
は先輩に寮歌を教わり、寮祭には女子寮にストー
4月新潟大学第一内科に入局し、約1年の一般研
ムをかけ、ドッペリ坂から古町の灯を眺め、そし
修の後1年間研修出張で濱君は秋田赤十字病院へ
て、古町へ。寮生活の楽しい思い出として今も記
赴任し、臨床の実をあげることとなります。昭和
憶新たです。
45年4月からは、内分泌・代謝班に所属し、臨床
濱君は入寮後確かフルートを購入し暇を見ては
と研究に励むこととなりました。その中で時々口
練習に取り組んでいたように思いますがその後の
にするのが「Bartter 症候群」という病態につい
成果は残念ながら解りません。想像では優しい演
てと、記憶しています。
奏をしていたのではと思いますが、ご存じの方は
最近では Bartter 症候群は、中等度から高度の
いませんでしょうか。また寮生活では、先輩に囲
レニン活性亢進と高カルシウム尿症を伴い、血圧
碁の手ほどき受けみるみる実力をつけていたよう
は正常で浮腫の見られない、高度の高アルドステ
に思います。
ロン症(低カリウム性アルカローシス)によって
濱君は優秀で入学後はクラス委員となり、それ
特徴づけられるとあります。
は、その後卒業まで続けることとなり、かつ卒業
彼は、RI を用いて血漿レニン活性の測定に入
後も幹事役は濱君と同級生はすべて「おんぶに
り、並行して血清ナトリウム、カリウム、尿中の
だっこ」頼れる人として人望厚い存在でした。
ナトリウム・カリウムを測定し、この難しい病態
寮生活は濱君も私も医学部進学課程の2年間で
解明にチャレンジしていたようです。
それぞれ下宿生活へ。部活はサッカー部に所属し
こうした研究中にも、高血圧症を通して地域医
体を鍛えるべく走る・蹴るトレーニングに励みま
療と生活習慣を改善し、地域の健康増進に夢を持
した。当時サッカーはマイナースポーツでしたが、
ち続けていたように思われます。
昭和39年、新潟国体で国内一流のプレーを観戦で
きたことは良い経験でした。
地域に根差して
濱君は、医学部3年から4年次は、インターン
大学での研究・研修が10年を過ぎ、第一線にで
闘争の中心的存在として明け暮れ、インターン廃
て高血圧の臨床をやろうかと考えていた頃、当時
止と実のある卒後研修制度を要求し、反対の旗を
の木戸病院院長斎藤恒先生から「医療生協を創る
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ので力をかして欲しい」と懇願され、昭和53年4
長を務めており、その後は名誉院長となり、
「新
月新潟医療生活協同組合立木戸病院へ赴任するこ
病院の建設と健康増進センターを作って生活習慣
とになりました。
病を減らすための生活習慣改善に積極的取り組み
赴任後の活動・生活は、寸暇も惜しまず地域住
たい」という新たな夢を描くこととなります。
民のために活躍されていたようです。
赴任に当たって、生活習慣の改善によって、高
夢を形に
血圧の発症をどの程度予防できるかを明らかした
平成23年7月に新病院が開院し、病院の2階に
いと考え、組合員の皆さんと積極的にかかわるよ
健診センターが併設され、医療生協の組合員を中
う地域に赴き活動の支援に取り組むこととなりま
心とした地域住民の健康管理の砦として機能する
した。
ことになり、濱先生の描いた「健康づくり拠点病
健康維持のためとして、日々ジョギングし、マ
院」の考えが実現し、これからその効果が実証さ
ンションはエレベータは使わず歩いて昇降の毎日
れることでしょう。
と風の便りに伝え聴こえてきました。
新しい病院で声を出して指揮をとれなかった事
そして、病院は、時代と地域のニーズに応える
は、残念であったでしょうが、これまで育て指導
よう拡張していきますが、その中心的指揮官は濱
してきた職員がきっと近い将来夢を形として確立
君であったと考えられます。結果としてフィール
していく姿を遥か遠くから見守っていてください。
ドワークができなくなり、病院内の臨床に費やす
今年は日本三大奇祭の一つ諏訪大社祭が開催さ
時間が増え、赴任当初考えていた生活習慣の改善
れます。濱君の澄み切った甲高い木遣りの歌声が
と高血圧の発症の予防という命題の解決は達成で
聞こえてくるようです。
(
きなかったと述懐しています。
新潟南病院
平成11年4月から平成20年4月まで木戸病院院
昭和42年新潟大学医学部卒業
)
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平成27年度がん登録届出状況
3月末現在
区分
4月~2月
3月
計
(平成26年度計)
届 出 件 数
24,245
3,833
28,078
27,291
医療機関数
118
36
実医療機関数
118
120
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