1.鈍的腹部外傷における出血の制御

第 37 回日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:西巻 博,他
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出血
1.鈍的腹部外傷における出血の制御
北里大学医学部 放射線科,同救命救急医学 ,国立病院機構相模原病院 放射線科
1)
2)
西巻 博,樫見文枝 ,瀧川政和 ,松永敬二
1)
はじめに
Interventional radiology(IVR)は,本邦でも 30 年程
前より関心が高まり,急速に発展し普及しつつある。
外傷領域においても例外ではなく,IVR はすでに不可
欠な分野となっている。
従来は手術治療か経カテーテル的動脈塞栓術(TAE)
かの二者択一に近い状況であったが,最近は「damage
control surgery」の概念を拡大して,その一つとし
ての TAE で止血した後,手術治療を行ったり,術中
TAE を行ったり,両者をうまく併用して治療を進めて
いく傾向にある。理想的には血管造影室が手術室内に
あり,日常的に手術治療と IVR を複合して治療する体
制が望ましい。当施設では,救命救急センター内にマ
ルチスライス CT 装置および血管造影室,近接してい
る手術室内に高画質 DSA が可能な C-arm 装置を備え
ていること,さらに IVR 医が常駐しているという恵ま
れた環境が,大いに治療の助けとなっている。このよ
うに恵まれた環境にある救急センターはむしろまれで
あり,ただ単に IVR の有用性を強調したところで,実
際にスムーズに行われるか否かはやや疑問が残り,従
来のように手術療法を選択していれば問題なく治療が
できたのにもかかわらず,IVR を考慮したばかりに生
命を危うくし兼ねないという問題もある。
したがって,迅速かつ的確な治療を行うためには,
IVR の技術に精通していることは当然として,診断及
び治療のプロトコールを熟知しておくことが非常に大
切となる。
鈍的腹部外傷における IVR による止血の制御につい
ては,IVR 誌 2008 年 23 巻 2 号「腹腔内出血に対する緊
1)
急 IVR」 の外傷の項と多くは重複するため,本稿では
その補足にとどめる。
外傷初期診療ガイドライン
「防ぎうる外傷死」を回避する目的で「外傷初期診療
ガイドライン JATEC」が 2002 年に出版され版を重ね
2)
ている 。その研修コースも頻回開催され,外傷医・
救急医を中心にガイドラインが広く周知されるように
なった。外傷に携わる IVR 医も十分に熟知しておく必
要がある。
鈍的腹部外傷においては primary survey がクリアし
た,すなわち,循環動態が比較的安定している場合に
50(150)
2)
おいて CT および IVR が適応となる。
Transient responder については controversy であり,
個々の施設におけるハード,ソフトによって大きく左
右される。たとえ一見循環動態が安定していても,検
査台への移動などを契機に急変する場合があり,検査
中,検査前後で厳重な観察,モニタリングが大切であ
るとともに臨機応変な対応が要求される。
IVR 医の心がけること
常日頃より外傷外科医などと治療方針について意見
を共有しておく。
目の前にいる患者は循環動態をはじめとして状態
が刻々と変化する可能性がある。IVR 施行中,とくに
呼吸,循環などの状態を気にしながら,チームリー
ダーと常に意志の疎通をはかるように心がける。必
要ならば IVR を施行している最中でも透視で胸部を観
察し挿管チューブやドレーンチューブの位置の確認
や血気胸の検出を行ったり,repeat FAST(Forcused
Accessment with Sonography for Trauma)を施行して
腹腔内出血の量を再確認することも大切である。
長時間出血が持続すると deadly triad となる可能性
が高いので,来院後 1 ∼ 1.5 時間程度で止血を完了す
ることを心がける。
患者は多発外傷であることも多く,短時間で様々な
治療をしなければならない。
たとえば開放性骨折を合併している症例では出血に
対する止血が優先するのは当然であるが,それを短時
間で終わらせて早期にデブリードマンを追加すること
も重要である。
IVR は初療室から始まっている
来院時ショック症例おいては初療室において総大腿
動脈からあらかじめ 5-F シースを挿入する(重症例では
両側に挿入することも多い)
。そうすることで,ショッ
クが増悪した場合には大動脈閉塞バルーンを迅速に挿
入することも可能になり,また,骨盤骨折による出血
がある場合には時間経過とともに鼠径部に血腫が広が
り,動脈の確保に時間がかかる場合があるので,迅速
に TAE に移行できる。
多くは盲目的に挿入することになるので,正しい穿
刺・挿入部位や先端 J−ガイドワイヤーの使用など安全
な留置を徹底する必要がある。
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:西巻 博,他
技術教育セミナー / 出血
カテーテルを用いた止血方法に精通する
1 .閉塞バルーンカテーテルによる血流遮断(IABO)
大動脈(10-F block balloon,Moiyan,Lock,…)
腹部主要動脈(5-F, 6-F セレコン)
2 .動脈塞栓術(TAE)
塞栓物質(ゼラチンスポンジ(GS),金属コイル,マ
イクロコイル,NBCA-Lip,自家血栓など)
コイルアンカー
*これらの使用法に関しては2007年技術教育セミナー
3 ∼ 5)
「塞栓物質の選び方と使用方法」 を参照。
止血に対するTAE は腫瘍に対するTAEとは異なる
外傷においてはいかに塞栓範囲の壊死を少なくし,
止血をはかることであるから塞栓の程度は腫瘍に対す
るそれと比較して軽くて十分である。しかし,ある程
度 GS による塞栓後にも出血が持続する場合には,よ
り太い血管の損傷や A-V(P)shunt の存在あるいは凝
固障害の併発が考えられ,コイル(マイクロコイル)や
NBCA-Lip などの使用を考慮すべきである。
肝損傷
重症肝損傷では肝動脈門脈短絡(A-P shunt)が多い
傾向にある。まず,経動脈性門脈造影を行い,門脈血
