Title Author(s) Citation Issue Date URL 社会教育主事の専門職問題―貝塚市と鶴ヶ島市の事例を 中心として― 神田, 嘉延 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要=Bulletin of the educational research and practice, Faculty of Education, Kagoshima University, 4: 9-22 1994-11 http://hdl.handle.net/10232/18421 http://ir.kagoshima-u.ac.jp 社会教育主事の専門職問題 −貝塚市と鶴ケ島市の事例を中心と し て − 神田嘉延 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要 第4巻抜刷 1994年11月 社会教育主事の専門職問題 一貝塚市と鶴ケ島市の事例を中心として− AProblemontheDirectorSystemofAduItEducationinOsaka PrefectureKaizuka-shiandSaitamaPrefectureTuragasima−shi 神田嘉延* (YoshinobuKANDA) キーワード:地域生涯学習計画、教育委員会職員、社会教育機関、 不当配転、社会教育主事の労働内容 目 次 際生活に即した文化教養を高める学習権を保障す はじめに る立場から社会教育職員のあり方をさぐるもので 1社会教育の分業化からの専門職制度による総 ある。 貝塚市の社会教育行政は、伝統的な地域組織の 合化一貝塚市の地域生涯学習計画づくりによる 職員の集団化問題一 傾向をもつ青年団、婦人会等の社会教育関係団体 (1)貝塚市の社会教育関係分野の専門職制度の を助言・指導する社会教育課と各種の学級事業や サークル・クラブ学習組織を指導・助言する公民 形成時の状況 (2)地域生涯学習づくりと専門職制度 館と分業体制が行われてきた。公民館主事も社会 (3)専門職制度の行政的保障と条例制定問題 教育主事の有資格を有する職員が配属されてい (4)社会教育関係職員の専門職性と社会教育委 る 。 この二つの課だけでなく図書館司書、学芸員、 員 (5)社会教育関係職員の専門職性と市長部局の 社会体育課、青少年課をも含めて、社会教育部門 における専門職制度を教育委員会の内規として確 行政職との職務内容との関係 2埼玉県鶴ケ島市社会教育主事不当配転問題に 立しているところである。これは、社会教育関連 みる専門職のあり方 施設・教育行政部門の連携化の試みであり、地域 (1)鶴ケ島の社会教育主事の不当配転問題の経 生涯学習計画づくりのなかで生まれてきているも 過 のである。 埼玉県鶴ヶ島の社会教育主事の不当配転問題 (2)不当配転をめぐっての公平委員会の審理の は、町長の交替によって起きた係争であり、町長 論点 (3)教育委員会職員と市長・町長部局との人事 部局と教育委員会の行政の独立性の問題をもふく んでいるが、制度的には、社会教育主事として公 交流のあり方一専門職制度をめぐって一 民館主事を兼務している職員に対する配転問題で まとめ ある。 はじめに この場合に、公民館主事としての身分を強調し 本稿は、大阪府貝塚市の社会教育職員の専門職 て、公民館職員は法的に専門職が確立していない 制度問題と埼玉県鶴ヶ島の社会教育主事不当配転 と主張し、一般的な職員と同等に扱って配転した 係争問題という二つの市町村自治体の社会教育主 とする行政当局の見解と専門職を無視した不当配 事の専門性問題の分析をとおして、地域住民の実 転であると専門的教育職員として公民館主事を兼 務する社会教育職員を認めるかどうか、教育委員 *鹿児島大学教育学部教育学科 会職員の配転のあり方をめぐって公平委員会で争 −9− 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要第4巻(1994) われた事件である。 このため、専門職発令者を中心に、主事のいな この二つの自治体の社会教育主事、公民館主事 い職場は職場代表者が参加し、名称も「代表者会 をめぐっての社会教育職員の専門職制度の実態 議」として、職員の集団化はスタートした。代表 は、具体的に市町村自治体の住民の学習権との関 者会議の組織は、いままでの縦割り的行政での社 係で様々な問題提起の素材をだしている。この二 会教育に対する共通理念を欠いた社会教育各課の つの自治体の社会教育職員の専門職制度をめぐる バラバラの状況に対して、社会教育主事を中心と 分析は、今後の地域生活に根ざした社会教育職員 して運営が行われた。 職員の組織化が、集団機能を発揮させながら状 のあり方をさぐる大きな手がかりをあたえてくれ るものである。 況を変革していく「力」として位置付けられてい 1社会教育事業の分業化から専門職制度による く過程でもあった。会議の当初、各課の情報交 総合化一貝塚市の地域生涯学習計画づくりによ 換・現状の語りあいによる意見交換を中心に、貝 る職員の集団化問題一 塚の社会教育を知ることが行われていた。それま で、・社会教育関係課の現場職員は意見交換の場さ (1)貝塚市の社会教育関係分野職員の専門職制 度の形成時の状況 え持てなかったので、この会議は大きかった」。 ( 1 ) 社会教育関係各課からなる代表者会議がもたれ 貝塚市は、人口8万の大阪市の中心街まで電車 ていく契機になったのが、社会教育主事発令によ で30分の位置するところである。貝塚市の社会教 る主事を中心としての社会教育各課の情報交換と 育行政の特徴は、社会教育課と公民館課と大きく 専門職の集団化の試みである。社会教育主事発令 分かれている。公民館は、1市1館体制を長くと という専門職制度のはじまりは、専門化による分 ってきた。 業体制の確立、仕事の効率化という行政組織の合 公民館課では、公民館の学習組織としてのサー クル教室等のクラブ協議会を指導・助言するが、 理化の論理からではなく、専門的教育職員として の集団化の動きは注目することである。 社会教育課は、地域組織としての婦人会、青年 図書館司書は、図書館法第4条、学芸員は博物 団、老人会、PTAを助言・指導するという2本 館法第4条によって、それぞれ専門的職員が規定 建てになっていた。 されているが、図書館法も博物館法も社会教育法 以上のような社会教育各課の縦割的なバラバラ の精神によって国民の教育と文化の発展に寄与す 状況に対して、85年10月「社会教育部門における ることが目的とされ、図書館、博物館は、社会教 専門職員」の制度化が行われ、総合的な情報交 育法によっても社会教育機関として規定されてい 換・連携活動が始められたのである。 る。しかし、社会教育法にもとづいて、社会教育 この専門職制度化を契機に社会教育課、社会体 育課、青少年課、中央公民館課、図書館課、東青 関連各課・各機関が統一して、連携活動はおこな われていなかった。 貝塚市では、社会教育課や公民館等の社会教育 少年課の各課の代表者会議が開かれたのである。 この過程について、貝塚市の社会教育主事会は次 関係職場に専門的な職員の配置がされているが、 のようにまとめている。 