文 学 教 材 の"指 導 - 奈良教育大学学術リポジトリ

文学教材の一指導
「かにむかし」の教材を通して
一教材研究を中心に一
奈良教育大学付属小学校国語部
I はじめに
わたくしたち国語部狐国語教育の中でも、特に「文学教材の指導」という面に研究をすすめはじめ
たのは、今から、ちょうど二年まえのことであった。最初は、手がかりとして、わたくしたちの学校で
現在使っている教科書(大日本図書版)の中の各学年での代表的た文学教材をいくつか選び出し、それ
らをひとつぴとったんねんに研究していくことから手がけた。
それらの教材は、
1年 「金だろう」
2年 「花」一(新美南吉)
3年
「大工とおに六」、F花のすきな牛」、「ロンロニ・じいさんの動物園」一(筒井敬介)
4年
「ごんぎつね」i(新美南吉)、 「ひょっとこ」、 「りょうしと金のさかな」・(プーシキン)
5年 「八郎」、「クロ物語」一(椋 鳩十)、rカヌーがほしい」
6年 「おじいさんのランプ」’(新美南吉)、「わたしのみそ汁」一(国分一太郎)、「まささん
のこと」・(丸岡秀子)
などであった。
教材決定・→・教材研究→指導計画→授業→授業の検討・反省という一連の研究の中で、わたく
したちがたえず感じてきたことは、教科書の中にあまりいいと思われる文学教材が少ないということで
あった。いい教材が入れられていても、原文どおりではなく、ダイジェスト的にきりつめられていたり、
部分が原文と変えられていたり、さらに、だいじたところがカットされていたりして、主題がすっかり
変えられているものさえあったりした。
また、中学年などに多くとり上げられている民話などは、もともと、山深いいなかにうまれたもので
ある。そこには、我々の祖先が、自然李相手に労働し、生産にはげんでいたすがたがみられる。そして、
むかしの人々の素朴な夢や願いもこめられていたといわれる。それらの民話は、親から子へ子から孫
へと何代となく語り伝えられたのであるう。ところ狐こうした民話が、教科書にのせられると、民話
がもつ独特の「語り」が、すっかりなくなっていて、味わいが半減したものになっている。方言が共通
語になおされ、生活から出たどろくささがない。いわば、都会的な民話になっているのである。
わたくしたちは、本校が採用している教科書教材における文学教材の研究の過程から、
1.教材研究のたいせっさ
2.原作・原典のだいじさ
ということをつくづく感じさせられたのであった。
昨年度からは、とにかく、∼文学教材としてすぐれたものを子どもたちに与えていかねぱならないとい
うことから、価値ある教材を発掘していこうと、教科書教材だけではなく、自主教材(教科書以外から
選んだ教材)の研究なども積極的にやりていった。自主教材「かめさん」・(林朱美子)を使っての授
凸83一
業研究などももたれた。それらを通して、
1.主題性の追求(登場人物の性格、行動、生活全体から、作者のものの考え方、生き方をつかむ。)
2.指導過程の研究(教材研究された教材を指導のためにどう計画し、どう子どもたちに読ませてい
くか。)
ということに中心をおきながら、現在に続いている。次に述べる「かにむし」の教材研究も、こうした
過程での一つである。
皿 教材rかにむかし」について
1、 「かにむかし」指導前のこと
本年度〔昭和42年4月)初めて1年生を受け持ったとき、わたくしたち国語部が今研究をすすめて
いる「文学教材の指導」を1年生では、何を位置づけていき、どう指導していったらよいの狐という
ことがわたくしの課題のひとつであった。つまり、入門期における文学教材の指導で、何をどう読ませ
ていけぱよいか、ということなのであった。これは、本格的な文学教材の指導の基礎という点からいっ
ても、とてもだいじな仕事だと考えた。
さて、1学期は、文字(ひらがな)指導に終始しだといってもいい期間であった。けれども、特に前
半には、意識的に紙芝居を読んでやることに力を入れた。雨が降った日などの授業前や中休みなど、子
