プレスリリース本文

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国立大学法人熊本大学
平成28年4月15日
報道機関各位
熊本大学
【プレスリリースのご案内】
腎臓の元となる細胞を増やすことに成功
~腎臓の再生医療に向け前進~
[ ポ イ ン ト]
マ ウ ス の腎臓 前駆 細胞 ※ 1 を試 験管 内 で増や すこ とに成 功 し た。
腎 臓 前 駆細 胞 の 生 存 期 間を 生体内 に 比べ 2 倍、 細胞 数を 100 倍 に増 幅し、
増 え た 腎臓 前 駆 細 胞が 腎臓 の重要 な 組 織で ある 糸球体 と 尿 細管 を形 成し
た。
糸 球 体 と 尿細 管の 両 方 を作 る能力 を維 持し たま ま腎臓 前駆 細胞 を 増 やす 培
養 法 の 報 告は 世界 初。
同 様 の 培養 法 で ヒト iPS 細 胞 ※ 2 から 作 成し た腎 臓前駆 細胞 を、 腎臓 組織を
作 る 能 力を 保 っ た ま ま 増や すこと に 成 功し た 。
人 為 的 に大量 に 作 成 し た腎 臓細胞 の 移 植や 、 腎 臓組織 を体 内で 再 構 築さ せ
る 研 究 に発展 する こと が期 待でき る。
[要旨]
熊 本 大 学 発 生 医 学 研 究 所 の 研 究 グ ル ー プ ( 谷 川 俊 祐 助 教 、 西 中 村 隆 一 教 授 ら ) は、
マ ウ ス 胎仔 由 来お よ びヒ ト iPS 細 胞 から 誘 導し た 腎 臓前 駆 細胞 を 試験 管 内 で増 や す方
法 を 開 発し ま した 。
尿の産生や血圧の調節など生命の維持に必須の器官である腎臓は一度機能を失う
と 再 生 しま せ ん。胎 児期 に は 尿を 産 生す る 重要 な 組 織で あ るネ フ ロン( 糸 球体 ※ 3 と 尿
細 管 )が 腎 臓前 駆 細胞か ら 作 り出 さ れま す。し か し、そ の細 胞 は腎臓 が 出 来上 が る出
生 前 後 に消 失 して し まう た め、そ の こと が 腎臓 が 再 生し な い理 由 の一 つ と され て いま
す 。一方 、2013 年 末 に西 中 村 教授 ら の研 究 グル ー プ はヒ ト iPS 細 胞か ら 腎 臓前 駆 細胞
を 誘 導 する 方 法を 報 告し ま し た。しか し、これ を 再 生医 療 へ応 用 する に は、腎 臓組 織
を 作 る 能力 を 保ち な がら 前 駆 細胞 を 大量 に 増や す 必 要が あ りま す 。
今 回 、谷 川 俊祐 助 教ら は 、 LIF ※ 4 、 WNT、FGF 及 び BMP と いった 腎 臓 が作 ら れる
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際 に 必 要な 液 性因 子 を敢 え て 低い 濃 度で 培 養液 に 加 える こ とに よ って 、マウ ス の 胎仔
か ら 単 離し た 腎臓 前 駆細 胞 を 約 20 日 間培 養し 、 100 倍 に増 や すこと に 成 功し ま した 。
増 え た 細胞 は 糸球 体 と尿 細 管 を形 成 する 能 力を 維 持 して お り、腎 臓発 生 に 重要 な 遺伝
子 群 も 保た れ てい ま した 。ヒ ト iPS 細 胞 か ら作 成 し た腎 臓 前駆 細 胞を こ の 方法 で 培養
し た と ころ 約 1週 間 維持 さ れ 細胞 数 も増 加 しま し た 。増え た 細 胞は、糸 球 体 と尿 細 管
を 形 成 する 能 力を 保 って い ま した 。
本 研 究 は、 出 生前 後 には 消 失 する 腎 臓前 駆 細胞 を 、 細胞 外 から の 刺激 に よ りネ フ
ロ ン を 作る 能 力を 保 持し な が らよ り 長期 に 増幅 さ せ るこ と を可 能 にし た も ので す 。
こ の 方 法を 基 に、 人 為的 に 大 量に 作 成し た 腎臓 細 胞 の移 植 や、 腎 臓組 織 を 体内 で 再
構 築 さ せる 研 究へ の 発展 が 期 待さ れ ます 。
