色温度時刻変動照明が生理心理機能に及ぼす影響

千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2001)
色温度時刻変動照明が生理心理機能に及ぼす影響
―時間帯による効果―
キーワード:
「色温度」
、
「時刻変動」
、
「概日リズム」
人間生活工学分野:中居
一弘
■はじめに
照明は空間を構成、演出する大きな要因の1つである。例
えばオフィス空間等における照明環境としては、眠気や疲労
を感じにくく、また快適に集中して作業を行うことができる
ような環境が理想的であるといえる。
戴ら(2000)は、被験者の自由選択によって得られた照明の
色温度の時刻変動曲線が太陽光の色温度の時刻変動と酷似し
ていることを示した上で、早朝から夕方まで、精神作業中に
その光条件に暴露することにより、人の生理心理機能に有効
であることを報告した(Fig.1)
。しかしこの色温度時刻変動曲
線による影響は、太陽光の色温度変動に同期することによる
効果なのか、それとも時間帯にかかわらず時刻変動曲線の推
移による効果なのかについては明らかにされてはいない。
そこで本研究では午前中に色温度が上昇する照明条件と、
午後に色温度が上昇する条件とを比較検討することにより、
色温度変動曲線の時間帯との関連や、その有効性についてよ
り明確にすることを目的とした。
K
5900
5700
5500
5300
5100
4900
4700
4500
7:30
7.5
8:30
8.5
9:30
9.5
10:30
10.5
11:30
11.5
12:30
12.5
13:30
14:30
15:30
16:30
17:30
13.5
14.5
15.5
16.5
17.5
Fig.2
色温度午前上昇条件
9:30
9.5
11:30
11.5
hour
K
5900
8000
5700
太陽光
色温度(K)
被験者選択
5500
5300
5100
6000
4900
4700
4500
4000
7:00
7:30
7.5
9:00
Fig.1
11:00
13:00
時刻
15:00
8:30
8.5
10:30
10.5
12:30
12.5
13:30 14.5
14:30 15.5
15:30 16.5
16:30 17.5
17:30
13.5
17:00
Fig.3
色温度午後上昇条件
hour
太陽高度と被験者選択の色温度変動
■実験方法
被験者は健康で色覚の正常な男子大学生 7 名とした(20∼
25 歳)。実験条件は、午前中に照明の色温度が上昇し午後は一
定とする色温度午前上昇条件(Fig.2)と、午前は一定で午後
に上昇する色温度午後上昇条件(Fig.3)の 2 条件とした。各
条件とも色温度上昇期間の色温度値の推移は、先行実験に従
い(下式)、最低値は 4710K、最高値は 5920K であった。
3
2
y=0.000011t-0.0218954×10t+9.596992t+4715
t:min.
また両条件とも一定期間の色温度は 5000K とした。実験中の
照度は 1000lx で一定とした。
実験は午前中は 7:30 から 12:30、
午後は 13:30 から 17:30 の、合計 9 時間で行われた。12:30 か
ら 13:30 は休憩時間とし、その間の照明は色温度 5000K、照度
350lx とした。また実験の際、被験者に照明条件の違いについ
ての説明はされなかった。
被験者は各条件の一週間前から生活統制を行い、6:30 に起
床、23:30 に就寝し、体内リズムの調整を行った。生活調整期
間は昼寝や飲酒、カフェインの摂取等が禁止され、また毎日
その日の生活記録の記入を行った。また実験当日の朝に太陽
光に暴露されることを避けるため、被験者は実験前日夜は実
験室で就寝した。
Fig.4 に実験の手順を示す。測定時間に、被験者は 10 分間
隔で 1 分間の光源直視を行った。また主観評価と血圧、直腸
温の測定が 20 分間隔で、脳波の測定とクレペリンテスト、時
間推定タスクが 1 時間間隔で行われた。脳波は国際 10-20 電
極法に基づいた Fz、Cz、Pz の三箇所から測定された。クレペ
リンテストでは加算テストと加算奇偶判別テストを行った。
また時間推定タスクでは、被験者にストップウォッチを渡し、
自身が 90 秒だと思ったところでストップウォッチを止めるよ
う指示した。測定された時間は被験者にフィードバックされ
なかった。測定以外の時間には単純な精神作業としてジグソ
ーパズルを課した。
また、測定されたデータは標準化され、条件と時間を要因
とする二元配置の分散分析を行った。分析は午前と午後に分
けて行った。
1 日の流れ
準備
6:30
測定時間
7:30
休憩
12:30
測定時間
13:30
17:30
1 時間の流れ
主観評価
血圧測定
0
時間推定
タスク
10
主観評価 クレペリン 主観評価
テスト
血圧測定
血圧測定
20
Fig.4
30
40
実験タイムスケジュール
脳波測定
50
60
