2016 年 5 月 2 日 BTMU Economic Brief, London 経済調査室 ロンドン駐在情報 The Bank of Tokyo-Mitsubishi UFJ, Ltd Economic Research Office (London) Name |髙山 真 ([email protected]) 英国の EU 離脱問題~世論調査をどう読むか? 【要旨】 英国では、欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票が 6 月 23 日に実施さ れる。世論調査会社 9 社の直近の調査結果の平均は、残留が 44%、離脱が 40%と 僅差ながら残留が離脱を上回っている。 ただしここで、調査方法毎の平均をみると、インターネットを通じたオンライン調 査の結果は、残留が 40%、離脱が 41%と拮抗状態にあるのに対し、電話調査では 残留が 47%、離脱が 38%と残留が大きくリードしている。 このような乖離が生じる要因としては、①質問形式(選択肢)の違いと②調査方法 毎の回答者の属性の違いが指摘されている。英国の市場調査会社ポピュラス社の研 究では、これら 2 つの要因の影響度を計測した上で、総合的には電話調査の方が世 論の実態に近いと結論付けている。 残留がやや優勢という見方は、エコノミストなどの専門家の見解とも共通してい る。もっとも彼らも、英国が EU を離脱する確率は 3~4 割あるとみており、決し て楽観できる状況ではない。 特に、国民投票が行われる 6 月 23 日までに、英国内で大規模なテロが発生した り、残留派の中心であるキャメロン首相やオズボーン財務相の信任を失墜させるよ うな事件が起きた場合には、世論が一気に離脱に傾く可能性がある。国民投票の行 方については、投票日まで予断を許さない状況が続くとみておくべきだろう。 1.世論調査は、調査方法の違いが結果に影響 英国では、欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票が 6 月 23 日に実施される。 仮に英国の EU 離脱が決定した場合には、英国のみならず、欧州全体の政治や経済にも無視 できない影響を与えるとみられており、内外の注目を集めている。 投票の行方を占う手掛かりになっているのが世論調査だが、調査会社 9 社の直近の調査結 1 果の平均は、残留が 44%、離脱が 40%と僅差ながら残留が離脱を上回っている(第 1 表)。 ただしここで、調査方法毎の平均をみると、インターネットを通じたオンライン調査の結果 は、残留が 40%、離脱が 41%と拮抗状態にあるのに対し、電話調査では残留が 47%、離脱 が 38%と残留が大きくリードしている。 第1表:英国のEU離脱の是非に関する世論調査結果(調査会社別) 調査会社 調査終了日 YouGov 4月26日 Survation 4月26日 ORB 4月24日 ICM 4月24日 ComRes 4月19日 Ipsos Mori 4月18日 ICM 4月17日 TNS 4月14日 Opinium 4月1日 BMG 3月29日 平均 うちオンライン調査 うち電話調査 EU残留 41% 45% 51% 42% 51% 43% 44% 38% 39% 41% 44% 40% 47% EU離脱 わからない 42% 13% 38% 17% 43% 6% 41% 14% 40% 9% 35% 19% 36% 12% 34% 28% 43% 18% 45% 14% 40% 15% 41% 17% 38% 13% 棄権 4% - - 7% - 3% 7% - 1% - 4% 3% 5% 調査方法 オンライン 電話 電話 オンライン 電話 電話 電話 オンライン オンライン オンライン - - - (資料)各社資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 2.調査結果の乖離には 2 つの要因が影響 (1)質問形式(選択肢)の違い このような乖離が生じる要因としては、①質問形式(選択肢)の違いと②調査方法毎の回 答者の属性の違いが指摘されている。まず①について、一般にオンライン調査の回答入力画 面では、「残留」「離脱」の他に第 3 の選択肢として「わからない」も提示される(注 1)。対 して電話調査では、「残留か?離脱か?」と質問されるため、「わからない」を選ぶために は、回答者が自発的に「わからない」と答える必要がある。 (注 1)世論調査によっては「棄権」が選択肢に含まれる場合もある。 こうした質問形式の違いが調査結果の乖離に繋がるのは、特にオンライン調査で「わから ない」と回答する層に、潜在的な残留支持者が多く含まれていることが要因と考えられる。 英国の社会問題についての世論調査結果(EU 離脱に関する意見別、オンライン調査)をみる と、離脱支持者は 52%が「移民・難民」を最大の問題と考えているのに対し、残留支持者で は 20%に止まる(第 1 図)。「わからない」の回答者については、「移民・難民」を最大の 問題として挙げる比率は 30%と若干高いもの、どちらかといえば残留支持者に近い数字とな っている。また、「雇用」や「生活費」といったその他の項目についての問題意識も、「わ からない」の回答者は残留支持者に近い傾向が見受けられる。 したがって、オンライン調査上の「わからない」の回答者に多い、「明確な意見は持って 2 いないが、強いていえば残留支持」といった立ち位置の有権者は、電話調査で「離脱か?残 留か?」と二者択一に近い質問をされた場合、残留と答えるケースが多いとみられる。 この傾向は、英国の市場調査会社ポピュラス社が、世論調査方法に関する研究で行った実 験でも確認されている。同社は、EU 離脱の是非について、選択肢の表示の仕方が異なる 2 種 類のオンライン世論調査を行った。一つ目の調査 A の回答入力画面では、通常のオンライン 調査と同様に「残留」「離脱」「わからない」の選択肢が同じ大きさで表示され、二つ目の 調査 B では、「わからない」の選択肢が小さく、選びにくい形で表示された。