サービスラーニングで学ぶ日本語コース

サービスラーニングで学ぶ日本語コース
―ボランティア活動の振り返りを深めるために―
井手友里子・土居美有紀
要 旨
日本語セミナーコース Japanese in Volunteering は、学童保育クラブでの実習と振
り返りを通して、プレゼンテーション、子どもとのコミュニケーション、日本社会
について学びを深めることを目的としている。本稿では、コース概要と前年度から
の改善点及びその結果を報告する。本コースでは、サービスラーニングの考えに基
づき、実習後の小報告書や教室での話し合いなどの振り返り活動を重視している。
前年度は、気づきを言語化することや客観的に自らを省みることができず、振り返
りが十分に深められない学習者がいたことが課題だった。そこで、今回は小報告書
に細かなチェック項目をつける、振り返りの際に自分の発表のビデオを見せるなど
の改善を行った。小報告書、学期末レポート、学期末に行ったアンケート調査を分
析したところ、振り返りを深めることによって自己の成長を感じられた学習者も見
られ、改善の効果が見られた。
キーワード:サービスラーニング、振り返り、ボランティア活動、日本語中級レベル
1.はじめに
サービスラーニングは、ボランティア活動とその振り返りを通して学習者が学びを深め
ることを目指すもので、1990 年代以降アメリカで多様な教育機関で導入されるようになっ
た学習方法である。近年、
日本でも注目を集めており、日本語教育の分野でも黒川(2012)
がライティングのクラスでの実践を報告している。黒川は、サービスラーニングの導入は
日本語学習に有益であること、日本文化・社会に関して学習者が持つ価値観に影響を与え
ることを述べている。
筆者らは、2013 年より学童保育クラブ(以下、学童)でのボランティア実習を取り入
れた日本語セミナーコース「ボランティアの日本語」を開講している。本稿では、2014
年秋学期の実践の概要を紹介し、ボランティア実習後の小報告書と学期末レポート、また
学期末に行ったアンケート調査を分析し、サービスと振り返りを通して学習者が学びを得
た過程を報告する。
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2.サービスラーニングとは
アメリカでのサービスラーニングを促進した「National and Community Service Act1)」
によると、サービスラーニングは、サービス、つまりボランティア活動を通して、学習者
が学び成長する手法であり、学習者が学びを得られるようカリキュラムに組み込まれ、振
り返りの機会を提供していることが特徴である。また、Weigert(1998)は、サービスラー
ニングを特徴づける要素をサービスの受け手側と与え手である教育機関側の視点から述べ
ているが、教育機関側にとっては、1)サービス活動がコースの目的から生じたものであ
ること、2)ジャーナル、ディスカッションなど、振り返りという課題の形で、サービス
活動がコースに取り入れられていること、3)サービス活動そのものではなく、その振り
返りなどの課題が評価されることの 3 点がサービスラーニングを構成する要素となると指
摘している。
3.コース概要
3.1.コースの目的
前述のとおり、
サービス活動はコースの目的に合致したものでなければならない。本コー
スでは、コースの目的を「日本語でのプレゼンテーション、コミュニケーションスキルを
高め、日本社会や日本文化についても理解を深めること」とし、サービスの実習先である
学童で子ども達の異文化理解に貢献するサービス活動を通して、目的を達成することを目
指した。具体的には、
「教室内及び実習先で行った自身のプレゼンテーションを振り返り、
伝え方などを工夫し改善していくことで、プレゼンテーションのスキルを高めること」と
「日本語で子どもとコミュニケーションをとりながら、その方法を模索していくことで、
子どもとのコミュニケーションの仕方を学ぶこと」、「学童での観察を通して日本社会や文
化について新しい発見をすること」を目標とした。
3.2.履修者
本コースは選択科目であり、日本語中級レベル(NIJ500 コース)以上の学習者が対象と
なっている。2014 年秋学期の履修者は 9 名で、その内訳は男性 4 名(タイ人 1 名、フラン
ス人 1 名、メキシコ人 1 名、中国人 1 名)、女性 5 名(アメリカ人 1 名、台湾人 1 名、フラン
ス人 2 名、ベトナム人 1 名)であった。
3.3.コーススケジュール
本コースは週 1 回 90 分授業の 1 学期間(全 13 回)のコースで、そのうち実習を行ったの
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は 4 回である。サービスラーニングの要素の一つである振り返りを重視し、自身の活動を
客観的に分析して振り返り、その振り返りを他の学習者と共有することで互いに学び合い
改善していけるような環境を目指した。以下の 1)∼ 4)にコースの内容を記す。
