1.会社の「ビジョン」を全社員が共有化する 会社は、何らかの将来目標を持って日々の開発・生産・営業など の経営活動をしているが、中小企業ではその目標が社長の頭の中に はあるものの、文章として表現されていない場合が多い。 社員はときどき社長からそれについての話を聞くが、一方的な押 し付けの話に終わり、日常に仕事にはあまり反映されない。 そこで、共通の目的や行動のよりどころになる目標に組み立て、 それを文書にあらわして全社員に徹底すると、全社員の力が結集さ れて経営改善がはるかに効率的に進み目標実現の確率は高まる。 そのような将来に対する目標を「ビジョン」と呼ぶが、このビジ ョン作りでは3つのポイントがある。 ま ず 第 1 に 、 ビ ジ ョ ン と は 10 年 先 に 作 り あ げ た い 会 社 の 姿 で あ る 。一 般 的 に は 何 ら か の 目 標 を 決 め て 10 年 間 努 力 す れ ば そ こ そ こ 思 うようにできるものであり、3年とか5年だと少し短かすぎて現実 的な姿しか描けないし、また長すぎても力が入らない。 第 2 に 、 ビ ジ ョ ン は 10 年 先 を 見 越 し て 全 社 員 で 考 え て 共 有 化 し たものである。経営者ひとりの考えではだめで、全社員が真剣に考 えて心からその実現を望んでいることが絶対に必要である。社員が 望まないビジョンは実現はしない。 第 3 に 、 ビ ジ ョ ン は 「 No1 に な ろ う 」 と か 「 お 客 様 に 信 頼 さ れ る 製 品 を 作 る 」と い う よ う な 掛 け 声 や ス ロ ー ガ ン だ け で は な く 、「 将 来 の活動分野と製品やサービスの内容・売上高・給料体系」などの具 体的な内容が織り込まれていることが必要である。 このビジョンは、若手を含む経営幹部が徹底的に話し合って仮ビ ジ ョ ン を 設 定 し 、そ れ を も と に 社 員 の 意 見 を 織 り 込 ん で 完 成 さ せ る 。 2.ビジョン作り ① 利益の源泉 自 社 の ビ ジ ョ ン 設 定 で は ま ず 10 年 先 の 利 益 の 源 泉 、 す な わ ち ど のような活動分野で、どのような製品やサービス、または機能を顧 客に提供するかを決める。その検討のもとになるのは、現在の経営 状 況 お よ び 自 社 の 「 強 み と 弱 み ・機 会 と 脅 威 」 で あ る 。 検 討 の 取 っ 掛 か り は 現 製 品 の 需 要 予 測 で 、 こ れ か ら 10 年 先 に 現 製品の機能(役割)が必要かどうか考える。 た と え ば エ ア コ ン の 機 能 は 空 気 環 境 の 調 整 で 、 こ の 機 能 は 10 年 先にはさらに強化されることが必要と考えられる。なぜなら排気ガ スによる空気の汚染・地球温暖化という空気環境の悪化に対して、 高齢化で体力は弱る一方、人の快適性志向はより強くなるからであ る。だからエアコンは、形や方式は変わるがこのような機能が強化 された製品が登場するはずである。 一方寝具はどうだろうか。寝具の機能は寝ているときの温度保持 とクッション性だから、ひょっとしたら部屋の快適性が向上し衣服 にクッション性能が加わると、寝具なしで寝るようになるかもしれ ない。また寝具がなくなれば部屋を広く使えるようになるからさら に不要なものになることも考えられる。 こ の よ う に し て 10 年 先 を 考 え れ ば 現 在 の 製 品 の 需 要 が あ る 程 度 予測されるので、その機能がより一層必要になると考えられる製品 は 10 年 先 の 利 益 の 源 泉 と 考 え 、機 能 が 不 要 に な る と 予 想 さ れ る な ら ば他の活動分野や新製品を検討する。それは、現在の製品の関連分 野か、または現在のる経営資源を有効活用できる製品、さらには検 討の過程で思いついた製品でもよい。何点かの候補をあげて需要の 大きさ・収益性・実現性などから絞り込んでいく。 3.ビジョン作り ② 目標の売上高 将 来 の 利 益 の 源 泉 に な る 新 製 品 案 が い く つ か 出 た と こ ろ で 10 年 先の売上高の目標を設定する。もちろんまだ新製品の内容や形など 具体的には何も決まっていない段階ではあるが、こちらの思惑で大 胆に希望的観測を入れて売価と数量を決める。 ま た 現 在 の 製 品 に つ い て も 10 年 先 の 売 上 高 を 、 製 品 の モ デ ル チ ェンジや新規顧客開拓などを織り込んで設定する。