加齢による神経系の 病理組織学的変化

加齢による神経系の
病理組織学的変化
医療法人さわらび会福祉村病院神経病理研究所 所長
橋詰 良夫
Ⅰ. はじめに
大きいが各年代を集団としてみると加齢に伴っ
て脳重量の減少は明らかに認められる。成人
の脳 重 量は1200g から1400g 程 度 であるが、
高齢者の慢性疼痛を引き起こす疾患はきわ
我々が調べた百寿者の脳重量は平均1040gで
めて多彩であるが、臨床の現場でその診断と治
あった 1)
。頭蓋骨に対する脳の容積の占める
療にあたる際には高齢者の加齢による全身の
割合は 20 歳から55 歳にかけては一定している
変化を理解し、疼痛をきたす疾患の病態を正
が、以後加齢とともに減少する。クモ膜は加
しく認識することが重要である。本稿では加齢
齢に伴って肥厚、混濁が特に穹 部に目立つ。
による神経系の病理学的変化について概説し、
脳回が萎縮し、脳溝が深くなる。この変化は
高齢者の疼痛を引き起こす代表的な疾患であ
特に前頭葉、側頭葉で目立つ(図 1、2)
。割面
る外傷性変化、頸椎症、脊柱管狭窄、帯状疱疹、
では白質の面積が小さくなり、側脳室の拡大が
癌による神経障害をとりあげ、主として病理学
認められ、脳梁は薄くなる(図 3、4)
。組織学
的所見について解説する。
的には神経細胞の数の減少、萎縮、胞体内の
Ⅱ. 加齢による脳の変化
リポフスチンの増加、アミロイド小体出現が認
められる。海馬では神経原線維変化、平野小
体の出現、Goll 核ではスフェロイドの増加が認
脳の加齢に伴う肉眼的所見として最も重要な
められる。加齢に伴い新皮質では Aβ蛋白か
のは脳重量の減少である。脳重量は個人差が
らなる老人班の出現が認められる(図 5)
。さら
プロフィール
Yoshio Hashizume
最終学歴 1969 年 名古屋大学医学部卒 主な職歴 1970 年 愛知県厚生連安城更生病院医師(内科) 1974 年 外国留学(ドイ
ツ、Műnchen,Max-Planck-Institute) 1980 年 名古屋大学医学部病理学講座 1993 年 愛知医科大学教授(加齢医科学研究所)
2010 年 医療法人福祉村病院、神経病理研究所所長 現職 医療法人さわらび会福祉村病院神経病理研究所・所長 専門分野 神経
病理(脊髄の病理、認知症の病理)
、神経内科
53
加齢による神経系の病理組織学的変化
に微小管関連蛋白であるタウ蛋白が異常にリ
に出現し、神経細胞の脱落とグリオーシスを伴
ン酸化され胞体内で異常蓄積を示す神経原
う。最近加齢に伴う変化として注目されている
線 維変化は移 行嗅内野から海馬に最初に出
嗜銀顆粒はGallyas 染色でコンマ状の形態を示
現する(図 6)
。老人斑と神経原線維変化の出
す顆粒状変化で、タウ蛋白から構成され、辺
現は加齢に伴って生理的に出現するが、アル
縁系に出現する(図 7)
。この嗜銀顆粒出現が
ツハイマー病ではこれらの変化が病的に異常
認知症の原因となる嗜銀顆粒性認知症はアル
図1 正常ヒト脳の肉眼所見
前頭葉、側頭葉の萎縮を認め、脳溝の拡大を認める。
図3 正常ヒト脳の割面
図4 アルツハイマー病の脳の割面
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図2 アルツハイマー病の脳の肉眼所見
脳室は拡大し海馬の萎縮を認める
加齢による神経系の病理組織学的変化
ツハイマー病と鑑別されるべき変性型認知症
性側索硬化症と前頭側頭葉変性症の海馬顆粒
の一つである。タウ蛋白の蓄積による疾患はタ
細胞の胞体内の陽性構造物のタンパク質として
ウオパチーと呼称され、嗜銀顆粒性認知症以
同定された。TDP−43 は核内蛋白で mRNAの
外にも、進行性核上性麻痺、皮質基底核変性
