岩石風化時の体積変化における元素移動に関する文献調査 千木良雅弘* 1. 研究の目的 岩石が風化する際の体積変化および化学成分の移動に関する既往研究をレビューする。 2. 研究の方法 文献データベース(SCOPUS、Web of Science など)を用いて、風化に伴う体積変化と化学元素の増 減に関する文献を検索、収集し、読解してとりまとめた。 3. 得られた成果 岩石が風化する際には,一般的に化学成分の増減および質量の減少が生じ,また,その際体積の 変化が伴うと想定される。そして,風化前後の岩石を比較して化学成分の増減(マスバランス)を 明らかにするためには,風化前後で体積が変化しない(等体積風化)と仮定するか,風化時に移動 しない元素(不動元素)を仮定することが必要となる。岩石の体積変化は,直接的には岩石の特徴 的な構造を風化前後で比較することで求められるはずであるが,実際的にはそのようにして求めら れる例は極めて稀である。また,岩石の微細組織がほとんど同じに見えても,等体積風化が保障さ れるものでもない。そのため,風化時に移動しにくい Ti, Zr, Nb などを不動元素として,風化前後 の岩石に含まれるこれらの濃度から体積変化を求め,また,マスバランスを計算することが一般的 に行われている(Brantley and White, 2009; White, 1995)。一方で,極めて強く風化した岩石や有 機物の多く含まれる土などの環境では,これらの鉱物も移動するという見解もあるが(Du et al., 2012; Hausrath et al., 2011),この方法は,岩石の風化に伴う体積変化を推定する方法として一 般的に用いられていることも事実である。 今までの代表的な研究事例では,Ti あるいは Zr を不動元素とした計算の結果,花崗閃緑岩と石 英閃緑岩(White, 2002; White et al., 1998),および,砂岩と玄武岩(Yoshida et al., 2011)とで 等体積風化であるという報告がある。一方,花崗岩の風化時には,Ti を不動元素とした計算から体 積が 1.5 倍になるという報告と(千木良, 2002),花崗岩のペグマタイト脈の変形から体積が 1.5 倍 になるという直接的な観察報告(Folk and Patton, 1982)がある。ただし,これらの体積膨張のメカ ニズムは厳密には明らかになっていない。注意すべきは,岩石によって組成と構造が異なり,さら に,同じ名称の岩石であっても,微細構造が違ったり,風化前の変質程度の差があり,これらが風 化に際して異なる挙動を引き起こす可能性があることである。ハロイサイトの結晶成長による岩石 の体積膨張は,従来報告された事例はないが,あり得る現象であると考える。 付表に,岩石の風化に伴う体積変化に関連する既往研究をとりまとめ,末尾にその文献リストを あげた。 4. 謝 辞 本研究をまとめるにあたり、東北電力株式会社三和公土木建築部部長他、 (財)電力中央研究所中田 英二、大山隆弘氏、株式会社ダイヤコンサルタント高野邦夫氏他には大変お世話になった。 発 表 論 文 千木良雅弘、中田英二(2013)様々な岩石の風化に伴う体積膨張とその地質学的意義.日本地質学会 2013 年度 研究発表会.仙台. Masahiro Chigira, Eiji Nakata, Takahiro Ooyama( 2014 ) Volumetric changes of various rocks during * 京都大学防災研究所・教授 weathering and their geologic significance. Japan Geoscience Union Meeting 2014. HGM02-04. 参 考 文 献 Author 年 雑誌等 Nesbit 1979 Nature Gardner 1980 Chesworth et al., Grant Chigira Chemical Geology Geochimica et 1981 Cosmochimica Acta Economic 1986 Geology 1990 Engineering Geology Brimhall et al., 1991 Geoderma Brimhall et al., 1992 Science Johnsson et al., 1993 Edouminko et al., 1995 Geological Society of America Special Paper Journal of African Earth Sciences Book from the Mineralogicl Society of America Geochimica et Cosmochimica Acta 概説 対称岩石 備考 花崗閃緑岩の球状風化について,風化に伴う希土類元素の移動を検討。