被虐待児の医学的総合治システムã

 H15ー17年度厚生労働省科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)
被虐待児の医学的総合治療システムに関する研究 (H15ー子どもー009)
分担研究5 虐待によって生じる精神病理を踏まえた被虐待児への包括的治療に
関する研究
分担研究者:あいち小児保健医療総合センター 杉山登志郎
その1 被虐待児への医療機関を核とした包括的治療:解離と衝動のコントロール
研究協力者:秋津佐智恵、浅井朋子、内田志保、海野千畝子、遠藤太郎、大河内修、
大橋信彦、河邉眞千子、小石誠二、塩ノ谷真弓、並木典子、服部麻子、東誠
要旨
子ども虐待治療センターとして機能するあいち小児保健医療総合センターにおける、
医療を核とした子ども虐待への包括的治療をまとめた。子ども虐待による臨床像は、
幼児期には反応性愛着障害で始まり、学童期前後に多動性行動障害の臨床像を呈し、
徐々にPTSD症状と解離症状が出現、明確化し、青年期に至ると、解離性障害かあるい
は行為障害へと展開することが示され、脳の機能的器質的変化を伴った発達障害症候
群と考えられることを示した。環境調節、薬物療法、家族へのサポートの上に行われ
る、解離および衝動のコントロールを主眼においた精神療法に関して詳述した。
1,子ども虐待の臨床像
学校などの、外部機関の窓口となり、ま
子ども虐待は増加の一途を辿ってきた。
た連携の核となっている(杉山,2004〉。
この状況に対応するため、あいち小児保
健医療総合センター(以下、あいち小児
表1あいち小児センターで験療を行った子ども
虐徳の症倒(2QQ1.11∼20Q5.12)
センターと略記)は2001年、11月の開
院から、子ども虐待治療センターとなる
べく、様々な取り組みを行ってきた。心
療科に「子育て支援外来」という専門外
来の開設し、親子の平行治療を実施した。
また閉鎖ユニットを持った小児科病棟で
の入院治療を行った。最も大きな特徴は、
院内小児保健センターを中核とする虐待
虐待の種類
身体、
身体土その地_.
ネグレクト
峯グレ公土その地
男性
親
児童
102
1
67
3
36
皇。,.
レ.幡,.
心理.
心理土その惣_.
鐙
性的
性的+その他
小計
合計
6
8
女性
親
児童
32
49
19
39
13
24
1
24
277
282
5
184
壌28
73
.。25_
83
$
β9
圭2_
19
貧
1
計
215
,2q,.
4
4
81
296
29
36
578
対応チームの存在である。医師、心理士、
看護師、保健師、ソーシャルワーカーに
表1はあいち小児センターで診療を行
よって構成され、子ども虐待の症例を巡
った子ども虐待の一覧である。年間130
る児童相談所、地域保健センター、地域
名から140名が新患として受診している。
一132一
親という項目は、親の側にカルテを作っ
動性障害(ADHD〉もまた多く20%を占め
た例で、全体の15%程度を占めている。
ており、この二者で45%に達する。何ら
この約6割が自身も被虐待の既往を持っ
かの発達障害の診断が可能な例は、55%
サバイバーである。この虐待症例の統計
と非常に多い。一方、反応性愛着障害、
で気になる資料がある。図1は年度別に
解離性障害は共に約5割である。外傷後
虐待種別に割合を見た図であるが、H17
ストレス障害(PTSD)は3分の1、行為障
年度において性的虐待が急増を示してい
害は約3割に認められる。
る。筆者は、わが国の状況が、性的虐待
ところが、この同じ対象を年齢による
の噴火が起きた1980年代後半のアメリ
発現という視点から見直してみると、次
カ合衆国の状況によく似ていたと思えて
の結果が示される。ADHDは2割程度であ
ならない。数年を待たずして、わが国に
るが、多動や衝動行為といった、多動性
おいても性的虐待の問題が噴火を起こす
行動障害をしめす児童は非常に多く特に
のではないだろうか。
6−11歳においては85%に達する。反応
性愛着障害は5歳以下の76%と非常に多
フo幽
い。一方、解離性障害についてみると5
60、0
歳以下25%、6歳∼1唾歳62%、12
籔
塘
・=略
30,0
甲ン
嫡
歳以上78%と年齢が上がるにつれて多
写:
20,0
症度にも比例し、性的虐待は57名中52
2墳
10。0
くなる傾向が認められる。また虐待の重
窮摘
’22
ウ、ン:
40,0
凌銑
50,0
=雀
1
:2
0,0
名(92%)が解離性障害を併発している。
絹4年度 H15年度 H16年度 H17年度
行為障害は75%が12歳以上で、年齢が
上がるにつれ多くなる傾向が認められる。
國1虐待の種別による変化
このことから、次のような被虐待児の臨
表2子ども虐待症例に認められた問題(n麟92)
床像の推移が明らかとなる。
診断
人数
%
広汎性発達障書(自閉症スペクトラム)
124
25
97
20
反応性愛着障害
237
48
解離性障害
241
49
eta1,,1996〉、徐々にPTSD症状と解離症
心的外傷後ストレス障害(PTSD)
壕67
34
状が出現、明確化し、青年期に至ると、
行為障害(非行)
140
29
解離性障害を取るかあるいは行為障害へ
注意欠陥多動性障害(ADHD)*
子ども虐待による臨床像は、幼児期に
は反応性愛着障害で始まり、学童期前後
に多動性行動障害の臨床像を呈し(Glod
*虐待系の多動性行動障害を含む
と展開する。そして成人期には、最終的
表2は、子どもの対象492名に関して
に複雑性PTSDの臨床像を呈するのであ
精神医学的な診断を行った結果である。
る。
広汎性発達障害は全体の4分の1を占め
さらに被虐待児に見られる臨床的特徴
ているが、このうちの85%までが知的な
を見ると、多動性行動障害が著しく多い
遅れのない高機能群である。注意欠陥多
だけでな<、境界知能や知的障害が多く、
一133一
さらにその上で、その知能にすら見合っ
判定は未だに出来ていないものの、少な
た学力を得ることが難しく、知的障害を
くとも後年には明確な器質的な所見が示
除いた場合63%に学習障害が認められ
されるようになった。またそれらは全て、
る。さらに、スケジュール管理や次に起
症状との間に連関を見ることが出来る
きることの予想、また持ち物の整理など、
(図21遠藤、2005)。広汎性発達障害
時間的空間的パースペクティブの困難性
や、一般的な注意欠陥多動性霜害におい
を持つ児童が非常に多い。上記の一連の
ても徐々に基盤となる器質的な所見が明
臨床像は、前頭前野の機能不全を示唆す
らかになってきたものの、子ども虐待の
る症状である。
後遺症の患者ぼど明確な器質的な変化は
認められていないことである。この点か
2,被虐待児に認められる脳機能障害
らも、一般的な発達障害よりも子ども虐
近年の脳研究の進展によって、被虐待
待の方がより広範な障害であり、治療も
児に脳の器質的あるいは機能的所見が認
困難であることが明らかである。
められることが明らかになった。神経生
被虐待兇で異常が詣摘されている脳領域
理学的研究からは,主にPTSD児を対象に
・蕎・脳梁、(島〉 戯脚
した研究において,は,被虐待児は,注
轡海馬、(扁椀体) 一
意集中と刺激弁別に異常が生じ,刺激に
弊前頭前野 一
窃前帯状回 _
対して検討を行わず即座に反応する傾向
が生じることが示された(Ornitzet a1。,
融上側頭回、
一
眼窟前頭皮質、
198gl Piage eta1,,1990;van der
踊撚体
解離症状
PγS睡、(8PD)
実行機能の瞳害
注意の陣審
社…余性・識ミコ.二ニ
ケーションの瞳害
Kolk,2001)。この状態は臨床サイドから
見れぱ西澤(2004〉の言うADHD−1ike
図2被虐待児に覧られる脳の異紫と臨床像の比較(遠藤,2005)
sympto印に他ならない。さらに最近、脳
の機能的画像研究の結果が示されるよう
3,被虐待児への包括的治療
になった。それらは脳梁の体積減少(De
1)環境調整
Bemset a1,2002a;DeBelhs b,
Irwinら(1991〉による児童青年の攻撃
2002bl Telcher,2004〉、上側頭回の体積
的行動に対する治療に関する調査では環
増大(De Bel l is,2002a),下垂体の体
境調整だけでその半数は減退することが
積増大(Thomas,2004〉,海馬の体積減
示された。一見不可思議なこの結果は虐
少(Bremner,20031Vythilingam,2002),
待というキーワードを挟めぱ容易に了解
眼窩前頭皮質,前側頭極の血流増加,下
される。Schurら(2003)による青年の攻
前頭回の血流低下(Shin,1999),海馬
撃行動への治療に関する展望によれぱ、
の賦活低下(Bremner,2003),前帯状回
環境調節と薬物療法と個別精神療法およ
のN−acetylaspartateの低下(De Bems,
びその組み合わせを比較した場合、この
2000)など、脳の広範な領域に及んでい
三者を共に実施した場合がもっとも有効
る。因果律がどちらを向くのか最終的な
であり、単独あるいは、二者の組み合わ
一134一
せでは効果は薄かった。単独で最も効果
個々について細かな枠組みを決めてゆく
が乏しかったのものは個別精神療法であ
ことが求められる。行動制限については、
るが、ここで言う個別精神療法は認知行
全て患者自身と話し合いを繰り返し、患
動療法を指しており、力動的精神療法に
者の了解を得た上で実施し、毎週のよう
ついては、その効果は証明をされていな
に見直しを行っている(海野ら,2005〉。ま
いo
た青年期症例では、夕方の特に興奮しや
絶えず脅威にさらされる環境下では、
すい時間帯に、1人で安静に自室のベッ
治療は不可能であり、被虐待児を保護さ
ドの上で過ごす「安静時間」の設定を行
れた安心できる場に子どもたちを置くこ
っている。1日30分から1時間の安静
とが治療には必要不可欠である
時間を設けることは、被虐待児の問題行
(Herman,1992)。言い換えると、被虐待児
動を軽減する上で有効であった。当然で
の治療には、状況依存的衝動行為のコン
はあるが子どもの基本的人権や自由は尊
トロールを行うことが必須であり、全て
重されなくてはならない。児童の人権を
の問題行動を止めるという強い姿勢と、
損なうことなく、安全な治療環境を提供
生活する場の枠組みが必要となる(亀
するためにわれわれは様々な工夫を行っ
岡,2002)。子どもの問題行動に対して曖
てきた。
昧さを認めると、子ども同士の相互作用
2)薬物療法による衝動コントロール
の方がスタッフと子どもとの間の関係よ
薬物療法も多動性行動障害の軽減に不
りも強くなり、支配、被支配といった裏
可欠である。特に夕方から夜間に掛けて、
の力の横行を招くことにもなる。この様
著しいハイテンションになり、相互に刺
に、スタッフの数を含む治療構造が被虐
激しあいトラブルが頻発する状況となり
待児の治療では重要な意味を持つことに
やすい(杉山ら,2003)。この様な興奮は睡
なる。
眠障害をもたらす。非定型抗精神病薬リ
あいち小児センター心療科病棟は37
スペリドン(0,5mgから5mg〉(Ha搬ner,et
床の小児科病棟であるが、中に13床の閉
a1,,2003;PapPadopulosetal,,2003)
鎖ユニット(レインボーと命名〉を持つ。
および強力な精神安定作用を持つレボメ
また24床の解放ユニット(スカイと命
プロマジン(1伽9から75mg)とフラッ
名〉も17時から翌朝7時までは入り口に
シュバックを押さえるための選択的セロ
鍵をかけ、準解放病棟の形となり、子ど
トニン再取り込み阻害剤(SSR1)フルボキ
もの保護が可能な作りとなっている。閉
サミン(12mgから50mg〉(COnnoreta1。,
鎖処遇とは病棟の構造の助けを借りて子
1999)の組み合わせが多い。それに加えク
どもたちを抱きかかえることである。一
ロニジン(Kinzleeta1,,1989)、βブロ
人一人について、行動の枠を作り、問題
ッカー(piman,eta1,,2002)、またカル
行動が続く場合には、行動制限を強め、
パマゼピンなどの感情調整剤(LIpper et
それらの行動を取り上げて意識化を促し、
a1、,1986;Fesker,1991)、さらに睡眠導
軽減した場合には行動制限を緩めるなど、
一135一
入剤を併用が有効である(遠藤ら,2005)。
特に性的虐待においては、本格的な精神
精神療法は、独自の工夫や様々な技法を
病圏と同等量の薬物療法によって、やっ
組み合わせた、通常の精神科臨床や心理
と苛々の軽減を得ることが出来た例も希
臨床で行われる1対1の力動的精神療法
ではない虐待は脳の代謝を変えてしまう
とは著しく異なる内容が要求される(海
とは、虐待臨床に取り組んで実感させら
野,2004〉。この具体的な内容はこの小論
れることである。
の核となるテーマであるので、改めて次
薬物療法の効果の限界にも触れておき
に詳述する。
たい。当然ではあるが、薬物療法で愛着
先に述べたように、被虐待児は学習に
は提供出来ない。さらに、解離性障害に
困難を抱えるものが多い。さらに国語力
有効な薬物は未だに開発されていない。
の不足が内省力の不足につながり、行動
非定型抗精神病薬は有効であるが、馴化
化傾向を促進するという悪循環を作るた
作用は明確であるもののそれ以上の効果
め、学習指導は重要である。通常学級の
ではない。
体制では困難があり、個別の学習指導が
3〉子ども自身への治療
必要となる児童が多い(杉山ら,2005b〉。
子どもの個別精神療法は必要かつ不可
また様々な協調運動障害を抱えること
欠である。しかしながら、精神療法は特
も多いので、衝動コント【]一ルの手助け
殊な形ではあるが対人関係の一種であり、
を含めて作業療法が有効な児童は多い。
愛着障害を抱えた被虐待児の場合、なに
われわれは、これまで被虐待児に個別、
よりも愛着の提供者抜きでは、イメージ
集団作業療法を実施してきており、効果
の恒常性を育てることは困難である。ま
をあげている。
たこれは同一の問題の裏表と考えられる
4)家族へのサポート
が、解離によって連続性が保てないこと
われわれが行ってきた家族へのケアは
も希ではなく、前回の面接内容を次回に
二つに分けられる。一つは精神科医医師
はすっかり覚えていないといったことも
による家族への治療、もう一つは院内保
希ならず生じる(杉山ら,2002〉。精神療法
健センター保健師を中心とする家族相談
場面において、日常生活と異なった規範
と、地域連携である。われわれは、親の
が与えられれぱ、患児には当然ながら混
側のカルテも積極的に作り、親子平行治
乱が生じ、また治療の中で外傷記憶の想
療を行ってきた。また院内保健センター
起があれぱ、患児の状態は大荒れが引き
保健師による地域との連携による、家族
起こされ、様々な行動化が吹き出すこと
へのサポートを実践している。被虐待児
となる。つまり患児の日常生活との連続
とその家族はしぱしば地域でも孤立をし
の上に行わなけれぱ、副作用のみが露わ
た存在である。特に子どもが家族ととも
になることが避けられない(杉山
に地域で生活を送っている場合、家族に
ら,2005a)。生活上の枠組みの支えの元で、
対する地域ぐるみの支援が必要不可欠と
被虐待児にみられる状況依存的衝動行為
なる。保育園、学校、児童相談員、市の
のコントロールを意識しながら行われる
保健師、地域の保健センターなどからの
一136一
情報は、虐待ケア担当の保健師に集まり、
ては裁判での証言である(杉山ら,2004〉。
心療科医師との日常的な連携によって、
性的虐待は証明が非常に困難であること
方針を話し合い、地域にまた返すという
が多く、司法面接が普及していないわが
作業を繰り返している。地域の窓口とな
国の状況では告発自体が成立する可能性
る保健センターが院内に存在することで
は低い。しかしこの様な事例においても、
はじめて、あいち小児センターは地域の
われわれは、積極的に虐待へのケアとい
子ども虐待治療センターとして機能する
う側面から関与を行ってきた。司法に耐
ことが可能である(山崎ら,2003)。ソーシ
えられる資料を整えるということは、今
ャルワーカーの存在も大きいが、小児セ
後の大きな課題になると考えられる。
ンターの全ての業務を負っているため、
虐待対応に特定した保健師が存在するこ
4,衝動コントロールに主眼をおいた精
との意義は計り知れない。この様なシス
神療法の実際
テムは、子ども虐待治療センターの1っ
1)精神療法の目的
のモデルとなりうるのではないかと考え
虐待という心的外傷を受けた子ども達
られる。
への精神療法の標的となる問題は主とし
加害側の家族も先に述べた様に過半数
て二つである。一つは、愛着であり、も
はサパイバーである。われわれは15歳以
う一つは解離である(海野,2004)。
前など、ある年齢以前の記憶を完全に失
愛着の発達というテーマに関連する治
っている親が少なからず存在することに
療目標は、外傷性の絆を含む歪んだ愛着
驚かされた。虐待への包括的ケアは一世
を健康な愛着へと変容を促すことである。
代前の家族へのケアを抜きにしては成立
解離の克服ついては、記憶の障害、自己
しない。
感覚の障害、自己コントロー一ルの障害等
5)司法関係者との連携
に代表される病的解離を、社会生活に支
子ども虐待治療センターとしての医療
障が少ないレベルの通常の解離に変容を
機関が、司法領域と連携が必要となる幾
促すことが目標となる。被虐待児への精
つかの場合がある。1つは、患児の親権
神療法はこの二つのテーマの軸に沿って、
を巡り、両親の間で家庭裁判所の調停と
虐待を受けた外傷体験を、精神療法家と
なった時、また児童相談所と家族との間
の共同作業により塗り替えていく作業課
で親権を巡る対立が生じた時である。わ
程であると言えよう。愛着と解離とは、
れわれは、治療という側面から積極的に
相互に絡み合っている。一方の軸に関す
関わってきた。その実践の中で、被虐待
る治療過程において停滞が生じた場合に
児にもまた家族にも良い働きとなったと
は、もう片方の軸の治療状態や進度を確
考えられる症例も少なからず経験した
認することが必要かつ不可欠である。子
(杉山ら,2005b〉。もう1つは、例えぱ性
ども個人や虐待者である加害者、または
的虐待の被害時が加害側を刑事告発した
家族に対して、健康な愛着形成を治療の
といった状況での資料提出や場合によっ
目標として提示することは、理解を得ら
一137一
れ難く、家族の自尊心を傷つける可能性 環境整備である。これについてはすでに
もあり困難が大きい。われわれは従って、 述べた。3つめは、子ども達やまたその
解離の治療を当面は治療の目標として提 家族に対する、解離に関する心理教育で
示することが多い。「記憶が無くなってし ある。解離概念について、図示をしなが
まう」、「知らないうちに暴れてしまう」 ら説明を行い、虐待体験によって様々な
「自分を傷つけてしまう」「性的な行動を 症状が現れている現状を直視してもら
して後で気づく」等の行動である。子ど う一方で、これまで生き延びてきたこと
ももしぱしぱ加虐者側も自らの行動に翻 に敬意を払い、可能な限り家族全体の自
弄されていることが多いため、問題の存 尊心を高め、罪悪感の軽減はかる。4っ
在を意識していることはむしろ少なく、 めは、治療構造や場面設定である。治療
指摘によって初めて自己のこれらの傾向 の経過の中で生じることが予想される
に気付くことが少なくない。この病的解 事態に対しても説明を加え、治療上のル
離を当面の治療目標とすることは、子ど 一ルや制限に関しても説明を行ってお
も自らにも、加虐者を含む家族にも、治 く。5つめは、介入時期の見極めである。
療スタッフと同一の方向をむいて治療を 全体の状況を把握した上で、その時々に
開始できる点において重要である。 必要なテーマを扱うことが重要である。
6つめは、観察自我の発見と成長への促
表3 被虐待児への精神療法の手順
しである。7つめは、除反応への対応で
1)丁寧なアセスメント ある。衝動コントロールを子どもと共に
2)環境整備(安全感の確立) 対処方法を工夫してゆく。
3)解離概念の理解と伝達
次に、被虐待児に個別精神療法を行う
4)治療構造の確立とリミットセッティング
5)介入の時期の見極め(タイミング) 時の・治療者の役割として次の諸点があ
6)観察自我(自己モニターするメタ認知機能)のげられる。第一は、子どもの現在に関す
発見と成長への促し
る証人としての役割である。虐待の状況
7)除反応への対応
を含め、解離と共にある患児に代わり、
患児の歴史と今とを観察、記憶、記録す
多元的な治療の流れを表3に示した。
る存在としての治療者という役割である。
最初に必要なのは、丁寧なアセスメント
第二には代弁者としての役割である。子
である。外傷に関連する一世代前からの
どもの立場から、さらに部分な人格の意
詳細な生育歴を聴取することの他に、行
図を、家族や時には他の治療スタッフに
動観察や、絵画を用いたアセスメント、
語る作業である。第三は、つなぎ手とし
A−DES,CDC、ロールシャッハテ
ての役割である。子ども個人の記憶や感
スト等の心理検査を総合して、精神医学
覚、感情をつなぐ働きだけではなく、周
的診断、外傷のレベル、全体的な病理レ
囲の治療スタッフや家族などにおいても
ベルに関する正確な評価を行うことが
繋ぎ手となることが重要である。治療に
求められる(杉山ら,2005b)。2っめは、
際しては、周知のように、記憶がつなが
一138一
れた時には、様々な行動化が顕著になる
この現象こそ、虐待的絆を作り出す歪ん
ことも多い。この事を常に意識しながら、
だ愛着の特徴ですらある。治療者は、状
子ども本人の中に関しても、また子ども
況によって変化する複数の自己の存在に、
と周囲の人々との間に関しても、つなぐ
子ども自らが気付くよう促すことが求め
ための心理教育やコンサルテーションを
られる。介入のタイミングを見極めた上
行うことが必要となる。第四に信じるこ
で、歪んだ愛着からの分離を治療の中で
とが重要な課題となる。虐待は不信の病
行うこともある。「今、お母さんと離れな
理であるといわれる。子どもを信じるこ
くていつ離れるの?」と話しながら抱き
とだけではなく、時として、虐待の持つ
かかえることもある。子どもの側は、暴
不信の波動に巻き込まれ、スタッフ相互
言や暴力を噴出させるので、治療者が暴
に不信が広がることも希ではない。子ど
言をあび、怪我を負うこともある。これ
も達に対しても、徐々に内面を語ること
は虐待場面の裏返しの再現であるが、こ
が出来るようになってくるといった信頼
のような対決以外に、虐待的絆と健全な
と配慮の言葉を掛けてゆくことが必要で
愛着とを分けることが可能になった実例
ある。治療者側の休息やスーパービジョ
がない。この様なある種の荒療治は、周
ンが必要であることも多い。これらの役
囲の理解や支援がないと孤立することに
割と同時に、限界を見極めることも重要
なる。われわれは子ども達の感情表出を
な役割であると考える。現状において、
助けるために、様々な感情が記された感
何が優先されることか、状況を見極め、
情カードを活用している。感情カードを
何が可能な目標か考える姿勢が必要とさ
見せて、「どれが気になるのか」を差し示
れる。われわれの小児センターは、中学
してもらうのである。
3年生までが入院治療の対象となってい
繰り返すように、被虐待児への治療は
る。性的行動化が著しい中学生年齢の患
1対1の精神療法では不可能である。子
者の場合には、治療の限界点を越えてし
どもに関わる様々なスタッフは子どもに
まうこともある。
内在する部分人格に相当し、患児の外で
被虐待児は言を左右することが多く、
話し合われる内容は、患児の中で人格間
それに付き合う治療者は振り回されざる
が話し合うことと重なり合う。医師と心
を得ない。病的解離や愛着障害を持つ子
理士はそれぞれ父性と母性を代表してお
どもの場合、言語表出は全てではないこ
り、意見が食い違う時には、子どもがは
とを熟知した上で、言語的非言語的に表
らはらすることもあるが、われわれが喧
出される患児の本音を汲みつつ、時よっ
嘩をしているのではなく、それぞれの主
ては騙される、あるいは騙されないこと
張をしながら意見を交わす光景は、内的
が必要となる。加虐者から離れたいと入
な部分人格間においても、外的な家族と
院を望み、入院すると同時に虐待者であ
の関係においても、適切な自己主張のモ
る家族との分離に強烈な分離不安や見捨
デルを提供するものとなる。また個別治
てられ抑うつを抱くことは希ではなく、
療を担当する治療者は、看護スタッフヘ
一139一
治療の内容を紹介し、生活の上での保護
症例M 初診時6歳女児、姉(S)11
の依頼や申し送りを行う。この様な多層
歳、母親丁
的な治療構造である。虐待は一人では何
家族歴1母親は9歳年長の男性と結婚
も出来ない。チーム治療の中で、それぞ
しSを出産、その後離婚した。数年後、22
れのメンバーの資源を活用し、常に信頼
歳年長の男性と結婚し、患児を出産した。
する姿勢が必要となる。スタッフ間の分
最初の結婚の折、姉Sに対して父親から
裂や嫉妬、不信感もしぱしば生じるが、
の身体的虐待があったという。Mは生ま
虐待に対応する人間同士の負の影響を認
れてから両親の激しい喧嘩、父親から母
識し、信頼を取り戻す働きが重要な作業
親へのDVの目撃の中で育った。患児が生
となる。
まれてから、父親からSおよび患児への
衝動コントロールについて精神療法の
身体的、性的虐待があった。父親がSの
立場からまとめておきたい。子ども自身
足を縛り逆づりにしたまま放置して、他
が、自分の中に自分でコントロールが困
の家族が外出をしたこともあった。また
難なものが潜んでいることに気付くこと
母親もSに対しては身体的虐待を行って
が治療の最初の一歩である。衝動的な行
いた。父親は激昂すると何をするか分か
動には、概ねフラッシュバックの引き金
らない状態で、他の家族は父親の言うな
と元の外傷体験がある。衝動的行動につ
りになっていたという。患児5歳にて事
いて、過去に関連することがないか尋ね
件をきっかけに両親は離婚となった。
るようにしている。衝動行為につながる
生育歴、現病歴1患児は生後6ヶ月から
フラッシュバックの内容に関して幾らか
喘息が見られた。3歳にて保育園に通う
明らかになれぱ、次にそれに対処する方
が、多動、衝動的な行動が多<、また友
法を考えて行くことになる。行動療法的
入との喧嘩を繰り返し、集団保育に乗ら
な視点から看護スタッフは、就寝前に、
なかった。患児4歳の時に、父親が母親
スモールステップによる評価表を実施し
と口論の末、包丁を振り回し暴れた。包
ている。またいらいらに対する対処スキ
丁の切っ先が患児に当たり大出血となっ
ルを子どもと共に考えてゆくことも重要
たため、患児よりも先に母親は失神し、
である。この様な対応は即効性があるも
気がついたら患児は血の海の中で泣いて
のではないが、少しずつでも衝動行為は
いたという。この事件を切っ掛けに母親
軽減し、内省につながってゆくのである。
は患児と姉を連れて家を出た。この事件
の後しぱらくの間、患児は失語状態にな
5,医療機関を核とした包括的治療を実
り、また夜の悪夢や怯えが見られた。5
践した症例
歳にて離婚が成立し、母子で暮らすよう
医療機関を核とした包括的治療を実践
になった。しかし些細なことで著しく怯
した症例を呈示する。公表に当たっては、
えることを繰り返すため、患児6歳にて
許可を得ているが、匿名性を守るため、
あいち小児センター心療科を受診し、
細部を大幅に変更している。
PTSDおよび解離性障害と診断され、継続
一140一
的な治療が開始された。
席が出来なかった。パニックと、叱責に
治療経過:患児の状態は多動で衝動的
対するフリーズを繰り返し、入浴もまま
な行動が目立ち、家庭から小学校に通う
ならず着替えにも抵抗し、髪を振り乱し
ことは著しく困難と考えられたため、4
うす汚れた外観を呈するようになった。
月から7月まで、患児の第1回目の入院
2月、Sは退院し、代わりに患児の2回
治療となった。この入院の間は、隣接す
目の入院治療が開始された。今回は、当
る病弱養護学校に通ったが、病棟でも学
初から閉鎖ユニット使用し、生活の構造
校でもパニックを繰り返す状態で、時に
化を徹底した。その結果、入院後は学校
登校も困難となり、ベッドの回りは物が
への半日程度の通学は可能であった。ま
散乱する状態であった。この入院の間に、
たこの時点で、集団作業療法を開始した。
6月に母親が初診し、また7月姉Sが初
しかし気分変動が激しく、看護師はパニ
診し各々カルテを作り、継続的な治療を
ックヘの対応に追われる状況であった。6
開始した。患児、S、母親の主治医は同じ
月、父親からの性的虐待を想起し、同時
精神科医(杉山)が勤め、全体の治療と
に大荒れの状態となった。パニックにな
全員の薬物療法、母親の精神療法を担当
り安静を保つためのタイムアウトが一日
した。また子ども達への精神療法は同じ
に数回必要な状況が続き、意識状態は刻
心理士(海野)が患児、姉S共を担当した。
一刻と変化。部屋は散乱し、学校への通
患児の退院と同時に姉Sの1回目の入
学もままならず。安静な意識状態は少な
院治療が開始された。姉S自身が性的虐
<、衝動的乱暴とフリーズとを繰り返す
待を受けたことが明らかになり、生活上
状況がしぱらく続いた。治療者は、性的
の不適応が現れ始めていたからである。
虐待の問題を1ヶ月封印し、荒れた状態
入院当初、Sは著しくハイテンションで、
からの離脱を図った。2学期になり、外
同時に入院していた性的虐待の他の児童
泊を当分の間制限し、治療における枠組
と一緒に衝動的挑発や、性的挑発行為な
みの強化を計った。同時に週2回の心理
どトラブルが多発し、学校への通学は困
士による精神療法を実施した。この結果、
難であった。10月後半に、薬物療法の
意識が刻一刻と変容する状況は、幾らか
工夫と、閉鎖ユニットを用いた生活の枠
軽快するようになった。
を明確にし、ようやく落ち着いた生活が
この間、母親に対しては週1回の精神
送れるようになった。12月学校への通
療法を外来で実施した。母親もやはり虐
学が可能になり、看護スタッフから、心
待と言わざるを得ない環境に育ち、また
からの笑顔が見られるようになったと感
性的被害を受け、精神科症状を継続的に
想が述べられるようになった。Sの治療
持っていたことが明らかとなった。解離
を継続したいという希望は、心理士から
症状が著しく健忘があり、さらにファン
も看護師からも出ていたが、その間に患
タジーの世界と現実とが混沌とした中で
児の状況は深刻さを増していた。学校へ
現在まで生活をしてきたことも語られた。
は通学が出来ず、登校しても1時間も着
この治療の過程で、母親の子ども達への
一141一
加虐の直面化も行われ、母親からSへの
は、解離性障害につながる脳機能不全を
謝罪があった。
反映しているものと考えられた。患児は
4月、姉Sは、あいち小児センター心
情緒障害児短期治療施設へと退院し、姉
療科病棟の入院上限である中学3年を迎
も進学が決まり退院となった。外来での
えるため、2回目の入院治療を開始し、
治療は今後も継続して続いている。
患児と姉とが同時に入院治療を行うとい
う異例の状況となった。入院中の交流を
6,子ども虐待のケアを巡るわが国の現
禁じ、閉鎖ユニットと解放ユニットを使
状と未来
い分けて、極力この二人の相互作用が生
子ども虐待への包括的なケアの第一歩
じないように、構造を定めた。
は虐待環境からの保護と、愛着を形成で
5月、患児への個別作業療法を実施し
きる愛着対象者の提供であるが、このレ
た。患児と姉は、閉鎖ユニット、開放ユ
ベルでわが国は既に大きな困難を抱えて
ニットを交互に行き来する生活となった。
いる。わが国は先進国で唯一、社会的養
8月、患児の施設への退院という方針が
護が大舎制施設によって担われており、
決定した。この間、姉はEMDRを用いた治
本来は被虐待児へのケアが目的ではない
療を開始した。Sは病棟内で他児と病棟
指導員が著しく不足した状況で、大きな
内でキスや性的な接触をするなど恋愛事
心的外傷を抱えた児童が暮らしている
件を起こした。退院をするか、治療を継
(加賀美,2001)。小舎制が望ましいとは以
続するか選択を迫られたSは、治療に専
前から指摘されてきたが、高コストとい
念することを約束し、2学期になると医
う事もあって、行き渡っていない。この
師と心理士が協力して、週2回の精神療
中で指導員の過労が重なり、燃え尽きが
法およびEMDRを用いた治療を実施した。
生じている。さらに深刻な問題は、施設
Sは過去の性的虐待の記憶をある程度取
内虐待である。被虐待児が集まれぱ、虐
り戻すことが出来た。2学期になると、
待的対人関係が生じやすいことは当然で
患児は初めて終日学校に通えるようにな
ある。さらにその中に、性的虐待の被害
り、看護スタッフから子どもらしくなっ
児童が入所すれぱ施設内での性的虐待の
たと言われるようになった。気分のムラ
危険が生じ、施設内で性的虐待の蔓延と
は変わらないが、意識状態が刻一刻と変
連鎖が生じる。つまり被害を受けた児童
化する状態はぼぼ消失し、生活状況も改
が年長になって加害者となる状況である。
善した。
この様な、施設内虐待の問題は、実は児
3学期になって、患児の作業療法が終
童養護施設の大半が抱えているのが実情
了した。10ヶ月余りの作業療法を実施し、
である。
体の使い方、課題遂行には良い変化が見
親に代わる愛着対象者として里親が好
られたが、注意・衝動性の問題、自制力
ましいことは言うまでもないが、里親も
の弱さ、連続性(安定性)のなさは問題
危機状態にある。養護里親は著しく不足
として残った。変化が困難であった問題
しており、また近年の重症の心の傷を抱
一142一
えた被虐待児のケアが十全になされるた
れが学ぶべき事は多いであろう。わが国
めの、里親に対するバックアップ体制も
は、先にも述べたように性的虐待の噴火
不十分である(庄司,2001)。
直前の様相を呈している。さらに共感性
子ども虐待に関わる社会的インフラは
を育み、攻撃性を統制することは、わが
現在、圧倒的な不足状態にある。そもそ
国の子育て上の大問題に浮上するに至っ
も家庭での処遇が増えているのは、児童
た。そもそも子ども虐待の急激な蔓延は、
相談所による家族支援が円滑に行われる
わが国の基底文化の変容を背景としてい
ようになったからではなく、子ども虐待
ると考えられる。
の増加にも関わらず社会的養護の場が増
21世紀を迎え、われわれには、新たな
えないので、行く場所が無くて家庭処遇
弱者保護のための文化を創設することが
が増えているだけである。里親、乳児院、
求められている。子ども虐待に向かい合
児童養護施設、情緒障害児短期治療施設、
うことは、その一助となると考えるもの
さらに児童自立支援施設まで、二一ドが
である。
生じたときに入所が出来ず、年度が変わ
るのを待つ状況にある。また重症の子ど
も虐待の治療が可能な児童精神科医は極
めて乏しく、また子ども虐待によってケ
ァが必要な児童が入院できる病院はさら
に乏しい。あいち小児センターは非常に
例外的な存在である。
さらに深刻な問題は、性的虐待の受け
皿がないということである。あいち小児
センターの外来統計を見ても、現在は性
的虐待が噴火する直前の状況と考えられ
る。身体的虐待やネグレクトヘのケアで
すらこの様に、後手に廻っている状態で、
より深刻な問題を抱える性的虐待に対応
できるとは考えられないのであるが。
症例に呈示したように、虐待のケアは
かくも手間がかかる作業である。子ども
虐待の予防は果たして可能であろうか。
公的統計を信じれば、アメリカ合衆国で
1994年をピークに性的虐待は減少し、
1998年をピークに虐待全体も減少して
いる。この資料の信愚性に関しては是非
の論議があるが、事実だとすれぱわれわ
一143一
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発達障害児が同胞に及ぼす影響の検
浅井朋子、杉山登志郎、小石誠二、東 誠、
討.児童青年精神医学とその近接領
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域,45(4),60−371.
