藤戸レポート FRB の柔軟性が「リスク・オン」相場を招く 2016 年 3 月 22 日 FRBのフレキシビリティ (表 1) FRB の政策金利見通し 利上げは、年 4 回⇒年 2 回へ FRB(米連邦準備制度理事会)のフレキシビリティには感服した。昨年 12 月の FOMC(公開市場委員会)、年初のフィッシャー副議長の「年 4 回の利 上げが妥当」という持論を、海外の経済・金融情勢の大波乱に適合させて、 公式に変更したのだ。3 月 FOMC で注目されたのは、「ドット・チャート」 (FRB 理事及び地区連銀総裁が妥当と考えている利上げペースをチャート で表したもの)の変化だった。昨年 12 月 FOMC では、2016 年末の適正と 思われるフェデラルファンド・レート(FFレート。短期の政策金利)の見通し は、中央値で 1.375%だった。つまり、「年 4 回の利上げが妥当」との見解だ った。ところが、今回の 3 月 FOMC では 0.875%と、「年 2 回の利上げ」と一 変している(表 1)。声明に記されているように、「世界経済と金融動向は引 き続きリスクをもたらす」との見解で、面子にこだわることなく利上げ回数を減 らしているのだ。フィッシャー副議長は、「マーケットは、利上げを年 2 回と 考えているが少な過ぎる。年 4 回が妥当」と大見得を切っていただけに、「3 ヵ月で FRB が市場に擦り寄る」ことには少なからず抵抗があったかもしれな い。しかし、イスラエル中銀総裁当時もそうだったが、「必要とあらば君子豹 変する」を実践する度胸はある。3/17 時点の FF レート先物を見ると、①6 月 FOMC の利上げ確率 38.6%、②12 月の利上げ確率 69.0%である。つま り、市場は「あっても 1 回、2 回は難しい」と読んでいる(グラフ 1)。 <FOMC委員による適正な利上げスピード予測(中央値)の推移・・・(年末値)> FF金利(%) 2014/9月時点 中央値(%) 2014/12月時点 中央値(%) 2015年末 2016年末 2017年末 2018年末 長期適正 1.375 2.875 3.750 ー 3.75 1.125 2.500 3.625 ー 3.75 2015/3月時点 中央値(%) 0.625 1.875 3.125 ー 3.75 2015/6月時点 中央値(%) 0.625 1.625 2.875 ー 3.75 2015/9月時点 中央値(%) 0.375 1.375 2.625 3.375 3.50 2015/12月時点 中央値(%) 0.375 1.375 2.375 3.250 3.50 2016/3月時点 中央値(%) ー 0.875 1.875 3.000 (出所)FRB(米連邦準備制度理事会)のデータをもとにMUMSS作成 なお難問を抱える中国経済 3.25 2016/3/15-16のFOMC時点 今回の FOMC の最大の成果は、イエレン FRB のクレディビリティが高ま ったことだろう。昨年のチャイナ・ショックを例に出すまでもなく、今年も世界 的な大変動が待ち構えている可能性が高い。なぜならば、混乱のトリガーと なった中国経済が、短期間で浮揚する目途が立たないことだ。全人代で は、対 GDP の財政赤字比率を 3%にまで上げて財政政策にウェイトを掛け 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー (グラフ 1) 先物市場の予想では 年内利上げは 1 回 2 回は難しい 米国の利上げ確率(6月・12月)の推移 (%) 利上げ確率(6月) 110.0 利上げ確率(12月) (%) FOMC (12/15-12/16) 利上げ開始 100.0 90.0 FRB 年内利上げ 4回⇒2回 (3/16) 80.0 70.0 60.0 50.0 40.0 30.0 20.0 10.0 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 0.0 2015/7 2015/8 2015/9 2015/10 2015/11 2015/12 2016/1 2016/2 ることが決まった。2015 年比で 5,600 億元増加の 2 兆 1,800 億元の赤字 に設定している。財政赤字の拡大分は、主に減税や行政費用徴収の免税 対象範囲拡大等に使うとのことだ。この財政政策を評価する向きもあり、2 月安値からの世界的な株価リバウンドの材料になったことも事実だ。しか し、中国の過剰設備・過剰雇用・過剰在庫は膨大なものがある。