1)前半の実習の準備期間(1 回目∼ 5 回目)
実習前の 5 回の授業で、学童やボランティア活動を始める際の注意点などを説明し、
国紹介、自国のゲーム紹介など実習で行う活動の準備をさせた。実習での活動の準備で
は、その模擬発表を行って学習者同士でフィードバックをさせたり、教師とビデオを見
て発表を振り返らせたりし、自分で改善していくよう指導した。
2)前半の実習(6 回目、7 回目)
実習は担当教師が同行した。学習者は、おやつの時間に子ども達との会話、自国を紹
介する発表、
自国のゲームなどの交流活動を行った。各実習後には小報告書を提出させ、
「発表」
「ゲーム」
「会話」の活動について自分の活動でよかった点、悪かった点、全体
の感想などを書かせた。提出した報告書は教師がコメントをつけて返却し、実習の振り
返りで気づいた点を次回に活かすように促した。
3)中間の振り返り及び後半の実習の準備期間(8 回目、9 回目)
実習で行った活動をクラス全体で振り返り、共有した。その後、次回の実習でよりよ
い発表をするために、また、子ども達とのコミュニケーションを円滑にするためにはど
うすればいいかを話し合った。同時に「自国の行事や文化的な活動、言葉の紹介」など
の後半の実習の準備もさせた。また、後半の実習の前には、子ども達と会話を続けるた
めのストラテジーを予め考えさせ、実習中に意識するように指導した。
4)後半の実習(10 回目、11 回目)
実習の流れは前半と同様である。会話については、予め考えておいた方策を試してみ
てどうだったか、また次回はどうするかなど、振り返りと改善の方法を報告書に書かせ
た。
5)全体の振り返り、期末試験(12 回目、13 回目)
4 回の実習の小報告書を基に、学童で行った発表や子ども達との会話などについて全
体を振り返り、共有した。そして、実習を通して学んだことを口頭発表させ、期末レポー
トとしても提出させた。
4.前年度からの課題・改善点
前年度行った土居・井手(2014)の調査により、学習者は客観的に自分の活動を振り返
ることが難しいということがわかった。実習先で無事発表を終えたということで満足し、
小報告書では大きなミスがなかったのでよかったという感想を述べるに留まっている学習
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者もいた。
そこで学習者がもっと客観的に自分の活動を振り返れるように、小報告書や振り返りの
方法を改善することにした。どんな点に気をつけて振り返りをしてよいかわからない学習
者や、日本語力の問題から自分の気づきを言語化するのが困難な学習者のために、具体的
な評価基準をチェック項目にして小報告書に載せ、学習者が細かな点まで振り返れるよう
にした。また実習先での発表をビデオに撮り、それを見ながらチェックシートを使って振
り返るという課題を与えた。また同時に授業でも振り返りの大切さや、振り返って反省し
たことを次回に繋げることの大切さを何度も伝え、意識させるようにした。
5.アンケート調査結果・小報告書・学期末レポートの分析
5.1.アンケート調査について
授業終了後にアンケート調査 2)を実施し、授業内外で行った活動に関して、どの活動が
どのくらい実習先での発表や子どもとの会話で役立ったかを「とても役立った(4 点)」
から「全然役立たなかった(1 点)」の 4 点法で聞いた。またその中で最も役に立った活動
を 1 つ選ばせ、それについてのコメントも求めた。表 1 に「実習先での発表やゲームで最
も役立った活動」の結果を示す。
表 1 実習先での発表やゲームで最も役立った活動
順位
活動
人(%)
1
発表後先生からフィードバックをもらう
5(50%)
2
人の発表を見る
2(20%)
自分の発表のビデオを見る
1(10%)
教室で他の学生と学童での経験をシェア
1(10%)
3
<学生のコメント>(そのまま引用)
「発表後の先生のフィードバック」について
・自分について客観的に考えるのは大変難しですから、フィードバックでもビデオで
も問題は何か、いいポイントは何か、実感できました。
・先生からのフィードバックをもらってから、もう一度ふりかえってから、とても役
立ちます。
「人の発表を見る」について
・自分の発表と比べることができたから。クラスメートのコメントを聞くことも役
立った。
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・クラスメートの発表のいいところは自分にとっていい勉強になる。
アンケート調査結果より、学習者は教師のコメントや、他のクラスメートの発表との比
較を通して自分の発表を振り返ることが役に立つと感じていることがわかった。また、今
回、前年度の授業から改善した「自分の発表のビデオを見て振り返る」という活動に対す
る学習者の評価は、平均が 4 点中 3.5 点と概ね高く、学習者も振り返りに役立つと考えて
いると言えるだろう。
次の表 2 は「子どもとの会話で最も役立った活動」の結果である。