あえて、これらの職員に対して特別に専門職発令 「専門職制が制度化されたときには、社会教育 関係各課で社会教育主事の発令を受けたのは公民 をしていることはいかなる意味をもつのであった か 。 館1名、公民館司書1名、学芸員1名であり、青 その大きな意図は、社会教育関係職場を社会教 少年課、社会教育課、社会体育課にはまだ配置さ れていなかった。またこの時期に「何が専門職 育主事という専門的教育職員の論理で、それぞれ の分業されている仕事を連携・統合化して、総合 だ」という専門職制度に対する批判も根強く残っ 的な視点より地域生涯学習の計画へ社会教育関係 ていた。 職員を関係させる組織体制である。 10− 神田:社会教育主事の専門職問題一貝塚市と鶴ケ島市の事例を中心として− 84年3月の「貝塚市総合計画」によれば、5つ の生活実態が反映したものでなければならない。 の生活ゾーンと11のエリアによる都市整備構想と (2)そのために計画づくりにできるだけ多くの住 関西国際空港のアクセスによる交通ネットワーク 民が多様な方法で参加し、住民の生活実態が反映 構想がだされ、とくに、二色の浜の臨海開発はビ したものでなければならない。(3)住民の参加の ックプロジェクトとして、市行政の大きな課題で 過程そのものが、住民の地域を学び、考える社会 あった。このような地域総合開発のなかで生涯教 教育実践の場でなければならない。(4)行政と住 育の推進の施策が打ち出されていくのである。 民の協同作業をとおして、相互理解が深まり、そ さらに、生涯教育の施策と同時に、福祉施策中 れ自体が教育を実質化する力になること」。そし 心によるコミュニティの形成が重点的にあげられ て、89年12月に地域生涯学習計画づくりが改めて ていく。貝塚市では地域総合開発やコミュニティ 再会され、住民参加の具体的イメージを模索して 施策などにより、社会教育の総合的な地域計画施 いった。(3) 策も市政の側からも求められていたのである。 多様な方法による住民参加による地域生涯学習 ところで、85年以前の社会教育関係職場では、 計画づくりとその計画が住民の生活実態を反映し 縦割行政でそれぞれの社会教育機関の仕事がバラ たものになるように模索されたものである意味は バラに行われ、社会教育の共通理念さえ欠いたも 大きい。93年の市制50周年記念事業にもなる複合 のであったというが、専門的教育職員制度の導入 的教育・文化施設構想のコスモシアターとの関係 によって、その状況を打開しようとするねらいは もあり、地域生涯学習計画の策定は大きな課題で 興味あることである。 もあった。 これらは、社会教育関係職員のなかでの市長部 従来の行政における政策形成段階で、市民参加 局の行政職員との違いを意識させていくうえでひ については、その考え方が整理されず、旧態依然 とつの問題提起でもある。その後の実際の推移 とした行政中心のやりかたとなっている。計画作 は、社会教育関係の課長会との関係の矛盾や主事 成にどのように市民参加を具体化できるかは課題 を中心とした代表者会議の本来の任務が果たせぬ であった。市民参加の方法として4つが具体化さ まま、各社会教育関係職場に主事発令が進んでい れた。「(1)計画の立案について、社会教育委員会 った。そして、代表者会議から主事会の結成にな 議に諮問をする形式の採用。(2)社会教育委員の っていくのである。 計画作成体制としての作成会議への市民の参加 代表者会議は、88年1月の記録では、過去2年 (各課より市民代表1名を参加)。(3)アンケート 間、各課の情報交換や問題点をだすことにとどま による意見聴衆。(4)各課別意見聴衆会の設定」。 り、社会教育計画の中心は、社会教育関係の課長 作成会議参加の市民代表を中心に、市民に呼びか 会と社会教育委員会議で行われていた。しかし、 けていく方法で市民会議を組織した。第1回市民 計画作成の見通しがつきにくくなったので、主事 会議は、1992年2月にチラシによる案内で10名ば 会が社会教育計画の役割の一端を果たすようにな かりの市民の参加で開かれた。(4) っていく。(2) ここでは、市民参加の地域生涯学習づくりに苦 労しているようすが社会教育職員層によみとるこ (2)地域生涯学習づくりと専門職制度 とができるが、しかし、市民参加が社会教育関係 課よりの市民代表1名や生涯学習計画作成市民会 88年5月に主事会と課長会の討議をふまえて、 議の実態が10名ほどの市民で開かれている状況 社会教育計画づくりの前提としての4点の問題提 は、8万人の人口をかかえる都市の住民参加にし 起を社会教育委員会議に行ったが、社会教育委員 てはごく限られた一部の動きにすぎない。 から意欲的な意見をひきだせなかったのである。 さらに、各課からの市民代表がどのような選出 4点の問題提起は、「(1)計画が住民と無縁な単 方法なのか、市民代表とされる地域民主主義の手 なる行政のペーパープランになることなく、住民 続はきちんとされているのか問題も多い。この市 1 1 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要第4巻(1994) 民会議は、貝塚市での地域組織、職業・職能組 育機関の職員の配置は、「地方教育行政の組織及び 織、労働関係団体、社会教育関係団体、様々な団 運営に関する法」の第31条で条例化が決められて 体による学習組織等を構成とする地域生涯学習づ いる。学校以外の教育機関の職員の設置も法治主 くりの市民会議ではない。 義が原則とされているのである。 社会教育関係職員を中心として、それとの接触 貝塚市の職員条例によれば、教育委員会の職員 をもつ個人としての限られた特定の人間というイ の定員は、教育委員会事務局の職員、学校の教職 メージを払拭することはできない状況である。し 員、学校以外の教育機関の職員とそれぞれ定めら かしながら、社会教育職員が自分たちの行政的な れている。学校教育以外の教育機関は、公民館、 プランの生涯学習計画づくりではなく、社会教育 図書館等をさしている。 の専門的職員としての指導・助言からの住民参加 貝塚市の場合、この規定によって条例で定めら による生涯学習づくりを模索していることは、コ れている教育委員会の職員の定員は、146名 ンサルタントによる行政の地域プランが横行する (93年5月現在)になっているが、その内訳は教 育委員会事務局42名、教育委員会の所管に属する なかで評価されるべきことである。 学校の校長.教員及び事務部局の職員85名、教育 委員会の所管に属する学校以外の教育機関の事務 (3)専門職制度の行政的保障と条例制度問題 部局の職員25名と配置されている。職員の配置を ところで、社会教育主事としての専門職制度が 教育行政組織からみるならば、社会教育関係職員 85年10月にスタートさせているが、この制度上 の定員配置は、学校以外の教育機関と教育委員会 は、当初「社会教育部門における専門職に関する の事務職員とにまたがっている。社会教育課、社 要項」として作成され、のちに教育委員会の内規 会体育課、青少年課、文化振興課が教育委員会事 として扱われている。要項としての実施したこと 務教育の定員になっているからである。 は、行政の執行機関の内部規定として執行機関の 教育行政組織としては、社会教育室(社会教育 行動指針になり、事務処理の基準になるものがあ 部)のなかに、社会教育関係の社会教育課、公民 るが、しかし、法的に住民と社会教育職員に対し 館、青少年課、社会体育課、文化振興課、図書館 て、専門職制度を規定したわけではない。 