平和統一NEWS第83号 発刊

FPU第 16 連合会(兵庫・岡山・鳥取)
F P U 第 16 連合会
(兵庫・岡山・鳥取)
機 関 紙
第 83 号
月刊 平和統一 NEWS
F P U 第 16 連合会
〒650-0022 兵庫県神戸市中央区元町通 7-1-2
ネオアージュ神戸元町 1001 号
TEL.078-360-0757 FAX.078-367-4323
HP:http://fpuhg.main.jp/
E-mail:[email protected]
第 4 回平和統一原理 ONE
HU
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第 83 号
発行 FPU 第 16 連合会
発行人 文 聖 純
2015 年 7 月 1 日
DAY セミナーが開催されました。
前回のセミナーである「堕落論」から、論理を発展させ「人類歴史
の終末論」に進んだ今回の講義が 2015 年 6 月 20 日(土)に神戸市
JR 兵庫駅前の勤労市民センターにて「平和統一 ONE DAY セミナ
ー」として第 1 講座、第 2 講座に分けられて開催されました。講師
の安川孝明先生は冒頭に原理講論の諸テーマである「メシヤの降臨と
その再臨の目的について」、
「復活論」、
「予定論」、
「キリスト論」等の
思想、哲学をパワーポイントにて表示され、この思想、哲学を持つ宗
教団体が果たして世上に流布されている多くのメディアが取り上げ
たカルト集団なのかと問題提起され「再臨のキリストを探して」を主
題とした 17 分間の動画を写されました。
先ず何よりも「文鮮明総裁は再臨のメシヤとしての多くの事例から
鑑みて条件を充分に備えていること」、
「一日も早い民族の悲願である
祖国の統一を願って努力してきたこと」、
「世界が戦争という名のもと
に費やしているお金で、日韓トンネルを含めて、全世界を一日の生活
圏に結んで世界平和実現のプロジェクトを願われたこと」
、
「祝福結婚を通して人類、文化、国境、宗教の壁を飛
び越えることを願われたこと」を理路整然と簡潔に語られました。
参加者には初めて参加された在日の姿が多く見受けられました。この講義が初めての参加者にとって文鮮明総
裁の説く平和思想として映っているに違いありません。何故なら他のいかなる政治団体、宗教団体といえどもこ
のように確固たる信念を持っているグループは存在しないのです。
神がアダムとエバを創造されたように文鮮明・韓鶴子総裁御夫妻を神が用意されたと結論されました。
そして「真の愛」とは心を満たす栄養でもあると述べられて「家庭教育」についても明快な指針を出されまし
た。また、終末とは地上地獄から地上天国に変わる時を言うのであり、現代が即ち終末であるという事を認識し
てほしいと語られたのが印象的でした。初めて参加された方々の感想表明があって閉会となりました。次回は「復
帰原理について」7 月 25 日(土)に開催することになりました。
FPU岡山県本部は岡山県平和大使協議会と共催で、6月14日、15日の二日間に亘り、22
名(内在日が5名)が参加して、国交正常化を記念する第8回日韓トンネル視察ツアー(唐津・
長崎)を行いました。
今回のツアーでは、夫婦で参加したカップル、親子で参加した
カップルにはより大きな恩恵を感じるツアーになり、文鮮明総裁
が提唱された韓日・日韓トンネル推進の啓蒙活動が、在日の和合
だけでなく、夫婦・親子の和合に大きな役割を果たせたことを再
確認することができた。
毎回、ツアーに参加されている元民団県本部婦人会会長(鄭采
蓮顧問)は、絶対に民団の役員達を連れて行きたいと、帰岡後、
改めて感想を語られた。90歳を越えるお年で今回初めて参加さ
れた在日女性は、観光で長崎の急な坂道を長時間歩いたにもかか
わらず、ツアーから帰ってからもとても元気で、神様の恵みを感
じるし、また来年も行きたいと話された。
一日目は、唐津に到着早々、豊臣秀吉が朝鮮出兵した時の歴史
を中心に展示が行われている名護屋城博物館と名護屋城跡を訪ね、
その後、日韓トンネルの調査斜坑を訪ねた。大久保所長から韓日・日韓トンネ
ルを通すことの意義について分りやすく説明を受けた。そして、元気のある参
加者は歩き、足に自信のない参加者はカートで斜坑の最先端まで下り、トンネ
ル掘削に取り組んできた実態を体験することができた。二日目の観光では、長
いキリスト教の歴史のある長崎を訪問、浦上天主堂、日本26聖人(その一人
は、最年長者であった岡山・備前出身のディエゴ喜斎)記念像、26聖人を祀
った大浦天主堂、世界遺産登録が議論されているグラバー邸、そして、明治維
新に大きな影響を与えた坂本竜馬が長崎で拠点とした亀山社中を訪ねた。26
聖人や、その後の隠れクリスチャンたちの言動や信仰、明治維新に命を懸けた
志士たちの歩みからも多くのことを学ぶことができた。
平和統一聯合
Federation
for
