新生ストラテジーノート 第 200 号 2015 年 10 月 9 日 調査部長 江川 由紀雄 [email protected] (03) 6880-6035 日本の証券化商品からトリプル A 格が消滅する日の心構え 一部の外資系格付会社の格付け体系上、ノリシロがなくなった 格付会社が日本国債(日本政府の債務の格付け、ソブリン格付け)を格下げしても、市場関係 者の間ではほとんど話題にすらならないし、マスコミも余り騒がなくなった。思い起こせば、 Moody’s が 2002 年 5 月、日本国債を Aa3 から一挙に2ノッチ格下げし、 A2 にした時期の 前後、財務省と Moody’s が激しく文書でやりとりした。財務省から Moody’s 宛に発出された レターの要旨が財務省のウェブサイトで公開された 1。これに比べ、2015 年 9 月 16 日付で Standard & Poor’s が日本のソブリン格付けを AA- から1ノッチ格下げ、 A+ にした際の日 本政府の反応は冷ややかだった。その翌々日、9 月 18 日の定例記者会見で、麻生太郎副総理 兼財務大臣兼金融担当大臣は、「あまり話題にするほど意味がないということだと思いますけれ ども。それだけ影響力がなくなったのですね。普通だったら(国債の利回りが)上がるでしょう。(格 付けが)下げられたら(利回りが)上がるものなのではないですか。何の意味があるのでしょうね。 格付け会社の反応に市場が反応しないということなのではないですかね」 2と述べた。麻生大臣の 言う通り、国債市場はまったく反応しなかったし、そもそも日本国債の市場参加者がソブリン格付 けを投資判断や価格評価に利用しているとは思えないのが現実である。これは国債に限らず、地 方債もほぼ同様であろう。格付けが下がったからと言って、利回りが有意に変化するものではな い。(更に言えば、地方債については、無格付けで起債する団体もあるところ、無格付け発行体と 格付けを取得している発行体とで、有意な差が見られるとは思えない。このことは、本稿の趣旨か ら外れてしまうので、これ以上言及しない。) ソブリン格付けに関連する軋みや混乱は、国債や地方債ではなく、市場参加者の間で格付け が相応に参考情報として用いられている他の分野で生じ得ると筆者は考えている。特に金融機関 の格付けと証券化商品の格付けが気になる分野である。本稿では、そのうち、ソブリン格付けと証 1 現在もなお財務省のウェブサイト上に掲載されている。なお、 Moody’s から財務省に宛てた 返信は公開されていないが、財務省から Moody’s に宛てた再返信の要旨を読めば、どのよう な返信があったのか、ある程度推測できるものとなっている。 財務省 「外国格付け会社宛意見 書要旨等について」 http://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/index.htm 2 麻生副総理兼財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要 (平成 27 年9月 18 日(金)9時 57 分~10 時 11 分) http://www.fsa.go.jp/common/conference/minister/2015b/20150918-1.html 1 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 券化商品の格付けとの関係、そして、ソブリン格付けが更に引き下げられた際などに想定される 日本の証券化商品の格付けのトリプル A 格からダブル A 格への一斉格下げについて考察を加え てみたい。 本稿で言及する Moody’s, S&P 等の外資系格付会社による日本国債の格付けを含むソブリ ン格付けは、金融商品取引法第 66 条の 27 に基づく金融庁長官の登録を受けていない無登録業 者による信用格付(無登録格付)である。金融商品取引業者は、無登録格付を金融商品取引契 約の勧誘目的に利用しようとする際には、無登録格付に関する一定の事項を記載した書面を交 付し、説明する必要がある。本稿は情報提供を目的とした文書であり、勧誘目的に使用されること は意図していない。新生証券の役職員による本稿の勧誘目的の利用は禁止する。 証券化商品の格付けは、ソブリン格付けを何ノッチまで上回れるか 格付会社は各社とも、格付け手法(格付け方法、格付け規準等、呼称はまちまちであるが)を記 載した文書をウェブサイト上で無料公開している。本稿執筆時現在、格付会社のウェブサイトで公 開されている現行の格付け手法を基に、 Moody’s と S&P について、証券化商品の格付けとソ ブリン格付けの関係について以下に概観しておく。なお、格付け手法は、格付会社自らが随時改 訂できるものであり、過去を振り返っても、頻繁に改訂されてきていることに留意しておきたい。現 行の格付け手法を前提に、議論を進める。 Moody’s は、国債の格付け(中央政府の債務の格付け)とは別途決定する「自国通貨建てカ ントリー・リスク・シーリング」が「ある国に所在する債務発行体、または国内資産あるいは居住者 から発生するキャッシュフローを裏付けとする証券化商品が取得し得る最も高い自国通貨建て格 付け」 3だとしている。Moody’s による日本国債の格付けは A1 であるが、日本の「自国通貨建 てカントリー・リスク・シーリング」は Aaa となっている。「自国通貨建てカントリー・リスク・シーリン グ」が国債の格付けを何ノッチ上回れるかについては、硬直的な規則は定めていない。