学校・英語科が一丸となって取り組む福岡高校の授業改善

2012 .1 ベネッセコーポレーション GTEC for STUDENTS編集
2011.6
ベネッセコーポレーション
GTEC for STUDENTS編集部
GTEC通信 vol.68
学校・英語科が一丸となって取り組む福岡高校の授業改善
~「受験にしか使えない英語」ではなく、「受験にも使える英語」を目指す”E DASH PLAN”~
岩手県立福岡高等学校
岩手県立福岡高等学校は、今年度創立110
周年を迎えた岩手県屈指の伝統校。1学年約
190名のうち半数近い生徒が国公立大学に進
学する一方で、弓道部は今年度インターハイ
で全国制覇、野球部は通算10回の甲子園出場
を誇るなど、まさに校是である「文武両道」
「質実剛健」を実践している学校である。
「ダッシュ70プラン」と「Eダッシュプラン」
2005年度に、生徒の学力・進路意識向上と、
教師の授業力向上を目指した教育改革である
「ダッシュ70プラン」がスタート。自由に授
業を見合う「互見授業」や、保護者や地域の
人たちに授業を公開する「学校に行こう週
間」といった取り組みをはじめ、生徒による
授業評価からの授業改善など、様々な取り組
みを実践している。全ての教師が、「授業展
開シート」を作成・共有し、自由に見られる
ようにすることで、教科を超えて授業改善の
ヒントを得られるようにしている。
これらの取り組みにより、スタート当時は
50~60名程度だった国公立大学進学実績が、
安定的に70名を超え、2010年3月には92名と
躍進している。また、進学実績のみならず、
校内で指導ノウハウを共有・継承しようとす
る意識も高まっている。
ダッシュ70プランの成功を受けて、2010年
度の6月から英語力の強化を目指す「Eダッ
シュプラン」がスタート。スタートから1年
あまり経った中での、学校・先生・生徒の変
化について、佐々木龍孝校長先生、英語科主
任の松尾美幸先生、英語科の小原謙一先生・
佐々木順一先生にお話を伺った。
※「ダッシュ70プラン」の詳細は、2011年
2月号のVIEW21をご覧ください。
佐々木校長先生・英語科主任松尾先生インタビュー
生徒の学力向上のためにも、
先生の授業力向上が必須
【写真】佐々木龍孝 校長先生
ベネッセ
英語指導の改革を目指す「Eダッシュ
プラン」ですが、何故あえて「英語」
という教科を取り上げて改革を進める
ことになったのでしょうか?
校長先生
全国の学校が「学力向上」という大き
な課題を抱えていると思いますが、本
校にとっても「学力向上」は大きな
1
テーマです。本校では、学力向上を
しっかりと進路実現に結びつけるため
に、「ダッシュ70プラン」という改革
を推し進め、確かな成果を出してきま
した。そんな中で、英語が入学段階か
ら他教科に比べて弱かったり、入って
からどれくらい伸びるかを見た時に、
苦しい状態が続いていました。ここで、
英語をしっかりと強化することは、と
ても効果が大きいと考え、プロジェク
トを組むことにしました。
加えて、県全体としても、英語・数学
は特に強化対象でしたし、2013年度か
らの新学習指導要領においても、4技能
の育成が求められています。さらには、
大学・社会が求めている英語力をしっ
かりつけさせたい、という観点からも、
英語には特に力を入れていくというこ
とにしました。学力向上のためには、
「授業力向上」が必須です。本校の英
語科の先生方には、英語教師としての
力を最大限に発揮してほしいと期待し
ています。
プロジェクトの立ち上げ時に
集中的に取り組みをスタート
ベネッセ
校長先生
松尾先生
Eダッシュプランはどのようにスタートされ
たのでしょうか?