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««««««««««『平和統一』メッセージ»»»»»»»»»»
国を愛せない者は
神の国も愛することが出来ない
あんた達を見てみなさい。じっとしてもそうだ。何か、何か不安である。あんた達、心もそうじ
ゃない。(そうです)そうじゃないの!だから不安な立場に立っておるその者達がね、日本人から見
た場合には劣っておる立場だよ。これはおい、おい、おい!日本人は、国としてもアジアの民衆と
しても、歴史をとどろかしてきた実績を持つ日本人としてバアーンと胸を張って。びくともしない
んだとしておるんだけど、あんた達はそれに比べて不安な立場、まだ足場が無いような立場である。
そう見た場合に、かえって日本人がある目的に向って信じられる立場に立ち、先立つかもしれない
よ。それは理論的だよ。君達が後になるかもしれない。
どうだ、おい、僑胞の若者よ!どうです?(厭です)厭というんじゃないよ。良いか悪いかという
ことを聞くんじゃないんだよ。どうです?(違います)日本人は、統一教会の為に一人で一日何万円
稼いで余りあるね。血を流し、汗を流し、涙ながらにも日本復帰、或いはアジアを救う為に、先生
の後をついていく為には多くの冒険をなしている多くの者がいる。それに勝る韓国人になれるか、
先生は疑わざるを得ない。
どうです?‥‥さあ答えていこうよ。そうじゃないと話されないよ。そうしたら座ってしまうよ、
ウン?(なります)先生が聞けば答えなければならないじゃない。その為に、こういうように招待し
て来たんじゃない。厭でも仕方無い。
先生は考えるんだね。先生は今迄韓国の多<の者に迫害されてきた親玉だ。その韓国民族の血統
を受け継いだ者達ではあるんだけれども、この日本の地に於て、それはもう貧しい苦しい生活をや
ってきた一面から見た場合には、本国の韓国人とちょっと違う。違うんだから、この僑胞だけは日
本人に勝って信頼する者になり得るや。どう?(なります)女の子はどうだ?(小さく、なります)え
い、そういうような答え方では信じられません。
涙ながら、涙ながら鼻を、よだれを、唾をかけながら死ぬ場まで絶対信じていくと誓った者だと
しても、現に一人も先生の前に残らない現状を見ておるのに、あなた達がそういう形式にも満さな
い立場で「やります」と言っても、信じられます?そういう立場で信じられるの、オイ!(信じて下さ
い)女というものはそもそも信じられませんよ。そうだよ!そうだよ女は、みんな女が‥・(判読不
能)・‥・。
何か因縁になっているようにして、なぜ叱るのか。それは、あんた達は韓国の僑胞だ。いいたい
話がある。どうです?不動の一念でもって目的に向って誓った者は、首が飛んでも、生命を懸けて
もそれは当然の道として堂々といかれる者は幾人ぐらいいるや!先生は疑わざるを得ない。どうで
す、行きます?(はい)どこに行きます。韓国に行きます?どこに行きます。
今アメリカを始めとし、世界各国に統一教会の信者がおるのだけど、アメリカでは何処の誰々が
先頭に立って走っている、といった色々な報告を受ける。それで又、ああ一日本の統一教会の勇士
においては、こうこうこういう内容の活動をしておるという報告を受ける。さあ、僑胞の統一教会
はどうだろう。まだ報告を受けていない。崔さんは口が、心のパンチがものすごいね。で、鼻に匂
いをぶっかけながら語るんだから。そういうふうにして聞いているんだがね。実際あんた達を見て
も、本当にそういう者になったかというと、信じられるか!どうだ!どうです?(信じられます)あ
んた、日本人みたいな顔してるね。(いえ韓国人です)そうか、オイ!(はい)統一教会に入る前には、
日本人の振りをしたかったんだろ、卒直に言え!(はい)先生は分っておる。韓国が監獄になってし
まっておる。
1975年5月12日 杉並にて
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FPU兵庫結成 10 周年記念大会に李成権駐神戸大韓民国総領事を招聘して盛大に開催さ
れました。
初夏の爽やかなひと時の 2015 年 6 月 13 日、神戸市・JR新長田駅前のピフレホールにおいて、FP
U兵庫結成 10 周年記念大会を在日 1 世 2 世を中心に、各界の諸兄姉 400 名の参集を得て、盛大に開催
されました。
10 周年を記念す
るにふさわしく、最
初に「天父報恩鼓」
(少年少女 6 名)によ
る素晴らしい笑顔で
の太鼓の音が会場に
響き渡り、続いて韓
国の民族遊合芸能の
楽器ともいえる鐘
(ケンガリ)、太鼓
(チャンゴ)による
「チングドゥル(親
舊達)」の夫婦が息の合った熱烈なる演奏で幕を開けました。
二組の素晴らしい演奏終了後、司会の吉村仁六神戸支部長により、開会宣言が成されました。
主賓・来賓の紹介の後、陸泰昊 FPU 第 16 連合会常任顧問の激励辞で「平和の根幹は真の愛であり、
