鋳ぐるみにおける軟鋼の溶損に及ぼす鋳鉄溶湯流速の影響

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鋳 造 工 学 第 87 巻(2015)第 1 号
研究論文
鋳ぐるみにおける軟鋼の溶損に及ぼす鋳鉄溶湯流速の影響
日 高 哲 郎* 椎 本 圭 一* 城 戸 正 久*
髙 田 洋 吉* 大 城 桂 作**
Research Article
J. JFS, Vol. 87, No. 1(2015)pp. 022 ~ 028
Effect of Fluid Velocity of Molten Cast Iron on
Dissolved Loss of Inserted Mild Steel
Tetsuro Hidaka*, Keiichi Shiimoto*, Masahisa Kido*
Hiroyoshi Takada* and Keisaku Ogi**
In cast-in insertions of mild steel in cast iron, molten cast iron sometimes melts a part of the inserted steel, causing serious damage to the casting products. To clarify the mechanism of this phenomenon, the influence of the fluid flow of molten
cast iron on the dissolved loss of inserted steel was quantitatively evaluated. The molten cast iron was poured into a selfcuring mold with an inserted mild steel ring near the open bottom end. The height of the sprue was changed from 500mm to
50mm. The higher the head height, the larger was the fluid velocity. The change in the thickness of inserted steel ring was
measured in relation with the pouring time. The experimental results showed that the thickness of steel linearly decreased
with the increase in pouring time and flow velocity of the molten cast iron. Widmanstätten ferrite structures and a slightly
large amount of pearlite appeared near the surface of the dissolved steel. Temperature measurement and analysis revealed
that the dissolved loss of steel started at a temperature considerably lower than the melting point of cast iron. This indicates
that the mild steel surface was softened by the heat of molten cast iron and eroded by the fluid flow.
Keywords : cast-in insertions, insert, dissolved loss, fluid velocity, cast iron, mild steel
接合性を改善しているが,鋳ぐるみにおける溶湯流速と溶
1.緒 言
損/溶失の関連性について調査した報告はほとんど認め
鋳ぐるみは鋳造を利用した接合/複合化技術であり,例
られない.
えば,パイプ等の鋳ぐるみにより中子や後加工による成形
そこで本研究では,鋼を球状黒鉛鋳鉄で鋳ぐるむ場合の
1, 2)
.こ
鋼材の溶損に及ぼす溶湯流速や注湯時間の影響を定量評
の場合,鋳込中における被鋳ぐるみ材(心材)の溶損/溶
価するとともに,溶損時の鋼材の表面温度や表層部組織を
失が生じ,中空部に溶湯が充填され,本来の目的を果せな
調査し,溶湯流速を伴う場合の溶損メカニズムについて検
いことも少なくない.この溶損/溶失は,堰前のような高
討を行った.
が困難な中空形状を成形する際に多用されている
温の溶湯が随時供給される箇所に発生することが多く,溶
湯の温度とともに流速が影響していると考えられる.これ
までに鋳ぐるみ過程に及ぼす温度の影響について,野口,
堀川らの研究
3 ~ 6)
をはじめ,詳細な検討がなされており,
2.実験方法
2. 1 溶損厚測定試験
Fig. 1 に示すように,テーパ付湯口の下部に市販の一般
鋳ぐるみ時に心材と鋳造材の界面で健全な接合が生じる
構造用圧延鋼材‐SS400 材(以後鋼材と記す)から機械加
熱的条件や,心材の溶損が鋳鉄溶湯から心材への炭素の拡
工により切り出した環状供試材を設置し,約 1450℃で Fe-
散によって進行し,溶湯温度が高いほど溶損速度も大きく
Si-Mg 合金を用いて球状化処理した鋳鉄溶湯を 1375±25℃
なることを明らかにしている.一方,鋳ぐるみにおける湯
で注湯した(以後単に鋳鉄,溶湯と記す場合は全て球状黒
7, 8)
があり,熱量不足に
鉛鋳鉄を指す).Table 1 に鋼材と鋳鉄の成分を示す.こ
より接合不良が発生する箇所において湯流れを利用して
こで,湯口のヘッド高さ(h)は供試材を設置した湯口下
流れの影響については堺らの報告
受付日:平成 26 年 4 月 30 日,受理日:平成 26 年 10 月 2 日(Received on April 30, 2014; Accepted on October 2, 2014)
* 日之出水道機器(株) Hinode, Ltd.
