『生物用語集』補遺ver.2009 2 補遺 知の遺伝子が,どのマーカーと連鎖しているかを調べることで,その遺伝子の位置を 駿台文庫『生物用語集』補遺ver.2009 知ることができる。 現在,生物学は驚異的な速さで進歩しており,新しい用語も増え続けています。そうした 用語の中から,入試はもちろん,21世紀に生物を学ぶ上で,是非とも知っておいてもらい たい用語を紹介していきます。 せんしょくたい ふ かっせい か ■X染 色 体不活性化 哺乳類の雌で見られる,2本あるX染色体のうち1本が非常に小さく凝縮し,不活 性化する現象で,胚発生の過程(胞胚期ごろ)で起こる。2本のうちどちらが不活性 化するかは細胞ごとにランダムに決まり(有袋類では父由来の1本が不活性化する), さいぼう じんこう た のうせいかんさいぼう ゆうどう た のうせいかんさいぼう 不活性化したX染色体は,体細胞分裂では影響を受けず,不活性化状態が維持される。 ■iPS細胞(人工多能性幹細胞・誘導多能性幹細胞) 分化した体細胞に初期化因子(Yamanaka因子)を発現させることで,ES細胞➡p.201 X染色体上の遺伝子は,細胞あたりの遺伝子数が雌雄で異なるため,一方を不活性化 と同等の分化能力(多能性)を人為的に回復させた細胞をiPS細胞という。 して発現させず,産物の量を揃える意味をもつと考えられている。 最初のiPS細胞は,マウスの皮膚の細胞(繊維芽細胞)に,細胞の初期化に関与す ると推測された4つの遺伝子を,レトロウイルスベクターによって導入することで作 ■エクオリン(イクオリン) オワンクラゲがもつ発光タンパク質で,カルシウムイオンCa2+と結合すると,光を 製された。同様の方法で,ヒトの細胞からも作製されている。ここでいう初期化は再 発する。細胞内のCa2+ 濃度やその変化を調べるのに利用されている。たとえば,骨 プログラム化ともいい,分化した細胞(核)に多能性を回復させることをいう。患者 格筋細胞内にエクオリンを注入して細胞内Ca2+濃度が測定された。活動電位に引き から作製したiPS細胞から多様な器官・組織を再生することで,拒絶反応のない移植 医療が可能になるが,がん化する可能性があり,導入遺伝子を減らしたiPS細胞を作 製することが研究されている。 続いて細胞内で一気にCa2+濃度が上昇し,数十ミリ秒で元に戻るのが観測された。 かんさいぼう ■幹細胞 分化能➡p.51と自己複製能をもつ未分化な細胞。 分化能については,次のように整理するとわかりやすい。 ■アクチビン 脊椎動物の細胞間情報伝達にはたらくタンパク質で,多様な機能をもつことが知ら ①全能性(totipotency)➡p.195:あらゆる細胞に分化できる能力。 れている。両生類の初期胞胚期において,植物極側の内胚葉細胞が,動物極側の外胚 ②多能性(pluripotency):非常に多くの種類の細胞に分化できる能力。 葉細胞から中胚葉を誘導する中胚葉誘導➡p.54における“誘導のシグナル”の実体では ③多分化能(multipotency):複数の種類の細胞に分化できる能力。 ないかと考えられたが,他にも構造の似た候補物質がある。 ④単能性(unipotency):1種類の細胞に分化できる能力。 かんしょう (ただし,日本語では,多能性と多分化能とを区別しないことも多い) ■RNA干 渉(RNAi) 制される現象。 真 核 細 胞 で は,rRNA・tRNA・ mRNAとは別に,機能をもつ短い 厳密な意味で全能性をもつのは受 一本鎖 RNA ヘアピン構造 RNAが発見されており,その中に, RNAiに関わるものがある。転写さ 二本鎖 RNA 精卵のみであり,胎盤以外のすべての 幹細胞 細胞に分化できるES細胞 ➡p.201やiPS 細胞は,多能性幹細胞の一つである。 