それによって
南北の平和統
一は成し遂げ
られる」と熱
く語られまし
た。
結成 1 周年
記念大会(当
時は民団兵庫
県本部団長)
より毎回ご出
席いただいて
いる白永熙在
日本大韓民国民団兵庫県本部常任顧問は「年々、FPU兵庫が発展してゆく姿が頼もしく思える。一層の
発展を期待している」と祝辞を述べられました。
文聖純 FPU 第 16 連合会/兵庫会長代行が代表挨拶として、「僑胞と言う在日は、国籍があっても祖国
がなく、本籍があっても故郷がなく、親戚があっても面識がない、不憫な在日を文鮮明総裁は地球上に祖
国を持たない神様の淋しい心情と照らし合わせて、見てくださいました」と述べられました。
ビデオ上映は「FPU兵庫の歩み」として結成大会から 9
周年記念大会までの映像、そして第 10 期の活動内容が映し
出されました。まさに感激深い歴史的絵巻物でした。
福田秀樹事務局長によって、活動方針が発表され、参加さ
れた会員の
承認を得ま
した。
第 2 部は、
李成権駐神
戸大韓民国
総領事によ
る記念講演
に移りまし
た。テーマは「統一問題と日韓関係」でした。
在日の韓国・朝鮮人の日本における政治的・経済的・
社会的側面を明らかにすることを不可分とする問題を有
している現今であるだけに、李成権駐神戸大韓民国総領
事の此の度の「統一問題と韓日関係」はまさに時宜にか
なった講演会となりました。
さらに 1965 年に日本と大韓民国との間の国交が樹立されて 50 年、同化や差別といった社会問題も
内包しているこの日本での現象を総体的に把握した多方面からの問題提起であり、示唆でもありました。
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そして李成権総領事は「神戸に総領事として赴任してから 3 年間における最後の年となり、本日の結成
10周年記念大会で祖国の統一の事柄と、日本と韓国間に横たわる諸問題について語らせていただくのは
実に身に余る光栄です」と感慨深く述べられました。
総領事は淀みのない説得力のある優
しい流暢な日本語で全体に難解な統一
問題を理解しやすい口調で日韓の外交
問題をからめて説明されました。南北の
統一の基本理解から統一の方法、形は一
つではないという事から語られ南北統
一への問題の性格、複雑さと統一に対す
る韓国国民の認識に対しての論評が印
象的でした。それは 30 代、40 代以下
の無関心で統一に対する否定的な考え
方への払拭に努力すべきだのと語りは
会場内全体に大きな共感の想いを共有
させました。
「統一は何もしなくても良い」という考
えは、非未来的であり、民族の苦悩を何
一つ理解しない卑怯な考え方であるこ
とがはっきりとしました。
南北の統一は日本に最大限のメリッ
トを与えるものであり、韓日両国は切っても切れない
関係であることを認識し、「遠くの親戚より近くの隣
人の様な関係を結び、韓日関係を良くすることが統一
につながるのです」と結語されました。まさに「歴史
の事実」に対してあまりにも無知・無関心であっては、
日本、朝鮮、韓国の友好な関係を築くことが出来ない
のです。
講演終了後、総領事へ李玉姫平和統一聯合岡山本部
会長より、感謝の花束贈呈がありました
第 3 部として「天芸団」の韓国舞踊、金美淑さんに
よる格調高い韓国民謡、韓国婦人会による韓国の歌が
披露されました。その後、素晴らしい絵画などの景品
が当たる楽しい抽選会がありました。
抽選会終了後、降ろされた緞帳の前に登場した先山
茂樹・韓 静 旼の御夫婦がそれぞれの民族衣装で、韓国語と日本語で金亨根(김 형근)氏がこの日の為に作
られた「あなたと私は一つの血筋、一つの民族であった」という詩の朗読が、感動を呼びました。これは
将来の理想像でもありました。詩の朗読が終わろうとする時に緞帳が上がり、華やかな衣装で整列してい
た韓国婦人の中に主賓・来賓も登壇して手をつなぎフィナーレの「統一の歌」を合唱しました。
曺小煥 FPU 兵庫副会長/臨済宗東福寺雲水による閉会の辞と「在日の和合と共生」、「祖国の平和的統
一」、「北東アジアの平和と繁栄」を願っての億万歳三唱があり、FPU兵庫の 10 周年記念大会がつつ
がなく終了いたしました。
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司会をする吉村仁六神戸支部支部長
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天芸団の舞い
韓国婦人による『美しい国』の合唱
金美淑氏の韓国民謡
金亨根氏がこの日の為に作られた詩を
先山茂樹・韓静旼日韓の御夫婦が朗読
恒例の抽選会
フィナーレ 統一の歌の合唱
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『朝鮮民族の美』というテーマで“ウリキョレ出会いの水曜会”主催により5月2
