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研究主題 「職員・生徒の内発的モチベーションを高め成果と満足を生み出す学校経営」
熊本県立球磨商業高等学校
1
校長
福永
勝則
研究の主旨
職員・生徒が、理想に向かって「喜んで取り組み」、「心から傾倒する」事業であってこそ、主体的
で能動的な行動が導き出され成果と満足が生み出される。その前提として新事業を始めるとき、「な
ぜするのか」、「それをすることの意義は何か」をトップがしっかりと考え、理念とその取組を組織全
体が共感して取り組むことが重要である。校長の教育理念や言動に、職員・生徒が「大義あり」と認
識すれば、人は意欲を持って能動的に行動する。その取組と具体的成果を三年間の実践から報告する。
なぜやるか(戦略)
図1
2
いかにして進めるか (戦術)
何をいつまでにやるか (作戦)
能動的行動を促すための思考と取組の流れ(戦略に「大義」を含めることが重要)
研究主題設定の理由
一般に専門職勤労者は、目の前の仕事に高い価値と意義を見出すとき、その人本来の能力を自発的
に発揮する。この観点から職員・生徒が学校や仕事に求める「対象(成果)」と、人としての「成長
欲求」や「充実感」とを明確につなぐことで職員・生徒の内発的タスクモチベーションが高まり、自
らの意志で、同じ方向に向かって取り組む強い組織体になると確信している。そのための前提条件と
して校長の示す「学校教育目標(理念)」が、人間としての普遍的「大義」とイコールでつながってい
ること、そして組織体が、教育目標を「大義あり」と認めるとき、職員・生徒は自ら動き出す。
3
研究仮説
『校長の示す学校教育目標に「大義あり」と職員・生徒が認識できれば、自分の役割を深く自覚し、
自ら組織に貢献しようという「人間本来」の誠実な取組が生まれる。また「学校教育目標」に取
り組むことが、職員・生徒自身の「人生(今)を生きる意味」を深め、自分のやり甲斐と成長につ
ながると確信すれば、職員・生徒は本来の持てる力を発揮し成果と満足を生み出す』
4
具体的取組と実践の成果
(1)本校の「強み」の共有と教育目標の明確化
校長として赴任後すぐ、商業専門科目の簿記・情報を柱とする「実学」と校訓である誠実・進取の
「人間教育」の2つに注目。その理由は、この2つこそ、「本校の強み」となる価値ある目標と判
断したからである。年度当初、学校教育目標を「今日から日本一」として3つを簡潔明快に示した。
①「挨拶」:コミュニケーションの基本であり、相手の気持ちに思いを致すことである。
②「特技」:資格や部活動など、自分にとって価値ある目標を立て自己の最高を求めて取り組む。
③「読書」:1日1回図書館に行く。本は未知の世界との出会いがあり、自学力・確かな学力の基本。
取組の結果として、「生きる力」の伸長及び「全国区の専門高校」になるという見通しを持った上
で真剣に説明し、頂点を目指すことの醍醐味を実感してもらうことを心掛けた。年6回の校長講話に
加えて、職員会議や学校行事の度に職員・生徒に向かって本校の強みについて話し、その強みを「卓
越した強み」にまで高めることの意義を訴えた。一連の講話では、具体的に、分かりやすい言葉で、
-1-
かつ一貫したストーリー性のあるメッセージとなるよう工夫した。内容は HP にすべて公開している。
(2)管理職としての覚悟
管理職として「的確な意志決定」と「言行一致の行動力」、そして「人材育成」の視点に基づいて
実践してきた。具体的には、教育目標に基づく取組が生徒にとっては勿論、職員や地域にとっても価
値あることであることを示して、難しくてもワクワクする取組になることを常に訴えてきた(普遍的
価値の提示)。結果として、組織としてのベクトルが揃い、各人が役割をきちんと認識して取り組み、
それが具体的成果として挙がってきた。職員には「自分が磨かれるような取組にしよう」と訴えた。
(3)活用能力の証としての高度資格への取組
全国商業高等学校協会主催九種類の検定のうち三種目以上で1級を取得した生徒は、平成24年度
63人(3年生の38%)と過去最高を記録。これ以外に高度資格として、日本商工会議所主催の簿
記検定や国家資格である情報処理検定(IT パスポート、基本情報技術者、応用情報技術者試験)が
ある。これらは、高校生の取得率が極めて低い(日商1級 0.02 %、2級 2 %、ITP 0.38%、基本情報 0.15
%、)が、社会で高く評価される資格である。これらの資格取得を指導できる校内協働体制(授業、
