6 章 トップダウンの経営改善(本文はこちら)

1.会社の「ビジョン」を全社員が共有化する
会社は、何らかの将来目標を持って日々の開発・生産・営業など
の経営活動をしているが、中小企業ではその目標が社長の頭の中に
はあるものの、文章として表現されていない場合が多い。
社員はときどき社長からそれについての話を聞くが、一方的な押
し付けの話に終わり、日常に仕事にはあまり反映されない。
そこで、共通の目的や行動のよりどころになる目標に組み立て、
それを文書にあらわして全社員に徹底すると、全社員の力が結集さ
れて経営改善がはるかに効率的に進み目標実現の確率は高まる。
そのような将来に対する目標を「ビジョン」と呼ぶが、このビジ
ョン作りでは3つのポイントがある。
ま ず 第 1 に 、 ビ ジ ョ ン と は 10 年 先 に 作 り あ げ た い 会 社 の 姿 で あ
る 。一 般 的 に は 何 ら か の 目 標 を 決 め て 10 年 間 努 力 す れ ば そ こ そ こ 思
うようにできるものであり、3年とか5年だと少し短かすぎて現実
的な姿しか描けないし、また長すぎても力が入らない。
第 2 に 、 ビ ジ ョ ン は 10 年 先 を 見 越 し て 全 社 員 で 考 え て 共 有 化 し
たものである。経営者ひとりの考えではだめで、全社員が真剣に考
えて心からその実現を望んでいることが絶対に必要である。社員が
望まないビジョンは実現はしない。
第 3 に 、 ビ ジ ョ ン は 「 No1 に な ろ う 」 と か 「 お 客 様 に 信 頼 さ れ る
製 品 を 作 る 」と い う よ う な 掛 け 声 や ス ロ ー ガ ン だ け で は な く 、「 将 来
の活動分野と製品やサービスの内容・売上高・給料体系」などの具
体的な内容が織り込まれていることが必要である。
このビジョンは、若手を含む経営幹部が徹底的に話し合って仮ビ
ジ ョ ン を 設 定 し 、そ れ を も と に 社 員 の 意 見 を 織 り 込 ん で 完 成 さ せ る 。
2.ビジョン作り
① 利益の源泉
自 社 の ビ ジ ョ ン 設 定 で は ま ず 10 年 先 の 利 益 の 源 泉 、 す な わ ち ど
のような活動分野で、どのような製品やサービス、または機能を顧
客に提供するかを決める。その検討のもとになるのは、現在の経営
状 況 お よ び 自 社 の 「 強 み と 弱 み ・機 会 と 脅 威 」 で あ る 。
検 討 の 取 っ 掛 か り は 現 製 品 の 需 要 予 測 で 、 こ れ か ら 10 年 先 に 現
製品の機能(役割)が必要かどうか考える。
た と え ば エ ア コ ン の 機 能 は 空 気 環 境 の 調 整 で 、 こ の 機 能 は 10 年
先にはさらに強化されることが必要と考えられる。なぜなら排気ガ
スによる空気の汚染・地球温暖化という空気環境の悪化に対して、
高齢化で体力は弱る一方、人の快適性志向はより強くなるからであ
る。だからエアコンは、形や方式は変わるがこのような機能が強化
された製品が登場するはずである。
一方寝具はどうだろうか。寝具の機能は寝ているときの温度保持
とクッション性だから、ひょっとしたら部屋の快適性が向上し衣服
にクッション性能が加わると、寝具なしで寝るようになるかもしれ
ない。また寝具がなくなれば部屋を広く使えるようになるからさら
に不要なものになることも考えられる。
こ の よ う に し て 10 年 先 を 考 え れ ば 現 在 の 製 品 の 需 要 が あ る 程 度
予測されるので、その機能がより一層必要になると考えられる製品
は 10 年 先 の 利 益 の 源 泉 と 考 え 、機 能 が 不 要 に な る と 予 想 さ れ る な ら
ば他の活動分野や新製品を検討する。それは、現在の製品の関連分
野か、または現在のる経営資源を有効活用できる製品、さらには検
討の過程で思いついた製品でもよい。何点かの候補をあげて需要の
大きさ・収益性・実現性などから絞り込んでいく。
3.ビジョン作り ② 目標の売上高
将 来 の 利 益 の 源 泉 に な る 新 製 品 案 が い く つ か 出 た と こ ろ で 10 年
先の売上高の目標を設定する。もちろんまだ新製品の内容や形など
具体的には何も決まっていない段階ではあるが、こちらの思惑で大
胆に希望的観測を入れて売価と数量を決める。
ま た 現 在 の 製 品 に つ い て も 10 年 先 の 売 上 高 を 、 製 品 の モ デ ル チ