さまざまな血液細胞のもとになる造血幹細胞は多分化能をもつ幹細胞,皮膚で表皮細 ⇒ RNAによって,特異的に翻訳が抑 ⇒ 真核細胞において,短い二本鎖 れたRNAがヘアピン構造をとり,切断されることで20 ~ 30塩基ほどの二本鎖RNAと なり,その一方がタンパク質と複合体を形成,相補的な塩基配列をもつmRNAと結合, mRNAの切断・分解などを引き起こし,翻訳を阻害すると考えられている。これを 胞を生み出している幹細胞は単能性幹細胞である。幹細胞は,分裂によって質的に異 なる2個の娘細胞を生じ,一方は分化過程を進み,他方は,母細胞と同じ性質の細胞 (幹細胞)となる(これが幹細胞の“自己複製能”である)。 きょくざい か ■ 局 在化シグナルとシグナルペプチド 真核細胞では,細胞質のリボソームで翻訳されたポリペプチドの多くが,核やミト もとに,人為的に二本鎖RNAを細胞に注入,特定の遺伝子の発現を抑える技術も利 コンドリアなど,特定の細胞小器官に移行して局在化する。こうしたポリペプチドに 用されている。 存在する移行先を指示するアミノ酸配列を,局在化シグナル(シグナル配列)という。 い でん てき い でん し ■遺伝 (的) マーカー(マーカー遺伝子) 局在化シグナルのうち,分泌タンパク質や膜タンパク質の末端に存在し,小胞体内腔 遺伝学的解析で標識として用いられる遺伝子またはDNA領域。 への移行を指示する配列はシグナルペプチドと呼ばれ,小胞体表面の受容体によって 多くの遺伝マーカーの染色体上の位置が明らかにされている生物の場合,位置が未 認識され,小胞体移行時に切断・除去されることが多い。 『生物用語集』補遺ver.2009 『生物用語集』補遺ver.2009 い でんてき しつ ■ゲノムインプリンティング(遺伝的すりこみ) 二倍体生物で遺伝子が発現する場合,通常,両親のどちらに由来するかは無関係で ■ドメイン(タンパク質のドメイン) タンパク質分子(ポリペプチド)に存在する,構造上あるいは機能上の一つのまと 同等に機能するが,哺乳類(単孔類を除く)の初期発生では,両親のどちらに由来し まりをもつ領域。 たかによって遺伝子発現が変わる現象が知られており,ゲノムインプリンティングと たとえばFGF受容体(前頁の図)の場合,細胞外で受容部位を構成するドメイン, いう。ゲノムインプリンティングでは,DNAのメチル化によって遺伝子に目印が付 けられていることが多い。インプリント遺伝子は既に百個以上知られ,母親由来のみ が発現する遺伝子,父親由来のみが発現する遺伝子,どちらのタイプも存在する。 細胞膜を貫通するドメイン,細胞内で酵素を構成するドメインをもつ。 はっこう けいこう ■発光と蛍光 (ある波長の)光を吸収し,そのエネルギーを異なった波長の光として発する場合, じゅじょうさいぼう 放たれる光を蛍光という。発光➡p.157の代表例であるルシフェリン-ルシフェラーゼ ■樹 状 細胞 骨髄に由来し免疫に関与する樹枝状の突起をもつ細胞で,マクロファージ➡p.145と による発光では,ATPの化学エネルギーが光エネルギーに変換されるが,GFPの蛍 同様,抗原を取り込み,ヘルパー T細胞に対して抗原提示を行う。 光の場合,エクオリンが放つ光エネルギーがGFPに吸収され,緑色の蛍光として放た そうどう しつ そうどう い でん し れる。 ■相同タンパク質・相同遺伝子 同一起源(祖先タンパク質)に由来するタンパク質(どうし)を相同タンパク質と いう。相同タンパク質はアミノ酸配列に相同性をもち,同じあるいは類似した機能を まく しつ ■膜タンパク質 細胞膜➡p.10などの生体膜➡p.10の表面あるいは内部に存在するタンパク質。 