「道徳の時間」の充実に向けて

第 30 号
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「道徳の時間」の充実に向けて
指導主事 齊藤 誠
道徳教育は変革のときを迎えています。しかし、
教育活動全体を通じて、道徳教育を進めることや
道徳教育の要である「道徳の時間」を通して生徒
一人一人の道徳性を養うことは、変わりません。
次の事例から「道徳の時間」の充実のために大切
なことは何か考えてみます。
勤労・奉仕について考える授業でした。ボラン
ティアに取り組んでいる登場人物の心情の変化に
視点を当て、話合いが進められました。授業前半
から、心に強く思うことがあることをうかがわせ
るAさんがいました。指名され立ち上がると、きっ
ぱりとした声で「(ボランティア)は上から目線
ではだめだと思ったから」と発表しました。本時
のねらいの核心を突いていました。資料のどの部
分からそう考え、発言の背景にはどんな体験があ
るのでしょうか。
ワークシートに考えを書き込み話し合う授業で
した。Bさんは「おばあさんのことを心配に思っ
ているけれど、行動できないことを悩んでいる」
と書き込みました。ところが、「この次こそ、お
ばあさんのためになる行動ができるようになりた
いと思っている」と発表したのです。なぜ考えを
変えたのでしょう。誰のどの発言がきっかけに
なったのでしょうか。
この事例から、生徒の考え方や感じ方は、多様
で奥深く繊細なこと、生徒の価値観や体験等の内
面に根差していることが見えてきます。また、教
師の手立てや学級の雰囲気によって、変容するこ
とも明らかです。道徳的な価値の自覚を深めるに
は、言葉はもちろん、表情や態度等の非言語によ
る表現も、
その生徒なりの『心の声』と捉え、しっ
かりと耳を傾けることが大切です。
「道徳の時間」の充実のヒントやコツは、互い
の『心の声』を尊重する関係性の中でこそ発見で
きるのでしょう。週1回の「道徳の時間」を丁寧
に積み重ねながら、学級全体に『心の声』が響き
合うよう取り組みたいものです。
(東部教育事務所)
平成27年3月
富山市千歳町1−5−1
富山県中学校教育研究会
浅井 純子
金山 泰仁 先生
「道徳の時間」が「特別」になるように
部長 浅井 純子
「道徳の時間が 50 分もちません」「自分の教科
は教えることがあるけれど、道徳は生徒がすでに
分かっていることを聞いているように思うのです
が」いずれも2年目の教師の声である。
道徳の授業に悩むのは決して若手教師だけでは
ない。「自分と生徒の1対1の言葉のやりとりで
終わってしまう」「生徒同士の話合いが深まらな
い」いずれも中教研の道徳部会で課題として出て
きた多くの部員が抱える悩みである。
24 年度からの研究の中で、生徒が考えを書い
たり語り合ったりするなどの表現する場面を適切
に設定し、教師と生徒、生徒と生徒、そして自分
自身との対話が深まるような活動内容や発問を工
夫することにより、ねらいとする道徳的価値に迫
る授業が展開できるよう実践を進めてきた。
しかし実際には、授業におけるねらいが不明確
であるために、資料分析や生徒の実態把握が不十
分となり、教師と生徒の1対1の問答に終始する
ことや、ペアやグループで話し合う場面において
も、考えが深まらなかったり全体に広がらなかっ
たりすることが見受けられた。
西部地区大会の際、授業力向上アドバイザーで
ある横山利弘先生にその悩みをぶつけてみた。
「教
師自身が道徳的価値を本当に理解していなけれ
ば、生徒の考えは深まらず、また道徳的に自覚さ
せることもできない。例えば『思いやり』とは、
相手がしてほしいことを相手に気付かれないで行
うことと捉えているか。」教師が内容項目をどの
ように捉え、どこまで資料分析をしているのか、
生徒の発言にどう切り返すのかと突きつけられ、
自分たちの考えの甘さを改めて認識させられた。
折しも中央教育審議会は小中学校の道徳の時間
を「特別な教科 道徳」(仮称)として教育課程
上に位置付けるよう答申した。道徳の時間が、生
徒にとっても教師にとっても、真の意味で「特別」
=「すばらしい」時間となるよう、一層の研鑽を
積んでいきたい。
(富・呉羽中)
― 道 ― 1 ―
第58回 研究大会報告
東 部 地 区 魚津市立西部中学校
東部地区研究大会では、研究主題を踏まえ、3
学年で3つの授業が行われた。
〈1学年〉作田 恵美 教諭
主題 公徳心 4-(2)
資料 「無人スタンド」
導入と終末で「私たちの道徳」を用いる授業が
展開された。
「公徳心」や「社会連帯」という言
葉の理解を深めることでねらいとする道徳的価値
に深く迫れるよう工夫がされていた。
授業後の協議会では、「私たちの道徳」の使用
