自学型習熟度別プログラミング教育について

自学型習熟度別プログラミング教育について
笈口 誠志*1
高橋 薫*2
*1 仙台高等専門学校
*2 仙台高等専門学校
*3 仙台高等専門学校
速水 健一*3
菅原 浩弥*1
教育研究技術支援室
情報システム工学科
情報電子システム工学専攻
仙台高専情報通信工学科3年次「プログラミング」の科目において、平成14年度から「自学型」、
「習熟度別」、「自己理解のため説明」を目標とした授業をスタッフ4人で行っている。この授業形
式の特色や学生へのアンケート結果などについて報告する。
1.はじめに
プログラミング教育の授業は講義と実習をセ
ットとし、これを繰り返す授業形式が一般的で
ある。受講学生がプログラミング入門レベルの
場合にはこの授業形式でスムーズに授業を進め
ることができる。しかし、授業が進むにつれて
受講学生に理解レベルの差が生じ始めてくると、
理解レベルの低い学生は授業について行けなく
なり、また理解レベルの高い学生たちは授業が
簡単すぎておもしろさを感じなくなってしまう
などの弊害が出てきてしまうことがある。
仙台高専情報通信工学科では2年次「プログ
ラミング」科目を従来型の講義と実習をセット
で繰り返す授業形式で行い、3年次「プログラ
ミング」科目においては、「習熟度別」、「自学
型」、「自己理解のため説明」を目標とした自学
型習熟度別授業を行っている。今回はこの授業
形式の特色や学生からのアンケート結果などに
ついて報告する。
2.3年次までのカリキュラム
仙台高専情報通信工学科3年次までにおける
コンピュータ関連授業の内容を次に示す。
(1)1年次「コンピュータリテラシー」
コンピュータとネットワークについて、それ
らを利用していく上での基礎的な知識・技能を、
講義および実習を通して習得する。(全学科共通
内容で、プログラミング教育は行わない[1])
(2)2年次「プログラミング」
C 言語によるプログラミングの基礎を習得す
ることを目的とし、講義と実習のセットを繰り
返す授業形式である。また、この授業では CG
の作成を行い、その作品を学生たちが評価する
といったことも授業に取り入れている[2]。
(3)3年次「プログラミング」
2年次の「プログラミング」で学んだプログ
ラミングの基礎知識をもとに、C言語を使いこ
なす機能に関する知識や技能を習得する。プロ
グラミングについての発表も行い、発表技術の
修得とプレゼンテーションソフトの操作技術の
修得も同時に行う。
3 .授業の概要および特色
3年次「プログラミング」の授業形式も以前
は講義と実習をセットで繰り返す形式で授業を
行っていたが、この授業形式には次のような疑
問があった。
・2年次においてすでにプログラミングの基礎
を行っているため、講義と実習の繰り返しより
も実習中心で行った方が理解度が高まるのでは
ないか?
・講義形式では多数の学生の多様なレベルに対
応することが難しく、さらには学生のレベル差
を広げてしまっているのではないか?
・定期試験が無意味ではないか?(プログラミン
グは実技であるはずなのに、試験は暗記問題に
なりがちである)。
これらの対策として、
「自学型」、
「習熟度別」、
「自己理解のため説明」を目標とする自学型習
熟度別プログラミング教育を始めた。この授業
は教員2名および技術職員2名の合計4名のス
タッフで担当しており、授業の進め方及び特色
は次の通りである。
(1)年度当初に学生の自己申告を基本として、習
熟度別に初級、中級、上級の3つのグループに
分ける。課題は各グループごとに難易度の異な
るものが用意される。課題の進み具合によって
は別グループへの移動が可能である。
(2)原則として講義形式の解説はほとんど行わな
い。学生は教科書や実習室備え付け Web を参考
にしたり、学生同士の相談を行いながら課題作
成に取り組む。(ときどき課題に行き詰まった学
生達を対象とする講義を行うこともある。)
(3)課題プログラムを作成した学生は、そのプロ
グラムについての説明を授業スタッフに行いチ
ェックを受ける。そのチェックでは課題に関係
する質問などをスタッフから受ける。作成した
プログラムの説明不足や質問に対しての受け答
えが不十分な場合は、チェック不合格となりプ
ログラム修正や質問に対する調査などを行うこ
ととなる。チェック合格なら次の課題へと進む。
4.アンケートの集計結果
2010 年 2 月に本授業を受講した本校情報通信
工学科3年の学生36名に表1に示す内容でア
ンケート調査を実施した。このアンケートは自
学型習熟度別プログラミング教育形式で授業を
受けた学生に評価を得ること、そして今後の授
業改善などの資料を得ることを目的として行っ
た。その結果のまとめを次に示す。
表1
アンケート内容
1.好き嫌いと得意苦手の変化について。
・「プログラミング」科目は昨年 4 月時点で好きでしたか?
