講義資料 - 名城大学

有機化学Ⅱ
講義資料
第17回「芳香族性」
第17回「芳香族性」
1. ベンゼンの謎
今回は「芳香族性」について学ぶ。芳香族性とは、ある種の不飽和化合物が示す例外
的な安定性と、それに関連する特異な性質のことである。
最初に発見された芳香族化合物はベンゼン (benzene) である。ベンゼンは、1825 年
にファラデー (M. Faraday, 1791-1867)によって発見された。ファラデーは、当時照明
用に天然ガスを生産していた工場から副生する油状物に注目し、これをくり返し注意深
く蒸留することで、沸点 186°F(86°C)、融点 42°F(6°C)の純粋な液体を得た。後の
分析によると、最初の油状物はおそらく 300 種類以上の物質の混合物であったと考え
られている。当時は分析手法も精製手法も非常に限られていたことから考えると、ベン
ゼンの単離に成功したファラデーの実験技術の高さは驚くべきものである。ファラデー
の報告を読むと、純粋なベンゼンが高い結晶性を示すことが、単離の有力な手がかりに
なっていたことがわかる。
注1:現在の測定によれば、ベンゼンの沸点は 80°C である。
注2:ファラデーの実験の詳細は、以下の文献に記載されている。M. Faraday, Philosophical
Transactions of the Royal Society of London, 115, 440–466 (1825).
ファラデーは得られた化合物の元素分析を行い、炭素と水素が重量比 12:1 で含まれ
ていることを示した。当時はまだ原子量の概念が確立していなかったが、現在の原子量
の知識を使えば、組成式を “CH” と書くことができる。つまり、ベンゼンは炭素原子と
水素原子を 1:1 で含んでいる。さらにファラデーは、ベンゼン蒸気の密度は水素ガスの
およそ 40 倍であることも示した。このことから、ベンゼンの分子式は C6H6 であるこ
とがわかる。
この組成式は、しばらくの間化学者たちを悩ませた。炭素原子が6つの飽和炭化水素
は C6H14 だが、ベンゼンの水素原子の数はそれより8つも少ない。このことから、ベン
ゼンは非常に不飽和度が高いか、環状構造をたくさん持っているか、どちらかになる。
一方、ベンゼンは常温では Br2 と全く反応しないため(後述)、普通の二重結合を持っ
ているとは考えにくい。さらに、ベンゼンの1置換体は一種類、2置換体は三種類しか
存在しないことがわかっていた。一体、ベンゼンはどんな構造をしているのだろう?
いろいろな提案がされては消えて行き、結局最後に残ったのはケクレ (F. A. Kekulé,
1829-1896) による下の構造式だった。
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しかし、これでもベンゼンの性質のすべてを説明できるわけではない。二重結合が3
本もあるのに Br2 と反応しないのはなぜだろう。また、この構造では2置換体が四種類
できてしまう。
置換体の数については、ケクレは下のように二重結合がすばやく移動しているとして
説明しようとした。
私たちはすでに「電子の非局在化」について学んだので、すばやい平衡ではなく、共
鳴混成体として書くことにしよう。
置換体の数はこれで説明できた。しかし、低い反応性については説明できたとは言え
ない。電子の非局在化が分子を安定化させるとしても、同じように共役二重結合を持つ
1,3-ブタジエン (butadiene) では、Br2 との反応は容易に起きるではないか?