** 九州大学 Kyusyu University
鋳ぐるみにおける軟鋼の溶損に及ぼす鋳鉄溶湯流速の影響
23
Fig. 2 Shape and dimension of steel insert.
Fig. 1 Experimental conditions.
供試材の形状および寸法.
実験概要.
Table 1 Chemical composition of insert steel and cast
iron.
供試材および鋳鉄の化学組成.
Table 2 Influence of head height on fluid velocity.
溶湯流速に及ぼすヘッド高さの影響.
Fig. 3 Position of thermo-couple in steel insert.
供試材の熱電対挿入位置.
2. 2 供試材の形状
Fig. 2 に供試材の形状と寸法を示す.供試材内径及び外
径はヘッド高さによらず全て同一とし,高さについては
供試材内で溶湯流速差ができるだけ小さく,かつ溶損過程
の把握に支障がないように配慮し,h500 ~ 100 は 20mm,
h50 については 10mm とした.テーパ角度については,予
備実験により供試材内面が溶湯により一様に濡れて溶損
端部での溶湯流速が変化するよう,500,300,200,100,
し,かつ溶湯ヘッドを所定の値に保持しやすい角度で,で
50mm の 5 水準とし,アルカリフェノール自硬性砂にて作
きるだけ小さな値とした.また,高さ方向で供試材肉厚が
製した.湯口下端は解放し,溶湯は自由落下する状態とし
一定となるよう外面にも同様のテーパを設けた.鋳鉄溶湯
た.注湯に際しては,湯口を注湯開始後 1 ~ 2s 程度で満
の注湯に伴う供試材温度の変化を調査するため,Fig. 3 の
たし,湯面位置を湯口上端から 10mm の間に保持しなが
ように K シース熱電対(φ1.6mm)を供試材高さ方向中央
ら約 30s 間注いだ.注湯した溶湯を取鍋に受け,その重量
の内面から 0.5mm 離した位置に設置した.
を注湯時間,溶湯密度,湯口下端断面積で除して算出した
平均溶湯流速を Table 2 に示す.ヘッド(h)が高いほど静
圧が大きくなり,溶湯流速は大きくなっていることがわか
3.実験結果及び考察
3. 1 溶損試験後の供試材
る.なお,注湯中の供試材落下防止のため,供試材は湯口
注湯に伴う供試材の溶損状況の一例として,h500,注湯
下端より 5 ~ 30mm の鋳型内に埋設した.
時間 20s で実験した供試材の外観を Fig. 4 に示す.Fig. 4
注湯時間は最大 40s とし,それぞれのヘッド高さに応じ
(a)から供試材上部には鋳鉄溶湯が付着しており,注湯完
て注湯時間を 5 ~ 8 通りに変えた試料を作製し,注湯前後
了時の供試材内面は図中の Interface で示した位置にあっ
の試料内径の変化を溶損厚として測定した.また,実験に
たと判断される.この Interface から供試材外周までの距
供した試料は鏡面研磨 ・ エッチング後,光学顕微鏡により
離はほぼ一定であることから,溶損は供試材内面の円周方
溶損界面付近を組織観察した.さらに,h500,300,200
向で均等に生じていると考えられる.一方 Fig. 4(b)によ
については,供試材の溶湯接触面付近にφ1.6mm の K シー
ると,供試材高さ方向では溶損厚が変化しており,上端部,
ス熱電対を設置し,注湯時間 30s として供試材が溶損し始
下端部においてえぐられたような痕跡が見受けられ,特に
める温度の測定を試みた.
下端部の溶損厚が高さ方向中央付近と比べて大きくなって
いる.これらえぐられた箇所には鋳鉄溶湯の残渣が付着し
24
鋳 造 工 学 第 87 巻(2015)第 1 号
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Fig. 4 Appearance of steel insert after pouring molten
cast iron.(a)Top surface of insert.(b)Section of insert.
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注湯後の供試材外観.
(a)供試材の上面.
(b)供試材の断面.
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Fig. 5 Fluid condition in eroded steel insert.
溶損後の湯流れ状態.