WSA(世界 鉄鋼協会)によると、2015 年の中国粗鋼生産量は 8 億 383 万トンと全世界 の 16 億 2,280 万トンの約半分を占めている。2 位の日本が 1 億 515 万ト ン、3 位インド 8,958 万トン、4 位ロシア 7,111 万トン、5 位米国 7,891 万ト ン、6 位韓国 6,967 万トンと比較しても圧倒的だ(グラフ 2)。しかも、粗鋼生 産能力は約 12 億トンを有している。共産党・政府中心に、鉄鋼、セメント、 ガラス等の素材企業の統廃合を進めているが、宝山鋼鉄は中小鉄工の合 併に強い拒否反応を示している。2015 年は約 5 割減益で、株価も 2007 年 高値 22.1 元が今年 3/16 引値では 5.21 元である。「余裕がない」のが正直 なところだ。 世界的なリスク・オン・モード 今は、「チャイナ・リスク」がオブラートでくるまれているが、再び瘡蓋が剥 げて、世界の投資家が動揺する局面が到来することは否定できない。もし、 そうした局面で、FRBが「米国のみの景況感をベースに利上げ」した場合に は、再び「地獄の門」が開くことになる。しかし、今回のイエレンFRBは、そう した硬直的な利上げ姿勢を採らないことが明白になった。FOMCの決定を 受けて、グローバルに株高・債券高・コモディティ高が鮮明になったが、為 替面でもドル安・資源新興国通貨高が目立った。FRBのタカ(金融引締め 積極的)からハトへの変身は、「リスク・オフ・ポジション」のカバーを促し、「リ スク・オン・モード」への呼び水となった。ダウ工業株30種平均の推移を見る と、昨年12月の利上げが引き金となって、11/3高値17,977ドルから1/20安値 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 2 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー (グラフ 2) 断トツの中国粗鋼生産 粗鋼生産ランキング(2015年) 中国 80,383 日本 10,515 インド 8,958 米国 7,891 ロシア 7,111 韓国 6,967 (出所)世界鉄鋼協会のデータよりMUMSS作成 0 (万トン) 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000 70,000 80,000 90,000 15,450 ドルまで▲14.0%の下落となった。そして、2/11 安値 15,503 ドルで ダブル・ボトムを形成したのが明瞭である(グラフ 3)。確かに、中国の景気減 速や原油急落に伴う産油国の換金売りもあったが、年初からの FRB の「年 4 回利上げ」も大きくネガティブに寄与していた可能性が濃厚である。結果 的に、イエレン議長の 2/11 議会証言を分水嶺として、米株はリバウンド傾 向を強めることになったのだ。今年最大のリスクの一つが、緩和したことは間 違いない。 (グラフ 3) ダブル・ボトムを形成した NY ダウ (ドル) NYダウの推移 19,000 18,500 18,000 17977 (11/3) NYダウ FRB 利上げ開始 (12/16) FRB 年内利上げ 4回⇒2回 (3/16) 17,500 17,000 16,500 16,000 15,500 15450 (1/20) 15,000 15503 (2/11) (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 14,500 15/7/1 15/8/20 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 3 15/10/9 15/11/30 16/1/21 16/3/11 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー 信用リスクが急低下し、コモ ディティ・資源国株も切り返 す (グラフ 4) ハイ・イールド債も底入れ FRB が現状に即した政策運営スタンスに転じたことは、良いとこだらけな のだ。投資家の「リスク・オン・モード」への転換を象徴するのが、クレジット 市場である。ECB が資産購入プログラムに社債も対象とすることを発表した こともあるが、足下では信用リスクが急低下している。マークイットの北米 125 社の CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)スプレッド・インデックスは、 2/11(まさにイエレン議会証言である)のピーク 127.6 ベーシス・ポイント (bp)から 3/17 には 83.6 bp まで急低下している。