・「プログラミング」科目は現在2月時点で好きですか?
・「プログラミング」科目は昨年 4 月時点で得意(苦手)でしたか?
・「プログラミング」科目は現在2月時点で得意(苦手)ですか?
2.本授業を受講してみての感想
・本授業では講義がありませんが、講義は必要だと思いますか?
・本授業は大変でしたか?
・本授業ではなにが大変でしたか?
・教員への課題説明は自分の理解度把握に役立つと思いますか?
・教員への課題説明は自分の説明能力向上に役立つと思いますか?
・学生同士の相談は学習内容理解に役立つと思いますか?
3.授業形式の比較
・2年次プログラミング授業形式の良い点と悪い点は何?
・3年次プログラミング授業形式の良い点と悪い点は何?
4.1 好き嫌いと得意苦手の変化について
まず、「プログラミング」科目の好き嫌いの変
化については、「ちょっと嫌い」または「嫌い」
が本授業の受講前は約3割であったが受講後に
約1割へと変化し、プログラミングの嫌いな学
生が減少している(図 1 好き嫌いの変化)。また、
好き嫌いの変化ほど大きな変化ではないが、得
意苦手の変化においても「ちょっと苦手」また
は「苦手」の回答が受講前の約5割から約3割
へと変化し、プログラミングを苦手と感じる学
生が減少している(図 2 得意苦手の変化)。これ
は、プログラミングが嫌いだったり苦手な学生
でも、自分のペースでもう一度プログラミング
を基礎から学習することにより、理解度が深ま
り苦手意識が薄れたためと思われる。
4.2 本授業を受講してみての感想
まず、「講義は必要だと思いますか?」という
問いには、学生の意見が分かれた結果となって
いる。初級や中級には講義が必要と思っている
学生が半数以上いる。その反面、講義は必要な
いと思っている学生も三割ほどいる(図 3 講義
は必要ですか?)。これは、課題の解説(ヒント)
を望む学生が多いことと、講義なしのマイペー
スで課題に取り組みたい学生がいるためと思わ
れる。
次に、「授業は大変でしたか?」という問いに
は、8割以上が「大変」または「ちょっと大変」
と答えていて、この授業が学生とって決して「楽
な授業」ではないようである(図 4 授業は大変
でしたか?)。また、「授業では何が大変でした
か?」という問いには、プログラム作成が5割ほ
どであるが、説明や調べることが合わせて4割
以上という結果となっており、ただプログラム
を作るだけでなく、調査や説明などの大変さを
実感した結果と思われる(図 5 何が大変でした
か?) 。
授業スタッフへの課題説明に関して、「教員へ
の課題説明は自分の理解度把握に役立つと思い
ますか?」、「教員への課題説明は自分の説明能力
向上に役立つと思いますか?」という問いに対し
てどちらも9割以上の学生が「役に立つ」また
は「ちょっとは役に立つ」と回答している(図6
自分の理解度把握に?、図7自分の説明能力向上
に?)。これは、課題説明という面倒くさそうな
作業でも、学生自身が自分たちに有用なもので
あると感じている結果と思われる。また、「学生
同士による相談(教え合い)」に関しても、全員
が「役に立つ」または「ちょっとは役に立つ」
と回答している(図8 学生同士による相談(教え
合い)は?)。
受講前
受講後
(2.3%)
(2.8%)
(16.7%) (5.6%)
(8.3%) (11.1%)
(31.8%)
(19.4%)
(52.3%)
(30.6%)
(19.4%)
(13.6%)
(47.2%)
(38.9%)
好き
ちょっと好き
ちょっと嫌い
嫌い
普通
説明
調べること
プログラムを作ること
その他
図1 好き嫌いの変化
(0.0%)
図5 なにが大変でしたか?
(2.8%)
受講前
受講後
(5.6%)
(19.4%)
(19.4%)
(27.8%)
(16.7%)
(16.7%)
(16.7%)
(27.8%)
(77.8%)
(25.0%)
(44.4%)
得意
ちょっと得意
ちょっと苦手
苦手
普通 役立つと思う
ちょっと役立つと思う
役立つと思わない
図6 自分の理解度把握に?