を置くようになっている。社会教育関係の職員と して条例上の定員配置と社会教育主事、学芸員、 この専門職制度は、行政的な内規として定めら 図書館司書の専門職の専門職の配置が明確でない れるが、条例的な制度化ではない。それは、地方 公共団体の長・教育委員会の行政内部の基準・行 ところに、教育行政組織上の教育機関と教育委員 政の裁量権であり、条例のような効力をもつもの 会事務局の定員配置と矛盾をきたしている。 貝塚市の社会教育部門における専門職に関する ではない。地方公共団体の職員の身分・勤務条件 の基準は、条例主義が原則であり、地方自治体の 要項では、任用規定が社会教育法による社会教育 地域民主主義から、きちんとした専門職の制度化 主事の任用よりも厳しく設けられている。「法令 にするには、市議会によって審議し、条例制定化 等資格を有しかつ社会教育業務に3年以上従事し が求められている。 た職員のうちから任命する。採用する場合は、法 貝塚市の「社会教育部門における専門職員」の 令等の資格を有し、社会教育関係機関において5 教育委員会内規は、それぞれの部署に次のような 年以上勤務し、かつ専門職員としての業務業績が 社会教育の専門職員としての主事を置くようにし 顕著であったもの、本市社会教育施設または関係 ている。社会教育課・青少年課・社会体育課の各 課で嘱託として、5年以上勤務しかつ業務実績が 課から1名以上、公民館から2名以上、図書館か 顕著である」となっている。 この任用規定は、教員等の職種としての専門的 ら1名以上、学芸委員1名以上となっている。 市町村の職員の定数は、地方自治法172条3項 教育職員の側面と行政的ラインにのった生涯学習 によって条例で定めることが規定されている。教 計画づくり等の権限をも付与された専門職の性格 1 2 神田:社会教育主事の専門職問題一貝塚市と鶴ケ島市の事例を中心として− をも同時にもっている。社会教育における専門的 理できない。このためも、条例をもって規定して 教育職員と行政的職員の二重の性格をもってお いくことが必要である。 り、学校教育のように教育行政と教育実践の分離 ところで、社会教育の職員集団から主事発令に の原則が現実的に行われておらず、未分化がみら 対する批判がだされていたことは、注目すべきこ れるのである。教育委員会に属する職員のうち、 とである。「社会教育の何か専門職か」「社会教育 社会教育主事のように専門的教育職員として教育 職員の前に貝塚市の職員である」「係長が主事では 公務委員特例法によって職務・身分が規定される ないか」「社会教育課長のイニシアチブで職員の合 ものと地方公務員法によって行政職員と規定され 意形成ではない」という意見が社会教育関係職員 る二重の依存があるのである。 しかし、要項では、専門職の辞令交付により、 から当時だされていた。(筆者の93年12月の関係 者の面接より)。 身分給与等の特別な措置は一切講じないとしてい 社会教育の課長等層の管理職との関係も含め る。また、専門職は人事交流の対象となることと て、それがどのような関係であり、機能したの し、専門職として従事しなくなったときは、任用 か。主事会と課長会との関係は行政的なライン関 をとくことにしている。その場合に、34歳まで 係からどうなのか。主事が課長から自由な専門職 は、原則として人事交流の対象としないことにし としての関係が保障されていたのか明確ではない ている。(5) のが現実である。ここでは、専門的教育職員とし 34歳までは、社会教育関係の専門職として働く ての教育の自由の原則から行政から相対的に自立 が、それ以降は、人事交流の対象となっているこ した社会教育主事の存在ということは困難である とは、35歳以降は、社会教育関係以外の職場に配 ことを示している。 転されることも予想している。ここでも職種・職 (4)社会教育関係委員の専門職性の社会教育委 務と責任の特殊性からの教育公務員としての専門 職身分の安定的な保障ということよりも行政権限 員 的な専門職の内容がみられ、昇任による身分待遇 上の利益から、一般行政職への配属転換をも十分 社会教育法で定められた貝塚市の社会教育委員 に可能とするものになっている。ここでは、教員 の選出と活動はどのようになっているのであろう などの専門職による身分保障のこととは明かに異 か。学校の校長の1号委員、社会教育関係団体の なっている。 代表の2号委員、学識経験者の3号委員とそれぞ ところで、社会教育の専門職制度の内容とし れどのようになっているのであろうか。 て、その身分的取り扱いをどのように考えていく 貝塚市の社会教育委員は、学校長1名、社会教 かということである。専門的教育職員としての研 育関係団体3名、学識経験者6名と計10名で構成 修は、一般公務員の勤務効率をあげることから、 されているが、社会教育委員の継続性ということ 教育の専門性から権利として研修の保障がどのよ から学識経験者の比率の高いのも特徴である。 うに実施されているかということが大切である。 貝塚市の社会教育会議が教育委員会の要請とし 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」 て出された「貝塚市の社会教育のあり方」の審議 は、本法と教育公務委員法の特別の定めがない場 報告書(1993年5月)では、審議の経過と審議委 合は、地方公務委員法によるものとしている。貝 員が記載されていないので、その答申としての住 塚市の社会教育の専門職制度は、教育職の身分と 民参加的な民主的手続きの一般的なことが不明な して「教育公務委員特例法の2条4項」による専 形式になっており、審議報告書としての討議経 門的教育職員の指導主事及び社会教育主事規定に 過・委員の構成の公開から問題がある。また、社 準拠するのか明確ではない。教育専門職として制 会教育委員として住民との学習要求とその計画化 度化すれば、一般行政職と異なる俸給や研修が生 の積み上げはどのようになっているのか明確では まれ、予算的措置も伴い、教育委員会だけでは処 なく、学識経験者が多い社会教育委員のなかで、 13− 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要第4巻(1994) 機関としての社会教育委員が社会教育関係団体を ないところでは、社会教育行政の指導・助言から はじめ地域住民や地域の団体との関係で民主的な むしろ積極的に課長、主事が社会教育計画、生涯 関係が公開されていない。 学習計画の作成の主体になっていく。 とくに社会教育の実践を積み重ねてこられた社 社会教育委員のもとに主事、課長が事務的に動 会教育関係団体、クラブ協議会等の歴史と活動の いているのではなく、むしろ、組織的には並列の〃 総括との関係で地域生涯学習計画づくりが必要で うえにおかれ、社会教育委員の責任性が不明確に あり、それらとの関係の社会教育委員も不可欠で されがちである。これらの社会教育委員の手だて ある。本来的に住民意思を反映させて教育委員会 が地域民主主義から原則である。 に諮問・建議していく、社会教育計画を作成して (5)社会教育関係職員の専門職性と市長部局の いく機関は、社会教育委員である。 