重症感染症領域情報 急性期医療における私の治療 第19回 ICUにおける全身管理、重症感染症管理は早期診断、早期治療が要 敗血症に対する補助療法も積極的に実施 金沢大学医薬保健研究域 周術期管理学 教授 金沢大学附属病院 集中治療部 部長 谷口 巧 先生 多数の医師がICUに専従し、広範の専門性を持つ。 ―はじめに金沢大学附属病院 集中治療部の特徴についてお聞かせください。 谷口先生: ICUの病床数は22床、専従の医師12名、看護師73名と、ICUとしては多くの人員を擁しています。 2013年実績では1,422名の患者さんが入床および退床されました。 当院のICUは、術後・救急・内科系・CCUも含めた全てを網羅して対応していることが特徴です。 また、セミクローズドの体制を取っており、ICUにおける治療方針や治療内容についての患者さん・ご家族への説明は主治医が行いますが、治療全体 のディスカッションや治療方針の決定はICUの医師がメインとなり主治医と協力体制で実施しています。この体制により、かなり良好な治療成績をあげ ています。軽快率95%とよく言いますが、それくらいの成績を挙げているのが現状です。 また、術後管理、救急医療、内科系およびCCUも含め、広範囲に網羅した治療を行っていることも特徴です。我々は、脳神経外科、循環器科、麻酔科、 内科、小児科などのさまざまな専門性を持つ医師の集まりであり、必要に応じて血液浄化、血管造影などにも対応できる体制を整えています。 ―良好な治療成績が得られていることには、どのような要因があるのでしょうか。また、課題はありますか。 谷口先生: 当科では軽快率95%という成績が維持されています。これは、ICUの体制が整備されたことにもよりますが、早期診断・早期治療を実践していることに よると考えています。治療においては早期発見、早期診断が最も重要です。そのためには、早い段階でICUに紹介してもらうことが必要です。当科で は、半数の医師は2年間でローテーションし、元の診療科に戻りますが、ICUにおいて協働した経験が有機的に機能しています。当科の考え方、実践を 共有した医師が各科にいることで、適切な時機にICUへの依頼を判断することが可能になっており、早期治療に繋がっているのです。 また、当科には一般病院からさまざまな重症患者さんが搬送されますが、その中にはあと1日、2日早ければ助かった、あるいは早期に回復することが できるといったケースが実に多いのが現状です。反対に、搬送が早すぎるというケースは皆無です。ICUでの治療をより早期に開始するためには、医師 同士の関係を構築することが大切だと考えています。「適応となる救急患者、重症患者をいかに選定し、早期治療につなげるか」、これを常に考えなが ら、一般病院の先生方とのつながりを保ち、ICUの敷居が低くなるよう、講演などの活動も積極的に実施しています。 ―現在取り組んでいる研究テーマについて教えてください。 谷口先生: 一つは敗血症の治療です。その中で、γグロブリン製剤の有用性、血液浄化療法の有用性、鎮静が敗血症に及ぼす影響について研究を進めていま す。 二つ目は血液浄化療法に関する研究で、多臓器不全、肝不全、心不全、呼吸不全などの合併例に対する有用性を検討しています。 三つ目は周術期の心臓の治療です。当科では心臓に関して、循環器内科から心臓血管外科、術後管理と周術期のすべてに関与しています。そのた め、強心薬使用の是非、奏効する併用薬の探索などをはじめ、心血管治療に関して網羅的に研究を行っています。 敗血症など重症感染症の治療:重症であることを踏まえ、血液浄化療法、γグロブリン療法を積極的に実施。 ―感染症対策および敗血症などの重症感染症の治療ではどのような点に留意されていますか。 谷口先生: ICUではすべての感染症に対応する必要がありますので、感染症に関して専門性の高い他科医師と連携を 密に取りながら治療を実施しています。 また、敗血症などの重症感染症においても重要なのは、やはり早期発見、早期治療に尽きると考えていま す。 ―日本版の敗血症診療ガイドラインでは、急性血液浄化療法は弱い推奨で認められており、γグロブリン療法も同様に認められています。 これらの治療法の意義については、先生はどのようにお考えでしょうか。 谷口先生: 血液浄化療法については、行った患者さんよりも行わなかった患者さんの方がICU滞在期間は長いという自験データ*を得ており、その有効性は明ら かと考えています。したがって、血液浄化療法は積極的に行うという方針で、血液濾過、血漿交換、エンドトキシン吸着、サイトカイン吸着など、多くの手 法を症例に応じて選択しています。 γグロブリン製剤についても同様に、奏効する症例が存在する以上、使用する方がよいと考えています。 血液浄化療法とγグロブリン療法の使い分けについて問われることがありますが、重症患者に対しては出来得る限りの治療を施す必要があると考え ており、当科ではnon-renal、すなわち非腎臓の目的で血液浄化療法を実施する症例では重篤なのであって、ほとんどの症例でγグロブリン製剤も併 用しています。 