どもたちは目をじっと紙芝居の絵に注ぎ、一耳からはいってくる楽しいむかしぱなしに静かに耳を傾けて
いた。話だけを聞かせるよりも絵などを見せていって、視覚もはたらかせたがら聞かせることのほう狐
より効果的であったようだ。だが、後半になって、わたくしは少しずつ紙芝居から本の読み聞かせへと
変えていった。視覚(絵など⑳を通した読み聞かせから、次第に読み聞かせのみにきりかえていくこと
にした。昔話を聞きながら、少しずつイメージを描いていくことのほうがよりだいじだと考えたからで
もあった。そのときは、専ら「教室の民話」(木下順二監修、民話の余編集)を最初から読んでいくこ
とにつとめた。
2学期になると、ようやく文字(ひらがな)もおぽえたので、自分たちみんたで読みとる指導を、と
考えた。そこで、学年部会で話し合って、次の3冊の本を自主教材として使用することにした。それは、
岩波書店発行の岩波子どもの本の中の「かにむかし」rふしぎなたいこ」rきかんしゃやえもん」であ
る。 「かにむかし」や「ふしぎなたいこ」は、本校図工科の部会.や障害児教育の部会’が、低学年の
物語の絵の素材として、さらに文学教材として、また、「きかんしゃえもん」は、1年生の文学教材や
読書指導にとりあづかわ札いずれもいい教材であ・ると確認されてい足ものそあった。
「かにむかし」は、貧しい農村を背景とした佐渡の民話であり、「ふしぎなたいこ」も滋賀県の琵琶
湖にまつわる民話である。「きかんしゃやえもん」も時代こそ新しいが、我が国の鉄道の歴史を背景に
もったものとして考えれば、現代的な民話であるといえるのではないだろうか。
1学期が過ぎて、まだやっと文字をおぽえただけの子どもたちに、こんな長文がはたして読みこなせ
るかどうか不安ではあったが、テ・マがとてもはっきりしているし、本文全体が現代的な意味をこめた
再話である、などの点からいって、「かにむかし」に全力をあげてとりくむことにした。
ここでは、指導するまえの段階である教材研究を中心に、テーマをどう考え、指導計画をどのように
たてられるのか、という点にしぽってまとめてみたいと思う。
2, 「かにむかしJの原話
口84一
この話は、日本教科書大系(講談杜)によると、明治20年5月から、昭和16年3月までに発行さ
れた国定教科書には、「さるとかにとの話」とか「サルトカニ」と題され、低学年の教材として入れ
られていた。いうまでもなく、日本の五大童話のひとつであり、一般の読み物や絵本には「さるかに合
戦」として親しまれてきたものである。
この話の原形、原話は、どんなものであろう机試みに、「日本昔話名彙」(日本放送協会編)をみ
ると、18も類話がでている。それも、青森、岩手、秋由の東斗代ユら、新潟、石川、長野、山梨、さらに
南へくだって、広島、福岡、大分、長崎など、全国各地にひろがっていることから考えても、はっきり
したものはきめられないわけである。だが、西郷竹彦氏のいわこれる.「新潟県佐渡における百姓一撰の歴
史を背景に生まれた民話である」ということにヒントを得て調べてみると、次のように出ている。
新潟県佐渡「留むかし」一昔話研究第二巻(昭和10年6月・昭和12年12月、三元栓)
「蟹が汐<みに出て柿の種を拾ふ。(柿の木成長まで異色なし)猿に柿の実をぷっづナら加で親1蟹
は死に、仔蟹は仇討ちに行く。加勢の者に黍団子をやる。栗、蜂、藁打石、叉ん棒、小刀、牛糞の助
太刀。」
となってい私 「蟹の汐くみ」冊蟹の仇討倒倣勢の者に黍団子をやる」などから考えて、やはり、佐
渡の話がそのもとになっていると考えてもよいのではないだろう机室町末期か江戸初期ごろから語り
出され・赤本や黒本などの絵草紙によって流布したといわれてい乱
3. rサルトカニ」(戦前の国定教科書)と「かにむかし」(木下再話)の比較
岩波子どもの本の「かにむかし」は、昭和34年12月に発行されたものである。木下順二氏が再話.