本 研 究成 果 は、 科 学雑 誌 「 Cell Reports」オ ン ラ イン 版 に 4月 14日 12:00 PM( ア メ
リ カ 東 部時 間 )【 日 本 時 間 の 4月 15日 2:00 AM】 に 掲 載さ れ まし た。
※ 本 研 究は 、 米国 NCI/NIHの グ ル ー プ と の共同 研 究 です 。 文部 科 学省 科 学 研究 費 補助
金 、 博 士課 程 教育 リ ーデ ィ ン グプ ロ グラ ム (HIGOプ ロ グ ラ ム ) の支 援 を 受け ま し
た。
[研 究 の 背 景 ]
腎 臓 は 一度 機 能を 失 うと 再 生 しま せ ん。透 析患 者 数 は増 加 を辿 り 画期 的 な 代替 法の
誕 生 が 待た れ てい ま す。
腎 臓 は 血液 を ろ過 し て尿 を 産 生す る ネフ ロ ン、尿 を排 出 す る尿 管 とそ れ ら の組 織の
隙 間 を 埋め る 間質 と いう 細 胞 から 構 成さ れ てい ま す( 図 1)。そ れら は 異 なる 前 駆細
胞 か ら 作ら れ 、腎 臓の再 構 築 には そ れぞ れ の前 駆 細 胞を 誘 導す る 必要 が あ りま す 。そ
の 中 で 特に 重 要な ネ フロ ン を 作る 前 駆細 胞 をヒ ト iPS 細 胞 から 誘 導す る 方 法が 西 中村
教 授 ら の研 究 グル ー プに よ っ て報 告 され ま した 。し か し 、再生 医 療へ の 応 用に は 腎臓
を 作 り 上げ る 大量 の 前駆 細 胞 が必 要 です 。これ ま で に腎 臓 前駆 細 胞を 人 為 的に 培 養し
て 増 や す方 法 の確 立 が試 み ら れて き まし た が、マ ウ スで も 生体 内 にお い て 胎 生 11.5 日
目 か ら 生後 数 日ま で の約 10 日 間 で 消 失し てし ま い、人 為 的に 培 養で き る の は 2- 3 日
程 度 と 限界 が あり ま した 。そ こ で今 回 は 、腎臓 前 駆 細胞 が 緑色 に 光る マ ウ スか ら 腎臓
前 駆 細 胞を 単 離し 、最適 な 培 養条 件 を検 索 する こ と で培 養 法の 確 立を 目 的 とし ま した。
[研 究 の 内 容 ]
腎 臓 の 主要 器 官で あ るネ フ ロ ンは 、腎臓 前 駆細 胞 が 維持 さ れな が ら分 化 す るこ とに
よ っ て 作ら れ ます 。これ ま で の腎 臓 発生 の 研究 に よ っ て WNT、FGF 及 び BMP と い っ
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た 液 性 因子 が それ ぞ れ腎 臓 前 駆細 胞 の維 持 や増 殖 、ま た は 分化 に 作用 す る こと が 分か
っ て い まし た 。そ こ で谷 川 俊 祐助 教 らは 腎 臓前 駆 細 胞が 緑 に光 る マウ ス か ら細 胞 を単
離 し 、細 胞が 緑 色に 光り な が ら増 え る培 養 条件 を 検 討し ま した 。その 結 果 、WNT、FGF
及 び BMP に LIF を 加 え る こ とが 腎 臓前 駆 細胞 の 維 持に 重 要で あ るこ と を 見出 し 、さ
ら に 敢 えて 低 い濃 度 で投 与 す るこ と で腎 臓 前駆 細 胞 を約 20 日 間で約 1,800 倍に 増 幅
しました。増幅した腎臓前駆細胞は糸球体と尿細管を作る能力を保持していました
( 図 2 )。 生 体内 で は約 10 日 間 で 消失 し てし ま う 腎臓 前 駆細 胞 を、 こ の 培養 法 では
期 間 に おい て 2 倍 長 く維 持 し 、数に お い て 100 倍 増 え た こと に なり ま す 。この 培 養方
法 を ヒ ト iPS 細胞 か ら誘 導 し た腎 臓 前駆 細 胞に 適 用 した と ころ 、 8 日 間 で 4 倍 に 増幅
し 、糸 球 体と 尿 細 管を形 成 し まし た( 図 3 )。よ っ て 、液性 因 子 を最 適 な 濃度 で 組み
合 わ せ るこ と によ り 、ネ フ ロ ンに 分 化す る 能力 を 維 持し た まま 腎 臓前 駆 細 胞を 生 体内