尚、早期発見、早期治療の観点から敗血症における補助療法を勘案すれば、第一にγグロブリン、第二に血液浄化と言えるかもしれません。ただし、 新鮮凍結血漿使用例および肝不全症例では、血液浄化療法のみを行います。 *:J Gastroenterol Hepatol.29,782-786.2014 ―γグロブリン療法の意義、使用の目安について教えてください。 谷口先生: 敗血症で臓器障害を伴い、免疫力が低下しているような症例で、早期に現状を改善しなければ致死的となる状況では、γグロブリン製剤を投与するこ とにより改善率が高まります。また、肝障害の合併などでγグロブリンの産生が低下するような症例ではそれを補充する必要があります。早期発見、 早期治療を心掛け、患者さんの状態と検査値から悪化が予測された時点で躊躇なくγグロブリン製剤を投与することが、改善率の向上につながると考 えます。 尚、誤解していただきたくないのは、敗血症ショックで今、搬入されたけれども原因が不明の状態でγグロブリン療法を実施するか?これはNoです。あ くまでも原因を追求し、原因がわかり、その原因を除去しながら、臓器障害がどこまであるのかを確認した上で、γグロブリン療法を実施する。これが敗 血症に対してIVIG療法を行う際の早期発見、早期治療ということになるだろうと思います。 ―DIC対策はどのように行っているのでしょうか。 谷口先生: 当科では、急性期DIC診断基準または厚生労働省DIC診断基準に基づいてDICと診断した症例では、基礎疾患の治療とともにDICの治療を開始します。 ATIIIの検査は必須とし、敗血症性DICと判断された場合はATIII活性値を目安にATIII製剤を投与します。ATIII活性の目標値についてはさまざまな見解が ありますが、ATIII活性値低値例では悪化が認められるため、ATIII製剤を補充するという考え方です。また、抗凝固薬、例えばヘパリンに関しては入れて もいいかなと思いますが、トロンボモジュリン製剤については合併症で出血がなければ投与するけれども、出血が懸念される症例では投与していない のが現状です。 ―感染症対策の課題についてはどのようにお考えでしょうか。 谷口先生: 近年はエボラ出血熱などの新興感染症が勢力を増し、臓器障害もより深刻となることが予想されます。また、既存の起炎菌でもアウトブレイクの可能性 があります。我々は、これらに対する新しい治療法の確立と対策を行っていく必要があり、それに向けて努力しているのが現状です。 若い医師にとって魅力ある医療であるため、門戸を広げて受け入れる。 ―若手医師の育成にはどのように取り組んでおられますか。 谷口先生: 軽快率95%といっても5%は助からない。敗血症では80%の患者さんが救命されればよいと言われていますが、あと5%、20%の患者さんを助けるため には、標準的治療からさらに踏み込んだ治療を考えていかなければなりません。 私が若い医師によく言うのは「一番の教科書は患者さんだ」ということです。同じ臨床症状、検査値を示し、同等の状況下にあっても反応が異なること はよくあります。だからこそ、救えなかった患者さん含め、一人一人の経緯を慎重に振り返り、経験則を養う必要があります。 どの地域でも救急集中治療を担う医師が不足しており、その主な理由は、魅力が感じられないこと、勤務がきついこと、それに見合う対価がないことと 言われていますが、若い医師に興味を持ってもらうためには、患者さんの命を救う経験を積んでもらうこと、そして若手医師が在籍する教室に活気があ ることが必要だと思います。事実、私が教授職に就いてからは会話も笑いも増えたと自負しています。 さらに、若い医師のやりたいことが実現できる受け皿が必要です。そのために、心臓、呼吸器、血液浄化、感染症、救急医療など、ICUで経験できる門 戸を広げることは一つ良い方法ではないかと思います。当院では現在、麻酔科、手術室、ICUが一体となった運営が行われています。これにより良好な 連携とコミュニケーションが保たれており、さらに救急医療とも連携できれば、若手医師の経験が広がり、魅力ある環境になっていくと思います。 ―若手医師へのメッセージをお願いします。 谷口先生: 夢を持って欲しいですね。それは、一人でも多くの患者さんを助けたい、こんな医者になりたい、など何でもい いのですが、できれば大きな夢を持ち続けて欲しい。望めば必ずそれを後押ししてくれる人や運がついてくる と信じています。それが叶わなかったとしても、広げた風呂敷を畳むのもまた面白いと思うのです。 当科も5年前は8床でした。そこから少しずつ病床数や連携が増え、現在は麻酔科、手術室まで網羅していま す。それも、夢を持ち続けたからこそであり、これからも夢を膨らませていきたいと思います。
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