し、漫画家の清水嵐氏が素朴なざし絵を描いている』
戦前の国定教科書に出ていた「サルトカニ」とこの木下順二氏の「かにむかし」とを比べてみると、
次の点が異っている。
11〕 「サルトカニ」では、サルがかきの種李、カニの握り飯と交換する場面があるが、「かにむかu
のほうは、それがない・
12)柿の種を庭のすみに植えてから成長し、実を結ぶまで、「かにむかし」のかには、じつに愛情深
く育てるが、 「サルトカニ」のほうは、はさみでおどかすだけである。
(3) 「サルトカニ」では、さるが青柿をかにになげつけて、かには大けがをしてないていたり、また、
子がにもいっしょになってないているところへ助大刀にくるといったすじであるが、 「かにむかし」で
は、親がにが死んだこうらの下から子がにたちが一ぐずぐず、ぐずぐずと出てくるのである。
14) 「サルトカニ」では、かに(または子がに)と、うすたちの助だちによるかたきうちの話である
が、「かにむかし」は、親がにのこうらの下から生ま幻.出た多くの子がにたちの自主的な行動に対して、
石うすたちが協力するといったものである。くりやはち、うしのふんやはぜぼう、石うすなど、それぞ
れの機能をいかして湖もしろい。
(5) 「かにむかし」の子がにたちは、さるにかたきうちをするために、自分たちも畑にきびをまいて、
それできぴだんごをつくる。そうして、着々と準備をすすめるが、「サルトヵ二」のほうにはそれがな
い。
(6)さるのすみかであるぱんぱまでの子がにたちの行進は、 「かにむかし」のみで、「サルトカニ」
’こばなし、o
このように、二つをざっと比較しただけでも、「サルトカニ」と「かにむかし」には、大きなちがい
一幕5一
のあることがわかる。いずれにせよ、「かにむかし」のほうは、佐渡の民話にそのもとをたどりながら、
作者の民話解釈、再話への姿勢とからまって、文学的な意味をじゅうぷんにこめた再話であるといえる
であろう。
4. 「かにむかし」の登場人物と主題
さて、再話者、木下順二氏は、この「かにむかし」の甲で、具体的に「さる」や「かに」などをどう
みているのであろう力一。この作品の主題と思想につながったものとして考えてみたい。
(1) 「かに」について
イーまず、ここに描かれているかには、「しおくみをしようとおもうて、はまペヘでた」かにであった。
rしおくみ」をするかには、金持ちでも権力者でもない。貧しい一一般庶民である。一・米と塩さえ
あれば、最低、命ばつ次げるといわれるくらい、塩はくらしになくてはならない必需品である。「しお
くみ」をして、生きるための塩をつくる、まさしく 半農半漁で生活していた海岸地方の民衆の典型で
ある。
口 また、かには、かきの種が大すきであり、rはまぺでひろうた柿の種をうちのにわのすみにまいて
おいてから、毎日毎日、せっせと水をかけたり、こやしをやったり」して育てた。長い年月宇かけて、
愛情をこめ、せいこんかたむけて柿を育てるかになのである。いわゆる作物を愛情深く育てる農民(生
産者)として描かれている。
・・
リにのぽってものぼっても落ちるかには、さるにあざむかれて柿をとられてしまう。rおおい、さ
るどん、さるどん、おらのかきの木を。おまえは、また、なんだそれは。」と、ますますあわをふきた
てていう。「やあい、いっちょぐらい、こらもいでよこさんか、おおい。」と悲痛なくやしさで、自分
の全力を出して抵抗するが、それ以上のすぺもしらずに、投げつけられた青柿によってつぷされていく。
そのような・あわれなかにでもあった。
(2) 「さる」について
次に「さる」は、どう描かれているだろうか。
イ・「すると、山のうえから、一ぴきのさるが、それ亭みておって、さるはかきの木のところへひょい
ひょいと山をかけおりてきて……『かにどん、かにどんなに亭しちょる』ときいた。」ここに、かにを
うまくだまして柿の実を自分のものにしようとするさるのあざむきとずるがしこさとがある。
口 「『よし、そんたら、おらがもいでやろうか』というがはやいか がちがちと柿の木のてっぺんへ
かけのほって、そこのえだにちょんととまって、まっかにうれた大きな柿を目にとまらんように、つぎ