補習、部活動)と教員の指導力向上を同時に進めた。その結果、生徒数減少の中でも受験者がここ数
年で大幅に増加し、合格者もそれに伴って急上昇した。受験者増は、生徒の自発的行動によるもので
生徒の高い意欲を喚起した結果となった。特に日商簿記2級の合格者が急激に増加、24年度は過去
最高の38人を記録。また、日商1級取得と共に税理士試験科目合格(簿記論)を果たし、全国から
注目された。また IT パスポートや基本情報技術者、応用情報技術者試験に多数合格した。商業高校
卒業生としての活用能力を高め、実社会で役立つスキルを身に付けること、最終的には自学力を付け
て卒業後も伸びる人間を育てることの大切さを一貫して話し、学校教育目標と職員・生徒の取組の大
義がつながっていることを語り続けてきた。これが管理職への信頼感につながったと感じている。
表1
日商簿記合格者の年度推移
表2
年度
21 年
22 年
23 年
24 年
25 年
2級
9
23
32
38
24
1級
0
0
1
0
0
全商1級三種目以上取得者の年度推移
年度
三種目
21 年
22 年
23 年
24 年
37
39
28
63
25 年
36
(3年生卒業時の取得者総数)
(高校生の1級取得者は全国で年間50人程度)
(4)生徒の変容、成長する子ども達
学年が上がるにつれて生徒の基本的生活習慣が定着し、成長していくのが本校の学校文化として定
着してきた。読書量も一人、年間平均19冊(H23 年度の 1.6 倍)に達し、宅習時間も増加してきた。
23年、26年度には県商業高校生徒研究発表大会で優勝の快挙、九州大会2位を受賞した。さらに
簿記、ワープロ、情報、珠算電卓の商業4部門での全国大会出場は常連となった。一方、生徒懲戒処
分は、表3のとおりこの数年でさらに減少した。欠席者もきわめて少ない状況である(表4)
表3
生徒懲戒処分と遅刻者総数の年度推移
年度
22 年
23 年
24 年
25 年
表4
生徒出席率の年間推移(%)
年度
停学者
11
4
2
3
出席率%
遅刻者
170
149
170
137
生徒総数
22 年
476
23 年
24 年
25 年
98.2
98.6
99.1
414
393
329
(表3、4とも通院、理由有りもすべて含む年間の総数)
生徒自身の内面に今自分が取り組むべき課題が見えてきたことで、行動が変容し、「伸びる学校」、
そして県内で問題行動の最も少ない高校の1つになった。生徒の感想の1部を記す。「『しなければな
らない』のではなく、『自分でしよう』と思うようになった」、「私もあんな先輩になりたい」、「自分
でも信じられない位、10時間も勉強しています」、
「球商をやめる生徒が少ない理由が分かった」等。
高校生の学習意欲の低下や保護者の「生活」格差が、子どもの「意欲」格差を生んでいると言われ
るが、本校では多くの生徒が希望を膨らませ大きく成長している。また生徒会による取組が認められ、
-2-
24年度「熊本県公立学校善行児童生徒表彰」及び「熊本県青少年育成県民会議表彰」を受賞した。
(5)職員の変容、学びチャレンジする職員団へ
自ら学んだり貢献することが、「義務」ではなく「喜び」であり、自己の成長感と満足度を高める
ことを自覚したことで職員の士気は大きく上昇し、かつ職員の充実感を高めることにつながっている。
これは県職員のメンタルヘルス調査結果(「働きがいがある」職員の率が高い)からも読み取れた。
(6)広報活動、生徒の活躍を知っていただく取組
生徒の活躍の様子が、毎年40報以上、新聞に掲載されてきた。また学校新聞の町内全戸への回覧
を実現、24年度にはその学校新聞が県高校 PTA 新聞優良賞を受賞した。さらに学校 HP を毎日更
新(チーム当番制)すると共に、保護者向け携帯メール配信システムを24年度から導入し、学年・
学校行事を随時情報提供している。また顕著な活躍をした生徒を校舎壁面の懸垂幕で顕彰している。
(7)地域や保護者の評価
地域の方から本校生に対するお礼の手紙も多くなった。「階段で転んだとき、駆け寄って手をにぎ
り、『大丈夫ですか』といたわりの言葉を掛けてくれた。涙が出た」、「農作業中に『お疲れ様です』
と言って通っていった」等。また1万人が参加する地域のまつりに、生徒課題研究提案が、三年連続
で採用され、本物のイベント企画と運営に参画した。さらに独自のアンケート分析結果が貴重な資料
となり、市及び観光協会からも高い評価をいただいた。保護者からは、「校長先生の話が分かりやす
いと子どもが家で話してくれる」、
「生徒のいいところをしっかり褒めてくれる」等の言葉を頂いた。
(8)職員が仕事に専念できる環境作り
