なぜ、『かわいそうなぞう』が問題なのか? 今、戦争児童文学を問い直す

2016年3月21日
子どもの本・九条の会学習会概要
なぜ、『かわいそうなぞう』が問題なのか?
講師
第1部
今、戦争児童文学を問い直す
長谷川潮
司会
西山利佳
長谷川潮さんによる講演
きどのりこさんから初めの挨拶
九条の会の絵本展で「なぜ『かわいそうなぞう』がないのか」と質問された。子ども
の頃にこの本を読んで戦争反対の気持ちが育ったという人もいる。この本に多くの問題
が含まれていることを知らない人が多い。
今日は、早くからこの本の問題点を指摘してきた長谷川さんにお話をうかがい、戦争
児童文学の全体的な問題についても語り合いたい。
長谷川氏さん講演
1.最初に、武蔵野市に関する本を紹介したい。
◇『麦畑になれなかった屋根たち』(藤田のぼる作
永島慎二絵
てらいんく)
武蔵野市には、中島飛行機の武蔵製作所があった。戦争中、空襲の被害を防ぐため、
麦畑のように見せようとペンキ屋をかき集めて屋根を緑色に塗った。しかしアメリカ軍
はすでに偵察して製作所のありかなどわかっていた。勤めていた人たちは空襲があって
も建物の外には出てはいけないという決まりがあった。そこへ昭和19年11月24日
の空襲。麦畑に見せようなどというのは愚かな判断だった。戦争中にあったことには共
通 の 問 題 が あ る 。当 時 の 偉 い 人 た ち が ど ん な こ と を 考 え て い た の か こ の 本 に 表 れ て い る 。
2.戦争児童文学という言葉について
◇ この言葉が作られたきかっけ
1960年代
石上正夫ら教師たちによって作られた。
② 子どもが戦争を知らないことが問題になった。
②しかも、少年誌で戦争を美化するものがある。→
①②の理由から児童文学によって戦争の実態を教えようとし
た。それ以来、戦争のひどさ、怖さ、どういう犠牲を与えたか、
な ど を 描 い て い る 児 童 文 学 を 、戦 争 児 童 文 学 と 呼 ぶ よ う に な っ た 。
参考:『子どもに戦争をどう教えるか』(鳩の森書房
渋谷清視
石上正夫
1969)
◇1988『児童文学事典』(東京書籍)関口安義の意見。
戦 争 児 童 文 学 と い う 言 葉 は お か し い 。反 戦 児 童 文 学 、反 戦 平 和 児 童 文 学 と 呼 ぶ べ き だ 。
◇1993『日本児童文学大事典』(大日本図書)
大人の文学にも「戦争文学」がある。しかしそれは、戦争の肯定
も否定も含む。
大人の文学といっしょにしてはどうかと、長谷川氏が提案。戦争
を肯定するような作品が明治、大正、昭和と生まれてきたが、これ
らも子どもたちに大きな影響を与えた。あったものはあったとする
べきではないか。(例)
講談社の絵本
勇士奮戦美談
-1-
け れ ど も 、け っ き ょ く 戦 争 児 童 文 学 と い う 言 葉 は 変 え ら れ な か っ た 。し か し こ れ で は 、
日本の児童文学は全部戦争反対なのかと思ってしまう人もいる。
◇1996『現代児童文学の語るもの』(日本放送出版協会)
宮川健郎は、戦争児童文学の用語の廃止を主張。
戦争児童文学という言葉があるために、戦争体験者である大人が子どもに戦争を語る
というありきたりのパターンができてしまった。
しかし今では祖父母でさえ戦争を知らず、そのパターンは成り立たなくなった。
宮川が主張しても戦争児童文学という言葉はなくならず、今でも使われている。
3.『かわいそうなゾウ』(土家由岐雄
金の星社)の問題点
この本のサブタイトルは「おはなしノンフィクション」なっている。空襲が起きてい
る時期にぞうが殺されたことになっているが、上野動物園で猛獣たちが殺された昭和1
8年8~9月に、空襲はなかった。
「かわいそうなぞう」は1951年に作品集に収録され、評判が高くなって1970年
絵本版となり、必読図書になった。問題があることには誰も気づかなかった。
1974
学校図書
小学校2年生の国語教科書に収録される
1977
教育図書2年生の教科書にも収録
49年版~58年版
昭和58年版まで
2 つ の 出 版 社 の シ ェ ア は 高 く な い が 、そ れ で も 合 わ せ て 3 0 パ ー セ ン ト く ら い に な る 。
それだけの人がこの作品をいい作品だと思ってしまった。
『ハングリーゴーストとぼくらの夏』(長江優子
講談社)
こ の 作 品 に も 、「 か わ い そ う な ぞ う 」の こ と が 出 て く る 。筆 者 も 教 科 書 で 読 ん だ 世 代 。
この作品では、シンガポールで日本人の少年をいじめる中国系の少年が、ひいおじい
さんが日本人に殺されたと話をした。70年前の戦争の時代に飛びこんでいき、戦争を
子どもに体験させようとしている。
1979年の「かわいそうなぞう」英語版でもサブタイトルに「TRUE
STOR
Y」と入っている。外国の人も、本当のことだと思って読まされたのではないか。
◇自分が間違いに気がついたきっかけは、野坂昭如の戦争童話集だ。「干からびた象と
象使いの話」にはフィクションだが上野動物園のことが書いてある。そのころはまだ空
襲はなかったが、見せしめのために殺したのだとわかった。
◇「かわいそうなぞう」の問題点。
①
空襲がなかったときに殺したのに空襲が起きて殺したかのようにいっている。
②
殺せと誰がいったのかこの作品ではわからない。
③
動物が暴れ出して民衆に被害を与えるから危ないといったことになっているが、
上の人たちがそれほど民衆のことを考えていたかどうか疑問。
長谷川の指摘で、教科書に載せることはすぐに中止になった。 それだけは成果にな
った。児童文学の研究とか評論の世界でもこの本を肯定する意見はなくなった。少しず
つでも議論を積み重ねもっと広めたい。
-2-
◇土家由岐雄のほかの作品を知っている人がどれだけいるのか。
戦 争 中 の 『 昭 南 島 少 国 民 小 説 』 ( 金 の 星 社 1943) の 後 書 き で は 、 軍 国 主 義 に 加 担 し
ている。「かわいそうなゾウ」で、よく平和作家のような顔ができたものだ。
◇今後の「戦争児童文学」という言葉の使い方。
児童文学の外部で作られた言葉を受けいれてしまったが、これからも不合理な言葉で
あるということを認めながら使っていかなくてはならない。
もうかつての戦争を描くだけではダメだ。基本的に文学とは何かを問い直す。
初期の頃は、文学性がどうあろうとまず戦争の事実を報告するのが大事だった。時代
が経つにつれ
事実を伝えさえすればよいということではなくなっている。文学として
心に響くもの、価値を持つものでなければならない。文学性をきちんと確立していくに
は大変な努力が必要。
なぜ戦争が起きたのかよく調べ、根本に遡って考えることも必要。とにかく新しい視
野を持たなければいけない。みんなと同じ空襲から始まる物語はもう必要ない。
第2部
質問、討論の内容抜粋
1 . Q& A
Q
長谷川さんの批判に関して著者側の反論はありましたか?