スプライシング調節に働くRNA 結合蛋白であ
症、Pick病、神経原線維変化型老年期認知症
る。その後、家族性前頭側頭葉変性症や家族
など、特徴的な臨床経過と病理学的特徴によ
性筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子であるこ
り分類される疾患がある。レビー小体はパーキ
とが判明した。TDP−43 はアルツハイマー病
ンソン病で注目されてきた神経細胞封入体であ
やレビー小体型認知症など他の疾患でもわず
るが(図 8)、高齢者の剖検では、加齢に伴っ
かに陽性を示すことが報告されている。加齢に
て 30 〜 40% の頻度で出現する。レビー小体
伴う変化としては血管系の変化も重要で、脳血
の構成蛋白はα-synucleinであり、大脳皮質に
管の粥状硬化、細小動脈の動脈硬化、血管壊
多数出現する場合ではレビー小体型認知症とし
死、アミロイドアンギオパチーなどにより、小
て、また自律神経系に広範に出現する場合に
梗塞、微小出血、血管周囲腔拡張、虚血性の
は自律神経機能不全を示し、生命予後に重要
Binswanger 型白質病変の原因となる 2)
。
な影響を与える。TDP-43 は 2006 年に筋萎縮
図5 老人斑、β-proteinによる免疫染色
図7 嗜銀性顆粒、Gallyas染色
図6 神経原線維変化、Gallyas 染色
図8 Lewy小体、α-synucleinによる免疫染色
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加齢による神経系の病理組織学的変化
Ⅲ. 加齢による脊髄の変化
存しており、百歳をこえてヒトはなお元気に日
常的な四肢の運動をすることのできる充分量の
大型運動神経細胞が保存されていることに注目
加齢による脊髄の形態の変化で最も明瞭な
したい。高齢者の脊髄前角神経細胞は胞体が
ものは横断面における脊髄の扁平化で特に頸
萎縮するものやリポフスチンが増加したのもが
髄レベルで明瞭である(図 9)。扁平率(前後径
目立つ。神経細胞の樹状突起の脱落や軸索腫
/ 横径×100%)と年齢は優位の負の相関を認
大(spheroid)が加齢とともに増加する。とく
める。また百寿者を対象とした脊髄の検索でも
に軸索腫大は Goll 核、腰髄前角で目立つ。神
高頻度に脊髄の扁平化を認めている。扁平化
経原線維変化についての記載は少ないが、蛭
が一定の程度を超えると脊髄前角神経細胞の
薙は正常ヒト脊髄の123 例の検討で 80 歳代の
脱落をきたす。この変化は脊髄自身のものでは
3 例にのみ認め、老人斑は認められなかったこ
なく加齢による脊椎、脊柱管の変化が関与して
とを報告している。しかし Gallyas 染色を用い
いる 3)
。
た百寿者の検討では19 例中16 例にGallyas 陽
脊髄の加齢による組織学的所見として従来
性神経細胞内構造物と糸屑状の線維性構造物
から前角神経 細胞の減少が指摘されている。
を認めた 1)
。しかし大脳皮質に比してその変化
Tomlinsonによる13 歳から95 歳までの 45 例の
は軽度である。タウ蛋白の異常が脊髄に多数
腰髄前角運動神経細胞の定量的検索では 60 歳
出現している場合には進行性核上性麻痺や皮
をこえると5 〜 50%、平均 25%の範囲で減少
質基底核変性症などのアルツハイマー病以外の
するとされている 4)
。一方、Teraoらは加齢によ
タウオパチーを考慮する必要がある。加齢に伴
る脊髄神経細胞は特に中間体にある小型神経
うグリア細胞の変化については腰髄前角のグリ
細胞脱落が優位であることを形態計測の結果
オーシスが指摘されている。疾患による病的な
から明らかにした 5)
。しかし我々の百寿者の脊
グリオーシスと区別して考慮すべき変化である。