つぎにくい始めた。」というあたりからは、ひとのものをひとのものとも思わないずうずうしさをもっ
たさるとして描かれている。しかも、かにが丹精こめてつくった柿をうぱいとっているのである。
’い一
ワた、つぎつぎにうまそうなのをくうておるさ忍こ、かには、ますますあわをふきたてて、さけぴたて
一るが、さるは、聞こえんような顔でつぎつぎにうまそうなのをくうている。ついに、r……いっちょぐ
らい、こら、もいでよこさんか……。」と、いかりをぶちまけると、さるは、 「なんだ、よし、ほれ。」
と、まだあおいかおをして、おもたそうにゆれておった大きな柿を、いきなりひんもいで、ひゆ‘んと
なげつけた。なんという悪らつ極まる「さる」であろうか。いっしょうけんめい心をこめて育て上げた
生産物をずうずうしくもうぱいとり、しかもそのかにを青柿で殺してしまう、非道な「さる」のすがた
である。
(3) 「子がにたち」について’
』36一
イ さるによって殺された親がにのこうらの下から、ぐずぐず、ぐずぐずとたくさんはい出してきたか
にの子どもは、死んでいった親がにの悲憤をもって生まれてきた化身であろうか。今まで、柿の実をほ
うってくれと精一はいたのむことしかできなかった親がにの生き方をすてさり、新しい世代に生きるた
くましい子がにが生まれてきたのである。個としての親がにの死から、集団としての子がにの誕生は、
実に新しい時代に生きる農民の誕生の象徴でもあ乱弱いものは・集団の力でそ氷をのりこえてい㍍
ここに生き生きとした力強さを感じる。
口 生まれてきた子がにたちは、あっちこっちの石の間にもぐりこんで、そのあなの中に、じっとして
いた。時期を待ち、自分たちの力をたくわえている。しかも、自分たちで、きぴをまいて、それを育て
ている。米ではなしに、きびなのである。米すらも食うことができなかった当時の貧しい農民のすがた
がここにも出てきている。だカ、いっしょうけんめいにきびを育て、きぴがみのると、その日にきびだ
んごをつくって、親がにのあだうちにそろうてでかけていくのである。戦前の国定教科書に出ていた
rサルトカニ」では、さるに青柿をぶっつけられて、ないていたかにであったが、 「かにむかし」では、
そんなひ弱さはみじんもない。むしろ、時を待ち、きびの生産にはげんでいる子がにたちには、理性的
た落ちつきすら感じられる。
ハ きびをつくり、思いっきり力をたくわえて、「さるのばんぱ」へとおしかける大行進、とちゅう、
くり、はち、牛のふん、はぜほう、石うすと、次々と仲間がふえていく。これらはすべて農耕生活に関
係するものはカユりであることから考えても、今まで、 「かに」と同じく、なにかにつけて、生産物を略
奪さ派、苦しめられていて、いつかは徹底的にこらしめようとしていた仲間たちとうけとれないだろう
か。ここに生産と労働にたずさわらないで、甘い汁のみすいとるさるをうちたおそうとする子がにたち
の力強い行動力がある。
{4〕主 題
こうしてみてきたとき、作者は、まじめに働くかにへの愛情冷通して、農民や民衆をみ、同時に生産
物をうぱうさるへの憎しみ和描いている。さらに子がにたちを通して、農民や民衆の集団行動の強さを、
生きることへの力強さを描き出していると考えられるのではないだろうか。
なお、 「かに」や「さる」の行動や性格中表現とのかかわりにおいてみていったとき、それらの習性
がじつにたくみにおりこまれていることがわかる。がしゃがしゃといそぐが、あまり早く動けない「か
に」、反対に、すぱしこく、おいしそうなうれた柿は、すぐに食べ、青い柿のようにいやなものは、す
ぐにすててしまう「さる」、さらに「かに」のこうらの下からそくそくと出てくる「子がに」等の行動
描写狐そのものの習性をうまくみつめて書かれたものである。これらも合わせて、読みとっていくよ
うな配慮も是非必要であろう。
15)この作品の問題点
イ かにが「しおくみ」をし、かきやきびを育てる貧しい生産者(農民)であると想像されるのに対し
て、 「さる」は、いったいなにものであろうか。他人のものをうぱい、おやがにを殺したことのみで、
あとは描かれていない。
口
「かにどん、かにどん、どこへい㍍」
「さるのぱんぱへあだうちに。」
