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「社会の見方・私の視点」2015 年 7 月 17 日放送分のメモ
齊藤誠
月初に NHK のニュースでも報じられたが、政府は、6 月 30 日に財政健全化に向けて「経
済財政運営と改革の基本方針」
、いわゆる「骨太の方針」を決定した。
その際に安倍首相は、日本経済の現状について、安倍内閣の経済政策によって「199
0年代初頭のバブル崩壊後、およそ四半世紀ぶりの良好な状況を達成しつつある」
(下線は
筆者)として、アベノミクスの成果を強調した。
「骨太の方針」でも、高い経済成長率が将
来実現することが想定されている。
私は、
「およそ四半世紀ぶりの良好な状況」と言いのけてしまう首相の確信に対して、依
一国民として大きな不安を覚えた。
「四半世紀ぶり」というと、「1990 年以降でもっとも良
好」という意味となる。果たしてそうなのであろうか。
「たとえば」ということで、GDP 統計などが含まれる国民経済計算(SNA)に報告され
ている雇用者報酬の動向を見てみよう。雇用者報酬とは、日本経済全体の就業者が受け取
っている労働所得の総計と考えてもらえばよい。以下で「実質」というときは、2005 年の
消費者物価に換算した実質値である。
図 1 は、実質雇用者報酬について、前年同期比の推移を四半期ベース、すなわち、3 か月
ごとに見たものであるが、まだ、民主党が政権をとっていた 2011 年から 2012 年で見ると、
プラス 1%から 2%の間で推移していたが、自民党が政権をとった 2013 年以降、消費税増
税前であっても、プラス 1.5%からマイナス 0.6%まで落ち込んでいた。消費税増税のあった
2014 年 4 月以降は、マイナスの程度が大きくなった。2015 年第 1 四半期でも、マイナス
0.5%である。
直近に限っても、実質雇用者報酬が改善したとは言えない。
実は、変化率ではなく、水準で見ると、実質雇用者報酬の最近の停滞感は、いっそうあ
きらかである。図 2 によると、21 世紀に入ってからに限っても、2003 年から 2007 年にか
けて、実質雇用者報酬は、250 兆円から 257 兆円程度まで拡大した。また、2008 年 9 月の
リーマンショックの後に 250 兆円弱まで落ち込んだ実質雇用者報酬は、2012 年末には、260
兆円強まで拡大した。先ほど述べたように、自民党が政権をとった 2013 年第 1 四半期から
2015 年第 1 四半期にかけて実質雇用者報酬は、拡大するどころか、263 兆円から 261 兆円
に縮小している。
もっと長い期間で見てみよう。
図 3 によると、名目雇用者報酬も、実質雇用者報酬も、1990 年代半ば以降、ほぼ横ばい
と見た方が適切である。たとえば、名目雇用者報酬は、1980 年度から 1990 年度にかけて、
130 兆円強から 230 兆円強と、年率 5.8%で成長した。それが、1990 年代は、230 兆円強か
ら 270 兆円弱へと、年率 1.5%まで成長が鈍化した。
21 世紀に入ると、2000 年度の 270 兆円弱から 2014 年度の 250 兆円強へと低下し、年率
換算した変化率も、マイナス 0.5%であった。
名目雇用者報酬は、2014 年度の水準は、1992 年度の水準にほぼ等しいわけである。言い
換えてみると、過去四半世紀、名目雇用者報酬は、ほぼ横ばいで推移したことになる。以
上のことは、実質雇用者報酬で見ても、議論に大差がない。
雇用者報酬の推移からみた日本経済は、過去四半世紀停滞し、直近の動きは、その停滞
傾向がいっそう強まったという方が適切なのである。「およそ四半世紀ぶりの良好な状況」
と表現できる根拠はまったくないのである。
それにもかかわらず、先に述べた「骨太の方針」では、日本経済の成長率を「実質2%
成長・名目3%成長」と想定しているが、このようなレベルの経済成長は、1990 年以降、
一度も、実現したことがない。
たしかに、いくつかの経済指標は、改善の兆しを見せているが、これまでの停滞から V
字回復するような様相は一切示していない。たとえば、失業率の低下や有効求人倍率の上
昇が強調されるが、これらの指標は、2009 年以降から、2011 年の大震災の影響にも左右さ
れることなく改善してきた。それにもかかわらず、四半世紀という比較的長いスパンで見
れば、GDP や先ほど見てきた雇用者報酬は、横ばいで推移してきた。
たとえば、1980 年代後半の雇用者報酬の成長率は、名目で年 5.9%、実質で年 4.4%であ
ったが、そのようなレベルの経済成長が突然再現されるとは到底考えることができない。
「およそ四半世紀ぶりの良好な状況」というレトリックに満ちたリーダーの言葉で、い
かに無茶な想定をしているのかは、明白であろう。
図 1:
図 2:
図 3:
表 1:
名目雇用者 実質雇用者報
報酬(十億 酬(十億円、
2005年価格)
円)
131,850.40
1980年度
142,097.70
1981
150,232.90
1982
157,301.30
1983
166,017.30
1984
173,977.00
1985
180,189.40
1986
187,098.90
1987
198,486.50
1988
213,309.10
1989
231,261.50
1990
248,310.90
1991
1992 2 5 4 , 8 4 4 . 4 0
260,724.00
1993
265,567.00
1994
270,187.80
1995
274,129.20
1996
278,996.30
1997
272,937.90
1998
268,001.50
1999
269,158.90
2000
265,692.20
2001
258,088.10
2002
252,787.10
2003
252,159.40
2004
254,064.00
2005
255,747.50
2006
255,640.10
2007
254,279.50
2008
242,980.70
2009
243,951.60
2010
245,638.60
2011
245,934.70
2012
248,296.00
2013
2014 2 5 2 , 5 3 7 . 2 0
157,812.7
163,408.1
168,428.7
172,237.6
177,231.6
183,227.5
189,345.2
195,511.1
206,262.3
215,461.8
227,235.7
237,521.7
240,583.2
243,925.2
247,961.7
254,653.9
258,612.5
260,015.2
256,039.3
253,309.5
256,097.9
256,707.4
252,532.4
250,036.7
250,904.9
254,064.0
257,032.7
257,442.2
256,072.0
251,793.5
256,791.2
260,486.3
263,313.4
264,426.0
261,425.7