また、財務体質の脆弱さ が嫌気されていたハイ・イールド債も、足下では急速にリバウンドしている。i シェアーズのハイ・イールド社債 ETF は、昨年 4 月高値 91.5 から今年 2/11 安値 75.0 まで下落トレンドが継続していた。特に、今年になってから は下落ピッチが速まっていたが、3/17 には 82.2 まで復元している(グラフ 4)。個別企業の CDS スプレッドも顕著な回復で、信用リスクに対する懸念 は相当後退している。コモディティ市場も切り返しに転じており、WTI 原油 先物価格は 2/11 安値 1 バレル=26.0 ドル(これも同じだ)から、3/17 には 40 ドル乗せとなってきた(グラフ 5)。原油の上昇を受けて、非鉄金属も広汎 にリバウンドに転じており、銅先物は 1/15 安値 1 メトリックトン=4,318 ドル から 3/17 には 5,069 ドルをマークしている。資源国の株価の年初来パフォ ーマンスも、メキシコ・ボルサ指数+5.7%、カナダ・トロント総合+4.7%、ブラ ジル・ボベスパ指数+17.4%(ルセフ大統領辞任期待も寄与)等、軒並み好 転している。 (P) ハイ・イールド社債ETFの推移 95 91.5 (4/15) FRB 年内利上げ 4回⇒2回 (3/16) 90 85 82.2 (3/17) i シェアーズ ハイ・イールド社債ETF 80 FRB 利上げ開始 (12/16) 75 75.0 (2/11) (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 70 15/3/10 下方修正された米成長率 15/4/29 15/6/18 15/8/7 15/9/28 15/11/16 16/1/7 16/2/29 ただし、一方では米国経済の浮揚力に疑念が高まっているのも事実だ。 今回の声明では、「家計支出は緩やかなペースで増加し、住宅セクターは 一段と改善された。しかしながら、企業の設備投資と純輸出は軟調な状態 が続いた。雇用の力強い伸びを含む最近の一連の指標は、労働市場の力 強さが増したことを示している」と総括されている。しかし、肝心の家計支出 に霧がかかり始めている。2 月の小売売上高は前月比▲0.1%だったが、問 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 4 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー (グラフ 5) 原油先物が ダブル・ボトム型の底入れ (ドル/バレル) WTI(原油先物)の価格推移 60.0 55.0 50.92 (10/9) FRB 年内利上げ 4回⇒2回 (3/16) FRB 利上げ開始 (12/16) 50.0 45.0 40.0 WTI(原油先物) 35.0 30.0 25.0 26.05 (2/11) (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 20.0 15/8/3 15/9/9 15/10/15 15/11/20 15/12/30 16/2/8 16/3/16 題は 1 月のデータが大幅に下方修正されたことだ。速報では、1 月は前月 比+0.2%と堅調だった。ところが、これがいきなり▲0.4%になってしまった。2 ヵ月連続マイナス、しかも大幅下振れとなれば、これは全く景色が異なって しまう。ISM(供給管理協会)製造業景気指数は、ドル高の是正とエネルギ ー価格の底入れ感が台頭したため、やや持ち直し気味である。3 月のフィラ デルフィア連銀製造業景況指数も、前月の▲2.8 から 12.4 へジャンプアッ プしている。しかし、ISM 非製造業景気指数は、2 月に 53.4 と軟化している (グラフ 6)。これに小売売上高を重ねてみると、本当に米国の個人消費は堅 調なのかという疑義が生じてくる。小売売上高の大幅下振れを受けて、各 社ともに米国の成長見通しを下方修正しているが、特にモルガン・スタンレ ーは厳しく、2016 年通期見通しを 1.7%、2017 年も 1.6%に下方修正してい る(表 2)。強気筋の米 3%成長見通しは瓦解し、OECD(経済協力開発機 構)の 2.0%見通しさえ下回って、2 年連続 1%台半ばの成長である。当然な がら、今年の利上げは「せいぜい 1 回」であり、「グローバルのリセッション・ リスクの確率は 3 割」とのシビアな見方だ。 