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ており,ヘッド高さが大きい,もしくは注湯時間が長いほ
ど残渣量も多くなる傾向を示した.これは Fig. 5 に示す
ように,一定以上溶損が進行すると,鋳型と供試材内径に
ギャップが生じ,供試材における溶湯の入り口/出口,つ
まりは上/下端に溶湯のはく離域(流線が壁面から離れ,
Fig. 6 Relationship between pouring time and decrease
in thickness.(a)Decrease in lower inside diameter.(b)
Decrease in middle inside diameter.
注湯時間と溶損厚の関係.
(a)供試材下端内径の溶損厚.
(b)供試材中央部内径の溶損厚.
9)
その後方に逆流を伴う循環領域ができる状態) が生じた
ためと考えられる.また,残渣については,注湯終了後に
対流していた溶湯が付着して残ったものと考えられる.
3. 2 溶損厚測定結果
Table 3 Pouring time needed to start erosion of steel
insert.
供試材が溶損するために必要な注湯時間.
Fig. 6 に各ヘッド高さにおける注湯時間と溶損厚の関係を
示す.Fig. 6(a)は供試材高さ方向において最も溶損量が大
きい下端部,Fig. 6(b)はほぼ一様に溶損している中央部の
溶損厚を示している.いずれの部位においても 4 箇所で測
定したが,ばらつきは小さかったので平均値を各条件での実
験値としてプロットした.これらから,下端部および中央部
ともにその程度は若干異なるものの,溶損厚の増加は注湯時
間に比例し,溶損速度はヘッド高さが大きいほど速い.また,
Fig. 6(a)の実験結果から求めた注湯時間から溶損し始める
初期組織と比較すると,h300,h100 の試料では溶損界面
までの時間は,Table 3 に示すように,ヘッド高さが高いほ
近傍においてパーライト量が増加しており,わずかに浸炭
ど短くなる.ここで,本実験は注湯時間 5s 以上で行ったが,
した様子もうかがわれるが,鋳ぐるみ液相拡散接合時に
h500 については注湯時間 5s で既に 1mm 程度溶損していた
生じるような明確な浸炭層
ため,実験結果を溶損厚 0mm に外挿して 3.5s とした.
鋼材が溶湯より加熱されると最高加熱温度 ・ 加熱時間に応
3. 3 溶損界面近傍の組織
じてパーライト部のオーステナイト化(Ⅰ),フェライト
各ヘッド高さで 25s 注湯した供試材の内面で鋳鉄溶湯残
のオーステナイトへの変態に伴うオーステナイト相の拡
渣がない箇所での表層部組織を Fig. 7 に示す.供試材の
大(Ⅱ),完全オーステナイト化(Ⅲ)が生じ,この間(Ⅱ),
10)
は見受けられない.ここで,
25
鋳ぐるみにおける軟鋼の溶損に及ぼす鋳鉄溶湯流速の影響
らの浸炭時間が長くなるためと考えられる.また,界面か
ら残渣側では,鋼材側の浸炭層よりも黒く腐食されたパー
ライト組織が界面に沿って層状に分布し,つづいて鋳鉄凝
固組織となっている.鋳鉄の凝固組織は 10s の試料では全
て白鋳鉄組織,25s 試料では球状黒鉛鋳鉄と白鋳鉄組織に
なっており,注湯時間が 25s で鋳鉄残渣が比較的厚い場合
に黒鉛系凝固が生じており,凝固時の冷却速度が組織形成
に影響していると判断される.また,黒色の層状組織は
25s 試料では厚さ約 20μm,10s 試料では約 10μm であった.
この層状組織の成因としては,鋼材に付着した鋳鉄溶湯か
ら鋼材へ炭素拡散が起こり,界面に沿って初晶オーステナ
イトが晶出した,あるいは凝固後に共析温度まで冷却され
Fig. 7 Microstructures near eroded surface of steel
insert after pouring 25s.
25s 注湯後の供試材溶損面近傍の組織.
る間に鋼材へ炭素が拡散した結果によるものと推定され
る.その詳細はさらに研究を要するが,いずれにしても鋳
鉄の脱炭により生成したと考えられる.
以上のように,鋳鉄残渣の有無により溶損界面近傍は異
(Ⅲ)ではオーステナイト部への浸炭が生じると想定され
なる組織を呈しており,その生成機構も注湯流に起因した
6)
る.h300 の写真は(Ⅱ)の状態で,やや太めの白色部は元
特異な現象であり,堀川らの報告
の未変態のフェライト,黒色部と細かな線状白色組織から
に形成される浸炭層厚みが,温度や時間とは無関係に一定
成る部分はオーステナイト化した部分で,この部分は冷却
となる結果とは異なるものとなった.