表 2 子どもとの会話で最も役立った活動
順位
活動
人(%)
1
教室で他の学生と学童での経験(困ったことなど)をシェアする
6(66%)
2
報告書で自分の実習を振り返る
2(22%)
3
実習前に、子どもと話す「トピック」や「ストラテジー」を考える
1(11%)
<学生のコメント>(そのまま引用)
「教室で他の学生と学童での経験をシェア」について
・皆と話して、だいたい同じ問題があったのに気がついた。そして、皆と一緒に考え
て一緒に解決をみつけるのはとても効果的。
・ストラテジーをよくするために、他の学生の経験を聞くのは役に立った。
・クラスメートの解決法を聞いて、自分も使える。
「報告書で自分の実習を振り返る」について
・自分の性格について考えて、直せる。
子どもとの会話では、クラスメートと実習先での経験について話し合い、経験を共有す
るという振り返りの活動が評価された。またコメントからも、学習者も振り返りの効果を
認めていることがうかがえる。
報告書も、前年度の授業から改善した点であるが、アンケートによる学習者の評価の平
均は 4 点中 3.4 点とこれも概ね高かった。
5.2.成長の過程
前年度までの報告書には、その実習日のみの反省や感想の記述しかなかったが、今年度
のものには、前回と比較し改善できたかまで振り返って書く例が見られるようになった。
これは、報告書にチェック項目を設けたことにより、学習者が毎回同じ観点から自らの活
動を評価し、振り返ることができた結果だと考えられる。また数回の実習に亘り、一貫し
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て同じ自分の課題や困っていることについて振り返り、活動を工夫することにより、自ら
の成長を感じられるようになった学習者もいた。以下に学習者の報告書に現れた振り返り
と成長の過程の例を示す。
5.2.1.学習者Aの場合:発表の話し方について
この学習者は、実習前の活動準備の段階で自分のビデオを見た際に、声が小さいことに
気づき、それを改善点として認識していた。1 回目の実習後も声の大きさを反省点として
挙げ、まだまだ改善の余地があると振り返っている。2 回目、3 回目には、声の大きさを
改善していき、本人も成長できたことを自覚している。学期末レポートを見ると、常に声
が小さいという短所を意識し、その点を改善したいという気持ちがモチベーションになっ
ていたことがわかる。このように自身の成長を感じることができたのは、ビデオで自分の
発表を客観的に見ることができたからではないかと推察できる。
図 1 学習者Aの振り返りと成長の過程
5.2.2.学習者Bの場合:子どもとのコミュニケーションについて
学習者Bは、子どもとのコミュニケーションを取り組むべき課題として振り返りを行っ
ている。1 回目の実習では、子どもと話を続けることの難しさを痛感し、ストラテジーを
考えるという課題設定をしている。3 回目の実習では、
「できるだけ話を変えたほうがいい」
と前回の課題への改善策とそれを試した結果を述べている。4 回目の小報告書からは、前
回の実習で試したストラテジーで再び成功し、それが自信に繋がったことがうかがえる。
また授業の学期末レポートを見ると、子どもと話を続けるためにはどうしたらよいかとい
う課題への自分なりの答えを得ており、ストラテジーを考え、改善することで子どもとの
会話を通して交流ができたという自信が感じられる。
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図 2 学習者Bの振り返りと成長の過程
6.まとめと今後の課題
本コースでは、教室活動、サービス活動、振り返りによって学びを深めるというサービ
スラーニングの考えを基に、
学童でのボランティア活動を通して、日本語でのプレゼンテー
ション、コミュニケーションスキルを高め、日本社会や日本文化についても理解を深める
ことを目指した。
経験から学ぶ上で振り返りは不可欠なものであるが、前年度の小報告書で得られたもの
は学習者の感想に留まり、成長に繋がるような振り返りを促すことができなかった。そこ
で、今回の報告書にはチェック項目をつけ、取り組むべき課題が明確になるようにした。
その結果、振り返りと改善の過程が小報告書に見られるようになった。それに加えて、自
分を客観視できるように、
今回は振り返りの際に学童での発表のビデオも見せた。アンケー
ト調査を行ったところ、自分のビデオを見るのは役立つと評価され、また小報告書の分析
でも、ビデオにより課題が意識できるようになった例も見られた。以上のことから、前年
度より改善した点が学習者の振り返りを深めるのに有効であったと言えるのではないだろ
うか。
ただ、振り返りの深さに学習者間で差が見られ、同様に振り返り活動をさせても自分の
課題を認識できる学習者とできない学習者がいたことが課題として残った。そのような学
習者は、例に挙げたような「声を大きくする」
「会話を続ける」などの具体的な目標がなかっ
たため、同じ観点から改善をしていくための振り返りができなかったのではないかと考え
