地域包括ケアと情報ネットワーク

Socinnov
Vol 1
e10
2015.12.4
Series: 地域包括ケアの課題と未来 (10)
地域包括ケアと情報ネットワーク
亀田信介
医療法人鉄蕉会亀田総合病院院長, 社会福祉法人太陽会理事長
情報通信技術の進歩により、医療・介護の
われていますが、具体的なモデルは存在しま
現場においても電子カルテ導入をはじめとし
せん。2013年8月に発表された社会保障制度改
た情報化が進められてきました。歴史的には
革国民会議報告書には、
「地域での包括的なケ
1999年に診療録の電子保存が法律上認められ、 アシステムを構築して、医療から介護までの
情報の共有化やデータの2次利用による医療
提供体制間のネットワークを構築することに
の効率化と質の向上が期待されましたが、実
より、利用者・患者のQOLの向上を目指す」と
際は思ったような成果を得られませんでした。 書かれています。基本的には高度急性期から
長期療養、施設介護、さらには在宅に至るサ
なぜ十分な成果を得られなかったのか
ービスの資源を地域において総合的に確保し
原因としては、医療従事者が情報の共有や
た上で、ネットワークを構築して、効率的に、
公開に消極的であったこと、事業所ごとに異
切れ目なくこれらのサービスを提供しようと
なる情報システムの情報を実用に耐えられる
するものです。
「ネットワーク」が機能するた
簡便性やスピードをもって伝達することが技
めには、情報のスムーズなやり取りが必要で
術的に困難であったこと、民間で活用可能な
す。利用する施設やサービスの間で情報がス
国民共通IDが存在しなかったことが挙げられ
ムーズに伝達されなければ、大きな無駄が生
ます。加えて、ソフト開発業者が、他社のシ
じるだけでなく、サービス水準の致命的な低
ステムに乗り換えられないようにするために、 下は避けられません。
情報の囲い込みに熱心で、他業者のソフトと
の間で、情報のやり取りをしにくくしたこと
も大きかったと思います。
検査機器や検査結果の共同利用
例えば、日本のCTやMRIをはじめとする高額
急激な長寿化による医療・介護資源の不足
医療機器の数は、諸外国に比べて圧倒的に多
を克服するためには、情報通信技術を基盤と
く、小さな診療所でさえCTやMRIが設置されて
したネットワークの構築が喫緊の課題です。
いることが珍しくありません。その結果、必
最先端技術を活用したハードとソフトの開発
要ない検査が行われたり、専門家による適切
は継続して進めなければなりませんが、医
な診断が下されないことが生じます。今後、
療・介護サービスの向上を阻む最大の問題は、
効率的で質の高い医療・介護サービスを実現
医療・介護情報の合理的かつ公正な取扱いの
するうえで、地域全体の資源を活用すること
基本ルールが構築されていないことにありま
が重要です。そのためには、組織や距離の壁
す。
を越えて、情報の共有や人的交流、高額機器
の共同利用を簡便に行うための基盤が必要で
地域包括ケア
す。
近年、地域包括ケアという言葉が頻繁に使
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電子カルテやアプリケーションの共通化
基本ルールの必要性
近年のクラウド技術の進歩に伴い、公的個
しかし、従来の電子カルテで見られた情報
人認証を用いた個人の特定と、閲覧者の権限
の囲い込みのように、自らの利害のために勝
や認証の管理を行う中継サーバを設置できる
手なことをしていたのでは、地域の情報ネッ
ようになりました。これによって、ネットワ
トワークとしては成立しません。医療・介護
ークの基本となる情報のやり取りが可能にな
の効率化と質の向上を実現するためには、情
りました。アクセスできる情報を資格によっ
報の合理的かつ公正な取扱いを定める基本ル
て上手に制限できるようになりました。
ールが必要です。
このような環境下で、地域の医療機関が同
医療・介護サービス提供者は、共通の電子
じ電子カルテやアプリケーションを使うこと
カルテを使用しない場合でも、公正な条件の
ができれば、情報伝達は極めて容易になりま
下に、平等に情報にアクセスできなければな
す。例えば医師は、自院以外でもはじめから
りません。そのためには、サービス提供者を
違和感なく診療を行うことができます。亀田
分類し、基本的な情報を分類し、情報蓄積の
総合病院は、県内の医師不足の病院から緊急
方法などを定める必要があります。しかし、
に応援を要請されることがあります。こうし
共通の電子カルテやアプリケーションの使用
た場合、電子カルテが共通であれば、支援を
をルールでどう位置づけるかについては、精
効率的に行うことができます。さらに、基幹
密な議論が必要です。特定のアプリケーショ
病院の高額医療機器を用いた検査結果を参照
ンが強制されるとすれば、多様性が損なわれ、
したり、そこに検査をオーダーすることが可
個々の施設の細かな対応に支障が出かねませ
能になれば、地域医療の効率化と質の向上に
ん。特定のアプリケーションについて、参加
つながるでしょう。様々な事業所や職種が関
と脱退の自由がなければ、公正な競争は生じ
わる介護分野においても、クラウド技術を活
ず、進歩が阻害されます。
用し、地域で同じアプリケーションを利用す
ることにより、業務の効率化と質の向上、さ
らに医療との連携を実現できるはずです。
亀田信介: 地域包括ケアと情報ネットワーク. Socinnov, 1, e10,
2015.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.
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