流の状態・A-P shunt の有無に注意を払う。通常マイ
クロカテーテルを用いて造影剤の血管外漏出像など所
見のある区域枝レベル程度にすすめ,GS 細片を用い
て TAE を行う。マイクロカテーテルから注入された
6)
GS はより細かくなっており ,塞栓はより末梢あるい
は A-P shunt をすりぬけて門脈側に及ぶ可能性が高い。
したがって A-P shunt が認められた場合,その部位が
明瞭なものではできるだけその近傍までカテーテルを
進め,マイクロコイルあるいは NBCA-Lip などによる
塞栓を考慮する。A-P shunt はあるがその部位がはっ
きりしない場合には,親カテーテルを左右肝動脈レベ
ルまで挿入して大きめの(2 ㎜角程度)GS 細片を用い
た塞栓も有用である(図 1,2)。
最近ジェルパートが HCC に対する塞栓術で保険適
応となったが,ジェルパートはより塞栓が強くなる傾
7)
向があるという報告もあり ,注意を要する。
まれに TAE の最中や後に循環動態が不安定化する場
合があり,その場合には,下大静脈合流部付近の肝静
脈損傷,肝部下大静脈損傷を疑う。
これらの損傷は手術治療が原則であり,TAE に固執
することなく速やかに手術療法に転換すべきである。
肝静脈損傷,肝部下大静脈損傷の多くは来院時ショッ
クであり,non-responder や transient responder である
ことが多い。
重症例において,肝切除などの根治手術の成績は悪
く,damage control surgery として,肝周囲ガーゼ充
填法が繁用されるが , その後の持続する動脈出血に対
しても TAE は有用である。
脾損傷
脾損傷に対する TAE の有用性は文献的には確立され
てはいるが,肝・腎損傷に比べて難しいと思われる。
持続する出血が疑われる場合には,TAE に固執せず手
術療法に転換することが大切である。脾損傷による大
量出血が遷延すれば死に至るが,できるだけ早期に脾
臓摘出を行えば,それを免れることができるというこ
とを常に念頭に置く必要がある。
脾門部血管損傷が疑われた場合には手術治療が原則
である。
8)
血 管 造 影 所 見 で よ く み ら れ る“starr y night” ,
9)
“Seurat” pattern などの所見は自然消失することも多
く,TAE の絶対的適応ではない(ただし,後に仮性動
脈瘤の形成や出血することも少なからずあり,TAE を
行うことも妥当と思われる)。
腎損傷
腎損傷の 80%は軽症で,たとえ中等症以上におい
ても腎筋膜の存在から血腫は傍腎腔にとどまることが
多く,保存的治療が可能な症例が多い。腎静脈損傷を
除くと循環動態も比較的安定しており,時間的余裕も
ある。血管造影で造影剤の血管外漏出像,動静脈瘻,
腎動脈分枝の途絶が認められた場合には TAE を行う。
腎は end-artery organ のため,腎動脈分枝の閉塞は
その支配領域の実質に梗塞をひきおこすため,マイク
ロカテーテルを出血部位近傍まで進めてできるだけ最
小限の範囲を塞栓する。塞栓物質は GS やマイクロコ
イルを使用する。前述した所見がはっきりしない場合
には TAE を施行すべきではない。早期合併症の一つ
に後出血(約 4%)があるが,その場合最初の血管造影
で出血が疑われた部位とは異なる部位からの出血を呈
する場合も多いからである。
まれであるが TAE 中ショック状態に陥る場合には,
下大静脈や腎静脈損傷を合併している場合があり,手
術療法に転換する。
おわりに
鈍的腹部外傷に対する IVR の勘所を概説した。
これらの外傷は,多発外傷の一部として扱わなけれ
ばならない。頭蓋内血腫や多発する外傷からの大量出
血,大量輸液・輸血,低体温,アシドーシスなどによっ
て全身の出血傾向が惹起される。
したがって,総合的に迅速かつ適切な治療が要求さ
れるのはいうまでもない。
救急医が IVR を施行している施設も増えているが,
最近の救急学会の IVR 関連のシンポジウムで「100 点
の遅い治療より 60 点の早い治療が求められる」といわ
れていた。当たらずとも遠からずの印象がある。
(151)51
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a b
図 1-1 重症肝損傷(Ⅲ b 型):CT
c d
a, b : 動脈優位相 複雑な裂傷とそれらの周囲を中心に肝実質濃染像が散在
c, d : 平衡相 複雑な裂傷
(非濃染領域)と平衡相で造影剤の血管外漏出像
(EV:矢印)
が認められる。
a b c
図 1-2 重症肝損傷:血管造影
d e f
a : SMA - portography 損傷を示唆する非濃染域と門脈右枝の末梢の描出が欠如
(矢印)
している。
b, c : 腹腔動脈造影 動脈相
(b)
,実質相
(c):散財する EV(矢印)
と A-P shunt が認められる。
d : 腹腔動脈造影(CO2-DSA)
:右肝動脈の比較的肝門部寄りから大量の EV と A-P shunt を認める
(矢印)。
e : 固有肝動脈造影(TAE 後)
:右肝動脈(胆嚢動脈分岐より末梢)に 5-F コブラ型カテーテルを挿入し,2 ㎜角程度
の大きめの GS 細片を用いて塞栓
(塞栓は比較的軽めに施行)。EV の消失および動脈の途絶を認める。
f : SMA - portography(TAE 後)
:A-P shunt が塞栓されたので,門脈右枝末梢の描出(矢印)と実質の濃染像の増
強を認める。
52(152)
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a
b
c
図 2 脾損傷(Ⅱ型)
a : 動脈優位相 比較的浅い裂傷部に斑状の濃染像
(矢印),脾周囲を中心に腹腔内出血を認める。
b : 平衡相 斑状の濃染像は消失。A-V shunt による
類洞あるいはそれに伴う少量の出血が疑われる。
c : CT 上の斑状の濃染像に一致して,同様の斑状の
濃染像(starry night)を認める(矢印)。受傷早期
で腹腔内出血も認められたため,マイクロカテー
テルを進め,GS 細片を用いて TAE を施行。
【文献】
1)西巻 博,樫見文枝,ウッドハムス玲子,他:【救
急の IVR】腹腔内出血に対する緊急 IVR.IVR 会誌
23 : 153 - 165, 2008.
