巻頭言 会計基準のグローバル化とわが国の責務 福間年勝 ベルリンの壁

巻頭言
会計基準のグローバル化とわが国の責務
福間年勝
ベルリンの壁崩壊以降、各国の規制撤廃により経済活動のグロー
バル化が進行し、九〇年代中頃からのIT革命の進展も相俟って、
まさにボーダーレスな活動が深化している。このような企業活動の
グローバル化の潮流の中で、財務内容の開示に関しても、企業の所
在国等に拘わらず一つの尺度で測定し、比較可能性を確保すること
が求められている。かかる観点から各国の会計基準を「単一のグロ
ーバルな会計基準」に収斂させ、透明性の高いディスクロージャー
を確保する必要性が高まり、国際会計基準審議会を中心として会計
基準の国際的統合化の動きが急速に進展している。
わが国の会計基準については、一九九六年の会計ビッグバン以降
「連結・時価・年金」をキーワードとして国際的な整合性を踏まえ
た 見 直 し が 続 け ら れ て い る が 、 所 謂 「 レ ジ ェ ン ド 問 題 」( 注 ) が 未 だ
解決されていないことからも分かるように、ディスクロージャー制
度について国際的に完全な信認を得るに至っていないというのが実
情であろう。現在も国内会計基準のレベルアップを目指して、減損
会計、企業結合会計などの導入に向けて、基準の概要、適用時期等
を巡って様々な議論がなされているが、導入に伴う損益への影響が
大きいことから、早期導入に否定的な意見も少なからずある。しか
し、会計基準のグローバル・スタンダード化には、企業の「痛み」
がつきものであり、これを乗り越えない限り日本企業の真の企業改
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革が達成できないことは論を俟たない。欧米やアジア諸国において
は既に多くの企業が国際的な会計基準を採用しているが、わが国で
も会計基準のグローバル・スタンダード化を更に推進し、透明性の
高 い デ ィ ス ク ロ ー ジ ャ ー 制 度 を 確 立 し な け れ ば な ら な い 。な ぜ な ら 、
デ ィ ス ク ロ ー ジ ャ ー を 通 じ て こ そ 「 市 場 規 律 」「 自 己 規 律 」、 更 に は
「 コ ー ポ レ ー ト・ガ バ ナ ン ス 」が 三 位 一 体 と な っ て 有 機 的 に 作 動 し 、
企業改革の達成が可能となるからである。
ところで、会計基準以外にも、グローバル市場に対応したルール
の策定が各界で進行している。例えば、金融の世界では一九九〇年
よりBIS規制が導入され、更に二〇〇五年より自己資本比率規制
の新たな枠組みの導入が検討されている。また、家電業界でも世界
規格の策定が進んでおり、JIS規格と異なる世界標準規格が欧米
主導で作られた結果、輸出ができなくなった商品があると聞いてい
る。これまで、わが日本企業は、その柔軟な対応力ゆえに如何なる
ルールにも迅速に順応できるとの自負心から、国際ルール作りは人
に任せておけば良い、との考えがあったのではないだろうか。しか
し、公共のインフラであるルール作りに参加せず利用だけするとい
う態度は、世界第二位の経済大国の態度としては好ましくなく、経
済活動のグローバル化の中で、わが国の利害に関わる国際的な枠組
み作りに参加し、具体的に提案し、ルールを共に作り、そのルール
に従うことを行動規範にすべきだと考える。
幾多の問題を抱えながらも、わが国はなお、千四百兆円に達する
個人金融資産を有し、世界最大の債権国である。英国、米国という
過去の債権大国の歴史を紐解けば、その時代の債権国、経済大国が
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金融・資本市場におけるディスクロージャーのルール、市場取引の
ルール策定をリードしてきたことが分かる。特に金融・資本市場の
中核をなすディスクロージャーのルール策定において、世界最大の
債権国の立場から必要な投資情報の開示を求め、それを国際会計基
準に反映するための建設的な意見を発信することは、債権国として
のわが国の権利であり、責務でもあると思う。
バ ブ ル 期 に わ が 国 は ジ ャ パ ン・ア ズ・ナ ン バ ー ワ ン と 持 て 囃 さ れ 、
我々のルールが世界に通用するとの錯覚に陥ってしまったが、バブ
ル崩壊に足を取られている間に香港、シンガポール等アジアの金
融・資本市場に比し、ディスクロージャー、証券決済インフラ、コ
ーポレート・ガバナンスの在り方等において遅れを取ってしまった
ことは率直に認めざるを得ない。
国際会計基準委員会の評議員の一員として、最近は海外の市場関
係者と話をする機会が格段に増えたが、このような機会を持てば持
つほど、ディスクロージャー制度の整備に関する彼我の姿勢の違い
に愕然とすることも多い。わが国の資本市場がこれらの国々との国
際競争に打ち勝って行くには、ファーストクラスの会計基準、ディ
スクロージャー制度をはじめとして更なる市場のインフラ整備に努
めなければならない。証券界をはじめとして、発行者である一般企
業を含め市場関係者は、市場活性化に向けた努力を日々重ねてはい
るが、特にこのディスクロージャー制度の整備については、より強
い危機意識をもって、改革のスピードをあげていかねばならぬと痛
感している。
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( 注 )「 レ ジ ェ ン ド 問 題 」 と は 、 一 九 九 九 年 三 月 期 決 算 か ら 、 日 本 基
準で作成された財務諸表の英文監査報告書に、ビッグ・ファイブの
監査人が「当該財務諸表は日本基準で作成されており、国際的には
必 ず し も 有 効 で は な い 」旨 の 注 記( レ ジ ェ ン ド )を 付 し て い る 問 題 。
(常任理事 三井物産顧問)
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