「こしにつけとるのは そらなんだ。」
「にっぽんいちの きびだんご。」
一唱7一
「いっちょくだはり、なかまになろう。」
「なかまになるなら やろうたい。」
というくりかえしの中で、 「いっちょくだはり、たかまになろう。」が、ひっかかることぱづかいであ。
きびだんごをもらラから、仲間になるのでは弱すぎ乱いつも・さるに生産物をうばいとられ・苦しみ
を体験しているものならぱ、きびだんごをもらうから仲間になって加勢するのではないと思㌔その点、
「教室の民話」や「はぐるま」に再話されている西郷竹彦氏のものには、
「かにどん、かにどん、どこいきたさる。」
「さるのばんばへ あだうちに。」
「ならば、おれも なカユま‘こたろう。」
きびだんごをわけてもらづたOOは、かにのたかまにいれてもろうれ
とたっていて、あんがいすっきりとしている。
ハ それに、西郷再話での親がには、
木にのぽれんので、下からながめて摺った。
「さるどん、おらにも一つ、うまそうなのを ちぎってくれまいか。」
とたのみこんだ。
というかたちで、当時の農民たちの弱さをそのまま表現しているような書きぶりである。
また・子がにの行進の場面でも次のようになってい乱
「かにのきょうだいは、青竹につきさしたむしろぱたを、ばっさぱ。さとうちふりう・
ちふり、ほらがいたかくふきならしながら、ずわずわ、ずわずわと進んでいった。」
となっていて、農民一撰の力強さをよりきびしく、強く感じてくる。
二 また、さし絵の問題で、さるのぱんぱ(番場)として描かれているさし絵の家があまりにも貧弱
(倒れかかり、いたるところにかべがやぶれている)で、おそろしさ、こわさを感じない亡
ホ柿のたねを大きく育てるかにの苦労は、ものを耕作して育てた経験のない子どもたちには、少し理
解がふじゅうぷんになりやすいのであろうし、徹底したものにならない。
皿 指導の面から
1、目 標
(1)愛情をもって育てた柿の実をさるにうばわれたかにの悲しみと、親がにをさるにころされた子がに
たちの憤りを感じとらせる。
(2〕子がにたちとともに、く’)、はち、うしのふん、はぜぽう、石うすが、それぞれの機能を発揮して、
あだうちを成功させるおもしろさと緊張感、さらに、そのおくにひそむ集団の力強さを感じとらせる。
(3)民話のもつ語り口、くり返しの鴉もしろさを味わわせる。
2.留 意 点
小学校へ入学して、一学期間がすぎたのみで、文字(ひらがな)をやっと覚え、簡単な文が読め、簡
単な文が綴れるようになったばかりである。だから、「かにむかし」のような長編、しかも深い文学的
な意味をもつ民話をじっくり読みとおさせるのは、今回がはじめてである。どこまで深めるととができ
るかわからないが、授業にあたっては、次の点に留意したい。
(1)読み聞かせをだいじにする。
一88一
子どもたちは、お話を聞くことをとても好む。長編にはいる初期の段階でもあるし、一学期からの読
み聞かせのつながりから考えても、耳から聞かせていく方法をとりたい。また口承文学である民話とい
う点からいっても、こ机をとてもだいじにしたい。
(2)ひとつひとつのことぱを確かに教えるくふうをする。
「しおくみ」「きび」「さるのぱんぱ」「はぜぼう」「石うす」「いろり」など、農耕生活に関係す
ることば.や農民の生活を象徴していることぱなどがたくさん出てくる。もちろん、今の子どもたちの
経験外のことぱでもある。できるだけ、実物をみセたり、さし絵とつ加・だり、指導者の説明などを加
えながら、ものとことぱとのかかわりを確実に定済するようにつとめる。
③ さし絵を利用して、豊かなイメージを描かせ乱
清水毘氏による、素朴・なざし絵である。さし絵はかりにたよることは、国語教育の直接のねらいで
はないが、ことばや文、文章をさし絵とのづ跡りでみていくことによって、子どもたちに確かな、そし
て、豊かなイメージを描かせたい。
(4〕民話の語り口、くり返しのおもしろさを味わわせ孔
「かにむかし」には、いわゆる一地方のことばである方言を使っているのではなく、普遍的方言とも
いうべく、誰れにでもわかる方言を使っている。遠い昔、ろぱたで、あるいは田んぼや畑のあゼで、孫