髄での検討では周囲組織からの圧迫を受けて
アミロイド小体は好塩基性の同心円状の球状物
いない脊髄では前角細胞の数は意外によく残
でアストロサイトの突起内に生じ、加齢ととも
図9 脊髄は前後方向に扁平化する、Klüver —Barrera染色
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加齢による神経系の病理組織学的変化
に頻度が増すが、特に後索の軟膜、血管周囲
に多数認められる。高齢者の脊髄ではしばし
ば後索の変性を認める。亀山らは 60 歳以上に
なると後索変性が 64%にみられると報告してい
Ⅴ. 頭部外傷による頭痛:
慢性硬膜下血腫
る 7)
。我々の百寿者の脊髄の検索でも、特に頸
頭痛は頭頸部または脳の外傷後に発現しや
髄レベルの Goll索に有髄線維の脱落を19 例中
すい症状であり、頭部外傷による頭痛はめま
12 例(63%)と高頻度に認めた。後索変性の
い、集中困難、神経質、人格変化、不眠等の
原因について老年者における代謝、栄養障害、
症状を随伴する。このような症状は外傷後症
あるいは中毒、血流障害などの多くの原因が考
候群として知られているが、頭痛はその中で最
えられるが腰・仙髄レベルでの脊椎の変性や脊
も特徴的であるとされている。その中でも高齢
柱管狭窄症により後根および後根神経節が障
者では外傷による慢性硬膜下血腫が重要であ
害を受けたことによる上行性二次変性によるも
る。頭痛とともに精神活動の遅鈍、記憶障害
のが多いと考えられる。高齢者の脊髄の剖検
が生じる。慢性硬膜下血腫は 3 週間以上前の
による検索では後根、後根神経節とともに周囲
軽微な外傷を契機として、硬膜とクモ膜の間に
の脊柱管の変化の検索が重要であると考えら
流動血または凝血からなる血腫が形成されるも
れる。
のである(図 10、11)
。血腫は硬膜と癒着を示
Ⅳ. 加齢による末梢神経の変化
す新生した外膜と内膜からなる被膜に覆われる
末梢神経の病理については生検で検索され
ることの多い腓腹神経に関したものが多い。有
髄線維密度に関しては明らかな加齢による減少
が知られている。有髄線維の中でも大径有髄
線維の減少が目立つ。残存する有髄線維には
節性脱髄とその再生や軸索変性が認められる。
また末梢神経線維組織内の結合識の増加、特
に神経周膜の肥厚、栄養血管の肥厚と内腔の
狭窄が認められる。これらの変化は高齢者に
多い癌に伴う傍腫瘍性ニューロパチーや糖尿病
図10 慢性硬膜下血腫
性ニューロパチー、ビタミン欠乏症、血管炎に
よるニューロパチーなどの病的な変化との関連
で検索される必要がある。脊椎脊髄疾患では
馬尾の変化が重要である。高齢者の馬尾では
特に後根の有髄線維の脱落をしばしば認める
が、この原因については脊柱管や後根神経節
の変化を含めて総合的な解析が重要である。
図11 慢性硬膜下血腫の硬膜
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加齢による神経系の病理組織学的変化
が、被膜からの繰り返す出血により血腫容積が
髄の変化を考える際には、脊髄を取り囲み保護
増大してその直下にある脳を圧迫し、局所脳血
する役割の周囲組織の変化を理解することが
流減少の低下や頭蓋内圧亢進を引き起こすこと
極めて重要である。
により頭痛・片麻痺・意識障害などの神経症状
さらに頸椎屈曲伸展運動に伴う脊髄の動的
が引き起こされる。慢性硬膜下出血は高齢者
圧迫も重要である。頸椎屈曲時には脊髄は上
に多いことは良く知られているが、脳の萎縮を
方かつ前方へ移動し脊髄前面が骨棘や椎間
示す高齢者では軽度の外傷により頭蓋内で脳
板に密着し神経根も牽引される(over-stretch
が移動しやすいので、上矢状静脈洞に入る大
