一般県営住宅の適正な管理を求める意見書

平成27年7月30日
一般県営住宅の適正な管理を求める意見書
千葉県弁護士会
会長
第1
1
山
本
宏
行
意見の趣旨
千葉県及び千葉県住宅供給公社は、一般県営住宅の入居者に対し、家
賃の減免制度があることを十分に周知させるべきである。
2
千葉県及び千葉県住宅供給公社は、一般県営住宅の家賃滞納者に対し
て、家賃滞納者の置かれた状況を確認し、家賃の減免制度や他の社会福
祉制度が利用できる場合には、その制度を丁寧に家賃滞納者に説明すべ
きである。
3
千葉県知事は、一般県営住宅の家賃滞納者に対して、家賃の減免制度
の利用申請があった場合には、その世帯所得が減免取り扱い基準の範囲
内となった日以降に発生した滞納家賃を減免するなど、家賃滞納者の生
活困窮状態の解消のため柔軟な適用をすべきである。
4
千葉県及び千葉県住宅供給公社は、一般県営住宅の管理にあたる職員
がその専門性を強化し、経験を蓄積できるよう、社会福祉専門職の採用
と配置を行うとともに、経験の蓄積ができる人事異動を展開すべきであ
る。
5
千葉県及び千葉県住宅供給公社は、一般県営住宅の家賃滞納者に対し、
家賃滞納を理由に明渡訴訟を提起する際には、専門的知識・経験を備え
た職員が必ず事前に直接面談し、家賃滞納者の置かれた状況を確認する
べきである。
第2
1
意見の理由
はじめに
2014(平成26)年9月、千葉県銚子市内に所在する一般県営住
宅(千葉県県営住宅設置管理条例2条2号の定める、「公営住宅で県が
国の補助を受けて建設、買取り又は借上げを行い、低額所得者に賃貸し、
又は転貸するもの」)の入居者(母子世帯)が、家賃滞納を理由に明渡
訴訟を提起され、その判決に基づき強制退去を求められた日、自ら死を
決意するとともに、中学生の娘を殺害する痛ましい事件(以下、「本件
事件」という。)が起きた。そもそも、千葉県では、一般県営住宅の入
-1-
居者の世帯収入が著しく低い場合や、失職や病気又は災害等により、予
想外の多額の出費を必要とする場合などの理由で、家賃の支払いが困難
と認められる場合に、期間を定めて家賃を減額する制度を設けていると
ころ、本件事件では、入居者の世帯収入はこの減免取り扱い基準の範囲
内であったこと、入居者は家賃減免制度の申請をせず、また、千葉県及
び千葉県住宅供給公社も入居者に対し家賃減免制度の利用を促すような
対応をした形跡が認められないことが明らかとなっている。
公営住宅法は、その第1条で「この法律は、国及び地方公共団体が協
力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し、これを住宅
に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し、又は転貸すること
により、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とす
る。」と規定し、千葉県及び千葉県住宅供給公社は、同法の趣旨に基づ
き一般県営住宅を管理するものであるが、本件事件の経緯に鑑み、一般
県営住宅の管理には後記のとおり問題があると考え、意見を述べる。
2
県営住宅入居者に対する家賃減免制度の周知について
千葉県では、一般県営住宅の家賃の減免制度を設けており、知事は、
特に必要があると認めるときに、知事が定める減免基準(減免取り扱い
基準)により当該家賃の減免をし、又は徴収の猶予をすることができる
とされている(千葉県県営住宅設置管理条例14条)。公営住宅法の趣
旨、一般県営住宅の入居者が低額所得者且つ現に住宅に困窮しているこ
とが明らかな者であることの当然の帰結であり、減免制度の適否は、知
事の自由裁量では決してあり得ない。むしろ、一般県営住宅を管理する
千葉県及び千葉県住宅供給公社は、生活の困窮している入居者に対し、
積極的に家賃減免制度の利用を促すべきである。
そして、制度が積極的に利用されるためには、その周知が徹底される
必要がある。
千葉県では、家賃の減免制度について、ホームページに掲載する外、
「県営住宅の住まいのしおり」と年一回送付の家賃決定通知書に記載し
ている。
しかし、一般県営住宅の入居者は、低額所得者であり、新聞、テレビ、
インターネット等の情報から疎外され、情報が届きにくい者や、障がい
など様々な問題を抱え、福祉制度やその他の社会資源とも十分に接点を
持てずに社会的に孤立した環境にある者も少なくない。
また、家賃の減免が認められる減免取り扱い基準の内容は、入居者世
帯の「収入月額」を基礎とし各々の減額率を適用するものであるが、一
-2-
般県営住宅の入居者がその「収入月額」(世帯の合算年収から、所得税
法上の所得控除を行い所得額を算出し、さらに公営住宅法の定める各種
控除を行った額を12ヶ月で除した額)を把握することは極めて困難で
ある。制度の周知とは、どのような場合に家賃の減免制度が利用でき、
どの程度減免されるのか、入居者が要件・効果を正確に把握できる状態
になって初めて果たされたと評価できるものである。
したがって、家賃減免制度の周知に際しては、千葉県及び千葉県住宅
供給公社は、前述の点にも十分配慮し、周知の方法を工夫し、継続的に
周知を行うべきである。周知の内容についても、単に制度があることを
知らせるだけでなく、どのような収入状況にある人がどのような手続で
