27.和田 勉「廃棄物処理施設における人材育成」

ASEE レポート(No.27)
廃棄物処理施設における人材育成
一般社団法人
シニア・環境技術支援協会
和田 勉
筆者は 1971 年日本鋼管㈱(NKK)に入社し、永年鉄鋼部門の製鉄所での運転管理
業務に従事した後、2000 年にエンジニアリング゙部門の子会社で、廃棄物処理施設の運
転を行う日本鋼管環境サービス㈱(NES)へ移り、焼却施設の運転管理を担当した。
新規立ち上げの事業所長として新人運転員を育て、また、本社での事業所担当として
班長の安全研修や新任事業所長の研修など人材育成に力を注いできた。
退職後には縁があってシニア・環境技術支援協会(ASEE)に参加、環維協(JEM
A)の会員会社数社およびその他団体からの依頼により、社員の研修業務を行ってきた。
これらの体験を通して廃棄物処理施設における人材育成について述べてみたい。
1. 事業所長の時(2002 年から)
以前のレポートで、ガス化溶融炉の立ち上げで採用した新人教育での苦心について書
いた。
一般に製鉄所のような大人数の企業では、運転員は高校新卒を大量に定期採用し長期
の教育を終えてから現場に配属されるので、知識・仕事への取り組む姿勢などもかなり
のレベルである。それに比べ廃棄物処理施設の場合は、欠員が出た時点で、または新設
備稼働直前に求人広告で採用するのが常で、ほとんどの場合、短い教育を受けただけで
現場へ入るのが普通である。
筆者の場合は、半年前に採用した先発組の中堅クラスで試運転しながら、一方で十数
名の新人への教育を行った。一般生活ではなじみのない言葉、例えばPPMなど基礎的
な単位系、英語表示、焼却設備の意味など設備縮刷版から抜粋した資料を作成・配布し、
細かく指導教育を行った。
無事試運転が終わり、委託運転に移行した後も教育には相当な時間を割いた。設備へ
の理解度を把握する方法としてスキルチェック表を作成し、PDCAの教育のサイクル
を回すようにし、また、関係資格の取得を奨励した。
一方では、あいさつ、4S、報・連・相、改善提案制度活用などを励行し、安全面での
教育や危険予知活動を推進し、職場の活性化を図った。
ほとんど経験のない新人が、一年二年と経つうちに運転のレベルは格段に上達し、職
場のモラルは向上した。何名かは頭角を現し、親会社のガス化溶融炉担当技術者から操
業の細かい点を聞かれるほどに頼りにされ、後発の新規ガス化溶融炉の立ち上げ指導員
として活躍した。教育の成果でプロの運転員が少しずつ育ってきたと言える。
職場の全員が一体となり高いモラルで運転に取り組んだ結果、施設の操業は安全で安
定したものになり、地域住民から信頼され、自治体からは高い評価を得ることができた。
2.本社で事業所担当の時(2006 年から)
本社へ戻り、事業所運営の担当となり、事業所に赴き朝礼・安全委員会などに出席し
て、安全教育を実施した。安全担当者と共同で、災害を無くすために全事業所の班長以
上を本社に集め、集合教育を何回も実施した。安全の原点となる自らの体験談を話し、
危険予知の手法、指差呼称などの演練を実施、眼力を高めるためのヒントを講義した。
さらに、新人所長研修として、新たに所長となり地方の事業所に赴任する人たちへの
研修を計画した。筆者の経験から「所長を取り巻く環境」と称する図表を作成したが、
これは廃棄物処理施設を運転する事業所長としての立場、すなわち部下や本社だけでな
く役所・地域住民・プラントメーカー担当者との関係を示したもので、所長の責任の大
きさ、様々な立場で求められる円滑な対応などを記した。(添付図)
[参考]
図
事業所長を取り巻く環境
3.ASEEでの研修活動(2012 年から)
現役を退職後にはASEEに加入し、数人でテーマを分担し研修業務を担当してきた。
最初の研修業務は設計担当の若手への技術教育の実施で、機械要素を分かり易く2時
間程度で講義してもらいたいとの要望であった。内容は、ねじ、ボルト・ナット、潤滑、
機械材料、鉄鋼材料など広範囲なもので、資料を集めポイントになる部分を抜粋した小
冊子を配布した。とても2時間では話せる範囲でないのでどのような構成にするか迷っ
た。
講義では、製鉄所時代の実体験から、各設備要素の要点だけをエピソードを交えて話
し、結局は「何か不明なことがあった時、この小冊子を思い出し、勉強し直して下さい。
」
とまとめた。大事なことは疑問を持つことと自ら調べ納得することであると力説した。
次に要請があったのは焼却炉設備の運転会社の所長会議の中で、2時間程度で「所長
に期待すること」と称するテーマであった。現役時代の経験と今までに自分が受講した
研修から参考になった手法・感銘を得た言葉をパワーポイントにまとめた。客先と事前
打ち合わせを行い、要望・意見を反映・修正し、講義に臨んだ。研修の評価は実態に即
していたとのことで、おおむね好評だったようである。
その後の研修には、時代の流れを反映したテーマ、例えばコンプライアンス、PM2.