さらに、1911 年にヴィルシュテッター (R. M. Willstätter, 1872-1942) が 1,3,5,7-シ
クロオクタテトラエン (cyclooctatetraene) の合成に初めて成功した。ところが、この
化合物はベンゼンとは全く似ておらず、普通のアルケンと似た反応性を示すことがわか
った。つまり、単に共役二重結合が環状に並んでいるだけではベンゼンのような性質が
現れるとは限らない、ということがはっきりした。ベンゼンの異常な安定性は、相変わ
らず謎のままだった。
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1,3,5,7-シクロオクタテトラエン
この謎を解いたのが、物理化学者のヒュッケル (E. Hückel, 1896-1980) である。1935
年のことだった。
2. ベンゼンの電子配置
前回に学んだπ電子の非局在化の考え方を使って、ベンゼンの電子状態を考えてみる。
ベンゼンの6個の炭素原子はすべて sp2 混成となる。ベンゼンが平面正六角形であると
仮定すると、すべての炭素原子の p 軌道はベンゼン環平面に垂直に伸びている。これら
の p 軌道が相互作用して、非局在化した分子軌道を作ると考えよう。6つの p 軌道が
混ざり合うため、6つの新しい分子軌道ができる。
ヒュッケルは、量子力学の理論を用いて、ベンゼンの6つの分子軌道の形とエネルギ
ーを算出した。その結果を次の図に示す。軌道のエネルギーも図に付記した。前回と同
様、αは 2pz 軌道のエネルギー、βは普通の(共鳴しない)π結合の電子1つ分の結合
エネルギーを示す。βは負の値なので、α+2βのエネルギーを持つ分子軌道が最も安
定である。
α – 2β
α–β
α+β
α + 2β
前回学んだアリルカチオン、1,3-ブタジエンの分子軌道と大きく異なる特徴は、同じ
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エネルギーを持つ分子軌道が2つずつあることである。α+2β、α­2βのエネルギ
ーを持つ軌道はそれぞれ1つずつだが、α+β、α­βのエネルギーを持つ軌道はそれ
ぞれ2つずつある。ヒュッケルの考察によれば、この特徴は、非局在化に関与する p 軌
道が環状に並んでいることに起因する。
ベンゼンのπ軌道に入る電子は6個ある。元々6個の炭素の 2pz 軌道に1つずつ電子
が入っていたからである。この6個の電子を、上記の分子軌道に入れて行くと、エネル
ギーα+2βの軌道に2個、エネルギーα+βの2つの軌道にそれぞれ2個ずつ入るこ
とになる。電子が軌道に入る時のルールは、第1回に学んだ原子の電子配置を決める時
のルールと同じであることに注意しよう。
(構成原理、パウリの排他律、フントの規則。
忘れてしまった人は復習しておくこと。)
6個のπ電子のエネルギーの合計は、
(α+2β) 2+(α+β) 4となる。非局
在化しない二重結合3本分のπ電子のエネルギーは(α+β) 6なので、ベンゼンの
π電子は2β分の安定化を受けていることがわかる。これを芳香族安定化エネルギー
aromatic stabilization energy と呼ぶ。
このように、環状に非局在化したπ電子が特別な安定化エネルギーを持つとき、その
化合物を芳香族化合物 aromatic compound と呼ぶ。この安定化エネルギーによって現
れる特別な性質を芳香族性 aromaticity と呼ぶ。
3. シクロオクタテトラエンの電子配置
次に、Willstätter の 1,3,5,7-シクロオクタテトラエンについて考えてみる。六角形が
八角形になると全く性質が変わってしまうのはなぜだろうか。
まず、ベンゼンの時と同じように、非局在化したπ分子軌道を作ってみると、下のよ
うになる。8個の炭素原子の p 軌道を一つずつ使うので、全部で8個の分子軌道ができ
る。この場合も、p 軌道が環状に並んでいることから、一番下と一番上以外は、同じエ
ネルギーを持つ分子軌道が2つずつある。
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α – 2β
α – √2β
α
α + √2β
α + 2β
π電子は8個あるので、それを分子軌道に収めた様子も図に示した。下から順にπ電
子を入れて行くと、最後の2個がエネルギーαを持つ2つの分子軌道に入る。これらは、
対を作らずに、別々の軌道に1つずつ、スピンを同じ向きにして入れる。これはフント