行政職との職務内容との関係 住民参加の生涯学習づくりのポイントを握って いるのは、地域住民からの民主的選出による各社 会教育委員の充実であり、とくに、2号委員の社 社会教育主事は、「社会教育を行う者に専門的技 会教育関係団体において民主的に選出された代表 術な助言と指導をあたえる」という社会教育法の の委員の役割は重要である。社会教育関係行政が 職務内容の専門性を貝塚の社会教育行政の具体的 地域に密着して民主的に住民の学習要求を反映さ 労働のなかで深めていく課題があり、とくに、市 せていくにも社会教育委員の役割は無視できな 町村の一般行政職と異なる社会教育主事の教育専 い。 門職の内容を検討していく課題がある。 教育労働における特殊性としては、人間の発達 社会教育関係職員の生涯学習計画づくりは、こ の社会教育委員の機関を主体にした諮問・建議を を保障していくという筋道がある。地方公務員の 基礎にしての生涯学習づくりが求められている。 職務は、民主的.能率的運営のもとに地方自治の 住民による諮問・建議によって、専門的な教育職 本旨の実現を努めることにあり、研修権も勤務能 員としての役割があり、諮問・建議の作成過程に 率をあげることになっている。そして、職員の採 おいても助言・指導が必要になる。社会教育課 用と昇任における平等取り扱いと成績主義がとら 長、主事の社会教育行政職員のイニシアチブで行 れる。 これにたいして教育公務員は、職務と責任の特 われる生涯学習計画づくりでないこどはいうまで もない。 殊性から独自に身分保障をし、採用と昇任におい 社会教育委員を中心とした審議・研究調査の経 ては、競争主義ではなく、人間の発達を本旨とし 過はどうなのか。社会教育計画の住民主体の統括 た教育専門職性と人格的要素を加味しての選考を 機関として、また公的な住民代表機関としての社 原則にしている。 また、教育公務員の研修は、自主的な専門的研 会教育計画の責任機関としての社会教育委員の役 割の充実が重要である。 究と人間的な修養が必要不可欠である。地方公務 貝塚の生涯学習計画を住民参加でつくろうとし 委員が教育専門職として移動することは、それ た方式で、「計画の立案について、社会教育委員会 は、単に業務の配置転換ではなく、新たに、学 議に諮問をする形式の採用」ではなく、社会教育 力・経験・人物・慣行・身体等を審査する選考に 委員の役割を強調し、その指導性のもとに住民参 よる採用行為なのである。 社会教育主事としての専門的技術的な労働内容 加の生涯学習づくりが求められている。 ここには、市町村教育委員と社会教育委員の社 とはどのようなことであろうか。社会教育主事資 会的責任性の明確化と役割強化があり、教育行政 格要件として、社会教育に関する専門的技術的な の地域民主主義のあり方として、そのことは、重 事項ばかりでなく、大学において2年以上在学 要な問題提起を含んでいる。 し、62単位以上を取得し、高度な一般教養の知識 この役割が軽視されているか、その機能をもた を要求している。 14− 神田:社会教育主事の専門職問題一貝塚市と鶴ケ島市の事例を中心として一 また、働くことの保障や職業選択の自由の保障と このことは、社会教育主事の専門性のなかに、 しての職業・技術教育の状況も求められる。 教養人としての民主的な人格要素と同時に、社会 教育の企画・計画能力、指導助言における高度な また、地域の環境問題、リサイクル、消費者問 一般教養性を要請していることである。実際生活 題、健康・保健活動の地域生活課題との関係では に即する社会教育として、あらゆる機会にすべて どうなのか。これらの地域生活課題学習や福祉の の地域住民の学習保障を対象にしての公的な社会 ための学習は関連行政と深いかかわりをもち、従 教育の推進には、広範囲な時代とともに変化して 前の社会教育行政から生涯学習の関係が強くもた いく高度の教養が必要である。 らされてくる。 貝塚市の社会教育の専門職集団が総合して、こ 実際生活にもとづく社会教育から生涯学習の計 の高度の専門化された教養人からの地域生涯学習 画づくりが求められているが、民間のカルチャセ の企画・計画化が社会教育労働の大きな仕事であ ンターでの企画・運営の労働と公的な社会教育機 る。それは社会教育委員を中心とする住民主体の 関に従事する教育専門職労働の違いは、公共の福 計画であり、指導・助言と住民の組織化、地域と 祉としての地方自治体の本来的な住民に対する役 の人間関係的能力をも伴う。 割から生涯学習計画づくりが不可欠である。 このためには、地域の感情、慣行を含めてその この場合、生涯学習計画づくりが学習権の保 文化の把握能力が必要になってくる。社会教育の 障。教育の自由という教育委員会の独自性をもち 内容が実際生活に即する生涯学習の計画化は、地 ながらも住民の文化的・文明的な生活権保障、職 域で具体的に生きている人々の生活、労働、余 業技術教育・職業選択の自由の学習権保障などと 暇、文化の実情の把握が前提である。 も深くかかわっている一般行政との連携が求めら すべての人々が人間的にいつまでも発達でき、 れる。 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」 生活と労働が保障され、共に生きる仲間・隣人が おり、自己の生きがいをもって文化的に豊に生き では、学校、図書館、博物館、公民館などの教育 る喜びを味わえるためには、その条件の満たされ 機関のほかに、「条例で、教育に関する専門的、技 ていないさまざまな階層、地域に目をむけなけれ 術的事項の研究又は教育関係職員の研修、保健若 しくは福利厚生に関する施設その他の必要な教育 ばならない。 機関を設置することができる」と規定している。 教育公務員としての専門性の発揮は、社会教育 つまり、地域の状況によっては、条例により、保 関係団体の指導・助言があるが、生きがいをみだ せないで寂しく暮らしている人々や様々な悩みを 健、福利厚生等の地域生活に密接な教育を行う施 もちながら解決の糸口をみいだせないひとびと 設も教育機関として認知をしている。 に、どのようにして生きる喜びの機会を増大させ 以上のように法的にも地域の教育機関の範囲は ていくかということも重要である。ここに、公共 広くとらえられており、それらの教育行政の役割 の福祉という視点から社会教育職員の専門性があ を指摘しているのである。また、社会教育法第8 る 。 条では、「教育委員会は、社会教育に関する事務を 貝塚市で人権教育を重視して社会教育実践をし 行うために必要があるときは、当該地方公共団体 ていることは、このような恵まれない人々に公的 の長及び関係行政に対し、必要な資料の提供その に学習権を保障していく体制づくり、組織として 他の協力を求めることができる」としている。 地域生涯学習計画づくりという場合、住民の生 どのような位置があるのかの研究が求められる。 福祉・社会保障の現状とそれらと深い関係をも 活実態との反映で問題をたてようとした貝塚の方 つ貝塚市民の生きがいの疎外要因はどうか。とく 式であったが、住民の生活実態との関係で地域生 に、高齢者、障害者、母子・父子家庭問題、過疎 涯学習計画をたてるうえで、地方公共団体の行う 化していく地域問題等との関係での生涯学習計画 公共の福祉という一般行政の地域づくりとの連携 づくりは、公的な社会教育として不可欠である。 が求められているといえよう。 