金属・量子井戸ヘテロ界面における動的共鳴現象

金属・量子井戸ヘテロ界面における動的共鳴現象
松井
裕章 (東京大学工学系研究科)
近年、貴金属表面上に励起される表面プラズモン(自由電子のコヒーレント振動)を用い、金属・
半導体ヘテロ構造における光電機能の研究が注目されている。それは、半導体層の(電子・正孔キ
ャリア励起)の生成効率の向上に対し、金属ナノ構造近傍に生じる局在表面プラズモンの強い光電
場の活用が提案されている。故に、金属と半導体間の動的なエネルギー移動の解明は重要な研究課
題である。しかし、このダイナミクスは、局所ナノ空間で生じる光学過程のため、詳細な物理的起
源は依然として不明な点が多い。
本研究では、超短波パルス光及び近接場光を用い
Extinction (a.u.)
井戸内の励起子と、ナノスケールサイズの金属ナノ
構造近傍に共鳴誘起される局在表面プラズモンと
の動的共鳴現象に関する諸特性の解明を実施した。
ZnO/Cd0.08Zn0.92O 量子井戸は、パルスレーザー堆積
PL intensity (a.u.)
成した(図 1(b))
。図 1(a)-1(c)から、金属ナノ粒子と
酸化物量子井戸ヘテロ構造を形成させた。更に、図
1(d)の Ag ナノ粒子の減光度スペクトルから、ナノ粒
(e)
象の評価に適する。量子井戸内の励起子発光の時間分
解分光(TRPL)は、Ti: sapphire の 2 倍波 (λ = 400 nm)
2
2.5
3
T = 10 K
Ag-coated QW
0
1
2
Decay time (ns)
3
図 1 (a) Ag/CdZnO QW ヘテロ構造の断面 TEM 像。(b)Ag ナノ
粒子と量子井戸表面間のヘテロ界面の断面 TEM 像。(c)
Ag/CdZnO QW の走査型 TEM (STEM)像。(d) Ag ナノ粒子に
起因する減光度の大きさ(赤線)と、量子井戸からの発光スペク
トル(黒線)。(e) uncoated と Ag-coated QW 試料における発光強
度の時間依存性(発光寿命)。
及びフォトンカウンティング計測を行った。図 1(e)
変化が見られた。これは、量子井戸内の励起子エネル
ギーが金属ナノ粒子にエネンルギー伝達されたこと
を示唆する。量子井戸内の電子・正孔対の再結合過程
が、金属ナノ粒子の存在に強く影響された。図 1(c)
から、2 種類の指数関数(発光寿命:τ1 及びτ2)を用
いて表記される。Ag ナノ粒子が無い領域(緑)の発
光寿命は、τ1 = 0.27 ns 及びτ2 = 2.1 ns である。10K に
Effective lifetime (ns)
は、量子井戸内の励起子発光の 10K における発光寿
命特性を示す。金属ナノ粒子の存在に伴い発光寿命に
3.5
uncoated QW
子表面上に励起される局在表面プラズモン(LSP)に
一致する。故に、プラズモンと励起子間の動的共鳴現
(d)
Photon energy (eV)
(Ag)のナノ粒子構造も同様に、PLD 法を用いて形
基づく光吸収が観測され、量子井戸からの励起子光と
PL
1.5
(PLD)法を用いて作製した(図 1)。一方、銀金属
PL intensity (a.u.)
uncoated QW
Ag-coated QW
た時空間分光計測技術を用いて、 ZnO 系単一量子
τ eff =
0.5
0.3
0.1
( I1τ 1 + I 2τ 2 )
( I1 + I 2 )
W/O Ag layer
With Ag layer
10
100
Temperature (K)
図 2. CdZnO 量子井戸における有効発光寿命(τeff)の
温度依存性とプラズモン共鳴の影響。
10
ps 程度され、数ナノ秒の長寿命成分は、励起子
8
(a)
の存在する領域の発光寿命は、τ1 = 0.24 ns 及びτ2
= 1.7 ns を示し、長寿命成分において Ag ナノ粒
子の影響が顕著である。
図 2 に、
有効発光寿命(τeff)
の温度依存性を示す。測定温度の上昇に伴い、発
光寿命の差異は小さくなり、75K 以上で消失した。
75K 近傍では、励起子が局在性から非局在性に転
移する温度領域に相当する。故に、量子井戸内の
励起子と局在表面プラズモン間のエネルギー共
鳴は、局在励起子再結合が重要な役割を果たすこ
Decay rate (ns)-1
局在性の関与が示唆される。一方、Ag ナノ粒子
6
4
kPL, metal
kPL
2
10
100
Temperature (K)
LSP – SQW energy transfer rate (ns)-1
おける ZnO 単結晶の励起子再結合寿命は、約 100
101
(b)
kNR
100
kR
kET
10-1
10
100
Temperature (K)
図 3. (a) 量子井戸内の励起子発光における減衰レートの温度依存
性。(b) 金属ナノ粒子の局在表面プラズモンと量子井戸内の励起
子間のエネルギー移動レートの温度依存性。
とを明らかにした。
図 3(a)は、有効発光寿命より見積もった減衰レートを示す。更に、図 3 に、エネンルギー移動レート
(kET)、輻射(kR)及び無輻射の減衰レート(kR)を示す。量子井戸から局在表面プラズモンへの kET は、kET = kPL
metal
- kPL から見積もった。図 3 より、kET の温度依存性は、kR の温度依存性と類似する結果は、量子井戸
から局在表面プラズモンへのエネルギー移動が、励起子の輻射再結合過程の温度域において可能となる。
つまり、低音域で観測された強い励起子発光抑制は、励起子の輻射再結合が支配する温度域にて発現し
た結果を支持する。量子井戸から金属ナノ粒子へのエネルギー伝達に必要な時定数は、約 1.2 ns-1 である。
また、量子井戸と金属ナノ粒子の光相互作用が可能な空間距離は、約 40 nm であった。従って、金属・
半導体ヘテロ構造におけるプラズモン・励起子間の光結合の存在を明らかにした。
謝辞
本研究に関して、第 2 回及び第 3 回 DYCE 公開シンポジウムにおいて、DYCE に参加されておられ
る諸先生方との交流・議論によって得られた。
参考文献
[1] H. Matsui, W. Nomura, T. Yatsui, M. Ohtsu and H. Tabata, Optics Letters 36, 3735-3737 (2011).