の規則によるものであるが、忘れてしまった人も多いだろうから、再掲しておく。
(3) フントの規則 (Hund’s rule)。同じエネルギーの軌道が複数ある時は、まずそ
れぞれの軌道に1つずつ同じ向きのスピンの電子が入り、その後2つ目が逆
向きスピンで入る。(第1回講義資料5ページ) (
)
π電子のエネルギーの合計は、 (α + 2 β ) × 2 + α + 2 β × 4 + α × 2 = 8α + 6.828β とな
る。二重結合4本分のエネルギーが (α + β ) × 8 = 8α + 8β だから、それよりも 1.172βだ
け高くなってしまっている(βは負の数であることを思い出すこと)。つまり、シクロ
オクタテトラエンの場合、π電子が非局在化すると、かえって安定性が低くなってしま
う。このような性質を、反芳香族性 antiaromaticity と呼ぶ。
実際には、シクロオクタテトラエンは、反芳香族性による不安定化を避けるために、
下のように折れ曲がった構造をしている。環が折れ曲がることで、隣り合った二重結合
の間の相互作用が小さくなり、より「局在化した」二重結合に近くなる。シクロオクタ
テトラエンがベンゼンとは違って、通常のアルケンと似た反応性を示すのは、このため
である。
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注3:前のページの電子配置を持つシクロオクタテトラエンは、対になっていない電子を2つ持
つため、「ラジカル」としての反応性を示す。これは、平面構造のシクロオクタテトラエンが不
安定であるもう一つの理由である。
2016/04/12 追 記 : 全 エ ネ ル ギ ー の 値 が 間 違 っ て い ま し た 。 シ ク ロ オ ク タ テ ト
ラエンの反芳香族性を説明するには、上記注3の不対電子の議論が不可欠です。
訂正文を公開していますので、ご参照ください。
4. 奇数個の炭素原子を持つ環状化合物
シクロペンタジエンという物質がある。これは5員環の炭化水素で、典型的な 1,3ジエンの反応性を持つ。
ところが、この物質には一つ異常な性質がある。CH2 基の水素原子の酸性度が極めて
高いのである。どのぐらい高いかと言うと、KOH と反応するぐらい高い。
+ KOH
K+
H H
+ H 2O
H
これは通常の炭化水素ではあり得ない。私たちがこれまでに学んだ炭化水素で最も酸
性度が高いのはアセチレンだったが、それよりもはるかに高い(アセチレンの pKa は 25、
シクロペンタジエンの pKa は 16)。このことから、共役塩基のシクロペンタジエニドア
ニオンが特別に安定化されていることがわかる。
シクロペンタジエニドアニオン
シクロペンタジエニドアニオンの電子状態を考えてみよう。カルボアニオン(炭素の
陰イオン)は普通 sp3 混成なのだが、この場合のように隣に二重結合がある時には、非
局在化の効果を得るため sp2 混成になり、ローンペアが p 軌道に入る。
5つの p 軌道が重なり合って、非局在化した分子軌道を作る。その形とエネルギーは、
下のようになる。今回は、分子軌道の数が奇数個なので、一番エネルギーの低い分子軌
道のみが単独で存在し、残りの分子軌道は同じエネルギーのものが2つずつとなる。
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α – 1.618β
α + 0.618β
α + 2β
π電子の数は6個である。二重結合を作る炭素原子はそれぞれ1個ずつ、アニオン炭
素が2個の電子を持っているため、合計6個となる。これを規則に従って分子軌道に入
れると、上図のようになる。
π電子のエネルギーは、2 (α+2β)+4 (α+0.618β)=6α+6.472βとなる。非局在
化がない場合のπ電子のエネルギーは 2α+4 (α+β)(ローンペア1つ分+二重結合2
本分)なので、2.472β分の非局在化による安定化効果がある。つまり、シクロペンタ
ジエニドアニオンは芳香族性を持つ。これが、シクロペンタジエニドアニオンが例外的
な安定性を持つ理由である。
正電荷を持つ芳香族化合物もある。シクロヘプタトリエニルカチオンは、下のような
七員環カルボカチオンである。
アリル型カチオンなので安定化を受けると予想されるが、このカチオンの安定性はそ
れどころではない。イオン性の塩として単離することができ、試薬として市販までされ
ている。三級カルボカチオンやアリル型カルボカチオンなど、安定とされるカルボカチ