実験は、調査 B では「わからない」の回答比率が調査 A よりも減る一方、「残留」の回答比率は高くなる、 という結果になった(第 2 表)。国民投票の実際の投票用紙は、離脱か残留の二者択一であ るため、電話調査の方が実態に近いといえそうだ。 第1図:有権者が最も深刻と考える英国の社会問題 60 第2表:英国のEU離脱に関する世論調査の実験結果 (%) 52% 「わからない」の回答者 50 調査方法 残留 離脱 わからない 調査A 「わからない」の選択肢の 大きさを「残留」「離脱」と同 じにして質問 39% 45% 18% 「離脱」の回答者 「残留」の回答者 40 30% 30 調査B 「わからない」の選択肢を 小さく表示して質問 20% 20 ▲9 +6 45% 46% 9% (資料)Populus社資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 10 0 経済 移民・難民 医療 雇用 (資料)BMG社資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 生活費 (2)回答者の属性の違い 次に、②の回答者の属性の違いについては、オンライン調査と電話調査では回答者の社会 的信条に若干の相違があり、それが EU 離脱の是非の判断にも影響していると分析されてい る。具体的には、オンライン調査の回答者は保守的(自助や市場メカニズムを重視)な傾向 があるのに対し、電話調査の回答者はリベラル(平等や政府の役割を重視)な傾向がある (第 3 表)。EU 離脱に関して、保守層には離脱支持者が多く、リベラル層には残留支持者が 多いため、オンライン調査では離脱の支持率が押し上げられ、電話調査では残留の支持率が 押し上げられることになる。 前述したポピュラス社の研究では、オンライン調査は離脱の支持率に 3%ポイント分有利 に働き、電話調査は残留の支持率に 5%ポイント分有利に働くため、電話調査の方が若干偏 りが大きいと分析されている。ただし、同研究は、①の質問形式(選択肢)の違いによる影 響も勘案すると、総合的には電話調査の方が実態に近いと結論付けている(第 2 図)。 3 第2図:世論調査方法の違いによる回答結果の偏り 第3表:英国における平等の達成度に関する世論調査 9 オンライン調査 電話調査 不十分に感じる 概ね適正に感じる 過剰に感じる 人種間の平等 39.7% 38.5% 15.2% 47.7% 38.1% 10.5% 不十分に感じる 概ね適正に感じる 過剰に感じる 24.9% 39.3% 26.4% 40.0% 39.5% 15.3% (%) 質問方法(選択肢)の違いによるもの 8 男女間の平等 7 回答者の属性の違いによるもの 6 5 4 3 2 1 (注)平等の達成度が「不十分に感じる」と答えた比率が高いほどリベラルな 傾向が強いと解釈する。 0 オンライン調査における 電話調査における 「離脱」の押し上げ要因 「残留」の押し上げ要因 (「残留」の押し下げ要因) (「離脱」の押し下げ要因) (資料)Populus社資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (資料)Populus社資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 3.現時点では、残留が優勢との見方が多いが予断は許さず 足元の世論調査は、冒頭でみたように、オンライン調査では離脱と残留が拮抗し、電話調 査では残留が 9%ポイントリードしている。電話調査の方が偏りが小さいとすれば、世論の 現状は残留がやや優勢ということになろう。 こうした見方は専門家の見解とも共通している。例えば、地政学的リスク分析を専門とす るコンサルティング会社ユーラシア・グループの社長で政治学者のイアン・ブレマー氏は、 英国の EU 離脱の確率を 3 割程度とみている。また、欧州のエコノミストを対象としたアン ケート調査(コンセンサス・エコノミクス社実施)では、離脱の確率は平均で 41%となった。 なお英国では、政治イベントを対象とした賭けも一般的に行われているが、英国の EU 離脱 に掛けた場合の倍率は現在 3.28 倍(ブックメーカー(賭け業者)19 社の平均)であり、確率 としては 30%となる。 以上の世論調査に関する分析や専門家等の見解を踏まえると、国民投票では EU 残留が選 択されるとの見方が現時点では優勢といえそうだ。もっとも、英国の EU 離脱という、内外 に大きな影響を与える出来事の発生確率が 3 割から 4 割存在する状況は、決して楽観できる ものではない。特に、国民投票が行われる 6 月 23 日までに、英国内で大規模なテロが発生し たり、残留派の中心であるキャメロン首相やオズボーン財務相の信任を失墜させるような事 件が起きた場合には、世論が一気に離脱に傾く可能性がある。国民投票の行方については、 投票日まで予断を許さない状況が続くとみておくべきだろう。 以 (2016 年 5 月 2 日 4 髙山 真 上 [email protected]) 当資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、金融商品の販売や投資など何らかの行動を勧誘するも のではありません。ご利用に関しては、すべてお客様御自身でご判断下さいますよう、宜しくお願い申し上げま す。当資料は信頼できると思われる情報に基づいて作成されていますが、当室はその正確性を保証するものではあ りません。内容は予告なしに変更することがありますので、予めご了承下さい。また、当資料は著作物であり、著 作権法により保護されております。全文または一部を転載する場合は出所を明記してください。また、当資料全文 は、弊行ホームページでもご覧いただけます。 5
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