Tiで正規化したREEの濃度はコアストンから 皮殻に向けて明瞭に変化。不動元素としてZr, Tiがあるが,Zrは微量で母岩の中での分布の不均一性が問題。Tiは量 が多く,この問題が少ない。また,中性で希薄溶液での溶解度が非常に小さいので不動元素とみなせる。 花崗閃緑岩 体積変化は検討していない。 花崗岩 風化に伴って元素の単位体積濃度とかさ密度との関係がどのように変化するか,色々な岩石で検討した。それによれ 閃長岩 ば,かさ密度の減少とともにAlはすべてで減少するが,Tiは減少する場合としない場合とがあった。そして,等体積風化 角閃岩 を考えると,これらの減少傾向はAlもTiも,通常考えられているよりも風化時に移動するためであるとした。 片岩 玄武岩など 風化によって岩石の微細構造が変化しない場合が多いこと, また,風化によって空隙が増えるのに体積が増えるのは考え にくいことが主な等体積風化の根拠。この考え方は様々な岩 石に同様には当てはまらない。 風化に伴う化学組成の変化を調査し,風化程度に応じた鉄,アルミ,チタンの相対含有率変化から,鉄とチタンは不動 で,アルミは減少すると推定した。 特に体積変化は検討していない。 玄武岩 交代変質の場合に,変質後の元素濃度を変質前の濃度に対してプロットすると,不動元素(群)は原点を通る直線(アイ 様々 ソコン)上に並ぶ。この線からのずれによって各元素の増加減少が簡易に表現・読図ができることを示した。 泥岩の風化に伴う元素の増減を等体積の仮定のもとに検討し,岩石中の黄鉄鉱の酸化に関係して,風化帯で多くの化 泥岩 学成分が溶脱されていることを示した。 風化断面を対象にして,風化に伴う岩石の体積変化を不動元素と密度変化によって検討した。ZrもTiもほぼ同様に不動 元素として取り扱えるとし,風化時に局部的には2倍から3倍体積が膨張したと結論付けている。風化時に生じる体積変 緑泥石化した玄武岩 化を見積もるには不動元素を用いるしかほとんど方法がなく,鉱物脈パターン等を持ちるうことはできることはほとんどな いと述べている。この方法をZrやTiを用いた化学機械的歪指標(Chemo-mechanical strain indicator)と呼んでいる。 不動元素を用いて,風化に伴う体積の膨張収縮を検討した。この方法を,物理化学的ひずみゲージ(physicochemical 段丘堆積物 花崗岩質片麻岩 strain gauge)と呼んでいる。不動元素としてはZrを用いている。 ハワイの玄武岩を対象に,風化に伴う鉱物組成と化学組成の変化について検討した。Tiは風化時に相を変えるものの Zr同様に動きにくいことを示した 論文では,等体積風化を仮定したが,その後Tiを不動元素と して計算しなおしたところ,岩石の体積は風化帯で10-30% 増加する結果になった。 2倍から3倍体積が増加。膨張は植物の根と関係していると 考えているが,明確ではない。 両者ともに,位置によって膨張あるいは,収縮。体積変化を 構造変化で定性的に説明している。 玄武岩 体積変化は検討していない。 風化帯におけるルチルとイルメナイトの形態変化と化学組成変化から,チタンは化学的に安定であり,マスバランスの計 片麻岩 算において不動元素として扱うことは正しいと結論付けた。 体積変化は検討していない。 土中のケイ酸塩鉱物の風化速度についての総説。この中で,マスバランスの計算について説明している。不動元素とし ては,Ti, Zr, Nbが用いられることが多い。これらの元素の不動性については議論もあるので,複数元素についてマスバ ランスの計算をすれば,確実性が上がると述べている。 White et al. (1998)に詳細に説明する図を例として挙げてい る。 White 1995 White et al., 1998 Cornu et al., 1999 Geoderma Mathe et al., Earth and 風化は側方を拘束されて上下のみの変形が許された状態で生じるので,風化に伴って体積変化が起こるならば岩石や 1999 Planetary 鉱物が変形するはずであるとした。変形のマーカーとして帯磁率の異方性を用いたところ,帯磁率の異方性には明瞭な 片麻岩,玄武岩 Science Letters 変化が認められなかった。そのため,風化は等体積で起こる場合が多いのだろうと推論した。 Hill et al., 2000 Geology 玄武岩のラテライト化に伴う元素移動を研究。アイルランドの第三紀玄武岩。チタンが最も移動しない元素。長年不動元 玄武岩 素と考えられてきたイットリウムは風化時にかなり減少する。ジルコニウムも。 