このプロジェクトのスタート時に「集
中的」に様々な取り組みを始めたのが
良かったのではないかと思っています。
週1回の教科会、公開授業、外部講師に
よる研修会、授業研究など、様々な取
り組みを集中的にスタートさせた上で、
大学の先生からも理論的に正しい方向
で進んでいるという後押しをいただき、
さらに先進校視察なども行っていくこ
とで、様々なやり方をもった先生方が
「チーム」としてひとつにまとまって
いったように思います。
昨年度3年生を担当されていた時には、
以前のスタイルで授業をされていた先
生も、今年は1年生の指導において、新
しいやり方を取り入れていらっしゃる
先生もいます。生徒もそうですが、む
しろ先生の方が楽しそうに授業をされ
ています。
改革を進める上で大切なことは
「待てるかどうか」
ベネッセ
現在のように改革が着実に進んできた要
因は何でしょうか?
校長先生
改革を進める上で大事なことは、「結果
が出ない時に、耐えられるかどうか。待
てるかどうか。」だと思います。部活
だってそうですが、本当の成果というの
は、3~4カ月ですぐに表れてくるもので
はありません。何にせよ、改革がうまく
いかないという時の問題は「待てない」
「我慢できない」ということではないで
しょうか。今までやったことのない領域
に踏み出すのですから、すぐに結果が出
ないこともあります。
このEダッシュプランは、大きなものか
ら小さなものまで、しっかりとした目
標・プランを持っています(次ページ
資料1)。だからこそ、もう今さら戻れ
ない、戻るところはない、という覚悟で
進めてほしいと考えていました。
ベネッセ
校長先生の目からご覧になって、どうい
う変化を感じられていますか?
校長先生
先生方の指導法のバリエーションが増え
ましたね。腰を据えて、チームとして取
り組むうちに、随分と変化が表れてきた
ように感じます。
今では、英語科全員で、積極的に改革に
取り組んでいます。「ダッシュ70プラ
ン」を通して、新しいことに挑戦する土
壌ができたことによって、この「Eダッ
シュプラン」にも踏み出せたのだと思い
ます。
2
【資料1】
<参考文献>
江原美明(2009).『「コミュニケーション英語I」と「英語I」はどう違うのか』月刊英語教育2009年5月号. 大修館.
吉田研作, et al. (2004). 『中学校・高等学校段階で求められる英語力の指標に関する研究報告書』文部科学省.
吉田研作、堤眞幸.(2010).『SELHi等英語教育先進校が目指してきた高校英語教育の改善』ASTE 58号, pp.14-26.
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生徒が授業に受身でなくなった
他教科への波及も
ベネッセ
先生方からご覧になって、生徒さんの
変化はいかがでしょうか?
校長先生
生徒はすごく変わりましたね。英語教
員ではない私からすると、まず生徒た
ちが「英語で指示を出されて、さっと
動ける」というところがすごいなと素
直に感じます。
松尾先生
以前のスタイルでは、「指名された時
以外しゃべれない」というのが当たり
前でした。自由英作文を書かせても、
そもそもほとんど何も書けなかったで
すから。それが、今の生徒たちは、発
表やインタラクションなどのアウト
プット活動を日常的に授業の中で行っ
ていますから、話したり書いたりする
ことには抵抗がありません。それに、
常にペアやグループでこういった活動
を行うので、例えば自分が書いたもの
は、必ず誰かに読んでもらったり、コ
メントをもらったりすることになりま
す。すると、自然と「読み手を意識し
て書く」という姿勢もできあがってき
たように感じます。
ベネッセ
校長先生
地元の中学校からも注目が集まる
「英語力を伸ばして送り出さないと!」
松尾先生
「福岡高校に進学させるなら、しっかり
と生徒の英語力を引き上げて送りださな
いといけないと思っています。」
「福岡高校に行ったら全部英語で授業だ
よ!と生徒に発破をかけています。」
「福岡高校に進学して、生徒たちが明る
くなったと聞きました」
といった有難い言葉をいただきました。
これはすごく嬉しかったですね。
生徒たちが英字新聞を発行
自律的に英語を使うように
生徒さんの授業に対する姿勢が大きく
変わってきたということですね。