並木典子、河邊真千子、服部麻子
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45(4),353−362,
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杉山登志郎、海野千畝子(2005):医療機
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一148一一
平成15ー17年度厚生労働科学研究費補助金(子供家庭総合研究事業)報告書
被虐待児の医学的総合治療システムのあり方に関する研究(H15ー子どもー009)
分担研究:虐待によって生じる精神病理を踏まえた被虐待児の包括的治療に関する研
究
その2 被虐待児童に対する集中アセスメント入院のまとめ
研究協力者
海野千畝子、服部麻子、大河内修、並木典子、河辺眞千子、野呂美知代、
小石誠二、浅井朋子、東誠、
分担研究者
杉山登志郎 あいち小児保健医療総合センター
要旨
児童養護施設(以下養護施設と記す〉に入所している児童の中で、こども虐待の既
往があり、様々な問題行動を頻発させているものは少なくない。これらの症例の治療
の方向性を決めるために、入院した上で、7種類の心理検査と行動観察による、集中
アセスメントをわれわれは行ってきた。このような被虐待児32名(男子13名、女
子19名〉の結果をまとめた。A−DESにおいて40%以上を示した者が19%、CDCで1
2点以上が68%と、解離スケールにおいて高値を示し、ロールシャッハテストの結果
では大部分が入格障害レベル以上の病理を示した。知的能力では28%に遅滞が見られ
たが、それ以外の6割にさらに学習の障害が認められた。集中アセスメントによって、
養護施設の生活では明らかになりにくい、隠れた病理の把握が可能となり、問題行動
として噴出する以前に治療的関与が出来ることが大きな意義である。一方、養護施設
の籍を確保できる限度の3ヶ月間の入院治療では、問題行動が正に噴出した状況で施
設に戻ることが多い点が、今後検討を要する課題である。
A.はじめに
施設入所児のみならず、在宅から養護施
近年、児童養護施設(以下養護施設と
設入所に至った症例や重症の在宅支援症
記す)においては被虐待児童の割合が増
例においても実施された。
加している。その内の少なくない割合の
3年問の集中アセスメントを行った、
児童が医療との連携を必要としていると
被虐待児童の結果を分析し、この集中ア
考えられる(野邑,2005)。入所児童のう
セスメントの意義と、可能性、問題点に
ち、養護施設職員側の申し出を受けて、
関して検討した。
多大な問題行動が現れた児童に対して、
治療の方向付けを定める目的で、入院の
B.対象と方法
上で総合的なアセスメントを3ヶ月間以
1)対象
内という限定された期間に行ってきた。
対象は、あいち小児保健医療総合セン
この入院による集中アセスメントは養護
ター心療科病棟に入院の上で、上記の集
一一149一
中アセスメントを行った被虐待32名で
ら,2004)
ある。児養護施設入所児童19名(男児
2)検査に当たっての留意点
9名、女児10名〉在宅児(在宅で外来
A−DESは本来、青年期患者の為の、自
治療が始まり、入院後、養護施設に退院
記式の解離体験尺度である。青年期の患
した児童を含む)13名(男児4名、女
者では平均値40%以上が解離性同一性
児9名)である(表1)。
障害陽性となっている。児童への用い方
入院の間に、対象児童に対する5つの
に関しては確定されておらず、また児童
心理検査と、心療科病棟の担当看護師ら
に用いたときのカットオフ値もまだ明ら
による対象児童への解離評価検査および
かではない。しかし、解離症状を把握す
行動観察アセスメントを行った。
る上で最も鋭敏な心理アセスメントと考
7種類のアセスメントは以下の通りで
え、検査項目に加えた。児童に用いるに
ある。
当たって、この集中アセスメントでは内
容に関する理解が不十分である可能性が
表1対象一覧
高いため、心理士がそれぞれの項目の内
男性
女性
合計
10人
19人
(1人)
(5人)
(6人)
4人
9人
施設入所児
(うち性的虐待)
9人
施設以外の児童
(うち性的虐待)
合計
(5人)
13人
19人
容を説明しながら評価を行うという形を
取った。O一ね0の数値尺度で示し、さら
にそのエピソードを言葉で表明をしても
招人
らった。また、あわせて検査者が、検査
(5人)
中の行動観察を行い、検査中に生じた解
32人
離状態の記載を行った。
b)ロールシャッハテスト
1、思春期乖離体験尺度、A−DES
これも学童への使用に関しては、様々
(Putnu田,19971 adolesceDt
な論議がある(小川ら、2005)。しかしな
dissoclativeexperiencescale、
んと言っても、人格の骨格に相当する部
以下A−DESと記す)
分を見るためには優れたアセスメントツ
2、 [コールシャッハテスト
ールである。本研究の結果に扱いについ
3、ウエスクラー式知能検査WISC川
(以下WISCmと記す)
ては、防衛様式や形態水準等から、神経
症水準、境界性水準、精神病水準と3水
4、基礎学カチェック
準に区分して示した。
5、K−ABC心理教育アセスメントバ
ッテリー(以下K−ABCと記す)
c〉基礎学力チェック
この集中アセスメントにおいては、全
6、子ども版解離評価表CDC(chi ld
ての児童の学力のチェックは行わず、小
dissoclative checklist、以下
学生を対象に限定して、国語と算数の学
CDCと記す)
力習得についてアセスメントを行った。
7、解離に焦点を当てた行動観察チ
e)心理教育アセスメントバッテリー(K
ェックリスト(表21海野
−ABC)
一一150一
学童の対象と抽出した児童においての み限定してアスセメントを行った。
表2解離に焦点を当てた行動観察チェックリスト
A覚醒水準の変動11)ぼんやり・うつろ、2)ハイテンション、
3)不眠・悪夢、 4)昼間のいねむり
Bスイッチング・部分人格の交代現象:1)従順モード、2)暴れモー
ド、3)性的モード、4)ハイテンションモード、 5〉退行(幼児)
モード
C解離性幻覚・幻聴・被注察感11)幽霊をみた、2)声が聞こえる、
3)誰かに見られている
D蕪ぎ惰ノ醐癖糟鰭轡ノ1桜簸掃聖鞭、’怒り”
E記憶の障害=1)断片化、2)忘却
F身体への関与11〉皮膚のかゆみ、2〉怪我の多発、3)自傷行為
G無意識の挑発的行動:1)行動的挑発、 2)性的挑発
H非行的行動=1)盗み・万弓1き、2)器物損壊、3)その他
工排泄障害=1)遺尿2)夜尿3)遺糞
J通学における問題=1)不登校、2)意欲減退、 3)身体症状出現
f〉こどもの解離体験評価表(CDC〉
対象の児童を担当した病棟のプライ
C,結果
マリー看護師が入院の最後の時期に、評
1)解離に関する尺度
価を行った。
A−DES(31名に実施)の平均26,0%±
13,8%であった。そのうち、40%以上とい
表3ロールシャッハテストのまとめ
男性
女性
合計
う青年期の患者における解離性同一性障
害のカットオフ以上の値を示した者は6
神経症
水準
境界性
水準
精神病
水準
合計
1
3
8
4
3
13
平均13、7点±5、7点であった。12点以上
19
の病的解離を示した児童は20人(68,9%〉
32
であった。A−DESとCDCとの相関を見る
4
(12,5%)
13
21
(65.6%)
7
名(19,4%)であった。CDC(29名に実施)
(2t9%)
と、相関係数O,40と比較的低地を示した。
内容の突き合わせを行ってみると、CDC
g)行動観察アセスメント
に示される解離症状に関して無自覚とい
これも入院の最後の時期に、心理士が
うよりもむしろ、A−DESで現れた解離症
これまでの検査結果を参照しながら、プ
状に関して、言語的、行動的な表出がな
ライマリー看護師から、表2に示した各
されていない場合が多く認められた。
項目に関して聴取を行った。
2)ロールシャッハテスト
検査の実施総数32(男児13名、女児
一151一
19名)のうち、神経症水準4名(12,5%)、
状について抽出した。32名の児童のうち、
境界性水準21名(65,6%〉、精神病水準7
部分人格の交代現象(スイッチング)21
名(21,9%〉と判定され、被虐待児童の
名(65,6%)、解離性幻覚10名(31,3%)、
87,5%が境界性水準以上の精神病理であ
激しい衝動乱暴6名(18,8%)性的逸脱、
った(表3)。しかしロールシャッハテス
挑発行動5名(15、6%〉、盗みの頻発5名
トにおいて神経症水準と判定された児童
(15,6%〉であった。このうちスイッチン
の中に、後に精神病を発症していった者
グがあった児童のうち、解離性同一性障
も存在した。
害と考えられた児童は4名(12,5%)、幽
3〉知的能力(WISC“1とK−ABC)と学習
体離脱体験の表出があった児童は1名
(0,3%)であった。
の習得度(基礎学力チェック)
検査の実施総数32人のうち、正常知能
は13名(40,6%)、境界線知能が10名
D、症例
(31,3%)、知的障害が9名(28。1%〉であ
症例の提示については、本入と施設職
った。知的障害を除き、正常知能と境界
員に公表する承諾を得ているが、匿名性
線知能の児童において、それぞれの知能
を守るために細部を大きく変更を加えて
指数と学年から期待学力を算出し、その
いる。症例Aは豊かな言語表出があった
期待学力よりも2学年以上の遅れを示し
中学生女児、症例Bは解離性同一性障害
た児童は、正常知能の実施者数10名のう
と診断された小学生女児である。
ち6名(60,0%)、境界線知能の9名のうち
症例A)女児14歳 施設入所児
6名(66。6%)存在した。被虐待児童は,
本児は幼児期より、他の兄弟と差別さ
知的なハンデイキャップを持つものが多
れ家族全員のスケープゴードになり、身
く、さらに知的能力よりも学力が劣る者
体的心理的虐待を受けていた。母親が他
が多いことが示された(表4)。
の兄弟を連れて家を出た時に、本児のみ
祖父母宅に預けられたというエピソード
表4知的能力と学習の修得度
がある。家事を強要された上で、両親か
ら殴る蹴る、タバコの火を押し付けられ
正常知能
施設入所児
それ以外
合計
6
7
境界線
7
3
13(40,6%) 倒0(31、3%)
知的障害 合計
6
3
9(28,↑%)
る等の虐待を受け、児童相談所の何度か
19
の介入の後、自らが保護を求め一時保護
13
され児童養護施設に措置された。施設か
32
ら受診希望があり、アセスメント入院に
至った児である。本児の印象は、一見男
の子を思わせるような太くて低い声をし
4〉行動観察チェックリストにおける特
ていて、髪型もボーイッシュである。以
記事項
下にアセスメント結果の報告を記述する。
解離症状に焦点を当てた行動観察チェ
a)A−DES(子どもの解離体験尺
ックリストのうち、顕著に認められた症
度):
一152一
35.5%と境界域の数値を示し、病
c)ロールシャッパテスト:
的解離と判定された。本児の特徴として
知的生産性はやや乏しく、認知や思考
は、エピソードの表出は家族と関連する
に中等度の障害があると考えられた。情
外傷体験に引き寄せられた表現が占めて
動面については、陰影ショック(1カー
いた。読書への没頭1「本を読んでいて「母
ド=手にカードを取らない)、カラーショ
がタバコを買ってきて。」という声に気付
ック(IIカード:血反応、川カード:ズ
かず、「本を読むな。Jと怒鳴られた。」内
タズタ反応)、曖昧反応、反応失敗(V卜
的激情の存在1「友人を見ているだけでイ
lXカード)が認められることから、ささ
ライラしたり、逆に怒り返したりする。
いな刺激で情動的混乱が生じやすいこと
母にもイライラ怒ってもっと怒られた。」
が窺えた。一方、体験の形としては内向
鏡映像認知の歪みや解離性幻覚の存在1
型であり、衝動的な怒りを抱くと、今度
「鏡をみたらお化げがうつっていた。母
は自罰的になり、抑うつ的になってバラ
に怒られた後で、首しかない人が映って
ンスを取るという傾向が認められた。現
いた」解離性幻聴1「母や兄弟の声がきこ
時点における対人関係能力は依存しあう
える。母は「バカ学校行くな。学校に行
二者関係が限度であろう。反応内容から
く必要ない。荷物まとめろ。」兄弟からは
は、1カードでこうもりと答えたが、「3
「家から逃げるな。」という声がする」等
匹かな、1匹にも見える、6匹にも見え
が確認された。
る。」と数が変動し、llカードでは「外国
b)GDC l
14点と病的解離と判定された。特徴
的な具体例として、朝起きに40分ぼど
入、帽子をかぶった人が2人いる」が「鏡
かかり、ぼうっとしていて、薬物の影響
うん。3匹かなあ。わからない」等、「え
以上に解離性の朦朧状態が考えられた。
一」「たぶん」と曖昧になり、その後のカ
また、友人とのトラブルでかっとしてW
ードにおいても数や内容が変動している。
のコードを引きぬく衝動行動や、頭を何
この所見は、自己や対象(他者)に対し
度も壁に打ち付げるという自傷行動があ
て不確実感が強くあり、対人関係に違和
った。また口調が幼児的になったり喧嘩
感を持ちやすいことを示唆するものであ
的になったりというスイッチングが見ら
った。さらに「半分に割れている。」「動
れた。さらに日時や時間の混乱、唐突に
物につぶされている」「木が折れる」など
男性看護師の膝に座る等の性的な対人距
のズタズタ反応が多く見られることから、
離的な問題、不可解な怪我の頻発、頭痛、
関係の中で被害的に受け取りやすいこと
腹痛などの不定愁訴等が認められた。さ
が窺えた。また、V功一ド(性かド)の
らに患児は、男の子が主人公の小説を書
反応失敗や後の反応「うさぎ」rクリスマ
いており、内容に暴言風の男言葉が頻繁
スーツリー」からは、女性性への葛藤を
に表現され、内部にある別人格を予測さ
生じやすいことが示された。信頼できる
せるものと理解された。
同性の人間との二者関係の中で、対人関
があって手をあてて1人で遊んでいる。」
と変動、田カードでは「動物。馬。(一匹?)
一153一
係能力を成長できる可能性を持つが、混
ることがあった。また、退行モードとし
乱が生じると解離や否認といった原始的
ては、髪の毛を、やや突飛な幼い結び方
防衛でバランスを取っており、人格障害
をしてグループ保育活動に参加する、足
圏のレベルにあると考えられた。
をばたつかせて駄々をこねる、性的モー
d)WISC川:
ドについては、他病棟の男児へ急に関心
言語性I Qは101、動作性I Q87、
を寄せる、ボランティアの男性に執着す
全I Q94で、正常知能であった。言語
るなどが観察された。また、母親に手紙
性検査と動作性検査(非言語性の検査)
を書いていたら呼吸が苦しくなったとい
との間に有意な差が認められた。言語性
うエピソードが何度も観察され、また、
I Qの下位項目では、常識的な知識課題
他児童への看護師の叱責に距離が取れず、
や、抽象的な概念の知識をまとめる類似
「自分が叱られているようで嫌だ。」とい
課題の評価点が高く、短期記憶能力を反
う訴えがあった。記憶の障害については、
映する数唱課題、言葉の意味を理解する
主治医に申し出たご飯量の要求について、
単語課題の評価点が劣っていた。動作性
同じことを何度も伝えるなど、自己の生
I Qにおいては、他に比して、模様の体
活の記憶に忘却があること、日常的なル
制化や図と地の判別能力である積み木模
ールが徹底しないことなどが観察された。
様課題と組み合わせ課題が落ち込んでい
非行的行動については、万引きは、学校
た。推理能力や計画性の能力を測る絵画
でステックシュガーを拾ってきたとニヤ
配列課題や迷路課題は相対的に高かった。
りと笑い、友人と二人で、売店からパワ
本児は事態の読み取りはできていて、そ
ー一ストーンを万引きした等の行動が認め
の場に応じた表出行動はできるが、全体
られた。その他の特記したいこととして
としてまとまりのある行動に発展してい
は、「外泊がこわい。怒られる。外泊行き
かない等の問題が理解された。
たくない。つまらない。治療がこわい。」
e)該当看護師による解離に焦点をあて
等の発言があり、対象に対して過敏にな
た行動観察:
るが、それを意識しつつ自己を表現でき
解離症状については、C D Cの結果と
ているようであった。
一致した。覚醒水準(頭の清明度)の変
学力の習得度、K−A B Cは,中学生
動については、朝起きの困難さのぼんや
年齢の患児においては実施しなかった。
りモードと不眠が特徴的であった。「眠り
<総合所見と今後の計画>
たいけど眠れない。∫よく眠れなかった」
患児は、この入院の間に家庭裁判所の
「途中で4回起きた」という浅眠感や中
判定が下り、両親の親権の一時停止が認
途覚醒の訴えがあった。時折、悪夢の訴
められた。両親に対して、特に母親に対
えがあり内容は語らなかった。部分人格
して、自分を差別し虐待したという怒り
の交代現象については、普段は看護師に
の感情と、自分は両親が言っていたよう
は従順モードでいるが、時折暴れモード
に悪い子だったから虐待を受けたのでは
になり、幼少児への暴言や自傷行動をす
ないかという不安な気持ちと、自分だけ
一154一
家庭から逃げて妹が今度は被害を受けて
いるのではないかという罪悪感が混在し
症例B)12歳女児 施設入所児
た状態で病院の入院生活を送っており、
母親は自身が身体的虐待、ネグレクト、
この様な自分の状況を的確に表出してい
性的虐待を受け、患児を出産後、患児に
た。WI S Cの所見に認められるように、
対する代理によるミュンヒハウゼン症候
この様な虐待家庭に育った者にしては珍
群が明らかとなり児童相談所に保護され
しく、言語的な表出能力が高いことが、
る。また患児は、幼児期には両親から身
患児の大きな特徴と言えるであろう。し
体的虐待を、小学生年齢には母親の愛人
かし、一方で身体的不定愁訴は非常に多
からの身体的、性的虐待を受けている。
く、解離性症状も病的解離と判定せざる
児童施設では盗癖、虚言、性的逸脱行動、
を得ない重症度であり、人格水準も良好
弄便などが問題となり、依頼を受けて3
とは言い難い。また万引きなど、自らが
ヶ月間の治療とアセスメントのための入
悪い子であることを確認するかのような
院となった。
行動化も何度も起きている。またその行
a)子どもの解離体験(A−DES)
動が良くない行動と判定され、タイムア
「自分を知りたいから。」と意欲的に取
ウトを受けた時には激しい自傷が生じて
り組み、エピソードをまじえて5回か
いる。
けて検査を
この様に、本児の状況は決して楽観は
実施した。40点以上が解離性障害の陽
許されず、安全が保障された環境の中で、
性であるが、「40.3点」を示していた
自らを受け入れ、育て直してゆく作業が
ことや以下のエピソードからr解離性同
必要であると判断される。
一性障害」と考えられた。防衛規制とし
1.薬物療法としては、衝動コントロー
て解離を用いて、何とか生活している現
ルを調整するための抗精神病薬を中心と
在ではあるが、治療が進展する中で、現
する治療を数年間以上必要とする。
在の問題行動の様相が良くも悪くも変化
2.精神療法を開始し、1週間に1回程
すると思われる。主な解離体験とエピソ
度の治療を寮生活に平行して行うことが
ードとしては、「自分のやった記憶のない
望ましい。患児の高い言語能力を考慮す
テストが返ってくる」部分的生活記憶の忘却、
れば、言語的な面接で十分に治療が進展
「学校では上手にかけるが、病棟では下
するであろうが、同時に行動化を促進す
手になる」という技能の変動、解離性幻
る危険性を常に考慮する必要があると思
聴、幻視「カミトリとクマトラ(幻視で見えるキャ
われる。
ラクター)の声がする。「とっちゃえ一」最近
3.環境調整や本人理解のための施設職
はマイクと知ット(これも幻視で見えるキャラクタ
員とのコンサルテーションが必要と考え
ー〉に変わり、「止めろチクられるぞ。」に
る。この所見は院内外のサポートスタッ
なった。」「男の人の幽霊が後ろで立って
フとの虐待ネートワーク委員会で報告さ
いる。」「眠いときに鏡をみて、だれだこ
れた。
れは、と思った。」という鏡映像認知の歪
一155一
み、「遊園地にいって旅館に泊った翌日、
い。時間感覚の乏しさがあり、朝昼晩に
前の日遊んだ内容や、どうやって旅館ま
は不適な行動が出現する。「ぼく、うち、
で辿りついたかの記憶がない。」という時
あたし。」と自己の呼称が変化する。他患
空間の感覚の断列、「モヒカン(母の恋人)
の初体験の話しに身を乗り出して興味を
に(小学生年代に)殴られたときも、(乳
示す。スリットスカートを着て無防備に
児の頃に)父親に殴られたことを思い出
下着をみせるなど著しく性的になること
して感覚を麻痺させた。いたくない。」と
が見られた。さらに、「一人になると大部
いう痛覚の麻痺。自己の行動の不連続。
屋で幽霊をみる。男の入。」と解離性幻覚
「施設の指導員に頼んで買って来てもら
等も認められた。2人の小学校低学年の
った物について、頼んだ覚えが無くしか
児童を指示して犬猫ごっこをさせていた
しメモを見ると書いてある。」「養護施設
が、この時に、普段の患児とは異なった
にきたころの記憶がない。あごの傷知ら
非常に冷淡な表情となっていることを、
ない。」という自己史記憶の忘却がある。
看護師が観察した。これは性的部分人格
さらに「目の在る人形は生きている。ハ
の出現と考えられた。これらの所見から、
ウハウ(と言う名のぬいぐるみ)との朝
CDCからも病的解離の存在が確かめられ
の会話をする。おはようと患児が言うと、
た。
縫いぐるみのハウハウは「もう朝」と聞
C)【]一ルシャッハテスト
くので、「朝だよ」と返す。確かに入院中
知的には高く思考面の豊かさはあるが、
に、大声で独語を話す本人に看護師が驚
中等度の認知(世界の見え方捉え方)の
いて上記の独語の記録がある。その他、
障害がある。外からの刺激に過敏に反応
赤ちゃん入格(斗チャン〉、男の子人格(ケン)、
して敵意を抱き、攻撃性を内在している。
いい子人格(ミ桝)性的人格(アサミ)犬の
対人関係に関しては、空想的に引きこも
人格(ショコラ)等の別人格の存在を本人が
ることや解離の防衛規制によって、希薄
認識している。
な人間関係のバランスをとっている。し
b〉子どもの解離尺度(CDC)
かし自己のやや妄想的で一方的な思いこ
入院中、看護師が本人の状態から解離
み(虐待者等から刷り込まれたものと考
の体験がどれだけあると認識しているか
えられる〉によって、非行行為や問題行
を調べる検査である。CDCは壌5点と病
動が生じやすく、周囲には違和感をもた
的解離とされる12点を上回る結果とな
れやすく生活に支障をきたしている。人
った。特徴的な具体例としては「他患の
に甘えたいが怖いという回避的依存的
悪口を患児がいったかと尋ねたときに、
(飲みこまれる不安と見放される不安の
「言ったかもしれない」という曖昧な言
共存)葛藤が見られる。治療を行うこと
い方をするなど、記憶の断片化や不明瞭
で、ゆがんだ認知様式が減少するにつれ
さが認められた。朝早くから気分の高揚
て攻撃衝動コントロールが逆に不良にな
が著しく、大声で話す癖があり、何度注
り、攻撃性が噴出することがあると予想
意しても、周囲に合わせた行動がとれな
される。
…156一
d)学習の修得度
しかった。これらのことから、表面的な
数学と国語に関しての基礎的なつまず
コミュニケーションには支障がないが、
きがあるものと考えられる。
ムラが著しく、また身体的な作業の一部
数学1計算力は、少数分数も含めて計算
には困難をきたすこともあるものと推測
の仕方は6年生まで達成できているが、
される。
計算に不慣れな為か、簡単な二桁と一桁
f)K−ABC
の足し算に時間がかかっていた。また文
12歳級の児として評定を試みた。認
章題の理解が困難なのか、文章題での割
知尺度(認知のぱらつきの尺度〉と習得
り算を求める課題について、習得ができ
度(学習等の経験からの学びとる習得し
ていない。
た能力)の差はない。継時処理(やり方
国語:漢字の書き取りは3年生課題が
が定まっていて作業手順にしたがって行
6割程度、4年生課題が2割以下の習得度
う課題の処理〉より同時処理(やり方や
である。また、読力に比べて書力が劣る。
手順を自分で見つけながらまとまりの調
以上のことから、W I S C剛の結果に比
節が必要な課題の処理)がやや優位であ
して、基礎的習得度は劣っているものと
り、全体的に10歳級から13歳級代の
考えられるが、ムラが非常にあり、一部
値をしめしていた。他の課題に比して特
は解離から生じた学習の問題と考えられ
に言語理解課題が優位であり、一方、数
る。今後、学習ドリルを用いて、何度も
唱や算数、語の配列など記憶や計算の課
練習や訓練を積み重ねることによって習
題が、7歳級と劣っていた。聴覚的な情
得度も高まって行くものと期待される
報の処理や保持が困難であることが占め
e)WISC一田
された。全体としては、WISC川の結果と
言語性I Q99、動作性I Q87、全
ぼぼ一致した。
I Q93であった。知的能力はぼぽ年齢
g〉担当看護師による解離に焦点を当
相応で、言語性優位を示した。ぱらつき
てた行動観察:
は、「言語理解」は優り、「注意記憶」「処
評定は2回に分けて実施したが、入院
理速度」で落ち込みが見られた。言語性
の経過の中で行動の変容が見られた。解
の課題に置いては、「知識、単語、理解」
離症状については、C D Cの評定と一致
のカはあり、算数は劣っていた。動作性
した。覚醒水準については常にやや興奮
能力では、機械的な作業の不器用さがあ
状態で表現が大げさである。また「血だ
り、短期記憶は劣っていた。また、絵画
らけの人に心臓マッサージする」等の悪
完成は長けているが、視覚、聴覚、手作
夢をみている。部分人格の交代現象も見
業と複数の刺激の同時に行う操作である
られ、性的モードや、退行モードが目立
「積み木模様、組み合わせ、符号」は苦
った。解離性幻覚として、「男の人が立っ
手であった。
ている。」「首をしめられそう。」「一人だ
さらに簡単な問題で誤答をし、上位の
とおぱけがでる。」は、入院後半には見え
問題で正答するという、能力のムラが著
なくなったようであった。また、「身体へ
一157一
の関与」行動については、入院当初は麻
本研究では、患児の解離のレベルを計
痺していたが、寒さを感じられるように
るためにA−DES、CDC、オリジナルの行動
変化したことや、原因不明のかゆみや痛
チェックリストなどを総合して用いた。
みが出現し、感覚がいくらかよみがえっ
A−DESは一種の変法に属する用い方を行
てきた様子であった。その他の目につい
ったことになるが、症例に示されたよう
た行動としては、一人の看護師(女性)
に、CDCによる評価だけでは極めて不十
への「執拗なつきまとい」があったがこ
分で、A−DESを取ってみて初めて明らか
の意味はよく分からない。また「授業の
になった解離性病理が少なくなかった。
時に男の人が見える」と登校渋りがあっ
年齢による制限を考慮すると、重症の児
たが、精神療法で取り上げていく経過に
童を集めての評価とはいえ、2割の児童
おいて消えていった。
において青年期患者では解離性同一性障
<総合所見と今後の計画>
害と判定される40%を超える値となっ
解離性同一性障害が認められ、病的レ
ベルの解離性障害が存在するものと考え
たことは驚きである。さらにCDCでは6
割が病的解離状態と判定された。ところ
られる。1、薬物法としては、衝動コン
で被虐待児においては、大多数の患者に
トロールを調整するための抗精神病薬を
おいて初診時にCDCを取っている。この
中心とする治療を数年間必要とする。
結果と入院下での看護師によるCDCとを
2,精神療法を継続し、2週間に1回程
比較するとぼとんどの症例において看護
度の治療が必要であるが、治療の実施に
師によって付けられたCDCの方が著しく
伴い、解離による防衛が消えることによ
高い値を示した。これは、後述する、患
って、衝動コントロールが逆に不良にな
児が安全な入院環境下において、自己の
る時期があるものと予想され、必要に応
