モット絶縁体・バンド絶縁体境界近傍の ナローギャップ半導体における

モット絶縁体・バンド絶縁体境界近傍の
ナローギャップ半導体における光励起状態
石原純夫(東北大学大学院理学研究科)
バンド絶縁体に属する通常の半導体では、その光励起過程で重要な役割を果たすのは伝導バン
ド・価電子バンドにそれぞれ生成される電子・正孔対である。両者はクーロン相互作用により励起
子を形成するとともに、他の励起子との相互作用により系は量子多体系と見なされる。また、近年
では電子間相互作用に起因したモット絶縁体の光励起過程に多くの研究がなされている。他方、あ
る物質群はバンド絶縁体とモット絶縁体の境界近傍に位置し、温度や圧力などの外場により双方に
移り変わることが知られている。本研究の目的は、バンド絶縁体とモット絶縁体の境界近傍に位置
する半導体や絶縁体において、その光励起状態と生成される電子・正孔対の動的相関効果を明らか
にし、半導体における光科学分野の新たな研究対象として確立することである。この目的のもとに、
以下の研究項目について研究を実施した。
1)スピン状態自由度のある系における光照射効果
バンド絶縁体とモット絶縁体の境界近傍に位置する絶縁体の代表的な物質として、スピン状態
の自由度を持つコバルト酸化物 LaCoO3 ならびにその同族物質が挙げられる。この物質の Co3+
イオンは 3d 軌道に 6 個の電子が占有し、結晶場分裂した eg 軌道と t2g 軌道において S=2 の高ス
ピン状態と S=0 の低スピン状態を取り得る。格子上にこれらのイオンが配列した場合、前者は
モット絶縁体、後者はバンド絶縁体となる。本研究では、スピン状態自由度のある系における光
励起状態について調べ、光により生成されるキャリアーの運動とスピン転移について明らかにし
た[1]。
スピン状態の自由度を記述する最も簡単な
理論模型として、結晶格子の各サイトに A, B
二つの軌道を導入し、エネルギー準位間に差の
ある二軌道ハバード模型を設定した。ここで
A1B1 が高スピン状態に、A2B0 が低スピン状態
に相当する。この模型を基に基底状態と光励起
状態を記述する有効模型を摂動計算により導
図1:ホール近傍の各状態の分布確率とホー
き、これを有限サイトクラスターにおける数値
ル・高スピン束縛状態の模式図。
厳密対角化法により解析を行った。解析の結果、
以下のことを明らかにした。低スピン・バンド絶縁相と高スピン・モット絶縁相境界近傍のバン
ド絶縁相において、光照射により高スピン状態が誘起されることが示された。これは光により生
成されたホールが高スピン状態を誘起し、これが二重交換相互作用を通して束縛状態を形成する
ことで安定化されることを見出した(図 1)。この束縛状態は、ポンプ・プローブ分光において、
光学ギャップ内に特異なピーク構造をすること、ならびにこのピーク構造が温度上昇による熱平
衡状態では生成されないことを見出した。得られた理論計算結果を基に、層状コバルト酸化物
RBaCo2O6 におけるポンプ・プローブ分光実験の結果について解釈を与え、そこで見出されてい
る光照射による特異なピーク構造がこの光による高スピン・ホール束縛状態によりよく説明され
ること示した。
2)光照射によるスピン転移のダイナミクス
先に調べたスピン状態自由度のある系における光励起状態について、光により生成されるスピン転
移の実時間ダイナミクスについて調べた。先に導出した二軌道ハバード模型をもとに、これに時間
依存ハートリー・フォック法を適用することで実時間ダイナミクスについて調べた[2]。シミュレー
ションの結果、光照射により生成された電子、ホール対が再結合することで低スピンから高スピン
へのスピン転移が生じること、この時間スケールは電子の遷移積分により支配されることを見出し
た。電子状態密度の時間変化を計算することで、光照射により生成された電子、正孔がギャップ内
状態として発達することが見出された。この様な特徴的な変化は時間分解光電子分光法により直接
観測が可能であると期待される。上記の機構と比較して、相対論的スピン軌道相互作用はスピン転
移に対して大きな寄与をせず、その時間スケールも遅いことが示された
3)光により誘起される二重交換系の新奇な電荷スピン相
電荷秩序絶縁体における光照射効果は、遷移金属酸化物や有機錯体等の強相関物質に置いて広く
調べられている。特にマンガン酸化物においては電荷秩序反強磁性相が強磁性金属相と拮抗し、こ
れが巨大磁気抵抗効果の起源と密接に関連していることが知られている。本研究では拡張された二
重交換系において、光励起状態の励起光強度依存性を数値的に詳細に調べた[3]。ポンプ光強度の
弱い弱励起領域では、電荷秩序絶縁相が速やかに崩壊し強磁性金属的な振る舞いが見られる。これ
は従来からの二重交換相互作用による解釈で説明がなされる。一方、強励起においては初期状態の
電荷秩序状態は壊れるが反強磁性相関はより強まることが見出された。この結果はこれまでの二重
交換相互作用による解釈では説明がつかず、平衡状態では実現しない状態である。我々はスピン相
関、電荷相関や運動エネルギーの時間変化を詳細に解析することで、強励起ではバンド幅が減少す
ることでキャリアー運動の低下と反強磁性相関の増大が生じることを明らかにした。これらの特異
な現象は、ポンプ・ポローブ分光のポンプ光強度依存性を調べることで実験的に検証可能であるこ
とを示した。
参考文献
[1] Y. Kanamori, H. Matsueda and S. Ishihara, Phys. Rev. Lett. 107, 167403-1-5 (2011)
[2] Y. Kanamori, J. Ohara and S. Ishihara, Phys. Rev. B 86, 045137-1-14 (2012)
[3] J. Ohara, Y. Kanamori, and S. Ishihara, arXiv:1204.1844.