授業を受ける姿勢が、「受身ではなく
なった」ということは言えると思いま
す。本校の生徒は、とても真面目で素
直です。ただ、そのぶん「表現する」
という点が弱いと感じていました。そ
れが、英語の授業を通じて、自分の意
見を「表現する」ということを繰り返
すようになったことで、単に英語力だ
けでなく、「プレゼンテーション能
力」の向上にもつながってきていると
思います。
先日、数学の授業を見た時に、先生が
授業で扱った問題の解法についてディ
スカッションをさせていました。他の
教科の先生方も、英語の授業のいいと
ころを取り入れてくれています。
国語の先生の中には、音読のやり方をま
ねて、漢文の授業に取り入れてくださっ
た先生もいました。
このように、校内でも少しずつ英語科の
授業の進め方を理解していただいていま
すが、最近は地元の中学校にも注目され
るようになってきました。つい先日、中
学校の授業研究会にも参加させていただ
きましたが、そこで中学校の先生方から
ベネッセ
「生徒たちが 明るくなった」と言われ
るのは、とても嬉しいことですね。
松尾先生
そうですね。Eダッシュプランを始めて
から半年後の12月に20名ほどの有志の生
徒が集まって「福岡タイムス」という英
字新聞を発行しています。こういった活
動を通じて、英語の授業以外の場面でも、
生徒たちが積極的に、自律的に英語を使
うようになってくれたのはとても嬉しい
と感じています。この新聞に「自分の
コーナー、連載を持つ」ということも目
標に頑張っている生徒たちもいます。生
徒たちが書いた原稿のチェックに、先生
方も追われていますが、嬉しい悲鳴です。
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【資料2】生徒発行の”THE HUKUOKA TIMES”
■10月18日号
学校祭の様子や、
弓道部の全国制覇、
岩手県英語スピーチ
コンテストなどを詳細に
取り上げた記事を掲載
※岩手県立福岡高校
ホームページより引用
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受験にしか使えない英語ではなく
「受験にも使える」英語を
松尾先生
高校卒業後の進路を考えると、入試に
対応することは当然大事なことです。
今日3年生に行った授業にしても、相
手の意見を聞いてまとめるというタス
クを取り入れましたが、このことは近
年のセンター試験第3問の演習にもつ
ながっています。このように、素材の
料理の仕方次第で、入試対策もコミュ
ニケーション能力の育成も可能ではな
いかと思います。
ただ、今自分たちが行っている授業で、
本当に成果が出るのは10年後だと思っ
ています。「受験にしか使えない英
語」ではなく、「受験にも使える英
語」を教えたいですね。
福岡高校の卒業生として
大学に入っても負けてほしくない
校長先生
今、英語科では、福岡高校ならではの指
導、「福岡メソッド」を作ろうとしてく
れています。福岡高校に進学すると、英
語力がつく。大学でも、社会でも活きる
英語力の基礎ができる。だから、福岡高
校に行って学びたい。そう言われるよう
な「福岡メソッド」ができればと思って
います。卒業生には、大学に入って負け
てもらっちゃ困るのです。英語に苦手意
識を持ってほしくない。だからこそ、福
岡高校で確かな英語力を身につけて、大
学・社会に出ていってほしいと願ってい
ます。
【資料3】 Eダッシュプランにおける英語授業の基本概念を、他教科の先生にも分かりやすく説明した図
6
英語科先生インタビュー
定着を図る」ことを、授業改善のコンセ
プトとしています。また、英語科以外の
先生にもわかりやすく示すために作った
「英語授業の基本概念」の資料(資料
2)にも示したように、input・output
の量をしっかりと増やしていくためにも、
先生方はなるべく英語を使うようにしよ
う、そしてチームとして動いていこう、
ということになりました。
テクニックではなく、向かっている
ベクトルが間違っていないかどうか
【写真】福岡高校英語科の先生方
前列中央が松尾先生、後列右端が小原先生
後列左から二人目が佐々木先生
ベネッセ
チームとして動いていくというのはとて
も大切なことだと思いますが、どういう
プロセスを踏んでいかれたのでしょう
か?