mechanism)
。頸椎の伸展時には椎間板膨隆
脳穹窿部からの架橋静脈が破綻しやすいこと
の増強と黄色靭帯のゆるみ陥入により脊髄は
が指摘されている。病理学的には受傷後 3 週間
前後から挟まれるように圧迫される(pincers
程度経過すると硬膜下には線維芽細胞の増生、
mechanism)
。また椎体が後方辷りにより脊柱
洞様構造を示す血管新生、マクロファージの浸
管狭窄が増強する。脊髄は変性膨隆した椎間
潤により被膜が形成される。洞様構造を示す
板および骨棘により前方より圧迫を受け肉眼的
新生血管は硬膜の血管と交通しており、出血が
には脊髄前面に圧痕が椎間レベルで一箇所な
繰り返され、血腫の増大が生じる。血腫を覆う
いし複数箇所みられ前後径が薄くなる。同時に
被膜は経過とともに線維性結合織からなる厚い
前根にも圧痕が認められる。脊柱管と脊髄との
膜様組織となり血腫は器質化・吸収され、つい
間にゆとりの少ない中下位頸椎レベル(C5 〜
には石灰化・骨化をきたすようになる 8)
。外傷
C8 髄節レベル)が最も障害されやすい。脊髄
以外の原因では全身性の要因として DICや肝・
は圧迫により前後に扁平化し、圧迫が強くなる
腎機能障害、血液凝固異常に注意すべきであ
と前角も扁平化し神経細胞が脱落しグリオーシ
る。
スを生じる(図 12、13)
。さらに病変が高度に
Ⅵ . 頸椎症の脊髄、神経根の変化
なると中間質から後角と後索の腹外側部、時に
は前角にひろがるcystic cavityを形成し、実
質は壊死性、破壊性変化を示す。白質病変は
頸椎症は上肢の疼痛やしびれ、筋力低下を
後索腹外側部や側索に始まりついで後索全体
来たす疾患として重要なものである。頸椎の椎
に拡大し前索の変化は比較的保たれる傾向に
間板や関節、靭帯、椎体骨の加齢性変性によ
ある。組織学的には髄鞘、軸索が脱落し海面
り神経根、脊髄が圧迫を受けることにより神経
状態を示す。複数髄節で圧迫を受けた症例で
症状が出現する。脊髄の圧迫因子として重要な
は脊髄の横断面の面積は萎縮し、髄鞘染色で
のは脊柱管狭窄である。脊柱管の大きさは脊
みると比較的保たれているようにみえる白質で
髄と同様に個体差が大きいが、多くの人では脊
もその面積は狭くなっており、神経線維の脱落
柱管の大きさと脊髄の大きさは比例するが、中
が生じているものと考えられる。圧迫を受けた
には狭い脊柱管に大きい脊髄が入っている場合
髄節の上下の髄節では側索の錐体路の下行性
もあり、この場合には軽度の変形性脊椎症や
二次変性を、後索では上行性二次変性を認め
靭帯骨化症においても膨隆した椎間板や骨棘
る。神経根は前根、後根とも狭窄部で圧迫・
により脊髄圧迫が生じやすい。加齢による脊
伸展を受け、神経線維の脱落を示す 9)
。
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加齢による神経系の病理組織学的変化
Ⅶ . 腰痛、下肢痛と脊椎、
脊髄の変化
C4/5、C5/6レベルに好発する。下肢痛は上位
腰椎椎間板ヘルニアでは大腿神経痛、下位腰
椎では坐骨神経痛であることが多い。放散する
腰椎椎間板ヘルニアは椎間板の主に変性髄
疼痛、神経根によって支配される筋肉の筋力低
核が後方の線維輪を部分的あるいは完全に穿
下、腱反射低下を呈する。画像では MRI が最
破し、椎間板組織が脊柱管内に突出あるいは
も有効で、膨隆したヘルニア塊と圧迫された脊
脱出して、馬尾や神経根を圧迫し、腰痛・下
髄、神経根の状態が正確に把握される。
肢痛および下肢の神経症状などが出現したもの
腰部脊柱管狭窄症は腰部脊柱管が狭小化
である。青壮年期に好発すると考えられている
し、神経根と馬尾が圧迫されて、下肢のしびれ
が、最近では高齢発症の症例が増加する傾向