オンについて学んできたが、カチオンのまま単離できる物質はさすがに多くはない。シ
クロヘプタトリエニルカチオンは特別なのである。
シクロヘプタトリエニルカチオンの分子軌道は、下のような7つの p 軌道の重ね合わ
せで作られる。カルボカチオン炭素の p 軌道が空であることに注意。
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7つの p 軌道が重なり合って、非局在化した分子軌道を作り、そこに6個のπ電子が
入る。分子軌道とそのエネルギーは、下のようになる。この場合も、一番エネルギーの
低い分子軌道のみが単独で存在し、残りの分子軌道は同じエネルギーのものが2つずつ
となる。
α – 1.802β
α – 0.445β
α + 1.247β
α + 2β
π電子の全エネルギーは、軌道相互作用によって獲得される安定化エネルギーは、2
(α+2β)+4 (α+1.247β)=6α+8.988βとなる。非局在化がない場合のエネルギーは
先ほどと同様に 6α+6βなので、2.988β分の非局在化による安定化効果がある。つま
り、シクロヘプタトリエニルカチオンも芳香族性を持つ。このカチオンの特別な(異常
な)安定性は、芳香族性によるものであると言える。
これまで見てきた芳香族性の物質(ベンゼン、C5H5–、C7H7+)は、いずれも非局在
化したπ電子の数が6個であった。一方、反芳香族性を示すシクロオクタテトラエンは、
非局在化したπ電子の数が8個であった。ヒュッケルは、この違いを一般化して、以下
の規則としてまとめた。すなわち、
「平面環状のπ電子系において、π電子の数が 4n+2
個の系は非局在化による安定化を受け(芳香族性)、4n 個の系は不安定化を受ける(反
芳香族性)」。これをヒュッケル則 Hückel’s rule と呼ぶ。
ヒュッケル則は、平面でかつ環状のπ電子系でのみ成立する。環状でない系、たとえ
ば 1,3,5-ヘキサトリエンなどにはヒュッケル則は適用できない。
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1,3,5-ヘキサトリエン:π電子の数は6個だが、環状でない
ためヒュッケル則は適用されず、芳香族性は持たない。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
例題1:以下の化合物が平面構造であるとする。芳香族性を持つものに○、反芳香族性
を持つものに 、ヒュッケル則の適用外であるものに­をつけなさい。
(3)
(2)
(1)
H
H
考え方:(1) はπ電子が4個=4n (n = 1) なので反芳香族性、(2) はπ電子が14個=
(4n+2) (n = 3) なので芳香族性を持つ。(3) は、sp3 炭素が一つあるため、π電子が環状
になっていない。すなわちヒュッケル則の適用外である。
答:(1) 、(2) ○、(3) ­
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
5. ヒュッケル法による分子軌道のエネルギーを作図で求める
2.∼4. 節で、sp2 炭素の数が 5, 6, 7, 8 の環状化合物について、その分子軌道の形とエ
ネルギーを図に示した。この分子軌道は、量子力学の方程式をヒュッケルの方法で解く
ことで得られるものである。実はヒュッケルの求めた解は非常に簡明であるため、分子
軌道のエネルギーを簡単な作図で求めることができる。その方法を紹介しておこう。
① まず、中心の高さがα、半径が2βの円を描く。(先ほど書いた通り、αは 2pz 軌
道のエネルギー、βは共鳴しないπ結合の電子1つ分の結合エネルギーである。)
② この円に接する正N角形(N は sp2 炭素の数)を、頂点が真下を向くように描く。
③ この正N角形の N 個の頂点の高さ(y 座標)が N 個の分子軌道のエネルギーであ
る。
正七角形の場合の作図を下に示す。軌道エネルギーの値を三角関数を使って求め、8
ページの図の値と一致することを確かめて欲しい。
①
②
③
α
α + 2β
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6. 芳香族性と化学反応
芳香族性を持つ化合物は、そうでない化合物と比べて、独特の反応性を示す。まず、
芳香族性の発見のきっかけともなった、ベンゼンと臭素との反応について考えよう。ベ
ンゼンのケクレ式には3本の二重結合があるが、次のような付加反応は起こらない。な
ぜだろうか?