2)日本外傷学会外傷初期診療ガイドライン改訂第 3 版
編集委員会:改訂第 3 版日本外傷学会外傷初期診療
ガイドライン JATEC.へるす出版,東京,2008.
3)堺 幸正:塞栓物質の選び方と使用方法 ゼラチン
スポンジおよびジェルパート.IVR 会誌 23 : 190 - 194,
2008.
4)杉生憲志:塞栓物質の選び方と使用方法 コイル.
IVR 会誌 23 : 195 - 198, 2008.
5)田中利洋,阪口 浩,山本清誠,他:塞栓物質の
選び方と使用方法 腹部血管塞栓術における nbca の
選択基準と使用方法.IVR 会誌 23 : 199 - 202, 2008.
6)森 墾,齋田幸久,渡邊祐子,他:ゼラチンスポ
ンジ細片の簡易作成法 ポンピング法.日本医放
会誌 60 : 702 - 704, 2000.
7)三田裕記,河合信行,生駒 顕,他:多孔性ゼラチ
ンスポンジ粒子(ジェルパート)を用いた肝動脈塞
栓術後に発生した肝・胆管障害について.IVR 会誌
23 : 176 - 181, 2008.
8)Scatlif f JH, Fisher ON, Guilford WB, et al : The
"starry night" splenic angiogram. Contrast material
opacification of the malpighian body marginal sinus
circulation in spleen trauma. Am J Roentgenol
Radium Ther Nucl Med 125 : 91 - 98, 1975.
9)Kass JB, Fisher RG : The Seurat spleen. AJR Am J
Roentgenol 132 : 683 - 684, 1979.
(153)53
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出血
2.骨盤骨折の IVR
日本医科大学 放射線医学教室
村田 智,田島廣之,福永 毅,小野澤志郎,嶺 貴彦,上田達夫,中澤 賢
はじめに
骨盤損傷分類
骨盤骨折は多発外傷患者の 25%にみられ,頻度の
多い交通事故死亡者では,42%に骨盤骨折が認められ
る。骨盤骨折は交通事故や高所からの転落などの特に
強大な外力により生じ,問題となる大量後腹膜出血の
出血源は,主として内腸骨動脈損傷である。しかし,
出血の原因に対する考え方が欧州,米国,日本では多
少異なる。欧州では出血は静脈性がほとんどという考
え方が基本で,正中切開し,ガーゼによるタンポナー
デ効果を狙って仙骨前方と膀胱周囲にパッキングを行
うのが主流であり,経カテーテル的動脈塞栓術(TAE)
はガーゼパッキングでショック状態から離脱できない
場合に行われている。一方,米国,日本では出血は動
脈性が多いという考え方でガーゼパッキングよりTAE
が主流となっている。しかるに当院では年々,骨盤骨
折の TAE の依頼は減少している。これはガーゼパッ
キングにより,多くの症例で循環動態の安定が得られ
るためであり,TAE を依頼される時は,TAE 前に殆
どの症例でガーゼパッキングが行われ,厳しいショッ
ク状態での TAE とならざるを得ないのが現実である。
したがって,いかに手技・塞栓を確実に短時間で終了
し,患者を次の治療へと進め得るかが,我々 IVR 医に
求められていることである。
Ⅰ型(安定型)
日本外傷学会骨盤損傷分類を図 1 に示す。
【メモ 1】最近の論文では搬入時ショック状態の骨盤骨
折 283 例で,不安定型と安定型で TAE 施行率に有意
1)
差がないことが報告されている 。よって,骨折型
から TAE の必要性は予測できないことになる。
治療法
確立した初期治療プロトコールはないが,外傷初期
診療の標準化(JATEC)を参照すると,primary survey
(生命危機を示すバイタル評価と緊急蘇生)として,胸・
腹・骨盤X線,FAST(US 出血評価)および初期急速輸
液(2L/30min)に対する反応にて循環動態を評価する
(図 2)。
1. Responder:維持輸液で安定
2. Transient responder:一時的に安定
3. Non-responder:不安定(ショック指数:1 以上が
ショック)
に分類し,responder は secondary survey(各臓器損傷
の診断と治療方針決定),造影 CT で評価し出血がコン
トロールされれば保存的治療となる。また,transient
responder および non-responder は後腹膜出血があれ
ば TAE を行い,腹腔内出血があれば damage control
Ⅱ型(不安定型)
Ⅰb
単純X線像およびCT像で骨盤環
の連続性が保たれている損傷,な
いしは前方骨盤環に限局する損傷
Ⅲ型(重度不安定型)
Ⅱb
Ⅲa
単純X線像で前方骨盤環の離開を認
め,かつ明らかな後方骨盤環の離開を
認めないもの,または,CT像で両側
仙腸関節の離開幅が10㎜未満のもの
a .片側性 Unilateral
単純X線像で後方骨盤環の離開が
明らかなもの,または,CT像で
後方骨盤環の離開幅が10㎜以上
のもの
b .両側性 Bilateral
付記
Appendix 1(損傷側および部位)
Appendix 2(後腹膜血腫の程度)
Appendix 3(解放損傷・直腸損傷・膣損傷・尿路損傷の合併損傷の有無)
図1
54(154)
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Primary Survey
Non-responder
Responder
Transient responder
Secondary Survey
造影CT
腹腔内出血
後腹膜出血
DCS
TAE
根本手術
Extravasation
保存的治療
図 2 外傷初期診療の標準化
(JATEC)
surgery(DCS)となる。しかし,経験上同時に生じて
いることも多く,IVR にて骨盤骨折の出血コントロー