体積変化は検討していない。 Hodson Geochimica et 2002 Cosmochimica Acta ソックスレー抽出試験器を用いて溶出の実験をした。カラムの底部に石英砂,その上にB層の土,その上にA層の土を入 れた。土と接した水の温度は70°,最大27日間の実験。カラムからの損失量と溶出量とを比較。その結果,ZrもTiも溶出 花崗岩 したが,Zrを不動元素として計算した他の元素(Na,Ca,Fe,Mg)の溶出量は実際の損失量に近かったが,K,Ti,Al,Siは過小 評価になった。Tiは不動元素とみなせないし,Zrも比較する元素によっては不動元素とみなすことができないとした。 次の問題がある。反応温度が70°と高温であり,また,カラム から微小粒子が浮遊物として水タンクに入れば,これらは高 温で水と反応を続け,それが最終的に分析値となっている可 能性がある。また,使用した試料はB層準とA層準の土層で あり,岩石とは異なる。 White 2002 Anderson et al., Geol. Soc. Am. 2013 Bull. 千木良 2002 著書 Sak et al., Geochimica et 2004 Cosmochimica Acta Taboada et al., 2006 Geoderma Kawabata et al. Chemical Geology Journal of 2007 Structural Geology Geochimica et 2008 Cosmochimica Acta 風化に伴う化学成分の増減と体積変化を検討した。風化に伴う体積変化を,不動成分としてTi, Zr, Nb, Yをとって計算し た。その結果,Yは他の成分と異なる挙動を示しており,風化に伴って移動するものとした。また,Ti, Zr, Nbはいずれも石 石英閃緑岩 英閃緑岩が等体積風化したことを示していた。 熱帯で,深さ20㎝までの土壌中にカオリンを詰めた袋を設置してチタンの移動を調べ,また,植物のリター(落ち葉,枝)を 分析して,表層部でのチタンの移動を調べた。その結果,チタンは酸性条件下で水に溶けるか有機物と錯体を作って, 熱帯の土壌中では移動することを示した。チタンは溶解してもすぐにアナターゼとして析出し,また,錯体はすぐに粘土や 堆積岩を母岩とする土 鉄酸化物に吸着され,土壌よりも下の深い部分では,チタンの動きははるかに遅くなると述べている。これらのことか ら,チタンは,環境によっては化学的風化速度の見積もりに使えない場合があるとした。 Panora花崗閃緑岩, Rio Blanco石英閃緑岩の風化帯を対象として,Tiを不動元素として,風化時の体積変化と元素移 花崗閃緑岩,花崗岩 動,風化速度について述べている。 風化に伴う元素の移動,さらに,侵食と隆起との関係について研究した。不動元素としてZrを用いて風化時の歪を計 算。Tiを用いても同じ結果であるとのべている。そして,新鮮岩石に比べて,サプロライトで体積が2倍,土になると3倍に グレイワッケ なると報告している。そして,風化に伴って,マスバランスの計算から他のイオンが減少すること,また,間隙率は増加す ることを示した。 花崗岩の球状風化のメカニズムについて検討し,Tiを不動元素として体積変化と元素の増減を検討。その結果,花崗岩 花崗岩 がマサになる時,体積が1.5倍になると推定した。 コスタリカの河岸段丘の玄武岩礫の風化皮殻形成メカニズムと速度を研究。マスバランスの計算から風化に伴う鉱物変 化は等体積で,TiとZrは不動元素とみなせるとした。風化皮殻の発達は界面モデル(反応制御)でモデル化できる。殻 の増厚速度は時間の1次関数。2.8㎜/1万年。 北西スペインの土壌断面を対象として研究。Zrはジルコン,Tiはルチル,イルメナイト,チタナイトとして存在するが,大部 分は黒雲母に含まれる。ジルコニウムは母岩の分解によって土中に放出。Tiは黒雲母の風化によって放出され,新た 花崗岩 な鉱物として析出。風化時に粒径によってTiの含まれる量比が変化していくので,風化時にTiが移動しているのだとし た。 四万十帯のメランジュの泥質岩の鱗片状劈開形成に伴う体積変化をTiを不動として算出. 石英閃緑岩の球状風化メカニズムを,鉱物組成および化学組成の変化から研究した。その際,チタンは黒雲母の中にイ ルメナイトとして含まれており,不動元素とみなした。Tiを不動元素とする物理化学的歪ゲージによれば,等体積風化。 ほんのわずかな体積膨張によって皮殻は形成されると考えた。 本書は,岩石の風化生成物であるレゴリスのモデル化について概説したもの。その中で風化に伴う岩石の変形のモデ Reviews in ル化について説明している。