改革には、ミドルリーダーの存在が必要である。特に改革初期は、その職員が孤立せず、かつ仕事
が進めやすいように校長としての目配りと支援に努めた。そのために学期毎に全職員と面接を行い、
課題や職員の思いを傾聴した。その上で職員全体の気持ちを繋ぎ、学校の進む方向性を年度の節目節
目で明確に示すことを心掛けてきた。職員にとって、自分の仕事の意味と取り組むべき方向がぶれる
ことなく明確であることが重要である。また職員の「悩み」や「気掛かりなこと」を傾聴し、ワーク
ライフバランスの観点から、場合によっては、年度途中でも仕事分担の一部変更を関係職員に諮り、
不公平感や多忙感を軽減し仕事がしやすい環境に配慮した。さらに校長通信(ひばりの声)を、年間
100号のペースで発信し、校長の思いを本音で伝え、本校 HP に公開している。
人を育てる私のキーワードは、校長の教育理念への「共感と共有」、「自主性の尊重と自己成長感」
である。私は常に理想の教育像を考え、「なぜ」を自問し、「教育の本質」を追求すると共に、それを
職員・生徒に提示してきた。教頭、事務長にも率先垂範することを求めると共に、私は毎日校内巡視
と授業参観を行い、OJT で適宜職員に声掛けを行っている。職員も生徒も「(校長の話に)そうした
い」という思いと重なってこそ大きな力が生まれる。人は自分が信じることのために行動するのが習
性である。校長の言葉に、「大義あり、同感」と賛同してくれたら、自ら動き出すと確信している。
そして納得し達成感を得るまでやり続けてくれる。そのために「なぜ→どうやって→何を」の思考と
行動順に大きな意味がある。これは組織運営にとって普遍的な真理であると確信するに至った。
5
おわりに
生徒、保護者の学校評価アンケート結果で「教育目標が明確」、
「授業工夫」、
「入学して良かった」、
「人権感覚」の項で年を追う毎に上昇し、「学校教育目標」、「入学して良かった」では保護者の高評
価が9割を超えた。今後も本校の理念と取組に、職員・生徒が共感し、それを誇りとして捉えて自ら
行動する個人を育てていく。今後厳しい労働環境が予想されるが、だからこそ、他では代替できない
「個人の卓越した強み」こそが一層重要になってくる。時代のこの変化を踏まえて、職員・生徒一人
一人が、「卓越した強み」を持つことの意味を理解し、「高度専門職業人」としての自覚と誇りを持っ
て、自己研鑽することに喜びと充実感を感じる組織体になっていくことを今後とも推し進めていきた
い。そして職員・生徒が、生きる張り合いと成長感を実感できる学校経営を心掛けていきたい。
-3-
添付資料(球磨商業高校
No1
福永勝則)
入学者数
200
190
182
180
180
168
160
140
139
120
116
110
110
102
100
80
60
40
20
0
18年 19年 20年 21年 22年 23年 24年 25年 26年
図1
年度別本校入学者数の推移
年間冊数
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
21年
22年
23年
24年
25年
図2 本校生の1人当たりの年間図書貸出冊数の推移
写真1
新聞記事
(平成23年 熊本日日新聞)
-4-
No2
写真2 校舎壁面を飾る 表彰懸垂幕
写真3
生徒と共に日本一(広報用ポスター)
-5-
No3
表
学校評価アンケート項目抜粋
問1
学校の教育目標が明確である
問2
先生は、授業で教材や教え方に
様々な工夫をしている
問3
本校に入学して良かったと思う
問4
先生は、人権感覚を持って一人一
人に温かく、また公平に接してくれる
23年
24年
25年
100
80
60
40
20
0
生徒
保護者
問1
生徒
保護者
生徒
問2
保護者
生徒
問3
保護者
問4
図3
生徒・保護者
の年度別学校評価の
アンケート結果(「そう思う」の割合%)
参考文献
1)ベネッセ
基礎力診断テストより
2)スティーブン.P.ロビンス(高木晴夫訳)「組織行動のマネジメント」ダイヤモンド社
2)林成之「ビジネス<勝負脳>」ベスト新書
4)T.フリードマン(伏見訳)「フラット化する世界(上・下)」日本経済新聞社(2006)
書(2009)
5)P.F.ドラッカー「マネジメント」ダイヤモンド社(2011)
6)リンダ・グラットン(池村訳)「ワークシフト」プレジデント社(2012)
7)中央教育審議会 教員の資質能力向上特別部会審議の最終まとめ(2012)
8)玄田有史他「希望学(1)希望を語る」東京大学出版会(2011)
-6-
(2009)