ルと同時に肝・腎・脾出血や腰動脈等からの出血の止
血を行うことはよくあることである。
(1)具体的な初期治療:生命を脅かす状態の発見と治
療(主に出血のコントロール)
出血コントロールを目的とする初期治療として,
1)骨折部固定(骨盤容量減少)のために,シーツラッピ
ング,骨盤バンド,C-clamp,創外固定(ショックパ
ンツ等)があるが,ショックパンツは腹腔内出血の
悪化,下肢血流障害,骨盤∼下肢の処置ができない
等の問題があり,ほとんど用いられない。
2)動脈性出血なら大動脈遮断バルーン,TAE。大動脈
遮断バルーンカテーテルは大腿動脈から挿入し,通
常,腎動脈分岐部下で下行大動脈をバルーンを膨ら
ませて血行を遮断する方法であり,あくまで一時的
な出血コントロールで次の手が必要である。
3)静脈性出血ならタンポナーデ効果を狙ってガーゼ
パッキングを行う。
(注意点 1)外科的手術的止血法は通常行われない。
その理由としては,1)内腸骨動脈本幹の結紮術は,
豊富な側副血行を介して容易に末梢における再出血を
来す,2)また,巨大な後腹膜血腫のなかから損傷血管
を探し出し全てを修復することは極めて困難である,
3)更に,不確実な手術操作により後腹膜血腫を除去す
ることは,逆に血腫によるタンポナーデ効果を失わせ
る,などが挙げられる。
(2)確定的治療:損傷形態の詳細な把握と固定(初期治
療から継続して)
救命救急医・外科医等が担当。
Ⅰ.経カテーテル的動脈塞栓術
内腸骨動脈に対する TAE は,その優れた治療効果
から,最も優れた止血法として評価されるに至ってい
る。出血点を確認した上で直接的な止血が可能で,側
副血行を介する出血を抑制できるからである。従って,
本領域では,完全に外科的手術に置き変わった治療手
技といえる。
(1)
具体的な適応
1)単純写真により骨盤輪の破壊を伴う不安定型骨盤損
傷が明らかであり,出血性ショックに陥り大量急速
輸血・輸液によっても循環動態の改善が得られない
場合,本治療法の最も良い適応である。
2)骨盤輪後方構造の骨折は,単純写真にて検出するこ
とは容易でなく,CT を積極的に撮影すべきである。
大量の後腹膜血腫を認める場合や,造影 CT により
出血点が確認されれば,これも適応となる。
以上が一般的な TAE の適応であるが,当院での適応
を付加する。
3)初期治療でも述べたが,当院では transient responder
および non-responder で後腹膜出血に加えて腹腔内
出血,胸腔内出血のある患者でも damage control
surgeryで救命し得ない場合はTAEを行なっている。
むしろ,骨盤骨折による出血のみという患者の TAE
は,この数年経験していない。
4)適応について本音を述べると,出血コントロールが
出来ない患者は救命し得ないため,
救命救急医が1%
の可能性を信じて TAE を希望した場合は TAE の適
応としている。
5)逆に適応でない症例は CT で血腫を認めても,ガー
ゼパッキングで循環動態が安定している場合であ
(155)55
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技術教育セミナー / 出血
り,そもそも救命救急医から TAE の依頼が来ない。
(2)手技の実際
1)塞栓物質の選択
基本はゼラチンスポンジで,まれに金属コイル,マ
イクロコイルを用いる。DIC や超重症例では N-butyl
cyanoacrylate(NBCA)
を用いることが多い。
2)検査法
先ず骨盤部動脈造影を施行し,必ず下部腰椎を含め
た骨盤部全体を観察する。同時に腹腔内出血の疑わ
れる場合は,腹部大動脈造影も行う。次に,左右内
腸骨動脈の選択的造影を行う。以下,必要に応じて
選択造影,出血があれば塞栓術と繰り返し行う。
3)所見
1. 出血の血管造影像としては,造影剤の血管外漏出
像(extravasation)
が最も信頼できる直接所見。
2. 血管の断裂・偏位・スパスムなども重要な所見。
出血を示す血管は,大部分が内腸骨動脈分枝であ
り,特に重症例に多い骨盤輪後方構造の出血につ
き注意を払う。
3. 超重症例においては,腰動脈,正中仙骨動脈,下
腹壁動脈,深腸骨回旋動脈などから出血が認めら
れる場合もあるので見落とさぬよう注意を要する。
塞栓術の一般的なポイント
①塞栓は,損傷血管のみならず側副血行路となりうる
周囲の血管も共に塞栓することが重要であり,末梢
における超選択的な塞栓は通常必要としない。
②また,内腸骨動脈領域には豊富な吻合枝があること
に留意すべきであり,通常両側内腸骨動脈塞栓術を
おこなう。
③しかしながら,腹大動脈から直接分岐する血管や,
外腸骨動脈分枝領域においては,マイクロコイルを
用いた超選択的な塞栓術が必要になることもある。
④塞栓術終了後には,必ず骨盤部動脈造影により塞栓
効果を確認する。
患者を救命するための塞栓術−重症骨盤骨折症例での
実戦に必要な技術と知識
①手技・塞栓は確実に短時間で終了しえることを心が
ける(手技は素早く・迅速に)。
・重症骨盤骨折症例では,重篤な複数の合併損傷を
伴っていることが多い。従って,止血に費やされ
る時間も制限がある。
②重症骨盤骨折症例では片側大腿動脈アプローチしか
出来ないことが多く,左右どちらの大腿動脈からで
も最低限両側内腸骨動脈にカテーテリゼーション
が出来なければならない。また,腰動脈・正中仙骨
動脈からの出血も高頻度で見られるため,日頃から
親カテを用いたカテーテリゼーションの鍛錬を怠っ
てはならない。稀に上腕動脈からのカテーテリゼー
56(156)
ションも余儀なくされることもある。
③凝固障害の有無および造影所見から塞栓物質を即座
に選択できなければならない。
“ためらい”
は命取り。
−凝固障害・DIC がある場合,ゼラチンスポンジや
コイルでは出血をコントロールすることが困難で
あるため,無理だと思ったらためらわず NBCA を
用いる。また,とても側副路まで塞栓出来そうに
ない場合も NBCA 使用を考慮する。
④ショック状態では主たる出血源から塞栓する。