その売上高と新 製 品 の 売 上 高 を 加 え る と 、 10 年 先 の 売 上 高 が 決 ま る 。 ところで会社の活気は会社存続に非常に大切な要素である。 その活気が感じられるのは、会社が規模的に大きく成長している と き で 、10 年 間 の 平 均 年 間 成 長 率 は 最 低 20% を 考 え た い 。も ち ろ ん 売 上 高 が 前 年 を 下 回 る 年 も あ る た め 、伸 び る 年 に は 30% と か 40% の 急成長もあることになる。 毎 年 20% の 売 上 増 で 計 算 す る と 、 10 年 先 に は 現 在 の 6.2 倍 の 売 上高になり、これを基準に自社の意気込みで倍率を決めればよい。 目標にする倍率をあまり控え目に設定すると、夢が感じられない ために力が入らずかえって実現しなくなる。 だ か ら 、 も し 計 算 し た 新 製 品 と 現 在 の 製 品 の 10 年 先 の 売 上 高 合 計が現在の6倍以下なら、新製品の数を増やしたり、現在の製品の シェアアップや製品の垂直展開・水平展開などによる売上高の増加 を目論むことが必要である。 このような検討をしているうちに、将来の製品構想が変化するか もしれないがそれでもよい。もとに戻って何度も最初から考え直す こ と は 大 事 で あ る 。こ れ を 繰 り 返 す こ と に よ っ て 、10 年 先 の 姿 が よ り明確に、より近く見えて現実味を帯びてくる。 4.ビジョン作り ③ やる気の出る給料 ビジョンの 3 番目は社員がやる気の出る給料である。 社 員 が 寸 暇 を 惜 し ん で 一 生 懸 命 に 働 く の は 、「 今 の 給 料 が 他 社 に 比べて高い満足感から」と「仕事の結果が将来の高い給料に反映さ れる期待感から」のどちらかである。 給料以外に「仕事が面白い」から一生懸命に働くといった考え方 もあるが、芸術家などを除き一般の会社に勤めるサラリーマンのほ と ん ど は 給 料 が 高 い ほ ど 、ま た 給 料 の ア ッ プ 率 が 高 い ほ ど よ く 働 く 。 課長や部長それに取締役という会社での地位は、最近はあまり仕 事に対する動機付けにはならない。逆に「自分は取締役なのに給料 が 低 い 」と 愚 痴 を こ ぼ す 幹 部 や 、「 係 長 や 課 長 に は な り た く な い 、管 理 者 に な っ て も 給 料 は 安 く 責 任 だ け が 増 え る 」と い う 若 い 人 も 多 い 。 これは地位が高くなっても給料はそれほど上がらない、つまりポ ストと待遇が一致していないからである。 だ か ら 10 年 先 に 1 人 当 た り の 給 料 を ど の 程 度 に す る の か 、 そ し てその評価方法を具体的に決めてビジョンにするのである。 たとえば「平均給料は同業他社の2倍、また最高クラスの評価の 人は社長よりも給料が高い」くらい大胆に決めることである。 もちろんそれを実現するためには生産性を倍増する必要がある が 、こ れ か ら 10 年 間 で 生 産 性 を 他 社 の 2 倍 以 上 に す る と い う 目 標 を 設定して計画的に改善を進めていけばよい。 また、それぞれの給料は仕事の成果で大きな差をつける。しかし そ の 評 価 は 1 回 限 り の も の で 、次 の 評 価 は「 0 」か ら ス タ ー ト す る 。 このようなやる気の出る給料体系が明確になれば社員は必死に な り 、 そ れ が 10 年 先 の ビ ジ ョ ン を 達 成 す る 原 動 力 に な る 。 5.ビジョン達成の部門課題 こ の よ う に し て 、自 社 の ビ ジ ョ ン( 10 年 先 の 製 品・売 上 高・給 料 ) が決まったら、次はビジョンを達成するために各部門に不足してい るものは何か、また何をすればよいのかなどを部門毎に検討する。 各部門でグループ数名単位に分かれてビジョン達成のディスカ ッションを行い、それぞれの立場で気のついた問題点や課題、改善 テ ー マ や ア イ デ ア を 何 で も よ い か ら 1 人 10 件 以 上 書 き 出 す 。 この段階では書き出した内容のよし悪しよりも「数」が必要であ る。内容は系統だっていなくてもよいし、根拠が不明確でも、単な る思いつきでも、また他部門のことでもよい。 