1 5 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要第4巻(1994) 2埼玉県鶴ヶ島市社会教育主事配転問題にみる 育主事は教育委員会事務局に限定されるものであ 専門職のあり方−「つるがしま公民館職員不当 り、社会教育機関であるところの公民館には、配 配転のたたかい報告集」の分析を中心に一 属されないものであるという教育委員会、町長の 主張をめぐって、その正否が問題にされていく。 (1)鶴ケ島の社会教育主事の不当配転問題の経 過 配転をした側は、鶴ケ島での公民館に配属され ている社会教育主事という名称は、法的には、公 民館主事の意味であると。鶴ヶ島では、2種類の 首都圏から50キロにある埼玉県鶴ヶ島は、84年 に社会教育職員の積極的な参加による総合計画を 社会教育主事の内容が含んでいるとする。法的に は、専門的教育職員とそうでないものと性格の異 策定して教育・福祉の町づくりをすすめてきた地 なる社会教育主事が鶴ケ島では同じ名称でよばれ 域である。鶴ヶ島の地域総合計画では、社会教育 ていたと主張したのである。(6) 充実のために、公民館、図書館などの専門分野ご とに社会教育主事、図書館司書、博物館学芸員の (2)不当配転をめぐって公平委員会の審理の論 点 配置を充実することを計画したが、この計画によ って、それぞれの地域公民館に社会教育主事が配 置されていくのである。90年に社会教育主事 10名、主事補1名が配属されていたのである。 ところが、市長交替によって90年4月と7月を 社会教育主事の配置先は、教育委員会事務局に 限定されるものでないことを一般的に3つの点か ら反論している。第1は法的な側面からである。 合わせて、この11名の専門職のうち7名(社会教 社会教育主事及び指導主事の職務は、法的に社会 育職員16名のうち12名)が市長部局に移転し、5 教育または、学校教育に関する専門的技術的な助 つの公民館長全員が非常勤になるのである。一挙 言と指導を行うことであり、それをもって専門的 に大量の社会教育職員の配転である。住民にとっ 教育職員としている。「社会教育法」第9条3項 ても社会教育の継続性からの学習権保障として大 の職務規定、「指導主事の地方教育行政の組織及び きな戸惑いが起きたのである。 運営に関する法律」第19条第3項の規定は、専門 配転された社会教育主事3名が公平委員会に不 的教育職員としての職務内容を明確にしている。 当配転として審理請求事件として申し立てる。そ 第2に、埼玉県教育委員会は、学校以外の教育 れは、公民館に社会教育主事を置くとした条例に 機関に指導主事、社会教育主事を配置しているこ も違反し、専門職を否定した不当配転であると。 とをあげている。埼玉県では、教育センター、ス その後3年にわたる不当配転問題の提訴の審理と ポーツ研修センター、農業教育センター、情報処 その支援運動が展開され、和解による提訴した全 理センター、武道館に指導主事が、青年の家、少 員が社会教育現場復帰という成果をあげて問題が 年自然の家に社会教育が配属されており、社会教 育主事や指導主事が学校以外の教育機関に配属さ れている。このことは県の教育行政として一般的 終結した事件である。 この社会教育主事の配転理由を町当局は次のよ うに主張する。公民館の社会教育主事の配置は、 になっているということで、2つの社会教育主事 社会教育法でいうところの社会教育主事とは異な る性格をもつものである。それは、専門的教育職 論に反論している。 員ではなく、任命権者の裁量範囲内である。社会 は、公民館に社会教育主事を兼務させることを奨 教育法での専門教育職員の社会教育主事は、教育 励していたことも2つの社会教育主事論の反論の 員委員会事務局に属するものであり、公民館に配 属されるものではない。社会教育主事の人事移動 根拠になる。その通達では、公民館の主事は、専 は不利益処分に該当しないと。 間は、実情に応じて社会教育主事に兼務させろ等 公平委員会の争点は、社会教育法でいう社会教 第3に、昭和34年4月30日付けの文部省通達で 任職員として任命することが望ましいが、当分の の方法により、公民館の事業の積極的な振興をIま 16− 神田:社会教育主事の専門職問題一貝塚市と鶴ケ島市の事例を中心として一 力、るように措置されたとしている。(7) さらに、鶴ケ島において、社会教育法での社会 を保障していく重要な人事については当然の理で ある。(10) 教育主事の配属が公民館にされていることを条 不当配転されたとする不服申し立てをした社会 例、県行政からの社会教育行政の調査依頼の報 教育主事は、教育行政への町長の不当な介入を強 告、社会教育主事の発令内容をとおして2つの社 調する。そして、教育委員会が町長から独立した 会教育主事論に反論している。(8) 執行機関であり、合議制をも否定したものである 3人の配転を受けた社会教育主事は、7月3日 と不当配転性をのべる。さらに、専門職配属の否 付けで、不当配転処分を受けたとして公平委員会 定により公民館、図書館体制の崩壊、地域総合計 に不利益処分審査請求をだした。その内容は、 「社会教育主事として任命されているにも、本人 の同意をえない職業内容の一方的変更という労働 画で進めてきた教育行政の一般方針の違法な変 更、住民の学習権を侵害する人事権の乱用である と。(11) 契約違反、社会教育主事の資格要件をいかせない 町長と教育委員会の答弁は、地方公務委員法に 不利益処分、専門職を否定した不当配転、内示の おいて、公務委員の転任は任命権者の行政行為で 性格・調整機能を持たない不当な配転命令」とす あり、一般民間の労働契約と異なり、職員の同意 る。(9) は必要としないとする。本件の配転は、一般行政 この請求に対して、10月20日に町長と教育委員 職として採用して公民館に勤務を命じたものの異 会は答弁書をだしているが、町長は、「道路建設課 動であるので、単に担当業務内容、勤務場所の変 へ配属したこと自体何ら不利益処分には該当する 更をもたらすだけであると。 ものではない。申立理由についてみるも、処分者 個人生活上の不利益が事実上生ずることはある 鶴ヶ島町長のいかなる処分のいかなる点につい が、公務員たる地位自体の不利益の効果が生ずる て、不利益処分であるとしているのか、全く不明 わけでない。異動により、職務内容が異なるのは である」。教育委員会は、「処分者は、鶴ケ島教 当然である。いろいろの部署を経験し、広い視野 育委員会ではなく、鶴ケ島教育長であるから、本 から行政を見る目を養うため町長部局へ異動を命 件申し立ては不適法であり、却下されるべきであ じたのである。異なる任命権者の人事交流につい る 」 。 この答弁書をみるかぎり、提訴した当初は、処 分者の誠意あるものとなっていない。教育委員会 ては、地方自治法も認めている。以上のように、 不当配転の提訴に対して、任命権者の当然の行為 として配転の正当性をのべる。(12) の答弁書は、鶴ケ島教育委員会名によって町長部 さらに、町長は、次のようにのべる。職種を特 局の配転辞令がだされていることからすると、そ 定して採用された保母等も異職種に配置替えされ の姿勢がよくわかる。「地方教育行政の組織及び ることも認められていると町長、教育委員会は指 運営に関する法律」(地教行法)26条による教育委 摘する。