−カテーテリゼーションの簡単な血管から治療する
のではなく,命と密接に関係があると考えられる
出血から塞栓する。
症例
実際の症例で手技・治療を説明する
(図 3)。
【メモ 2】重症骨盤損傷では 3 時間以内に TAE を行った
場合の死亡率は 14%で,3 時間以上経ってから TAE
2)
を行った場合の死亡率は 75% 。
塞栓術後の処置
血管シースは,通常そのまま留置固定する。患者の
状態が安定してから,病棟にて抜去したほうがよい。
稀に,追加塞栓術が必要になることがあるからである。
Ⅱ.骨盤骨折に対する IVR の限界と合併症
重症骨盤損傷
重症骨盤損傷は,重篤な複数の合併損傷を伴ってい
ることが多い。従って,多臓器不全,頭部外傷などで
命を失うことも稀でない(20.8%)。骨盤内では,膀胱
損傷と直腸損傷の治療が重要である。したがって,手
技・塞栓は確実に短時間で終了する必要がある。
IVR の限界
極めて稀に,圧挫により内腸骨動脈本幹自体が閉塞
する例も経験されるが,カテーテルは末梢へは到達し
えず,現時点においては IVR の限界と考えている。ま
た,腸骨静脈本幹損傷による出血性ショックに対し,
ステント挿入を行い良好な結果を得た報告も見られる
ようであるが現時点では確立した IVR による治療法は
ない。これはその場で判断し,治療し得る最善の方法
を見出していくしかない。
IVR の合併症
内腸骨動脈塞栓術の合併症として,皮膚壊死,膀胱
障害,ED(勃起障害)などが報告されてきたが,重度
外傷自体による後遺症であるとする意見が有力である。
【メモ 3】Ramirez らの prospective study では両側内腸
骨動脈のTAEを施行した群とTAE非施行群でED
(勃
3)
起障害)が生じる割合は有意差なし 。すなわち,TAE
ではなく,損傷そのものが ED の原因と考えられる。
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技術教育セミナー / 出血
a b c d
e f g h
i
j
図 3 症例は 47 歳男性。交通外傷にて緊急搬送される。PCPS を挿入し,肝および腹腔・後腹膜内にガーゼパッキング
を行うも循環動態の安定が得られず緊急アンギオとなる。血小板は 12000 個 /㎣と凝固障害あり。PCPS 挿入後も
収縮期血圧は 50 ∼ 60mmHg と深刻なショック状態であった。ピッグテイルカテーテルを用いて腹部・骨盤部の血
管造影を行い,塞栓する出血部の順番を決める(a)。左内腸骨動脈にコブラカテーテルを進めて(b),ゼラチンス
ポンジ 2 枚で TAE 施行す るも止血は不可能であった。しかし,残された時間が少ないため,血流が遅くなったこ
とをもって同血管に対する第 1 次塞栓術を終了した。次のターゲットである右内腸骨動脈をループ法にて選択し
て(c)
,ゼラチンスポンジ 1 枚で TAE 施行するも止血不可能であった。血流が遅延したため,次のターゲットであ
る正中仙骨動脈を選択して(d),ゼラチンスポンジで TAE を行ったが止血はできなかった。深刻な凝固障害のた
め,通常の塞栓物質では止血は不可能と考え NBCA を用いることとした。NBCA と Lipiodol を 1:3 の割合で混合
したもので TAE を施行した。塞栓後の造影で止血が確認されたため,再度,左内腸骨動脈にカテを進める。この
時点で収縮期血圧は 60 ∼ 70mmHg。太い血管には NBCA は不向きなため,マイクロコイルで再 TAE 施行するもや
はり止血を得られなかった(e)
。NBCA 以外では止血不能と考え,マイクロカテーテルをコイル内に進めて NBCA
混合液にて止血した。続いて,右内腸骨動脈の破綻血管,左第 4 腰動脈(f)
,左大腿回旋動脈(g)も NBCA 混合液に
て止血した。この時点で収縮期血圧は 100 ∼ 110mmHg。次に,肝損傷による肝動脈破綻をゼラチンスポンジで TAE
し,最後に右第 4 腰動脈(h,矢印)末梢にマイクロカテーテルを進めて NBCA 混合液にて止血した。この時点で収
縮期血圧は約120mmHgで骨盤部造影にて止血が確認され(i)手技を終了した。jの矢印はNBCAとLipiodolの混合液。
この患者はその後,救命医の努力によって無事救命しえた。
(157)57
第 37 回日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」:村田 智,他
技術教育セミナー / 出血
【関連:持続性陰茎勃起症】
外陰損傷により,陰茎海綿体への血液の流出入の
バランスが失われた状態で,動脈損傷などにより短
絡が生じ,海綿体へ流入する動脈血が過剰となった
high-flow type と陰茎海綿体洞から静脈血が還流不
能となった low-flow type に分類される。理学的所見,
陰茎海綿体血液ガス分析,超音波カラードップラー
所見から,high-flow type が疑われた場合,至急血
管造影を行い,造影剤の漏出所見が認められれば動
脈塞栓術を行う必要がある。
おわりに
骨盤骨折による出血に対する IVR について述べさせ
て頂いたが,これらの技術は IVR に対する高い意識と
日頃から親カテを用いたカテーテリゼーションの鍛錬
が必要不可欠である。IVR が無理ならば外科に任せれ
ばいいと思うのは大きな間違いである。外科が無理だ
から我々 IVR 医がいるのであって我々が無理だと判断
58(158)
したとき,患者の命の灯火が消えるのである。IVR は
出血をコントロールすることでは患者にとって最後の
砦であり,IVR 医の判断が患者の運命を左右すること
を意識して IVR 医を目指す医師は IVR 道を歩んで頂き
たい。
【文献】
1)Sarin EL, Moore JB, Moore EE, et al : Pelvic fracture
pattern does not always predict the need for urgent
embolization. J Trauma 58 : 973 - 977, 2005.
