本書の目的と活用法

著者プロフィール
1975 年神戸大学を卒業し,同大学院へ進学。1977 年公認
著書紹介
『財務会計講義 第₁₆版』(中央経済社,2015年)
会計士試験第 3 次試験に合格。現在,同大学院経営学研
究科教授。博士(経営学)。公認会計士・監査審査会委員,
企業会計基準委員会・収益認識専門委員会委員ほか。主
要著書に,『財務会計講義(第 16版)』(中央経済社,2015
年),
『財務諸表分析(第 6 版)』(中央経済社,2015年),
『会計情報の有用性(体系現代会計学第 3 巻)』(中央経
済社,2013年,伊藤邦雄教授と共編著)など。
ています。
本書の目的と活用法
私の勤務校では,「財務会計」は学部の 2
年次生や 3 年次生を主要な受講生として想定
公認会計士試験や税理士試験の合格を目指
し, 1 回90分×最大15回の講義による 2 単位
す多くの人々が,私の著書『財務会計講義』
の科目として開講されています。多くの学生
を熱心に読んでくださっていることを非常に
が,先行科目の会計学基礎論や入門レベルの
嬉しく思います。しかし,私は決して本書を,
簿記をすでに履修しているため,本書は商工
資格試験のための受験勉強用に出版したわけ
会議所簿記検定の 2 級合格者のレベルを前提
ではありません。自分が勤務先の大学で毎年
として執筆しました。
開講する「財務会計」の講義を能率的に進め
この本の内容を,重要な論点だけに絞って
るための教科書とするのが本書の目的でし
説明するとしても,90分× 15回弱の講義で語
た。財務会計講義という書名もこれに由来し
り尽くすのは至難の業です。したがって,教
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2015.9
公認会計士
編集部による著者紹介 税理士・会計士受験生のバイブル『財務会計講義』の著者。ゼ
ミからはこれまで多くの会計士・税理士を輩出している。『会計利益情報の有用性』(千倉
書房,1₉₉1年)で日本会計研究学会太田・黒澤賞,日経・経済図書文化賞を受賞。
先に読んでおけば,あとから詳細事項を付加
ないというのが最大の制約条件であり,限ら
することで,勉学をよりいっそう能率的に推
れたページ数の中で,どれだけ多くの内容を
進できるはずです。本書のカバーに記された
簡潔に詰め込むかが重要な課題になっていま
「資格試験に最適の基本書」というフレーズ
簿
はまさにこの意味なのです。
記
す。現行の第 16 版の本文は 416 ページありま
すが,これは2011年に出版した第12版から変
わっていません。新しく解説を追加してもペ
本書の読み込み方
ージ数が増えないように,既存の解説を取捨
選択して削減しているのです。
このため,本書には解説されていない論点
多くの読者に本書をわかりやすく読んでい
が少なからずあります。デリバティブは債券
ただくために,本書の記述には次の 3 つの工
先物取引(106~109頁)と為替予約(406~409
夫が行われています。⑴できるだけ多くの仕
頁)しか説明されていませんし,リース取引
訳と仮設数値例を盛り込むこと,⑵議論の全
も借手企業の処理(195 ~ 198 頁)だけが解説
貌を図表で示して論点の位置づけを明らかに
されています。したがって,本書だけで,資
すること,⑶会計基準の規定内容だけでなく
格試験の出題範囲を網羅的にカバーすること
規定が設けられた理由も考察することの 3 点
はできません。
がそれです。本書を読む場合には,これらの
そんな不十分な書物を,資格試験の受験勉
強の中でどのように位置づけて活用すればよ
工夫から最大限の効果を引き出せるような読
み込み方をしてほしいと思います。
いのでしょうか。本書の特徴は,限られたペ
第 1 の,仕訳と数値例による理解の促進
ージ数の中で重要な論点が抜け落ちないよう
は,財務会計という学問が特徴的に持ってい
にするため,枝葉末節を思い切ってそぎ落と
る勉学上の最大の利点です。取引の仕訳を考
し,必要最低限の事項に限定した解説が行わ
えることで,その取引の経済的効果を的確に
れていることです。したがって,本書の内容
理解できたという実感を,皆さんはこれまで
の習得は,受験勉強を完成するための十分条
何度も経験してきたはずです。理論問題と計
件でなくても,必要条件であるといえるでし
算問題を別のものとして考える人がいます
ょう。
が,これは解答が文章と数字のいずれで求め
本書で解説されていないトピックスも含め
られているかの違いだけであり,本質的な区
て,資格試験の出題範囲を網羅的にカバーす
別ではありません。文章で記述された会計基
るには,減損会計や退職給付会計など,会計
準の意味は,仕訳や仮設数値例を通じて,よ
の各分野ごとに 1 冊ずつ出版されている専門
りいっそう明確かつ具体的に理解できるよう
書か,それらを整理した解説教材にチャレン
になるでしょう。
ジする必要があります。しかし,最初からそ
この効果を狙って,本書にはできるだけ多
のような方法で勉学しようとしても,どこが
くの仕訳と仮設数値例を盛り込みました。そ
重要なのか,初学者には判断が難しいでしょ
の典型例は,区分開示が必要なセグメントの
う。必要最低限の知識だけを解説した本書を
決定問題(392 ~ 394 頁)です。本文に文章で
2015.9
税 理 士
科書としては,これ以上はページ数を増やせ
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書かれた会計基準を先に読んでから,設例 20
計規定の内容に加えて,その規定が設けられ
を解くことで規定の内容を正確に理解し,再
た理由まで踏み込んだ考察が行われていま
び文章の規定へ戻って再確認するというよう
す。理由を理解することの重要性は,本稿の