ェンジや新規顧客開拓などを織り込んで設定する。その売上高と新
製 品 の 売 上 高 を 加 え る と 、 10 年 先 の 売 上 高 が 決 ま る 。
ところで会社の活気は会社存続に非常に大切な要素である。
その活気が感じられるのは、会社が規模的に大きく成長している
と き で 、10 年 間 の 平 均 年 間 成 長 率 は 最 低 20% を 考 え た い 。も ち ろ ん
売 上 高 が 前 年 を 下 回 る 年 も あ る た め 、伸 び る 年 に は 30% と か 40% の
急成長もあることになる。
毎 年 20% の 売 上 増 で 計 算 す る と 、 10 年 先 に は 現 在 の 6.2 倍 の 売
上高になり、これを基準に自社の意気込みで倍率を決めればよい。
目標にする倍率をあまり控え目に設定すると、夢が感じられない
ために力が入らずかえって実現しなくなる。
だ か ら 、 も し 計 算 し た 新 製 品 と 現 在 の 製 品 の 10 年 先 の 売 上 高 合
計が現在の6倍以下なら、新製品の数を増やしたり、現在の製品の
シェアアップや製品の垂直展開・水平展開などによる売上高の増加
を目論むことが必要である。
このような検討をしているうちに、将来の製品構想が変化するか
もしれないがそれでもよい。もとに戻って何度も最初から考え直す
こ と は 大 事 で あ る 。こ れ を 繰 り 返 す こ と に よ っ て 、10 年 先 の 姿 が よ
り明確に、より近く見えて現実味を帯びてくる。
4.ビジョン作り
③ やる気の出る給料
ビジョンの 3 番目は社員がやる気の出る給料である。
社 員 が 寸 暇 を 惜 し ん で 一 生 懸 命 に 働 く の は 、「 今 の 給 料 が 他 社 に
比べて高い満足感から」と「仕事の結果が将来の高い給料に反映さ
れる期待感から」のどちらかである。
給料以外に「仕事が面白い」から一生懸命に働くといった考え方
もあるが、芸術家などを除き一般の会社に勤めるサラリーマンのほ
と ん ど は 給 料 が 高 い ほ ど 、ま た 給 料 の ア ッ プ 率 が 高 い ほ ど よ く 働 く 。
課長や部長それに取締役という会社での地位は、最近はあまり仕
事に対する動機付けにはならない。逆に「自分は取締役なのに給料
が 低 い 」と 愚 痴 を こ ぼ す 幹 部 や 、「 係 長 や 課 長 に は な り た く な い 、管
理 者 に な っ て も 給 料 は 安 く 責 任 だ け が 増 え る 」と い う 若 い 人 も 多 い 。
これは地位が高くなっても給料はそれほど上がらない、つまりポ
ストと待遇が一致していないからである。
だ か ら 10 年 先 に 1 人 当 た り の 給 料 を ど の 程 度 に す る の か 、 そ し
てその評価方法を具体的に決めてビジョンにするのである。
たとえば「平均給料は同業他社の2倍、また最高クラスの評価の
人は社長よりも給料が高い」くらい大胆に決めることである。
もちろんそれを実現するためには生産性を倍増する必要がある
が 、こ れ か ら 10 年 間 で 生 産 性 を 他 社 の 2 倍 以 上 に す る と い う 目 標 を
設定して計画的に改善を進めていけばよい。
また、それぞれの給料は仕事の成果で大きな差をつける。しかし
そ の 評 価 は 1 回 限 り の も の で 、次 の 評 価 は「 0 」か ら ス タ ー ト す る 。
このようなやる気の出る給料体系が明確になれば社員は必死に
な り 、 そ れ が 10 年 先 の ビ ジ ョ ン を 達 成 す る 原 動 力 に な る 。
5.ビジョン達成の部門課題
こ の よ う に し て 、自 社 の ビ ジ ョ ン( 10 年 先 の 製 品・売 上 高・給 料 )
が決まったら、次はビジョンを達成するために各部門に不足してい
るものは何か、また何をすればよいのかなどを部門毎に検討する。
各部門でグループ数名単位に分かれてビジョン達成のディスカ
ッションを行い、それぞれの立場で気のついた問題点や課題、改善
テ ー マ や ア イ デ ア を 何 で も よ い か ら 1 人 10 件 以 上 書 き 出 す 。
この段階では書き出した内容のよし悪しよりも「数」が必要であ
る。内容は系統だっていなくてもよいし、根拠が不明確でも、単な
る思いつきでも、また他部門のことでもよい。
た と え ば 営 業 部 門 な ら 、「 新 規 顧 客 の 開 拓 が 必 要 で あ る 」「 顧 客