で の 生 存期 間 を超 え てよ り 長 い時 間 増や せ るこ と( 寿 命を 延 長 するこ と )が 可能 に な
り ま し た。最近 、米 国の 研 究 グル ー プに よ り、腎 臓前 駆 細胞 を 約一週 間 培 養し た とい
う 報 告 があ り ます 。しか し 、そ の 条件 で 培養し た 腎 臓前 駆 細胞 か らは 、尿細 管 の形 成
は 認 め られ ま した が 糸球 体 は 確認 さ れて い ませ ん 。よ って 、糸 球 体と 尿 細 管の 両 方を
作る能力を維持したまま腎臓前駆細胞を増幅する培養法の報告はこれが世界で初め
てです。
[今 後 の 展 開 ]
再 生 医療 に は臓 器 を構 成 す るた め に大 量 の細 胞 数 が必 要 です 。今回 の 成 果は 腎 臓前
駆 細 胞 を人 為 的に 増 幅す る も ので 腎 疾患 の 病態 解 明、創 薬 及び 細 胞治 療 な ど大 量 に細
胞 を 必 要と す る再 生 医療 に 向 けた 大 きな 前 進で す 。さ らに 、増 幅 させ た 腎 臓前 駆 細胞
の 凍 結 保存 が 可能 と なれ ば 、iPS 細 胞か ら 腎臓 前 駆 細胞 を 誘導 する 14 日 間 の 時 間を 省
略 で き 、研 究 材料 と して 供 給 でき る よう に なり ま す (図 4 )。
し か し、 ヒ ト iPS 細 胞 か ら誘 導 した 腎 臓前 駆 細 胞の 維 持期 間 はま だ 1 週 間 程 度で 、
マ ウ ス の腎 臓 前駆 細 胞に 比 べ て不 十 分で す 。今 後 、培 養条 件 の 改善を 重 ね 更な る 培養
期 間 の 延長 と 細胞 数 の増 幅 が 必要 で す。と はい え ネ フロ ン の糸 球 体と 尿 細 管の 両 方を
作る能力を維持したまま腎臓前駆細胞を増やす方法が初めて確立されたため、今後、
こ の 培 養法 が 再生 医 療に 向 け た研 究 に応 用 され る こ とが 期 待さ れ ます 。
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[参 考 図 ]
図1.発生期の腎臓
図2.腎臓前駆細胞の培養法。
図3.増幅した腎臓前駆細胞によって作られた糸球体と尿細管
黒 矢 印 : 尿 細 管 、 白 矢 印 : 糸 球 体 ( 左 端 ) ス ケ ー ル バ ー : 20 µm
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図4.今回の研究成果と今後期待されること
[用 語 解 説 ]
※1
腎臓 前 駆細 胞:腎 臓 に おい て 尿を 産 生す る ネ フロ ン( 糸球 体と 尿 細 管 )と い う
組織を作り出す細胞。尿を流す尿管や腎臓組織の隙間を埋める間質の前駆細胞
は 別 に 存在 す る。
※2
iPS 細胞 : 皮膚や 血 液 など の 体細 胞 から 作 ら れた 万 能細 胞
※3
糸球 体 :腎 臓 内で 血 液 から 尿 をろ 過 する 部 位
※4
LIF: ES 細 胞 の培 養 に 必須 の 液性 因 子。 一 部の iPS 細 胞 の培養 に も 用い ら れて
いる。
[論 文 名 ]
Selective in vitro propagation of nephron progenitors derived from embryos and
pluripotent stem cells
Cell Reports, in press (2016)
Shunsuke Tanigawa, Atsuhiro Taguchi, Nirmala Sharma, Alan O. Perantoni,
and Ryuichi Nishinakamura.
【お問い合わせ先】
熊本大学発生医学研究所
助教
谷川
腎臓発生分野
俊祐(たにがわ
しゅんすけ)
電 話 : 096-373-6617
e-mail: [email protected]
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