に,本文の解説と仮設例を何度か行き来し
最後で改めて指摘します。
て,本書を読み込んでいただきたいと思いま
す。
会計の勉学のおもしろさ
本書の第 2 の工夫は,理解を促進するため
の図表を,必要に応じて提示していることで
す。たとえば,販売基準・生産基準・回収基
準の相互比較(123 頁),その他の包括利益の
リサイクリング(301 頁),連結会計主体論と
連結会計処理の関係(330頁)などの図表をみ
れば,本文中の解説が議論の全貌の中で何を
論点として取りあげており,どれを選択すれ
ば結論がどう変わるのかなど,見通しのきく
理解が促進されるはずです。
本書の図表はいずれも,私が自分の講義内
容を受講者にヨリ良く理解してもらうため
に,約 30年にわたって積み重ねた試行錯誤の
産物なのです。図表が提示されているトピッ
資格試験に合格して職業専門家になった後
に求められる能力の 1 つに,企業の経営者や
経理部の人々との上手なコミュニケーション
があります。そのためにも試験合格後は経済
専門の新聞やビジネス雑誌の記事に目を通す
ようにすることが重要です。
財務会計の勉学を長く続けていると,自分
がそのようなビジネス記事を読みつつ,無意
識のうちに仕訳や財務諸表への影響を考えて
いることに気がつきます。このことが記事の
内容を,よりいっそう深く理解するのに有利
に働くのです。
クスについては,図示された全貌の中での各
たとえば現在,法定実効税率を引き下げて
論点の位置づけを確認しつつ,本書を読み込
企業活動を活性化する経済政策が推進されて
んでください。そうすれば視覚を通じて,重
います。法人税等の税率の引下げが,中長期
要な論点をしっかりと記憶の中に定着させる
的には企業利益の増進をもたらすことは自明
ことができるはずです。
ですが,短期的には一部の企業で税引後利益
第 3 に,本書では会計基準の規定内容を紹
介するだけでなく,その規定が設けられた目
的や理由,および規定の遵守によって達成で
きるであろう効果を積極的に考察するように
工夫しています。つまり,本書の解説は,
howよりもwhyを論じることに重点を置いて
いるのです。たとえば会社法が株主宛の会計
報告や配当制限を規定する理由( 6 ~ 9 頁),
概念フレームワークによる基準設定が優勢な
理由(54~60頁),資産評価基準が混合的であ
る理由(87 ~ 88 頁)など,本書の各所で,会
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の引下げという悪影響が生じているとの報道
がなされたりします。税率の引下げが,なぜ
税引後利益の減額をもたらすのか,財務会計
の知識がなければ,この現象を直感的に理解
するのは困難かもしれません。
しかし,税効果会計の知識があれば,これ
は何ら不思議なことではありません。将来減
算一時差異に乗じる税率の低下により,繰延
税金資産の金額が小さくなるから,その資産
減少分だけ税引後利益が減額されるのです。
また最近は,受注したインフラ工事の収益
2015.9
公認会計士
☆人気授業を誌上体験☆ 本号特集「簿・財 1 年合格を目指すために」
(p.27~)では,
並木先生が初回の講義でお話されている内容を基に受験生に覚えておいてほしいことをま
とめました。 1 年合格を目標に掲げている方は,ぜひ一読してみましょう。
計上を,工事進行基準で会計処理していた某
税 理 士
社の不適切会計がジャーナリズムを賑わせて
おり,その手口を詳述した記事には,工事原
価総額の過少見積りによって,これが実行さ
簿
記
れていたと報じられています。工事原価総額
を過少に見積もれば,なぜ工事収益が過大に
計上されるのか。これまた財務会計知識がな
ければ,理解が困難です。
しかし,工事進行基準による収益計上額
が,
[工事収益総額×
(発生した工事費用÷工
事原価総額)
]として算定されることを知っ
学部ゼミでは90分×25回で本書を隅々まで勉学します。
ていれば,工事原価総額を意図的に過少に見
たり意見が対立していたりするケースが頻繁
積もると,工事進捗率が大きくなる分だけ,
に見られます。
工事収益額が増えるのに連動して,利益捻出
そのような問題に直面した場合に役に立つ
につながることを容易に理解できるのです。
のが,会計基準を構成する個々の規定が設定
こんな僅かな実例を考えただけでも,ここ
された理由に関する知識です。規定の設定理
に会計の勉学のおもしろさがあるのがわかり
由に関する理解があれば,会計処理に関して
ます。財務会計の知識は,ビジネス社会で生
明示的な規定がない取引や事象に対しても,
起するさまざまな現象を,よりいっそう深く
類似規定の理由を当てはめたり類推適用する
理解しようという知的好奇心をかき立ててく
ことによって,的確な判断を下すことができ
れるのです。
るはずです。すなわち,規定の内容だけでな
く,理由を深く理解しておくことにより,知
将来に活かせる知識を習得するために
資格試験に合格すると,その勉学の過程で
自分が身につけた知識を将来に活かすための
基礎を形成できたと考えて間違いはありませ
識の応用力が飛躍的に拡大するのです。
会計基準の各規定が設定された理由の考察
を重視して解説を行っている本書の勉学が,
将来に活かせる知識を習得するために役に立
つことを願っています。
んが,自信過剰は禁物です。会計基準を周知
していても,その知識だけで実務で直面する
すべての問題を解決できるとは限らないから
です。資格試験で出題される問題には,必ず
正解が 1 つだけ存在するという顕著な特徴が
あります。しかし,試験合格者が将来の実務
で直面する問題については,どう会計処理す
るのが正しいのか,合意が存在していなかっ
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