千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2001)
■結果
◇脳波パワー値
◇主観的疲労感
タスク遂行中のFz、Cz、Pz における脳波の帯域別パワー密度は記
記憶セットサイズの増加に伴って評価値が増加した評価項目は,ア
憶セットサイズの違い、測定部位の違いによる有意な差は見られなか
ルファベット条件では「知覚的要求度」「身体的要求度」「努力」、ラン
った。つまり、タスク中の被験者の覚醒度はほぼ一定に保たれていた
ダムドット条件では「知覚的要求度」「作業成績」「
努力」であった。
ワー
ことがわかる。
クロード総合点は、ランダムドット条件で記憶セットサイズの増加に伴
◇指標間の相関分析
い有意に増加した(図 2 参照)。
それぞれの指標の結果を相関分析によって解析した結果、テスト刺
激弁別時のP300 潜時、CRT-SRT 値、ワークロード総合点の3 つの結
90
果には互いに有意な正の相関があることが示された(図 5 参照)。
600
500
CRT-SRT(
ms)
40
30
20
10
0
1個
2個
3個
4個
ワークロード総合点
ワークロード総合点
80
70
60
50
400
300
200
記憶セットサイズ
図 2 記憶セットサイズ別の総合評価点(ランダムドット条件)
100
300 350 400 450 500 550 600
CRT-SRT 値はアルファベット、ランダムドット条件ともに記憶セット
サ
90
80
CRT-SRT 値が高かった(図 3 参照)。
800
400
700
正棄却
300
CRT-SRT(ms)
CRT-SRT(ms)
正再認
250
200
150
100
500
400
70
60
50
40
30
20
10
0
100
300
100
0
1個
7文字
2個
3個
4個
記憶セットサイズ
記憶セットサイズ
200
300
400
500
600
CRT-SRT(
ms)
200
0
5文字
正棄却
600
50
3文字
正再認
ワークロード総合点
べると、アルファベット、ランダムドット条件ともに正再認時の方が
P300潜時(ms)
100
イズの増加に伴って有意に増加した。また正再認時と正棄却時を比
1文字
300 350 400 450 500 550 600
P300潜時(ms)
◇反応時間(CRT-SRT)
350
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
図 3 記憶セットサイズ別の CRT-SRT 値
(左:アルファベット条件/右:ランダムドット条件)
◇事象関連電位の P300 成分
図 5 2つの指標ごとの散布図
(左上)CRT-SRT とP300 潜時
(右上)ワークロード総合点とP300 潜時
(左下)ワークロード総合点とCRT-SRT
■考察
本研究では、記憶セットサイズの増加にともなって主観的疲労感が
テスト刺激弁別時の P300 成分潜時は、ランダムドット
条件で記憶セ
増加することが示された。これは精神作業中の記憶負荷が増大すると
ットサイズの増加に伴なって有意に延長した。またアルファベット、ラン
作業者が感じる疲労が高まることを示している。またCRT-SRT の延長
ダムドット条件ともに、正再認時は正棄却時よりも P300 潜時が有意に
は作業記憶内情報との照合回数の増加を示すもとのいえる。一方
長かった。一方、P300 成分振幅については、記憶セットサイズの有意
P300 成分潜時の延長は、神経レベルでの刺激の処理判断時間の延
な効果は見られなかった。
長を示すものといえ、これは宮谷ら(1994)の結果と一致する。また総
◇脳血液動態
ヘモグロビン変化量の増加は、記憶負荷の増加に伴なって、脳内の
タスク遂行中の前額部における総ヘモグロビン量は、ランダムドット
代謝活動が活性化したことを示す。このように、精神作業時に課され
条件で記憶セットサイズの増加に伴なって有意に増加した。閉眼安静
る記憶負荷は、作業者の心理、生理機能に様々な影響や弊害を与え
時と比較すると、低記憶負荷条件では閉眼安静時よりもヘモグロビン
ることがわかる。インタフェースデザインにおいては、作業者の記憶へ
量は減少し、高記憶負荷条件では増加した(図 4 参照)。
の負荷を軽減させることが作業者の疲労の軽減や作業効率の低下を
防ぐという意味でも重要であるといえるだろう。
総ヘモグロビン変化量(μmol/L)
0.4
相関分析の結果、反応時間、P300 潜時、主観的疲労感には互い
0.2
に正の相関があることが示され た。これは記憶負荷を測定する指標と
0
-0.2
しての反応時間や P300 潜時の有用性を示すものといえる。今後はイ
-0.4
ンタフェースデザインの評価において、これらの指標の積極的な活用
が望まれるだろう。
-0.6
右前額部
左前額部
-0.8
-1
1個
2個
3個
4個
記憶セットサイズ
図 4 記憶セットサイズ別の総ヘモグロビン変化量
(ランダムドット条件)