序 加齢に伴う認知機能低下は,高齢者におけるフレイル(虚弱)や要介護状態の主要な因子であ ることが知られており,また,高齢者人口の増加や平均寿命の延伸に伴って,軽度認知障害な らびに多くの背景因子からなる認知症を有する割合も増加してきている。実際,わが国におけ る 65歳以上の認知症有病率は 15%にのぼり,推定認知症有病者数は 462万人(2012年)と 増加の一途をたどっており,認知症に対する予防・診断・治療に向けた取り組みは世界的にも 非常に重要な課題となっている。 こうした中,近年カルシウムやそのシグナル系を介した神経・認知機能の調節に関する研究 が進んできており,カルシウムは生理応答や生命維持に不可欠なセカンドメッセンジャーであ ることに加え,神経系の制御においても多彩かつ中心的な役割を演じていることがわかってき た。また,カルシウム拮抗薬を介した神経保護作用の可能性や認知症治療薬におけるカルシウ ム制御機構など,認知機能低下や認知症の予防・治療に際してカルシウム制御の重要性も次第 に明らかになってきている。そこで本書では,神経・認知機能の制御におけるカルシウムの役 割ならびにカルシウムおよびそのシグナル系を考慮した認知症の予防・治療アプローチについ て,基礎から臨床まで最新の研究成果や知見を集約した。 前半では,カルシウムの多彩な作用の中でも神経・認知機能の調節とそのメカニズムについ て,最近の基礎的知見を中心に各分野をリードする先生方に解説いただいた。特に,細胞内カ ルシウム調節の分子機構に加えて創薬ターゲットや画像評価法を介した新たな認知症診断・治 療の可能性などについてもご紹介いただいた。 後半では,認知症におけるカルシウムの役割と重要性について臨床的知見を中心に認知症や 認知症高齢者に対する薬物療法,展望について第一人者の先生方にまとめていただいた。そこ では,骨・カルシウム代謝異常やカルシウム摂取状況と認知症との関連性,認知症予防に向け た血圧管理,カルシウム制御を介した認知症治療薬の作用機構,認知症患者に多い転倒・骨折 とカルシウム代謝との関連性など,大変重要かつ新しいテーマをわかりやすく解説いただいた。 本書を通じて,神経・認知機能とカルシウムに関する研究・臨床の最新動向や進展について 理解が深まり,カルシウム制御に配慮した認知症の予防,診断,治療の実践,ならびに新たな 研究の端緒となれば幸いである。 2015年9月 東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座准教授 小川 純人
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