7日、金哲央先生をお迎えした大阪国際交流センターでの講演会に参加しました。
朝鮮総連出身の金先生は、名古屋
大学哲学科出身の博士にも関わらず、
幼い時から美術と韓国の骨董品に関
心があり、その間、沢山の研究をさ
れ朝鮮総連の新聞に連載した内容の
30点余りを詳しく説明されました。
部門別に、韓国の陶磁器、仏像、
木工品、民画、近代絵画などの作品
の一つ一つを詳細に説明されました。
韓国の白磁器の微妙な味、17世
紀の作品として白色は太陽の光として私達の民
族の道徳に合う色で、愛情が宿った白衣民族を象
徴して朝、昼、夕方で表情が変わる密美の世界を詳しく説明されました。青磁は日帝時
代に日本人が、ほとんど日本に持ち帰ったので、高麗磁器は殆どが日本にあると言われ
ました。民画家として私達が良く知る金ホンド、申潤福、鄭鉄等を紹介し、近代絵画家
として金グアンホ、李快大などの画家を紹介されました。
特に金グアンホと李應魯の作品の世界を強調されました。懇親会で、朝鮮総連の人々
は李應魯画伯が、朝鮮大学で教鞭生活をされたことがあって、その方の話を多くされま
した。
金グアン木氏の作品としては“해질녘”が有名で、李應魯の作品としては、「群衆」
が有名であると語られて、講演会が終了しました。
李應魯作『群衆』
PEACE ROAD 2015 in Japan出発式が京王プラザホテル東京において開
催されました。
2015年6月22日、新宿京王プラザホテルにおいて日韓
国交正常化50周年の記念日に、宋龍天平和統一聯合諮問会議
議長、徳野英治平和統一聯合中央本部常任顧問、大塚克己平和
統一聯合中央本部会長、韓国から趙明哲韓国国会議員が参加す
る中、PEACE ROAD 2015 in Japanの出発式が開催
されました。その中で、趙議員の祝辞を紹介致します。趙議員
は北朝鮮を亡命した方です。
「私の故郷は平壌です。今日、多くの人々が、統一を信念の
ように当然視しておられます。しかし、今、朝鮮半島が統一す
る事が出来なくて痛みを感じられる方は、果たして何人いるで
しょうか? 家族が何日かだけ離れても胸が痛く感じますが、
韓国では一千万人の離散家族がおられます。解放70年になる
中で、10年たつと江山も変わると言いますが、7回も山河が変わったにもかかわらず、今、何も変わっ
ていません。韓国で、“기러기 아빠”は会いたいんであればいつでも飛んで行って会えるが、最も近い所
にあって自動車でわずか数時間行けば会えるにもかかわらず、会えずにいるのが残念な現実です。最近、
北朝鮮に捉えられていた12万人の国軍捕虜がもう何百人しか残っていないという残念な便りも聞こえま
す。南北分断により経済事情が歪曲されて、片方ではダイエットすると大騒ぎし、片方では1回の食事も
摂れない人が居る事を解決していない現実があります。民族の半分が飢え、痛く感じているのにどうして
私達がこの痛みを無視できますか? 大韓民国の方だけではこれ以上、解決されないと思います。世界の
良心が立ち、国家が立たなければいけないと思いま
す。平和統一聯合の出発当初は微小だったが、今回
のPeace Roadで120ヶ国の人々が走る
と聞きました。全世界で、私達の痛みのわかる国が
何カ国になりましょうか? 政府にだけ任せる事は
出来ません。この世界に最後に残されている分断の
悲劇を終結させなければなりません。平壌に私の兄
弟と子供がいるが、この痛みを皆さんが一緒に感じ
てくださったことを深く感謝申し上げます。そして、
この中心で指導してくださる文鮮明・韓鶴子総裁に
もう一度深く感謝申し上げます。韓日両国は過ぎた
日の過ちを悔いて家族と共に未来に向かって、今後
50年、新しく出発することを願って日本の皆さん
の苦労の前に心より感謝申し上げます」と語られま
した。
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『韓国うたコンテスト』が神戸新聞社松方ホールにおいて、2015年6月20日
(土)に開催されました。
最初に李成権神戸総領事の挨拶がありました。この『うたコ
ンテスト』は2010年に初めて開催され、今年で6年目を迎
えました。
1部は予選を勝ち抜いた一般参加者15組が、出場して素晴
らしい歌声を披露しました。
2部は、歴代の受賞者達1
1組が自慢ののどを披露しま
した。
参加者たちは、素晴らしい
韓国語の発音と歌唱力で思う
存分自らの力を発揮しました。
歌を通じて韓日両国の友好
を深め、相互理解を促進するこの『うたコンテスト』は、熱い声援と共に
韓日国交正常化50周年に記念すべき1ページを刻みました。私達平和統一の役員たちも観客席から熱い
声援を送り、共に楽しいひと時を過ごしました。
全国連合会 会長事務局長会議が、東京・新宿において開催されました。
宋龍天平和統一聯合諮問会議議長
を迎えて、全国連合会会長事務局長会
議が6 月13 日に東京のAP西新宿
4階ルームIで行われ、役員ら28名
