06P023_岡部 崇宏

平成 23 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ
論文題目
抗がん剤多剤耐性ヒトがん細胞に及ぼすプレニルオキシ
フェニルプロパノイド類の影響に関する研究
Studies on effects of prenyloxyphenylpropanoids on anticancer drug
multidrug resistant human cancer cells
生物薬剤学研究室 6 年
06P023
岡部 崇宏
(指導教員:鍋倉 智裕)
要 旨
P-糖タンパク質(ABCB1、MDR1)は ABC(ATP-binding cassette)トランスポ
ーターファミリーの1つである。ヒトでは小腸や腎臓、肝臓、副腎皮質、血液脳関門、
胎盤、造血幹細胞の他にもがん細胞膜上に発現し、細胞内に取り込まれた抗がん剤を
細胞外に排出することで抗がん剤多剤耐性を引き起こし、臨床上でも大きな問題とな
っている。
抗がん剤をよく効かせるためには P-糖タンパク質の働きを抑えることが必要であ
る。そこで本研究では抗がん剤であるビンブラスチンを基質として P-糖タンパク質に
対する 7 種類のプレニルオキシフェニルプロパノイド類化合物がヒト P-糖タンパク
質遺伝子導入 KB/MDR1 細胞に与える影響について検討を行い、その結果の考察を行
った。
今回検証に使用した 7 種類のプレニルオキシフェニルプロパノイド類の 1 つである
3-(4’-geranyloxy-3’-methoxyphenyl)-2-trans propenoic acid (GMPA)とその誘導体は
ラットを使用した実験で消化管がんの予防薬として期待されており、3-(4’-isopentenyloxy
-3’-methoxyphenyl)-2-trans propenoic acid (IMPA)、3-(4’-isopentenyloxyphenyl)
benzoic acid(IPA)、3-(4’-geranyloxy-3’- methoxyphenyl) benzoic acid (GMBA)はピロ
リ菌の発育阻害作用があり、3-(4’-geranyloxypheny2-trans propanoic acid (GPA) は
P-388 がん細胞に対して細胞毒性を示す。7-isopentenyloxy coumarin (I Coumarin)は
in vivo 試験においては phytopathogenic 菌類からの感染防御、in vitro 試験では菌の
感染治療後に化学合成されている物質である。
P-糖タンパク質の基質であるビンブラスチン単独とプレニルオキシフェニルプロ
パノイド類共存下で変化が見られないために、7 種類のなかに P-糖タンパク質の機能
を阻害し抗がん剤多剤耐性を克服する物質はないことが示唆された。
キーワード
1.P-糖タンパク質
2.抗がん剤
3.KB/MDR1 細胞
4.多剤耐性
5 細胞毒性
6.Cell Growth
7.プレニルオキシフェニル
8.P-糖タンパク質機能阻害
プロパノイド類
9.ビンブラスチン
目 次
1.はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
2.実験方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
(1)ビンブラスチンの細胞増殖に及ぼす天然物の影響・・・・・・・・・
4
3.結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
4.考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
謝 辞
8
引用文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
8
論 文
1.はじめに
P-糖タンパク質(ABCB1/MDR1)は ABC(ATP-binding cassette)トランスポーター
ファミリーに属しており、2 つのヌクレオチド結合領域(Nucleotide Binding
Domain:NBD)を持つ 12 回膜貫通型の膜タンパク質であり、ATP の加水分解エネ
ルギーを利用することで細胞内から細胞外へ選択的に輸送を行っており、1280 個
のアミノ酸で構成され、分子量は 140kDa であり、さらに糖が修飾されて 170kDa
程度の大きさであると推測されている。