過程で初析フェライトがウィドマンステッテン状に析出
ここで,鋳鉄溶湯による鋼材の溶損機構としては,
(1)
(細かな針状白色組織)した後
11)
,残りのオーステナイト
にあるような,溶損時
溶湯との接触により浸炭した鋼材表面が融点低下を起こし
がパーライトに変態(黒色部)したものと考えられる.い
溶湯中に溶解していく,もしくは,
(2)充分に浸炭が進行
ずれの供試材も溶湯と接した界面部には白色のウィドマ
する以前に鋼材表面が軟化し,湯流れにより機械的に侵食
ンステッテン組織が現れており,最高温度に達したとき,
され溶損していくといった 2 つが考えられる.前者(1)の
亜共析組成であったことを示している.初期のフェライト
場合,鋼材表面は融点低下するための充分な浸炭が不可欠
も残留していることから最高到達温度は完全オーステナ
であり,溶損する鋼材の表層部の温度は共晶温度近くにな
イト域までは達していないと考えられる.界面部では黒色
ると想定される.この場合,溶湯の流れは溶湯から鋼材へ
のパーライト部が母材より増加しており,この増加分は溶
の熱移動及び浸炭を促進し,その結果溶湯流速が大きいほ
湯からの浸炭によるものと推定される.
ど溶損厚も大きくなる結果が得られるものと考えられる.
一方,Fig. 8 は注湯時間 25s と 10s の試料の鋳鉄残渣が
一方後者(2)の場合には,鋼材表面が軟化した時点で湯流
あった箇所における界面近傍の組織写真であり,鋼材/残
れによるせん断力を受けて剥ぎ取られ,溶損していくと考
渣界面の鋼材側には明確な浸炭層が生じている.この浸炭
えると,溶損開始時の鋼材表面温度は比較的低温となり,
層の厚さは注湯時間 25s の試料では約 100μm であり,10s
溶湯流速の増大とともに溶損厚が大きくなる結果となる.
の試料の約 40μm より著しく大きい.この原因として,注
3. 4 溶損開始時の鋼材表層部温度
湯時間が長いほど鋼供試材の平均温度が上昇し,鋳鉄か
3. 3 までの実験結果と考察を踏まえて,いずれの溶損機
Fig. 8 Microstructures near interface with residue of molten cast iron.
溶湯残渣を有する溶損面近傍の組織.
26
鋳 造 工 学 第 87 巻(2015)第 1 号
1400
Temperature, ℃
1200
1000
800
600
400
h500
h300
h200
200
0
0
5
10
15
20
Pouring time, s
25
Fig. 10 Model for simulation.
解析モデル.
30
材表面温度ならびに溶湯流速を算出した.
Fig. 9 Temperature of insert near interface during
pouring.
注湯中の溶損面近傍の供試材温度変化.
解析モデルや解析箇所の詳細を Fig. 10 に示す.解析に
は MAGMA 社製鋳造解析ソフト MAGMA5 を用いた.鋼材
表面温度の算出箇所としては,鋼材/溶湯界面は溶湯と共
通の節点となり,鋼材側の温度を算出できないため,界面
構が生じているかを推定するために,溶損界面近傍の鋼
より 0.5mm 離れた箇所とした.MAGMA5 ではメッシュ幅
材温度を実測した結果を Fig. 9 に示す.注湯時間 5 ~ 15s
の中央の温度を算出することから,界面から 0.5mm 離れた
の間で不連続的に温度が上昇している点(変曲点)を,鋼
鋼材の温度を算出するため,鋼材の肉厚方向におけるメッ
材が溶けて溶湯と熱電対が接触した時点,すなわち,鋼材
シュ幅は 1mm とした.また,解析においては,溶湯が自
溶損開始点と考えれば,h500,300,200 いずれのヘッド
由落下し続ける状態では計算が収束せず,直接的に模擬す
高さにおいても溶損開始温度は鋳鉄及び鋼材の融点より
ることは困難である.よって本解析では,実験時の注湯重
もかなり低いことがわかる.したがって,溶湯流速を伴う
量をもとに算出した容積を有する直方体ブロックを湯口下
鋼材の溶損現象は,軟化した鋼材表面が湯流れのせん断力
に設け,これが実際の注湯時間で満たされるような解析条
により剥ぎ取られる現象が起こっている可能性が高い.た
件とした.ここで,溶損開始までの注湯時間内においては,
だし,シース付きの熱電対による温度測定では,熱電対の
このブロックに溜った溶湯と鋼材の距離は充分保たれてい
応答遅れが発生する懸念があり,実際に Fig. 9 においても,
るため,ブロック設置による鋼材の温度への影響はない.
