期待成長率の低さが賃金上昇にマイナス

リサーチ TODAY
2016 年 4 月 1 日
期待成長率の低さが賃金上昇にマイナス
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
2016年2月26日に内閣府から公表された2015年度の「企業行動に関するアンケート調査」によると、今後
5年間の業界需要(実質)の期待成長率は平均0.95%と、昨年調査の1.34%から大きく低下した。製造業
はリーマン・ショック直後に実施された2008年度以来の、そして非製造業は3年ぶりの低水準に落ち込んだ。
日本経済は踊り場にあり、輸出・生産は上向きつつあるものの、個人消費は弱含んだままである。みずほ総
合研究所は『みずほ日本経済情報』で期待成長率と投資・賃上げとの関係を議論している1。企業収益が
高水準である割に設備投資や賃上げの動きが鈍い背景には、企業が先行きに対する自信を持てないこと
がある。投資性向や賃上げ率をみると、これらは期待成長率と連動しており、2016年の賃上げが結局伸び
悩んだのは先行き期待の低下が大きい。また、こうした状況では企業の投資も下振れしやすいだろう。
■図表:期待成長率の推移
(%)
5.0
4.5
4.0
3.5
全産業
製造業
非製造業
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
(年度)
0.0
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
(注)期待成長率は業界需要の実質成長率(5年間)。
(資料)内閣府「企業行動に関するアンケート調査」より、みずほ総合研究所作成
次ページの図表は、期待成長率と投資性向、賃上げ率を示す。図表をみると、期待成長率と投資性向
や賃上げ率がパラレルに推移していることから、企業による投資や賃上げがフォワード・ルッキングな意思
決定に基づいていることが示唆される。今年の賃上げを行う前提として、2015年のインフレ率・成長率の低
迷はマイナス要因となるが、企業業績の好調さや人手不足感の高まりはプラス材料である。ただし、結果と
して春闘は盛り上がりに欠けた。その要因として、低インフレを背景に労働組合の要求が控えめなものとな
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った点があるが、期待成長率の観点からも賃上げ率が低下しやすかった。
■図表:期待成長率と投資性向、賃上げ率
投資性向
期待成長率(右目盛)
1.4
1.3
1.2
(%)
(%)
4.5
7.0
4.0
6.0
期待成長率(右目盛)
5.0
4.0
2.5
2.0
3.0
2.0
1.5
2.0
2.5
0.9
0.8
0.7
0.6
1.0
0.5
0.5
0.4
0.0
91
96
01
06
11
4.0
3.0
3.0
1.0
4.5
3.5
3.5
1.1
(%)
賃上げ率
1.5
1.0
1.0
0.5
0.0
91
16
(年)
96
01
06
11
0.0
16
(年度)
(注)投資性向=設備投資÷キャッシュフロー、キャッシュフロー=経常利益×0.5+減価償却。
賃上げ率は主要企業の値。期待成長率は各年(度)とも前年度調査の値を表示。
(資料)内閣府、財務省、厚生労働省
今日、企業収益が最高益の水準にもかかわらず投資が盛り上がらず、雇用環境が1990年代の水準まで
戻っているにもかかわらず賃金上昇が思うようにならない。このような「謎」を解く鍵も、期待成長率が盛り上
がらない点に帰着する。アベノミクスで期待成長率は一定水準まで高まったものの、2000年代半ばのブー
ムの水準にまでは戻らなかった。しかも、バブル崩壊以降の長期的な低下傾向からも完全に脱してはいな
いように見える。今後を展望すれば、海外の先行き不透明な下、期待成長率が大幅に高まると考えるのは
非現実的だ。一方でもう一段の下方屈折を避けることが重要であろう。今日の異例なマイナス金利の背景
には、自然利子率の低下という現実がある。こうした傾向は日本に限らず、世界的な傾向でもある。しかも、
日本は、期待形成が適応的期待(adaptive expectation)の形でありバブル崩壊後の長い履歴に影響を受
けやすく、一旦、期待が落ち込んだ状況からの蘇生は容易でない。こうした状況はデフレ均衡からの脱出と
類似した側面もある。
バブル崩壊後の縮小均衡、企業のリストラモードのなか、企業行動のあり方、先行き期待の低下が定着
してしまった状況を元に戻すには、外部からの大きな圧力を人為的に加え、「意識」を転換させるしかない。
これは、筆者が長らく、一旦「草食系」に進化した行動形態を元に戻すのは大変な力と時間を掛けるしかな
いとしていた議論とも共通する。インフレへの対処とデフレへの対処には非対称性がある。デフレマインド
(リストラマインド)転換には民間と政府が一体となって、敢えてマインドの転換を促すような「劇薬」がないと
なかなか実現できない。本日から新年度になるが、海外環境が不透明ななか、一段の下方屈折を避けな
がら、2017年に向けて再びマインドが改善するモーメンタムを政府・日銀・民間一体で押し上げる機会を探
すことが課題となるだろう。
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『みずほ日本経済情報』 (2016 年 3 月号 2016 年 3 月 10 日)
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