2)Agolini SF, Shah K, Jaffe J, et al : Arterial embolization is a rapid and effective technique for controlling
pelvic fracture hemorrhage. J Trauma 43 : 395 - 359,
1997.
3)Ramirez JI, Velmahos GC, Best CR, et al : Male
sexual function after bilateral internal iliac arter y
embolization for pelvic fracture. J Trauma 56 : 734 739, 2004.
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出血
3.動脈性消化管出血に対する塞栓術
国立病院機構災害医療センター 放射線科
服部貴行,倉本憲明,鈴木卓也
はじめに
消化管出血には様々な原因があり,致死的な状況を
来す場合もある。そのため,患者の状態や出血の原因
に応じて,適切な治療を迅速に選択しなければならな
い。患者の状態が安定している場合においては,診断
と治療を同時に行える内視鏡検査が第一選択となるこ
とに異論はないと思われる。しかし,患者の状態が安
定しない場合や内視鏡では止血が困難もしくは不可能
だと考えられた場合は,他の治療を速やかに選択する
必要があり,その治療法の一つに経カテーテル的塞栓
術がある。
消化管出血に対する塞栓術は,IVR の中でも基本的
な手技の一つである。近年のマイクロカテーテルのさ
らなる進化によって出血部位の近傍までカテーテルを
進めることが容易となり,選択的な塞栓術を行うこと
が可能となってきた。正確な出血部位および責任血管
の同定と適切な塞栓物質が選択されれば,塞栓術の効
果は即効性があり腸管虚血などの合併症の頻度も低く
1)
なる 。
今回動脈性消化管出血の治療を中心に,術前に把握
しておかなければならない患者情報や画像診断,術中
に考慮される手技の選択肢などの私見を,症例を呈示
しながら述べさせていただく。
患者情報の把握;基礎疾患は?
消化管出血は致死的な状況になり得る疾患であり,
来院してからの血圧や脈拍などの vital sign,血中ヘモ
グロビンや血小板,凝固能などの推移を把握しつつ出
血量を推定しなければならない。一般的には経時的な
血中ヘモグロビンの低下により出血量を把握し,血小
板の低下や PT INR の上昇などで出血傾向の有無を判
断する。出血傾向が出現した患者では,ゼラチンスポ
ンジや pushable fibered coil など凝固能に依存した塞
栓物質では止血が困難になる場合があることを心にと
めておかなければならない。
患者の基礎疾患や vital sign などの臨床所見を十分
に把握しつつ併せて行わなければならない重要なこと
の一つが,出血部位および原因疾患の推定である。動
脈性か静脈性か,上部消化管なのか下部消化管なのか
を常に考えて治療に当たる必要がある。そのため,塞
栓術を行うに当たって内視鏡検査が施行されている場
合には内視鏡所見を確認しておくことが重要であり,
また,内視鏡検査が施行されておらず患者の状態が安
定している場合には,積極的に CT などの画像検査を
施行し診断する必要がある。
術前画像診断;出血部位は?