た と え ば 営 業 部 門 な ら 、「 新 規 顧 客 の 開 拓 が 必 要 で あ る 」「 顧 客 か ら の 苦 情 の な い 製 品 を 作 っ て 欲 し い 」「 日 本 だ け で な く 海 外 展 開 が 必 要 だ 」「 女 性 の 営 業 レ デ ィ ー が 必 要 に な る 」「 情 報 が タ イ ム リ ー に 伝 達 で き る よ う に 携 帯 パ ソ コ ン を 持 ち た い 」「 見 積 も り が 簡 単 に で き る パ ソ コ ン シ ス テ ム を 作 る 」「 営 業 ツ ー ル の 資 料 を 充 実 さ せ る 」 「斬新な製品カタログが欲しい」などいくらでも出てくる。 ま た 製 造 部 門 な ら 、「 工 場 を 増 設 す る 」「 品 質 レ ベ ル を 高 め る た め に ISO9000 を 取 得 す る 」「 機 械 の 故 障 を 減 ら す 」「 生 産 性 を 高 め る 」「 生 産 技 術 力 を レ ベ ル ア ッ プ す る 」「 材 料 ・ 製 品 在 庫 を な く し 、 多 品 種 少 量 生 産 体 質 に す る 」「 生 産 設 備 を 自 社 開 発 す る 」「 納 期 遅 れ を な く す た め 部 品 の 入 荷 遅 れ は な い よ う に し て ほ し い 」な ど で あ る 。 同じようにして、設計部門、資材・経理・総務などの管理間接部 門からも多くの意見を出してもらう。 こうして集まった多くの意見を部門別、内容別に一覧表にまとめ るが、この段階ではあまり細かく分類しないほうがよい。 6.経営改善のテーマ一覧表を作る 10 年 後 の ビ ジ ョ ン 達 成 の た め に 、今 ま で に ま と め あ げ て き た 資 料 を使ってこれから取り組む経営改善のテーマ一覧表を作る。 参 考 に す る 資 料 は 、既 に 検 討 し た「 経 営 成 績 と 改 善 ポ イ ン ト 」「 製 品 と 改 善 ポ イ ン ト 」「 売 上 と 改 善 ポ イ ン ト 」「 原 価 と 改 善 ポ イ ン ト 」 「 経 営 資 源 と 経 営 環 境 」「 自 社 の 強 み と 弱 み・機 会 と 脅 威 」そ し て「 自 社のビジョンと各部門の課題」である。 多くの資料があるために大変そうであるが、この段階は非常に重 要なので時間をかけて取り組む。テーマの設定を見誤れば、遠回り をしたり、ビジョン達成が困難になる。 この経営改善テーマの設定は経営幹部を中心に若手中堅社員を 加えて行うが、ここで大切なことはそのテーマができそうかできそ うでないか、またよいアイデアがあるかないかは考えないことであ る。多くの人は、テーマ設定のときにできそうにないと思うことは テーマから外してしまい、今考えてすぐにできることやアイデアの 思いついたことしかテーマに選ばない傾向がある。 こ れ か ら 10 年 か け て 改 善 ス テ ッ プ を 踏 ん で 実 行 し て い く わ け で 、 今 そ の 解 決 策 が 見 つ か ら な く て 当 然 で あ る 。経 営 改 善 で は 可 能 性( ア イデアがある)からのテーマ設定ではなく、必要性(ビジョンの達 成)からのテーマ設定であることを意識することである。 こうして新たな発想で十分に検討すると数多くのテーマが出て く る が 、① 研 究 開 発 に 関 す る こ と ② 製 造 に 関 す る こ と ③ 販 売 に 関すること ④ 資金に関すること ⑤ 管理(人・組織・仕組み)に 関すること ⑥ その他の項目で分類し、関連する問題点や課題をひ とくくりにしてテーマ設定し、経営改善の一覧表が完成する。 7.優先順位を設定する 経営改善のテーマ設定は必要性だけで検討してきたが、次は数多 くの経営改善テーマのどれから着手すべきかの優先順位を決める。 現在の経営資源を最も効率的に使い、最短距離と時間でビジョン を達成するためには優先順位を上手につけることが大切である。 ま ず こ れ か ら 10 年 先 の ビ ジ ョ ン 達 成 に 向 け て 、 い つ ま で に そ の テーマができていなければならないか、テーマ間の関連性をつけな がら達成納期を決める。あまり細かく納期を区切るよりも、3年先 に達成が必要なテーマ、5年先までに達成が必要なテーマ、7年先 ま で に 達 成 が 必 要 な テ ー マ に 区 分 す れ ば よ い 。7 年 先 以 降 は 空 白( 余 裕とテーマの追加用)にしておく。 そして個々のテーマに必要な実行期間を想定し、達成納期からさ かのぼって着手時期を決める。ここで、2年以内に着手が必要なテ ーマはAランク、4年以内に着手が必要なテーマはBランク、それ 以外はCランクに評価する。 