か ら の 苦 情 の な い 製 品 を 作 っ て 欲 し い 」「 日 本 だ け で な く 海 外 展 開
が 必 要 だ 」「 女 性 の 営 業 レ デ ィ ー が 必 要 に な る 」「 情 報 が タ イ ム リ ー
に 伝 達 で き る よ う に 携 帯 パ ソ コ ン を 持 ち た い 」「 見 積 も り が 簡 単 に
で き る パ ソ コ ン シ ス テ ム を 作 る 」「 営 業 ツ ー ル の 資 料 を 充 実 さ せ る 」
「斬新な製品カタログが欲しい」などいくらでも出てくる。
ま た 製 造 部 門 な ら 、「 工 場 を 増 設 す る 」「 品 質 レ ベ ル を 高 め る た
め に ISO9000 を 取 得 す る 」「 機 械 の 故 障 を 減 ら す 」「 生 産 性 を 高 め
る 」「 生 産 技 術 力 を レ ベ ル ア ッ プ す る 」「 材 料 ・ 製 品 在 庫 を な く し 、
多 品 種 少 量 生 産 体 質 に す る 」「 生 産 設 備 を 自 社 開 発 す る 」「 納 期 遅 れ
を な く す た め 部 品 の 入 荷 遅 れ は な い よ う に し て ほ し い 」な ど で あ る 。
同じようにして、設計部門、資材・経理・総務などの管理間接部
門からも多くの意見を出してもらう。
こうして集まった多くの意見を部門別、内容別に一覧表にまとめ
るが、この段階ではあまり細かく分類しないほうがよい。
6.経営改善のテーマ一覧表を作る
10 年 後 の ビ ジ ョ ン 達 成 の た め に 、今 ま で に ま と め あ げ て き た 資 料
を使ってこれから取り組む経営改善のテーマ一覧表を作る。
参 考 に す る 資 料 は 、既 に 検 討 し た「 経 営 成 績 と 改 善 ポ イ ン ト 」「 製
品 と 改 善 ポ イ ン ト 」「 売 上 と 改 善 ポ イ ン ト 」「 原 価 と 改 善 ポ イ ン ト 」
「 経 営 資 源 と 経 営 環 境 」「 自 社 の 強 み と 弱 み・機 会 と 脅 威 」そ し て「 自
社のビジョンと各部門の課題」である。
多くの資料があるために大変そうであるが、この段階は非常に重
要なので時間をかけて取り組む。テーマの設定を見誤れば、遠回り
をしたり、ビジョン達成が困難になる。
この経営改善テーマの設定は経営幹部を中心に若手中堅社員を
加えて行うが、ここで大切なことはそのテーマができそうかできそ
うでないか、またよいアイデアがあるかないかは考えないことであ
る。多くの人は、テーマ設定のときにできそうにないと思うことは
テーマから外してしまい、今考えてすぐにできることやアイデアの
思いついたことしかテーマに選ばない傾向がある。
こ れ か ら 10 年 か け て 改 善 ス テ ッ プ を 踏 ん で 実 行 し て い く わ け で 、
今 そ の 解 決 策 が 見 つ か ら な く て 当 然 で あ る 。経 営 改 善 で は 可 能 性( ア
イデアがある)からのテーマ設定ではなく、必要性(ビジョンの達
成)からのテーマ設定であることを意識することである。
こうして新たな発想で十分に検討すると数多くのテーマが出て
く る が 、① 研 究 開 発 に 関 す る こ と ② 製 造 に 関 す る こ と ③ 販 売 に
関すること ④ 資金に関すること ⑤ 管理(人・組織・仕組み)に
関すること ⑥ その他の項目で分類し、関連する問題点や課題をひ
とくくりにしてテーマ設定し、経営改善の一覧表が完成する。
7.優先順位を設定する
経営改善のテーマ設定は必要性だけで検討してきたが、次は数多
くの経営改善テーマのどれから着手すべきかの優先順位を決める。
現在の経営資源を最も効率的に使い、最短距離と時間でビジョン
を達成するためには優先順位を上手につけることが大切である。
ま ず こ れ か ら 10 年 先 の ビ ジ ョ ン 達 成 に 向 け て 、 い つ ま で に そ の
テーマができていなければならないか、テーマ間の関連性をつけな
がら達成納期を決める。あまり細かく納期を区切るよりも、3年先
に達成が必要なテーマ、5年先までに達成が必要なテーマ、7年先
ま で に 達 成 が 必 要 な テ ー マ に 区 分 す れ ば よ い 。7 年 先 以 降 は 空 白( 余
裕とテーマの追加用)にしておく。
そして個々のテーマに必要な実行期間を想定し、達成納期からさ
かのぼって着手時期を決める。ここで、2年以内に着手が必要なテ