病理をより表出させているという要素が
じて再度の入院治療が必要になる可能性
大きく関与していると思われる。同時、
があるものと考えられる。3,環境調整
初診時においてCDCを付けた児童養護施
や本人理解のための施設職員とのコンサ
設職員、あるいは家族が、解離性症状の
ルテーシ田ンが必要である。特に性的人
存在に気付いていないという側面も否定
格や暴力人格の取り扱いについて、話し
できない。解離は、被虐待児の抱える病
合いを要するものと考える。
理の中心でありながら、これまで児童養
護施設のみならず、児童自立支援施設な
F.考察
ど、被虐待児が集まる場所において、十
1. アセスメントの結果を巡って
分に認識されてこなかった。ロールシャ
集中アセスメント入院の結果をまとめ
ッハ検査の集計で87,5%が境界線水準
てみて気付かれた幾つかの点に関して最
よりも重度の病理水準にあると判定され
初に言及しておきたい。
たことに注目したい。このグループ全体
1) 被虐待児の基底的病理としての
の精神保健が極めて不良であることを示
解離性障害
している。被虐待児の後年の終着駅は、
一158一
激しい解離性の症状を基調とする複雑性
行われている、子どもを学習に向かわせ
PTSDあるいはDESNOS(Disorderof
る基本的な枠組みそのものが、被虐待児
experlenCe of extreme StreSs nOt
は得られていないことが多い。周知のよ
otherwisespeclfied;Pelcovizeta1,,
うに知能は固定的なものではない。今回
1997)であることが知られている。この集
の対象で示された被虐待児の知能分布は、
中アセスメントによって示されたのは、
約1標準偏差分、低い方に偏っている。
まだ解離性障害という形で噴出する以前
これはWAISの改訂において示された
に既に学童期の児童において潜在的な解
black−peopleとwhite−peopleとの差
離の病理が認められるという事実である。
(MacMman et a1。,1993〉に正に一致す
2) 知的能力と学力
る結果である。学習のかまえや枠、そし
かねてから、被虐待児には正常知能を
て習慣の不足そのものが知的能力をさら
示す者が少ないのではないかという印象
に押し下げる結果となっているのであろ
があった。今回の集中アセスメントは、
う。子ども虐待は、身、知、情のいずれ
比較的重症者を集めたという要素はある
の発達にも負の影響を与える。
ものの、それにしても対象児の約6割が
これらの諸点から、被虐待児において、
境界知能か知的障害という結果は衝撃的
基礎的な学力を補うための働きかけは非
である。さらに学習について見ると、正
常に重要な意味を持つと考えられる。本
常知能および境界知能の6割は知能の値
研究において対象となった被虐待児の
に見合った学力に達しておらず、年齢に
87,5%までが特別支援教育を必要として
見合った学力を持つものは正常知能の4
いる。
名と検査を実施した児童の内の12,5%に
2. 養護施設入所児童へのアセスメ
過ぎない。この問題が深刻なのは、学習
ント入院とその意味
の遅れが学校での不適応や自己評価の悪
養護施設入所している被虐待児童に対
化につながり、さらに内省不足による行
してのアセスメントについては、以前よ
動化傾向へと向かうという具合に悪循環
り行われてきている。西澤ら(2000)は
を作る要因となるからである。
養護施設入所児を対象に虐待体験の有無
これまで何故か、被虐待児における身
と解離性障害および、トラウマ体験によ
体発育の障害に関しては、よく知られて
る心理的症状との関連を調べた。CDCの
いたが、この様な学力の問題は余り指摘
得点は虐待経験のある子どもでは有意に
されてこなかった。この様な低学力が生
高く、しかしTraumaSyndromeChecklist
じる意味は様々な背景があるのに違いな
forCh月dren(TSCC〉(Briere,1966〉は、虐
い。身体発育同様、発達に必要な養育を
待体験のある子どもとない子どもの間で
与えられてこなかったこと自体が脳の発
有意な差を認めなかった。吉田ら(2002)
達に与える影響は無視できないであろう。
は、被虐待児童へのアセスメントは心理
さらに、被虐待児において学習の習慣を
学的評価法などを多元的に行うことの重
持っ児童が少ない。通常の家庭で普通に
要性を指摘し、精神医学的評価と心理社
一159一
会的評価を組み合わせた多元的評価に基
が作られている(杉山,2004〉。安全な環
づくことが必要であると述べている。星
境に移されて初めて子ども達は内面を語
野ら(2003)は、被虐待児の評価には本
り出すことが可能となる。
人の精神医学的所見なみならず、家族機
症例Bは、養護施設入所児で、入院以
能や社会生活の視点も含め多角的に分析
前から比較的強力な精神療法を行ってき
することが必要であるとし、多機関との
た症例である。以前から、本児が、夜ト
連携が児童の状態の改善、発達の促進に
イレにいくのを恐れていることは施設の
必須であると述べている。
指導員から聞いていた。またBは、万引
入院による集中アセスメントは、多岐
きが絶えなかった。Bの暮らす施設は、
的な視点から1人の被虐待児を総合的、
児童養護施設の1つの理想とも言うべき、
包括的にとらえるための試みである。そ
献身的なスタッフによって運営される小
の意義として次の諸点が挙げられる。
舎制の施設であるが、それでもなお、集
第一には、隠れた病理を明らかに出来
中アセスメントによって、幽霊が見える
ることである。安全に配慮された環境の
という解離性幻覚や、万引きを促すよう
中で、はじめてトラウマが外に現れるこ
な声が聞こえるという解離性幻聴が存在
とは、これまでにも強調されてきた点で
することが初めて明らかになった。
ある(Herman,、1992)。在宅児童だけでな
第二に、青年期において問題行動が吹
く、残念ながら養護施設においても全国
き出す以前に、長期的な治療の方向が決
的に人手不足であり、個々の児童への十
定できることが挙げられる。養護施設の
分な対応や観察が困難な状況がある(加
入所児のみならず、全ての問題行動が吹
賀美,2001〉。本来、被虐待児の治療とい
き出すのは青年期である。特に、被虐待
う目的で作られたのではない養護施設の
児の場合、虐待的対人関係を作り上げる
環境下において、重度のトラウマを抱え
ことは、ある種の生存の為の手段である。
る被虐待児が大集合している状況は、
例えぱ人手が著しく不足した児童養護施
日々表面に現れる問題行動にスタッフが
設においては、年少児のうち、上の入所
追われる毎日とならざるを得ない。子ど
児の理不尽な要求や強制に従わざるをえ
も虐待は、対人関係におけるカによる支
ない。そのように蓄積したものが、青年
配という病理がその基底に存在する。被
期に至って、それまでの分までまとめて
虐待児が集まる施設において、当然のよ
表出することになる。しかしより早い年
うに虐待一被虐待という関係が生じやす
齢において、総合的なアセスメントを実
い。是非はともかく、現在の児童養護施
施することにより、より早い段階で、児
設において重症のトラウマを抱える児童
童の抱える問題を把握し、長期的な治療
が集まった結果、施設内虐待の危険性が
の見通しを建てることが可能となる。施
極めて高い状況となっていることは否定
設職員からは、児童を問題行動だけに目
できない事実である。われわれの病棟は、
をとらわれるのではなくて、その行動の
正に重症の児童の治療を目的とした構造
背景の意味に気付き、児童をより深く理
一160一
解出来るようになったという感想をしぱ
う医療機関との協動作業により、異なっ
しぱ聞く。
た視点を与えられることが基調という感
3.集中アセスメントの期間に関する問
想を寄せられることがある。被虐待児の
題
治療は連携なしには出来ない。その意味
現在、児童養護施設の籍をおいたまま
で、医療機関の1つの役割として、この
入院できる期間は3ヶ月である。集中ア
様な方法が全国にもっと広まることを期
セスメント入院に入った児童を見ると、
待するものである。
多くの児童は2ヶ月目の中旬に入り少し
ずつ自らのもつ主題が表面化をすること
が多い。さらに3ヶ月目の退院直前にな
参考文献
って、初めて問題行動の噴出を見る児童
Her限a員,J、H(1996):Tru搬aandrecovery,
も少なくない。治療スタッフに対する信
1992,中井久夫訳,みすず書房,
頼と安心が積まれて初めて問題を噴出す
241−272,
るという要素と同時に、養護施設に入る
星野崇弘,山下淳,北野陽子(2003):施設
までに多くの喪失体験を既にした児童に
入所児童に対する通院治療,厚生労働
とって、施設という自分の基地に戻るこ
科学研究費補助金(子ども家庭総合研
とが実感されて初めて安心して表出する
究事業,研究報告書1被虐待児の医学的
総合治療システムのあり方に関する研
という要素とが共に存在するのであろう。
送り出し、再び受け取る施設にとっては、
究,258−268,
問題行動が吹き出したところで子どもが
星野良一(2005):猿でもわかるロールシ
帰ってくるという状況になることが多い
ャッハ・テスト解釈マニュアル,
ので、迷惑を被ることとなる。集中アセ
加賀美尤祥(2001)1児童養護施設の現状
スメントが問題行動そのものの治療につ
と課題, 小児の精神と神経,41(4),
ながって行くためには、2回目の入院を、
229−231,
少し闇をおいて行うなど、枠組みそのも
MacMillan, D、L, Gresham, F,M,
Siperstein, G、N、 (1993):
のを改変する必要がある。
いたことは無かった。入院による集中ア
ConceptUral and psychOmetric
concems about the l992 AAMR
セスメントを実施して以来これまで、施
definition of mental retardatlon,
しかし、これまで施設側から苦情を聞
設側から依頼を受けた児童の入院が途絶
AJMR,98(3),325−335。
えることなく継続しており、何人もの待
西澤哲,中島彩,井上登夫,他(1999):被
機児童を常時抱える状態となっている。
虐待児のトラウマ反応と解離症状に関
このことは、何よりもこの方法が評価さ
する研究。厚生省科学研究費補助金(子
れていることを示していると思う。施設
ども家庭総合研究事業)研究報告書:
サイドとしては、このアセスメント入院
被虐待児の精神的問題に関する研
を通して、児童だけではなく、立場が違
究,289−301,
一161一
野邑健二,吉川徹,木村宏之,他(2005)1
児童養護施設入試児の精神医学的問題
について,第46回日本児童青年精神医
学会、神戸,
小川俊樹,松本真理子編著(2005)1子ども
のロールシャツハ法,金子書房,3−25。
PelcovitzD,vanderKolkB,RothS,
Mandel F, Kaplan S, Resick
P,(1997)IDevelopmentofacrl七eria
set and a structqred in七erview for
dlsorders of ex七reeme stress
(DESNOS),JTraU阻aStreSS,10,3−16、
Putnam,F,W(1997):Dissociation in
Children and Adolescents:付録Ill,中
井久夫訳:解離、若年期における病理と
治療,
斉藤学(200t):養護施設に入所してきた
被虐待児とその親に関する研究,子ど
もの虐待とネグレクト,3,332−360。
Summit,R,(1983):The Child Sexual
AbuseAccommodationSyndromelChlld
Abuse Neglect,17,177司93,1983
海野千畝子,杉山登志郎(2004):養護施
設入所児に対する診療か病棟アセスメ
ント入院の試み、第3回トラウマティ
ックストレス学会、東京,
海野千畝子,杉山登志郎,加藤明美
(2005):被虐待児童における自傷・怪
我・かゆみについての臨床的見当、小児
の精神と神経,45(3〉,261−271,
吉田敬子,武井庸郎,山下洋(2002):誠心
医学領域における児童虐待に関する多
次元的評価の意義,児童青年精神医学
とその近接領域、43(5);498−525,
一162一
H15ー17年度厚生労働省科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)
被虐待児の医学的総合治療システムに関する研究 (H15ー子どもー009)
分担研究5 虐待によって生じる精神病理を踏まえた被虐待児への包括的治療に
関する研究
その2 「あすなろ学園被虐待児入院治療システム」改訂について
研究協力者 三重県立小児心療センターあすなろ学園 今井芳裕 西田寿美
く研究要旨> あすなろ学園は平成12年度に「被虐待児入院治療プロジェクト」を立
ち上げ、13年度にはシステムとして稼動させるに至った。この4年度にわたる対応
の結果、①入退院における機関連携の体制や、②虐待事象の認識の仕方や保護者への
対応のあり方、等においては一定の効果をみることができた。一方で③入院心理療法
についての発展と、④発見・入院から退院・フォローまでのガイドライン化が検討課
題として明確になってきた。そこで今年度改訂版を作成・完成させた。平成18年度
より施行する計画である。本研究では改訂した「あすなろ学園被虐待児入院治療シス
テム」を報告する。
性が向上し、対応の共有がなされや
当園は平成12年度に「被虐待児入院
すくなり、さらに児童福祉施設との
治療プロジェクト」を立ち上げ、13年度
協働が進んだ。
にシステムとして稼動させるに至った。
詳細は15年度の分担者報告にて報告済
このように虐待の認識に関する地域連
みなので割愛するが、その趣旨は、被虐
携や、親権者への対応の共有化が出来上
待児の入院から退院、そのフォローまで
がりつつあると言える。
を児童福祉による児童保護の関与と不可
一方で、これから精度を高め、明確に
分・一体化する方策であったと言える。
していかねぱならない点が浮上してきた。
以上がこの当園の「被虐待児入院治療
それが以下の2点である。
システム」の趣旨・根幹であったが、その
①事例の理解の共有と、個々の事例性
結果、以下の2点において被虐待児の治
の区別が不明確で、各職種間の評価
療上の効果があったと考えられる。
の不一致を来すこと。
①入院から退院に至る連携体制は、一
②そのため、各職種間の温度差が埋め
致した処遇の方向性が見出しやすく
られにくく、入院児童の「巻き込みや
なり、親権者の反応について職種間
振り回し」に治療が影響されたり、進
のずれが生じるリスクを防止しやす
くなった。
展が妨げられたりした。そのために
対応の一定の指針が必要となった。
②各職種の「虐待事象への捉え方」の感
そこで壌7年度は、これらの問題点を
一163一
解消すべく、あすなろ学園被虐待児入院
症状を呈している子どもたちが、児童養
治療システムの改訂を行った。
護施設での適応に成功するとは考えにく
く、そのことが更なる心的外傷となる危
これまでは「子どものこころの相談室」
険が考えられる。子どもたちは保護され
が中心に進めてきたシステム冊子の草案
た後も養育的、保護的立場にある大人に
提示をあらため、学園長を主宰とし、各
挑発的に関わり虐待的な人間関係を繰り
室(看護・指導・心理・相談)および各セ
返し、心の健康な発達がさらに阻害され
クション(医師・病棟)の代表を改訂作業
ていくことになる。
メンパーとする方式に変更し、定期的に
そういった悪循環を断つためには虐待
会議をし、各々について協議、検討、見
的な対人関係を改善する必要があり、心
直しを行い、「あすなろ学園被虐待児入
の傷を癒し、将来的なパーソナリティ形
院治療システム」の改定版を作成した。
成のゆがみを予防するための対人関係の
基礎作りが精神科入院治療に要請される
以下がその改訂版である。
課題と考えられる。
1.入院治療についての基本的な考え
ア
近年、虐待が子どもの心に埋めがたい
ADIHDやPDD等医療的対応が必要な
発達障害の合併
傷を残し、そのパーソナリティ形成を阻
イ
害するなど精神的に深い影響を長期に
重度ストレス反応としての身体的・
精神症状の存在
及ぼすことから、心のケアの必要性が強
ウ
解離症状や社会的機能の障害が存在
調されるようになってきた。三重県でも
するもの
虐待相談件数は1998年度の葉23
件から2004年度には526件と急
以上の子どもたちに認められやす
い精神障害
増している。その7年間に279名(1
・反応性愛着障害:乳幼児期の早期より
1%)の子どもたちが児童福祉施設入所
劣悪な養育環境の子どもたちに見られ
となっている。そのうち96名(34%)
る対人行動の問題。別離や再会の時ひ
の子どもたちが当園に措置されている
どく矛盾した両価的な社会的反応を示
(同時期の当園における被虐待児延べ
す。
入院数は98名)。虐待を受けている子
・ADIHD:発達障害と考えられるものも多
どもたちには種々の精神障害が認めら
いが、虐待環境で養育されたことで類
れる。反応性愛着障害、神経症性障害、
似の症状を呈する。
・反抗挑戦性障害1対人関係で拒絶的、
ストレス関連障害、身体表現性障害、A
敵意的、挑発的な行動パターンをとる
D/H D、反抗挑戦性障害、行為障害等、
多彩である。
が、他人の基本的権利の深刻な侵犯は
そういった重症のトラウマによる精神
しない。
一164一
・行為障害1他人の基本的権利や年齢相
大人の存在によって自らの感情をコ
応の社会的ルールや常識を侵犯するよ
ントロールしようという意志が生ま
うな行為を持続的に行う。
れてくる。その結果、行動化ではなく
言語表現することで感情をコント【コ
治療環境は環境療法的アプローチによ
ールできるようになる。
って構造化することが必要である。
e.自己イメージ・他者イメージの修
ア、環境療法的アプローチ
正
a.安全感・安心感の再形成
被虐待児は愛着対象から理不尽な
大人から枠付けの明確な対人関係
扱いをされるため、自分は悪い子、価
(リミットセッティング)を提供され
値の無い存在という自己イメージを
ることで自分は安心できる環境にい
もち、他者に対しては自分を拒否しお
る ことを再学習する。
としめ、傷つける存在というイメージ
b.保護されているという感覚(保護
を持っている。これまでと違う評価や
膜)の再形成
対応、扱いをされることでそのイメー
自分が理解されているという体験
ジを修正することが出来る。
を積み上げることで子どもは心にあ
f、問題行動の理解と修正
るさまざまな思考や感情を伝えられ
問題行動を引き起こした子どもの
るようになる。表現しても拒否された
感情を理解・共感し、より適応的な行
り非難されない体験を通して自分が
動が取れるような具体的アドバイス
守られているという感覚を実感でき
が必要である。そのためには問題行動
るようになる。
への対応を工夫する必要がある。特に
c.人間関係の修正
暴力的衝動性や反社会的行動に対し
無差別的愛着行動はカに支配され
ての対応が重要となる。
た人間関係を基盤とする。そのため強
いものへの従順さと弱いものへの抑
イ.心理治療の適応
圧・攻撃が認められる。大人との健康
全ての子どもに有効な心理治療が望ま
な依存関係を通してゆがんだパター
れるが、現状はその適応には慎重な検討
ンの修正を行う必要がある。そのため
が必要である。治療者が対応困難な退行
に心理治療、精神療法、療育活動(集
やコントロールできない攻撃性が顕在化
団遊び・SST・おもしろクラブ等)を
する危険性があるからである。さらに従
行う。
来の心理治療ではその無意識の葛藤を整
d.感情コントロール
理することはなかなか困難であることも
起こした行動を非難するのではな
指摘されている。
く、それにいたる感情を理解し言語化
そういう状況では、心理治療の適否を
して返してやることで、子どもは自ら
検討せざるを得ず、環境療法的な対応に
の感情を気づくようになり、そういう
よる子どもの変化を見ながら、その時期
一165一
入院した子どもは「親がついに自分を見
を探る必要がある。
これまでは、入院後の子どもの状態を
捨てた」と感じ、抑うつ気分を刺激し、
検討しながら、心理治療を行うかどうか
情動不安定の原因となっている。不安に
検討してきたが、そうすると入院期間が
共感し、丁寧に治療目標を説明する必要
長期になり、児童福祉施設入所が困難と
がある。
なる場合もあった。今後の方策の検討が
ヱ.薬物治療について
課題になっている。
*基本的には対処療法である。
現状の精神科医療施設は長期間の育ち
の場を保障することが困難であり、治療
睡眠障害 → 睡眠導入剤、抗精神病
薬
の継続が保障されることも課題となって
抑うつ気分→抗うつ剤、気分安定剤
いる。そのためには退院後の治療継続が
衝動性や情動不安定 → 抗不安薬、
保障される必要がある。
抗精神病薬、気分安
ウ.対応への留意点
定剤
解離症状 → 抗うつ剤、抗精神病薬
a,逆転移的対応
大人の感情を逆なでしたり怒らせるこ
才.入院期間について
とによって暴力的な対応を引き出そうと
1998年度から2004年度までの退院児
する子どもの反復的な挑発に直面して傷
の平均在院日数は285日であった。
ついた治療者が自分の攻撃性へのコント
2002年度からは3∼6ヶ月と1∼2年
ロールを失ってしまうことがある。治療
に2峰性が認められるようになっている。
者は常に自分自身の感情の流れを意識し、
カ.家族再統合に向けて
家族再統合は目標ではあるが危険度も
感情的に対応しないようにすることが重
高い。2001年度、18名の退院児のうち
要である。
11名(61%)が自宅復帰できたのが最高
b,秘密保持
子どもは親の秘密を人に漏らすことが
で、その後は年を追うごとに減少し、2004
親への裏切りとなると感じている。子ど
年度は16名中2名(13%〉となっている。
もに「秘密」の開示を強要するようなか
予後調査においても家庭復帰ケースは
かわりは極めて反治療的なことである。
時間が経過するにつれ問題の再燃が認め
c,無差別的愛着傾向
られ、長期間のフォロー体制が必要であ
子どもの要求にできるだけ応じること
った。
精神科入院治療の必要なケースは、最初
が癒しになると勘違いすると巻き込まれ
から家族再統合困難ケースともいえる。
ることになる。
子どもは「自分を愛してくれる人は自分
そういう状況では、最低限の治療目標と
を攻撃する」と学習しているため、親密
して、安全な親子の距離をお互いに受け
さは脅威となる。(健康的な愛着は、共感
入れ合うことを目標にすることが必要と
性や道徳性の発達の基礎となる〉
考えられる。
家族再統合の目安として以下の2点が
d,見捨てられ不安
一166一
重要である。
えられる。
a、家族機能の改善
a、親の心理的な改善
・家族の社会的孤立の改善
虐待家族の地域からの脱孤立化と虐
・虐待につながる病理の改善
待者の変化による親子関係の改善
親は極端に低い自己評価を抱きな
b、学校適応の改善
がらも、子どもに対しては高水準の
分校適応が達成された後、本校または
要求があり、これらがより適切で現
地元校へのテスト通学を試み子ども
実的なものになっていることが再
の社会適応力の評価を行う必要があ
発の危険度の指標となる。
る。
・怒りの処理のための適切な方法
c,対人関係における攻撃性の改善
・親自身の両親との人間関係や夫婦関
d、精神症状の軽症化
係の改善
e,毎月チェックする子どものトラウマ行
入院時に評価した尺度の改善(家族
動チェックリスト上の改善
をめぐる状況と家族を支える基
盤:別紙4)」
il.退院後について
b.親子関係の改善
長期間の見守り体制と関係機関との密
①親が子どもを自分の所属物として
な連携が不可欠である。
みないようになっていること
a。家庭復帰 → 外来通院と地域関係機
②子どもの「悪い行動」への耐性が形
関との連携
成されていること
b、児童福祉施設・里親 →・
子どもの問題行動は子どもの問
外来通院と地域関係機関との連携
題であり、親としての「自己」を否
c,児童自立支援施設 →
定したり傷つけたりするものでは
外来通院又は嘱託医への引継
ないと認識できるようになってい
ぎ
d,知的障害児施設 →・
ること。
③子どもが親以外の大人と良好な関
外来通院又は嘱託医への引継
係を持つことを受げ入れられるこ
ぎ
と。 親子の病理的な共生関係が
e,情緒障害児短期治療施設 → 引継ぎ
解消していることになる。
f、精神科治療機関・精神障害者中間施設
a)子どもとの関係を楽しめること
→・引継ぎ
b)子どもへの肯定的感情を直接表
現できること
また、再統合については別紙1を参照
のこと。
キ,退院評価について
退院の目安として以下の点が重要と考
一167一
一168一
田.環境療法等の目安
環境療法、SST,療育、心理テスト・治療等の目安(患児により開始時期、内容が異
なる)
項 目
入院当日
1ケ月
3ケ月
6ケ月
安全感・安心
感
保護されて
いるという
感覚
観察期間
人間関係の
修正
担当職員とのラポート
をつける時間(指示的
な言葉を避ける〉
観察期間
感情コント
ロールの修
正
表出する感情を受け入
れて(抱え込んで)や
る時期
観察期間
ジ他者
自己イメー
イメー
ジの修正
場面場面でプラスの評
価を多くしマイナスの
評価を避ける期間
観察期間
シール
評価
問題行動の
理解と修正
受容的な関わりの中で
問題行動への気付きを
させていく期間
SST
自分の抱えている問題や感情を
職員に表出できるようになって
から
(他疾患と混合グループ・個別
SST・全体SST)
行動観察
個別療育
療育
集団療 役割を
育への 与える
参加
一169一
9ケ月
12ケ月
抵抗が 子ども
強い場 の状態
合は、部 を観察
分的な しなが
グラム
参加
、りo
心理検査
プラスの
評価が得
られるよ
うなプロ
検査指示
必要に応じ検査指示箋が出る
箋
が出る
心理治療
治療指示
箋が出る
C,C会議で
検討
・家での生活について聞くように心がけ
1” 治療管理システム
る。
被虐待児の入院から退院後のフロー等
受理後⇒
についての進捗管理は(フ[コーチヤート
*信頼できる学校の先生に相談するよ
別紙5〉子どものこころ相談室(以下、
う支援⇒学校から児相(市町村窓口)
相談室と略す)が主になって行うものと
へ連絡。
する。
*児相へ直接相談できるか確認。できな
ければ、受理者から直接連絡するため
児童虐待は、①外来診察、②電話相談、
に、名前と電話番号を聞く。
③児相での来所(面接・医師による相談)
イ 親・保護者からの場合
④入院中において発見される。
・親、保護者の気持ちを傷つけないよう
塑工の貿童塾夏
に気をつける。
*基本的に虐待及び虐待の疑いがある場
・支持的、共感的に接するよう心がける。
合は、全て児相(又は市町村窓口)へ通
・子どもについての悩み、気がかりな
告する。
事などを聞いて、一緒に考えるよう
にする。
虐待が疑われる場合はできるだけ、児
等に関する法律第6条」)
相への相談を促し、こちらから児相へ連
発見一一一→ 児相or市町村へ口頭通
絡をとる旨、了解を得るように努力する。
告(電話等でもOK)
もしくは名前と電話番号を聞き、児相へ
ア 本人からの場合
通告する。
・子どもの健康状態に気を配る。
了解を得られなけれぱ、当園には、法
・子どもからのサインをそのまま受け止
的に通告義務があることを伝え通告す
める。
る。
・虐待の内容について問い詰めないよう
ウ 福祉、医療、保健機関からの場合
にする。
・事前に把握している情報を入手してお
一170一
く。
・医師からの紹介状がある場合は、あら
かじめ主治医と方針を協議する。
・児相への通告を確認する。児相(or市
町村窓口〉への通告は義務であること
を伝える。
ヱ 学校等からの場合
・事前に把握している情報を入手してお
く。
・児相への通告を確認する。児相(市町
村窓口)への通告は義務であることを
伝える。
ヱ. 一相談室1
虐待ケース及び疑いのあるケースに
ついてはすべて、一旦相談室で集約する。
一171一
一塞_.