が参加しました。宋議長は、統一運動
全体についての説明や世界情勢を踏
まえて、平和統一運動への激励の言葉
を語られました。続いて、大塚克己中
央本部会長より全体報告と地方役員
紹介、姜京姫韓国婦人会長による挨拶
と今年度の婦人会の計画発表、木南章
良主任研究員より平和統一研究会に
ついての報告がなされました。 そし
てPeace Road 2015 in Japan 運
営について、宋幸哲事務総長から説明
があり、現場との質疑応答の時間を持
ちながら、実務を進めました。 その後、長年の平和統一運動の功績を讃え、韓昱洙中央本部筆頭副会長に
功労賞が送られ、その後、今回役員職に就かれた方々に任命状が手渡されました。
2日目は、新宿において松田幸士 PEACE ROAD 2015 in Japan 実行委員会事務局長、菊谷清一U
PF事務総長を迎えて説明がありました。
続いて、東方益光総務局長より会員拡大と運営状況、阿部恒広報文化局長より機関紙『平統解放』の活用、
一般社団法人訓民正音グローバル協会より韓国
語教育の報告や検定試験について、末永喜久子
理事長、李鍾仁事務局長から説明がありました。
その後、参加された3人の会長団からそれぞ
れ挨拶が行われ、各連合会の様子やご自身がた
どってこられた人生の一端を伺うことができま
した。続いて、今年11 月7 日に開催予定のサ
ムルノリコンクールについて、尹致重第11 連
合会事務局長と阿部広報文化局長から発表、茂
木福美次長から北朝鮮ツアー参加、地方の3人
の事務局長からPEACE ROAD 2015 in
Japan の企画内容、上半期の活動報告、会員拡
大の視点でのプレゼンが行われ、最後に大塚会
長による総括がなされ2日間の日程を終えまし
た。
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韓国民話
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阪神支部支部長 尾道 宗継
斎(チェ)書生は南山(ナムサン)の麓に立って夕日に輝いている漢川の水を眺めていた。真っ赤に充血
したその目から涙が流れていた。
「今更、どんな面目で故郷に帰って家族の顔を見ることができようか!」
斎書生は懐から長い絹の手ぬぐいを取り出し、片方を絶壁の上に立っている松の木の枝にかけてもう片方
を自分の首に巻き始めた。「母上、お許し下さい!」
震える声でむせび泣いた後、彼は静かに目をつぶった。彼が首をつろうとした瞬間、切羽詰ったような叫
び声が聞こえてきた。
「ちょっとお待ちになってください!」
斎書生は目を開けて声の主を見上げた。美しい女性が近づいてきていた。彼女は優しい言葉で斎書生をな
だめた後、近くに自分の家があるのでそこに行って少しお食事でもなさってはいかがですかと誘った。その
女人の家は一抱えもある大樹がうっそうとしている森の中にあり、かなり大きな構えの瓦屋根の屋敷だった。
その女人は身も心もつかれきっている斎書生を温かい食事と酒でもてなし、ぐっすりと一眠りできるように
夜具まで準備してくれた。厚かましいと思いつつも絹の布団の中に入った斎書生は緊張と疲労が同時に緩ん
だのかぐっすりと寝入ってしまった。漢陽に来て以来、久しぶりに味わう安らかな眠りだった。斎書生は没
落した両班の末裔で科挙に専念してきたのだが、何度も試験に落ちてしまったのだ。十年の間続けて試験に
落ちたため財産を食いつぶし、針仕事で内助をしてきた妻が過労が重なって亡くなると、食事もろくにでき
ないほどになってしまっていた。彼は今度の試験にすべてをかけていた。ところが結果はやはり落第だった。
最後の望みまで消え去ってしまうと彼は生きる意欲さえ失ってしまったのだ。絶望の淵から抜け出すには死
ぬしかないと思われた。彼は南山に登って故郷の空のほうを眺めながら老婆と家族たちに別れの挨拶をした
後、死のうと決心したのだ。
斎書生の身の上話を聞いた女人は自分も年若くして夫と死に別れて寡婦になり、何度も死のうと決心した
が生きながらえてきたと言った。そして、しばらく自分の屋敷で過しながらこれからの生活を考えてはどう
かといった。同病相哀れむというのか、その日から同じ屋根の下で暮らすようになった男女は急速に親しく
なり、遂には深い情を交わす中になった。斎書生はこの世に生まれてやっと幸福とは何であるかを知ったと
思い、自分にそんな幸せを感じさてくれた女人に感謝した。今はもう彼女なしにはひとときも生きていけな
い気がした。
ある日、女人は彼に一度故郷に行って来てはどうかといいながら旅費を目の前に差し出した。甘い愛の生
活に浸り、時間が過ぎていくのにも気づかなかった彼は、やっと貧困に喘いでいる老母や家族のことを思い
出した。そういえば死んだ妻の忌日も近づいていた。彼は自分をめざましてくれた女人の心遣いに感謝しな
がら、名残惜しげに何度も振り返りながら故郷に向った。