出血部位の画像診断としては,出血シンチグラフィー,
血管撮影そして CT などが用いられている。多列検出
器型 CT(multi detector-row CT;MDCT)の進歩によ
り適切なプロトコールで撮影が行われれば,出血部位
および責任血管の同定さらには原因疾患まで診断可能
(図 1)となってきている。消化管出血を疑った場合,
単純 CT と適切な造影剤量を用いた動脈相と実質相の
dynamic 造影 CT を当院では撮影している
(表 1)
。単純
CT では血腫が高吸収域として描出され,造影 CT で出
血病変が同定できない場合に有用な所見となりうる。
また,造影 CT では動脈相と実質相を比較することで,
造影剤の血管外漏出像,仮性動脈瘤,動静脈瘻などの
血管病変などの診断を行っている。
出血シンチグラフィーは動物実験においては 0.1 ∼
0.2 ㎖/min の出血を指摘することが出来る高い検出能
が特徴であり,間歇的な消化管出血でも 24 時間の間繰
り返し検査を行うことで診断が可能とされている。し
かし,実際の臨床では検出率は決して高くなく,出血
シンチグラフィー検査で陽性であった後の血管撮影に
て消化管出血を確認できたのは 44 ∼ 54%であったと
報告されている。この原因としては,出血シンチグラ
フィーで間歇的な消化管出血を診断している可能性が
言われている。
血管撮影は 0.5 ∼ 1.0 ㎖の出血性病変を描出すること
表 1 災害医療センターにおける消化管出血の MDCT プ
ロトコールおよび造影剤使用方法(使用機器 東芝
Aquilion 64)
撮影方法
単純 CT
造影 CT
動脈相 注入開始後 40 秒後撮影
実質相 注入開始後 100 秒後撮影
画像再構成 水平断像 5 ㎜スライス厚
冠状断像 3 ㎜スライス厚
造影剤使用量;体重あたり 600 ㎎I/㎏
造影剤注入速度;全量を 30 秒注入
(159)59
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技術教育セミナー / 出血
a b
c d
図 1 十二指腸出血
a : 腹部造影 CT 動脈相では,十二指
腸に血腫と考えられる高吸収域を
呈する液体貯留と胃十二指腸動脈
から分岐した露出血管(矢印)を認
める。
b ∼ d : 胃十二指腸動脈分枝から十二
指腸内への造影剤の血管外漏
出像が認められる。この分枝へ
の選択的な塞栓術は困難と判
断し,責任血管を挟むように
胃十二指腸動脈遠位部から近
位部の coil 塞栓術を施行した。
が出来るといわれ,腸管内への造影剤の血管外漏出像
を指摘することで出血部位を診断する。間接所見とし
ては血管攣縮や断裂,動静脈瘻などがあり,造影剤の
血管外漏出像を指摘できなくても,これらの間接所見
を元に治療を行わなければならないこともある。
基本手技;カテーテルはどこまで進めるか?
IVR による治療の適応は,1)保存的な内科療法に抵
抗性がある 2)内視鏡による治療が困難もしくは不可能
である 3)
ある程度患者の状態が安定している場合が考
えられる。患者の状態が不安定であり大量の消化管出
血が診断されている場合には,IVR ではなく手術を考
慮する。
消化管出血の IVR には,塞栓術以外にvasopressin 動
注療法があるが,明らかな造影剤の血管外漏出像が見
られない消化管出血病変に対して選択されることが多
く,比較的大量の消化管出血,動静脈瘻,仮性動脈瘤
などに対する止血効果はあまり望めない。vasopressin
の動注方法として,カテーテル先端を出血の責任血管
と考えられる上腸間膜動脈や腹腔動脈の近位側に留置
し,vasopressin 0.2 IU/min を持続シリンジポンプにて
投与する。20 分間の持続動注後の確認撮影にて高度な
血管攣縮の所見が見られたり腹痛が増強した場合,0.1
IU/min に減量する。止血が確認できない場合には,0.4
IU/minを上限に0.1 IU/minずつ投与量を増加し,20 分
毎に再度確認撮影を施行する。止血が確認できた場合
60(160)
には,ICUなどで厳重な観察の上同量の vasopressin を
12 時間持続投与する。さらに 12 ∼ 24 時間の間,注入
速度を半分にしての持続投与を施行し,再出血が臨床
的に明らかではない場合に持続投与を終了する。出血
が持続する場合は手術など他の治療方法を検討する。
Vasopressin 動注療法の合併症としては,高血圧,
心筋梗塞,末梢循環障害,不整脈や低ナトリウム血症
などがあり,投与中にこれらの症状が出現しないかの
確認が必要である。
塞栓物質;どの塞栓物質で,どこから塞栓するか?
血管撮影で出血部位とその責任血管が同定された場
合には,マイクロカテーテルを用いた選択的塞栓術を
考慮する。
塞栓物質の決定は,責任血管の止血ないしは血流
低下を行えるかどうか,側副血行路の血流を保てる
かどうかによる。塞栓物質には,固形塞栓物質として
pushable fibered coil,detachable coil,ゼラチンスポ
ンジなどが一般的であり,抗生剤である IPM/CS(チ
エナム)による新たな塞栓物質としての有効性が試さ
2)
れている 。また,液体塞栓物質として NBCA が使わ
れている。
胃出血に対してはほとんど内視鏡による止血術が可
能であるが,内視鏡による治療が困難な大量出血は,
血管撮影でも責任血管の同定は容易である(図 2)。出
血部位へのクリップ留置も責任血管の同定に役立つ。
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胃は一本の主要血管のみ残っていれば虚血による壊死
性変化は起こしにくいと考えられ,ゼラチンスポンジ
による迅速な塞栓が可能である(図 3)
。明らかな造影
剤の血管外漏出像を認めることが出来ない胃出血の場
合,左胃動脈をゼラチンスポンジなどで予防的に塞栓
3)
する場合がある 。これは,胃出血の原因として左胃
動脈の頻度が高いからである。
胃十二指腸出血に対する塞栓術は,十二指腸を栄養
する主たる動脈に胃十二指腸動脈の分枝である前後
上膵十二指腸動脈と,上腸間膜動脈の分枝である下膵
十二指腸動脈による十二指腸前面と後面の二重の動
脈支配が存在している事を認識していなければならな
い。いずれかの主要血管の塞栓術のみでは止血が困難
な場合があり,それぞれの血管から分枝する責任血管
を塞栓する必要がある。
Treitz 靱帯より遠位の下部消化管出血に対する塞栓
は,腸管虚血を避けるためにも辺縁動脈から分枝する
壁枝(vasa recta)を超選択的に塞栓することが望まれ
図 2 内視鏡治療中の胃出血
a : 脾動脈から胃内へ造影剤の血管外漏出像
を認める。IVR 前の患者の循環動態は不
安定であり,血管攣縮も伴っていた。
b, c : 出血部位を挟むように脾動脈遠位部か
ら近位部の coil 塞栓術を施行した。
a
b c
a b c