や、痛み、間欠跛行を来たす疾患である。狭
にある。本疾患の発生は男性に多く、好発高
窄を来たす原因として変形した椎間関節、肥厚
位は L4/5、L5/S1、次いで L3/4 間である。頸
した黄色靭帯、椎間板の膨隆により、特に椎
椎椎間板ヘルニアは中位頸椎レベル、すなわち
間板レベルで狭窄が生じる。特に腰椎の後屈
図12 頸髄症の脊髄、扁平化し前角は萎縮を示す、Klüver —Barrera染色
図13 頸髄症の脊髄、前角の神経細胞脱落を認める、Klüver —Barrera染色
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加齢による神経系の病理組織学的変化
で増悪する。好発部位は L4/5レベルである。
帯状疱疹後神経痛、帯状疱疹 性麻痺、脊髄
症状は馬尾全体が圧迫される馬尾型では両下
炎、髄膜脳炎、Ramsay Hunt 症候群など多彩
肢のしびれと下肢の脱力、膀胱直腸障害で、
な神経合併症を引き起こす。帯状疱疹に罹患し
特徴的な症状として間欠性跛行がある。歩行
た患者の脊髄を検索すると、特に臨床的に脊
中に馬尾の圧迫が増強し循環障害が生じること
髄症状が認められていなかった症例でも帯状
により生じ、特に馬尾の静脈うっ血が重要とさ
疱疹が出現した部位の後根神経節、後根、後
れている。馬尾が左右いずれかの外側でより強
角にリンパ球浸潤を主体とする炎症性細胞浸潤
く圧迫される神経根障害では片側ないし両側
が認められる(図 14、15)
。神経根は炎症性細
性の下肢痛としびれが生じる。前屈位や座位の
胞浸潤のみでなく、髄鞘が選択的に脱落する脱
保持、安静臥床で症状が軽快することが多い。
髄性の変化を示すこともある。これはウイルス
剖検例での詳細な神経根の病理所見につては
による直接の変化ではなく二次的免疫反応が
まとまった報告はない。しかし通常の剖検例で
関与していると考えられる。Watsonらは 2 年間
はしばしば腰仙髄レベルの後根に有髄線維の
持続した帯状疱疹後神経痛の患者の剖検例の
脱落を認めることがあり、これらの所見は椎間
病理所見で後根神経節の炎症性反応を認めた
板ヘルニアや脊柱管狭窄症による神経根障害
ことを証明しており遷延したウイルス感染が考え
の病理像である可能性がある。
られる。後根神経節では核内封入体やウイルス
Ⅷ . 帯状疱疹による疼痛
水痘・帯状 疱疹ウイルス(Varicella zoster
virus,VZV)は皮膚と神経系に親和性を持つウ
抗原の免疫染色による証明、電顕によるウイル
ス粒子の確認などが報告されている 10)
。
Ⅸ. 悪性腫瘍による疼痛、特に転移性
脊椎腫瘍と髄膜癌腫症について
イルスで小児期に水痘を発症して、その後後根
転移性硬膜外腫瘍をきたす腫瘍は乳癌、肺
神経節、三叉神経節、自律神経節に潜伏する。
癌、前立 腺 癌が 多く、悪性リンパ腫、腎癌、
図14 帯状疱疹罹患後の脊髄、後角に
cystic c av it yの 形 成 を 認 める、
Klüver —Barrera染色
図15 帯状疱疹後の脊髄、後角に血管周囲性
リンパ球浸潤を認める、H.E染色
60
加齢による神経系の病理組織学的変化
悪性黒色腫、骨髄腫、肉腫などが主要なもの
の軸索腫大を認め、変化が強いと完全な横断
である。転移性硬膜外腫瘍による脊髄圧迫の
性壊死をきたす。転移性硬膜外腫瘍による脊
臨床症状は疼痛、筋力低下、感覚障害、膀胱
髄障害では腫瘤により脊髄が完全に圧迫され
直腸障害が主なものである。疼痛は脊椎骨自
変形・萎縮してしまうことに加えて、腫瘤はあっ
体への転移によっても生じ、また多くは神経根
ても脊髄の形態は保たれており変形が生じてい
症状である。転移性硬膜外腫瘍と診断される
ないにもかかわらず横断性壊死が生じることが