家族が死んだのか生きているのかも分からないまま、一人で贅沢をして暮らしをして来たことに罪悪感を
感じて気後れしながら故郷の家に足を踏み入れた彼は意外にも老母や家族たちから歓迎された。彼らは健康
そうに見え、表情も明るかった。
「お前のお陰で私たちは楽に暮らしているよ」
老母の言葉に面食らいながら家の中を見回していた斎書生は驚いた。昔の古びていた藁葺きは綺麗に整え
られて新しい家のようになっている上に、物置には米俵が積み上げられていた。「これはいったい、どうし
たことですか?」「お前が送ってくれたお金で家も修理したし、米も買ったんだよ」
老母の話を聞いて初めて斎書生はすべてのことが女人の心遣いだと分かった。
妻の法事を終えて、彼は急いで漢陽に向った。少しでも早く女人に会いたくて一時も休まず急いだおかげ
で、日が暮れる頃にはもう漢陽の町に足を踏み入れていた。彼がナムテリョン峠を越えている時、一人の老
人が林の中から歩み寄ってきたかと思うと、彼の前に立ふさがった。「これこれ若い人、これ以上先に行っ
てはいけない」真っ白な髪を風になびかせながら立っている老人の姿はちょうど仙人を連想させた。「御老
人はどなたで、どうして私の行く手を遮るのですか?」「亡くなられた君の父上と私はいっしょに修学した
同門だった。乱れた世間に愛想が尽きて世俗間と因縁を切って久しい。ところが昨晩夢に君の父上が現れ、
死の淵に立っている息子を助けてくれと私に頼み込んできたのだ」「父上が……」老人は頷くとキラキラと
した目で斎書生を眺めた。
「私の言うことをしっかりと聞きなさい。君が会った女人は人間ではなく妖怪だ。
千年を生きたムカデの化身なのだ!」
「何ですって?」
「君を食い殺すために百日の間、骨折っていたのだ。
今晩は君が死ぬ日になるだろう」斎書生は呆れてしまった。あれ程魅力的で心の優しい彼女が自分を食い殺
そうとしているとは、到底信じられない話だった。「そんな馬鹿げた話をなさるなんて、これ以上続きを聞
くわけにはいけません」彼は腹を立てると老人は不憫だという風に笑った。「君の父上との義理を考えて災
難を免れる方法を教えてあげようとしたのだが……、その女人がムカデだという証拠を見せてあげると私の
話を信じるかね?」「そうしましょう」
斎書生が応じると老人は目を光らせながら近づいてきた。
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雲水(くもみず)の行方や何処(いずく)なるらん
~韓(から)くに雲水の旅・わが美しき故郷よ
第 83 号
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再び相見るすべもなし~
FPU 兵庫副会長
元臨済宗東福寺派 京都総本山東福寺 塔頭 即宗院
曺 小 煥
父の故郷である昌寧郡の郡立博物館に近隣の密陽市長と到着したのはつつじが満開に咲き誇る季節の頃であった。
前もって連絡がしてあったのか博物館長は「よく来てくれました」と館長室に招き入れてくれ、1 時間にわ
たる対話となった。話題は当地の先史時代の加耶の歴史探訪から統一新羅時代に及び賑やかであった。
父の故郷(本貫)は洛東江を背景にして先史時代より、部族国家が形成されて多くの歴史遺物が至る所に残っ
ている昌寧伽耶・曺氏の古城・故地であった。
密陽市長と訪れた昌寧博物館には、昌寧の歴史が一目で見られる展
示館で先史時代から伽耶時代に昌寧地方で出土された遺物240種、
718点が展示されていた。
最も心が引かれたのは博物館中庭に安置、展示されている『昌寧新
羅真興王拓境碑(国宝第33号)』と表示してある石碑であった。その
文字は日本からやって来た私にもたやすく判じ、読めるものであった。
私なりに学んだ結果であった。
新羅時代の真興王が伽耶国を占領して西暦561年に建てた碑で
あり、その時代は日本では継体天皇から聖徳太子の高祖父に当たる欽
密陽市の出発を前に市長からの激励
明天皇の頃であった。解説板によると、こうも書かれていた。この村
の村境に当時のものが7基あったが1912年(韓国併合の2年後)鉄
道工事の時、石材として使うために日本人が碑石を破壊し、現在では此の一基のみであると記されていた。何
とむごいことよ、と思わずには居られなかった。文化を奪うという事は実にあっけなく簡単な事なんだと改め
て思い知らされた。
その夜は館長の自宅で泊めていただいた。家族の一人一人が私に挨拶をしてくれた。7人家族の全員が2,
3日滞在されてはいかがですかと勧めてくれた。大学生の長女は日本語を学んでいて6年になるという。私と
は日本語で会話が出来た。
「スニム、日本に帰国後文章を書く時に私の事を書いて送って下さい」と頼まれた。
その夜は家族の人達の『温かい心情』を噛みしめながら眠りに付いたが、郷愁そぞろに迫り来て眠れるはず
はなかった。
夜が明けてきた。日曜日の朝である。密陽市長の案内で昌寧の名所、旧跡を訪ねて廻った。まさしく父祖の