松尾先生
とても有難かったのは、外部の先生に来
ていただいたことですね。上智大学の吉
田研作先生や、白百合女子大の倉住修先
生にお越しいただき、丸一日指導を受け
ました。この時に、細かいテクニックで
はなく、授業のアプローチとして、ベク
トルが間違っていないかどうかというと
ころを、フィードバックしていただけて、
「今、向かっている方向で間違っていな
いのだ」ということを後押ししていただ
きました。例えば、授業の中で、「生徒
に考えさせるアプローチを取り入れてい
るかどうか」など、譲れない部分での間
違いがないことがわかって自信がつきま
した。初年度であった昨年は、とにかく
こういった先生方から教えられて、「イ
ンプット」が多かったので、今年度は校
内で議論する時間を多く取るようにして
います。
小原先生
あるセルハイ校を訪問した際に、実際に
吉田研作先生が生徒に対して授業を行っ
ていらっしゃったシーンを見て、とても
感銘を受けたことがありましたが、そう
いった先生からアドバイスをいただけた
のはとても有難かったですね。
共通のハンドアウト作成から、
チームとしての動きへ
ベネッセ
Eダッシュプランがスタートして、これ
までの授業のやり方を大きく変えてい
くというのは、先生方にはとまどいも
あったのでしょうか?
小原先生
スタートした時には、やはりとまどい
はありましたね。ただ、前期の中間考
査が終わった後くらいから、松尾先生
を中心に共通のハンドアウトを作成し、
実際に授業を進めてみると、生徒がい
きいきと動くようになってきました。
生徒の方が順応は早いのかも知れませ
ん。
佐々木先生
松尾先生
実際に自分が受けたことがないスタイ
ルの授業を展開するということで、戸
惑いもありますし、大学入試に対応し
きれるかどうか不安なところもありま
す。が、今までの授業のスタイルは、
少なくとも生徒が英語を話していな
かったのは確かです。生徒が日常生活
の中で、英語を使うなんてことはまず
ないわけですから、「英語の時間くら
いは英語でしゃべろうよ」と考えて始
めた部分もありますね。
研究開発構想図(資料1)にもありま
すが、Eダッシュプランでは「4技能を
統合しながら、基礎・基本の効果的な
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「表現する」ことに対して、
抵抗がなくなった生徒たち
ベネッセ
佐々木先生
小原先生
実際に生徒にやらせてみて効果を感じ
るタスクなどはありますか?
Readingの授業でも、”Express
yourself”など、自分の意見をしゃべ
らせたり、書かせたりする活動を多く
取り入れているのですが、こういった
表現の力はしっかりとついてきている
ように感じます。生徒によっては、5分
で70~80wordsの文章が書けるように
なってきましたが、「表現する」とい
うことに抵抗がなくなってきているこ
とは、とてもいい変化だと感じます。
以前の生徒からは、「文法がわからな
いから書けない」という声もありまし
たが、こうして日常的に「表現する」
ということを繰り返しているうちに、
授業中の活動にもすんなりと入ってい
けるようになったと感じています。
HUKUOKA CAN‐DO GRADEで
授業の目的が明確に
ベネッセ
HUKUOKA CAN-DO GRADEの開発も、この
1年で進めてこられていますが、どう
いったところに効果が出ていますでしょ
うか?
佐々木先生
「どういう力をつけるために、授業をし
ているのか」が、とても明確になりまし
た。can-doを生徒にも示すことで、「今、
何のために、何をやっているのか」とい
うことを伝えることができますし、生徒
もひとつひとつの授業や活動の意味を理
解してやってくれるようになりました。
小原先生
HUKUOKA CAN-DO GRADEは、いったんはひ
とつの形は出来上がりましたが、大事な
のはこれからです。これから、GTECの
データなどを通じて検証を行い、調整し
ていかなければならないと考えています。
佐々木先生
can-doもそうですが、扱う素材や活動の
方法など、常に変化させていかないとい
けないと感じます。これは、教える側で
ある私たち自身も、どんどん新しいもの
を取り入れて実践していく必要があると
いうことですから、簡単なことではない
ですが、英語科としてよりよい指導のあ
り方を模索していきたいと思っています。
(GTEC for STUDENTS編集 足立大樹)
【資料4】HUKUOKA CAN‐DO GRADE(4技能の記述のうち、WritingのGRADE3~6部分のみを抜粋。)
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