方法、中心発問や授業の流れ、教材の選択・活用
は適切だったか、ということについて協議した。
福満弘信指導主事からは、登場人物の気持ちに
なって考えたり、第三者として客観的に見たりす
るなど、発問の視点を工夫することで、生徒の本
音が出るきっかけとなり、自分のこととして捉え、
考えることができるとの助言をいただいた。
〈2学年〉亀田 大和 教諭
主題 きまりを守る 4ー(1)
資料 「二通の手紙」
朝読書の時間を活用して資料を事前に生徒に読
ませておき、本時では、自分で他と考え話し合う
時間が十分に確保された授業が展開された。教師
の的確な切り返し発問により、生徒の深まりある
発言を引き出す工夫がされていた。
部会協議では、ねらいとする道徳的価値に深く
迫る授業をするためには、教師が資料の読みを深
めることがいかに大切かという意見交換が行われ
た。
土井和哉指導主事からは、実態に応じてワーク
シートに書くことは必要だが、個からペアやグ
ループ等の小グループへ、そして全体へと自分の
考えを表現することも大事であるとの助言をいた
だいた。
〈3学年〉佐藤 宏樹 教諭
主題 勤労、社会への奉仕、公共の福祉
4-(5)
資料 「加山さんの願い」
ねらいに迫りやすい教材の選択、学びを深める
ための座席配置や導入の工夫があり、生徒が終始
集中していて、
活発に意見が出された。終末には、
「私たちの道徳」の価値項目に当たる部分を範読
し、さらに教師の体験を語ったことで、一層ねら
いに迫ることができた。
齊藤誠指導主事からは、次のような助言をいた
だいた。
・道徳の時間は、教師と生徒が共に学び、みんな
で思いを出していくもの。唯一の正解はない。
・学びを深めるためには、仲間の意見をしっかり
聞くことが大切である。教師も「生徒の言葉の
真意を曲げない」という意識をもつことが必要
である。
・発達の段階に応じて、資料の活用の仕方を熟考
する。
・授業のねらいが、「心情」か「判断力」か「実
践意欲と態度」かを意識して、授業を組み立て
なければならない。
部会協議②では、富山市道徳部会が「私たちの
道徳」の活用実践例を提示した。「導入と終末で
の活用」や「同じ資料で異なるページの活用」
「道
徳の時間以外での活用」等、授業の展開や道徳以
外の場面での活用に工夫がみられた。
これらの実践を通して、生徒自身の心の成長を
容易に見ることができた反面、副読本との併用や
3年間の積み重ねの困難さ等の課題が残されたと
のことであった。
協議会では、実践例をすぐに活用したいという
意見も出たが、「私たちの道徳」のカリキュラム
の工夫について、地域を越えて共有できればよい
という意見も出された。
齊藤誠指導主事からは、
「私たちの道徳」は、ノー
トとしてだけでなく他教科とのリンクや様々な場
面での活用が期待され、生徒のためにいつでもど
こでも活用できるのものであることを理解して研
修を積むべきであると、助言をいただいた。
雨宮 正洋(滑・滑川中)
遠藤 利恵(中・雄山中)
窪喜 妙子(富・速星中)
― 道 ― 2 ―
〔研究主題〕 社会集団との関わりの中で、人間としての生き方を見つめ、共に豊かな心を育み、
よりよく生きようとする生徒を育てる道徳の時間はどうあればよいか。
~ねらいとする道徳的価値に深く迫ることのできる教材の選択と活用~
西 部 地 区 南砺市立福光中学校
西部地区研究大会では、研究主題を踏まえ、3
学年で3つの授業が行われた。
意しておくことの大切さを助言していただいた。
また、この価値項目では、家庭との連携を大切に
〈第1学年〉 小谷 篤史 教諭
して実践に取り組むと、より効果が得られるとの
主題 誠実な行動と責任 1-(3)
助言もいただいた。
資料 「裏庭でのできごと」
〈第3学年〉 堀内 隆志 教諭
主題 きまりを守る 4-(1)
導入では「私たちの道徳」を用いて、道徳的価
資料 「二通の手紙」
値の自覚に向けての動機付けがされた。また、中
心発問では、ワークシートを用いて書く活動が取
同様の資料「元さんと二通の手紙」との比較分
り入れられ、自己理解を深め、自分にとっての課
析をし、ねらいに迫るために適切な発問が吟味さ
題を明確にする上で、効果的であった。終末では、
れていた。授業は、導入部分で、「旭山動物園」
生徒同士がのびのびと感想を述べ合う場面がみら
の入園規則を見せたり、中心発問や終末でワーク
れ、日頃の学級運営の成果が感じられた。
シートに自分の考えを書かせたりするなど、生徒
筏井朋美指導主事からは、「資料の選択と活用」
における留意点、道徳的価値の自覚を深める3つ
が興味・関心をもち、主体的に考えるための手立
てがなされていた。
の理解、道徳的価値を自分のこととして振り返る
砂土居良江指導主事からは、紛らわしい価値と