できるだけ、下記項目を情報収集する。
○:必須項目 △:努力項目
項 目
本人
親・保護者
その他
○
○
○
○
○
○
△
○
○
△
○
△
△
○
△
△
○
△
なくても、
①虐待の種類やレベル(虐待と断定できなくても、
親子関係の様子やエピソードなど)
②虐待の事実ε経過(日時やその時の様子など、具
子など、具
体的に細かく)
や職業、性
③虐待が疑われている親・保護者の年齢や職業、性
の育てられ
格、行動パターンなど(親・保護者自身の育てられ
方や価値観、家族背景等を含む)
、虐待との
④その他、家族全員の年齢や職業、性格、虐待との
関わり
の家族の歴
⑤保護者の結婚のいきさつから現在までの家族の歴
史
人、援助や
⑥家族以外でのキーパーソンとなりうる人、援助や
介入の窓口になりそうな人
し、児とは会わさない配慮をする。
入院調整会議にて入院日、主治医、病
b,親、保護者が入院治療を拒否してい
棟を決定する。
る場合
ヱ O日、の 、、
※遡一上委託二齪
との連、,語整
護上や雌L璽上量⊥家載丞認
○入院方法
一董置上をとるよう児童
a,児童福祉法第27条第1項第3号の「措
置入所」とする。→住所地の児相と協議
相談所に依頼する。
し、児相が措置決定する。
c,親、保護者からの退院要求、引き取
b,一般入院で入院中に虐待が発見された
時は、児相へ通告し、児童福祉法の措置
り要求がある場合
入所に切り替えてもらうよう協議する。
⇒児相は入所措置解除後、上記bの扱
福祉制度(母子医療、生活保護など)を
いと同様となる。
利用しての入院の場合、今後の処遇・対
入院治療が終息に近づき、通院治療・
応上の問題が懸念されるため、実施主体
親子分離が必要な場合
者 (市町村、福祉事務所)も交えて協議
⇒児相は、入所措置解除・児童福祉法
する。
第33条の規定に基づき一時保護
○親、保護者への対応
所に「一時保護」し家庭裁判所に対
a,親、保護者が入院治療に同意している
して同法第28条の規定に基づく
場合
申し立て・家裁からの承認通知に基
親、保護者と同伴で入院
づき、児童福祉施設に「入所措置」
親、保護者と別で入院
を行う。
⇒児は、虐待者(親、保護者〉とは別の
入院治療が終息に近づき、通院治療は
人(児相職員や親戚)と受診し、親、
必要・親子分離の必要のない場合
保護者は時間差(2時間以上)で受診
⇒児相は「措置解除」し家庭復帰及び
一172一
引き続き入院治療が必要な場合
関係機関迎二塑会
継続しての指導を行う。
・福祉医療、生活保護で入院
a、メンバー
⇒児童福祉法の措置入院への「変更」
①児相、市町村担当職員、原籍校、福祉
手続きにつき、児相・福祉事務所と協
施設、地域虐待防止ネットワーク、
議のうえ、児相に依頼する。
その他
対応窓口を一本化する。どこが対応す
②あすなろ学園
るか明確にしておく。場合によっては
(主治医、ケースマネージャー、分校、
児相が親、保護者に治療を勧奨するよ
病棟担当、臨床心理室担当、相談室
う協議する。
担当)
○学校との連携
*連絡調整/司会/進行:相談室
a,住民票の異動、学籍異動を行う。
b,内容1
特に入院後1ヵ月については
b,親、保護者が転入、転出の手続きを拒
否している場合は、津市と現住所の市
①子どもの様子(治療状況)…主治医、
町村で協議し、区域外就学の手続きを
臨床心理室担当、病棟担当より報告
とる。
②親または保護者の様子…児相、その他
○入院治療に関する医療、福祉諸制度
(検討された他のメンパー)より
措置入所になると母子手当ての子ど
③地域について…児相、(検討された他
もの養育費、就学奨励費、特別児童扶
のメンバー)より
養手当、生活保護費等がカットされ
*原則的には、1回目は、児相とするが、
る等の説明を行う。
情報収集等を考えメンバーを選定す
ることもありうる。
ZL込腿闘塑
*退院後の処遇先を児相に確認してお
入院時、様式1(確認事項書:別紙2)、
く。
「被虐待児調べ」により申し合わせ事項を
④入院経過に伴い、随時検討会を実施し、
児相と確認する。
様式1・様式2(別紙2〉の内容につ
a,入院時アセスメント(2週間目〉問題お
いての見直しを行なう。協議内容につ
よび入院目的を明確にする。
①主治医1之よる治療計画(入院治療計画
いては、会議の前に事前に伝えておく。
よる治療の開始(各室の被虐待児入院
*個人情報の保護に関する法律第16
条【利用目的の制限】本人の同意を
得ないで個人情報を取り扱ってはな
治療参照〉
らない。
②「子どものトラウマ行動チェックリスト
(ACBL−R)」を月1回、病棟へ依頼し相談
適用外…本人の同意を取る必要が
ない事項法令に基づく場合
室でとりまとめ病棟力ンファレンス、退院
・児童虐待防止法に基づく児童虐待
評価等で活用する。必要に応じて「AEI−Rj、
にかかる通告
「PAA工.i、「C D C」、「TSCCj等を実施する。
・児童虐待事例について、関係機関
(別紙3にACBL−Rのみ添付〉
との情報交換
表)に基づいて主治医、病棟、心理に
③家族をめぐる状況表チエック(様式
5:別紙4〉しコピーを病棟へ渡す。
z_退匿.一⊆の処遇塗討
○病棟力ンファレンス
一173一一
家庭復帰出来るか否か、をこれまでの治
野に入れること
療経過から決定する。
②障害児施設(児童福祉法第42条〉
* 退院に向けての具体的評価
*基本的には児童養護施設と同じである
a 家庭復帰
が、特に以下のことを期待する。
家族機能の改善(虐待者の変化、脱孤
・子どもの特徴に合わせた、生活の援助、
立化)
療育、教育のあり方を検討すること。
虐待が再発する可能性が少ないこと
・虐待の影響と子どもの知的側面を総合
が原則
的に判断し、適切な福祉機関の利用や
b児童福祉施設
生涯にわたるサポート体制を視野に
・過去の被虐待児童、親の対応実績によ
入れること。
り検討
③児童自立支援施設(児童福祉法第44
・家庭では、難しく、種々の要因により
条)
停滞していた育ちを保証する。自己実
・夫婦による職員が児童と寮生活を共に
現、存在感が確保出来るプログラム。
しながら、その人間的な接触を基礎に、
①児童養護施設(児童福祉法第41条)
園全体の集団生活を通して児童が成
*代替としての家庭機能の他に特に次の
長する。一貫して継続し、徹底した指
ことを期待する。
導が期待できるとともに、児童間の人
・生活していく場としての「安心・安全」
間関係が深まることで、職員を中心に
の期待
児童集団がまとまりやすい。
・子どもの特徴を(障害、知的側面のパ
・家庭に近い生活で、衣食住を始め、物
ランス、トラウマ、精神状態、気持ち)
質的、精神的な安定と満足のある生活
理解すること、それに応じた対応
を通して、人間的なふれあいと信頼感
・単なる衣食住の提供ではなく、大人(職
を基に、規則正しい生活、健康的なリ
員)に目をかけてもらっている、
ズムのある生活を実践し体得しやす
大事にされているという感覚を子ども
いo
に持ってもらうこと
・児童の変化や成長を通して、保護者や
・保護者の代替として、保護者と子ども
原籍小中学校との協力関係、信頼関係
を繋ぐ役割(子どもの状態のフィード
が構築されやすい。
バック、保護者への指導、関わりの援
1寮の入所児数10名
助)
④精神科社会復帰施設
・職員、子ども間で虐待の再現がなされ
*精神障害者生活訓練施設(精神保健福祉
ないこと
法第55条の2第2項)
・守られている、癒しの空間としての生
・利用者20名程度。大人の精神障害者の落
活の場の提供
着いた中で、個々にあった日常生活しな
心理士による、治療的な関わり
がら、自立した生活ができるよう生活体
・施設で育つこと”の短所や子どもの気
験を積重ねることができる。
持ちを理解、援助すること
・精神保健福祉にかかわる専門職員から、
退所後の子どもの処遇を考慮した援助
生活技術修得のための助言・指導が受け
(特に進学、就職、生活の場について)
られる。
・適切な福祉施設、福祉制度の活用を視
対象者の求めに応じて就労や家庭復帰を
一174…
図っていく支援を病院や児相、保健所、
c精神保健福祉法による社会復帰施設入
ハローワーク、地域生活支援センター等
所
関係機関との連携を得ながら受けられる。
入所期間は、原則として2年、延長して
通常の退院手続きを取る。
3年以内の制限があるが、個人と施設の
契約によるため、家族や本人の意向によ
り施設を選び、契約も解除できる。
地域関係者とともに、今後の方針を検討
生活訓練施設の訓練により自活した生
し支援体制を作る。
活ができるようになれぱ、住居として
z_通1院
精神障害者福祉ホーム、グループホー
ムと次のステップが準備できる。
a,家庭の場合
○児相との協議
主治医、臨床心理室が中心
上記、カンファレンスの結果を児相に、
・親または保護者:原則的に児相に委ねる
当園の意見として伝える。(児童福祉施
場合と主治医・相談室で受ける場合があ
設等であれぱ比較的早めに伝える〉
る。
○関係機関との協議
関係機関との連携:関係機関がお互いの
a,メンバー:
役割分担を決め、情報収集と場合によっ
児相、市町村虐待防止ネットワーク、関
ては親との面接を行ない、定期的に児相
係児童福祉施設、あすなろ学園(主治医、
と連携しながら連絡会等を持ち、再発防
ケースマネージャー、分校、病棟担当、
止に努める。家族支援や児童の心のケア
臨床心理室担当、相談室担当)
に心がけること。場合によっては、家庭
子どもの治療1
*連絡調整/司会/進行:相談室
訪問にて支援継続。
*ケースバイケースにより、メンパー(関
b,施設の場合
係機関の中から〉と検討する。
・子どもの治療及びアドパイス:
b,内容:子どもの処遇について
主治医、臨床心理室が中心となる。
①子どもの様子(治療状況)
・親または保護者:原則的に児相に委ねる。
主治医、臨床心理室担当より治療状況
・関係機関との連携:関係機関がお互いの
報告
役割分担を決め、必要に応じ施設、学校
②分校教諭より教育の様子
訪問等を取り入れ、連絡会を持つ。
③病棟担当より治療結果、親または保護
c,退院後の外来通院している児童の予後調
者の報告(面会、面会外出、外泊等)
査
④親または保護者の様子…児相、地域
児相と協力して進める
虐待ネットワークより
⑤地域の動きについて…児相、市町村
児相からの相談に応じ、必要時処遇とし
虐待防止ネットワーク、相談室
てあすなろ学園を活用。
○児相による処遇の決定(a,b〉
a家庭復帰 b児童福祉施設入所
退院後、通院している児童養護施設入所
①退院後の関係機関の役割を協議し決
中、里親措置中の児童の中でトラウマ反応
める。
を呈している児童の調査等。
②今後予想される問題につき協議する。
一175一
関係機関(守秘義務者)とは
ア児童相談所(北勢・中勢・南勢志摩・伊
賀・南志児相及び県外児相)
イ県・市福祉事務所、保健所、市町村保健
センター
ウ市町村等(関係課、民生委員(主任児童
委員)〉
工教育委員会、幼稚園、保育所、学校
オ警察(生活安全課、刑事課、サポートセ
ンター)
カ
医療機関
キ
児童福祉施設
ク
家庭裁判所
ケ
社会復帰施設、作業所等
コ
各地域の虐待防止ネットワーク
サ
その他
一176一
禦
杣
℃、
幽
辺
八
1「、
ト
e
ぐロ
馨
陣
ノ
鍾
K奮
hゆ
櫓
e
製
継
向
ノ
禰
刃
ゆ
樋
製
釦
馨
瞳
e
Ω
誕
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£
田る
刃
二
層
も
鍾
K
I
bゆ
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但
樋
如
褒
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型
騒
ノ
o
P
畑
櫓
煕
態
魍
翠
e
娯
欄
並
燗
虫
ゆ
臼
栓
褒
蝶
鰹
偲
蝋
喋肛
舵
腫鰹
e
図誌e
oe駅
臣漫廻
o煮冒
壕総
藻誰
r嘩
綴紹Kn脚福
魑想向。鰹
リム伍
燃’丹
L迷
ゆ誕
卜e
蒙申
想!
距ト」
騒ε譲襲
,く艇
縦如
偲迷
e纒
鰯トト傘匝闇鞭
繁二
騒畷
.染
畑卯
照縮
鍾迷
oへ」
蝿糊
於駅
頼.
e灘
轍糧
翠中
爆
襲
謬
K
蕨P〉
刃誕
私並
心P
誕撫
刃匝
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騨唆
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Ω刃
幅
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⑩
鱒.
顯鰹鰹
瞭遜11i撮懸K
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霞
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ノ
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図
3λ
1
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矧
醸
…177一
湘
鰹
迷
禰題
灘臨
懸ゆ 陶
.徊 固
に裳 e
図製想 翼
oe畑翠漕
臣壕駅鄭匝
o鯉ee<ロ
榊 碑
綴戸ゆ
ゆ
迷くロ稲
勾遡想
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図鯉K誌β
oet)ee
目燦剛く楠
o襲e胆層
綴
く紅
榊
懸
認
恒
臭
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櫓
掴
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旧
デ
蝋
回
e
匝
くロ
鰺※
鍾
噸匝闇鰻ぐe龍題
萎纈遜e驕運
闇瀬
畑唄
叙
懸騒
財
聚瞳
図
寝
漢
e
N鰹
1似
暦湘
累櫻
炭嘩
一178一
別紙2−1
(様式1)
よみがな
カルテ番号
性別___
児相___.
児相担当
磁
相談室担当…、_
D r,
,措置決定日_
確認事項
櫻
、 もら
主訴=口虐徒_旦鯉 虐待=一_工胚明
種別」コ身箆」一上
質・外泊・電話の制限を必要とする理由・根拠
面会」コ弼可 相手:口父」コ母」コ父母幽L〔一
形式=□1
ロ賛
□ なろ 胤筒 □1 のみ
脚互[工胚可 外出=旦鋤口墨」コ父量以一 .ユ
外泊先:亘自皇」一
一 外泊時の条件
重話」コ亘=堕 相手:一
ひと月に可能な金額
ム金一」コ塞
□ □ ’
より
円
強制的な引取り等への対応について
□法28条、33条等を視野に入れる
□法28条、33条等を視野に入れない
□児童相談所が必ず同席する
□あすなろ学園のみで対応する
退院後の処遇方針について(見込み)
□出 り □1 冒 … 甲
その他
確認年月日=H年月日
臨
§刃
相談室確認者名____
病櫨職量確認煮名___
一179…
別紙2−2
2
ユ
相手変更1
形式変更1
□児相職員同席
口あすなろ職員同席
□児童のみ
面会変更年月日1
旦虻工互亜_ 相手変更2 □父量墨」コ父型麹L_一.
形式変更2 □児相職員同席
□あすなろ職員同席
□児童のみ
面会変更年月日2
口亘L皿 外泊先変更1 口噛皇」コその盤L_____
外泊の条件変更1
外泊変更年月日1
旦塑_ 外泊先変更2 旦自皇皿
外泊の条件変更2
外泊変更年月目2
口可皿 電話番号変更1 □父
口父 ’
1
電話変更年月日1
口回Lエヱ随L 電話番号変更2 □父
□父 ’
電話変更年月日2
確認年月日= H 年 月 日
霞
…刃
閾 讐刃
一180一
⊥
別紙3
子どものトラウマ行動チェックリスト(AC日レR〉
一__._ユ
塑甦
(主治医:
病棟:
担i当:
)
チ
者( )
z
望
相談室用
カ
馨 によ
喫 る
鵠 契
係
開
注
意
自
儒
ぺ
多
の
校
不
動
欠
如
希 反
感
学
適
応
の
問
題
情 性
の 的
抑 逸
制 脱
\ 行
抑 為
死 盤
感
食 惰
欲 調
固 整
執 障
念 筑
慮 的
\ 逸
自 脱
縫裏
ぼ
害
職員などの大入の怒りをかうような雷動がみられる
遊びや趣味などで夢中になれるものがない
三 .放火や妻火(火遊び)がある.
4
パユックをおこした時などに自分の持ち物を破いたり壊したりす
互
大人や年長者に対して挑発的な態度をとる
る
互
悲しい時に無表情である
7
学用品などの物をよくなくす
重
イライラする
2
大暴れをして物を壊したり、人に殴りかかったりするなどのいわ
ゆる「パ三ツク状態」になる
並
刀
薫
他の子と年齢に不相応な性的かかわりがある
かっあげをしている
落ち着きがない
自分を誇示するような書動がある
14
カッターで腕を切るなどのセをフカット(リストカット)がある
年少の子どもに対して、威圧的な態度をとる
17
将来の夢が全く持てない
18
万引きをする
19
「どうせ自分なんか…」などと自己を卑下したようなことを書う
20
食べ物に執着する
⋮⋮薯⋮
/6
⋮⋮
感じる
⋮≡⋮
この子が身体接触を求めてくる時、どこか「性的ニュアンス」を
■甲.,:,,,り・,,lP監
15
ξ1
13
…
否定的な感情の表現(悲しい・腹が立つ塗ど)がない
22
何事にっけても自信がない
超
輿奮したときに自分の頭を壁にぶつげるなど、自分の身体を痛め
つける行為をする
24
悪夢をみる
25
生まれてこなければよかったなどと口にする
26
「どうせ大人は∼」と、大人への不信感を口にする
27
葭分で自分の身体を殴る
電軍
21
蓼
=
28 .常におやつを求めている
29
喫煙する
30
朝起きられない
31
スポーツや趣味で得意だったり、自信を持っていることがない
32
他の子と性的な遊びをする
多動でじ2としていることができない
34
感情が表情に表れない
35
職員や他の子どもからの金品の持ち出しがある
…
…
i
「死にたい」ともらす
37
大人の心を傷つける書動がある
38
異性の身体にべタベタ触れたがる
39
不登校の傾向がある
40
泣かない
41
強者に対する態度と弱者に対する態度が極端に異なる
42
学校で居眠りをしている
43
過食がある
44
年齢に比ぺて性的な事柄に対する関心が高い
45
無断欠席が多い
46
肯定的な感情の表現(うれしい、たのしいなど)がない
47
大入に対して反抗的な態度を示す
48
大量に服薬する
49
昼夜逆転である
50
人の神経を逆なでする
51
衝動的に行動してしまう
52
無断外泊がある
53
勉強で何か得意な分野や自信を持っているものがまったくない
54
怒りをもつと大暴れをする
55
注意の集中ができない
8
台計
一181一
i圏
36
⋮葦 ⋮i
33
…
…
毫
危
機
項
目
別紙4 家族をめぐる状況 (様式5〉
家族には必ず複数回面接を行なう。2度副こは、1度目に会っただけの印象と全く異なることがしばし
ぱある。(チェック日 年 月 日 相談室担当者= )
3
4
A家族が育児の
相談に拒否的
□介入に対して
脅す、すごむ
B家族が麗力を
望んでいるか
C家族の病理性
□言うことが支
離滅裂
□精神分裂病が
疑われる
□他のきょうだ
いに虐待の
既往
1
2
□意欲に欠ける
口急に予定変更
□両親とも拒否
□次回の約束が
できない
ロー方の親が強
□他人事のよう
□会うのをいつ
も嫌がる
□悩む様子がみ
られない
口聞き出さない
限り自分から
言わない
□反論ぱかりで
話し合いが困
難
□虚言が多い
□両親のいずれ
かに養育能力
の低下
(精榊轄など〉
□容易に被害的
猜疑的になる
□泣くか黙るか
で話しが進ま
ない
□親がギヤンブ
□貧困家庭
口多人数きょう
□反社会的傾向
ロアルコール乱
用
口対人関係が極
度に不安定
□痛癩を抑えら
れない
□自殺の既往
ロボーっとして
何も分からな
く拒否
□面接の約束を
守らない
□暴力を容認す
る家庭の雰囲気
い
□両親のいずれ
かに虐待の
既往
D経淵犬態
□多額の借金
ロサラ金
ル好き
□失業状態
□再婚/離婚を
E両親の関係
繰り返す
口妻に暴力を振
るう夫
□絶え間ない喧
嘩
□若年離婚
だい
口浮気、不倫が
あった
ロー方の親のみ
家族を支える基盤
4
Aキーパーソン
B地域との関わ
り
□頻回の転居
3
2
密室状態
周囲との交流
全くなし
□父母の両
きょうだ
近くにい
駆け落ち
家出
□喧嘩状態
人の存在
□多問題地
一182…
1
□親戚は近くに
いるが友人が
ない
□大都会
□大集合団地
別紙5−1
あすなろ学園における被虐待児童の治療の流れ
1.入院決定まで
!※当園医師への相談
!’
コ
児童相談所(1)
(各児相に月1回派遣)
,亭・
※中央児相の精神科医師に相談
…
(各児相及び各県民局へ月に1
回∼2回派遣)
…
…
通缶i
…
…
…
あすなろ学園(2)
1/廊
愈
A
.}頃剛∼
\
\\
\
l l
ヤ ノ
\子どものこころの相談室ノ
\ 〆/
\ 『桶,㌔鳥【■r単噂 ・囲’
慕 情報収集(3)
ノ
児童相談所
○○○ ○○ ○ ○○○◎
家弁警タ保児童民保福学医児
庭護察1健童委生C祉校療童
裁士 所福員・W事・機相
判 所
・祉)児・務保関談所
市施 童母所育 町設 委子(所
村・ 員相家・
保里 ()児幼
主 健親 相稚
セ 任 ・園
ン 児 生
本児・児童相談所
1.
外来診察(4),
1「
一一」
保護者・児童相談所
※入院治療についてのi説明
コ
再統含に向けて 1
_3
入院治療検討会議(5)
※虐待ケースとしての児相との共通認識
※保護者のワォロー、医療的介入の有無の検討
※CMが決定する
※保護者の児童こ対ずる評価
一183一
別紙5−2
2.
入院2ヶ月まで
入院決定 児童相談所
栄入院漣意についての再確認
楽約束ご、とについて
※入院幸続き等
!〆一 、\\
/※行動観察 \
’遡ミトラウコジ鉱∫実施
入院アセスメント会議(2W) i
諮煕胤1五] 醐・向れ1コ
※保護者に対する児童の評価の変化
※合同面接の可否
児相との検討会議
!!“ 瞥㌦、、\
/※病棟カンファレンス\
/ \
※分校への紹介 \
l l
\ ※分校登校 ノ
\\※原籍校との引継ぎ会〆、ノ
⋮1
ヤヘ ノノ
N∼、馬. 一“_ノ
入院2ケ月(8)
r
児相・関係機関・関係者との会議 i
し
以褒、屍購的に1ケ篤∼3ケ月毎に実施
ぜザリ へん
グ ペ
ノ〆 ∼\
/※心理テスト \
/
\
※心理治療 ノ…醐…艇r
\\
\※SST(3M∼4珍ノ 刷
._.!!〆 ※合同面接の評価
\_.
※面接・外出の可否
2
一184一
別紙5−3
4. 退院後
退院 →
”。一、
児童相談所
んしκ‘
ぐ ヤ
ワ
i※※ii誉i
1※i
i婁li 1
i諜!