たちに語りつたえたのであろう民一話の語jり口のあたたかみやよさをぜひ味わわせたい。また、随所に
出てくるくり返しのおもしろさなど、暗語させるくらいにしたい。
15 長文をも読みとる力の基礎を養う。
ずい分長文であるので、ところどころ抵抗のある場面が多いと思われる。だが、くり返しがあること
と、事件の展開のおもしろさを手がかりにしながら、国語科本来の目標一文章を読みとる力の基礎を、
この物語の中でも、じ珍うぷんに練っていきたい。
(δ 主題にせまる。一
1年生で「かにむかし」の主題にせまることは、少し無理なことであろう。だが、かには、かきやき
びを育てる生産者であるということ、加勢したくり、はぜほう、牛のふん、石うす、はちなどはすぺ
て農耕生活に関係あるものだということ、さらに、さるは、かにの育てた柿の実をうぱい、親がにを青
柿で殺した「悪いやつ」というところまでは、なんとかおさえていきたい。
3.指導計画(全19時間)
第1次 範読を聞かせ、たがいに読震の感想を発表させる。そして、「かにむかし」をくわしく読みとる
うとする意欲をおこさせ私
ね
ら
学
い
習
活
動
rかにむかし」の全文範
・「かにむかし」について話し合う。
諒を聞かせ、よりくわし
・題目「かにむかし」について考え合㌔
く内容を読みとろうとす
・範読を聞く。
る意欲をおこさせる。
・第1印象(第1次感想)を話し合㌔
指導語句
時間
・これからの学習問題をまとめる
第2次 「かに」や「さる」、そ机に「子がにたち」に焦点を合わせながら、内容をくわしく読みと
,貫?一
1
らせる。
ね ら い
「しおくみ」をしていた
かにのくらしについて考
学
習
活
動
指導語句
・むかしむかし……の意味を考える。
むかしむかし
・「しおくみ」についての話を聞き、かにのくら
しおくみ
しについて考える。
えさせる。
1
・「かに氏かきのたねがだいすきであるか釦ザ
時間
はまべ
かきのたね
1
…」の「だいすき」について、なぜだいすきな
のだろうか考え、話し合う。
・音読する。
。1
かぎを育てるかにの根
・たね一芽一木一実一うれだ実という
こやし
気強さと、愛情深さを読
かきの成長過程を読みとる。
うれる
みとらせる。
かぎを育てるかにのようすを読みとる。
つまみきる
・「やがて」は、時間的な経過の意味亭もってい ぷったぎる
ることがわかる。
2
もぎりきる
・ことぱのいいまわしからくるユ‘モアやくり返
すまして
しのおもしろさ和感じとる。
・かきをしゅうかくしたかにの喜びを読みと乱
丹精こめて育てたかきの
の実を、かにをあざむいて
てうばいとるさるの悪ど
さを読みとらせる。
・r山の上から一ぴきのさるが、そ机をみて招っ
て…」の「それ」とはなにをさすか考える。
・「かにどん、かにどん、なにをしちょる。」と
いうさるのことぱのうらを考える。
もぐ
きがせく
いうことをき
かん
たんのこともないかおで、 「よし、そんならお
目にもとまら
らがもいてやろうか。」といったさるの気持ち
んように
を考える。
いきなり
・さるの悪らつさを読みとる。
ひんもいで
・かきをうぱわれたかにのいかりを読みとる。
親がにの死と、子がに
たちの誕生を対照的に読
みとらせる
・青いかきをなげつけられたときのかにの気持ち
を考え、話し合う。
・つぷされた親がにのこうらの下から生まれてき
た子がにたちについて話し合う。
電gq一
こうら
2
・一
ミきの親がに一多くの子がに
1
・死んだ一生まれてきた
・子がにたちの気持ち
・音読をする。
子がにたちの成長過程や
・子がにたちの成長過程を読みとる。
そのくらしぶりを読みとら
石のあいだへもぐずりこんで
せる。
・じっとしておって
・だんだんにふとってきて
・きびを1ま・く・
もぐずりこむ
きび
(あわ・ひえ)
等とともに
みのる
・「きび」についての話を聞く。(米作りではな
い。米すらも食べられなかった当時の農民のよ
こし
うすも話してやる。)
あだうち
・「あだうち」、 「さるのばんぱ」などのことぱ
1
きびだんご
きるのぱんば
の意味をしっかりつかむ。
さるのぱんばへ親がにの
あだうちにむかう子がにた
・「なかまになろう。」と「おともします。」の
ちがいを考える。
