新生ストラテジーノート 第 253 号 2017 年 1 月 17 日 調査部長 江川 由紀雄 [email protected] (03) 6880-6035 ムーディーズの「理想化された期待損失率」とは何か CLO で使われる “WARF” の算出根拠として用いられる数値の経緯 大手格付会社グループ Moody’s Corporation (本社:ニューヨーク、以下、ムーディーズ)が 2017 年 1 月 13 日、米司法省(Department of Justice)と和解 1した 2。ムーディーズは、司法 省(連邦政府)に 4 億 3750 万ドルを、21 の州とコロンビア特別区に 4 億 2630 億ドルを支払う ことに同意した。この和解に関する司法省の発表文に、ムーディーズが 2004 年以降、CDO の格 付けにおいて、“idealized expected loss” (「理想化された期待損失」)とは乖離する水準を用 いて一部の CDO の格付けを行っていたことを指摘する部分がある。以下に該当箇所を引用す る。 “Starting in 2004, Moody’s did not follow its published idealized expected loss standards in rating certain Aaa CDO securities. Instead, Moody’s began using a more lenient standard for rating these Aaa securities but did not issue a publication about this practice to the general market.” (2004 年以降、ムーディーズはある種の Aaa 格の 1 司法省による発表文 Justice Department and State Partners Secure Nearly $864 Million Settlement With Moody’s Arising From Conduct in the Lead up to the Financial Crisis, January 13, 2017 https://www.justice.gov/opa/pr/justice-department-and-state-partners-secure-n early-864-million-settlement-moody-s-arising 会社(Moody’s Corporation)による発表文 Moody’s Reaches Settlement with U.S. Department of Justice, 21 U.S. States and District of Columbia, January 13, 2017 http://ir.moodys.com/news-and-financials/press-releases/press-release-details/ 2017/Moodys-Reaches-Settlement-with-US-Department-of-Justice-21-US-States -and-District-of-Columbia/default.aspx 2 報道例は多数あるが、たとえば、 Wall Street Journal, Moody’s Agrees to Settle Financial Crisis-Era Claims for $864 Million, January 14, 2017 http://www.wsj.com/articles/moodys-agrees-to-settle-financial-crisis-era-claims -for-864-million-1484355287 Bloomberg, Moody’s Reaches $864 Million Subprime Ratings Settlement, January 14, 2017 https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-01-13/moody-s-to-pay-864million-to-settle-subprime-ratings-claims 1 1 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 CDO 証券に対する格付けにおいて、公表している「理想化された期待損失」の基準に従わなくな った。ムーディーズはこれよりもより緩い基準を使うようになったが、その慣行を一般市場関係者 に知らしめるための文書を刊行しなかった。) •In 2005, Moody’s authorized the expanded use of this practice to all Aaa CDO securities and, in 2006, formally authorized the use of this practice, or of an even more lenient standard, to all Aaa structured finance securities. Throughout this period, although "[m]any arrangers and issuers were aware" that Moody’s was using a more lenient Aaa standard, Moody’s did not issue publications about these decisions to the general market. (2005 年にムーディーズはそうした緩い基準を用いた格 付け慣行を全ての Aaa 格の CDO 証券に拡大適用することを承認し、更には、 Aaa 格のストラ クチャードファイナンス証券全てに適用することを承認した。この期間、ムーディーズが緩い格付 け基準を採用していたことに「多くのアレンジャーと発行体がこの変化に気づいていた」が、ムーデ ィーズは、一般市場関係者に向けてこの決断について説明する文書を刊行しなかった。)(和訳は 筆者) 出所: 米国司法省 Justice Department and State Partners Secure Nearly $864 Million Settlement With Moody’s Arising From Conduct in the Lead up to the Financial Crisis, January 13, 2017 ムーディーズの「理想化された期待損失」 ムーディーズグループは、CDO 格付けおよび一部の他の分野の格付け手法において、 “idealized expected loss” (日本語版では「理想化された期待損失率」)を用いる。この数値は、 ムーディーズの格付け記号の定義集に付随して公表されている。最新版(Rating Symbols and Definitions, December 2016 版 3)では、45 ページに “Idealized Probabilities of Default and Expected Losses” についての解説が掲載されている。また、理想化されたデフォルト率と 理想化された期待損失率のテーブル 4も公表されている。 以下に具体的な数値をご覧いただくために、ムーディーズの「理想化された期待損失率」のテー ブルからごく一部だけ引用してみよう。(前述の通り、テーブルの全体はムーディーズが無償で公 表している。) 3 Moody’s Investors Service, Rating Symbols and Definitions, December 2016 https://www.moodys.com/researchdocumentcontentpage.aspx?docid=PBC_79004 4 Moody’s Idealized Default and Loss Rates https://www.moodys.com/researchdocumentcontentpage.aspx?docid=PBS_SF434 522 2 2 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 図表1 ムーディーズの「理想化された期待損失率」(一部分) 1年 Rating 5年 7年 10 年 Factor Aaa 1 0.00003% 0.00160% 0.00290% 0.00550% Aa1 10 0.00031% 0.01710% 0.02970% 0.05500% Aa2 20 0.00075% 0.03740% 0.06110% 0.11000% Aa3 40 0.00166% 0.07810% 0.12490% 0.22000% A1 70 0.00320% 0.14360% 0.22330% 0.38500% A2 120 0.00598% 0.25690% 0.39050% 0.66000% A3 180 0.02137% 0.40150% 0.61050% 0.99000% 出所: Moody’s Investors Service, Moody’s Idealized Cumulative Expected Loss Rates このテーブル(全体)には、ムーディーズが用いる Aaa から C までの格付け記号(rating symbols)に対応する 1 年から 30 年の年限に対応す累積デフォルト率または期待損失率が掲載 されている。