世界の成長率も下振れ (表 2) 各国の経済成長見通し これだけ米国が下方修正されれば、各国も同様な修正を受けている。 国・地域 2016年旧見通し(%) 修正見通し(%) 2017年旧見通し(%) 修正見通し(%) 米国 日本 ユーロ圏 中国 インド ブラジル ロシア 1.9 1.2 1.8 6.7 7.9 ▲3.0 ▲0.8 1.7 0.6 1.5 6.5 7.5 ▲4.3 ▲2.1 1.8 0.8 1.8 6.6 8.0 1.2 1.7 1.6 0.5 1.8 6.4 7.7 0.6 0.9 (出所)モルガン・スタンレー・リサーチ 春季グローバル・ストラテジー・アウトルック 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 5 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー (グラフ 6) 懸念される米非製造業の 鈍化傾向 ブラジル、ロシアといった資源国の下方修正はやむを得ないが、日本の 修正幅もかなりキツイ。OECD の見通しも、日本は 2016 年 0.8%・2017 年 0.6%に下方修正されたが、モルガン・スタンレーの 0.6%・0.5%を見ると、長期 の株高シナリオを描くのは容易ではないとの思いが募る。もし、「0%台半ば」 の成長率見通しが妥当とすれば、想定外の円高やグロ-バル経済の鈍化 が進行すれば、来期業績見通しは減益が必至とならざるを得ない。 意外にしっかりとしたユーロ圏 再び欧州銀行株が急落 ネガティブな見通しが多い中で、モルガン・スタンレーは比較的ユーロ圏 に好意的な見方をしている。OECD 見通しでも、2016 年 1.4%・2017 年 1.7% と、低水準ながらしっかりとした見通しだ。日本から見ると、どうしてもユーロ 危機当時のイメージが強く、昨年はパリの大規模テロもあった。しかし、意外 なほど、欧州の足取りはしっかりしている。ACEA(欧州自動車工業会)が発 表した 2 月の新車販売台数は、ユーロ圏で前年比+14.6%と好調を持続し ている。主要国では、ドイツ+12.0%、フランス+13.0%、イタリア+27.3%、ス ペイン+12.6%と軒並み良好だ。ギリシャの▲32.4%という落ち込みもあるが、 大勢への影響は軽微である。リーマン・ショック後のユーロ危機で、消費者 は我慢して老朽車に乗っていたが、ここに来て一気に買い換え需要が増大 しているようだ(グラフ 7)。ところが、このユーロ圏にもネックはある。ECB(欧 州中銀)の「フルハウス緩和」で、中銀預金金利のマイナス金利幅が▲0.4% に一段と拡大された。そこで、銀行収益の悪化問題が再び浮上しているの だ。ドイツ銀行のクライアン共同 CEO は、「今年は利益が期待できる年では ないと明言している。小幅な黒字になるかもしれないし、小幅な赤字になる かもしれない。分からない」と突き放した見解を表明した。ドイツ銀行の株価 は、昨年 4 月高値 33.4 ユーロから今年 2 月安値 13.0 ユーロまで急落した 後、3/14 には 18.8 ユーロまで戻していた。ところがクライアン発言で、16 日 には 16.9 ユーロまで再度急落の事態を招いた(グラフ 8)。 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 6 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー (グラフ 7) 堅調に推移する ユーロ圏の新車販売台数 (グラフ 8) 反発力の鈍さから 再度反落のドイツ銀行株 ドイツ銀行の株価推移 (ユーロ) 40.0 33.4 (4/14) 35.0 ECB理事会 マイナス金利拡大 ▲0.3%⇒▲0.4% (3/10) 30.0 25.0 ドイツ銀行 ▲61% 20.0 18.8 (3/14) 15.0 13.0 (2/9) 10.0 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 5.0 2015/1 マイナス金利政策の副作用は 看過できない 2015/2 2015/4 2015/6 2015/7 2015/9 2015/10 2015/12 2016/2 これは、他の大手行も同様で、スイスの大手 UBS グループのセルジオ・ エルモッティ CEO も、「厳しい環境が今年 1~3 月期に入っても続いた」と 述べ、3/16 に▲4.8%下落している。クレディ・スイス・グループも同▲4.9%下 落だ。各社ともにリストラに拍車を掛けており、中には英バークレイズ銀行の ジェス・ステーリーCEO のように、「就任後 100 日で 6,000 人余りをリストラし た」と公言する向きも出ている。