もつ場合が多い。相同タンパク質の情報をもつ遺伝子は,同一起源(祖先遺伝子)に 表面に付着しているものを膜表在性タンパク質,内部に埋もれているものを膜内在 由来する相同遺伝子である。相同タンパク質に,特に相同性が高い領域(ドメイン) 性タンパク質,貫通しているものを膜貫通タンパク質という。代表的な膜タンパク質 が見られる場合,機能的に重要な領域であることが多い。 には,ホルモン受容体➡p.122や神経伝達物質の受容体,イオンなどを特異的に通すチャ か ネル➡p.11,ナトリウムポンプ➡p.11のように能動輸送を担うポンプ,グルコースを細胞 ■DNAのメチル化 DNAの塩基にメチル基(CH3–)が付加されること,あるいは付加されていること。 制限酵素で切断される部位をメチル化することで,自身のゲノムの切断を防ぐ機構 などが細菌で知られている。真核生物,とくに高等植物や動物では,遺伝子のプロモー へ取り込む糖輸送体などのトランスポーターがある。 みず ■水チャネル(アクアポリン) 主に細胞膜に存在する膜を貫通するタンパク質(アクアポリン)で,水を特異的に ターでDNAがメチル化され,遺伝子発現が抑制される現象が知られている。DNAの 通す。浸透圧に依存した,細胞内外での水の(速い)移動の通路となっている。バソ メチル化は,通常の体細胞分裂(DNA複製)では変化せず,同じ状態が維持される。 プレシンによって腎臓集合管での水の再吸収が促進されるのは,細胞内の小胞に存在 ■DNA-DNAハイブリダイゼーション シグナルペプチド 二本鎖DNAの水溶液を高温にすると,相補的塩 戻る。この性質を利用して,二本鎖を形成させる ことで相同性をもつDNAを検出したり,相同性の 程度を調べる方法をDNA−DNAハイブリダイゼー ションという。たとえば,一本鎖DNAをフィルター に付着させ,細胞から抽出したDNAを一本鎖にし たものと混ぜると,相補性をもつDNAだけが二本 鎖を形成するので,目的とするDNAを検出できる。 オワンクラゲがもつ蛍光タンパク質で,生体では, エクオリンが発する光エネルギー 細胞外 受容体を構成する ドメインが存在 膜貫通ドメイン 細胞内 チロシンキナーゼ を構成するドメイ ンが存在 を推論できる。 を受け取り,緑色の蛍光を放つ。1本のペプチド鎖からなり,基質を必要としないな どの利点があり,他の遺伝子と融合した遺伝子を作成,それを導入して細胞内での発 現や分布などを調べるレポーター遺伝子として利用されている。 しつ ■モータータンパク質 ATPの加水分解で放出されるエネルギーを利用し,細胞における運動を担うタン パク質の総称。 アクチンフィラメント➡p.98と相互作用し,筋収縮や原形質流動➡p.156,動物の細胞 質分裂➡p.17に関与するミオシンのほか,微小管➡p.19と相互作用し,染色体の移動(染 色体運動➡p.155)や細胞内での小胞輸送に関与するダイニンとキネシンが知られてい また,相補性が高いほど結合が強く,解離により 高温を必要とするため,解離する温度から相同性 しつ ■ 緑 色 蛍光タンパク質 (GFP) 基対の水素結合が切れて一本鎖に解離するが,温 度を下げると,相補的塩基対が形成され二本鎖に する水チャネルが細胞膜に移動することによる。植物にもある。 りょくしょくけいこう FGF 受容体の構造 る。これらは,ATPのエネルギーを用いて,微小管の上を綱渡りのように歩いて小 胞などを運ぶ。キネシンとダイニンは反対方向へ運ぶことが知られている。また,ダ イニンは,真核細胞の鞭毛運動・繊毛運動➡p.155に関与する。
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