られる。
振り返りで自身の課題を意識することは、次回の改善の糸口となる。この過程を繰り返
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し、またそれを客観的に記録していくことで、学習者は自身の成長を認めることができ、
自信にも繋がると思われる。今後は、個々の学習者が同様に振り返りを深めることで、自
身の課題を客観視し、より具体的な目標を持てるように教室活動や指導を改善していきた
い。
(注)
1) National and Community Service Act
http://www.nationalservice.gov/sites/default/files/page/Service_Act_09_11_13.pdf
2) 本調査は南山大学研究倫理審査委員会において倫理審査を受け承認された。承認番号:14―
075
参考文献
(1)黒川美紀子(2012)
「サービス・ラーニングの要素を取り入れた上級日本語教育の試み」
『日
本語教育』153, 96―110
(2)土居美有紀・井手友里子(2014)
「日本語セミナークラス Japanese in volunteering の実践報
告―振り返りと気づきに焦点を当てて―」
『南山大学国際教育センター紀要』15, 71―83
(3)Weigert, K. M.(1998)Academic Service Learning: Its Meaning and Relevance. New Directions
for Teaching and Learning, vol. 73, 3―10.
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サービスラーニングで学ぶ日本語コース
Learning Japanese through Service Learning
―Making Students Reflect Their Volunteer Experience Critically―
Yuriko IDE, Miyuki DOI
Abstract
Japanese seminar course“Japanese in Volunteering”aims to deepen the students’
learning on presentation, communication with children and Japanese society through
service activities at an after-school day-care center. Based on the idea of ServiceLearning, this course focuses on self-reflections by journals and discussions with class
so that students can improve their skills of presentation and communication. Doi and
Ide (2014) reported that some students have difficulties expressing their reflections in
Japanese and evaluating their performance objectively. Therefore, in order for such
students to reflect on their experience, we added the detailed check list to the journal
and had students watch the video of their performance when writing journals. By the
analysis of questionnaires conducted in the end of the semester, it is shown that journals
with the check list and watching videos of their performance are helpful for students to
reflect themselves more critically. Also some students reported in their journals and
term papers that they could feel their improvement by deepening their awareness and
reflection.
KeyWords:Service-learning, service activities, reflection, intermediate Japanese
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