利用できるのか、利用したら家賃がいくらになるのか、入居者に具体的
に分かるよう配慮すべきである。
3
特に家賃滞納者に対する家賃減免制度の周知・説明について
低額所得者である一般県営住宅の入居者が、民間より低廉に設定され
ている家賃を滞納する場合、その要因は生活困窮であることが当然に推
認される。そして、生活困窮状態にある者に対し、滞納家賃の回収を図
るだけでは、滞納状況を一時的に解消することはできても、滞納の再発
や生活状況の更なる悪化を招くだけである。公営住宅法の趣旨に鑑み、
一般県営住宅を管理する千葉県及び千葉県住宅供給公社は、家賃滞納者
が生活困窮状態から脱出できるよう、家賃滞納者の置かれた状況を確認
し、家賃の減免制度や他の社会福祉制度が利用できる場合には、その制
度を丁寧に家賃滞納者に説明すべきである。
4
家賃減免実施後の滞納家賃に関する柔軟な運用について
千葉県の場合、家賃滞納者に対し、納入期限後2ヶ月程度から特別徴
収員による戸別訪問・督促を実施しているところ、個別訪問・督促の結
果、その世帯収入が著しく低い、失職や病気又は災害等により予想外の
多額の出費を必要とするなど、家賃の支払いが困難と認められるとの事
情が判明することも少なくない。
もっとも、既に2ヶ月以上家賃滞納してしまってから家賃減免制度の
利用申請をし、仮にこれが認められたとしても、その世帯収入が減免取
り扱い基準の範囲内となった日以降の滞納家賃が減免されないのであれ
ば、家賃滞納者の生活困窮状態の解消は困難である。
したがって、千葉県知事は、公営住宅法の趣旨に鑑み、一般県営住宅
の家賃滞納者に対して、家賃の減免制度の利用申請があった場合には、
-3-
その世帯所得が減免取り扱い基準の範囲内となった日以降に発生した滞
納家賃を減免するなど柔軟な適用をすべきである。
5
家賃減免制度を十分に周知し実施するための人員体制について
一般県営住宅の入居者は、低額所得者であり、その中には、障がいな
ど様々な問題を抱えており、また、意思疎通がうまく図れない人もいる。
入居者に対応する職員には、本来、障がいや疾病、依存症などの様々な
社会福祉上の問題についての高度の専門的知識や、対人対応の経験の蓄
積が必要不可欠である。
そして、専門的知識と経験は、単に個々の職員に由来するものだけで
は不十分である。組織総体として専門的知識と経験が十分でなければ、
安定した福祉サービスは提供できない。
したがって、千葉県及び千葉県住宅供給公社は、一般県営住宅の管理
にあたる現場職員がその専門性を強化し、経験を蓄積できるよう、社会
福祉専門職の採用と配置を行うとともに、経験の蓄積ができる人事異動
を展開すべきである。
6
家賃滞納者に対する明渡訴訟の提起について
民間賃貸住宅よりも家賃が低廉な一般県営住宅を家賃滞納で退去させ
られた入居者の多くは、ホームレス状態にならざるを得ない。本件事件
の刑事裁判の公判廷においても、被告人である入居者は、住居を失うこ
とに対する絶望感を繰り返し述べている。千葉県及び千葉県住宅供給公
社は、このことを認識し、退去を求める法的手続(明渡訴訟)を進める
前に、家賃滞納者が悪質な滞納者か否か、また、一般県営住宅退去後に
新たな住居を確保し生活ができるか否かを十分に確認すべきである。
例えば、住民の生存の基礎を支えるものとして、住居の外、医療の機
会が挙げられる。そして、国民健康保険料の滞納者に対する被保険者資
格証明書の発行に関して、広島県広島市では、2008(平成20)年、
その発行基準を変更し「面談なしに市民の実情をつかまず、資格書を一
律に発行することを事実上禁止」とした結果、同年以降、資格証明書の
発行数は一桁となった。国民健康保険料の滞納者と直接面談しその実情
を把握できたのであれば、そのほとんどが悪質な滞納者ではないことが
明らかとなったためである。このことは、自治体職員等が住民の敵では
なく味方として、地方自治法の精神に基づき、憲法25条を遵守し職務
を全うすることで、自治体が住民福祉の役割を果たすことができること
を実証したものといえる。
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本件事件においても、入居者の困窮状態に鑑みれば、入居者が悪質な
滞納者ではないこと、一般県営住宅を退去すれば新たに住居を確保でき
ないであろうことは明らかであった。千葉県及び千葉県営住宅供給公社
において、そのことを十分に確認さえしていれば、入居者に対し明渡訴
訟を提起するまでの必要性はなく、ひいては、本件事件も起きなかった
ものと思われる。
したがって、千葉県及び千葉県住宅供給公社において、少なくとも、
社会福祉上の問題に関する高度の専門的知識及び対人対応の経験を有す
る職員が、家賃滞納者と直接面談し、その収入状況や家賃滞納に至った
事情等を一度も聴取することなく、家賃滞納者に対し、退去を求める法
的手続(明渡訴訟)を進めることは絶対に禁止されるべきある。
7
結語
以上の理由で、当会は、千葉県及び千葉県住宅供給公社に対し、意見
書の趣旨第1~第5項のとおり意見を述べるものである。
なお、当会においても、本件事件のような痛ましい事件が二度と起き
ることのないよう必要な協力はしていく所存である。
以上
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