したがっ て、 Moody’s (同社グループの日本法人であるムーディーズジャパンおよびムーディーズ SF ジ ャパンを含む)による日本の証券化商品格付けに最上位格付けである Aaa(sf) 格がなくなるの は、「自国通貨建てカントリー・リスク・シーリング」が引き下げられた直後ということになる。日本国 3 ムーディーズジャパン他 「自国通貨建て債券および他の 債務のカントリー・シーリング Local Currency Country Risk Ceiling for Bonds and Other Local Currency Obligations」 27 January 2015 http://www.moodys.com/sites/products/ProductAttachments/MoodysJapan/1788 25.pdf 2 2 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 債の格付けが更に下がった場合に、連動して「自国通貨建てカントリー・リスク・シーリング」が引 き下げられるかどうかは不明である。ケース・バイ・ケースでの Moody’s による判断ということに なる。しかし、「自国通貨建てカントリー・リスク・シーリング」が1ノッチでも下がれば、日本の証券 化商品の格付けのうち、Aaa(sf) であったものが一斉に Aa1(sf) 以下へと格下げとなる。 Standard & Poor’s (S&P) については、ソブリン格付けと証券化格付けとの関係はよりストレ ートである。証券化商品の格付けがソブリンを 2 ノッチまで上回れる条件、4 ノッチまで上回れる条 件、例外的に 6 ノッチ(または 5 ノッチ)まで上回れる条件をそれぞれ同社グループの「格付け規 準」で定めている 4 。住宅ローンのような、裏付資産の「カントリーリスク感応度」が「中程度 (moderate)」の場合は、ソブリンの 4 ノッチ上までとするのが原則だが、以下の 6 つの条件を全 て満たす場合には、更に 2 ノッチ高い(合計で、ソブリンの 6 ノッチ上まで)格付けが付与可能とな っている。このうち、5 番目の要件(シーズニング)を除く 5 つの要件を満たす場合は、5 ノッチ上ま での格付けが可能としている。 S&P の格付け規準においてソブリンの 6 ノッチ上までの格付けを可能とする 6 つの要件 1. 元本償還がシーケンシャル(優先順位の高いトランシェから先に償還する)であり、格 付け対象が最上位トランシェであること等 2. 裏付資産が典型的な商品タイプ(プライム層向けのローン等)であり、安定した支払ス キームを備えている等 3. 借り換えリスクや市場価格にさらされるリスクがない等 4. 期中の1回分の支払いをカバーする流動性補完が備えられている等 5. 裏付となるローンプールはシーズニングが進んだものであること、または、短期資産 でありダイナミックリザーブが備えられていること 6. 現存信用補完が「AAA」のストレスシナリオと同等の経済環境を想定した場合の予想 損失または格付け規準に基づく予想損失の何れか高い方をカバーしているのに十分 であること等 出所: S&P の格付け規準(脚注 4)のパラグラフ 44 の要旨として筆者が整理したもの。 全文は S&P の格付け規準を参照のこと。 先月の格下げ以降、S&P による日本のソブリン格付けは A+ となっているが、今後、あと1ノッ 4 スタンダード&プアーズ 「ソブリン格付けを上回る格付けの手法と想定:単一法域におけるスト ラクチャード・ファイナンス案件」 2015 年 9 月 29 日 https://www.standardandpoors.com/ratings/articles/jp/jp?articleType=PDF&assetI D=1245387083779 3 3 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 チの格下げが生じ、 A となった場合に、その 4 ノッチ上は AA+ であり、 AAA には到達できな い。S&P の格付け規準において、ソブリンの 6 ノッチまたは 5 ノッチ上まで可能とされる要件を満 たせないものにつき、ソブリン格付けが更に格下げとなった際に、一斉に連動格下げが生じること が予想される。 格下げが起きたときに留意したいこと かつて証券化商品についてはトリプル A 格のものにしか投資しないとする機関投資家も存在し たかとは思うが、近年では欧州のいくつかの国で、ソブリン格付けとの関係上、証券化商品に主 要格付会社によるトリプル A が付かなくなってきていることもあり、欧州の証券化商品を対象にす る場合に、そこまでの選り好みはできなくなってきているだろう。ダブル A とトリプル A との差異は、 それほど意識されなくなってきている可能性がある。 現在、トリプル A 格が付与されている日本の証券化商品について、格付け手法上のソブリン格 付けとの関係による制約を理由に、一斉にダブル A 水準に格下げされた際に、ダブル A になった からと、流通市場で売却処分しようとする市場参加者が現れ、また、大幅にスプレッドを上乗せし て価格評価する業者が登場することは考え難い。もっとも、銀行の自己資本比率規制上、内部格 付手法(IRB)採用行が保有する「証券化エクスポージャー」は、(外部)格付準拠方式(RBA)によ りリスクウェイトを決定し、自己資本比率の算出に反映させている事例が多いと思われるところ、 RBA では格付け水準によって1ノッチ刻みでリスクウェイトが変わってくる。