H
Br
Br2
Br
H
これは、芳香族性のためにベンゼン環が安定化しているためである。反応のエネルギ
ー図を使って、通常のアルケン(たとえばシクロヘキセン)への臭素の付加反応と比較
してみよう。
H
Br
Br
H
+ Br2
Br
Br
+ Br2
左は、シクロヘキセンと臭素の反応である。アルケンのところで学んだ通り、この反
応は容易に起こる。一方、ベンゼンと臭素の反応の場合、ベンゼンが芳香族性を持つた
め、出発物質のエネルギーがずっと低くなる。ところが、生成物は sp3 炭素を2つ持っ
ているため、ヒュッケル則の適用外であり、芳香族性を持たない。この違いのため、ベ
ンゼンに対する臭素の付加反応は非常に大きな活性化エネルギーを要するものとなり、
普通の条件では反応が困難である。
このように、芳香族化合物は、芳香族性を失う反応に対して強く抵抗する。言い換え
れば、芳香族化合物は、できるだけその芳香族性を保つように反応する。
今度は、逆に「芳香族性を持たない化合物から芳香族化合物が生成する反応」を見て
みよう。以下の脱水反応は、極めて速やかに進行する。
OH
H+
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この反応についても、芳香族性と無関係な反応(たとえばシクロヘキサノールの脱水)
とエネルギー図を比較してみよう。
OH
OH
右の反応では、芳香族性のため生成物のエネルギーが大きく低下している。これに伴
い、活性化エネルギーが左の反応に比べて著しく小さくなっている。このため、右の反
応は左の反応に比べてはるかに容易に進行する。このように、生成物が新たに芳香族性
を持つようになる反応を芳香化 aromatization と呼ぶ。
7. 炭素以外の元素を含む芳香族化合物
芳香族性は、炭化水素だけに現れる性質ではない。炭素以外の元素を含む芳香族化合
物の代表例として、ピリジンがある。
N
ピリジンの窒素原子は、sp2 混成である(2つの炭素原子と1つのローンペアがある
ため、手が3本必要)。5個の価電子のうち2つは隣の C とσ結合を作り、2つはロー
ンペアとして sp2 混成軌道の1つに入る。残る1つが p 軌道に入る。この p 軌道は、炭
素原子の p 軌道と重なり合って、ベンゼンに似た非局在化分子軌道を作る。
N
N
同じように窒素を含む芳香族化合物として、ピロールがある。これは五員環の化合物
である。
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N
H
ピロールの分子軌道は、ピリジンとは少し異なっている。窒素原子はやはり sp2 混成
だが、ローンペアは p 軌道に入っている。ピロールの窒素原子は3つの原子との結合と
ローンペアを持つので、普通は sp3 混成になるはずだが、この場合は非局在化が可能な
ように sp2 混成になる。そして、ローンペアが入った p 軌道が炭素原子の p 軌道と重な
り合って、非局在化分子軌道を作る。この電子構造は、シクロペンタジエニルアニオン
のものと類似している。
N
N
H
H
ピリジンは有機合成でよく使われる塩基である。また、ピロールは生体内で重要な役
割を果たし、また工業材料としても有用である。これらの物質の詳しい性質は初級の有
機化学の範囲を越えるが、化合物の存在は認知しておいていただきたい。
8. まとめ
・ ベンゼンは3つも二重結合があるにも関わらず、特別な安定性を持つ。
・ ベンゼンのように、平面環状の共役二重結合を持つ分子が特別な安定性を持つとき、
その性質を芳香族性と呼ぶ。
・ ヒュッケルの理論によれば、sp2 炭素が平面環状に並んでいる分子では、π電子の数
が(4n+2)個のときに芳香族性が現れる。一方、π電子の数が 4n 個のときは反芳香族性
が現れる。反芳香族性が現れるとき、非局在化によって分子はかえって不安定化する。
・ N 個の sp2 炭素が環状に並んでいる場合、分子軌道のエネルギーは頂点を下にした
正 N 角形を描くことで、簡単に求めることができる。
・ 電荷を持つ分子が芳香族性を持つこともある。代表的な例は、シクロペンタジエニ
ルアニオンと、シクロヘプタトリエニルカチオンである。どちらも6個のπ電子を持
つ。
・ 炭素以外の元素を持つ芳香族化合物も存在する。代表的な例は、窒素を含む六員環
のピリジンと、窒素を含む五員環のピロールである。
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