地を訪ねる旅ともなったのである。何といっても在日コリアンのそれも貧しい身の上であった。私の母は臨月
の身で日本へと、嫁ぎ先の昌寧から、自身の生まれた故郷である密陽を通過し、釜山を経て関釜連絡船に乗っ
て下関に到着している。私も今、此の地に来て、此の年令になってやっと「涙の連絡線」の言葉の哀しい意味
が理解できた。
両親が下関に着いて、3日後に私が産まれたという。両親はその後、
ついに故郷の昌寧や密陽の土を踏むことなく日本で亡くなった。
村の公民館に5~6人の村の古老が待っていてくれていた。やがて
おじさんの家があるらしいとの事で村人が車を走らせ、私たちが乗っ
た密陽市のバスはその後を追った。期待を持っていった先には、今は
別の人が住んでいた。
1950年6月25日の朝鮮戦争の始まりで(韓国動乱)多くの村人
が戦争に巻き込まれて犠牲になったそうだ。おじさん一家は20年位
前に釜山に引っ越したとのことであった。しかし、そこにある建物は
父母が結婚式を挙げた場所だと村の古老が教えて呉れた。
曺小煥副会長の父母が結婚式を挙げた家
私はその古い、時代を秘めた歴史を感じさせる頑丈な建築物に向か
って両手を合わせて祈りを捧げた。
74年目にしてやっと父や母の故郷の土を踏んだのである。その姿に皆が涙した。
「わが美しき故郷よ、再び相見るすべもなし」一期一会とはいえ私の胸の内は望郷の思いが遂げられたことと
相まって張り裂けんばかりであった。「会うが別れの始め」とはよく言ったものだ。酒が飲めて、酒があるなら
気分良く酔ってこの「故郷」というものと別れたい思いだ。
その後、市のはからいで父祖の土地で古城のあった所へ行くことが出来た。その土地は日本政府によって接
収され、戦後は米軍のキャンプ地となり、現在は韓国政府の管理で、立ち入り禁止の鉄条網(有刺鉄線)がして
あって入れなかったので一番大きな松の根っ子に両親・兄・妹の遺骨を埋め(散骨し)て、その古城を離れた。
故郷の地に3日間滞在した。北に向かって歩く私の為に密陽市役所では出発式を執り行ってくれた。市長が
直接、私の手を取ってねぎらってくれた。まだ若々しい市長はことに私に親しく挨拶をされた。今回の密陽市
の意味も大いに理解出来た。74年目にして初めて父祖の故郷を訪ねた同胞への温かい配慮があったのである。
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FPU第 16 連合会(兵庫・岡山・鳥取)
月刊 平和統一 NEWS
第 83 号
『日本国家は如何にして平和の民が住む朝鮮半島を侵略、植民地としたかを学ぼう』
申 日 東(元章)民族学校教職歴22年 神戸市在住
国家と民族に忠誠であった朝鮮国王妃、閔妃(ミンピ)を女官もろとも暗殺するという事件が起こされたあ
と、親日派であるにもかかわらず高官の李完用に銃剣を突き付け脅迫して結んだのが 1910 年の日韓併合条約
です。識者なら明白なる無効な契約、条約でした。日本政府は国際法に照らしても合法的条約だとの見解です。
植民地朝鮮半島を足掛かりに支那事変を起こし、中国までも飲み込もうとして、この人こそ本当の中国(清
国直系の王子ですと愛親覚羅・溥儀という人物を担ぎ出し満州国という広大な傀儡国家を建国し、台湾まで植
民地にしました。同時に中国の愛国的指導者、張作霖を日本軍が 1928 年に暗殺したのもこの時期でした。そ
の様な野望を持った日本帝国がロシアと戦争を行い、勝利した直後、朝鮮半島を植民地としたのです。植民地
化するや否や日本政府は朝鮮から収奪を行いました。ほとんどの民衆が先祖代々の土地を奪われて日本に流れ
来たのもこの時期で、「タヒャンサリ(他郷暮らし)」の涙の始まりでした。
それ以上に特筆すべき事は、朝鮮人労働者の苛酷な労務搾取による(金、銀、鉄、石炭)などの地下資源は
勿論の事、(米、麦、大豆)等の農作物も(魚、貝、海藻)の海産物の収奪で朝鮮人は飢えにさらされました。
その収奪物資を運び出すために、労働奉仕、
賦役(無賃金労働搾取)で京釜線(釜山~ソ
ウル間の鉄道)等や道路、港を建造し、毎日
数百トンという想像を絶する収奪物資を港か
ら船で積み出しました。それでも飽き足らず
金属製の(スプーン、スッカラ、食器、箸)
まで収奪する一方朝鮮人を徴用し低賃金で九
州、北海道の炭鉱などで重労働をさせました。
(今の殆どの在日はその子孫です)
。
日本は潤いに潤い、国費で留学生を欧米に
出し科学文化を取り込みました。
一方、軍備拡張(軍艦、戦車、飛行機、爆弾
製造)をして戦争の準備をしました。
朝鮮でも、1900 年代に入って国内は王政
(封建主義)を打倒し近代的民主国家建設の為の啓蒙運動が盛んでした。
(甲午農民戦争、指導者鄭峰準)(後に
天道教になる)等々日本の明治維新を思わせる運動が盛んでした。その矢先を突いて日本が朝鮮を植民地にし
たのです。
故に日韓併合の初期から反日運動が盛んに
叫ばれ 1919 年パゴダ公園で朝鮮人学生が数