それは,岩石中のZr,Nb,Tiは不動元素とみなせるので,それと風化前後の岩石の密度を Brantley et., 2009 Mineralogy and 用いることによって,岩石の膨張あるいは収縮を求めることができると詳細に述べている。また,同時に風化時の元素 Geochemistry の増減についても計算できることを説明している。 鮮新世のラテライト質風化。古期風化帯。アルコース質砂岩。Tiを不動元素として元素移動を検討。アルカリ,アルカリ土 Fernandez-Caliani 2010 Catena 類元素は溶脱。非調和溶解によって放出されたアルミはカオリナイトやギブサイトなどとして保持。 Chemical 玄武岩の球状風化を鉱物,化学の面から研究。風化時には等体積であると仮定して,Ti濃度から密度の変化を推定。 Sak et al., 2010 Geology Tiは,有機酸濃度の低い深部では不動元素と仮定できるとしている 輝緑岩diabase.ハンドオーガーで掘れるところまで(4m)試料採取。母岩は近傍の露頭から。不動元素をいくつか仮定し Chemical て,体積変化を計算し,それが最も小さな元素がZrであることから,Zrを不動元素として使用。Zrの場合でも,50-60% Hausrath et al., 2011 Geology 膨張という結果が得られている。間隙水中の有機酸は,Acetate and formate–propionate。Ti, Al, Fe, Mn, P, Y, Ni, Cr, Sc, V, Ga, Cu, Zn, Laは表層部で減少しており,これは有機酸の存在に起因する可能性があると指摘した。 段丘堆積物中の砂岩と玄武岩の風化皮殻の形成メカニズムと速度を,鉱物組成および化学組成の変化から検討した。 Applied Yoshida et al., 2011 その際,Tiを不動元素として風化に伴う体積変化を計算した。その結果,これらの岩石の風化は等体積で起こると推定 Geochemistry した。 花崗岩(meta-granitoid)起源のラテライト。オーストラリア西部。岩石に含まれるTi, Zr, Thを含む鉱物の変質を詳細に観察 し,それらが風化に伴って変質していることから,Ti,Zr,Thは風化時に移動するとした。特に,一次的なスフェーンがレ ゴリスになく,イルメナイトとルチルが溶解していることは,これらがアナターゼに変化したことを示唆する。風化初期には Chemical Du et al., 2012 母鉱物の安定性によってこれらの元素の移動性が決まり,一旦Ti,Zr, Thが放出されると,2次鉱物が生成され,これら Geology の低い溶解度が元素の移動性を制限する。その後は,酸性環境,有機物の存在のもとに進む著しい風化がこれらの移 動に対して重要な役割を果たす。著しい風化が進んでいる場合や粒径の分級が起こっている場合には,これらの元素 をマスバランス計算に用いるには特に注意が必要だと結論付けている。 Buss et al., 泥岩 石英閃緑岩 等体積風化 玄武岩の場合には,コアストンから皮殻になる時に50%,土 になる時に原岩の100%以上の体積増加というパターンが得 られているが,あり得ないとした。また,風化は側方拘束状態 で起こるという思い込みがある。 等体積風化(表層土を除いて) 体積膨張の原因については,特に言及していない。 1.5倍の膨張。膨張の原因は不明だが,残留歪の解放か?下 記にあるFolk and Patton(1982)はアプライト脈の変形から, 花崗岩の風化時に同様に体積が1.5倍になることを示した。 等体積風化 サプロライトを粒径区分する場合,その方法によって砂,シル ト,粘土の比は大きく異なってくるし,不攪乱状態でのチタン の分布状態を再現することはできないと考えられるので,こ の論旨は疑問。 Tiが不動である根拠は,従来の様々な研究と,TiO2が他の 不動元素と考えられてきたNb,Al2O3と良い相関を示すこと, また,圧力溶解シーム密度とTiO2とが比例関係にあること. 等体積風化 具体的な体積変化事例はあげていない。 アルコース砂岩 体積変化の検討はしていない 玄武岩 等体積と仮定 輝緑岩 表層土で有機酸が多い場合には,Tiは不動元素として使え ない可能性がある。 砂岩 玄武岩 等体積風化 花崗岩(meta-granitoid) 構造に基づく,岩石の風化に伴う体積変化に関する研究 Folk and Patton Zeitschrift fur 1982 Geomorphologie 花崗岩に貫入したアプライト脈の変形から,花崗岩の風化時に体積が1.5倍になることを示した。 N. F. Bd 花崗岩 1.5倍の膨張
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