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多重安定性を示す分子性物質の開発
多重安定性を示す分子性物質の開発
神奈川科学技術アカデミー 佐藤
治
Fe(III)光スピン転移
光スピン転移
緒言 物質のもつ様々な機能、例えば、磁性、電導性、色などを外場
(光、電場、温度等)で自由にスイッチさせることのできる新しい物
N
O
N
Fe
N
O
N
質、新しい技術を開発する研究が盛んに行われている。我々はこれま
Cat
で、Fe(III)光誘起スピン転移錯体、Co 光誘起原子価異性錯体、FeCo
光誘起磁石、光応答性フォトニック結晶などの開発を行い報告してき
た(図 1)。
1-11)
今回は Cu 錯体の光誘起構造異性
7-8)
、Fe(III)光スピン転
移錯体の二段階スピン転移 9-11)について報告する。
錯体(図 2)に着目し光照射効果に関する検討を行った。その結果、錯
(1) 、 [Cu(dieten)2](CiO4)2
N
NC O
Co光誘起
光誘起
原子価異性
1.Cu
錯体の光誘起構造異性 7-8) ∼光による新物質相の創製
1.
Cu 錯体の光誘起スイッチングの実現へ向け、サーモクロミック Cu
体 [Cu(dieten)2](BF4)2
N
O
O IIIN
Co
O
N
SQ O
(2)
(dieten
=
N
Fe
CN
O
Fe(II)
光スピン転移
CN
FeCo光磁性
光磁性
図 1.
光応答性物質
1-4)
N,N-diethylethylene- diamine)が光誘起構造異性を示す
ことを見出した。
光照射後
吸光度
結果
錯体 1 は室温付近でサーモクロミズムを示す。低温
…..
光照射前
--- アニ-ル後
では赤色、高温では紫色を示す。可視域の吸収は銅(II)
H2
N
Et
N
Cu
の d-d バンド、紫外域の強い吸収は配位子から金属へ
N
の電荷移動(MLCT)バンドである。単結晶構造解析か
Et
波長 (nm)
ら低温相は square planar(SP)構造、高温相は slightly
tetrahedral-distorted(STD)構造(平面から少し四面体
Et
図 2.
構造へ歪んだ構造)をしていることがわかってい
N
H2
Et (BF )
4 2
Cu 錯体のフォトクロミズム
新物質相!!
新物質相!!
る。この平面構造からのずれによって銅(II)の配位
子場が弱まり d-d バンドは高温相で長波長側にシ
フトする。また、構造上の特徴として分子同士が
N
水素結合により互いに結びつき二次元的なネット
ワーク構造を形成していることがあげられる。こ
N
N
Cu
N
光誘起準安定状態
四面体方向への歪み
の水素結合に基づいた強い分子間相互作用により
一次の相転移を示し、色変化(相転移)が 20 ℃
光
付近で急激におこる。
異なる構造
BF4
この物質の光効果はクライオスタットを用いて
サ ン プ ルを 35 K にセ ット し 紫 外 光照 射 (250∼
N
N
Cu
N
N
400nm:LMCT バンドの励起)前後の吸収スペクト
ルを測定することによって検討した。得られた光
温度
N
N N
Cu
N
Cu(dieten)2
照射前後のスペクトルを図 2 に示した。図からわ
低温相
CuN4 ユニット:平面四配位
かるように紫外域の吸収が減少し、可視域の吸収
高温相
四面体方向への歪み
が増加した。これは光照射により準安定相が誘起
図 3.
され 35Kでその状態がトラップされたことを示し
は低温相や高温相の状態と異なっている。すなわち、光
ている。光誘起された準安定状態は液体窒素温度
誘起相は熱平衡状態では現れない新物質相である。)
光誘起構造異性(光により誘起された準安定状態
77Kでも安定に保持できた。また、一度温度を 150
Kまであげると元の状態に戻り、可逆であることがわかった。光照射後の磁気特性を測定したところ、
光照射前後で磁性は変化しなかった。また、光照射後のスペクトルが高温相と類似していることから、
準安定相は STD 構造(図 3)をしていることが示唆される。しかし、光照射後の粉末 X 線パターンを測
定したところ、高温相のパターンと全く異なり、全体の構造は高温相と同一ではないことがわかった。
光誘起相転移で現れた物質相が熱平衡状態で現れる物質相と同じか否かという問題は最近の光誘起相
転移現象の一つのトピックになっているが、この結果は光照射により現れた物質相が熱平衡状態で現れ
る物質相と明瞭に異なる新しい状態であることを示している。
2. Fe(III)LIESST 錯体の二段階スピン転移 9-11) ∼分子配列の制御:ストライプパターンの形成
我々は昨年、鉄(III)錯体[Fe(qsal)2]NCSe·CH2Cl2 [qsalH =
N-(8-quinolyl)-salicylaldimine]が π-π相互作用に基づく強い協
同効果により室温付近で 70 K あまりの非常に大きなヒステ
リシスを示すことを報告した。今回、その誘導体である臭素
置換体 5-Br-qsal を配位子とする鉄(III)光スピン転移錯体
[Fe(5-Br-qsal)2](NO3)·2CH3OH(図 4)が、二段階スピン転移
を示し、中間相でストライプ構造を示すことを見出した。
結果
SQUID による磁気測定の結果を図 4 に示した。温度変化
により、Tc = 228K 及び Tc = 132 K でχΜT の値が変化した。
図 4. Fe(5-Br-qsal)2]NO32CH3OH の磁気特性
これは高スピンから低スピンへの相転移、
FeIII(t2g3eg2 : S = 5/2)
->
FeIII(t2g5eg0: S = 1/2)
(1)
が2段階で誘起されたことを示している。
X線構造解析より、[Fe(5-Br-qsal)2]NO3·2CH3OH 錯体の二つの平面配
位子 5-Br-qsal は分子内において互いに直交した形で Fe に配位して
いることがわかった。また、いずれの温度でも隣接する配位子同士
のπ平面が重なり合い、π-π相互作用による一次元鎖構造を取ってい
た。100 と 273 K では、結晶学的に独立な分子は一分子であり、そ
れぞれ、低スピン状態、高スピン状態であった。一方、中間相であ
図 5. [Fe(5-Br-qsal)2]NO3·2CH3OH
のストライプ構造
る 173 K では、独立な分子は二分子であり、金属配位子間の配位結
合距離の比較から、低スピン状態を示す一次元鎖と高スピン状態を示す一次元鎖が交互に積層したスト
ライプ構造をしていることがわかった(図 5)。このような、ナノスケールでの分子配列制御は、分子素
子構築の観点から重要であると考えている。
[参考文献]
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11. Takahashi K & Sato, O. submitted to J. Am. Chem. Soc.