「本件の場合、公民館に職種を限定して 員会の権限に属する事務を教育長に一部委任する 採用したわけでないから同意を得ることは要しな ことができるということとして、社会教育主事の い。専門職の配置換についても本人の同意は必要 任命権限を教育長への権限委任と考えているなら としない。辞令の解釈は別としても社会教育主事 ば、教育委員会の教育機関での専門的職員の保障 についても同意を必要としない。 人事異動は、職員の職務担当を順次変動するこ について、無責任体制になっていく。 鶴ケ島の教育委員会の重要な人事等が教育委員 とにより長期的・計画的訓練を行い、職員のマン 会の任命ではなく、実質的に教育長へ権限が集中 ネリズムによる能率低下を防ぐことを目的とす されているならば、教育委員会の形骸化である。 る。人事異動は、全て職員の希望どおりにいくも 不服申し立て人の社会教育主事の反論として、 のではない。職員の異動の自主申告は異動の際の 「人事の権限は教育委員会にあり、教育長にはな 参考資料である。任命権者は、公務員法での配転 い」とするのも社会教育主事という住民の学習権 権をもつもので、職種限定採用の職員すら合理的 17− 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要第4巻(1994) 裁量によって配置換がえができるとしている。行 きな争点は、教育公務員としての特殊性を認めて 政にかかわる業務は、あらゆる分野が専門化さ いくかということである。社会教育主事について れ、専門的知識を必要とするものが殆どである。 も教育行政職員と考えるか、教員と同じように専 社会福祉主事、統計主事、農地主事等法令によっ 門的教育職員の教育公務員としてみるのかという て資格を有する職員を置くことが義務付けられて ことは重要な論点である。 いる。 社会教育主事は、教育機関の公民館主事として これらは採用後の教育・研修によって資格を取 兼務していることは、多くの地方自治でみられる 得させている。社会教育主事は、40日間の講習で ことであり、文部省もその奨励をしてきた経過が 簡単に資格がとれるものであり、社会教育主事の ある。この点については、本件の公平委員会の公 専門性といっても社会福祉主事、統計主事や一般 開口頭審理においても、島田修一氏は、1959年、 職とそれほど異なるものでない。一般職でも専門 60年の文部省の各種の通達を引用しながら社会教 性が要求され、社会教育主事のみ特別扱いする必 育主事を市町村に必置という社会教育法改正で 「当面の間実情に応じて社会教育主事の公民館主 要がない。 本市において公民館職員に社会教育主事の発令 事を兼務させる方法によって公民館の事業を振興 をしていることは、公民館主事の配属に社会教育 するよう」証言で強調されている。(14) 主事の資格を有するものという趣旨である。社会 専門的教育職員としての社会教育主事の人事交 教育の専門的知識を有する職員が公民館に必要で 流の問題も大きな争点になっていく。行政の職務 あったためであるとしている。現行法上公民館職 の効率論からの人事交流の対象にはならないこと 員は、専門職としての位置づけられていない。鶴 は教育公務員特例法の理念からいうまでもない。 ヶ島においても公民館職員を専門職として位置づ 鶴ヶ島の場合は、人事異動による行政の効率をあ けていない。もちろん、公民館職員は専門的知識 げることを目的として専門職や職員の能力・意欲 を有する者として社会教育の場において尊重する を尊重しない配置転換になっているが、一般的に ことは必要である」。(13) 人事交流、配置転換の原則を深めていくことが求 以上の内容の市長と教育長の主張は、平成4年 められている。 2月4日の準備書面に記載されているが、社会教 育主事を市長部局に配転させたことや公民館に配 (3)教育委員会職員と市長・町長部局との人事 属されている社会教育主事を専門的教育職員とし 交流のあり方一専門職制度をめぐって− て認めない行政の見方がよくあらわれている。 専門職という見方も行政職としての側面が強く 多くの職員をかかえていない地方自治体の場合 でており、教育公務員特別例法の専門的教育職員 において、社会教育主事の配属が、教育委員会で の違いが明確にされていない。採用・昇任につい の配置転換ばかりでなく、町長部局などとの人事 て教育的専門職は、一般公務員の競争試験ではな 交流も必要なときも多々ある。長期の職場の固定 く、選考という方法をとっているのである。職務 化は、社会教育主事の労働の専門性からも問題が 効率論でない教育労働の特殊性があるためであ ある。幅広い総合的な教養と探求心、コミュニ ケーション能力、地域の学習課題の把握、企画立 る 。 教育公務員の研修は、一般公務員の研修目的の 案能力として実際生活の役立つ社会教育計画、地 勤務能率の発揮と増進ということではなく、「その 域の生活との関係で教育行政以外の行政部門との 職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努め 社会教育関連事業との連携など社会教育主事の職 なければならない」(教育公務員特例法19条)とい 場の固定化を絶対化すれば問題も多く、日常的な うことで、自主的な専門研修と人格的修養を強調 集団の連携活動や研修も障害になる。 この点についても公開口頭審理において島田修 している。 一氏は次のように証言している。「社会福祉と結 社会教育主事の専門性を考えていくうえで、大 1 8 神田:社会教育主事の専門職問題一貝塚市と鶴ケ島市の事例を中心として_ びつこう、高齢者福祉とも結びつこう、保健衛生 ることによって、そこの職種を経験することによ とも結びつこうという振興計画の中で職員を交換 って知識を得るというような分野があるものです させたり、あるいは交換しなくとも、共同研究の から、考え方だと思いますけれども、ある程度そ 場を設けたりして、生かしていけばいいわけです の専門性を住民のために生かせる様な専門性をす から、必ずかえなければいけないとも言えない るためには一定程度そういう職場での経験を含め し、絶対かえてはいけないとも言えないので、あ て、そういう専門性を生かせるような範囲内でや くまでも社会教育振興のための大方針がきちんと ることが住民の方にとっても利益だと思います 決って、住民も職員もそれに納得するという前提 し、職員自身もやっぱりそういうことにしてもら があれば、どのような形態をとっても安心して、 いたいというふうに望んでいると思いますし、そ 住民は社会教育に期待を持てるわけです」「その職 ういうふうに、そういう範囲内で異動することが 員にとって不利益でないこと。労働意欲が喪失し 専門的な職員の人事の中では大切なことではない てしまったり、行った先でろくな仕事もしないと かというふうに思います」。(17) いうことではいけません。それから、社会教育職 また、片桐氏は、専門以外の異動に、研修の独 場が新たな人材の補充や新たな専門職の採用によ 自保障が必要で、職場を経験しながらの勉強とい って、前の水準を絶対落とさないということ。そ うことではないことを次のようにのべる。「全く れから住民にとっての社会教育活動サービスが低 専門的でない分野に異動させること自身がだめだ 下しない。