バークレイズの高値は昨年 8 月の 289.9 ペ 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 7 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー ンスだが、今年 2 月安値は 147.8 である。欧州の銀行株はほとんど同じチ ャートで、2 月安値を形成した後に戻り歩調を見せていた。ところが、マイナ ス金利幅拡大で、再び銀行株は下落傾向を見せ始めている。ドイツ銀行の クライアン共同 CEO の発言は率直かもしれないが、株主から見れば無責 任と怒る人も出るものと思われる。どう見ても、マイナス金利政策の定かでは ない効果に対して、金融株の急落という副作用は看過できるものではない。 TOPIX 銀行株指数は、2/12 安値 127.0 から緩慢な戻り歩調だったが、黒 田日銀総裁の「マイナス金利は、理論的には▲0.5%まで引き下げられる」と の国会答弁で、3/16 には▲3.2%と腰折れの気配を見せた(グラフ 9)。▲ 0.5%まで引き下げられるとすれば、その時に TOPIX 銀行株指数がいった い幾らになっているかのシミュレーションも、ぜひ拝聴したいものだ。 (グラフ 9) マイナス金利で日経平均と 銀行株指数の格差拡大 日経平均と東証銀行株指数 150 日銀 マイナス金利 政策発表 (1/29) 140 130 120 110 100 東証銀行株指数 90 日経平均 80 *2016/1/28=100で指数化 70 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 60 15/4/1 「ないよりマシ」・・・スティグ リッツ教授の厳しい評価 15/5/26 15/7/14 15/9/2 15/10/27 15/12/17 16/2/10 国際金融経済分析会合に出席したコロンビア大学のジョセフ・スティグリ ッツ教授(ノーベル経済学賞受賞)は、「マイナス金利は銀行に打撃を与 え、貸し出しを妨げる恐れがある。効果は、『ないよりマシ』という程度だ。日 銀は世界の中銀で最も想像力を発揮したが、限界はある」と辛辣なコメント を発表した。3/15 の日銀金融政策決定会合で、マイナス金利政策に反対 したのが、証券界出身の二人の審議委員であったことは意味深である。マ ーケットのダメージを肌身で感じることができる審議委員だけに、政策の是 正を求めたのだろう。さすがに、1/29 に導入を決定したマイナス金利政策 を、3 月会合で否定するのは難しいかもしれない。しかし、導入によって、想 定を上回る副作用や将来的な弊害が顕在化すれば、それこそ「躊躇なく変 更」するべきではないか。最近、地銀の頭取に会う機会があったが、マイナ ス金利政策への対応策で、極めて疲労の色が濃かった。FRB 流のフレキシ ビリティを発揮すべき局面と考える。 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 8 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー マイナス金利国の通貨高・株 安現象 (グラフ 10) ドル安効果で 米国株が上昇トレンドに 日銀のマイナス金利政策導入にもかかわらず、円高が進行している。 ECB がマイナス金利幅を拡大した欧州でも、ユーロ高だ。為替相場は相手 国がある相対評価であり、「ハト派的 FRB への変容」が、より大きく寄与して いるようだ。ICE(インターコンチネンタル取引所)のドル実効レートは、昨年 12/2 高値 100.5 から 3/17 安値 94.6 まで約 6%下落している(グラフ 10)。米 国にとってはドル高が是正され、資源・新興国通貨も極端な下落から切り返 し始めている。資源・新興国の通貨安・株安が、不安定要因の一つであっ ただけに、世界的には好ましい傾向である。既述のコモディティの反発と合 わせて、世界は「リスク・オン・モード」にある。ところが、日本株は円高に毀 損されて、戻り歩調が勢いを失くしている。世界の主要 93 株価指数のラン キングを見ると、ワースト 1 位は上海総合指数▲17.9%、3 位は景況感が悪 化しているイタリア MIB 指数▲13.1%、続いて TOPIX がワースト 4 位▲ 12.1%、同 6 位日経平均▲11.0%と日本株のアンダー・パフォームが目立っ ている(3/17 時点ブルームバーグ。