ぱんぱんぐり
はち
ちの集団の力強さを感じと
・「にっぼんいちのきびだんご」の意味を考える
うしのふん
らせる。
・くり、はち、うしのふん、はぜぽう、石うすの
はぜほう
機能亭知り、それらの共通性を考える。
2
石うす
・くり返しの湖もしろさを味わう。
・役割をきめて読む。
子がにたちが、それそれ
自分の機能を発揮してさる
の帰りをまちうけるようす
を読みとらせる。
・みんなが さるのぱんぱについて・…・・の「みん
な」とはだれか考える。
・自分たちそカそれが機能を生かして、あだうち
をするなかまのはたらきを読む。
・くり、子がに、はち、うしのふん、石うす、は
ぜぼうたちの気持ちを考える。
子がにたちが、力を合わ
せて、さるをやっつけた、
その集団の力強さを読みと
らせる。
いろり
どま
みずおけ
1
かもい
しきい
のきした
・ひょいひょいともどってきたさるは、どこへ行 しずまりかえ
っていたのか考え、話し合う。
つて
・それぞれ、なかまたちは、どんな働きをしたか きぱって
火のたま
を一読みとる。
・くり…・……一….・._….やけどをさせる
ぷちこむ
・こがにたち...、..・。.......はさみできる
ひらとう
・91一
2
・はち ….......、.・..・・.・・.あたまをさす
・うしのふん 1...........すべってころがす
・はぜぽう …………… あたまをぷつ
・石うす 一一……一 さるをつぶす
・さるの気持ちを考える。
・子がにたちの気持ちを考え、話し合う。
第3次
中心点をまとめて、主題を読みとらせる。さらに、読みとったことについて、感想文を書方地る。
学
ね ら い
かにの性格をつか一ませ乱
習
活
動
指導語句
時間
・rか目について、どう思うか、みんなで考え、
話し合う。 (かわいそうだ、とか、くやしそ
うだなどの意見がでたら、どうしてそう感じ
るのか書かれている本文とつないで考えさせ
1
る。)
・貧しい農民(柿を愛情深く育てる)
さるの性格をつかませる。
・障る」について、どう思うか、みんなで考え、
話し合う。
・だました
・一
クうずうレい
・かきをうぱった
1
・かにをころした
・丹精こめて作った柿をさるにうぱわれ、おま
けに、青い柿の実をぷっつけられて死んでい
ったかにの気持ちを考える。
子がにたちの力強さをつ
かませる。一
・「子がにたち」について、どう思うか、みん
なで考え、話し合う。
・かわいそうだ
・かしこい
1
・いさましい
・どうして、くり、はち.うしのふん、はぜぼ
う石うすなどがなかまになったのか考える。
一g2,
いちばん心に残っている
・・
「ちばん心にのこっていることを、みんなで
話し合う。
ことを中心にして・そのご
■・
・「かに」
とを感想文にかかせる。
1
・「さる」
・r子がにたち」
・感想文を書く。
第4元 かん芋やことぱ、さらに、朗一読め練習などをして㌧・本文を発展的{こ読ませる。
ね
ら
挙
い
朗読の練習をさせたりし
て、学習を発展させる。
習
活
動
指導語句
時間
・朗読の練習をする。
・役割をきめて、読み合う。
・かん芋やことぱの練習をする。
・文章の効果的な表現を味わう。
2
・全文をノ・トに視写する。 (家庭学習)
・他の民話を読む。
lV お わ り に
「子どもたちにすぐれた文学教材を与えていく」ということ、このことに、たえず目を向けていく。
現行の教科書に批判、検討を加えながら、よりすぐれた教材を発掘していくことも、こ机からまだまだ
是非すすめていかなけれぱならない仕事だと思っている。
ここには、教材研究のみで、授業の実践については巻くことはできなかったが、すぐ机た教材を与え
ていかなけれぱ、子どもたちの力もっかないであろうし、授業にも高まりがみられないのではないか、
と思うのである。
だが・わたくしたちの研究は・まだはじまったぱかりであって、これからこそ、ほんとうに、しごと
がはじまるのだ・といってもよへいろんな面でご検討いただき・ご批判、ご指導いただけれぱと思っ
ている。 (文責 大 矢
適)
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