l・l
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巖i
段i
_ L」
※
当
園
医
師
が
兼
務
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§
瞳親l
l養l
l翻
1設l
l l
ミ と
i復
i帰
』_」
外来通院
関係者会議
中
断
※外来通院状況の確認
※医師・カルテ
訪問
○○○○
そ児学家
の童校庭
の
○○○Oi
関児保本i
i係相護人i
i※児童相談所とともに
他福
祉
施
設
等
関係機関による会議
1
機へ者へi
関のへのi
へ連の連i
ロ
の絡連絡i
じ
連 絡 i
ロ
絡 i
レ
3
,
4
}順爾内陶隔陶_剛闇嘲角角貞』
r
l再統1合に向1蕉
3
※保護者、児童の状態により、面会、外泊・再統合への意見を伝える。
一185一
lV心理治療
る。その際、被虐待児の自我レベルと、
セラピストとの関わりで支えられる
入院している被虐待児への心理治療の
レベルを考慮しながら、再現の内容を
目標は、パーマン、ギル、西澤等が述べ
被虐待児自身が自分でコントロール
ているように、被虐待児がトラウマに関
できるように、タイミングやペースに
連した認知、感情、記憶などを意識的に
注意を払って進めていくように心が
統合することにあり、心理治療のなかで
けていかなけれぱならない。
情や情緒の解放を促し、この繰り返しを
③上盤匿成
被虐待児の体験をつなぎ合わせて
するなかで、体験を新しく意味づけるこ
肯定的に自分を捉えるように、物語構
とによりトラウマヘの癒しや回復をはか
成的なアプローチを試み、1つの語り
ることにある、と考える。トラウマは言
(a narative)へと置き換えていく
語で想起できる記憶としてよりも感情面
ことが要求されてくる。体験を新しく
や情緒面に刻み込まれている、という認
意味づけることになるが、被虐待児が
識によるものである。そして、目標に向
自分で自分にとっての意味を見出す
けての共同作業が被虐待児とセラピスト
ことが必要であり、セラピストが被虐
との信頼関係(治療的関係)によってな
待児の体験を意味づけるのではなく、
されるものであるが、トラウマヘの癒し
被虐待児が認識できるように心がけ
や回復は時間がかかるであろうし、トラ
ていかなけれぱならない。
トラウマとなった出来事を再体験し、感
ウマのコントロールの主体は被虐待児自
身にある、という心構えを持つことが大
現実の適応的な人間関係の学習の
切と考えている。
必要性や悲嘆の仕事の援助をするよ
うにはたらきかけていくことが要求
される
ただし、①∼④がどのようなペースで
虐待的人間関係や限界吟味や安全
どのくらい時間をかけながら進んでいく
感への対応をしていく。そして、保護
かは、個々のケースによって異なる。そ
された、安全な心理治療の枠組みを設
れは、子どもの年齢、生育歴、自我強度、
定していく
そしてどのような虐待をどのような形で
どのぐらい受けてきたか…といったこと
が、一人一人異なっているためである。
体験の再現を再現にのみで終わら
よって、心理治療はあくまでも子どもの
せることなく、感情や情緒の解放を促
ペースに寄り添いながら進めていくこと
す中で、体験を直視し、見直し、取り
が重要となる。
扱う、といった治療的介入の必要があ
なお、あすなろ学園における近年の傾
一186一
向としては、入院後3ヶ月前後で心理治
予想される。前述したとおり、心理治療
療の依頼がなされることが多い。これは、
の展開が子どものペースに寄り添ったも
入院後はまず生活の場である病棟に慣れ
のであることが重要であるように、心理
ること、安心感をもてるようになること
治療の終結についても、処遇の時期や親
を優先させていることによると考えられ
からのアプローチとは別箇に、子どもの
る。また、外来におげる通院治療の有無
心理状態を優先して考えていく必要があ
やその期間によっても、入院後の心理治
る。
療依頼の時期は異なってくるものと思わ
れる。主治医から依頼される心理治療の
治療目標としては、「安定した対人関係
づくり」、それを基盤とした「自己イメー
虐待の種類、内容、侵襲の程度、年齢、
ジの修正」「外傷体験の整理」が、最近で
発達段階等を考慮し、遊戯療法、箱庭療
は主となっている。
法、絵画療法、コラージュ療法、認知療
法、認知行動療法、心理教育、精神分析
的精神療法等の手法を用いての治療が考
被虐待児の心理的援助は、長期にわた
えられる。トラウマヘの癒しや回復過程
るものと考えられるが、入院期間の短期
の状況をみながら、非言語的アプローチ、
化にともない、癒しや回復過程が必ずし
言語的アプローチを織り交ぜて行うこと
も上述の①∼④のように入院期間中に進
が考えられる。トラウマヘの直面、いわ
むとは言い難い。退院という現実的な要
ばどのように封印されたモノを開けてい
請により、入院期間中における心理治療
くか、どのように物語を構成していくか、
は、癒しや回復過程の途中で終了となる
等についてはいろいろな手法が紹介され
ことが予想される。退院後の心理治療は、
ているが、慎重に技法を取り入れていか
他機関の特性によって継続にもなれぱ、
なけれぱならない、と考える。
終了ともなる。退院後の受け入れ先(処
遇先)で被虐待児のケア、すなわち心理
(*各手法の詳細については、7〉を参
照)
的援助が行われる状況であれぱ、入院期
間中における心理治療は受け入れ先へと
連続性を持たせることが可能になってく
とりわけ心理治療初期における虐待的
るものと考えられる。ただし、新たなる
人間関係が生じてきた時の治療構造の問
トラウマを生じさせないような配慮が必
題、さらには、心理治療が展開していく
要である。なお、家庭に戻った場合は、
際に生じる逆転移の問題とその処理につ
虐待者へのカウンセリングが継続しても
いて、症例検討会やスーパーヴィジョン
たれ、かつ何よりも、家での安心感、安
を通じて解消していかなけれぱならない。
全性が確立されていなけれぱ、被虐待児
セラピストが一人で抱え込まないように、
への心理治療は危険なものになることが
そして客観的な距離を保つことができる
一187一
ような援助体制が必要不可欠である。
けてきたか…といったことがそれぞれ
異なるためであることはもちろん、心
の作業がどのようなペースでどのよう
・病棟との連携
な形ですすんでいくかが、一人一入異
5)で述べているように、心理治療の
なっているからである。心理治療は、
初期において、治療同盟が成立しにくい
その子どものペースに寄り添いながら
とき、言い換えれぱ、安全で安心な治療
進めていくことが重要となる。
構造が構築しにくいときに、定期的な症
いずれも、時間と場所と対象を明確に
例検討会まで待てない場合は、セラピス
構造化(制限)することで、現実(生
トが心理治療の経過や被虐待児の心理状
活の場)と架空(治療場面〉との区別
態を病棟に伝え、心理治療上の障害を克
を明確にしている。それでも被虐待児
服していく。
はアクティングアウトに至りやすく、
・症例検討会を通じて
それだけに部署連携を要する。
被虐待児の心理状態を関係者間で共有
し、被虐待児が示す言動に巻き込まれる
A 言語的治療(面接)=
ことなく、対人関係面に現れる行動を理
次の条件に該当するときが有効
解するとともに、セラピストは、スーパ
児童に、明確に治療すべき症状があ
ーヴァイザーによるスーパーヴァイズを
る、または児童がそれを口にして表
通じて、被虐待児が示す転移反応やセラ
ピスト側の逆転移を理解するように努め、
現できる
比較的年齢が上の学年(少なくとも
それらが心理治療にどのように影響を与
小学高学年、普通は中学生後半から)
えているのか注意していく必要がある。
言語表出による力タルシスが重要で、
・他部署との連携
それが期待できる
退院に向けての処遇検討会へ参加し、
①非指示的療法…傾聴と共感を手が
心理治療の経過を説明する。また、受け
かりにして、児童の会話の自由な流
入れ先(処遇先)への説明も必要があれ
れと気づきによる自己整理(内的調
ぱ行う。
和)を尊重する。同時にそのような
課程を辿る児童自身を(治療者に)
無条件に肯定されている安心感の中
・心理治療の手法は下記のとおり様々で
ある。そのうちどの手法を用いるかは
(あるいは、どの手法をどのように組
で、情緒的豊かさを獲得する。
②深層心理的接近…現実の場面に症
状や行動となって向けられている、
み合わせて用いるかは)、個々のケース
児童の非現実的な感情(親への怒り
によって異なる。それは、子どもの年
齢、性別、生育歴、症状(あるいは問
や悲しみ)一転移一を、児童の言動
をもとに(解釈することによって)
題行動〉、どのような虐待をどの程度う
治療者が表面化と自覚化させる。そ
一188一
の際に現れる治療者に対する諸々の
び、ごっこ遊び、体操等
感情態度を繰り返し整理していく中
→・静的なもの:トランプ、TVゲーム、
で、抵抗を無効化していく。
粘土遊び、水遊び、人形遊互(被虐
↓
待児には効果的な材料ともされてい
あすなろの場合、年齢的にも症状的に
る)
も適用できるケースは少ない。むしろ下
②絵画療法…描画(あるいは錯画)行
記の非言語的治療の方が重視される内容
為を通して、自己表現うる喜びや力
になってくる。
タルシスを得られる。加えて、児童
が描いた絵を診ることで「心理査定」
B 非言語的治療(広義の遊戯療法〉:
の側面も有している。
次の条件に該当するときが有効
今自由画:紙面の制約・タイトル等
言語的交流が乏しい、もしくは言語
一切指定せず、思いのままに描か
能力が高くても逆に対話が散漫とし
せる
てしまって(これも一種の抵抗)要
→条件画:タイトルや色彩、あるい
領を得ない
児童に治療すべき明確な症状に乏し
い、または治療動機が漠然としてい
は治療者と共同で等、一定の条件
る
に対して、条件画はある程度治療
・比較的年齢が下の学年、そのために
が進展している時に、継続的に行
言語表現能力が育っていない
われることで、児童自身の内的整
対人関係の取り方を(遊び方等から)
理に至りやすい
観察する必要がある
→・⊇ラニ2’三療迭1厳密には「絵画
①(狭義の)遊戯療法…限定されるのを
療法」には入らない。ただ、絵画療
「時間と場所」、そしてルールは「自他
法よりは能動的関与度が低いので、
への危害と場所からの飛び出しとの禁
治療にかかる児童の負担(疲労)が
止」と最小限にとどめて、自由に遊び
少なくて済み、箱庭療法(下記)ぼ
や取り組みを児童に選択させ、振る舞
どは表現物が生々しくはなりにくい
うことを認める。自由な活動による感
ので、心的外傷を負った児童の治療
情発散を促し、情緒的な安定を築くこ
法としても有効と考えられる
とと、それを見守られる「大人との信
③箱庭療法…心理査定としても優れ
頼関係」の再構築を目的とする。厳密
ているが、継続的に実施するとかな
には「深層心理的接近」と「共感的関
り深層の葛藤や否定的感情(その大
与的接近」とに分けられる(主旨とし
部分は、怒りや恨みだが)の吐露と
ては上記の「言語的治療」と同義であ
内的整理に結びつきやすい。また、
る)
人形や動物、建造物に象徴されて表
今動的なもの1野球ごっこ、ボール遊
現されるため、児童がその意図に気
一189一
のもとに描かせる。自由画が治療
初期や取りかかりに向いているの
づきにくい
神状態が不安定(うつ、引きこもり状態〉
となり、保育園にも通えなくなり、母の
*なお、最近、西澤らによって提唱され
本児に対する身体的な虐待が始まる(家
ている手法である、「ポストトラウマ
庭環境との繋がりや原因は不明であるが、
ティックプレイ」(虐待体験の具体的、
本児2歳時に獲得した言語が一時消失)。
逐語的な再現を中核とし、それらをセ
本児が4歳になるころ、母は3度目の結
ラピストが介入的に引き出していく手
婚をした。継父は覚醒剤常習者で本児ら
法)を当院において初めて試みた事例
に暴力を振るうことが多かった。本児が
があるので、以下に示す。
5歳時に異父妹が出生、6歳時に母が3
ただし、この事例は、後述するように
人の子どもを連れて家をでたが、母によ
担当セラピストの転勤によりポストト
る身体的な虐待は続いていた。
ラウマティックプレイを用いての心理
7歳時(HX−2年度〉、本児が「父のと
治療は中断となっており、現在は別の
ころへ行きたい」と言う。父も同意した
セラピストによる心理治療が継続中で
ため、HX−1年5月、母が○○市に引越
ある。よって、この手法の効果につい
しをする際に本児を預けようとするが、
ては現時点では言及できない。また、
父が当日に翻意、母は無理矢理父に本児
この手法の適用については注意が必要
を預けた。1ヶ月後、父が本児を母の家
であり、それについては8)に記して
の近隣に放置、母は翌日父宅に送り返し
おくので参照されたい。
た。父は食事と衣服だけ与えるだけの養
育を続け、9月には不登校となった。10
ツヨシ
月16日、本児が深夜に一人で騒いでいる
初診時年齢 7歳9ヶ月
のを隣人が学校に通報、2日後○○児童
主訴:母、継父からの身体的虐待
相談所に一時保護となり、翌HX年4月i
父からのネグレクト
日あすなろ学園に入院となった(1度目〉。
診断名:
1度目の入院期間は1年間。大人への
F92 行為・情緒の混合性障害
Z61.6 身体的虐待
Z62.0親の不適切な監督及び管理
不信感、親の話題を避けることはあった
が、2ヶ月後には軽減し困った時は大人
に頼るようになっていく。遊びの中で「殺
してやる」と言うことはあったが行動化
生育歴
はなく、被虐待児に特徴的な過度な依存、
母、姉、本児、妹の4人家族。母と姉
振りまわし、拒否などはあらわれず、愛
妹は母方祖父母の家に同居中。母には3
着関係の希薄さだけが目立っていた。
度の結婚・離婚歴があり、それぞれの夫
HX+1年4月には退院し、児童養護施
との間に1人づつの子どもがいる。本児
設に入所。外来フォローをしてきたが、
は2人目の夫との間に生まれている。生
年度後半になってフラッシュバック様の
後1年で両親が離婚、2歳頃より母の精
暴言暴力が無差別になり、心理療法を開
一190一
始。しかし、行動化は頻回になるぱかり
ントロールする。負ける=侵襲に耐えら
であるため、HX+2.8.17に2度目
れないことがあらわれている。片づけが
の入院となった。
できないばかりか、それを妨害するよう
に散らかしている。それでも片付けには
家族歴
応じている。
母: 3人兄弟の末子。子どもの時には
#6∼9(X+2年1月∼X+2年2月)
身体的暴力を受けていたという。非行暦
#6の箱庭には「自衛隊」と言いなが
があり、17歳の時に初婚、3度の離婚暦
ら兵器を並べ、敵にインディアン、それ
がある。本児の入院をきっかけにして精
が無くなると猛獣を並べる。淡々と並べ
神科通院、カウンセリングを受け、現在
る。多少のズルはあるが、セラピストを
は仕事、生活も安定している。
操作する言動は無い。
父: 詳細は不明。
#10∼15(X+2年2月∼X+2年4
異父姉:ツヨシの4才年長。小5よりぐ
月)
犯行為があり、児童相談所が関わってい
#10は2週間ぶりとあって表情が硬
る。中学卒業前の約1年間児童自立支援
い。#1∼5でみられたように、セラピス
施設に入所していた。適応は良かったと
トを脅し、自分の思い通りにしようとす
のこと。
る事が再発し、物を投げつけたり、暴言
異父妹:ツiヨシの5才下。 母と同居中
をするなど直接的に攻撃が出始める。
母方祖父母1母との関係はけして良くな
「負けは絶対に認めない!」という発言
いが、X+1年度より母らと同居。祖父は
もある。より片付けが困難となり、セラ
アルコール依存で飲むと母に暴力を振る
ピストに任せたり、勝手に部屋から出て
った
いく。
伯父: 近所に住んでいる。アルコール
#壌6∼22 (X+2年5月∼X+2年
依存 祖父との関係が悪い。
7月〉
伯母:近所に住んでいる。母親にとって
ゲーム中、多少のズルはあるが、セラ
キーパーソン。
ピストを挑発するような言動は少なく、
「先生わかってないな∼J「(本児が有利
女性セラピストとの心理療法
なため)良いゲームにしよう」と譲った
#1∼5(X+1年12月∼X+2年1
り、相手の立場に立った言動がみられる。
月)
片付けもある程度できる。
#1非常に表情も固く、感情も平坦で、
プレイでは落ち着いてはいるが、生活
攻撃性も出なけれぱ、快感情も表出しな
場面では 教室からの飛び出し、暴言が
い。#2からはゲームを導入。自分が勝
頻回となっている。
つためにルールを自分流に変えたり、ズ
#23∼24(X+2年7月)
ルをする。それでも勝てないと「そこに
、ぷたたびセラピストに対して攻撃的な
置いたらキレるでな」と言葉で相手をコ
関わり方をするようになる。攻撃性の発
一191一
露に対してセラピストからの注意をする
形で、2名のセラピストによる2種類の
と、暴言、飛び出しをし、プレイの枠が
心理療法を進めていくことにした。加え
守られなくなる。
て病棟担当者とは、療法過程一病棟生活
X+2年8月 入院
での相互の関連を確かめて、アクティン
X+2年11月からのプレイ。合計7回の
グアウトに迅速に対応できるよう、日々
セッシ…ヨン
の情報交換を密に心がけた。
後述のポストトラウマティックプレイ
と同時並行で進む。病棟生活で慣れてき
ポストトラウマティックプレイの経過
た頃から暴言、暴力などが頻発していた。
#1(X+2年10月)
プレイでのズルなど悪いところを自分
はじめてのパンチングルーム。聞いて
で指摘したり、”暴言をするとやった一と
いた情報(通園中に大荒れしてプレイを
いう気持ちになる”などと内面的な話し
中断させた)とは大違いで、緊張してかつ
も出きるようになるが、プレーのズルは
素直な印象。試しに「入院前に隣りの部屋
相変わらず。プレイ開始時よりあった片
で大荒れしたそうやんか…」と向けると、
“何かムカツいた…別に(担当の女性τh
付けの問題は相変わらず。最終セッショ
ンでは、途中までは楽しそうに話をする
に対して)何かあった訳じゃない”と答え
が、ゲームの片付けを拒み、セラピスト
る。
が病棟まで追いかけたことからテンショ
初のパンチングの割には、ストレート
ンが上がり、セラピストに暴力。他職員
にパンチがよく出て、抑制された感じや
に取り押さえられながら暴言、目からは
歪んだ印象は受けず。「サンドバックに誰
涙。
かの顔を見て」と促すと、“いいの?”と
ポストトラウマティックプレイ(X+2年
やや罪障めいた表情で訊いてくる。「この
10月 開始)
部屋の中でだったら、構わんよ…」と軽く
男性セラピストが担当。
答えると、真剣になって入院中の他児を
1/2wの療法回数とすることにし、経
2名ぱかり挙げている。冷静なのかと思
過を見ながら頻度は検討する見込みとし
える程にパンチの位置を外さない。
た。また、ツヨシの場合、女性セラピス
*施の印象:攻撃性や憎悪の触発されや
トとは、おそらく母親転移からくる再上
すさは高そうだが、殊の外歪んだと言
演を来たした経緯があると疑われ、修正
うか、攻撃性自体が汚染された感じは
的対人関係をツヨシが獲得し直すために
受けず。
も、女性セラピストとの心理療法的な関
#2(X+2年11月)
係は抜きにできないと考えた。そこで、
入室するなり、勇んでグラブを手にす
挿間する葉/2wに、女性セラピストと
る。最初から全力でThに挑んでくる。Th
の共感的接近を中心にした心理療法を継
もミットをグラブに替えて迎えると、汗
続し、相互に情報交換をこまめにしつつ、
を流して大声を上げて、壁際に追い詰め
主治医の総合的な目を方針の基軸とする
たThにも何とかパンチをヒットさせよ
一192一
うと必死でやっている。『目がすわった』
ったプレゼント「サイバーショット」も使
感じが顕著。
う。昨日このことはThからツヨシに伝え
*Thの印象:この時点で、rゲームとし
てあり、また主治医に乾電池を入れても
ての攻撃性譲は『投影を伴なった怒り:
らったこともあり、とても嬉しそうにや
投影』に転化したようの思える。軽い
ってくる。‘‘これはこうやって使うんや
解離様の印象を受ける。
で”とか“このボタンがきくんさ”等、
*攻撃性の病棟への持ち込み(一種のア
Thに説明をしてくる。マット・椅子等で
クトアウト)を懸念したので、「グラブ
場をセットし開始。寝転がったり、陰に
をはめ、双方のグラブを合わせる動作
隠れて撃ってきたりと、西部劇かアニメ
を、開始と終了の合図」にし、「グラブ
になりきった振る舞いである。途中Th
を外すと、いつもの本児になった」とリ
にガンを撃ち続けるような逸脱はあるも
フレーミング。
のの、決してThへの直接攻撃になったり、
#3(X+2年12月)
物の破壊等はない。
前回はThの出張のため抜ける。そのた
センサーの調子が悪かったり、ボタン
めか待ち遠しい感じで、さっさとグラブ
の入れ間違い等で、Thが修理する場面が
をはめて対戦を挑んでくる。今回は『目
2∼3回程あったが、その時本児は必ずさ
のすわった』ところはなく、かなり計算
りげなくThの横にくっ付いてきては、動
されたパンチで執拗にかかってくる。
作をじっと見つめていたり、自分も手伝
試しに「一番憎い人をイメージしてみ
おうとしている。このような場面での疎
たら?」と調子に乗せてみると、“○○
通はとてもよい(補助を促すと素直に応
だ”とパンチに手を緩めない。汗だくに
じたり、返事もハイが多い〉。
なり息が上がってきた頃に休憩。「(本児
*Thの印象:幼稚園年中前後の男児の、
は)パンチもあるし、狙いもいい…『みど
大人男性との関わり方に類似した印象
ころ』があるなあ…3と伝えると、帰り際
を受ける。つまり身体を通してのイメ
に“ボクって本当にみどころがあるの?”
ージ遊び、その時の自分を凌駕する身
と繰り返し尋ねてくる。
体性を持つ大人への投入が、本児の課
*Thの印象:本児にしてみれぱ、攻撃性
題であり、同時に蹟きになっている感
を(特に他者に向けて)露わにして、それ
じを受ける。換言すれぱ、この時期に
でいて『みどころがある』と言われたの
適切な「同性大人への投入ができず」不
は意外だった様子。と言うか、『自分の攻
適切な「身体性を持つ大人が入り込ん
撃性濫他者からの否定=どうしようもな
でしまった」か、あるいは身体を通して
い自分』の図式が強く内面化されている
のイメージ体験そのものを封じ込めら
感じを受ける。
れてしまった(それは「枠にはめる・支
#4(X+3年1月)
配する」ことに具現化される、大入から
事前に主治医からThに話しがあり、今
の関与であろうか?)か、のいずれが本
回はツヨシがXmasで母親に買ってもら
児の発達阻害の要因になっているよう
一193一
に考えられる。
握手。「最後は、ケガ人も多く出たけど、
*遊んだ感想を「主治医と母親に」伝えて
和解やな」と伝えると、ニヤッっと笑って
おくように、話しておく。
“次も勝負やな…”と答えている。
#5(X+3年1月〉
*遊んだ感想を「主治医と母親に」伝えて
すっきりした坊主頭になっている。前
おくように、話しておく。
回同様サイバーシ避ットを始めるが、10
数分だけ楽しそうにやった後、“(刀で)
この後、男性セラピストおよび女性セ
戦いをしたい”と言う。本児にしては珍
ラピストの転勤に伴い、プレイは一時中
しい要求だと思ったので了承して、玩具
断。X+3年4月より、別の男性セラピ
倉庫へ行こうとすると“一緒に行って見
ストによるプレイ開始、現在継続中。
たい”と言う。本来この部屋は児童が立
ち入ることは好ましくないと考えていた
<ポストトラウマティックプレイにおけ
が、このような他愛もない好奇心をおそ
る治療的侵襲の観点について>
らく制止されることで、かえって不適切
最初から怒りや攻撃性を引き出すこと
な悪循環を他者と起こしていたとも思っ
に焦点を当て、やりとりや関係性の歪み
たので、入室を認める。それだけで(禁止
に介入する試みである。「侵襲された体
されなかった)満足したのだろうか?物
験」にあえて乗っかり、それを修正的に
色したり出室を拒むこともなく、Thの促
味付けすると言う、ひとつの『治療的侵
しにそのまま応じている。
襲』である。身体的虐待や心理的虐待に
刀とバット(本児は“棍棒卵と言う)を
代表されるものの一部には適用が可能だ
持ってくる。相当真剣に戦いを挑んでく
と思われる。引き出された攻撃性や怒り
る。形相は必死、何とか勝とうとカー杯
が、保護者である「虐待親」と言うイメー
振り回すし、目もすわっている(通常の女
ジを伴って表現されるようになってから
性なら、怖さを覚えたり、根を上げて口
が、中核的な心理療法になっていくのだ
頭で注意してしまう位の激しさである
ろう。
…)。何度も斬り付けてきて、とどめの一
*この手法の適用の条件および注意点
撃も忘れない。このままだと、収拾が付
①積極的に否定的で侵襲された内容を
かない終わり方になると思ったので、Th
介入的に引き出すと言うことは、ア
の方で斬られた部位を「あ、右手がなくな
クティングアウトも通常の心理療法
った」「胴だけになってしまった」等、本児
よりもリスクとして大きい。よって、
の行為と結果を結び付けるように意味付
この手法を用いるには、ム魍
けをしてみると、“手足を斬ったから、最
条住麩煎提となる。
後はここで一撃だ”と区切りができるよ
②この方法および治療的侵襲の考え方は、
うになる。
終了は相討ちして、両者が床に伏して、
上一子ども達に
そろっと立ち上がって、刀を鞘に収めて
トと言う体験を重篤にしている子どもの
適用できるわけではない 特にネグレク
一194一
場合、同じ怒りでも「自分が生きているこ
して生活できる場、実感の持てる場を提
とへの憤り」であったり、「存在すること
供していくことが援助の基本である。日
への絶望と、そんなことをどこかに抱か
常生活場面での職員と子どもの感情交流
ざるを得ないことへの自己破壊性」であ
を通して密接な信頼関係を築き、それを
るように感じられる。その意味では重い
維持していくことによって、子どもが心
ネグレクトが基底にあるケースの場合は
の傷を癒し、自立した社会人として成長
適用すべきではない。
していくための基盤ができるのである。
9〉退院基準について
ウ〉子どもにとって現状では当学園への
基本的には、心理治療において行動化
入院が必要という共通認識をもつべきで
が言語化に変わっていることを退院基準
ある。(被虐待児は、基本的な、信頼感の
とする。
欠如からも、きわめて対人関係の取り方
心理治療の展開でいえぱ、 第2段階
が不得意で、例外を除いては極度に緊張
「トラウマ体験の再演と感情や情緒の解
したり、不安感をもって入院してくるの
放」を終えた時点で退院が可となる。(そ
で、少しでもこの不安感を取り除けるか
の際、第3∼4段階は必要に応じて外来
が重要となる〉
でフォローしていくことになる)
エ)上記、(ア)(イ)(ウ)の入院治療を
継続するために、子どもとの信頼関係を
築くことは基本となる。入院1ヶ月は、
V 病棟生活
分校登校などの生活刺激を避け、保護的
ア)入院してきた被虐待児は、直前的な
な環境である病棟生活を基盤とし、職員
身体の外傷が治癒した後も、心理面、生
との1対1の関わりを中心に過ごしてい
育環境、分離体験等から生じる様々な課
る。
題を抱えていることが多い。その場合に
は職員や他児のもとで安定した関係を取
り結ぶことが難しく、自立した社会人と
して成長していくための障害となること
ア)子どもの状況
が指摘されている。(さまざまな要因に
①子どもに病気や障害など育てにくい
より停滞していた育ちを保障していくの
要因はなかったか
が自立支援の目的である)
②よく泣く子どもではなかったか
イ) 治療にあたっては、病院が従来から
③生まれてから親子分離した期間はな
持っている「治療」「受容」「支持」の機
かったか
能が基盤となる。起居を共にする中で、
イ)子どもに対する親の見方
学園が子どもを暖かく受け入れている場
①親はその子どもをどう思っているの
所であることを伝え(感じ)、職員が子ど
か
もの感情を否定的な感情も含めて支持し
②親が望まない子ども、性別ではなか
共感的に理解する中で、物心両面で安心
ったか
一195一
③他のきょうだいをどう思っているの
らいの頻度で起こっているのか。
か
キ)情報収集の着眼点
ウ)親の生活歴と人格
a.家族歴
①親の育った家庭はどのような家庭だ
虐待は、家族病理。3世代さかのぼっ
ったのか
て両親自身の生育歴を含めて情報収集す
②親の親や、きょうだいとの関係はど
る。現在の家族メンパー、家族の年齢、
うだったのか
③親自身が子ども時代に虐待を受けて
現在の職業、学歴、その人の性格、家族
いたことはなかったのか
達障害、てんかんなどの負因。非行歴や
の精神疾患、薬物依存、神経科疾患、発
④親が自分で認識している親自身の精
シンナー(または覚醒剤〉の使用の有無。
神状態や性格傾向はどのようなもの
アルコール飲酒の程度。両親の職業は具
か
体的に(仕事内容、勤務年数、地位、就
⑤親の発言や行動に不自然さはないか
労時間)。家事は誰がしているのか、両親
エ)夫婦関係
が家を空ける時があるのか、困った時に
①配偶者(内縁関係含む)に対して互
いにどういう感情をもっているのか
家族を援助してくれる人がいるのか、両
親の結婚のいきさつ、転居や転職、離婚・
②夫婦関係はどうか
再婚などの経歴がある場合は、その理由
③今までの結婚歴、男性/女性関係はど
や子どもが何歳の時なのかを確認しなが
うだったのか
④配偶者の子どもの態度を互いにどう
ら家族の歴史をたどることにより、家族
の全体像がみえてくる。
思っているのか
b、生育歴
オ)社会的状況
胎生期、周産期、乳児期、幼児期に分
①経済状況はどうか
けて、母子健康手帳を確認し、医学的情
②親の仕事と今までの職歴はどのよう
報や子どもが病気になったときの気持ち
について尋ねるとよい。出産前後の両親
なものか
③これまでに関係機関と接触を持った
の状況や子どもが生まれた時の両親の気
持ちも重要。両親の大変さや疲れなど感
ことがあるか
④住まいの状況はどのようなものか
情面に焦点をあてながら共感する。
⑤友人や近隣との関係はどうか
c,現病歴
カ)事件の内容
いつからどのような状況で問題が生じ
①「出来事」が起きた時の状況はどの
たのか、話ししたとおりに記録。「最近つ
ようなものだったか
らかったことはないか」「最近一番いや
②「出来事」を親はどうとらえている
だったことは何か」という内容から、徐々
のか
に中核的な問題にはいる。言葉での表現
③「出来事」のようなことは以前にも
が無理な子どもには、心理テスト(バウ
あったのか。あったとすれば、どのく
ムテスト、家族画)より情報を得る。
一196一
④信頼関係が進むにつれ、退行,過度の
依存性を助長するようになった場合
ア)病棟内での被虐待児の姿
や退院のめどがついた後の「別れの
①大人に対する迎合的な態度、また、
作業」を始める場合は、お互いの心
過度に丁寧な態度
の負担を軽減する為に
大人の顔色を絶えずうかがい、初対
医療チームでしっかり支えていく。
面の大人に対してもニコニコと親し
エ〉子ども担当職員の留意点
げな態度
②融通のきかない強迫的まじめさとい
①受容的・共感的な関わりが進むなか
じめや攻撃への無抵抗、無表情
護者へ陰性感情(怒り、憎悪、敵対
③突然の激しいパニックや自傷行為
心)から保護者を直接非難したりす
④勝つことへの強迫的なこだわり
ることは避ける。
⑤ 「食」に対する異常なこだわり
②子どもの心が次第に開けるにつれ、
⑥カのある大人に対する迎合的態度と、
攻撃的言動・周囲への迷惑行為が出
弱い存在への差別的眼差し
現したり、自己破壊的行為が表面化
⑦受容的な関わりへの「甘え」と、期
する場合があることを認識し、感情
待が裏切られたときの「怒り.1
的に振り回されないようにその都度、
⑧親密な関係性を築くことの困難性
自分自身を振り返ったり、余裕がな
⑨虐待行為の「ごっこ的」再現
けれぱ、医療チームに伝え、担当職
で、子どもに同一化してしまい、保
員を支えていく体制作りを必要とす
イ〉対応の原則
る(ひとりで抱え込まないこと)。
できるだけ子どもに新たな心的外傷体
③子どもの口から虐待の話しが語られ
験をさせず、病棟生活の場が安心感のも
たら、「途中で苦しくなったら無理
てる環境であることの保障
に言わなくいいから」と念押しした
ウ)子ども担当職員の役割
後で、「よく打ち明けてくれたね」と
①話し相手、遊び相手として子どもが
いうくらいで、その場は何も言わず
安心感・安全感を持てるような関わ
聴くだけにする。
りに心がけ、徐々に信頼関係を作っ
④子どもから「このことは誰にも言わ
ていく。
②可能であれぱ、入院したこと,親子が
ないで」と秘密の約束を持ちかけら
れた時は、約束し、記録には“極秘”
離れぱなれになった理由や意味を早
と記入し、病棟全体が気をつける。
い時期に繰り返し伝える。
オ〉保護者担当職員の役割
③関わりの中で、現実的な目標を設定
①距離をおいた関わりをし、安心感・
し、できるだけ誉め言葉をかけなが
安全感を与えるように接する。
ら、それを本人で成し遂げられるよ
②保護者との面会前後の子どもの変
うに援助する。
化・保護者の様子を詳細に観察し、
一197一
具体的に記録。
識のコントロールから離れているの
職員の目の届かないところで虐待に
で、自他ともに危険な状態である。そ
及ぶことがあるので注意する。
のため、自室での休息を促がす。しか
カ)その他の病棟職員の役割
し、暴力がひどく危険な場合は、保護
①職員は、子どもとの関わりのなか、
室に入室するときもある。
考えてもみなかった自分自身の感情
を表出する場合が多くみられる。そ
のためには、職員自身、自分の感情
「大丈夫だよ、安心して」などと言
に直面視できることが必要である。
葉をかけ、落ち着くまで待つ。そぱに
その職員を支援するために、スタッ
いて待つことは、子どもが見捨てられ
フからの理解と相互に助け合うチー
感や再トラウマ体験にならないため
ム体制が必要である。
にも重要なことである。
②虐待のケアは、スタッフからの治療
時には関わった職員も興奮してい
目的対する評価を得られて成り立っ
るので、職員自身も「落ち着いて」と
ている。
職員が、自らのケアに「達成の感覚」
言い続けることも必要となる。ゆっく
が築けるように、絶えずケアしたこ
待つ。
とに対してのフィードパックでき
る体制作りが必要である。
③杢塑言盤
③病棟責任者は、対応困難な被虐待児
り、誤解があったり、都合よく話すこ
やその家族を受け持っている職員へ
ともあるが、ここでは本人の考えや思
の支援体制の調整を行うことが必要
い、認識や行動パターンを把握するの
である。
が目的。
④職員自身、自分自身と親との関係を
アセスメントする必要がある。職員
「腹たった」「むかついた」という訴
も被虐待児の親からさまざまな影響
えに対して、「なるほど、それでは腹が
を受けるので、親との関係に問題が
立つよね」と聴いていくことが必要。
ある場合は、親の家族状況によるも
このことは、子どもに自分の感情を気
のか、それとも職員自身の状況によ
づくように促すと同時にパニックでは
るものか評価することが大切である。
ない感情の表現方法を探る行為となる。
りとした気持ちを保ちながらそぱで
一方的な言い分で、事実と異なった
④盛憧一
感情を言語化できない時は、職員がそ
の場の状況を汲み取り、子どもの感情
ア)パニック時の対処法
表出の補助的役割をする。
①至の場堕L
子どもは、興奮して物を投げつけた
⑤次にはどうする?