溶湯と熱電対が接触している変曲点以降の温度が溶湯温
以上のような条件により,熱伝達率の合わせ込み,なら
度に達するまでに 5 ~ 10s を要している.これは変曲点に
びに溶損開始推定の解析を h500 ~ 50 の全ての水準で実
おいて溶湯と接しているのは熱電対先端のみであり,変曲
施し,ヘッド高さ(溶湯流速)による溶損開始表面温度の
点以降は溶湯温度に達するまでにシース内の温度上昇に
変化を考察した.
時間を要することや,熱電対の応答遅れが生じたためと考
4. 2 解析結果
えられる.また,同じ注湯時間であれば溶湯流速が大きい
Fig. 11 に h500 における鋼材実測温度との合わせ込み結
ほど高温になると考えられるにも関わらず,h500 の温度
果を一例として示す.注湯時間 10s 以降は実測と解析結果
が h300 よりも低くなっていることもあり,熱電対による
測定精度には限界がある.
1200
4.解析による溶損開始温度の推定
精密測定は困難であることから,解析によって溶損開始温
度の推定を試みた.
4. 1 解析方法
解析手順としては,まず,注湯中の鋼材の温度変化を精
密に測定するために,溶損面から充分に離れた箇所の温度
を K 熱電対(φ1.6mm)により実測した.その温度変化を
もとに,湯流れ下の熱解析において溶湯と鋼材の熱伝達率
の合わせ込みを行った.温度測定時の鋳造条件は注湯温度
1375±25℃とし,注湯時間は鋼材表面の溶損が充分に進行
すると考えられる 15 ~ 30s とした.その後算出した熱伝
達率を用いて再度湯流れ熱解析を行い,溶損界面付近の鋼
1000
Temperature, ℃
前述したように,熱電対による溶損開始鋼材表面温度の
800
600
400
Experiment
Calculation
200
0
0
20
40
60
Pouring time, s
80
100
Fig. 11 Simulated temperature changes of steel insert,
in case of 500mm in mold height.
h500 における供試材の温度変化.
27
鋳ぐるみにおける軟鋼の溶損に及ぼす鋳鉄溶湯流速の影響
Table 4 Heat transfer coefficients used in calculation.
1200
解析で用いた熱伝達率.
Temperature, ℃
1000
800
h50_870℃
h100_748℃
600
h200_700℃
400
h300_687℃
200
Table 5 Theoretical values of heat transfer coefficient.
熱伝達率の理論値.
0
h500_645℃
0
5
10
15
20
Pouring time, s
2.7m/s
2.1m/s
1.5m/s
1.2m/s
0.85m/s
25
30
Fig. 12 Simulated temperature changes near steel
insert surface and erosion start temperatures.
解析における供試材の溶損面近傍の温度変化と溶損開始
温度.
範囲内に収まっていると考えられる.
つづいて,これらの熱伝達率を用いて再度解析を実行
に差異が生じた.これは実際の注湯では溶損が進行すると
し,算出した溶損界面付近の鋼材温度を Fig. 12 に示す.
