生産性向上へ 50 兆円のソフト投資を

公益社団法人
日本経済研究センター
Japan Center for Economic Research
2016 年4月8日
生産性向上へ 50 兆円のソフト投資を
-人口減対策、マイナス金利政策の強化も-
日本経済研究センター1
中国や資源国の経済低迷は、世界同時不況から危機につながりかねない様相を呈してい
る。日本はデフレを克服できたという状況ではなく、危機に巻き込まれると、再びデフレ
になり、
「失われた 20 年」の世界へ逆戻りする恐れがある。5月の伊勢志摩サミット(主
要国首脳会議)に向けて日本がとるべき経済政策について提案する。
1.
現状は世界金融危機の瀬戸際、4つのリスク
リーマン・ショック、ユーロ危機に続く金融危機が発生する恐れが今の世界経済には
ある。世界の株式時価総額は 2015 年5月末をピークに下がり始め、16 年に入ってから
は下落速度が増している(図表1)。背景には、米国の利上げと景気後退、中国や新興
国の急減速と株価・通貨の大幅下落、原油価格の低下、ユーロ危機(金融不安)、とい
う4つのリスクが存在する。米国は利上げのテンポを緩める方向のようだが、80 カ月以
上の景気拡大が続いており、後退期に入る可能性がある。中国や産油国は、企業の累積
債務のGDP比率が日本のバブル期よりも大きく、国有企業に破綻懸念がある。原油価
格の低下はハイ・イールド債で多額の資金を調達しているシェールガス・オイルのベン
チャー企業を直撃している。ユーロ危機は基本的に金融機関の不良債権問題が片付いて
いないことが原因だ。特にイタリアの不良債権比率は国際通貨基金(IMF)によると
18%に達している。
図表1
100
世界の株式時価総額
(兆ドル)
90
80
アジア太平洋
欧州・アフリカ・中東
北米・中南米
世界
72
2015年5月末に過去最
大(約71兆ドル)を記録
70
世界
68
70
60
66
50
64
40
62
30
60
20
58
10
0
06/01
(兆ドル)
(月次)
08/01
10/01
12/01
14/01
56
16/01
16/01 15/04
(月次)
15/1016/01
(資料)国際取引所連盟
1
本提言は、理事長・岩田一政が 2016 年3月 17 日に首相官邸で開かれた「第2回国際金融経済分
析会合」で話した内容を元にまとめている。
http://www.jcer.or.jp/
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日本経済研究センター
2.
世界経済危機の回避とデフレの克服へ
長期停滞で成長力が低迷、自然利子率はマイナスが定着
4つのリスクは、世界経済の回復力(成長力)が弱いことで発生している。世界中で需
要も伸びず、潜在成長率もスローダウンしている。特に日本は人口減少と労働生産性の伸
びが低迷している。英米でも労働生産性の水準は 90 年代に比べて2分の1から3分の1
に低下している。こうした環境下ではインフレ率は低いままで、2%目標はなかなか達成
できない。日本だけでなく、ユーロ圏諸国、中国ですらデフレに陥る可能性がある。
当センターの推計では、貯蓄と投資のバランスが均衡する景気に中立的な実質利子率
(自然利子率)は、日本では 90 年代後半以降、ゼロからマイナスに低下しており、足元
では▲0.7%(▲はマイナス。図表2)。日本銀行はマイナス金利(▲0.1%)政策を実施
しているが、自然利子率を上回っており、これではデフレに戻ってしまうリスクがある。
自然利子率の水準よりも実質金利(名目金利-期待インフレ率)を下げるには、マイナス
金利政策の強化が必要になる。
図表2
6.0
日本の自然利子率と実質金利
(%)
5.0
自然利子率
4.0
実質金利
3.0
2.0
1.0
0.0
-1.0
-2.0
(四半期)
-3.0
85:1
90:1
95:1
00:1
05:1
10:1
15:3
15:1
(資料)日本経済研究センター金融研究班による推計
3.
ICTでキャッシュレスの実現、子育て支援に8兆円を
自然利子率をプラスにして実質金利を上回るようにするには、人口減少を止め、生産
性水準を倍増して潜在成長率を高める必要がある。人口減に対しては、政府も目標に掲
げる出生率 1.8 の実現がまず必要になる。当センターの試算では年間8兆円の子育て支
援を追加しなくてはならない(それでも 1.8 の実現には約 30 年間かかる)
。実現には税・
社会保障の一体改革の検討・実行が求められる。
生産性向上には、IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、人工知能(AI)
といった情報通信技術(ICT)をフル活用することが有効だ。東京五輪を開催する 2020
年にキャッシュレス社会の実現を目指すべきだろう。デンマークでは5年以内のキャッ
シュレス実現を政策で決めている。政府の日本再興戦略にも東京五輪の際に外国人観光
客に対してカード一枚で、どこでも何でも購入できるようにする計画が入っており、こ
の活動を強化するべきだ。
フィンテックなどICTの新技術は、ソフトが鍵。政府は官民対話で設備投資全体よ
りも、ソフト投資を増やすように要請することが望ましい。有効なソフト投資を行うに
は、既存の業務のやり方を抜本的に見直す業務改革を一体で進める必要がある。ICT
向けの投資を今後 15 年間に 60 兆円(ソフトは 50 兆円)、追加的に投資すると、GDP
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世界経済危機の回避とデフレの克服へ
が 70 兆円増え、雇用も 500 万人増えると当センターでは推計している(図表3)
。米グ
ーグルやアップルのような情報提供のプラットフォームを提供できる企業が日本で幾
つ育つかが、将来の日本の競争力や成長力を左右する。
図表3
ICT(含むソフト)投資のGDP押し上げ効果
650
636
(兆円)
標準シナリオ
2030年度にはGDPが
70兆円増加
600
ICT投資加速シナリオ(15-30年度間にソフトへの50兆円
を含む60兆円の追加投資)
予測
565
550
(年度)
500
2010
2012
2014
2016
2018
2020
2022
2024
2026
2028
2030
(資料)日本経済研究センター「第 42 回中期経済予測」
経済協力開発機構(OECD)やIMFは、財政政策において協調行動が必要であることを
非常に強く主張している。すでに安倍首相は昨年5月の国際交流会議「アジアの未来」で 1,100
億ドルの質の高いインフラ投資プログラムを公表している。これをG7(主要7カ国)の協調
行動の1つとして組み込み、加えて早めの執行を公約することも考えられる。
<参考文献>
日本経済研究センター(2016 年3月)
「2015 年度
金利政策へ」
金融研究報告
日本経済研究センター(2016 年3月)
「第 42 回中期経済予測
開国を」
量の限界からマイナス
2%成長の実現に第3の
問い合わせは研究本部(TEL:03-6256-7730)まで。
※本稿の無断転載を禁じます。詳細は総務・事業本部までご照会ください。
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