NHK_2015 年 8 月 28 日放送分 ※※ 齊藤さん、おはようございます。 齊藤 おはようございます。 ※※ 今月 17 日に 4 月から 6 月期の国民経済計算の速報値が発表されました。実質 GDP は前期と比べて 0.4%減った。これは年率換算で 1.6%減ったということなんですけれども、 齊藤さんはどんな点に注目されましたでしょうか。 齊藤 まず、ちょっと最初にお断りしておきたいのは、前期比 0.4%減を年率換算してしま って、ほぼその 4 倍の 1.6%減ということで、すごく大きな下落をしたような印象を受ける んですけれども、年率換算の慣行は成長がずっと続くときに行われていたことなので、私 の話では前期比の数字を使わせてもらいます。 特に強調したいのは、日本経済全体から見ると実質 GDP の落ち込みほど悲観的なもので はないということを、まず申し上げたいと思います。 実質 GDP というのは、実は 2 つの大きな要素が織り込まれていないんです。1 つは交易 条件が改善した要素が織り込まれているので、交易条件が改善するというのは、原材料の 輸入価格が下がって、高く輸出できるような状況が続いたときに交易条件が改善すると言 うんですけれども。 ※※ 貿易の環境がよくなっているということですか。 齊藤 はい、そうです。それが実質 GDP には反映していません。この交易条件の改善を反 映した GDI、実質国内総所得という概念があるんですけれども、その数字で見ると 2015 年の第 1 四半期から第 2 四半期にかけてほぼ横ばいですので、低下したわけではないわけ です。 さらにもう 1 つの要素が含まれていないんですが、それが海外で企業が得た収益が実質 GDP には織り込まれていないんです。 この海外で得た収益と交易条件の改善を含めた概念が実質 GNI、実質国民総所得という 概念なんですけれども、それで見ると 2015 年第 1 四半期から第 2 四半期にかけて、なんと 0.5%拡大しているんですね。ですので、日本経済全体で見るとそれほど悪くはなかったわ けです。 ※※ そうやって日本全体はもうけている。経済はあまり悪くはないんだということなん ですけれども、じゃあ、それがいったい家計にどれぐらい回っているのか。あまりよくな いという指摘が多いですよね。その原因として、よく家計の実態はよくなっているんだけ れども、デフレマインドがまだの凝っているんだと。つまり、まだ物価が上がっていかな い、賃金も上がっていかないと多くの人が思い込んでいると。だから家計が上向かない、 気持ち、心理の問題だという意見もあるんですけれども、齊藤さんはどう見ていらっしゃ いますか。 齊藤 私はデフレマインドが払拭されていないから、そうした停滞という主張にはちょっ と同意しかねる面があります。実際は結構、物価が高くなってしまって、その物価上昇に 見合って賃金が追いついてないという状況がその背景になっていると思います。 特に物価が高いという側面は、3 つちょっとご指摘を申し上げたいんですけれども、1 つ はこの 4 月になって家電や車などの耐久消費財の価格や、あるいは衣服やかばんなどの半 耐久消費財の価格が結構上がっているんですね。 もう 1 つは、ずっと円安が続いています。その結果、特に輸入に頼る食料品の値段が上 昇しています。 例えば 2014 年の 6 月から 2015 年の 6 月にかけて食料品価格は、なんと 2.5% も上昇しているんです。この上昇規模は 2014 年の 4 月に消費税導入をしたときに食料品の 価格が上昇した規模とほぼ同じです。 第 3 の点なんですけれども、原油や LNG などのエネルギー価格が大幅に下がっているに もかかわらず、電気やガス料金などの光熱費の価格が高止まりしてしまっているという状 況があります。つまり、原材料費は非常に低くなっているにもかかわらず、それが料金に 反映されずに、どちらかというと電力会社やガス会社の収益に反映してしまっています。 例えばということで、 東京電力が今年の 4 月から 6 月の決算を発表したんですけれども、 経常利益が前年同期の 525 億円から 2,141 億円にほぼ 4 倍まで上がったんですけれども、 この経常利益の増加のかなりの部分が資源価格の下落です。具体的には 2,760 億円分の経 常利益を引き上げるだけ貢献をしたということが、決算の発表から読み取ることができま す。 ※※ お話を伺っていると、日本全体はもうかっているんだけれども、やはり家計に回っ てこない。この原因はどんなところにあると見ていらっしゃいますか。 齊藤 これは企業が賃金の引き上げを躊躇しているという状態が続いているのが大きな原 因だと思います。これについては、企業にもいろいろな事情があるというのが率直なとこ ろです。 過去、四半世紀を見ると、日本経済は 5 年から 7 年に一度ぐらいの頻度でさまざまな金 融経済危機に直面しています。企業からすると、どうしても防衛的になって賃金の引き上 げを控えて、その分、収益を蓄えて、もしかのときの貯蓄を殖やすという行動が企業に染 み付いてしまっているのではないかと思います。 ※※ もしこうした状態が続いた場合に、日本の社会に何をもたらすとお考えでしょうか。 齊藤 家計の方に日本経済の利益が分配されない状態が長く続くと、当然ながら家計の消 費の市場はシュリンクしていきます。そうした縮小が長期的に続くという予想が経済全体 の定着してしまうと、企業は設備投資をさらに控えてしまうということが起きます。 設備投資というのは、現在の生産ではなくて将来の生産に備えた活動で、将来、消費市 場が縮小してしまうという予想が織り込まれてしまうと、現在の設備投資活動が沈滞して しまいます。その結果として日本経済の成長自体が停滞してしまうということで、これは 長期的に見ると日本経済の成長にとって非常にマイナスの影響をもたらすと考えられます。 ※※ となりますと、どんなことからしていかなくてはいけないとお考えでしょうか。 齊藤 構造改革というような大きな課題を政府も第 3 の矢として掲げているんですけど、 私はできるところからてきぱきやっていくことによって、こうしたジレンマを逃れていく べきじゃないかと思います。 例えばという話ですけれども、電気やガスなどの公共料金は政府が介入できるものです から、大幅に引き下げるような要請をして、その結果として家計部門に付加価値が行き渡 る。こんなふうに政府が介入して効果が大きく望めるようなところから一歩一歩経済改革 を進めていくことが、縮小均衡に入っていくことを避けていく重要な政策になるのではな いかと考えています。 ※※ よく分かりました。朝のお話、どうもありがとうございました。 齊藤 ありがとうございます。 ※※ 『社会の見方・私の視点 第 2 四半期 SNA から見えて来ること』、お話は一橋大学 大学院経済学研究科教授の齊藤誠さんでした。
© Copyright 2024 ExpyDoc