為替考慮なし)(グラフ 11)。上海は特別 としても、マイナス金利を採用しているユーロ圏、日本の下落率が世界でも 指折りなのだ。しかもワースト 7 位には、これもマイナス金利を採用している スイス SMI 指数が▲10.8%でランク・インしている。同指数構成 20 銘柄の年 初来騰落率ランキングでは、ワースト 1 位クレディ・スイス・グループ▲ 34.4%、同 3 位が UBS グループ▲18.2%である。ドル/円相場は、マイナス金 利導入決定直後の 1/29 に安値 1 ドル=121.6 円を示現したものの、3/17 には 110.67 円まで円高に振れている。1 ヵ月半で 10 円幅の円高だ。円 高・ユーロ高に共通するのは、「最早金融政策が限界に達している」との認 識だ。追加緩和を行っても限界性が暴露され、円高のトリガーと化している。 (P) (ドル) ドル実効レートとNYダウの推移 110.0 18,500 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 18,000 108.0 17,500 106.0 17,000 104.0 NYダウ(右) 102.0 100.5 (12/2) 16,500 16,000 15,500 100.0 15,000 98.0 14,500 96.0 ドル実効レート(左) 14,000 94.0 94.6 (3/17) 13,000 92.0 11/2 「為替放任主義」の墨守は一段 の円高を招く 13,500 11/23 12/15 1/7 2/1 2/23 3/15 となれば、ヘッジファンドは悠々と円買いポジションを高めることになる。 CFTC(米商品先物取引委員会)が発表しているドル/円相場のヘッジファ ンド・先物ポジションを見ると、2008 年 3/25 の 65,920 枚の買い越しが過去 最大だった。3/8 の買い越しは 64,333 枚に拡大、過去最大に迫っている。 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 9 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー (グラフ 11) ワースト・ランキングに並ぶ 日本の主要株価指数 世界主要93指数・ワーストパフォーマンス(2015年末~3/17) 上海総合 ‐17.9 モンゴル トップ20 ‐14.3 (伊)MIB指数 ‐13.1 TOPIX ‐12.1 スリランカ・コロンボ指数 ‐11.9 日経平均 ‐11.0 スイス・SMI指数 ‐10.8 ナイジェリア全株指数 ‐10.3 アテネ 総合指数 ‐10.1 アイルランド・ ISEQ指数 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 (%) -25.0 -20.0 -15.0 ‐9.5 -10.0 -5.0 0.0 アベノミクス全盛期の 2013 年 12 月には▲143,822 枚の円売り越しだった だけに、一つの時代が終焉したことを如実に物語っている(グラフ 12)。この 投機筋に対して、政府サイドは沈黙を守っている。麻生大臣、石原大臣共 に、「為替に関しては発言しない」姿勢を見せているが、1 ヵ月半で 10 円の 円高を許容すれば、さらに投機筋の攻撃が勢いを増すのは間違いない。 不思議なのは、大臣の沈黙に呼応するように、財務官までが黙秘している ことだ。過去の榊原、黒田といった大物財務官の時代には、ヘッジファンド と丁丁発止のやり取りがあった。現在の為替相場は投機筋との心理戦の色 彩が濃いだけに、「安易な円買いは損失を招く」との警告を発することも必 要だろう。実際の為替介入はしないにしても、ブラフは必要だ。レート・チェ ック等を行うことによって、ヘッジファンドを牽制する手練手管も重要と思わ れる。もし、政府・当局が、「為替は市場に任せる」との姿勢を墨守すれば、 一段の円高となる恐れもある。ドル/円相場のチャートは、2 月中旬から続い たボックスを下放れて、値幅が出るパターンを形成している。メジャード・ム ーブで 10 円幅の動きが出るとすれば、円強気筋が主張するように、105 円 という水準さえ実現するリスクが高まることになろう。 「官僚無謬論」との決別 日経平均は 2/12 安値 14,865 円をボトムとして、反騰トレンドに乗ってい ることは間違いない。これに「ハト派的 FRB」がもたらしたリスク・オン・モード が加われば、妙味ある年度末相場となったはずである。ただし、円高の進 行が「玉に瑕(たまにきず)」となって、再び 17,000 円を割り込んでいる。