話しを聞く目的は、今後同じ行動を
り、人を殴ったりし、感情や行動が意
起こさないことが目的。「今後も叩く」
一198一
「ぶっ殺してやる」などという子ども
イ〉子ども同士の暴力時の対処方法
は、家庭内で同じ状況になっているこ
過去の体験が、安全な場所で「弱いもの
とが多く、自分の非を認めるとひどい
いじめ」という形で再現することがある。
めにあってきたので、正当化をする。
①職員が子ども同士の雰囲気に敏感に
このときは、「気持ちはわかるけど、や
なっておく。
り方はよくないね」「別の方法はない
②不満が暴力という形のなる前に、気
かな.1と一緒に考えていくことが必要。
持ちを整理し、解決策を一緒に考える。
⑥わかってもできない
③職員が日常的に子どもの意見や感情
同じ行動を繰り返しても徐々に行
の表現を奨励すると同時に、嫌なこと
動は改善される。職員の方が、無力感
を拒否することが可能な状況を保障
や絶望感に襲われるが、「わかってい
する。
るのに行動が出来ないのはなぜ?」と
ウ)子どもから過去の虐待体験を話した
子どもと一緒に考える。
時の聴く姿勢(留意点)
⑦全後の後一
「ごめんなさい」「悪かった」と言わ
①虐待体験を何度も同じ訴えで繰り返
すかもしれないが、心の中を整理す
せるのが目的ではない。暴言暴力を振
るために必要な作業であり、そのと
るった相手・周囲にいた子ども達・園
き繰り返し話すことに意味がある。
長先生や校長先生などの管理者に対
「もう聞いた」と言わず、受容的に
してどう後始末をするか一緒に考え
聴く。数ヵ月すると徐々に内容が変
る。後始末は、子どもができる方法で、
化する。時には、肯定的意味づけ
今後同じ問題を起こさないでおれる
をすることにより、変化が促進され
方法を見つける。
ることもある。
⑧ 卜2ブルの想』垂や£トラズル壁a墨囲.
②話しを聴く時は、「批判せず、ゆっく
り言い分を聴く」姿勢が原則。職員
且居食わせた子どもへの配盧
「叩かれて腹が立ったよね」「嫌な気
側がついつい話をしたくなるが、そ
がしたかもしれないけれど、○○さん
れは禁物。
も少しずつよくなるから、みんなで見
③日常生活の中で、運動や歌・絵画な
守ろう」とネガティブな感情をあえて
どを通して感情表現をすることも必
言語化し、かつ肯定的に言い直すこと
要。
が必要である。
④聴く側は、情緒的に混乱しがちにな
⑨z。一
ある職員がパニックを起こした子
るが、落ち着いて、謙虚に、素直に
どもに時間をかけて対応するので、そ
⑤話しの内容は聴くたびに違う内容の
の間他の子どもが放置されているこ
時もあるが全面的に信じること。
とを知り、職員同士の理解と柔軟な役
(話しを聴くたびに違う内容の時も
割分担が必要。
あるが)
一199一
聴く必要がある。
⑥虐待体験を入院当初から話しつづけ
られる。
る子どももいる。そのときは、受容
的に聴きながら職員側の受け止め方
としてはさらっと流す程度で感情移
ア)小学3年生 男児 父からの虐待
入をしすぎない。
入院時から職員への暴言、他児とのト
ラブルでの暴力が続発し注意を受けるこ
とが多かった。安全感・安心感の再学習、
トラウマワークで衝動性のコントロー
保護膜の再形成の必要性から、静養室に
ルができても、虐待の加害者や対人関が
移し、他児との関わりを無くし職員との
うまくいかない場合がある。これは対人
1対1の関わりを持たせた。職員との関
関係など社会生活の技能が未熟であるこ
わりが深くなるにつれて暴力が減少し笑
とからくる。子どもと楽しく遊ぶ方法や、
顔も見られるようになった。徐々に静養
やる気をもたせる誉め方、悪いことをし
室からの開放を増やし、療育活動参加や
た時の叱り方などを一緒に考えていく必
集団での外出、キャンプヘの参加など
要がある。
様々な体験をしていくなかで職員への暴
病棟におけるS S Tは、治療機関での
言も減少し他児への暴力もほとんど無く
集団指導として活動場面の構造化・同じ
なった。自分から、ここにいても良いな
課題の繰り返し・モデルの提供・言葉の
どの言葉が聞かれるようになり安全な場
評価や強化子などで活用されている。SST
所である感じられるようになったと思わ
を通して学んだことを実生活で汎化でき
れる。
ることが目的である。感情コント[コール
や社会性の未熟な子ども達には「対人関
イ)中学2年生 女児 母からの虐待
入院時はおとなしく、ぼとんど自分か
係スキルの獲得」「社会性スキルの獲得」
ら話をせず職員の問いかけに答えるのみ
を目的に、“嫌なことを言われた時どう
であった。病棟生活にも慣れているよう
するか”“喧嘩にならないためにはどう
に見えたが、他児と二人で離園する事件
するか”“自分の気持ちを相手に伝える”
があり病棟になじめなかったようである。
といった内容のロールプレーを行なって
担当が話を聴く機会を多くもち徐々に自
いる。ロールプレーを通して、自分の気
分から話をするようになった。担当との
持ちを言語化でき、相手に伝える、暴力
関係ができてくるにつれてわざと担当の
をしなくても別の方法があることを知ら
目の前で物に当たったり、暴言を言うよ
せていく。
うになった。その時に必ず「怒っている
SST導入時期の見極めとしては、入院
か、嫌っていないか」の確認をした。自
治療が継続し、自分の抱えている問題や
己イメージ・他者イメージの修正、問題
感情を職員に表出し、話しができるよう
行動の理解と修正の観点から、職員は怒
になるときがある。その時期をSST導入
っていないし嫌ってはいない、素直で良
の判断時期とすることにより、効果がみ
い子だと思っているけど、感情の表出の
一200一
仕方が適切ではないこと、物に当たった
情の言語化は状態を悪化させた〉。虐待体
り暴言は人を傷つけることを話し、いら
験も入院当初は口にすることはなかった
いらした時は違うもので表現するよう話
が、落ち着いてくると、されたことを自
し合い、トイレットペーパーをはずし好
慢げに話すというような形で出てきた。
きなだけペーパーを床にまかせた。感情
職員は常に聞く姿勢で接した。他児の面
がおさまったところで自分で片付けるこ
会・外泊を見て、「ぼくもしたい」という
とにした。何度か繰り返すうちにばかぱ
ことを度々口にした。「お母さんは病気」
かしくなってきたと自分で言うようにな
ということを主治医から告げてもらうこ
り、感情のコントロールができるように
とで納得させた。主治医から施設に行く
なった。
ことを告げられると、「早く行きたい、は
ウ)入院時(6歳)就学前父親からの身
よ決めてよ」と口にし、他児のように退
体的虐待・両親からのネグレクト
院をしたいという思いは強く持っていた。
児相からの一時保護を経ての入院。入
心理治療・SSTは能力的な面で実施はさ
院時頭髪は金髪、躾は全くなされていな
れなかった。
くて野生児のようであった。頭形は変形、
エ)小学4年生 男児 母親からの身体
でこぽこがあり身体的虐待の痕跡が認め
的虐待
られた。病棟生活では、ひわい語・わい
く家族へのアプローチ>
せつ的なボディタッチ・暴言・暴力など
一時保護を経過の入院。母親は児相に
が日常茶飯事に出た。投薬調整と並行し
対して強い被害的感情を持っていた。面
て1対1の関わりを重視した。能力的な
談は両親一緒、別々の面談を実施した。
低さもあり病棟での様々なルールの理解
最初の頃、父親でけの面談時、母親が書
が困難でそのことでパニックを起こす事
いたメモ書きを見ながら話すということ
も度々あった。職員との個別的関わりを
も見られた(退院を希望する理由が書か
深めることと、認知レベルアップを目的
れていた)。病棟に初めて入って頂き、生
に個別学習を実施した(登校後病棟に戻
活の場所を見ていただいた時は、涙を流
り、1時間個別学習その後再登校)。職員
し安心したと話される。
との時間を共有出来ることは、安全感・
面談を重ねる中で夫婦間のちぐはくさ
安心感の再学習や保護膜の再形成に繋が
も感じられ別々の面談を設定した。母親
ったように思われる。振り廻し行為につ
の感情を逆なでしないように、父親と本
いては対応を担当職員か責任者にするこ
児との交流を理由に外泊の送迎を父親に
とで、少しずつ軽減していった。暴言・
依頼し、その時に面談を実施した。両親
暴力などの行為に対しては、出来るだけ
別々の面談を実施することで夫婦間の不
保護室の利用は避けるようにし、使用す
満を他者にもらすことはできたように思
る場合は職員も一緒に入るようにした。
われる。夫婦間の改善まではには至らな
パニック状態の時は状態が落ち着くまで
かったが、児に対する関わり方を具体的
見守るだけの対応をした(言葉かけや感
に伝えることで、児に対する見方は変化
一201一一
したように思われる。
る行為があったが、「嫌なことを言われ
入院後半には、兄弟に関する相談も出
た時どのような行動をすれぱよいのか」
るようになった。虐待の世代間連鎖を持
「嫌なことを言いたくなったらどうする
っている母親には他者と信頼関係を築く
のか」「相手を誉めるにはどのようにす
ことは困難であったが、そのことを理解
ればよいのか」「人に物を借りるときに
した上で接することは重要である。
はどうすれぱよいのか」などをロールプ
<親子プログラム>
レイすることで獲得し、生活場面に汎化
外泊・家庭復帰を判断するひとつとし
できるようになった。しかし生活場面で
て、親子プログラムを実施した。終始職
はSSTでは想定しなかった場面も度々あ
員が付き添うことはせず、時々のぞく程
ったが、その都度説明してやることで切
度にした。今まで2人の時間を共有する
り替えができるようにった。例えぱ、突
ということはなかったのだろう、双方が
然大きな声を出すことにも「そんなに大
緊張している様子が伺われた。プログラ
きな声を出すと、みんながびっくりして
ムの後には言語化は児からはなかったが、
しまう。声は大きくしなくても相手には
表情から満足している様子が伺われた。
伝わるよ」と説明してやることが理解で
また、完成しなかったマフラーは自室で
きるようになった。又他害行動も言語化
嬉しそうに編んでいる姿があった。他者
が出来るようになるにつれ軽減していっ
に見守られているという空間の中での親
た。
子の関わりは、双方にとって安心して相
グループ活動は最初は消極的であった
手と向き合える時間となったと思われる。
が、役割を与え評価されるることで、集
その後外泊開始となった。
団で遊ぶことのおもしろさ、自己コント
オ)小学6年生 男児 父親からの身
[コール・自尊心の向上に繋がったと思わ
体的虐待
れる。
父親は精神科の薬を服薬(本人は受診
せず、母親が味噌汁などに混ぜて飲ませ
ている)
この「被虐待児入院治療システム」を
<SSTの活用>
18年度より施行する予定である。この
言語化が困難。場面にあった言葉が出
内容を職員全員に周知し、対応に困った
にくい、卜一ンの調節ができないなどの
ときに立ち返れるよう、また、新任者の
問題が入院当初からあった。又対人関係
研修にも使用する予定である。
も取りにくく、一人で自室で過ごすこと
文献
が多かった。
SSTグループに参加することで、社会
性・対人関係のスキルの獲得に向上が見
西澤哲「トラウマの臨床心理学」金剛出
られた。言語化が困難であった為、突然
版
大きな声を出したり、他児を押したりす
一202一
エリアナ・ギル著 西澤哲訳「虐待を受
の対処」
けた子どものプレイセラピー」
C・Lカープ、T・L・パドラー著 坂
志村浩二他 入院被虐待児の心理療法に
井聖二、西澤哲訳
ついて一『治療的侵襲』の観点から一
第16回日本嗜癖行動学会抄録
西澤哲「子どものトラウマ」講談社現代
岡村広志他 SSTを利用した入院治療
新書
(1)∼衝動性コントロールカの獲得を
目指した取り組み∼ 第46回日本児童
The other23hours:AlbertE:,T
青年精神医学会総会抄録集
rleschman他著 西澤哲訳「生活の中の
治療」中央法規
斉藤学著 「封印された叫び」講談社
家族機能研究所「怒りのコントロール∼
アンガー・マネージメント」アディクショ
ンと家族21−4
Besse1A.VanderKolketa1西
澤哲監訳「トラウマテックストレス」誠
信書房
厚生省児童家庭局 監修「子どもの虐待
対応の手引き」
F・W・パトナム著 中井久夫訳「解離」
みすず書房
B,Hスタム編小西聖子、金田ユリ子訳
「二次的外傷性ストレス」誠信書房
A,ヤング中井久夫、下地明友、大月康義、
辰野剛、内藤あかね共訳「P T S Dの医
療人類学」みすず書房
J,G,アレン、誠信書房 「トラウマヘ
一203一
H15ー17年度厚生労働省科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)
被虐待児の医学的総合治療システムに関する研究 (H15ー子どもー009)
分担研究5 虐待によって生じる精神病理を踏まえた被虐待児への包括的治療に関する
研究
その3「第一種自閉症施設の特色を生かした被虐待児治療」
研究協力者
大石 聡 大阪府立精神医療センター・松心園 児童思春期科診療主任
峯川 章子 大阪府立精神医療センター 児童思春期科医長
栗木 紀子 大阪府立精神医療センター・松心園 児童思春期科診療主任
三宅 和佳子 大阪府立精神医療センター・松心園 児童思春期科診療主任
陸 馨仙 元大阪府立精神医療センター・松心園 児童思春期科診療主任
平山 哲 大阪府障害者福祉事業団 大阪府立金剛コロニー付属診療所
川岸 久也 大阪府立精神医療センター 児童思春期科医師
宮口 幸治 大阪府立精神医療センター 児童思春期科医師
市川 佳世子 大阪府立精神医療センター 児童思春期科医師
研究要旨 第一種自閉症施設である大阪府立松心園は現在、大阪府子ども家庭センターと
緊密に連携しながら、被虐待の結果として様々な精神的症状を呈する子どもたちの治療機
関として機能している。本研究では、被虐待児の医学的綜合治療システムのあり方に関す
る研究の、分担研究機関報告の「まとめ」として、松心園に於ける被虐待児治療のあり方
について様々な角度から分析を加え、今後の被虐待児治療にあたる医療機関の整備に関し
て有用な情報を提供することを目的とした。第一に、自閉症児の入所機関として整備され
た松心園が、どのような経緯を辿って現在のような被虐待児治療にあたる医療機関として
機能するようになったのか、その歴史的な経過を紹介した。第二に、精神科医療機関にお
いて被虐待児の入院治療を行うに際して、主にどのような法的な手続き上の問題が発生す
るかについて論じ、松心園がどのようにそれらの問題に対処しているかについて解説した。
第三に、被虐待児の入院治療を行う上で欠かせない機関連携に、第一種自閉症施設として
の機能を松心園がどのように生かしているかについて解説した。第四に、近年の松心園に
於ける被虐待児の精神科治療の実態について数値を挙げて報告した。第五に、被虐待児の
基本的な病態理解について、松心園での臨床研究から分析した結果を述べ、それに基づい
た治療戦略の実際について紹介した。第六に、実際の症例をもとに松心園での治療実践の
分析を行い、最後にその結果を基にして、そうした実践を行う上での松心園病棟機能の不
足や理想的な入院治療病棟というものについて考察した。
一204一
1,はじめに
これまでの精神疾患に対処する技法に加
えて、どのような治療技法に習熟してい
急増している悲惨な子ども虐待事例へ
くべきであるのか。新たな指針が必要と
の昨今の緊急的な対処として、切迫した
されている。
生命の危険から子どもたちを救い出すた
めの児童相談所の介入機能に注目が集ま
止遡且的血去
り、強化されてきた。その結果として、
緊急一時保護される児は増加したが、一
被虐待児の入院治療を児童精神科医療
時保護した後に子どもたちを預かる児童
機関が担っていく際に、どのような問題
福祉施設の機能やキャパシティが強化さ
点があり、それを克服していくためにど
れたわけではなく、また虐待家庭を支援
のような対策や機能整備が必要であるの
して子どもたちを家庭に戻していく取り
か。また、被虐待児の入院治療では、こ
組みも困難を極めている。当然の結果と
れまでの精神疾患的治療モデルと比較し
して子どもたちが一時保護所へ溢れ、そ
て、どのような点で異なる配慮が必要で
こで問題行動が頻発する事態となり、そ
あるのか。
の状態の子どもたちを無理して預からざ
これらの疑問点を明らかにするために、
るを得ない情緒障害児短期治療施設や児
松心園に於ける被虐待児の入院治療につ
童自立支援施設にも大きなしわ寄せが押
いて、次のような角度から分析を加えて
し寄せている現実がある。このような状
考察を試みた。
況にあって、児童精神科医療機関に対し
①松心園の歴史的変遷と現状
て、被虐待の子どもたちに対して積極的
②精神科病棟に被虐待児を入院させる
な治療的関与を行うことが強く要望され
際の問題点と、松心園に於ける対処
るようになってきた。
③被虐待児治療における機関連携の重
大阪府に於ける数少ない公立精神科病
要さと、松心園に於ける実情
院の児童部門である松心園も、このよう
④松心園に於ける近年の被虐待児治療
な趨勢の中で被虐待児への治療的関与を
要請され、それに応えるべく努力を重ね
の数値的報告
⑤被虐待児の病態理解モデルと、それ
てきた。今後、児童を受け入れる精神科
をもとにした松心園の治療戦略
医療機関は純粋な精神科疾患のみならず、
⑥事例を基にした松心園の被虐待児の
こうした生育環境のひずみによって生じ
入院治療モデルの検討。
た子どもたちの心身・行動の問題に直面
化せざるを得ないと考えられる。そのよ
うな治療を実現するために、児童精神科
医療機関がどのように整備され、どのよ
うな機能を有するべきであるのか。また、
一205一
墾
員が職業的腰痛を来して業務不能に陥っ
現在の松心園に於ける被虐待児の入院
結している。初年度終了時の入院児は総
治療の有り様には、当然のことながらこ
勢38名、初年度外来初診患者数は318
れまでの松心園の治療機関としての歴史
名であったと記録にはある。
たことによって、病棟体制が崩壊して終
的経緯が大きく関与している。そこで、
現状の分析に入る前に、これまでの松心
時あたかもイギリスから、ラター博士
園の変遷を概説し、現状を紹介すると共
の提唱する「自閉症言語認知障害仮説」
に、その歴史的関連を理解しておきたい。
が世界を席巻し、自閉症児に対する言語
療法や認知行動療法がもてはやされはじ
大阪府立松心園は昭和45年(1970)に
めており、それまでの受容型療育を全否
設置された。当時の新しい試みとして、
定するかの激しさを呈していた。松心園
自閉症児を親元から引き離して入所させ
の入院病棟は度重なる団交とストライキ
て、家庭では行えないような積極的かっ
の中で混迷する。
専門的な療育を施すことによって、難治
疾患とされていた「自閉症」の児への医
昭和53年(1978)に松心園は精神科デ
療的関与の道筋を付ける膳一それが医
イケア施設としての認可を受け、自閉症
療型の自閉症施設(児童福祉法に基づく
児のためのデイケアグループが開かれた。
知的障害児施設の一種)として全国に4
これによって松心園の業務主力は入院病
箇所展開された「第一種自閉症施設」の
棟から外来業務へと移行した。病棟はむ
「理念」であり、目指すものであった。
しろひっそりとし、室内運動場や遊戯室
松心園はその中でも、最も純粋にその「理
のある外来2Fが、今で言うところ「知
念」を実現しようとした施設ではなかっ
的障害児通園施設」のような様相を呈し
たかと思われる嘩。
たのだった。当時は未だ就学前の自閉症
児を受け入れる保育園はなく、通園施設
法定42床とされた、その現代の基準か
が大幅に不足していたのである。
らすれぱ驚くほど狭陰な病棟の中に、就
学前の重い知的な遅れを合併した生活自
昭和も60年(1985)を過ぎると、そのよ
立度の低いカナー型自閉症の児が集めら
うなデイケアの賑わいも下火となる。各
れ、一斉に入所生活を開始した。その基
市町村に知的障害児通園施設が設置され、
本的な治療指針は、濃厚なスキンシップ
医療機関による自閉症児デイケアはその
と絶対受容を信念とする「抱っこケア」
役割を終えつつあったのである。自閉症
であり、「日本型ベッテルパイム式治療病
専門施設であった松心園は、次第に児童
棟」とでもいうべき体制であったのであ
精神科医療全体を担う医療機関として門
ろう。過去の記録を参照する限り、この
戸を広げるようになり、いつしかその病
新たな試みは僅か2年ほどで、多くの職
棟は、長い不登校の果てに家庭にも居場
一206一
所を喪った中学生や高校生達が占めるよ
ちうけていた。被虐待児の多くは愛着障
うになっていた。外来は思春期の子たち
害や多動を呈しており、いわぱ「自閉症
のカウンセリングルームと化し、一人あ
っぽい子」や「AD/H Dっぽい子」で
たりの診察時間も延び、年間初診者数も
ある。こうした子どもたちへの治療的関
長く140∼150名程度に留まっていた。こ
与がクローズアップされたとき、自閉症
の時期は、松心園病棟の入院児平均年齢
を中心とする知的発達障害の専門医療機
が最も高かった時期でもあった。
関である松心園が注目されたのは当然で
あったのかもしれない。かくして松心園
状態が急変し始めたのは昭和が平成に
の病棟はまた再び、「知的発達障害」とい
替わってからである。平成6年度(1995〉
うレッテルを貼り直された「被虐待児」
に年間外来初診者数115名という過去3
達で賑わうようになったというわけであ
番目の底つきを記録したあと、外来受診
る。
者数は急激な増加に転じ始める。平成8
年度(1997)には15年ぶりに200名の壁を
さて、現在の我々松心園の入院環境に
突破し、平成13年度(2002〉にはついに
ついてみてみよう。相変わらず法定定床
300名の壁を突破する。平成15年度の年
は開設当時のまま42床とされているが、
間初診者数は423名にも達した。この外
これが現代の基準に照らして著しく狭陰
来者数の増加はいうまでもなく、この時
であることは既に述べた。6人定床とさ
期から日本でも顕著となった軽度知的発
れている部屋は、小学生での高学年の子
達障害(高機能自閉症やA D/H D)の
が生活すると想定した場合、現代の基準
子どもたちの受診二一ドの増大によるも
では実質子ども2人が限界で、そこを4
のである。常勤医2名で細々と運用され
人部屋として運用しているのはかなり気
ていた松心園の外来はたちまち飽和状態
の毒、といった広さの病室である。ベッ
に達し、初診待機者数はみるみるうちに
テルハイムの絶対受容法を念頭においた
増加して、ついに900人を突破(約3年
自閉症療育の場として設計されたときに
半待機、平成17年唾1月時点〉という危
は、その狭さも含めて「受容的」「スキン
機的な有様となった2。
シップ的」と考えられたのかもしれない。
しかし、行動上の問題が多い子どもたち
この時期、大阪では相次ぐ子どもの虐
を入院させ、お互いが傷つけ合わないよ
待死事件が問題となり、沸き立った世論
うに安全管理することを考慮すれば、と
に後押しされて、大阪府の子ども家庭セ
ても法的定床をそのままは適用できない。
ンターにおいても子どもの一時保護は著
このため、現在の松心園の病棟は運用定
しく増加した。しかし、養護施設をはじ
数最大22人という形で運用されている。
めとする児童福祉施設の強化は遅れてお
り、行動上の問題も大きい被虐待児たち
病棟は完全閉鎖ユニットである。入り
の行き場がどこにもないという現実が待
口の鉄扉は施錠されており、窓には格子
一207一
がある。男女混合病棟だが、いちおう簡
単な扉で区切って女子ゾーンを形成して
その一角に精神医療センターの「思春
いる。衝動行為のある子どもたちが多い
期病棟」がある。こちらは児童福祉法に
ため、全ての窓はアクリル製であり、簡
基づく施設としての性格を持たない、純
単には割れて怪我をしない替わりに、ガ
粋な精神科閉鎖病棟である。保護室と、
ラスのようにはクリアに光を通さない。
比較的厳格な行動制限が可能であること
古い建物にありがちな、暗い室内の病棟
から、行動上の問題がある中学生・高校
である。小さな幼児用プール、バスケッ
生を中心に治療展開しており、基本的に
トゴールなどを設置したごく小さな中庭
は小学生以下を受け持つ松心園病棟と、
がある。普通の家のリビングと大差ない
現在では互いに棲み分けながら補完して
大きさの「ナイトスペース」というテレ
いる関係にある。
ビのある空間(自閉症児の破壊を防ぐた
めにテレビもガード付き)、十畳程度の広
院内には、刀根山養護学校の分教室が
間という感じの「和室」があり、子ども
設置されている。古い使用されなくなっ
たちはそこでゴロゴロしたり、小さなテ
た看護婦寮の建物を間借りしており、安
ーブルを持ち出して工作やらお絵かきを
全上の配慮は殆ど為されていないため、
したり、小さなテレビを持ち出してきて
行動上の問題のある子どもの授業受け入
ゲーム機を繋いで興じたりして、思い思
れには苦労している(器物破損や脱出な
いに過ごしている。
ど)。病棟入院児の多くはそこへ徒歩で通
学しているが、知的に重い障害のある児
松心園の建物は斜面に這うように平屋
童については、病院の前に発着する寝屋
が展開されており、段差が多くてパリア
川養護学校のパスで通学することを選択
フリーにはぼど遠い構造である。食堂は
することが多い。以前には校区内の地元
病棟から2回に分けて階段を上がった先
小学校や中学校へ通う子どもたちもいた
にあり、隔離壁を隔てて外来棟に繋がっ
が、現在の松心園の病棟には、そうした
ている。外来棟の2Fに室内遊技場や学
通学を独力で行える子はぼとんど存在し
習室などが備えられている。さらに(病
ない。
棟から見て4Fにあたる)高い回廊を通
って精神医療センターの本館に繋がって
第一種自閉症施設である松心園には、
おり、そちらへ行けぱグラウンドや体育
医師・看護士の他、多様な職種が配置さ
館もある。しかし、精神医療センターは
れている。平成17年現在の陣容は、医
公立単科精神病院として、府下でも最も
師定員3人(常勤精神科医2、常勤小児
厳しい処遇が必要なレベルの患者を数多
科医1、本院との兼務医師が3、外来非
く収容しており、子どもたちが気楽に日
常勤医師が2)、看護士18人(昼間6だ
頃訪れることの出来る雰囲気は、そこに
が殆ど児が居らず、外来業務に就く。夜
は感じられない。
間2)、臨床心理士(常勤3)、精神保健
一208一
福祉士(常勤2)、保母(常勤6だが、病
塑簑践の報査
棟配置はうち2)、指導員(常勤2)とい
った構成である。児童病棟の常で、昼間
さて今ここに、長年の不適切養育の結
は子どもたちが少ないため、朝と夕方に
果として、精神的に不安定な状態を来し
職員を多く配置する変則勤務態勢を引い
ている一人の児がいる。精神科医師とし
ており、昼間は大量の外来診療業務(自
て、できれぱこの子どもを精神科病棟へ
閉症児の認知行動療法的外来指導を含
入院させて、何とか治療的な関与を行っ
む)に各職種共に忙殺されている。夜間
てあげたいと思う。しかし、それには実
は二人の当直医が精神医療センター全体
に様々な問題が待ち受けている。
(420床〉を管理しており、松心園の医
師もこのローテーシ黛ンに参加している。
精神科病棟への入院とその治療は、全
てが精神保健福祉法に則って行うことが
以上、松心園のこれまでの歴史的経過
定められている。これは精神疾患という
と現在の構造・状況について概説した。
権利の主張が困難な状況にある患者の
「基本的人権を保護」するためであるこ
松心園は第一種自閉症施設という特殊
とは言うまでもない。しかし、実際には
な位置づけで誕生した医療機関であり、
精神保健福祉法は「子どもの精神科治療」
その後に公立単科精神病院の中の児童病
についてぼとんど何も想定しておらず、
棟という位置づけに変化してきたが、現
もちろん「虐待という事態」は治療対象
在でも児童精神科医療機関としてはやや
に含まれていない。このため、被虐待児
特異な存在である。現在でも外来・入院
の入院治療に際してはむしろ様々な「困
治療ともに知的発達障害児の治療をその
難の元凶」となってしまいかねないので
中心に据えており(外来初診児の9割が
ある。
I C D−10の分類でF8に含まれる〉、
知的発達障害をべ一スとした被虐待ケー
被虐待児の精神科病棟での治療を実現
スや、被虐待の結果として知的発達障害
する上で、法的に問題となるのは主に次
児に似た行動特性を有するようになった
の点である。
児を中心に、治療要請されることが多く
①精神保健福祉法上での入院形態
なってきている、というのが当たってい
②医療経済的な問題
るだろう。松心園病棟における被虐待児
③児童福祉法を精神科病棟へ適応する
の入院治療は、そうした要請の中から発
際の問題
展してきたものである。
まず、①精神保健福祉法上での入院形
態について考えてみる。被虐待児の入院
治療の場合、現に「不適切な養育」によ
において イ1の
入,院識塵を一_松
一209一
って子どもをそのような状態に至らしめ
た保護者を「医療保護入院」の同意者と
られており、安易に「経済的理由」で適
することは、現実問題として不可能(入
用することは許されないし、被虐待の子
院に同意しない)だろうし、何よりも「不
どもの「症状」はまずその基準に合致し
適切」というべきであろう。良く知られ
ない。「生活保護の受給」といった「裏技」
