ちょっとだけ関連性理論

総論 ちょっとだけ「関連性理論」
a. みんなが太郎をののしった。
Sperber & Wilson, 1986, 1995. Relevance: Communication and Cognition.
c. 彼女の運命は風前の灯火だった。
d. あの男はタヌキだ。
「ことばによる伝達」
b. パーティ? だって着るものがないわ。
e. 奴は百万遍言って聞かせてもばくちをやめない。
いわゆる「コード主義」では:
f. あいつは頭が空っぽだ。
g. 熱海は東京の南西100キロのところにある。
話し手が相手に伝えたいことの内容(メッセージ)を、自分の頭の中にあるコード(日本
語や英語など)に従って記号(≒単語)の結びつきに変える。(「符号化」encoding)
i. この時計の修理にはお時間がかかりますが…。
話し手が、符号化されたメッセージを音声信号で発する。
↓
聞き手は音声信号を聴覚によって知覚する。
↓
聞き手は、知覚した音声信号を自分の頭の中にあるコードに従って解読し、
メッセージを理解する。(「復号」decoding)
関連性理論では:
ことばというコードに従って符号化されたメッセージを聞き手が復号し、それによって得
られた解読的意味とコンテクストを基に,推論によって発話の明意と暗意を解釈する過
程。
(1)彼はそれを返した。
(2)山田は、以前川上が賄賂として山田に贈った金を2015年4月17日午前9時以前に川
上に返した。
(3)山田にもいくぶんの情状酌量の余地がある。
明意
explicature. 解読的意味を推論を用いて「発展」させることによって得られるもの。
「発展」
代名詞、固有名詞、「直示的表現」(deictic expression)が指し示す対象を同定
二つ以上の意味を持つ語の「一義化」(disambiguation)
話し手が伝えたい内容の中に文法的・論理的に見て必然的に入っているはずの要素を補
完、飽和 (saturation)
単語その他の意味を「特定化」(enrichment)・「拡張」(loosening)して解釈
h. 18世紀の江戸は百万の人口を擁していた。
j. 私の家から東京タワーまで距離があります。
暗意
implicature. 明意を推論の前提の一部として用いることによって得られるもの。「発
展」で得られるものではない。
「(でも)彼はそれを返した(よ)」
前提1:賄賂を…返せば…情状酌量の余地がある。(暗意された前提(implicated
premise))
前提2:山田は…賄賂を…返した。 結論:山田にもいくぶんの情状酌量の余地がある。(暗意された結論(implicated
conclusion))
高次の明意
higher-level explicature.
"I can’t."
明意:Mary can’t help Peter to find a job.
高次の明意:
a. Mary says that she can’t help Peter to find a job.
b. Mary believes that …
c. Mary regrets that …
(これまでの)明意=基礎明意basic explicature
命題態度動詞(propositional attitude):believe, regret, ...
発話行為動詞動詞(speech act):say, yell, mumble, …
明意を得るための「発展」
代名詞等の指示対象の同定
単語の意味の一義化
必然的要素の補完
単語その他の意味の特定化と拡張
高次の明意を得るための「発展」(基礎的明意を発話行為動詞や命題態度動詞の目
的節に使うことによって文を得ること)
a. Seriously, I can’t help you.
b. Frankly, I can’t help you.
c. Confidentially, I can’t help you.
a. Mary says to Peter that she wants him to take it for serious that she can’t …
b. Mary says to Peter that she is frankly telling that she can’t …
c. Mary confides to Peter that she can’t …
「僕は高い車は買わないんだよ」
前提1(暗意された前提):メルセデスは高い車である。
前提2:Bは高い車は買わない。 ∴ Bにはメルセデスを買うつもりはない。
前提1:歴代の日本国総理大臣はすべてヒゲを生やしている。
前提2:安部氏は現在の日本国総理大臣である。 ∴ 安部氏はヒゲを生やしている。
前提1:月でウサギが
前提2:月でウサギが
つきをしていれば、安部氏はフランス王である。
つきをしている。 推論
∴ 安部氏はフランス王である。
「演繹」deduction:前提に対して「正当な論理学的規則」を適用すれば、必然的に正し
い結論が得られる推論法
前提1:力士はその場所ただ一人全勝すれば,優勝力士となる。
「帰納」induction:個々のことがら、一般的に正しいと思われる結論を引き出す推論法
前提2:白鵬は今場所の優勝力士である。 ∴ 白鵬は今場所ただ一人の全勝力士だ。
演繹的推論
前提1:もしあるものが高い車であれば、Bはその車を買わない。
P → Q
P ∴ Q
P → Q
Q ∴ P (誤った推論)
P → Q
¬Q ∴ ¬P 否定式( 肯定式)
「今日は上天気だ!」
前提1:上天気なら釣りに連れていってもらえる。
前提2:上天気だ。 結論:釣りに連れていってもらえる。
前提2:Bが車を買った。 ∴ Bが買った車は高い車でない。
帰納的推論
発話の明意(高次の明意も含む)を得るための「発展」は帰納的推論によって行われ
る。
一般的に帰納的推論の結論は、必然的なものではない。
前提1:人はそれまでの談話の中で重要な話題となっており、それゆえ「彼」という
代名詞を使っても誤解の恐れがない人物を指すのに「彼」という語を使う(ことが多
い)。
前提2:「山田」はまさしく前提1に当たる人物である。
前提3:話し手は「彼」という代名詞を使った。
結論:「彼」は「山田」を指す(可能性が高い)。
A:山田は古典文学に詳しいね。
B:そうとも。山田は古典文学に詳しいよ。源氏物語を書いたのが紫式部ってことも
知っているくらいだ。
前提1:源氏物語の作者は基本的な知識である。
前提2:基本的な知識を知っていることは詳しいと言わない。
前提3:Bが「山田が古典文学に詳しい...」と言った。
結論:Bは「山田が古典文学に詳しい」と考えていない(可能性が高い)
参考文献
今井邦彦 2001『語用論への招待』大修館書店