むしろ、それによってもっと充実する というふうに思わないので、そういう場合には、 という積極的な結果をもたらさないという人事と 研修という名目だとすれば、その研修の内容や範 いうのは、本来的人事でない」。(15) 囲や期間だとか、そういうことが明かになってい ところで、鶴ヶ島の職員で12年間スポーツ関係 れば、例えば県なんかですと、本庁だったら出先 を担当して、1986年に町長部局に異動し、3年間 にやる。出先に行ってやったら戻してやるとか、 環境衛生課、現在は社会福祉課で仕事をしている そういう一定の期間もありますし、大きな組織に 片桐証人は、口頭審理で自分の異動のときの同意 なればそういう教育局だから教育局の中でもやる 状況について次のようにのべている。 というふうに一定のルールづくりみたいなものが 「当時社会教育課長だった方が異動する1カ月 あれば、またそれとして認められるのではない ぐらい前だったと思いますけれども、私の方にい か。鶴ヶ島の場合は今回の係争に即して言えばそ ろいろ勉強する意味も含めて教育委員会以外のと ういうルールみたいのが飛び越えた中で行われた ころで勉強するようにしたいというふうにすれ というようなことがあるというふうに思います」。 ば、君はどうだいというふうに聞かれまして、私 ( 1 8 ) はそういう勉強もしてみたいですというような話 「職員の中にもいわゆる一般事務員というよう はしました。経過的には1カ月後ぐらいに内示が なことで当然自治体の中には非常に実務的な仕事 あったときに先ほど述べました町長部局の関係セ を相当な部分をやらなくてはいけない。それはむ クションの方に異動になったということで、私Iま しろ専門的知識というより例えば税金の書類を内 ですから、現にそういう通告もあり、私はそのと 部的に処理するとか、あるいは管理部門、職員の きに口頭だったのですけれども、恐らく私が専門 管理をするとか、庁舎の管理をする。そういう管 的な辞令が出てたということで、そういう本人の 理的な部門ですけれども、そういう一般的な事務 意向も確認するという趣旨で聞かれたのだろうと 職等の場合と先ほど言いました事業部門の中で専 いうふうに私は今でも理解しています」。(16) 門的知識を有することは多少違うかと思いますけ さらに、職員異動のあり方について、専門性を れども、専門的な職員についてはむしろ専門性を 住民のために生かせる職場は、専門性を生かした 生かせる中で足りないような一般教養について ことが住民の利益になるということも次のように は、むしろ研修等て補ってするのがベターだとい のべる。「実は専門性の中味にもやっぱり異動す うふうに思いますし、決してこういう方法がだめ 19− 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要第4巻(1994) だというようなことで、私は考えていません。し としての住民にたいする仕事の役割である。地方 かし、うちの方の場合は今回の係争なんかでもい 公務員の第30条にもちいられているように全体の ろいろなセクションを経験するのが勉強だという 奉仕者としての公共の利益のため、全力をあげて ふうに当局の人は言ってましたけれども、私はそ 職務専念をしなければならないということからで の後の専門性なんかを高める意味での勉強だとい ある。 うことについては、私はそういう方法ではなく 地方自治の本旨にもとづき民主的行政理念は、 て、研修みたいな方法の方がベターであろうとい 社会教育行政も当然必要であり、住民との関係で うふうに思います」。(19) みずから実際生活に即した文化的教養を保障して 島田氏や片桐氏の口頭審理の証言からも社会教 いく社会教育主事・公民館主事の専門的労働のか 育主事の人事交流は、絶対的に否定されているの かわりがある。専門職制度として地域的に合意さ でなく、今回の配転が不当なものであるというこ れていく過程で大切なのは、条例制定過程の住民 の理解である。この意味では、鶴ケ島の社会教育 とを強調しているのである。 社会教育主事の人事交流は、教育公務員として 職員の条例も未整備であり、社会教育主事の専門 の専門的教育職員の保障がされ、その専門性から 性の労働条件・人事交流の件も具体的に条例化・ 地域生活との関係で、例えば、保健衛生、福祉、 規則化していく課題は残されている。 地域づくりなど社会教育行政以外の学習事業があ るが、それらを行政の政策遂行など啓蒙的な面で ま と め はなく、住民の文化的生活の充実の論理と結びつ 貝塚市での社会教育関連部局での専門職制度に いた学習の発展充実からおこなわれることがしば よる関連職員の連携・総合化、社会教育計画など しばある。 人事交流によって社会教育のサービス活動が低 の実践的必要から専門職による主事会も実践的に 下するものでないことはいうまでもない。そのこ は難産であった。社会教育の専門性に対して職員 とは、人事交流の計画的な社会教育主事の人材の 間で必ずしも充分な合意形成がなかった。しか 補充が同時に保障されることであり、本件の配転 し、実際的な仕事のなかで、その専門職の意識も 問題のように、大量の社会教育主事の町長部局の 深まっていくのだが、専門職制度確立を住民に理 異動と社会教育主事の専門性の能力の継承展開の 解してもらうための条例制度は、現在でもいたっ 論理の否定の異動では、現実の公民館活動の継承 ていないし、教育委員会の内規として処理してい 活動と住民の学習問題の積み上げに大きな支障を る段階である。 鶴ケ島では、町長、教育委員会による社会教育 きたすことになる。 ところで、社会教育主事としての専門的教育職 主事の不当配転問題が起き、教育公務員としての 員の発令を受けたものについての人事交流は、教 専門職の位置が行政当局者に理解がないところに 育公務員としての責任の特殊性による専門性と町 おきた係争である。教育公務員特別例法等法的に 長部局の一般行政職での職務の効率からの専門性 は、社会教育主事は専門的教育職員として規定さ からの関係を整理していかねばならない。また、 れているが、実際の社会教育主事が必置となった 積極的に同じ地方自治体の職員として合意を得ら 市町村では、教育公務員としての制度的保障が極 れていくことも必要である。 めて不充分なのが実態である。 公民館に社会教育主事が配属された鶴ヶ島は、 社会教育主事の教育公務員の特殊性を職員間で の合意をも重要な実践的課題になる。このうえで 社会教育の実践の人的な条件整備として大いに貢 も社会教育主事の位置づけを専門性一般論ではな 献したことであるが、しかし、教育公務員として く、その職場の具体的状況と教育公務員としての の専門職的位置づけは、町政の全体の体制として 責任の特殊性からの問題設定が求められる。そし て、もっとも本質的なことは、地方自治体の職員 不充分なものであり、町長が変わったことより、 大量に公民館に配属された社会教育主事が配転さ −20− 神田:社会教育主事の専門職問題一貝塚市と鶴ケ島市の事例を中心として− る。いまや図式的にいえば、そのさい、市町村自 れるという係争事件がおきたのである。 貝塚市の社会教育職員の専門制度についても、 治体の施設学習文化活動要因の拡充と充実を第一 鶴ヶ島の社会教育主事の不当配転問題でも実際生 義的に重視するか、それとも社会教育審議会のい 活に即した住民の教養・文化を身につけていく学 うように県教委の任命による派遣社教主事の方式 習権の保障ということを煮つめることが必要であ を重視するかは、今日における社教職員専門化問 り、自治体職員の業務効率の行政職員論に専門職 題の最大の争点である」。 