場の設定、書く活動の役割(学習の個別化、自己
の区別に留意して授業構成に臨むこと、道徳の時
理解の深化、可視化による意見の比較、自分の課
間に深めたい3つの理解(「人間理解」
「他者理解」
題の明確化、教師による生徒の深まりの把握)等
について指導助言をいただいた。
「価値理解」)、書く活動のもつ役割、主題の解明
に当たって大切にすべきこと、教科化への流れに
ついて等、指導助言をいただいた。
〈第2学年〉 荒木 真美 教諭
主題 家族の深い愛 4-(6)
今回の研究授業では、どの学年も座席がコの字
資料 「美しい母の顔」
型に配置され、互いの表情を見ながら活発に意見
感動的な資料で、資料の範読の段階から涙ぐむ
を交換する姿がみられた。道徳の時間は、生徒と
生徒もみられた。授業は、発問が精選され、生徒
教師、生徒同士の信頼関係の上に成り立つ。生徒
にじっくりと考えさせる時間が確保されていた。
の実態やねらいに沿って資料を精選し、活用を工
また、教師は生徒に寄り添って一人一人の発言を
夫することの重要性と、安心して本音を語り、互
十分受け入れ、教室内に広げていた。日頃から道
いを高め合える学級の雰囲気づくりの大切さを改
徳の時間を大切にしながら学級運営をしているこ
めて感じた。
とが分かる授業実践であった。
小谷内ゆかり(氷・灘浦中)
唐島 里佳(砺・出町中) 桜野栄子指導主事からは、発問に対する生徒の
反応を予測し、授業を深める切り返しの発問を用
― 道 ― 3 ―
(第58回西部地区大会での講演要旨)
「『私たちの道徳』
を
授業力向上アドバイザー
どう使うか」
前関西学院大学教授 横山 利弘 先生
【
「私たちの道徳」の使い方】
【道徳の時間の授業構成】
「私たちの道徳」は、学校や家庭、地域で使うこ
教師が資料を分析する際に、
「①誰が変化したか」
とが可能である。学校では道徳の時間以外に、学
「②自覚を促す大きな出来事は何か」「③自覚する
級活動や教科の学習で使うことができる。家庭に
ところは資料のどこか」の3つのポイントを確認
持ち帰って一人で考えたり、家族と話し合ったり、
しておくと授業を進めやすい。教師は多様な生徒
自学自習に利用することもできる。各学校で年間
の意見と広がりを受け止め、考えを発言した生徒
指導計画や全体計画を作成して、掲載資料を学年
をほめる事が大切である。ただし、広がりすぎる
によって選択するなど、主体性をもって「私たち
と深まりが浅くなる。そこで、多様な考えの中か
の道徳」を活用することが望ましい。
ら手がかりとなるものを見付け、ねらいに迫る道
徳的価値について考えを深めさせたい。教師自身
【道徳の時間の授業展開】
が道徳的価値を本当に理解していなければ、生徒
生徒は道徳の時間で学習すること(内容項目)
の考えは深まらず、また道徳的に自覚させること
を学習する前から知っている場合が多い。例えば
もできない。例えば、「思いやり」とは、相手がし
「決まりを守ること」や「友達と仲よくすること」
てほしいと思うことを相手に気付かれないように
を生徒は知っている。そのため生徒の考えや意見
行うことである。また、資料の文章の中から手が
を深めることが難しい。
かりとなる部分を抜き出して生徒に問いかけて深
また、生徒は心で思ったことをうまく表現でき
ない場合が多い。生徒の心に寄り添い、生徒の気
めていくことは、教師が資料を深く読むことでよ
り深まるのである。
持ちを教師が代弁することが大切である。例えば、
何かに打ち込み続けていた生徒が「もうやめた」
【資料のタイプによる発問の工夫】
と言ったとき、「どうしたの?」と教師が問えば、
資料によっては、発問の順番を入れ替えた方が
教師と生徒の間に距離ができる。まずは「悔しいね」
よい場合がある。例えば、「美しい母の顔」では、
と、生徒が最初に感じたであろう気持ちを教師が
きれいな顔、美しい顔が対比されている。そこで、
代弁することが望ましい。
「読み終えた直後に、突然中心発問をする」「生徒
の感動が薄れる前に、最後の場面から発問する」
【道徳の時間の目標】
「感想を先に聞く」等の工夫も効果的なことがある。
私たちが道徳的価値を自覚するのは、そのこと
資料のパターンによって発問の順序や方法を工夫
について考えざるを得ない出来事に出合った瞬間
することを研究してみるとよい。
である。例えば、健康の大切さは理解していても、
本当の健康のありがたみは病気にならないと自覚
できない。大きな出来事を経験したことでその後
の人生が変わり、生き方の立て直し(ビフォア&
アフター)が起こる。道徳教育は心を育てるもの
であり、大きな出来事となる部分を子供にじっく
りと考えさせることが重要である。
― 道 ― 4 ―
唐島 里佳(砺・出町中)