図2 得意苦手の変化
(0.0%)
(33.3%)
(31.6%)
(36.8%)
(66.7%)
(5.3%)
(5.3%)
(21.1%)
役立つと思う
初級は必要
初級と中級は必要
前期は必要
必要ない
ちょっと役立つと思う
すべての人に必要
役立つと思わない
図7 自分の説明能力向上に?
図3 講義は必要ですか?
(0.0%)
(2.8%)
(22.2%)
(13.9%) (0.0%)
(36.1%)
(77.8%)
(47.2%)
役立つと思う
大変
ちょっと大変
ちょっと楽
楽だった
ちょっと役立つと思う
普通 役立つと思わない
図4 授業 は大変でしたか?
図8 学生同士による相談(教え合い)は?
4.3 授業形式の比較
「2年次及び3年次プログラミング授業形式
の良い点と悪い点は何か?」という質問には多く
の回答を得ることができた。この回答の中から
特徴的なものを次に示す。
(1)2年次プログラミング授業形式の良い点
・授業に説明があったのでわかりやすかった。
・プリントが用意されていて分かりやすい。
(2)2年次プログラミング授業形式の悪い点
・理解している人には退屈。
・できる人とできない人の進度が同じになって
しまう。
(3)3年次プログラミング授業形式の良い点
・自分のペースで学習を進められる。
・テストがない。
・説明するので、自分がどの程度理解している
のかわかる。
・自分で調べないといけないので、いやが上で
も向上心や能力が身につく。
(4)3年次プログラミング授業形式の悪い点
・先生の人数が少ないと思う。
・講義が少ない。
・わからない部分があると、長時間作業が止ま
る。
・専門用語を軸にばんばんせめてくる。
5.スタッフへのアンケート
学生へのアンケートとは別に授業スタッフに
も意見を聞いてみた。その結果を次に示す。
Q1.他授業形式(講義+実習形式)と比べてスタッ
フの負担は大きいか?
「大きい」が2人、「ちょっと大きい」が2人
という回答であった。これは、主担当として考
えると「ちょっと大きい」が、副担当として考
えると「大きい」と感じる。立場の違いが回答
に出たものであった。
Q2.スタッフ人数は何人ぐらいがよいと思うか?
4~6人という結果であった。3人以下の場
合、スタッフが他の用事等により授業に参加で
きないと、スタッフ側の負担過多だけではなく、
学生の要求に対応しきれないという状況を作っ
てしまうという意見もあった。
Q3.この授業形式のメリット(よい点)と感じるの
はどんなことですか?
・学生が課題説明することにより学生の理解度
を直接確認できる。
・学生個人ごとのレベル、ペースで学習できる。
・プレゼンやコミュニケーション能力の向上。
・教科書や Web など何を参考にしてもよいの
で、自分で調べる力がつく。
Q4.この授業形式のデメリット(悪い点)と感じる
のはどんなことですか?
・講義がないので、自分で調べたり教員に個別
に質問をするのが苦手な学生は苦労する。
・授業スタッフの人数が必要。
Q5.その他何かご意見感想などありましたらお願
いします。
・同じレベルの学生(少人数)を対象に、講義
を適宜行うのが望ましいと思われる。
・疲れる授業ではあるが、楽しい授業でもある。
6.おわりに
本授業形式は、講義をほとんど行わないとい
う特殊な授業形式である。授業スタッフ4人が
それぞれ学生一人一人に対応するという学生に
とっても授業スタッフにとっても「大変」な授
業である。
今回行ったアンケートでは、学生たちがこの
「大変」な授業を自分達に有用な授業であると
感じ、また、プログラミングに対して好感を持
つ学生が増えているという概ね良好な結果が出
たと思われる。
これからの取り組みとしては、講義を必要と
する意見も取り入れ、これまでより多めに少人
数グループに対しての講義を増やすことを考え
る必要があると思われる。また、スタッフ人数
の増員は難しい問題であるが、代理スタッフ(一
時的スタッフ)の準備・訓練などを考えていきた
い。
参考文献
[1]矢島,速水,竹島,脇山:全科共通のコンピュー
タリテラシ教育,情報処理教育研究発表会論文集
第 28 号,pp.145-148(2008).
[2]與那嶺,園田:コンピュータグラフィックス
を用いた総合的情報処理教育の実践報告,論文集
「高専教育」第 30 号,pp.359-364(2007).