「今日なお依然として公民館主事と社会教育主 がなってはならないことはいうまでもない。 職階制の計画、給与、勤務時間その他勤務の根 事とは未分化のまま兼務されているが、それは公 本基準は、条例で決めるという条例主義が原則に 民館主事が社会教育主事を兼ねるといういわば正 なっていることは、地方自治体職員の労働が基本 の方向においてではなく、むしろ、社会教育主事 的に住民の公共の福祉からなっていることからで が公民館その他の施設職員をも兼務するという負 ある。そして、議会制民主主義による住民参加と の方向において拡大再生産されているとみられ 職員労働の住民の公開性からである。常に社会教 る。しかも、問題はそれのみにとどまらないであ 育職員の専門性の問題は、住民の実際生活に即す ろう。すでに別の機会に指摘したように、そこで る文化的教養の学習権保障ということから考えて は社会教育審議会の答申が当面する社会教育行政 いかねばならないことである。 の第一の重点的施策としているいわゆる派遣社会 そして、学習の主体は住民であり、住民の自主 的な参加による学習の実践が基本である。社会教 育主事が専門的な教育職員として法的に認められ 教育主事方式の具体化が改めて注目される必要が ある」。(20) 小川利夫氏は、教育行政職員としての社会教育 ていることは、「社会教育を行う者に専門的な助 主事と教育機関としての公民館主事とのどちらを 言と指導をあたえる」ことであり、命令及び監督 重視するか大きな争点になっているとして、行政 はしてはならないという学校教育とは異なる学習 と教育の分離の原則から社会教育活動としての専 者の自主性。主体性を特別に求めている。これ 門職の施設職員を重視する立場をとっている。 は、社会教育の対象が保護(権利主体者として未 熟)を必要としない青年。成人を対象とする仕事 藤田秀雄氏は、社会教育職員研究の創刊号 (1994年4月)の論文で戦後社会教育主事制度を とりあつかっている。社会教育主事が教育委員会 であるからである。 ところで、社会教育主事の位置づけについて、 におかれるようになったから行政職員であるとす 社会教育研究者のなかで教育行政職員という考え る見解が社会教育学会にかつてあった。社会教育 方がある。小川利夫氏は、派遣会社教育主事の問 主事は、行政職員ではないことを論証する。その 題点を考慮しながら施設職員と教育委員会は相対 根拠を社会教育法の成立時の行政の趣旨説明を検 的に独自性をもつものであると次のようにのべ 討する。そこでは、上司の命をうけるのではな る 。 く、自発的に職務を行う専門的教育職員と位置づ 「施設と教育委員会及び一般行政当局とは、相 いているとする。この結果、社会教育主事は教育 互に相対的な独自性をもつべきである。これをい 委員会職員であるが、行政職員でないことを指摘 ま政教分離の原則とよぶならば、社教職員の専門 する。 職化問題にとって今日とくに重要なのは、その原 「社会教育主事は教育委員会法施行令第15条に 則の思想的確立であり、その具体化にあるといっ あった「上司の命を受け」を除き、専門的職員と てよい。より具体的にいえば、このことは施設職 して、自発的職務を行うようにするのであ 員とりわけその施設学習文化要因と市町村教育員 る。・・・社会教育主事は教育委員会職員である 会事務局員としての社会教育主事、さらに県教育 が、行政職員ではないのである。また、この専門 委事務局としての社会教育主事との関連におい 性を高めるため、研修6研究の機会が十分に認め て、今日とくに重視される必要があると恩われ られるべきものとして、法改正後、社会教育主事 −21 鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要第4巻(1994) 制度が再出発したのである。(なお、指導主事の 月刊社会教育誌、1991年12月号、62頁-63頁 場合は、「上司の命を受け」があるが、社会教育主 (4)前掲誌「計画づくりが学びの場」32頁−33 事は指導主事以上に、法律上、専門性が確保され 頁 (5)前掲誌「生涯学習づくり・その可能性をも ているといえよう)」。(21) 公民館主事に社会教育職員の専門性を強く求め とめて」61頁 る小川利夫氏と社会教育主事は行政職員ではな (6)鶴ヶ島市職員組合・鶴ヶ島の社会教育と不 く、専門的教育職員であると主張する藤田秀雄氏 当配転をみんなで守る会「つるがしま公民館 とは社会教育主事の教育専門職の力点のおきどこ 職員不当配転のたたかい報告集」6頁−7頁 ろが異なる。法的・制度的に社会教育の専門職性 (7)前掲報告書、249頁 を問題にしていくと同時に、実践的には、社会教 (8)前掲報告書、430-436頁参照 育職員の不当配転問題の検討をも含めて、具体的 (9)前掲報告書、16頁 に各市町村での社会教育主事や公民館主事の制度 (10)前掲報告書、18-21頁参照 的状況と仕事の実態から、その専門性の確立の分 (11)前掲報告書、25頁-32頁 析が求められている。 (12)前掲報告書、77頁 (13)前掲報告書、89頁-92頁 奥田泰弘氏は、社会教育職員論の課題として、 「社会教育職員論はこれまでかなり数多く論じら (14)前掲報告書、250頁-253頁 れてきたけれども、それはあるべき論であること (15)前掲報告書、256頁 が多く、現実の社会教育職員の労働条件や労働環 (16)前掲報告書、316頁 境を直視しながら、そのあり方を論ずるというこ (17)前掲報告書、315頁 とがあまり行われてこなかったということを示し (18)前掲報告書、315頁 ている」。(22) (19)前掲報告書、316頁 (20)小川利夫「社会教育職員の「専門職化」問 奥田泰弘氏の社会教育職員論の検討について、 現実の労働条件や労働環境との関係で専門職制度 題−その視点と課題一」小林文人編「社会教 の確立の展望を明かにしていく方法論の問題提起 育職員論」日本の社会教育18集東洋館出版、 は賛成である。とくに、実践的に社会教育職員の 34頁、42頁 専門職制度を確実にしていく場合、社会教育主事 (21)藤田秀雄「戦後社会教育主事制度」全国社 の教育公務特例法の専門的教育職員の制度的活用 会教育職員養成研究連絡協議会「社会教育職 を公民館主事のところでまでも位置づけて、それ 員研究」創刊号、4頁−5頁 ぞれの市町村地域での可能性を展望していくため (22)奥田泰弘「社会教育職員の労働条件と専門 の具体的分析が必要である。この意味で公民館主 制度確立の展望」月刊社会教育誌1991年5月 事を「社会教育主事の有資格者」で別枠の採用・ 号、23頁 昇任を条例・規則により定めている市町村の分析 は重要であるが、本稿はその分析に入っていな い。 注 (1)貝塚市社会教育主事会「計画づくりが学び の場一大阪貝塚市における生涯学習計画づく り−」月刊社会教育誌1992年8月、30頁 (2)前掲誌、30頁-31頁 (3)松岡伸也「生涯学習計画づくり・その可能 性を求めて−住民との共同作業を求めて一」 −22
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