ているように、虐待されている子どもの
も、保護者がそれに同意しない限りどう
多くは虐待する親にアンビバレントなが
にもならないのである。ここでもまた、
ら深く愛着しており、親と離れて入院す
八方ふさがりであることがわかる。
ることに同意することはまずないから、
「任意入院」も多くの場合には成立しな
このような場合の現実的な切り札とし
い。もちろん、児の年齢が低かったり、
て考えられるのが、「児童相談所と協調し
知的に問題がある場合には「任意」その
た入院」である。つまり、虐待を事由と
ものが確認できない場合もあろう。また、
して児童相談所が児を一時保護(児童福
このようなケースに対して「市長同意に
祉法33条)し、その上で解離症状や不
よる医療保護入院」という緊急避難的な
眠・混乱などの児が呈している精神症状
方法を用いることも頭をかすめるが、こ
を治療するために、精神病院に「一時保
れはいわば法的な「抜け道」であって一
護委託」を依頼するわけである。これら
般的なコンセンサスが得られておらず、
の手続きは、児童相談所の判断によって
現場の抵抗も強い。さらには、こうした
所長が行えるのであって、保護者の同意
児童が呈する様々な「症状」を医療保護
を必ずしも必要としない。また、その際
入院という精神科強制入院治療の「対象
の医療費は公費の負担とすることができ、
(適応〉」として良いのかどうか、といっ
乏しいながらも一時保護委託に伴う生活
た点についても精神科医の間でも様々な
費の負担(一時保護委託金)も支給され
意見があり、これまた悩ましい。要する
るのである。
に、すんなり適用できる入院形態が存在
ところが、この方法にも様々な問題が
しないのである。
付随する。これが③児童福祉法を精神科
次に、②医療経済的な問題について考
病棟に適用する際の問題、である。精神
えてみよう。一般の精神科入院治療は「家
科病床として指定を受けている病棟での
族との医療契約」を念頭においたものだ
治療で、病棟閉鎖や閉扉(隔離)・抑制、
から、当然治療費は児の家族に請求され
その他の行動上の自由を制限することに
ることになる。しかし、被虐待児の入院
なる可能性が含まれている全ての治療は、
治療では、保護者が積極的に治療を希望
患者の「人権を保護」するために、必ず
しないのだから、こうした契約は成立し
精神保健福祉法に則って治療を行うこと
ないと言うべきであろう。精神保健法上
が定められている。つまり、一時保護委
の入院で唯一公的負担が認められている
託による入院であっても「精神保健福祉
「措置入院」は、その適用が厳密に定め
法上の手続き」は無視できないのである。
一210一
一般に被虐待児の治療においては、逸脱
に病院へ押しかけることが想定されるか
行動が頻発するため、隔離や抑制といっ
らだ。もちろん、一時保護委託によって
た「強い行動制限」が病棟管理上「必須」
預かっている児を保護者に渡すことは適
であり、そうした観点からも任意入院に
切ではなく、拒否すれぱよいわけだが、
よる手続きで入院を維持することは困難
その対応は児を委託された病院の担当医
である。つまり、強制入院である「医療
師や職員が矢面に立って行うことになる。
保護入院」の手続きが重ねて必要だと云
場合によっては警察の介入を求めること
うことで、ここでまた「保護者の同意」
もあるだろう。よぼどに児童相談所との一
という問題が立ちふさがってしまう。
日頃の連携がとれており、そのような「労
堂々巡りである。
をいとわない」専門意識のある病院でも
なけれぱ、そのような面倒なことを引き
こうした精神保健福祉法を巡る問題点
受けるまい。一般の民間精神病院の病棟
は、小児科医療機関では発生しないため、
では困難であろうし、公立精神病院でそ
この点ではむしろ精神科医療機関より有
れを実現するためにも、様々な職場の理
利かもしれない。しかし、一般的に小児
解が得られなければ相当に困難なことだ
科医療機関は行動上の逸脱のある児を抱
といえるだろう。
えることを想定して作られていないため、
実際の対応は困難であることが多いだろ
さて、ここで松心園における被虐待児
う。逆に、小児科医療機関に行動逸脱に
の入院について述べてみよう。まず、松
対処する病棟機能を付与することを考え
心園の病棟は、児童福祉法に規定された
る向きもあるようだが、法的な縛りがな
「児童福祉施設」であり、同時に精神保
いからといって、小児科医療機関で隔離
健福祉法に基づいた精神科治療を行うこ
や抑制に当たる行為を繰り返していれば、
とも可能な「精神病棟」でもあるという、
かつて精神病院で起こったような「人権
二重指定を受けている「特殊な病棟」だ
侵害問題」が小児科医療機関で再燃しか
ということが前提にある。つまり松心園
ねないのではないだろうか。子どもであ
では、現実的には無理のある「一時保護
れ、隔離や抑制などの基本的人権の制限
委託+市長同意医療保護入院」という方
を医療が行う際には、やはり一定の手続
法を選択しなくても、児童福祉法に定め
きと監視が必要というべきであろう。
られている入所施設への措置(法27条〉
による入所で対処可能なのである。もち
さて、こうした問題が有るにもかかわ
ろん、本来的には松心園は第1種自閉症
らず、例えぱ「一時保護委託」と「市長
施設なのであって、その対象は「知的障
同意医療保護入院」などを援用して、精
害児のうち、医療を要する自閉症児」と
神科病棟への入院を実現したとしよう。
いうのが前提ではある。しかし、松心園
それでも、なお問題がある。治療に同意
は大阪府の精神科基幹病院である府立精
していない保護者が、子どもを取り返し
神医療センターの児童部門でもあって、
一211一
児童の精神科疾患や発達障害児の治療に
ことで、幅広い影響を行使できるだろう。
幅広く関わることが求められているため、
その点からも、こうした形態で安定して
子ども家庭センター(大阪府児童相談所)
入院治療を行うことには大きなメリット
との連携を密にした上で、精神科的治療
があると考えられる。
を必要としている「虐待された子ども」
の入院治療を「法27条措置」によって行
以上、被虐待児の入院治療を精神科医
うことを可能としているのである。
療機関で行う際に考えられる問題点につ
いて現実に即して分析し、さらには松心
児童福祉法27条に基づく入所措置は、
園における現状について述べた。
基本的には保護者の同意を前提としてお
り、保護者が強く反対すれぱ成立しない。
現状では、精神科入院病床で被虐待児
しかし、ここでいう「同意」は、医療機
の治療を行うには法的整備が為されてお
関が単独で保護者と入院交渉した上で
らず、いくつものハードルがあって困難
「医療保護入院」という契約を結ぶ際の
である。「治療の質」云々以前に、安定し
「同意」とは相当に色合いが違ったもの
て児を抱え保護できる「体制が取れない」
であると云えるだろう。あくまでも任意
のだから、問題は深刻であろう。
契約である「医療契約」を結ぶだけの医
師とは違い、児童相談所は虐待に対して
今後の方向性として、児童福祉法につ
法的な強制力を行使できる「役所」でも
いてさらに検討を加え、現状での33条
ある。虐待児例として関与しても改善が
にある「医療機関への一時保護委託」ぱ
得られず、分離にも抵抗するケースには、
かりではなく、27条を拡張した形での
法33条に基づく「一時保護」を職権で行
「医療機関への入院措置」を実現してい
うことも念頭において交渉に当たること
くことが必要ではないだろうか。また、
ができるのだから、その上での「消極的
精神保健福祉法も児童の入院治療につい
な施設入所同意」であってもよいわけだ。
ての検討が欠けており、児童に関する「任
意」の考え方の基準や、児童の入院中の
児童福祉法に基づく処遇が行われてい
権利保護の有り様、親権者が虐待を行っ
れぱ、万が一にも保護者の強い抵抗(取
ていた場合の精神保健福祉法上の取り扱
り戻しに押しかけるなど)に遭遇しても、
いなどについて、早急に検討すべきであ
その対応は病院の責任ではなく児童相談
る。
所で一本化できるし、それでも説得に応
じない場合には、児童相談所から法28
条による家庭裁判所への申し立てを行う
3
イ 1
という手も残されている。家族への対処
の
さに
についても、病院と児童相談所が連携し
携の塵隆の報萱
て、双方違う立場に立って関わりを持つ
一212一
ξム
る
1蹴る機閨連携
と 八心風五の連
そもそも被虐待児治療というのは、医
教育機関にあるであろう。要するに、発
療機関のみで完結しない領域であること
達障害臨床に於いては、医療機関は単独
は明らかである。被虐待の結果として、
で仕事をしてもたいしたことはできない
様々な精神医学的問題が例え生じていよ
のである。
うとも、それは統合失調症や躁欝病のよ
うに、純粋な医学的治療モデルだけで対
松心園は第一種自閉症施設として設立
処できるような「疾患」ではない。その
され、自閉症児への援助がいわぱ「本業」
発生の母胎となった「家庭」は本来、子
であったので、そもそも発達障害臨床で
どもの健康な生育に欠かせないものであ
重視される「機関連携」の機能を備えて
る。そこから子どもを隔離し、保護する
おり、長年にわたってその実績があった
だけでは問題は解決しないし、病棟は正
と考えられる。例えぱ児童相談所である
確な意味でもの「家庭」からはぼど遠い。
が、松心園への入院はそもそも児童福祉
であるからして、被虐待児の治療を考え
法に基づく入所措置であったから、その
る際には、虐待者であるところの親治療
措置主体である児童相談所との連携は常
ないしは親援助、家庭機能を援助する福
に密であり、ケースを共有して共に家族
祉的援助、家庭を出て子どもの居場所と
への援助にあたってきた。松心園の精神
なる学校や保育機関、子どもへの法的保
保健福祉士は、府の児童相談所での業務
護や治療的枠組みを考える司法や児童相
経験があり、人事的な交流もある。松心
談所、といったものとの連携は欠かせな
園の医師は児童相談所へ出向いて医療的
いと云えるだろう。
なケース・スーパーバイズを行ってもい
る。教育委員会や学校との連携について
ここで、比較的に「知的発達障害児へ
も、養護学級や養護学校の担当教諭を中
の援助」を考えてみたい。そこに医療機
心に、長い実績を積んできている。松心
関が貢献する割合というのは(重要では
園が主催する講演会もあるし、医師が講
あっても)量的にはさぼどでもないのが
師として派遣されることも多い。程度の
実情であろう。自閉症を含む知的発達障
重いケースについては、学校現場へ「往
害というのは、煎じ詰めればその子ども
診」に出向くこともある。市町村の保健
の「個性」に他ならないのであって、決
センターからは、健診で遅れを指摘され
して(統合失調症のようには)「病気Jと
た子が松心園へ紹介されてくるわけで、
いうわけではない。医療機関が主体的に
健診での早期自閉症児ピックアップに技
「治療」に取り組むのではなく、薬物療
術的協力を行うことも多いから、やはり
法などはその主体ではない。むしろ医療
連携が深いのである。市町村の家庭児童
機関の重要性は「診断」と「告知」、保護
相談室とも治療的連携をとることが多い。
者の「障害受容援助」、子どもへの「アセ
もちろん、発達障害児への福祉的援助を
スメント」の作成、といったあたりにあ
巡って福祉事務所とのやり取りもあるわ
るのであって、その療育の主体は家庭と
けだ。要するに、松心園はもともと幅広
一213一
い機関連係機能と実績を持っている医療
せてかりそめの適応を獲得させる。しか
機関であったわけである。
る後に、彼らを他の施設へ送り出してい
くのである。さながら松心園は、大阪府
そういう意味で、「被虐待児治療」と「知
に於ける「医療型延長一時保護所」であ
的発達障害児援助」の二つの領域は「相
るかの如くである。
似」しているといえよう。松心園がその
設立の趣旨からして、本業として取り組
んできた「知的発達障害児援助」の過程
において、これまでに培ってきた機関連
④松血園一鵬塵
係機能は、「被虐待児治療」に当たって必
要となる機関連携にことごとく役に立っ
松心園における平成15年度と16年
ていると思うのである。
度の治療について、具体的なデータ呈示
する。
近年の大阪府では、虐待を理由とする
緊急一時保護は増える一方である。とこ
ろが、このような児は解離や抑うつなど
(入院形態は全て児童福祉法27条措
の精神症状を持っていることが多く、盗
置)
癖や他児への他害行為などの問題行動も
頻発するために、一時保護所自体が危機
入院者数 32人
平均年齢 9.9歳
的な状態になってしまうことも稀ではな
虐待の有無
人数
い。かといって、このような児を児童養
被虐待によ
4人
壌2.5%
護施設などに速やかに移行することはさ
る症状が主
らに困難なのであって、問題は「とにか
発達障害ベ
19人
59.4%
く速やかに一時保護すること」なのでは
ース+虐待
ないことが明らかである。児童相談所の
虐待なし
10人
31.3%
割合
機能だけ強化して、児童福祉施設に金を
かけないというのでは、集めた児を公的
い。このような大阪府の近年の状況にあ
退院者数 38人
平均年齢 9.9歳
平均在院日数 194.5日
って、松心園の入院病棟は「一時保護所
退院先
の一時保護所」のような活動をしている
自宅
ともいえなくはない。一時保護してみた
児福施設
ものの「急性期」の激しい症状や行動化
思春期病棟
機関で再虐待することにさえなりかねな
があって、そこでの適応が「危機的」な
状態に陥った被虐待児たちを松心園の病
棟で抱え、治療的援助によって沈静化さ
一214一
人数
23人
12人
3人
割合
60.5%
31.6%
7.9%
紐
(入院形態は全て児童福祉法27条措
オローアップで忙殺されており、発達障
害の確定診断を求める初診待機は平成1
置〉
7年11月現在で900名待機(3年半)
入院者数 27人
と壊滅的状況を呈しており、緊急を要す
平均年齢 9.15歳
る児の初診も再診外来の合間を縫って押
虐待の有無
人数
被虐待によ
6人
し込むために1∼2ヶ月待ちという状況
割合
となりつつある。発達障害児(特に軽度
22.2%
知的発達障害)への支援体制を緊急に府
る症状が主
発達障害べ
11人
として拡充していかなけれぱ、我々が虐
40.7%
待を巡る臨床へ割くことのできるエネル
一ス+虐待
虐待なし
10人
ギーが、すっかり枯渇してしまうだろう
37.0%
ことは請け合いである。早急に手を打た
なけれぱならない問題である。
退院者数 25人
平均年齢 9.48歳
平均在院日数 152.
退院先
人数
自宅
12人
10人
児福施設
思春期病棟
3人
4日
5
割合
48.0%
40.0%
12.0%
イ1の、理モデルとそを
精神科医療機関で実際に治療的な関わ
りを行うためには、その疾患に対する臨
床的な水準での「理解」と、それが治療
されるというのはどのようなことなのか
という「治癒イメージ」がなければ難し
外来初診総数423人
い。生物学的研究や疫学研究、神経生理
虐待の有無
人数
割合
虐待確認
25人
21人
5、9%
5.0%
虐待疑い
学的研究などもそうしたものを補完する
が、そうした客観的データだけで「治療
的行為」が実際に行えるわけではない。
D S M一一IVは操作的に研究診断を決める
虐待が確認されたもの 25人の内訳
主な虐待型
人数
身体的
18人
ネグレクト
4人
心理的
3人
性的
0人
ことはできても、その患者の前に立つと
割合
きにどのように振る舞えぱよいのかを教
0%
72.0
16.0
12.0
えてくれるわけではないのである。被虐
待児たちの入院治療を行うには、そうし
た子どもたちの心性を「臨床的に理解」
0
するためのP T S Dやトラウマ研究の知
松心園の外来は自閉症を中心とした知
見が必要であり、さらにはそれを一歩推
的発達障害児の確定診断と、その後のフ
一215一
し進めて、なぜその子たちがそのような
振る舞いをするのか、という具体的な「イ
少し強い調子で声かけすると、ちらりと
メージ」が必要である。
「嫌な上目遣い」で私たちをにらむが、
それだけのことである。こちらがイライ
松心園では、これまでに述べてきたよ
ラすると、それに会わせて彼のテンショ
うに、歴史的経過の中で自閉症を中心と
ンも上がっていく。怒鳴りつけようもの
する知的発達障害児を中心に扱ってきた。
なら、また収拾のつかない大暴れになっ
現在被虐待児の治療の要請が多くなった
て、今度は我々の腕に噛みつくことは確
といえ、その多くが「一見発達障害児に
実である。
見える被虐待児」の診断とアセスメント
の作成、というのが松心園に科せられる
彼らは「しんみりJしないし、「ゆった
ことの多い課題であり、解離や多重人格
り」「まったり」もしない。何を話しして
を中心とした被虐待に伴う精神症状的症
も深まらないのである。いつでもむき出
状が女児に多いのと対照的に、松心園に
しの敵意と反抗に満ちているわけではな
入院してくる子どもたちでは圧倒的に
く、むしろ普段はケロッとして、さばさ
「男児の行動逸脱を主訴とする子どもた
ばした印象ですらある。何かの「葛藤」
ち」が多いという現状がある。
を抱えていて響屈しているとか、何か「悩
んで」おり暗く閉じこもっているとか、
さて、このような子どもたちと向かい
そうした感覚も彼らからは一向に伝わっ
合おうとするとき、我々に特に顕著に感
てこない。むしろ何も考えていない、抱
じられることは、彼らと「ちゃんと向か
えていないという「空っぽな感じ」が彼
い合えない」という感覚である。
らの特徴なのである。
彼らに話しかけ、彼らから意味のある
彼らは自分から「積極的」に他者に関
言葉を引き出そうとしても、彼らは落ち
わりかけにやって来る。しかし、常にそ
つきなくシャツを引っ張ったり、窓の方
れは「ちょっかい」か「悪戯」なのであ
へ駆け寄ったりし、きちんと我々の目を
って、一定の距離があって「密着できな
見ようとしない。せわしなく多動である
い感じ」である。暗いところを怖がった
ようにも見えるし、衝動性に突き動かさ
り、遊具に乗れなかったりと、彼らには
れて、刺激を受けるままに転動している
「臆病な一面」もある。そのくせホラー
ようでもある。突然多弁に何かを話しか
ビデオが見たくて、遊園地ではお化け屋
けてきたと思うと、それは何と「昨日の
敷に入りたがったりするのである。もの
夕食のメニュー」の話しだったりする。
を「盗ったり隠したり」することに熱中
我々はつい今し方、彼がなぜ「スタッフ
していることも多い。「お金」や「鍵」「注
に噛みついて傷を負わせたのか」を問題
射器や薬品」などに強い興味を示す子も
としているのである。しかし、彼はそれ
いる。生き物への執拗な虐待行為が見ら
をいささかも「反省」する様子がない。
れる子もあり、「繰り返す火遊び」といっ
一216一
たもの、特色の一つといえるかもしれな
かりやすい「解離」が見られることも確
い。もちろん「性的な逸脱行動」を示す
かに多い。「何も考えていない感じ」「空
子も多い。彼らは何かに葱かれたように、
っぽ感」というあたりは、「自己催眠」や
そうしたことへのめり込んでいるように
「受動性」と結びつけて考えるべきもの
見える。彼らのこうしたことを、どのよ
なのかもしれない。
うに「理解」するべきなのだろうか。
筆者は、彼らのこうした「ちゃんと向
これらを「理解」するためのキーワー
かい合えない感」「深まらない感」「空っ
ドとして、いくつかの言葉が紹介されて
ぽ感Jというものを捉える臨床的イメー
いる。
ジとして、メラニー・クラインの理論を
援用して戦略の組み立てを行ってきた。
戦争体験者の外傷性ストレス障害(P
T S D)の研究からは、「外傷性記憶」と
改めていうまでもなく、クラインは「子
いう知見がもたらされた。感情的に処理
どもの分析的遊戯療法」を徹底的に行っ
することが困難な負荷が入間にかかると、
て、最早期の子どもの心的世界について
その記憶は通常の記憶のネットワークか
洞察を深めた精神分析家である。彼女は
ら切り離され、いわぱ「冷凍保存」され
最早期の心の世界として「妄想的・分裂
るようなことが起こるというのである3。
的ポジション」というイメージを提出し、
その突発的かつ激しい再燃が「フラッシ
その部分対象からなるバラバラの世界の
ュバック」である。彼らの突然「切れる」
中で、原始的防衛機性(スプリッティン
かのような「爆発的な怒り」と「他害行
グや取り入れ、投げ入れ)が活発に活動
動」には、こうした知見と合致するよう
している有様を描写して見せた5。そし
なものが多々あるようにも思われる。
て、そこに動いているエネルギーとして、
フロイドのいうリビドーと逆の働きをす
激しい単回性の外傷体験ではなく、慢
るカ(タナトス=死の欲動と呼ばれるも
性かつ複雑な外傷体験による影響を説明
の)であるところの「羨望」という概念
するものとしては、テア(Terr,L〉の「”
を打ち立てたのである6。リビドーが取
型トラウマ」という概念が有名だろう4。
り入れ(食べて〉成長してゆく本能欲動
その特徴は、「外傷体験そのものの否認」
であるとすれぱ、「羨望」は全てを食いち
や「防衛的な精神的麻痺」「自己催眠と解
ぎり、破壊し尽くしてしまう欲動である。
離」「怒りと受動性」などである。彼らの
こうした原初的精神世界は、やがて母親
「深まらなさ」や「ちゃんと向かい合え
部分対象が一つのものとして統合される
ない感」は、あるいは「否認」や「精神
こと(良い母親と悪い母親が、実は一人
的麻痺」と考えれぱ良いのかもしれない。
の同じ母親の裏表であると認識されるこ
ちゃんと直面させようとするとふあ一っ
と)により、「抑うつポジション」という
と目の焦点が合わなくなる子もいて、わ
ステージヘ移行していく7。母親との安
一217一
定した愛着形成が行われることが、この
トの精神発達に大きく影響しているとさ
ことを成し遂げるのである。そして、こ
れる。安全に「うつ」になることが大切
のステージが優勢になって初めて、いく
だと指摘したが、かといって常に「うつ」
つかの原初的感情が認知されるようにな
に陥っていては「萎縮する一方」なので
る。それが「罪悪感」である8。
あって、それでは成長することも適わな
い。子どもが無力感に打ち勝って成長し
安全に「うつ」になることができるこ
ていくためには、「好奇心」や「いきいき
と、それは精神が成熟していくために欠
とした活動欲」といったものを保持でき
かせない機能である。いうまでもないこ
る精神状態を保つことが重要になってく
とだが、「うつ」は「罪悪感」をもたらす
る。このような精神状態を実現する力を
ものであり、これこそが人に「深まり」
クラインは「万能感」と表現したU。万
をもたらすものなのである。罪悪感は「超
能感は「うつ」を覆い隠す形で機能して
自我」のベースとなるものであり、それ
おり、外界との体験の中でしぼんだり膨
が精神の「道徳的制御」や「自律」をも
らんだりを繰り返して、「うつ」とバラン
たらしてくれる。「反省」して「落ち込む」
スを取りながら子どもの成長を助けてい
ということは、こうした機能が成熟して
るのである。このような健常の子どもの
きて初めて可能になるのだろう。安定し
場合、万能感はリビドーから適切なエネ
て「抑うつポジション」に留まることが
ルギーの供給を受けているとされている。
できる、ということがいかに重要である
ことか9。しかし、そのためには「母親
ところが、愛着形成がうまくいかず、
対象表象が安定」していて、しかもド受
母親対象表象がうまく統一されないまま
容的」であることが「決定的に重要」な
妄想的・分裂的ポジションに留まってい
のである。これは安定した愛着が形成さ
る子どもの場合、精神的な安定を保つた
れることに他ならない。虐待された子ど
めには破壊的・応報的なこの心的世界の
もたちというのは、これが決定的に阻害
中で「勝ち続ける」しか方法がないので
されているわけであって、それはクライ
ある。安全に「うつ」に陥り、やさしさ
ンの理論に準拠すれぱ「安定して抑うつ
に満ちた母親対象表象に寄りかかりなが
ポジションに留まれない」ということな
ら無力感に浸る(まったりする、ゆった
のである10。このような児の精神世界で
りする)というような「癒し」を受ける
は、引き続き「妄想的・分裂的ポジショ
ことはできない。常に母親をスプリッテ
ン」が優勢な地位を占め続けることにな
ィングしつつ、「良い母親」には素早く接
る。
近して際限なくものをねだり、母親が怒
り始めて「悪い母親」に変じると、今度
子どもというのは本来、無力で不安定
は悪態をつきつつ攻撃して距離を取る、
な存在である。特に人間の幼児は独力で
といったことを彼らは繰り返しているの
生存するカを欠いており、そのことがヒ
である。このような状態のこどもの場合、
一218一
万能感はむしろ戦いに「勝ち続ける」た
まうからである。ただ投げ出されるだけ
めの攻撃的エネルギーである「羨望」か
でなく、それは外部の対象表象に「投入」
ら不適切なエネルギー供給を受けており、
されることもある。何かの拍子にイライ
このために「万能感の病的な肥大」が起
ラし始めたとき、その「イライラしてい
こるとされる12。これがクラインによっ
る感じ」は彼から切り離されてしまう。
てイメージ化された「虐待を受けた子ど
このような機制が働いているとき、彼は
もの心的世界」である。
自分が「イライラしている」ことを「自
覚できな」いのである。そして、それが
眉をしかめながら「スタッフに怪我を
通りがかりの他者に「投げ込まれて」し
させたことを智めに」医師が彼に近づい
まう。そうなると彼の心的世界では「あ
てきたとき、医師は彼の中で素早く「悪
いつが俺をイライラさせてやがる」とい
い主治医対象表象」にスプリッティング
う認識になってしまうのである(投影同
されていたわけなのであろう。医師が彼
一化)招。かくして現実世界では、「彼
に話しかけている間中ずっと、彼は彼の
は突然切れて、何もしていない他児にい
心的世界の中で、あらゆる方法を持って
きなり激しい他害を加えた」と報告され
医師を「無力化するための攻撃」を仕掛
てしまうことになるのである。
けているに違いない。彼は医師を「無視」
し、別世界に遊離したり、あるいは医師
彼らの「万能感」は、「羨望」というタ
を翻弄しようとしたりする。医師は彼の
ナトスのエネルギーの供給を受けて肥大
中でかみ砕かれ、糞便を投入されて断片
し、暴走している。彼らはこうした「万
化されている。当然、そんな医師の口か
能感」が表象されやすいものが大好きだ。
ら発せられた言葉は途中で迎撃されて、
カの表象である「お金」や「鍵」などに
彼に届きはしないのである。反省したり、
執着が見られることはとても多い。「性的
しんみりしたりする機能は彼にはそもそ
行為」も攻撃的万能感が姿を変えやすい
も備わっていない。医師が具体的な行動
表象の一つだ。「魔術的なもの」や「お化
(怒鳴るとか、強圧的な態度をとるとか)
け」「心霊現象」などもこうしたものが託
しようものなら、彼は「死にものぐるい
されやすい。「火遊び」などはそれが暴走
で反撃」するに違いない。彼の世界では
する典型的な例なのだろう。彼らは本質
「外的対象に勝ち続けること」しか、生
的には臆病で恐がりであるにもかかわら
き延びる方法はないからである。
ず、安全に「怯え」て「無力感」に浸る
ことができないぱかりに、逆にそのよう
彼らは「葛藤」も「悩み」も抱えてい
なものに接近して同一化し、取り込もう
ない。確かに「空っぽ」なのである。妄
とするのである桝。
想的・分裂的ポジションでは、不快に分
類されるものは全てスプリッティングさ
さて、メラニー・クラインの理論に沿
れて、自己表象から「投げ出され」てし
って彼らを理解するための臨床的「イメ
一219一
一ジ」について展開してきたが、むろん
一時保護所から児童福祉施設へ移行困
のことこれが「唯一の正解」であるわけ
難なために「施設へ移行可能な状態まで
ではもちろんない。むしろ、ありとあら
何とか治療を」と入院になる子が多い松
ゆる理論に沿って「理解」の可能性は無
心園の場合、基本的には子どもたちは既
限大にある、といえるのだろう。科学的
に暴走する「万能感」を制御できなくな
にこのようなことを証明立てていく作業
っており、心的世界に於ける「妄想的・
も困難である。何故なら、これらは臨床
分裂的ポジション」の殺伐とした攻撃応
的に彼らに対峙したときにその治療者の
報が外界へ漏出して、現実世界と自分自
心に「主観的に」立ち現れてくるイメー
身をも破壊しかねない状態となっている。
ジであり、客観的に数値化して論理証明
このような場合の治療戦略は、とにかく
することが困難である性質を帯びている
枠組みを強化して彼の万能感に対抗して
からである。それらを良く言語化して記
破壊的行動を制止することであり、万能
述し、体系化できるのは優れた臨床研究
感を「無力化」することである。
家に限られている。ここに挙げたメラニ
A.徹底した逸脱行動の規制
ー・クラインの臨床的イメージというの
は、その一つの例証に過ぎない。
ここでは漏れのないように、見落とさ
それにも関わらず、精神科治療の現場
れがちな陰での行為も含めた、徹底的な
に於いては、このような「臨床的イメー
「逸脱行動の弾圧」と1一行動規制」が必
ジ」を保持して、感性と感覚をコントロ
要になる。他児への衝動的な暴力はもち
ールしていくことが決定的に大切である。