5の環境問題、職場のメンタルヘルス、新しい事業方式DBO、最近の災害傾向などを
追加し、資料の充実を図っている。
4.今後高まる研修へのニーズ
世の中は好景気になりつつあり、一部の業界では人手不足が言われている。その中で、
廃棄物の業界は人集めには不利であり、今後必要な素養のある人を採用するのは困難に
なっている。与えられた「人材」を全くの素人から短期間で育てて「人財」にしなけれ
ばならない。
経営資源として、人・設備・原材料・方法の4Mがよく挙げられるが、少ない投資で
効果が大きいのは人である。
教育への投資は見えにくいため削減される傾向にあるが、近い将来の環境変化に対応
できる人材像を明確にして研修プランを立て実行することは、強い体質の会社とするた
めに、また競争力を付けるために重要なことである。また、社内研修を計画してもスタ
ッフの数が減っており、教える側の力量不足は企業・組織の課題である。
そこに我々ASEEの役割があると考えている。同じような内容・言葉でも外部から
の講師の言葉は新鮮で刺激になり、それが実体験からの話であればなおさら、研修の効
果は大きいのではないだろうか。
当協会には廃棄物処理業界に関して色々な分野のOBが多く居り、設備の歴史・法律
体系・設計・建設・運営など豊富な経験に基づいた独自の切り口での研修を、既に何回
も実施してきた。
今後さらに運転会社や自治体への研修の機会が広がり、後輩への教育で微力ながら社
会に貢献出来ることを廃棄物処理業界のOBとして願っている。
以上
【筆者プロフィール】
・1948 年 11 月 鹿児島県生まれ
・1971 年
3月
熊本大学工学部機械工学科卒
・1971 年
4月
日本鋼管株式会社に入社 福山製鉄所・京浜製鉄所で
工場の操業管理・品質管理、海外での技術指導などに従事
・2000 年 10 月 日本鋼管環境サービス㈱(現 JFE 環境サービス㈱)に移籍
新規ガス化溶融炉の立ち上げ準備を行なった後、
現地で試運転を終えて委託運転所長を務めた。
・2006 年
4月
本社でガス化溶融炉 8 事業所の運転管理を担当した後
西日本地区焼却炉事業所の運転管理などに従事
・2010 年
3月
JFE 環境サービス㈱を退職
・2011 年
8月
一般社団法人 シニア・環境技術支援協会に入会
現在に至る
これまでの記事のバックナンバーはこちらから
43 号 1.加固 康二「運転維持管理は「清めること」から始まる」
44 号 2.大久保 隆史「大は小を兼ねないのか?」
45 号 3.新井 唯也「震災がれきに思う」
46 号 4.松田 修「ごみ焼却用流動床炉と私」
47 号 5.中島 宏「私の建設した し尿処理施設小史」
48 号 6.眞瀬 克巳「ダイオキシンと出会って 30 年」
49 号 7.西澤 正俊「脱硝触媒のトラブル事例」
50 号 8.川原 隆「廃棄物発電に思う」
51 号 9.岩崎 臣良「過去の仕事(下水道施設工事)の思い出」
52 号 10.石崎 勝俊「海外の産業廃棄物処理施設建設・運転のこと」
53 号 11.佐々木 勉「廃棄物処理施設建設反対訴訟に携わって」
54 号 12.中村 輝夫「台湾の思い出」
55 号 13.加固 康二「
“シニア“ 活用のお薦め」
56 号 14.和田 勉「ガス化溶融炉の運転」
57 号 15.大久保 隆史「中辺路からの熊野本宮大社参拝の記」
58 号 16.板橋 郁夫「お世話になった上司の思いで」
59 号 17.松田 修「ASEE と仲間たち」
60 号 18.新井 唯也「原発のごみは?」
61 号 19.岡田 実「ごみ焼却施設建設とのかかわり」
62 号 20.川俣 深「私の仕事の思い出」
63 号 21.西澤 正俊「OB から見た環境施設技術者の育成と技術の継続」
64 号 22.鈴木 政治「清掃工場建設の思い出」
65 号 23.眞瀬 克巳「温暖化雑感」
66 号 24.川原 隆「ごみ焼却処理に思うこと」
67 号 25.加固 康二「私の環境原点-公害は外部不経済である」
68 号 26.松本 久克「あっという間の42年 ―高負荷処理とともに―」