次はビジョン達成への必要性で評価する。ビジョン達成に必ず必 要 な テ ー マ は A ラ ン ク 、必 要 か も し れ な い テ ー マ は B ラ ン ク 、必 ず しも必要とはいえないテーマは C ランクにする。 最後はその達成の困難度で評価し、高い方から1・2・3…にす る。改善に必要な資金で優先順位をつけたくなるが、それは実施ベ ースで複数案を出して採算性を検討するため今は不要である。 こ う し て 、達 成 時 期 と 着 手 時 期・必 要 性・困 難 度 で 評 価 が で き た 。 全体を見渡して着手時期が早く、必要性が高く、困難度が高いテ ーマ、すなわちAA1のテーマが優先順位の1番である。次がAA 2、そしてAA3というようにして経営改善の優先順位が決まる。 8.推進体制作りと時間の工夫 今までに煮詰めてきた経営改善のテーマを実行する上でまず必 要なことは社内の推進体制を整えることである。基本的にはトップ ダウンによる組織横断的なプロジェクト方式が適している。 今年度に着手するテーマごとに各部門から推進の適任者を選出 してプロジェクトチームを作り、その中からリーダーを決めて進め ていく。適任者は部長や課長だけではなく、係長や一般職の若手で そ の テ ー マ を こ な せ そ う な 人 、ま た 将 来 を 期 待 す る 人 を 選 ぶ と よ い 。 もちろんそのプロジェクトチームはテーマが完了するまでの臨 時的な組織で、必要に応じて結成したり解散したりする。 また社長をはじめとする経営幹部やリーダーでプロジェクト推進 委員会を構成し、適任者を決めたり、改善の総合調整を行う。 一方、テーマの数が多いと1人が複数のテーマをこなす必要があ り、時間の捻出を工夫する必要が出てくる。少なくとも管理職なら このような経営改善に取り組む時間を、仕事時間の半分くらいは取 りたい。この比率を経営改善業務比率と呼び、これを高めるために は日常業務を効率化することが必要である。 ここでいう日常業務とは、今の現状を維持する業務のことで、日 常の生産調整、クレーム対策や納期対応などのトラブル業務、また 定型的な決済判断業務のことである。管理職がこのような業務にか けている時間の比率を数字で明確にして効率化していくとよい。 以上で推進体制の構築と、改善に必要な時間を生み出すことがで きた。次はそれぞれのプロジェクトチームで実施段階に移っていく が、以降は強力なトップダウンのフォローが必要である。トップダ ウンとは社長や取締役の「燃え続ける意志」である。 9.実行計画書とフォロー体制 実施段階で最初にすることは実施計画書作りであるが、意外に計 画書作りを簡単に済ませる人が多い。計画は変化するものだから大 雑把でよいという考えである。それもひとつの考え方ではあるが、 段取り八分というように、計画のよし悪しでテーマがうまく進むか どうか、また期待する成果が得られるかどうかが決まってしまう。 この計画書作りで大切なことは、計画書から具体的な行動が読み 取れることである。そのためには5W1Hが計画書の中に表現され ていることが望まれる。 What- 何 を ・ Who- 誰 が ・ When- 何 時 ・ Where- ど こ で ・ Why - な ぜ ・ How- ど の よ う に 、 と い っ た 内 容 が あ る 程 度 具 体 的 に 書 か れているとよい。特に、何を・誰が・何時は必ず書かれていなけれ ばならない。だから実施計画書にはプロジェクトチームのメンバー 全員の名前が書かれることになり、自分の役割分担が明確になり責 任感が生まれてくる。 実 施 計 画 書 が で き た ら 実 行 の ス タ ー ト で あ る が 、 Plan → Do → Check→ Action の 管 理 の 輪 を 小 さ く ま わ し て い く こ と が 大 切 で あ る 。 プロジェクトメンバーは、週に1回は集まってお互いの進度の報 告と問題点や内容の検討、また計画の見直しを行う。 またプロジェクト推進委員会では、それぞれの個別の経営改善テ ーマがどのように進展しているか、関連するテーマ間の調整、また 予算化が必要なテーマの検討、さらにはプロジェクトメンバーの入 れ 替 え や 再 編 成 、プ ロ ジ ェ ク ト と チ ー ム の 発 足 、解 散 な ど を 決 め る 。 定期的には月に1回、そして必要に応じて臨時に行うことである。 しっかりとした計画と十分なフォロー体制が成功の秘訣である。
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