金の星社に批判は届い
ていないのでしょうか?
A
著者側の間接的な応答はあった。ある雑誌の中で言い訳を書いていた。感動を高め
るためにそう書いたという。感動を高めるためにというが、その感動はなんなのか。著
者の感動はお涙ちょうだいだ。
金の星社は批判があったことは知っているとは思うが、今の社員が知っているかどう
かは疑問。
Q
かわいそうなぞうは、毎年8月になるとマスメディアが利用する。抗議運動はなか
ったのか。
A
Q
朝日新聞に対して異議申し立てをしたことは二回ある。二回とも返事がない。
事実に誤りがあっても「殺されたぞうはかわいそう、戦争はいや」という感想を持
った読者をどう説得したらいいのか。
A
戦争がいやという気持になることを否定するわけにはいかない。
政治家、軍のトップの肯定になってしまうからいけないとぼくはいっている。
猛獣が逃げ出して人を殺すとしもいったい何人殺すか。トップは10万人が殺されて
も平気な顔で戦争を続けていたではないか。戦争やいや、というのがどのレベルで考え
るのか。もちろん小さい子が戦争がいやだといったら、そうだといわざるを えない
Q フィクション作品だったらどうなのか
A フィクション作品は野坂昭如や長崎源之助のものなどいくつもあるが、どういう置き
換えをやったのか考えていくべき。特に「火垂の墓」はすぐれたものだと思う。
Q
戦争児童文学はどのような視点に気をつけて選んでいけばよいか
A
大人が配慮をしながら子どもに本を手渡すという渡し方が、すぐれた方法だとは思
わない、子どもが自分で発見していくプロセスの方が大事。
-3-
きどのりこさん
堀内純子
戦争と平和の本のリストから排除した作品
『葡萄色のノート』(あかね書房)
植民地だった朝鮮で日本もいいことをしたという本。植林はしたが、その木は日本の
ために使われた。
松谷みよ子
『ぼうさまになったからす』
(リストにははいっている))
アジアで死んだ人を弔うためにカラスが坊様になる。
弔われた人たちは日本人だけで現地の人は含まれていない。
2.意見
○大学生に聞いたら「かわいそうなぞう」で暴れるジョンが最初にあっさり殺されるの
がおかしいという意見が多かった。命に軽重をつけた問題作品。
○戦争の本当の姿を伝えるだけでなく、戦争の実態を文学として昇華して子どもに伝え
ることも大事ではないか。
○かわいそうなぞうの背景、国策で殺されていることを認識しなくてはならない
。
○ 天 災 で は な く 人 事 に よ っ て 戦 争 が 起 こ る 。そ れ を 子 ど も に ど う 伝 え る の か 課 題 が あ る 。
○「かわいそうなぞう」には人間の葛藤がない。だからやさしく自分に入ってくる。
○これからはアジア太平洋戦争は歴史文学として書かれていいと思う。
○戦争中の子どもを描いただけで戦争が書けている作品もある。
3.紹介された主な本
『象のいない動物園 』(斎藤 憐
偕成社)
『ゾウのいない動物園』(岩貞るみ子
講談社青い鳥文庫)
『トンヤンクイがやってきた』(岡崎ひでたか
新日本出版社)
『片手の郵便配達人』(グードルン・パウゼヴァング
『月にハミング』(マイケル・モーパーゴ
みすず書房)
小学館)
『 ぼ く た ち に 翼 が あ っ た こ ろ 』 ( タ ミ ・ シ ェ ム =ト ヴ
福音館書店)
『太陽の草原をかけぬけて』(ウーリー・オルレブ 岩波書店)
『リフカの旅』(カレン・ヘス
『ガザ
理論社)
戦争しか知らないこどもたち』(清田 明宏 ポプラ社)
『ノックノック―みらいをひらくドア 』(ダニエル ビーティー
光村教育図書)
『パパ ヴァイト ナチスに立ち向かった盲目の人』(インゲ ドイチュクローン
社』『生きる: 劉連仁の物語』(森越 智子
童心社)
紙芝居
『白旗をかかげて』(渡辺享子
汐文社)
『元従軍慰安婦スポクさんの決心』(渡辺泰子作
-4-
汐文社)
汐文