熱電対と溶損界面との距離が次第に縮まってくるためと
図中には本解析により算出した湯口下端における溶損界
考えられ,その変化を考慮していない解析結果よりもやや
面付近の溶湯流速を示しており,大きい方からそれぞれ
高温となる傾向を示した.ただし,溶損し始める注湯時間
h500 ~ 50 に対応したものである.また,前述の Table 3
までは充分に整合性が取れているものと判断した.これら
より,実際に溶損し始めた注湯時間が明らかとなっている
の合わせ込みによって算出した各ヘッド高さにおける溶
ため,その時点での鋼材表面温度を溶損開始鋼材表面温度
湯と鋼材の熱伝達率を Table 4 に示す.ヘッド高さが高い
として図中に示した.これより,全ての溶湯流速において
ほど熱伝達率が大きくなる傾向にあるのは,湯口下端にお
溶損開始温度は鋼材や鋳鉄の融点よりもかなり低く,溶湯
ける溶湯流速の違いによるものと推定される.ここで,本
流速が大きいほど低温かつ短時間で溶損が開始する傾向
解析における溶湯から鋼材への伝熱は湯流れを伴う強制
にあることがわかる.溶湯に接触している鋼材表面近傍
対流伝熱であるから,その場合の熱伝達率はヌッセルト
は,Fig. 12 の温度よりも高めで,浸炭が生じて融点が低
数 Nu やレイノルズ数 Re,プラントル数 Pr などの無次元
数で整理された(1)~(4)式
12)
で表される.ヌッセルト
下した可能性も否定できないが,一般の鋼材は 700℃以上
14, 15)
になると強度や硬度が大きく低下している
こと,熱
数 Nu はレイノルズ数 Re とプラントル数 Pr の関数であり,
移動は鉄中の炭素の拡散速度よりも充分に大きいことな
流れの状態などにより様々な実験式が導出されているが,
どから,融点低下よりも軟化して溶湯に剥ぎ取られる現象
本実験では管内乱流状態と考え,(5)式に示す Subbotin ら
が先に起こると想定される.
13)
を参考にし,Table 2 で示したヘッド高さごとの平
以上のことから,湯流れを伴う鋼材の溶損現象は,溶湯
均流速を用いて算出した熱伝達率を Table 5 に示す.
K=Nuλ /d
(1)
と接触した鋼材表面が軟化し,その箇所が溶湯流速に応じ
の式
たせん断力によって剥ぎ取られ,溶損していくと考えられ
Nu=f(Re, Pr)
(2)
る.溶湯流速が大きいとせん断力が大きいため,比較的低
Re=vd/ν
(3)
温で溶損が開始し,逆に溶湯流速が小さいとせん断力も小
Pr=v/a
(4)
さいため,鋼材表面が充分に軟化する必要があり,比較的
(5)
高温になってから溶損が開始すると推察される.また,溶
ただし,K は熱伝達率,λ は流体の熱伝導率,d は管径,v
損開始後も鋼材表面は溶融温度よりかなり低いため,溶湯
は流体の平均流速,νは流体の動粘度,a は流体の熱拡散
と接触した最表面のごく近傍のみが剥ぎ取られると想定
率,Pe はペクレ数である.
される.したがって,今回実験した注湯時間内において
Table 4,5 を比較すると,いずれもヘッドが高く流速
は,注湯時間の経過とともに鋼材温度が上昇しても溶損速
が増すほど大きくなる傾向にあるが,特に流速が小さい
度は変化せず,溶損厚の時間変化が直線的になったものと
h100,h50 において両者の差異が大きい.しかし,実験条
思われる.また,Fig. 6(a)で示したヘッド高さごとの注
0.8
Nu=5.0+0.025Pe (Pe=RePr)
13)
件によっては Nu が大きく異なる場合もあることから ,
湯時間と溶損厚の関係を直線近似し,注湯時間 5 ~ 25s の
解析に用いた値は管内乱流時の熱伝達率としては妥当な
5 水準で算出した溶損厚と,本解析で求めた湯口下端の溶
28
鋳 造 工 学 第 87 巻(2015)第 1 号
Decrease in thickness, mm
7
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12)大中逸雄:コンピュータ伝熱 ・ 凝固解析入門(丸善)
5.結 言
鋳鉄溶湯を種々の速度で鋼材に接触させた時の溶損厚
を測定するとともに,溶損界面における組織や鋼材温度を
調査 ・ 解析し,以下の知見を得た.
1) 鋳鉄溶湯の流れによる鋼材の溶損は,流速が大きい
ほど著しくなるが,一定の流速では溶損厚は注湯時
間,即ち溶湯との接触時間に比例して増加する.
2) 溶損が開始する時の鋼材表面温度は鋳鉄の融点よ
りかなり低く,溶損機構としては,熱影響によって
軟化した鋼材表面が溶湯流動に起因するせん断力に
よって侵食されていくことによるものと考えられる.
(1985)336
13)日本機械学会:伝熱工学資料改定第 5 版(丸善)
(2009)
72
14)日本機械学会:伝熱工学資料改定第 5 版(丸善)
(2009)
68
15)北岡英就,木下勝雄,江見俊彦:川崎製鉄技報 12(1980)
497
16)川越治郎,髙木省三:日本材料学会学術講演会前刷
21(1972)199