図 3 GIST からの胃出血
a : 胃底部大彎側に腫瘍が見られ,術後病理にて GIST と診断されている。
b : 腫瘍は胃大網動脈が主たる栄養血管であり,末梢側からスポンゼル細片にて塞栓術を施行した。
c : 他の栄養血管として,左胃動脈,右胃動脈
(画像なし)
があり,それぞれ末梢側からスポンゼル細片に
て塞栓術を施行した。塞栓術後止血が確認され,塞栓術後に胃粘膜の虚血性変化は出現していない。
(161)61
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る。当院では,塞栓物質として,straight 型の pushable
fibered coil(図 4)によるvasa recta の選択的塞栓術を
施行している(図 5)
。責任血管には複数の vasa recta が
関与している場合もあり,周囲血管の吻合状況を常に
確認して塞栓術を行う必要がある。一般的に近接した
vasa recta は,3 本までは腸管虚血を起こさず塞栓可能
ではないかと言われている。高度な動脈硬化や血管攣
縮により適切な位置までカテーテルを進めることが出
来ず,辺縁動脈から近位側での塞栓術を施行する場合
は,常に腸管壊死の可能性を考え術後の厳重な経過観
図 4 Straight 型の pushable fibered coil
Pushable fibered coil を使用可能な super-selective
type のマイクロカテーテルには東海メディカルプロ
ダクツの Carnelian PIXIEがある。細径のために血管
攣縮を起こしにくく,vasa recta を選択しやすいマイ
クロカテーテルの一つと考えて使用している。形状
のついた pushable fibered coil が通過しにくい場合
もあるが,straight 型の pushable fibered coil は容易
に通過し選択的塞栓術を行うことが可能である。
察が必要となる。また,腸管壊死の可能性がある塞栓
術しか行えないような状況であっても,緊急手術を避
ける為の塞栓術を行うことで全身状態の改善を図り,
4)
待機手術を予定することも選択肢の一つになりうる 。
このような塞栓術が術前に想定される場合には,担当
医のみならず患者に対しても十分な説明が行われるこ
とが望ましい。
また,仮に塞栓術を十分に行うことが出来ず,引き
続き緊急手術が行われる症例に対しては,出血部位を
術中に確認しやすくするためにマイクロカテーテルを
5)
責任血管に留置し術中に色素注入する方法 や,金属
コイルを留置し透視下に責任血管を確認しやすくする
方法などもある。
膵頭十二指腸切除術後などの膵液漏や感染などによ
り仮性動脈瘤が形成され,消化管内や腹腔内に出血を
来すこともある。術後においては発熱,腹痛などの臨
床所見がしばしば見られ,大量出血する前にドレーン
2)
から間歇的な出血が見られることがある 。疑われる場
合には CT による仮性動脈瘤の有無を確認し速やかに
塞栓術を施行しなければならない(図 6)。出血傾向が
出現すると,ゼラチンスポンジや pushable fibered coil
などを用いた塞栓術が困難になる場合もあり,NBCA
などの液体塞栓物質の使用を念頭に置かなければなら
ない。
図 5 上行結腸出血
a : 回結腸動脈末梢に腸管内への造影剤漏
出像が認められる。責任血管となるvasa
recta は 1 本であった。
b, c : Vasa rectaまでマイクロカテーテルを
挿入し,straight 型の pushable fibered
coil で塞栓術を施行し止血を確認した。
a
b c
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a b
c d
図 6 膵頭十二指腸切除術後,術後出血
a : 脾動脈根部に上方に突出する小さな仮性動脈瘤
(矢印)
を認める。
b : 脾動脈根部ごと仮性動脈瘤の coil 塞栓術を試みたが,coil が総肝動脈へ逸脱したために塞
栓術を終了とした。術後の造影では,わずかに仮性動脈瘤の根部が残存している。
c : ドレーンから再度出血が見られたため再度血管撮影を施行したところ,仮性動脈瘤の増
大が見られ,脾動脈塞栓に使用した coil が瘤内へ一部脱落していた。
d : 総肝動脈に coil が逸脱しないように,バルーンカテーテルにて脾動脈根部を閉塞し,仮
性動脈瘤内とわずかに残存していた脾動脈根部の塞栓術を施行した。
まとめ
消化管出血は致死的状況へ移行することもあり,全
身状態を速やかに把握しその出血部位と出血量を迅速
に判断しなければならない。そのため,患者の状態を
短時間で把握するためにも担当医とのディスカッショ
ンが大変重要となる。
また,IVR を行う際にも適切な部位から適切な治療
を行う為の迅速な判断が必要となる。仮に,IVR 中に
出血のコントロールが難しいと判断された場合には,
担当医との話し合いのもと,腸管壊死の可能性がある
ものの緊急手術を避けるための止血術を行うか,緊急
手術中に出血部位の同定を容易とするための手技を行
うかなども提示しながら最善の治療を行っていかなけ
ればならない。
【文献】
1)Ledemann HP, Schoch E, Jost R, et al : Superselective coil embolization in acute gastrointestinal hemorrhage : personal experience in 10 patients and
review of the literature. JVIR 9 : 753 - 760, 1998.
2)磯部義憲,戸矢和仁,西巻 博,他:消化管出血に
対する塞栓術.臨床放射線 51:1539 - 1546, 2006.
3)Funaki B : Endovascular intervention for the treatment of acute arterial gastrointestinal hemorrhage.
Gastroenterol Clin N Am 31 : 701 - 713, 2002.
4)Funaiki B, Kosteric JK, Lorenz J, et al : Superselective microcoil embolization of colonic hemorrhage.
AJR Am J Roentgenol 177 : 829 - 836, 2001.
5)Shapiro MJ : The role of the radiologist in the management of gastrointestinal bleeding. Gastroenterol
Clin N Am 23 : 123 - 181, 1994.
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