逆 な見方をすれば、円高モードが鈍化するか、円オーバー・シュートの後に切 り返す展開となれば、世界的なリスク・オンの恩恵を日本株も享受できる可 能性が高い(グラフ 13)。その時には、相対的な出遅れ感、割安感もあって、 一気に切り返すことになろう。安倍政権の経済対策も、グランド・デッサンが 固まりつつあり、本田・浜田参与の主張する「補正予算 5~7 兆円規模」が 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 10 2016 年 3 月 22 日 ストラテジー (グラフ 12) 一つの時代の終焉を示唆する ファンド筋の円ドル・ポジション (グラフ 13) 円安転換なら、昨年 12 月型の 日経平均上昇の可能性も (円/ドル) (円) 円ドルと日経平均の推移 140.0 21,000 20012 (12/1) 20,000 136.0 日経平均(右) 19,000 132.0 18,000 128.0 17,000 124.0 16,000 120.0 15,000 116.0 14,000 円/ドル(左) 112.0 13,000 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 108.0 12,000 9/1 藤戸 則弘 投資情報部長 9/30 10/27 11/24 12/18 1/19 2/15 3/10 軸となるものと思われる。ただし、「伊勢志摩サミットで世界に向かって提言 する」との安倍総理の意気込みを考えると、インパクトのある 10 兆円規模へ の拡大の可能性もあろう。したがって、基本はなお押し目買いを持続し、円 相場の落ち着きを待つことにしたい。「日銀がマイナス金利撤回を行えば、 金融株のラリーが始まるのではないか」・・・これが最近の夢想である。バブ ル的症状の債券相場は急落し、朝令暮改との批判も起きようが、決して得る ものは少なくない。「官僚無謬論」と決別すべき局面だ。 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 11 【重要な注意事項】 (本資料使用上の留意点について) ・ 本資料は当社が信頼できると考える情報ベンダーから取得したデータをもとに作成されておりますが、機械作業 上データに誤りが発生する可能性があります。当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。ここに 示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示しているに過ぎません。本資料は、お客様への情報提供の みを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的としたものではありま せん。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に 関するアドバイスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは 今後発行する可能性があります。本資料でインターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自 身のアドレスが記載されている場合を除き、アドレス等の内容について当社は一切責任を負いません。本資料の 利用に際してはお客様御自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。 (利益相反情報について) ・ 当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合がありま す。当社および関係会社は、本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品 について、買いまたは売りのポジションを有している場合があり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、 当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、その他サービスを提供 し、かつ同サービスの勧誘を行う場合があります。 ・ 当社の役員(会社法に規定する取締役、執行役、監査役又はこれらに準ずる者をいう。)が、以下の会社の役員を 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