ろん、陰での他害や身体的悪戯行為、遊
何故なら、我々はエビデンス・ベースで
んでいるように「見せかけた」執拗な嫌
患者の前に立って、確率的に行動決定す
がらせ行為などにも注意が必要である。
るコンピューターではないからである。
隠れた器物破損(自分でこっそり壊して
我々は「疾患」そのものではなく、千差
おいて、あとでそしらぬ顔で報告しに来
万別の「患者」そのものに対峙している
たりする〉や盗み行為、放尿や放便、過
のであり、患者は決して、客観科しうる
食や盗食などの行為が対象となる。見落
ものではないからである。
とさず「注意すること」から開始し、も
れなく「行動を記録」して本人にも呈示
さて、こうした松心園での「臨床的観
していく。それらを防止するための「行
察」とメラニー・クラインの理論による
動制限を予告」し、「段階的に実施」して
「臨床的理解」を前提として、我々が松
いく。時間を限った隔離から次第にそれ
心園に於ける被虐待児の入院治療におい
が延長し、甚だしいときには24時間閉扉
て利用している「治療戦略」について簡
や、連続的な抑制が必要となる場合もあ
単に述べてみよう。
る。
一220一
B.行動や症状の外在化
イラしているにも関わらず、それを子ど
もに投入して「お前がイライラさせる」
さて、このような初期の段階での留意
と虐待するのである。このようなことが
点は、彼らのこうした逸脱行動や、解離
これまで繰り返されてきている以上、病
症状・身体か症状などに対して、「道徳的
棟で「同じ対応」を取れぱ、その際の不
叱責」や「説諭」といった技法による「内
快記憶が「再燃」するだけではないだろ
在化」を行わないことである。具体的に
うか。また、このような内在化を行うと、
は「もっとしっかりしろ。がんばれ」「我
被害者である子どもに「自分が悪い子だ
慢できるようにならないとダメだ」「自覚
から虐待されるのだ」という「自己認識
が足りない」といった声かけが、これに
の歪み」をさらに植え付けてしまう結果
あたる。
になることも指摘できよう。前にも述べ
たように、安全に「抑うつポジション」
医師も含めた病棟治療者というのは、
を取ることができない彼らは、そのよう
入院するまでの事前情報を聞いているう
な内在化的声かけによって「反省」した
ちは「可哀想な子」をイメージしており、
り「落ち込ん」だりしない。逆に素早く
入院して現実のその子を見せられると
「解離」してその場を「やり過ごし」た
「虐待されている子はホントに可愛くな
り、内的世界で反撃を試みているうちに
い」と落胆する、というのが一般的なパ
興奮してきたりする。最悪の場合、スタ
ターンである。被虐待児の行動や症状は、
ッフとの間で虐待者一被虐待者関係を
まるでその子自身の「生来の性質」であ
「再演」してしまうことになるのである。
るかのように認識されやすいのが特徴で
はないだろうか。そのような認識に陥っ
従って、このような段階でのスタッフ
ているとき、先に述べた道徳的叱責や説
の児への対処は、内在化とは逆の「外在
諭による「内在化」が行われるやすくな
化」を行うことで統一しなければならな
る。つまり、「それらの行動はお前自身の
い。具体的には「しっかりやれないんだ
ものなのだから、お前が何とかしろ」と、
よね。自分でがんぱるの無理みたいだか
いうわけだ。
ら、休憩しようか」「我慢できなくて仕方
ないよ。でも怪我したりさせたりすると
しかし、このような対応は臨床的には
大変」「自分でもいつ起こるかわからない
何の効果ももたらさず、悪影響しか与え
から、普段から近寄らないでおこう」と
ない。まず、このような内在化的声かけ
いったところだろうか。もっと明確に外
は「既に虐待者によって行われている」
在化するなら「お、また乗っ取られちゃ
という事実がある。虐待を行ってしまう
ったか?」「怖くない○○く一ん、戻って
保護者の多くは自分自身被虐待経験があ
おいで」とかいった声かけが良いだろう。
り、「妄想的・分裂的ポジション」に留ま
解離や身体科症状についても同様である。
りがちな存在である。彼らは自分がイラ
「コントロールできるようにならなきゃ
一221一
ダメだよ」ではなく「また身体がストラ
行為をやらかしてしまい、もの凄い興奮
イキしてる?」「虫が動き出しちゃったか
の中で抑制される。それはもう子どもと
な」といった感じであろうか。
は思えないぼどの凄まじい力であり、大
このような声かけをしながら、実際に
人が4∼5人かかっても安全に抑制する
のが困難であるぼどである。つまり、命
は行動制限は強まっていくわけである。
がけなのである。しかし、とうとう自由
一見矛盾しているようだが、実際にはそ
が奪われたことがハッキリとわかる瞬間
うすることは理屈に適っている。自己コ
がやってくる。その瞬間、たいていこれ
ントロールを失っている子どもたちに
までにない激しい解離が見られることが
「自己努力」を促すのは適切とは云えな
多い。目つきまで変わってトロンとして
いし、それでも安全を確保するためには
しまい、幼児言葉が出てくる。病的な万
「外的に制限」してやるぽかないからで
能感に隠蔽されていた自我が剥き出しに
ある。
なり、強烈な「無力感」に晒されたので
ある。
C.無力化と抱きかかえ
この状態を見逃してはならない。「万能
もちろんのことだが、こうした規制の
感の無力化」に成功し、強い不安の中で
強まりに彼らは黙って応じたりはしない。
「解離と退行」が起こっている「この状
彼らにとっては病的に肥大した「万能感」
態」で、ホッとして退出して子どもを一
は、不安を感じないための唯一の防御装
人にし、誰もいない部屋の「孤独」に取
置でもあるのだ。自分が誰にも制御不可
り残してしまってはてはならない。こう
能で、自分の行動の結果みんなが混乱し
した状態を呈しているときが、新たな抱
たり困惑したりしている時、彼の万能感
きかかえ(ホールディング1この場合は
は満たされて、彼の不安や不快は最小と
D、ウィニコットの定義15するところの
なるのである。だから、彼らはそうした
意味。)が行えるチャンスなのである。抑
行動を手放さないですむように、あらん
制した状態のままでよいので、身体接触
限りの知恵を振り絞ったり、死にものぐ
を持って側について声をかけてやる。も
るいで抵抗したりするのである。
うろうとしてやり取りのない状態であっ
ても構わない。むしろ新生児を扱うよう
それでも少しずつ包囲網が狭められて
に、そこでやり取りを持ってやる必要が
くると、その中でちょっと適応するべく
ある。しばらく待つうちに解離状態が「融
努力してみたりもする。ぶつぶつ言った
けて」きて、少し「甘えと退行」が残っ
り、誤魔化されたり、ちょっと衝突した
ている状態で、いつもからは考えられな
りといったことがいろいろあって、やが
い「リアルな調子」で不安や不快さを訴
て限界がやってくる。何かの拍子に興奮
えたり、過去の「思いがけない記憶」を
し、かつてないぼどの大暴れと自傷他害
語ったり、ということが顕れてくること
一222一
も多い。怯えたり逃げたりしてはならな
っとしたお世話、きちんとした生活自律
い。介入する必要はないし、解釈も必要
課題(歯磨き、着替え、手洗いなどなど)
ないので、ただ全部受け止めて聞いてや
等で充分だと思われる。シールを貼って
れぱ良いのだと考える。
わかりやすく目標設定し、賞を与える。
賞は即物的なものではなく、なにか「し
このような「無力化と抱きかかえ」は、
てあげること」「かかわってもらうこと」
一回切りのドラマティックな展開で終わ
が良い。お散歩や虫取りに連れて行って
るわけではなく、もう少し「不顕在な感
もらう、ゲームしてもらう、そんなよう
じ」でだらだらと長く起こることもある
なことである。筆者は「肩車してあげる」
し、何度かのエピソードの中で繰り返し
ことを賞に設定するようせがまれ、実際
て起こってくることが普通である。子ど
もの凄くそれを励みにして頑張り、喜ん
もの側にも実感として「甘えられた」と
でもらえた経験がある。
いう満足感が残ることが多く、スタッフ
の側にも「初めて本当のこの子と向かい
このようなことが促進してきたら、教
合えた」という満足感が醸し出されてく
育機関(院内分教室)などに生活範囲を
ることが多い。
拡大し、できれぱ有能感の課題もそちら
へ移行してゆく。そこまでくれぱ、退院
や別の施設への移行を視野に入れた外部
D.規制の解除と健康な有能感の育成
との折衝や話し合いを開始しても大丈夫
どの程度で、という指標はなく、子ど
である。
もとスタッフの「満足感」を指標にする
しかないのだが、無力感の中でのホール
.61をにしこ《心の
ディングが何度か積み重なってくると、
イ1の
今度は少しずつ規制を解除する方向に向
かう。不思議なことにうまくホールディ
ングできている場合には、制限の解除を
㊥症例唾 A子初診時15歳(中3〉
子どもは喜ぶよりも、むしろ「不安がる」
⇔主訴1失神発作・夜驚・夜尿
ことが多いものである。
⇔入院依頼者1児童相談所
たことを促進するために、わかりやすく
⇔入院依頼時の状況1一時保護所へ保
護中
⇔家族の状況1母一人・子一人の母子
家庭
⇔入院依頼に至る経緯1
「賞を設定した行動療法」を組んでやる
中学生入学の頃から、学習面の遅れや
と良い。病棟でのちょっとしたお手伝い、
不登校傾向
小さな生活自立度の低い自閉症児のちょ
2年生になって盗み行為が繰り返しあ
「有能感」というものは、子どもの一
般的な生活の中の当たり前のことから積
み上げていくしかないわけだが、こうし
一223一
ったことが発覚
本人「家には帰りたくない。でも入院な
それを巡って母親からの本児への叱責
んかしたくない」。暗い表情でぼさぼさ
がエスカレート
の髪。年齢より幼い甘えたなしゃべり
・「殺されてしまう」と、児が担当教師に
方。
訴えたことから学校から児童相談所に
母親「私には許すことは出来ないし、も
虐待通告があり、一時保護所へ保護。
う躾られない。とにかく早く、きちん
・保護中の経過で、些細な叱責に対して
と独り立ちしてぼしい。そのために施
失神発作を起こしたり、夜驚・夜尿が
設で見てやって欲しい」。
見られたため、精神科的治療が必要と
担当W r「保護所で奇異な言動や、他児
判断されて、松心園へ入院の依頼があ
とのやりとりでトラブルが多く、一般
った。
の養護施設で対処が難しい。」
X年4月16日;児童福祉法(第27
⇔生育歴・家族歴
条)に基づく入所措置によって松心園
・A子の母は3人同胞の第2子。実母に
へ入院となる。
疎まれているとの思いが強く、実母と
・入院後各種検査所見l
の関係が悪い。
WISC一川 工Q86(VIQ80、
A子を妊娠中から、夫との折り合いが
P IQ89)、血液・脳波・CT所見に
悪く悩んでいた。
は異常を認めない。
A子を出産後、2歳の時に離婚。A子
発達史の確認からは、初期の発達の
を父と父方実家に置いて単身大阪へ。
遅れは認められない。小学校での学力
半年後にA子を引き取って母子二人の
の遅れは認めず、適応は比較的良好。
生活となる(母子寮)。
・入院後の病棟での様子1
・母子寮での生活時、母はうつ状態でA
病棟には比較的すぐ馴染み、スタッフ
子の世話をきちんと出来なかった。
に対しては過度に依存的。少し年少の
A子は文句も言わず身の回りのことを
児に対しても対等に要求し、大人気な
きちんとし、「自立の早い子」だと周囲
い。幼児や発達障害の児の面倒をみる
から言われていたが、母はこの頃のA
のは好きで、上手に遊ぶ。男性スタッ
子について印象がないという。
フには対しては回避的。夜一人で眠れ
・A子が小学校に入学する頃から、母親
ず付き添い要求がある。中途覚醒して
はヘルパーとして忙しく働くようにな
夜驚が見られ、毎日大量の夜尿あり。
る。A子の小学校適応は良好で成績も
次第に虚言や盗癖が目立ってくる。自
中の上くらいであったという。
分の行為に直面化すると解離症状や病
的な退行が出現。
⇔入院治療経過
X年4月6日1母子と担当W rで初診
・診断1
解離性障害(F44,0解離性健忘/F44,2
に来所。
一224一
解離性昏迷/F44,5 解離性てんかん)
い対応
行為障害(F引,1 非社会化型行為障
→解離症状は一種のトラウマ反応であ
害〉
る
→母親のとってきた対応をスタッフが
・治療目標と方針l
なぞらない
A.母子は限界に達し分離を必要とした。
(4〉依存欲求の受け入れと、発達促進
しかし関係の致命的破壊には至っていな
的な関わり
いo
→・児戯的かつ退行的な振る舞いを拒否
→最終的には母子の再結合を目指す。
しないで受容する
B.母親自身が実母に対して心理的葛藤
→その上で、健康的で自立的な児の機
を持っており、治療的関与を必要として
能を褒めて促す
いる。
→母親の外来通院治療を並行して行
第2期l A子と母親への治療的接近
(燦)定期的な所持品チェックの場での
う。
C.解離性症状や、盗癖や虚言といった
スタッフと児の触れあい
コントロールしにくい行動上の問題があ
今児をチエックするのではなく、児と
る。
スタッフが共にコントロールしきれ
→・病棟の構造を用いて強い枠組みで
ないものに立ち向かっている感覚を
保護する。
共有
D.幼児的心性を残し、人格的に未熟で
→主治医はその進展の度合いを評価し、
対人スキルも乏しい。
意識化する存在
今院内分教室の集団を利用して、発達
(2)解離症状の際などのスタッフによ
促進を援助する。
るケア
→トラウマとなっていたつらい体験が、
⇔入院治療の経過1
安全度の高い場所で再現され、言語
第1期l A子を抱える治療的枠組み作り
化される
の段階
(3)母親への外来カウンセリング
(1)病室は4人室を個室として利用
今虐待する母としてではなく、つらい
(2)虚言・盗癖が存在することを前提
中で支援もなく子育てを行ってきた
とした体制作り
一人の女性として共感的に接しても
→定期的かつ綿密な所持品チェック
らう体験
今虚言に振り回されないスタッフ間の
→児に依存されることへの強い嫌悪感
細かい申し送り
が言語化される
→これらの構造は児を縛るものではな
→その中で、母親自身の生い立ちと育
く、保護するもの
てられ体験が浮かび上がり、世代を
(3)事実を直視しつつも、追いつめな
超えた連鎖が意識され始める
一225一一
→・高校を卒業したら、自立して母親を
第3期l A子の再発達と再適応の援助
助けながら再度同居したいという具
(1)病棟内での適応的役割の獲得
体化された目標。
→小さい子どもたちへの優しい関わり
→児童相談所のケースワーキング。あ
をスタッフが評価
る児童福祉施設へ入所することを前
提に私立高校を受験、合格。
→児の中に有能感の芽生え
→・幼児の遊びやレクリエーションを企
→施設入所後も母子で外来通院を継続
画するという、積極的な役割を獲得
することを確認し、入院治療を終結
(2)院内分教室への登校促し
した。
→当初は顕著な怯え・抵抗。教室へ入
れず立ちすくみ。
→焦らずに見守り、励まし
⑭症例2 B男 初診時8歳(小3)
→級友の思いがけない声かけといった
⇔ 主訴1級友への暴力・盗癖・火遊び
ちょっとしたエピソードをきっかけ
愈 入院依頼者1児童相談所
に、すっとステップアップする。そ
の繰り返し。
禽入院依頼時の状況1一時保護所へ保
護中
→数ヶ月かけて授業にも適応。
⇔ 家族状況1母一人・兄一人の母子家
→得意な科目などで学業的にも有能感
庭
が芽生えてくる。
⇔ 入院依頼に至る経緯1
・就学前から多動や乱暴な行為。保育所
第4期1母子の緩やかな再結合と治療終
での適応は不良。
結
小学校入学後、衝動的とはいえない友
(1)母子の再結合
人への暴力行為の繰り返しや盗癖が出
→院内分教室の参観や、病棟行事への
現
参加から。
・他児の保護者からの抗議が殺到し学校
→次いで、意識的に定期的面会を許可。
適応は著しく不良に
面会後の母子の心情について丁寧に
・母親は本児へ体罰を伴う激しい叱責は
モニターする体制を取り、両者を支
するものの、適切な養育行動はとれず、
援する。
ネグレクトといえる状況にあった。
小3に自宅で火遊びをして失火。母親
(2)新たな目標設定と治療終結
→学業的有能感が育ち、高校受験への
は気道熱傷で入院。
意欲が強まる。
・本児は警察からの通告により一時保護
→また、さらなる将来には、母親のよ
所へ保護。行動上の問題が著しいため
うにヘルパーという職業や看護婦の
当院への入院が打診された。
ような職業に就きたい、という目標
が浮上。
⇔生育歴・家族歴1
一226一
に基づく入所措置によって松心園へ入
・母親の両親は既に死去しており、同胞
はない。母親自身幼児期の発達が遅く、
院となる。
小学校での適応は苦労したらしい。中
卒後定時制高校を卒業して生命保険会
⇔入院後各種検査所見l
社の外交員となり、懸命に働くことで
WISC−lll 工Q71(VIQ70、
高い営業成績を上げたが、後に身体を
P I Q76〉、血液・脳波・CT所見には
壊して退職。
異常を認めない。
発達史の確認からは、初期の発達の遅
・入籍していない父親との間に2子を設
けるが、父親はB男が2歳の時から行
れは認められない。学力の遅れは知能の
方不明。
遅れよりも大きい。
・兄とB男は0歳児から保育所に入所し
ており、夜は母親が保険外交の仕事に
⇔入院後の病棟での様子1
一緒に連れ回すような生活。車に子ど
病棟には比較的すぐ馴染み、他児と遊
もが放置されて寝ているのを見かけた
ぴ回る。スタッフに対しては警戒を崩さ
人や、食事をねだられた近所の住人か
ず、反抗的。目を見て会話しない。小さ
ら虐待通告が数回ある。
な幼児や発達障害のある児に目を盗んで
B男は幼児期から多動性・衝動性が強
巧妙に悪戯。病棟内の器物を破損したり、
く、最初の無認可民間保育所では納屋
鍵穴に物を詰めて回る行為。現行犯での
に閉じこめられる、洗濯機に入れられ
注意には反射的に謝るが、問いつめても
る、という折濫を受けたことがあり、
認めない。女性スタッフには対してはや
母からの訴えによって保育所を替わっ
や依存的。夜一人で眠れず付き添い要求
たことがある。
がある。毎日大量の夜尿あり。暗闇を怖
がり、遊具や乗り物にも恐怖感が見られ
⇔入院治療の経過l
る。
Y年5月15日1主治医が一時保護所
で診察。本人何を聞いても「しらん。
⇔診断;
覚えてへん」。目を合わそうとせず、時
多動性行為障害(F90,1
折上目遣いに見る。落ちつきなく常に
害)
多動性行為障
身体のどこかが動いている。母親は入
ているとのこと。
⇔治療目標と方針l
A.べ一スとしてAD/HD傾向のある
担当W r「保護所でも著しく多動で、他
児に適切な養育が為されず、叱責が積み
児に対する他害行動が多く、問題行動
重ねられた結果としての破壊的な行動の
の質もあって一般の養護施設で対処が
逸脱があり、生活が破綻した。母親の機
難しい。対処方針も見えない。」
能もかなり弱い。
Y年5月20日1児童福祉法(第27条)
→母子の再結合を目指しつつも、児に
院中で診察できず。施設入所は希望し
一227一
相応しい環境を模索。
(4)依存欲求の受け入れと、発達促進
B.養育者として明らかに力不足な母親
的な関わり
と、児の兄が自宅に残されており、兄の
→就眠時や夜間のトイレの付き添いを
学校適応にもかなり問題がある。
利用し甘えを引き出す。
今兄の外来通院治療を並行して行う
→児の健康的で子どもらしい興味(昆
形で母子と繋がる。
虫採集・飼育〉を認め、共有する関
C.著しい他児への他害や器物破損、盗
係作り
癖や虚言といったコントロールしにくい
行動上の問題がある。
第2期l B男と母親への治療的接近
今病棟の構造を用いて強い枠組みで
(唾)条件隔離指示という枠組み
保護する。
→何が良くなくて、なぜ制止されたの
D.大人に対する強い不信があり、自尊
かが見通せるようになる
心も極めて低い。
→・声かけに応じて止められたことを視
→スタッフとの安全感のある信頼関
係の構築を目指す。
覚化して評価
(2)隔離下でのスタッフの関わり
→隔離されても見捨てられない体験。
⇔入院治療の経過1
→見捨てない大人へのおずおずとした
第唾期多B男を抱える治療的枠組み作り
接近の開始。
の段階
→叱責に対して殆ど反射的に「ごめん
(1)病室は保護室(隔離室)を利用
なさい」を言うだけの児が、ぽつり
(2)他害行為・器物破損行為への明確
ぽつりと心情を言語化し始める。
(3)外来での兄の通院を開始
な対処基準作り
→絶対的に許容しない危険行為=「レ
→・B男同様、A D/H Dで決して学校
ッドカード」=即時隔離
適応も良くない兄。
→やめてぼしい行為=「イエローカー
一→投薬と学校への働きかけ、遊戯療法
ド」コまずは声かけ
を開始。
今全てを明文化(箇条書き)して掲示。
→警戒が強く頑なな母親に、共感的に
今隔離は段階的に実施し、興奮が強い
アプローチ。
時には抑制も実施。
(3)処罰と見捨てから、保護と抱え込
第3期l B男の再発達と再適応の援助
みへの対処転換
(1)病棟内生活の安定と遊びスキルの
・→隔離は児自身にもコントロール不能
獲得
で、児を破壊しかねない危険な衝動
性や攻撃性からの保護である。
→レッドカードにあたる行為は影を潜
→隔離して見捨てない。隔離下で積極
→イエローカードに当たる行為は多い
的に関与。
が、スタッフの声かけに明瞭に反応
める。
一228一
→絶望しそうになる母親を支えつつ、
できるように。
→主治医の評価も心待ちにする様子が
新たな適応環境を探る。
→最終的に情緒障害児短期治療施設へ
見られる。
→・スタッフとの病院内での昆虫採集と
措置変更。母親も転居して再就労し、
その飼育が遊びとして定着。スタッ
定期的な自宅への外泊を心待ちに。
フとの外出が何よりのご褒美に。
(2)院内分教室への登校促し
麟症例に関する考察1
→・学校の教師に対しても警戒、挑発、
いずれの症例に於いても、慢性的に経
ルール破りなどの試し行為からスタ
過する被虐待体験のなかで「安全感を喪
ート。
失」しており、自らを守るための病的な
→病棟同様、学校でもルールの明確化。
「解離による自己の疎隔化.1あるいは「万
初期は教師に暴力を振るっての下校
能感の肥大化」が認められた。それに基
→自室閉扉の繰り返し。
づく現実適応を困難とする逸脱行動とし
今数ヶ月かけて学校に適応。少しずつ
教師に馴染み、学業的にも取り組め
て、症例Aでは「盗癖」、症例Bでは「他
害・器物破損」が認められた。
ることが増えてくる。
こうした逸脱行動に対して、先に述べ
第4期1母子の緩やかな再結合と治療終
た松心園の治療戦略どおりに「徹底した
結
逸脱行動の規制」、すなわち症例Aでは持
(1)母子の再結合
ち物管理、症例Bでは他害時の隔離と抑
→母親は体調を壊して保険外交の仕事
制といった行動制限を施行した。それと
を退職。
同時に、その際のスタッフの対処の基準
→自分自身への振り返りと、母親とし
として「症状や行動化の外在化」を基本
ての内省。
に置き、症状や行動化を児の本来的な性
→院内分教室の参観や、行事への参加
質として非難し・内在化することを極力
からスタート。
避ける関わりを行った。
→一緒に外食する外出へ移行。
(2〉新たな目標設定と治療終結
現実化できる症状や行動化が規制され
→・児童相談所と協調して自宅と地元校
ることによって、児の万能感が無力化さ
への復帰を調整。
れ、混乱しつつも、無力な赤子としての
→地元校とそのP T Aからの著しい拒
「しがみつき」が顕在化する場面を捉え
絶。折衝の繰り返し。
て放置せず、スタッフがホールディング
→ようやく自宅への仮退院と試し登校
(抱きかかえ〉を行い、その中から関係
の期間を設定。
づけと信頼醸成が行われてきた。あとは、
一〉明白な無視や迫害。不安定になるB
次第に抑制を緩めつつ、児の持っている
男に対する監視的体制。
自然な万能感が顕在化・育成される機会
一229一
を与えて、回復をサポートした。
とした「ゆったり」とした病棟構造、お
よびスタッフの充実が欠かせない。もち
これらの児を中心としたサポートに加
ろん、それを支えるに足る「保健診療上
えて、虐待者である保護者への介入や、
の対価」が約束されなけれぱ、そのよう
環境を調整するための連係機能を組み合
な環境は実現しない。
わせて治療を完結した。
B.機関連係機能の保証
被虐待児治療は、医療機関が孤立して
iv.まとめ
行いうるものではない。司法・福祉・教
育・医療の幅広い連携を実現しなけれぱ、
平成13年度以降に、筆者が松心園に
その「戦略を立てる」ことさえ覚束ない。
於いて取り組んできた被虐待児の入院治
そのためには、通常の病棟のように医師
療について、松心園という病院の歴史的
と看護士のみを配置しても充足しない。
背景と現在の入院環境、第一種自閉症施
精神保健福祉士や心理士、保母、保健士、
設であることを生かした法的な入院の枠
法に通じた事務職員といった、幅広い分
組み、機関連携、最近の虐待臨床の数値
野の職員の配置と、機関連携を有機的な
的実態、被虐待児の臨床的理解と入院治
ものとするための不断の努力が必要とな
療の臨床戦略、症例をもとにした考察、
る。
といった各項に分けて分析し、報告を行
C.法的な援助の必要性
った。
現実に存在する治療機関のみならず、
今後も児童精神科医療機関や小児医療
そこでの治療を可能とする法的な整備と
機関が、被虐待児への治療的関与を要請
運用援助が必要である。現行の児童福祉
されるケースはおそらく増大するだろう。
法は被虐待児の医学的治療について考慮
そのなかで、特にその治療的関与を専門
されておらず、精神保健福祉法はこのよ
に行う医療機関を考えた場合、次の各項
うな児童の入院治療について考慮されて
を満たさないとその責をはたすことは難
いない。安全かつ人権に配慮された形で
しいであろうと考えられる。
こうした児童の入院治療が保証される制
度の実現が早急に必要である。
A.病棟の機能的構造とスタッフの充実
被虐待児治療は、児が互いに他害性を
D.治療技法の確立と普及
持ち、過去の体験に基づいて傷つけ合う
残念ながら、被虐待児の精神科的治療
という宿命を背負って行うものとなる。
は現在のところ精神科医ないしは小児科
それに現実的に対処するためには、児の
医の果たすべき役割として正しく認識さ
安全を確保し、一対一で向かい合って関
れていない。当然ながら、その治療理論
係を再構築するに足りる「個室を中心」
や技法の確立には費用と労力が注ぎ込ま
一230一
れておらず、これまでの理論の援用や、
海外でのトラウマ治療の輸入を通して
4Terr,LC,,Childhoodtrauma An
outlineandoverview,AmerlcanJournal
細々と展開されているに過ぎない状況に
ofPsychiatry,148,PP,10−20,1991。
ある。今回松心園が行った報告も、その
5紹e輌,M、,「分裂的機制についての覚
書(1946)」メラニークライン著作集4,
誠信書房
「か細い一つ」に過ぎない。今後、多数
の医療機関がこうした治療的取り組みに
参入する環境を整え、治療的なセ才リー
6Kleln,M,,「羨望と感謝(1957)」メラ
の確立にエネルギーを注ぐべきである。
ニー・クライン著作集5、誠信書房
アKlein,M、,「分裂病者に於ける抑うつ
に関する覚書(1960〉」メラニー・クライ
医療機関としての松心園は現在、歴史
的に大きな改変期にさしかかっており、
ン著作集5,誠信書房
精神医療センター全体の改編の中でどの
ような形態で存続できるかは不明瞭であ
8Klein,M,,「愛、罪そして償い(1937〉」
る。我々の被虐待児入院治療は、そうし
メラニー・クライン著作集3、誠信書房
た歴史の流れの中で必然的に発生し、行
9Steiner,」,,「妄想分裂ポジションと
抑うつポジションの間の平衡(1990)」ク
われてきたものであった。今後は逆に、
ラインとビオンの臨床講義、岩崎学術出
出来得れぱこうした治療を目的として、
版社
松心園の環境整備が行われていかんこと
を切望するものである。とにかく、これ
までの歴史の中で積み重ねてきた臨床的
な資産についてば、余さず継承できるよ
10Klein,M,,「精神機能の発達について
(1958)」メラニー・クライン著作集5、
誠信書房
口Klein,M、,「喪とその躁うつ状態との
関係(1940〉」メラニー・クライン著作集
3、誠信書房
うに配慮していきたい。
〈文献〉
12Klein,M,,「犯罪行為について
(1934〉」メラニー・クライン著作集3、
誠信書房
1自治労大阪府労働組合中宮病院支
部1松心園4843日.1983.
2大石聡ぼか1松心園の外来受診者の最
近の動向について.第44回児童青年精
神医学会総会.2003.
13Klein,M,,「分裂病者に於ける抑うつ
に関する覚書(1960)」メラニー・クライ
ン著作集5,誠信書房
桝Kleln,M,,「男の子の性的発達に対す
る早期の不安状況の影響」メラニー・ク
ライン著作集2、誠信書房
3vaハderKolk,B,vanderHart,O,&
Mamar,C,R,,OP,Cit、,”TraU鵬atic
StresS−TheEffectsOfOVerwhelm拍g
ExperienceonMind,Body,and
Society”,NewYork,TheGU“dford
press,1966,p,307,
15北山修、「ウィニコットのholdingに
ついての覚書(1985)」日本精神分析協会
誌
一231一