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水和した層状硫化物の超伝導*
東京大学大学院新領域創成科学研究科 野原 実
層状ニオブおよびタンタル硫化物は,水分子の層間挿入によって転移温度 Tc が上昇
する[1].無水 A0.33TaS2 の Tc は,アルカリ金属 A の種類に依存し,A = Li では超伝導を
示さないが,A = Na, K, Rb, Cs では 3.0 – 4.7 K の範囲で変化する.ところが,層間に水
分子を挿入した A0.33(H2O)yTaS2 では,A イオンの個性が消えて, A イオンの種類や水
分子が1層であるか2層であるかによらず Tc = 5.5 K となる.
私たちのグループでは,ミスフィット層状硫化物でも水和超伝導が発現することを
見出した[2].水分子の層間装入による Tc の変化は,複雑ではあるが,同様に理解でき
る.無水 (MS)1+δ(TaS2)2 は,図 1 に示すように,岩塩層 MS (M = Sn, Pb, Sb, Bi) と2枚
の TaS2 層が交互に積層した構造で,隣接する TaS2 層間にアルカリ金属イオンと水分子
の 挿 入 が 可 能 で あ る . 無 水 物 と , 層 間 に Na お よ び 2 層 の H2O を 挿 入 し た
Nax(H2O)y(MS)1+δ(TaS2)2 の Tc は,表 1 に示した通りで,M = Sn では水和により超伝導が
発現するが,逆に M = Bi では超伝導が消失する.M = Pb, Sb では,水和により Tc が上
昇する.
この化合物では,伝導を担う Ta dz2 軌道へのキャリア注入が,岩塩層 MS と Na の両
方からおこるので,一見複雑な様相を呈するが,岩塩層 MS から注入されたキャリア
量 N(M)が,N(Sn) < N(Pb) ~ N(Sb) < N(Bi) のように増加すると考えれば Tc の変化を理
解できる.すなわち,無水 (MS)1+δ(TaS2)2 において,M = Sn ではキャリアが不足し,dz2
軌道に対してアンダードープの状態,M = Pb, Sb ではほぼ最適キャリア数,M = Bi で
はややオーバードープである.Nax(H2O)y(MS)1+δ(TaS2)2 では,さらに Na からキャリア
が注入されるので,アンダードープであった M = Sn では超伝導が発現し,ややオーバ
ードープであった M = Bi では超伝導が消失してしまう.ここで強調したい点は,水和
物での最適化された転移温度 Tc ( = 4 K) が無水物のそれ Tc ( = 3.5 K) に比べて明らか
に高いことである.このことは,上述のリジッドバンド模型によるキャリア注入のシ
ナリオが単純化されすぎたものであり,水分子が超伝導転移温度の上昇になんらかの
役割を果たしていることを示している.
最も単純な水分子の役割は,層間隔を広げるスペーサーといえる.図2に示した,
タンタル硫化物およびコバルト酸化物における Tc と層間距離 d の関係をみると,両者
とも,層間距離が約 7 Å 以上で超伝導が発現していることが分かる.層間距離がある
臨界値以上になると,アルカリ金属イオンが TaS2 (CoO2) 層につくるクーロンポテン
シャルが,十分に遮蔽されるものと思われる.硫化物では S2–のイオン半径が大きく,
容易に d > 7 Å を満たすことができる.一方で,酸化物では O2–のイオン半径が小さく,
d > 7 Å とするには2層の水分子を挿入する必要がある.さらに,水分子の分極による
クーロンポテンシャルの遮蔽や,水分子による電気伝導層の局所誘電率の変化も考慮
する必要がある.また,硫化物ではアルカリ金属から距離が離れた Ta dz2 軌道が電気
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伝導を支配しているが,酸化物では Co t2g 軌道に加えて酸素 2p 軌道が伝導に寄与する
とされる[3].このため酸化物は,よりアルカリ金属イオンの影響を受けやすく,物質
設計も難しくなる.逆に,硫化物はアルカリ金属の影響が少なく,超伝導を示す物質
が多く存在する.
参考文献
[1] A. Lerf, et al.
Mat. Res. Bull. 14 (1979) 797.
[2] N. Katayama, M. Nohara, F. Sakai, and H. Takagi, submitted to J. Phys. Soc. Jpn.
[3] C. A. Marianetti, G. Kotliar and G. Ceder, Phys. Rev. Lett. 92 (2004) 196405.
*この研究は,片山尚幸,坂井富美子,高木英典との共同研究である.
表1.無水 (MS)1+δ(TaS2)2 および2層水和物 Nax(H2O)y(MS)1+δ(TaS2)2 における超伝導転移温度 Tc
無水物
水和物
2.0 K
4.0 K
Pb
3.3 K
3.7 K
Sb
3.0 K
3.5 K
Bi
2.7 K
M
Sn
<
<
2.0 K
図 1. 無水 (MS)1+δ(TaS2)2 および2層水和物 Nax(H2O)y(MS)1+δ(TaS2)2 の結晶構造
図 1.
層状タンタル硫化物およびコバルト酸化物における超伝導転移温度 Tc と層間距離 d の関
係.”monolayer”は1層の水分子を,”bilayer”は2層の水分子が挿入された水和物を示す.
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