P-糖タンパク質は 分子量が 300~2000 ほどの脂溶性の高い物質を基質として
いる。基質となる薬剤としては抗がん剤であるビンクリスチン、ビンブラスチン、パク
リタキセル、ダウノルビシン、ドキソルビシンのほかにもジゴキシン、ベラパミル、キニジン、
など(図 1)その基質の認識性は広い 1,2,3,4,5。P-糖タンパク質は小腸、腎臓、肝臓、
副腎皮質、血液脳関門、造血幹細胞や胎盤などの正常細胞だけではなく、がん細胞
においても過剰に発現している 1,2。その中で小腸に発現している P-糖タンパク質は
基質となる薬物の吸収を制限している。また脳や胎盤に発現している P-糖タンパク質は
薬物を含む生体異物から脳や胎児を保護する働きを有していることがわかっている 1。
最近では P-糖タンパク質を介する多くの薬物間での相互作用の報告がされている。
抗がん剤はがん治療において外科手術の対象とならない白血病や悪性リンパ腫の抗が
ん剤による治療が第一選択となることや抗がん剤を外科手術の前に腫瘍の収縮や手術
後のがんの転移や再発の防止などの目的で用いられている。しかし抗がん剤治療が有
効ながんであっても、治療途中や作用機序や構造が異なる複数の抗がん剤で効果が低
下することがあり、臨床上で大きな問題となっている。これが薬剤多剤耐性である。
P-糖タンパク質の機能を阻害する薬剤との併用により P-糖タンパク質基質である抗がん
剤が有効になることが示唆されている。そこで P-糖タンパク質の機能を阻害する化合物
の発見はがん治療において有効となるだろう。しかし現在では併用した P-糖タンパク質
の機能を阻害する薬剤の有害作用によって、思うような成果は示されていない。
1
そこで本研究においてはヒト P-糖タンパク質遺伝子導入 KB/MDR1 細胞を用いてプ
レニルオキシフェニルプロパノイド類が P-糖タンパク質の機能に及ぼす影響について実
験を行い、その結果の考察を行った。
ビンブラスチン
パクリタキセル
ダウノルビシン
ドキソルビシン
ビンクリスチン
ジゴキシン
ベラパミル
キニジン
図 1. P-糖タンパク質の基質として知られる薬剤
2
2.実験方法
実験細胞として、KB/MDR1 細胞を用いた。この細胞は、抗がん剤感受性 KB-3-1 細
胞にヒト P-糖タンパク質遺伝子を導入した細胞であり、京都大学農学研究科 植田和光
教授に提供いただいた。KB/MDR1 細胞は 5 μg/mL ビンブラスチン存在下、10 %ウシ
胎児血清含有 Dulbecco’s Modified Eagle’s medium (D-MEM) 培地にて 37 ℃、5 %
CO2 で培養を行った。
P-糖タンパク質の基質として、ビンブラスチン (和光純薬工業、大阪) を用いた。
また、7 種類のプレニルオキシフェニルプロパノイド類としてイタリア・キエーテ
ィ大学薬学部 Dr Salvatore Genovese 教授から御提供頂いた
3-(4’-geranyloxy-3’-methoxyphenyl)-2-trans propenoic acid (GMPA)、
3-(4’-isopentenyloxy-3’-methoxyphenyl)-2-trans propenoic acid (IMPA)、
3-(4’-geranyloxypheny2-trans propanoic acid (GPA)、
3-(4’-isopentenyloxyphenyl) benzoic acid (IPA)、
Cordoin、
3-(4’-geranyloxy-3’- methoxyphenyl) benzoic acid (GMBA)、
7-isopentenyloxy coumarin ( I Coumarin)を用いた (図 2) 。
GMPA
IMPA
GPA
IPA
3
Cordoin
GMBA
I Coumarin
図 2 プレニルオキシフェニルプロパノイド類
(1)ビンブラスチンの細胞増殖に及ぼす天然物の影響
ビンブラスチンを用いて KB/MDR1 細胞への細胞毒性を調べるために天然物を使用
して、テトラゾリウム塩 WST-8 (Cell Counting Kit-8、同仁化学研究所、熊本) を用いて
測定した。KB/MDR1 細胞を 96 well プレートに 2.5×104 cell/well となるように植え継
ぎ、天然物の共存または非共存下で各濃度 (20、10、6、4、2、1 μM) のビンブラス
チンを加えて2日間培養後、WST-8 を加え、さらに4時間培養を行って、マイクロプレート