期待損失率は必ずデフォルト率の 0.55 倍になっていることから、回収率を一律 45% と置いて作成した数値であることが推定できる。また、この表に掲載されている “Rating Factor” は、「10 年」の列の Aaa の期待損失率を「1」とした場合のそれぞれの格付け記号に対応する相 対的な大きさ、あるいは、 10 年累積デフォルト率の 1 万倍の値(どちらでも同じ)となっている。 よく CLO の投資家向け報告書に “Moody’s WARF” (weighted average rating factor)と して、裏付資産の加重平均格付けを数値で示したものが掲載されている事例を見るが、これは、 この “Rating Factor” を用いて算出したものである。 ムーディーズの「理想化された期待損失率」または同「デフォルト率」は、このように、ムーディー ズの格付け以外の分野でも参照利用される程に普及しているのだが、これの根拠は何だろうか。 これについて、ムーディーズで CDO の格付け手法の開発に携わり、自らアナリストとして格付 けを担当していた Jian Hu 氏が 2007 年に発表した論文 5で説明している。以下に Jian Hu 氏 による論文から該当箇所を引用する。 Moody’s idealized loss rates were determined in the late 1980s and were based on Moody’s historical corporate default rates by rating and tenor in combination with a 5 Hu, Jian, Assessing the Credit Risk of CDOs Backed by Structured Finance Securities: Rating Analysts' Challenges and Solutions (August 31, 2007). Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1011184 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.1011184 3 3 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 historical average recovery rate of 45% for all ratings and tenors. Moody’s reported historical corporate default rates using a static method (unadjusted for rating withdrawals) prior to 1996 and has reported the default rates using a dynamic method (adjusted for rating withdrawals) since 1996. (ムーディーズの「理想化された期 待損失率は 1980 年代終盤に定められたもので、ムーディーズによる企業のデフォルト率の経験 と全ての格付け水準および年限にかかる歴史的な平均としての 45%とする回収率に基づくもの になっている。ムーディーズは 1995 年までは静的手法(格付け取り下げを考慮しないベース)で、 1996 年以降は動的手法(年末における格付け取り下げを除去して算出するベース)でデフォルト 率実績を公表してきた。」(和訳は筆者) 出所: Jian Hu [2007] (脚注 5 と同じ) 前 述の ムーデ ィーズ 自身に よる 定義 集 でも 、“These tables were derived from the corporate default and loss experience observed between 1970 and 1989.”(これらのテ ーブルは、1970 年から 1989 年までの企業デフォルトおよび損失経験の観測値を基に作成され た)等と説明されている。要するに、1970 年代~80 年代におけるムーディーズの格付けにおけ る企業のデフォルト率を基に様々な加工を施して作成した数値という訳である。 「理想化された期待損失率」は、10 年累積で、最上位格付けの Aaa 格は 0.0055%、同デフ ォルト率は 0.01%となっている。これは実際のデフォルト率と比較してどう評価するべきだろうか。 最新のムーディーズのデフォルト実績に関する報告書 6では、1920 年から 2015 年までの間、 Aaa 格の企業の 1 年間でのデフォルト事例はなく、Aa 格(1993 年以降の Aa1~Aa3 格)の年 間デフォルト率の平均値(mean)は 0.059%であったとされている。高格付けの領域は、デフォ ルト実績が皆無または極めて僅少であるため、これらの領域に対応するデフォルト率なり期待損 失率を過去の経験に基づいて与えることな容易ではないことが想像できよう。 申し訳ないが、本稿には「起承転結」の「結」がない。とりえあず、広く用いられているムーディー ズの「理想化された期待損失率」の由来だけでも紹介したいと考えた次第である。 (調査部長 江川 由紀雄) 6 Moody’s Investors Service, Annual Default Study: Corporate Default and Recovery Rates, 1920-2015, February 29, 2016 https://www.moodys.com/pages/guidetodefaultresearch.aspx などに掲載 4 4 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 5 名称 :新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.) 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号 所在地 :〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号 日本橋室町野村ビル Tel : 03-6880-6000(代表) 加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 資本金 :87.5 億円 主な事業 :金融商品取引業 本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社 はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、 特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取 引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及 び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその 関連会社は、本書で取り扱われている有価証券またはその派生証券を自己勘定で保有し、または自己勘定で取引する ことがあります。弊社は、法律で許容される範囲において、本書の発表前に、そこに含まれる情報に基づいて取引を行う ことがあります。弊社は本書の内容に依拠して読者が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。本書は 限られた読者のために提供されたものであり、弊社の書面による了解なしに複製することはできません。 信用格付に関連する注意 本書は、金融商品取引契約の締結の勧誘を目的としたものではありません。本書で言及ま たは参照する信用格付には、金融商品取引法第 66 条の 27 の登録を受けていない者による無登録格付が含まれる場 合があります。 5 著作権表示 © 2017 Shinsei Securities Co., Ltd. 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