までの疼痛の持続期間は平均 2 ヶ月程度であ
あり、その原因として静脈系の循環障害が関与
る。筋力低下はほとんど疼痛を伴って出現す
していることに注意すべきである。疼痛の原因
る。硬膜外腫瘍は、1)椎体への転移巣から
は椎体への転移に伴う神経根の圧迫が重要で
腫瘍が硬膜外へ進展をする場合、2)椎体周囲
あり、神経根の神経線維の脱落をきたす。
の腫瘍が椎間孔から硬膜外組織へ進展する場
髄膜癌腫症による神経症状は頭蓋内圧亢進
合、3)硬膜外組織へ直接転移をする場合に分
症状・髄膜刺激症状と脳神経麻痺が一般的で
けられる。胸髄レベルでの圧迫の頻度が最も高
脊髄障害による臨床症状は充分注目されていな
く、ついで腰髄、頸髄の順であり、しばしば複
い。脊髄レベルでの神経根症状として四肢の
数の部位で圧迫を受ける。腫瘍は脊柱管の前
疼痛、感覚障害と筋力低下に加えて膀胱直腸
方ないし前外側部に生じることが多い。転移性
障害が重要と考えられる。原発巣は肺癌、胃
硬膜外腫瘍による脊髄圧迫による脊髄障害で
癌、乳癌などが多いとされているが、Kizawa
は灰白質よりも白質がより優位に障害を受ける。
らの報告のように種々である 11)
。転移経路とし
脊髄の白質は斑状に海綿状 態を示し(図 16、
ては血行性に脳実質内や脈絡叢に転移巣を形
17)、この部位にはマクロファージの浸潤と多数
成し、そこから髄膜播種を示すものや、脊柱
管周囲の椎体や軟部組織に転移し椎体静脈叢
を介して経静脈性にクモ膜下腔へ浸潤する経
路、リンパ行性に末梢神経周囲腔を介してクモ
膜下腔へ浸潤する可能性が指摘されているが、
それを証明することは難しい。
図16 脊椎への悪性腫瘍の転移
図17 硬膜外への悪性腫瘍の転移により、
脊髄は多発性の白質の海綿状態を示
す、Klüver —Barrera染色
61
加齢による神経系の病理組織学的変化
髄膜癌腫症での脊髄での病理所見の特徴は
びまん性に腫瘍細胞がくも膜下腔へ浸潤するこ
とである(図 18)。腫瘍細胞浸潤に伴ってクモ
Ⅹ. おわりに
膜下出血を伴うこともある。脊髄の横断面では、
以上、高齢者で日常的に疼痛をきたす代表
クモ膜下腔の歯状靭帯や血管、神経根周辺に
的な病態の病理学的所見を記述した。慢性疼
おいて細胞増殖が見られ、進行すると前中心裂
痛に悩む高齢者の病態について科学的側面か
で血管周囲性の細胞増殖が見られる。神経根
らの正しい認識をもって医学的治療、看護、介
については、神経根周囲での細胞増殖、神経
護にあたることが重要である。疼痛は必ずしも
根への浸潤が共に見られる(図 19)
。ニューロ
器質的異常を呈するものではなく、機能的異状
フィラメントの免疫染色では神経根に浸潤が強
によることも多いが、器質的疾患による疼痛の
いものでは軸策の腫脹、神経線維の減少が確
理解には今後とも病理所見の更なる検索が必要
認される。後根では前根に比べその頻度が高
とされる。
い。
文 献
1)橋詰良夫,吉田眞理,汪寅,他:日本の百
寿者.田内久編 病理解剖所見 , 中枢神経系 .中
山書店 , 東京 , 1997, 242−260.
2)橋詰良夫:現代病理学体系 8.成長と加齢.
中山書店 , 東京 , 1995, 183−207.
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像解析装置を用いたリポフスチンの定量的研究
図19 髄膜癌腫症の脊髄、神経根への腫瘍細胞
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7)亀山正邦,大友英一,丸山勝一,他:老年
加齢による神経系の病理組織学的変化
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