ーマはAランク、4年以内に着手が必要なテーマはBランク、それ
以外はCランクに評価する。
次はビジョン達成への必要性で評価する。ビジョン達成に必ず必
要 な テ ー マ は A ラ ン ク 、必 要 か も し れ な い テ ー マ は B ラ ン ク 、必 ず
しも必要とはいえないテーマは C ランクにする。
最後はその達成の困難度で評価し、高い方から1・2・3…にす
る。改善に必要な資金で優先順位をつけたくなるが、それは実施ベ
ースで複数案を出して採算性を検討するため今は不要である。
こ う し て 、達 成 時 期 と 着 手 時 期・必 要 性・困 難 度 で 評 価 が で き た 。
全体を見渡して着手時期が早く、必要性が高く、困難度が高いテ
ーマ、すなわちAA1のテーマが優先順位の1番である。次がAA
2、そしてAA3というようにして経営改善の優先順位が決まる。
8.推進体制作りと時間の工夫
今までに煮詰めてきた経営改善のテーマを実行する上でまず必
要なことは社内の推進体制を整えることである。基本的にはトップ
ダウンによる組織横断的なプロジェクト方式が適している。
今年度に着手するテーマごとに各部門から推進の適任者を選出
してプロジェクトチームを作り、その中からリーダーを決めて進め
ていく。適任者は部長や課長だけではなく、係長や一般職の若手で
そ の テ ー マ を こ な せ そ う な 人 、ま た 将 来 を 期 待 す る 人 を 選 ぶ と よ い 。
もちろんそのプロジェクトチームはテーマが完了するまでの臨
時的な組織で、必要に応じて結成したり解散したりする。
また社長をはじめとする経営幹部やリーダーでプロジェクト推進
委員会を構成し、適任者を決めたり、改善の総合調整を行う。
一方、テーマの数が多いと1人が複数のテーマをこなす必要があ
り、時間の捻出を工夫する必要が出てくる。少なくとも管理職なら
このような経営改善に取り組む時間を、仕事時間の半分くらいは取
りたい。この比率を経営改善業務比率と呼び、これを高めるために
は日常業務を効率化することが必要である。
ここでいう日常業務とは、今の現状を維持する業務のことで、日
常の生産調整、クレーム対策や納期対応などのトラブル業務、また
定型的な決済判断業務のことである。管理職がこのような業務にか
けている時間の比率を数字で明確にして効率化していくとよい。
以上で推進体制の構築と、改善に必要な時間を生み出すことがで
きた。次はそれぞれのプロジェクトチームで実施段階に移っていく
が、以降は強力なトップダウンのフォローが必要である。トップダ
ウンとは社長や取締役の「燃え続ける意志」である。
9.実行計画書とフォロー体制
実施段階で最初にすることは実施計画書作りであるが、意外に計
画書作りを簡単に済ませる人が多い。計画は変化するものだから大
雑把でよいという考えである。それもひとつの考え方ではあるが、
段取り八分というように、計画のよし悪しでテーマがうまく進むか
どうか、また期待する成果が得られるかどうかが決まってしまう。
この計画書作りで大切なことは、計画書から具体的な行動が読み
取れることである。そのためには5W1Hが計画書の中に表現され
ていることが望まれる。
What- 何 を ・ Who- 誰 が ・ When- 何 時 ・ Where- ど こ で ・ Why
- な ぜ ・ How- ど の よ う に 、 と い っ た 内 容 が あ る 程 度 具 体 的 に 書 か
れているとよい。特に、何を・誰が・何時は必ず書かれていなけれ
ばならない。だから実施計画書にはプロジェクトチームのメンバー
全員の名前が書かれることになり、自分の役割分担が明確になり責
任感が生まれてくる。
実 施 計 画 書 が で き た ら 実 行 の ス タ ー ト で あ る が 、 Plan → Do →
Check→ Action の 管 理 の 輪 を 小 さ く ま わ し て い く こ と が 大 切 で あ る 。
プロジェクトメンバーは、週に1回は集まってお互いの進度の報
告と問題点や内容の検討、また計画の見直しを行う。
またプロジェクト推進委員会では、それぞれの個別の経営改善テ
ーマがどのように進展しているか、関連するテーマ間の調整、また
予算化が必要なテーマの検討、さらにはプロジェクトメンバーの入
れ 替 え や 再 編 成 、プ ロ ジ ェ ク ト と チ ー ム の 発 足 、解 散 な ど を 決 め る 。
定期的には月に1回、そして必要に応じて臨時に行うことである。
しっかりとした計画と十分なフォロー体制が成功の秘訣である。