ダブル A 水準への格 下げによって、若干、リスクウェイトが上昇する(たとえば、最上位トランシェで裏付資産が分散し ている再証券化ではない証券化エクスポージャーの場合は、格付けが AAA だとリスクウェイトが 7%のところ、AA+ から AA- の範囲では 8%になり、 A+ だと 10%になる)が、これだけを理 由に証券化商品の継続保有を見直し、投資姿勢を修正することは考え難いのではないだろうか。 既に 2018 年 1 月からは、証券化商品のリスクウェイトのフロアが 15%に引き上げられることが バーゼル委員会レベルでは決まっている(ただし、本年中に見直しが入る予定であり、フロアが 10%になる可能性も考えられるが)ことも踏まえると、7%から 8%等へのリスクウェイトの上昇は、 たいした問題ではないと捉えられる可能性がある。なお、標準的手法(SA)における格付準拠方 式は、ダブル A であろうとトリプル A であろうと、リスクウェイトは同じ(再証券化ではない証券化エ クスポージャーについては、20%)である。(銀行の自己資本比率規制上は、複数の利用可能な 適格格付機関による格付けがある場合、リスクウェイトが最も低くなる方から2番目の格付けを利 用することになる。したがって、2社の格付会社が共にトリプル A に格付けしている商品について、 1社がダブル A に格下げしたとすると、ダブル A の方を参照してリスクウェイトを決定することにな る。) 4 4 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 格付会社による格下げが、国債や地方債の価格形成に影響を及ぼさないのは、市場参加者が 格付けを気にも留めていないからであろう。一方で、筆者が日常的に市場参加者と接触し対話を 持つ中で受ける印象としては、証券化商品の投資家は格付けを相応に気にしているし、証券会社 は格付けを多少なりとも意識して価格を提示している。しかし、トリプル A かダブル A かの違いは、 実質的な信用リスクの水準に差異があるのかないのか判断が難しい程度の違いに過ぎないうえ、 規制上の扱いにも大きな違いにはならないことから、ソブリン格付けへの連動や制約を理由に、 日本の証券化商品に外資系証券会社が付与しているトリプル A 格の格付けが一斉にダブル A 水 準に引き下げられたとしても、証券化商品の価格形成や市場流動性にほとんど影響が出ない可 能性が十分に考えられる。 投資判断上、格付会社の格付けを参考にする際には、ソブリン格付けの制約がなければトリプ ル A であった筈のものが格付け手法との関係でダブル A 水準になっている格付けと、そうではなく、 ソブリン格付けによる制約とは無関係にダブル A 水準になっているものとの違いを多少意識して も良いかもしれない。 格付会社は、各社とも、ホームページを見れば明らかだが、格付け手法を文書化して無料公開 している。しかし、筆者が抱く印象に過ぎないが、こうした文書を読んで理解したうえで格付けを解 釈利用している市場参加者は必ずしも多いとは思えない。格付け手法やその制約を理解したうえ で格付けを解釈利用することで、他の市場参加者が合理的ではないと思われる行動を起こした際 に、投資機会を見いだせる可能性も考えられる。 (調査部長 江川 由紀雄) 5 5 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 6 名称 :新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.) 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号 所在地 :〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号 日本橋室町野村ビル Tel : 03-6880-6000(代表) 加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 資本金 :87.5 億円 主な事業 :金融商品取引業 本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社 はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、 特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取 引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及 び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその 関連会社は、本書で取り扱われている有価証券またはその派生証券を自己勘定で保有し、または自己勘定で取引する ことがあります。弊社は、法律で許容される範囲において、本書の発表前に、そこに含まれる情報に基づいて取引を行う ことがあります。弊社は本書の内容に依拠して読者が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。本書は 限られた読者のために提供されたものであり、弊社の書面による了解なしに複製することはできません。 信用格付に関連する注意 本書は、金融商品取引契約の締結の勧誘を目的としたものではありません。本書で言及ま たは参照する信用格付には、金融商品取引法第 66 条の 27 の登録を受けていない者による無登録格付が含まれる場 合があります。 6 著作権表示 © 2015 Shinsei Securities Co., Ltd. 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