リーダー (Multiskan Spectrum, Thermo Fisher Scientific) を用いてホルマザン色
素の吸光度を測定した (450 nm)。
4
4.結果
KB/MDR1 細胞において、GMPA(5μM)、IMPA(5μM)、GPA(5μM)、IPA(5μM)、
Cordoin(5μM)、GMBA(5μM)、I Coumarin(5μM)の共存、非共存で、P-糖タンパク質
の基質であるビンブラスチンの細胞増殖に及ぼす影響を測定した。
その結果、KB/MDR1 細胞に対する影響はビンブラスチン単独と比較して IMPA 共存
における変化は見られず、GMBA 共存においても変化はみられない。さらに GMPA 共
存においても変化は見られない。また GPA 共存においてもビンブラスチン単独と比較し
て数値が尐し下回ったが大きな変化は見られず、抗がん剤であるビンブラスチンの耐性
を克服したとは言えない(図 3)。
さらに IPA 共存においてはビンブラスチン単独と比較し数値が全体的に変化は見られ
ず、耐性を克服したとは言えない、さらに Cordoin 共存、I Coumarin 共存においてもビ
ンブラスチン単独と比較しても細胞増殖を抑制するという結果は得られなかった(図 4)。
図 3 ビンブラスチン単独と GMBA、IMPA、GPA 共存による細胞増殖に及ぼす影響
5
図4
ビンブラスチン単独と IPA、Cordoin、GMBA、I Coumarin 共存による細胞増殖に
及ぼす影響
5.考察
KB/MDR1 細胞において、GMPA(5μM)、IMPA(5μM)、GPA(5μM)、IPA(5μM)、
Cordoin(5μM)、GMBA(5μM)、I Coumarin(5μM)の共存、非共存で、P-糖タンパク質
の基質であるビンブラスチンの細胞増殖に及ぼす影響を測定した結果、KB/MDR1 細
胞はビンブラスチン単独と比較して GMPA(5μM)、IMPA(5μM)、GPA(5μM)、
IOPA(5μM)、Cordoin(5μM)、GMBA(5μM)、I Coumarin(5μM)共存において P-糖タ
ンパク質の機能を阻害し細胞増殖が抑制され抗がん剤多剤耐性が克服されることはなか
った。
プレニルオキシフェニルプロパノイド類について GMPA は Curini 氏らによって発見さ
れてミカン科の Acronychia baueri Schott から抽出されたフェニラ酸から生合成された
二次代謝産物である。合成は触媒として H2SO4 を用いてメタノール処理を行うことで、市
販されているフェニラ酸からも合成することが可能となっている。GMPA とそのエステル誘
6
導体はラットを用いた実験ではさまざまながんの予防薬、その中でも特に消化管がんの
予防薬として期待されている 6。IMPA はピロリ菌の発育を阻止する物質であり、Boronic
pinnata Sm.の乾燥した根茎からアセトンで抽出したものを、シリカゲルクロマトグラフィ
ーと TLC を用いることで単離することができる 7。GPA、IPA は Zanthoxylum
Pistaciflorum Hayata の葉からクロロホルム可溶性画分にメチルエステル体としてそれ
ぞれ抽出された物質である。GPA においては in vitro 試験において P-388 がん細胞に
対して弱い細胞毒性を示すことが示唆されている。Cordoin は Derris sericea の根皮か
ら単離され、GMBA は苔類の Trichocolea lanata.から単離されたものである。
さらに in vivo な試験において I Coumarin は phytopathogenic 菌類からの感染症
に対する防御として、in vitro 試験では菌による感染症の治療後に化学合成される物質
として研究が行われている 10,11。
以上のことから 7 種類のプレニルオキシフェニルプロパノイド化合物はがんの予防やピ
ロリ菌の発育阻害などのさまざまな効果が期待できるが P-糖タンパク質の機能を阻害す
ることで抗がん剤多剤耐性を克服作用は有していないことが分かった。
7
謝 辞
本研究において KB/MDR1 細胞を御提供いただいた京都大学農学研究科 植田和
光教授、プレニルオキシフェニルプロパノイド類を御提供頂いたイタリア・キエー
ティ大学薬学部 S.Genovese 教授をはじめ、御指導いただいた諸先生方に感謝申し
上げます。
引 用 文 献
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