万人の朝鮮人群衆の前で声高らかに独立宣言
を読み上げました。(東京の朝鮮人留学生が起
草したもの)
キリスト教、仏教等全ての信者が総団結、
農民もこれに呼応して、三千万朝鮮民族の殆
どが「朝鮮独立万歳」と叫びながら朝鮮独立
を要求しました。
日本の官憲は、朝鮮人群衆をその場で逮捕
しました。その教訓もあるや無しで日本軍国
主義は自分達の野望を成就させるため満州国
という傀儡国家を建国しました。
そして満州から朝鮮に劣らないほどの資源
を収奪しました。中国の台湾も朝鮮同様の植
民地にしました。中国でも反日を叫ぶ国民の
声が日毎に高くなってきました。
「大東亜共栄
圏」あるいは「五族協和」の旗印は、朝鮮民
族を塗炭の苦しみに追い込んだように真っ赤
なウソ、偽りでした。
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FPU第 16 連合会(兵庫・岡山・鳥取)
安倍首相のキエフ訪問
月刊 平和統一 NEWS
第 83 号
京都大学名誉教授・FPU京都会長 渡辺 久義
安倍首相が、ウクライナのポロシェンコ大統領を訪問したという 6 月 7 日のニュースは、私を一瞬どき
りとさせた。これが安倍さんの自発的行動とはとうてい考えられないから、これはアメリカのおそらく強要
に近い要請によるものであろう。せりふも報道による限り、ロシアの、力による領土の「現状変更は認めな
い」という、米政府とその従僕政府(vassal governments)の主張そのままである。これは我が国もまた
ワシントンの従僕国であることを、改めて世界に確認させる行動であった。何とも残酷である! いま世界
で一番会いたくない人は、ネオナチとしてアメリカに利用され、米主導のクーデタによって政権についたポ
ロシェンコのはずである。私はせめて安倍さんには、
「ミンスク合意」を守って戦争をやめるように、彼に
言って欲しかったが、報道による限り、言わなかったようである。
世界がどの程度これを問題にしたか知らないが、少なくとも RT(ロシア・トゥデイ)は報じなかった。
日本の“独自の働き”など、そもそも誰も期待していないということなのか?
もちろん不満はあるが、安
、、、、、、、
倍さんの行動を責めることはできない。誰が首相でも、安全のためには同じことをしたであろう。現在のワ
シントンが正常な状態でないことは、観察していれば誰にでもわかる。
「狂気」「悪魔的」といった言葉が、
今の米政府を評する普通の言葉になっている。要するに“キチガイに刃物”状態で、何をするか分からない
のだから、国民の安全のためには言うことを聞いておくのが賢明である。それはひどい、そんなことはない
だろうという人があれば、最近の我々のブログ www.dcsociety.org をちょっとでも覗いていただきたい。
十分に納得できるはずである。
もし私の推測が当たっているなら、今の米政権が、ガキ大将の本性——アメリカの exceptionalism と美
名で言われる——をむき出しにして、子分である日本の忠誠心を試すために、ウクライナまで行って踏絵を
ふませたのだと考えられる。これは「お前、あのコンビニで菓子をかっぱらってこい」と命ずる年長の不良
少年にも似ている。
レーガン大統領の閣僚だったポール・クレイグ・ロバーツによれば、米政府­主流メディアによる「ロシ
アとロシア大統領についてのウソがあまりにもひどく、大破壊戦争にもなりそうな勢いなので」アメリカの
有識者若干名が設立委員となって、「東西協調のための米委員会」
(eastwestaccord.com)が設立されたと
いう。
(ついでに言えば、12 年前のイラク侵略の首謀者として、当時のブッシュ政権の何名かが、世界の有
力弁護士団によって正式に告訴された。6/17「元米連邦検事が、ブッシュの不法なイラク戦争の集団告訴
に加わる」参照。)
“悪魔化”されているプーチン大統領に対する P・C・ロバーツ評は、次のようなもので
ある——
過去においてはこのような挑発は、戦争とは言わないまでも、少なくとも挑発の返報になったものだ。
しかしウラジミール・プーチンは、沈着冷静な、人類の誉というべき人物である。彼はこの挑発に対し礼
儀正しく不満を述べるが、続けて、ワシントンとワシントンの従僕国家の疑似政府を、ロシアの「パート
ナー」と呼んでいる——彼らがロシアの敵であるとわかっているにもかかわらず。
プーチンは、脅迫や不法な制裁や、また執拗なプロパガンダに対して、諸政府は互いの国益を尊重す
べきであり、共通の利益のために協調すべきであるという声明で応えている。いかなる西側の政治家も
こんなふうに言わない。西側の政治家は、ワシントンの愛玩犬である英首相キャメロンのように、ロシ
アに向かって、ヒトラーの脅迫さえ顔負けの激しい言葉を投げつけている。
読者はぜひ上記サイトの、6/15「プーチン:世界地図に米基地を書き入れてみよ、米露の違いがわかるか
ら」と、6/21「プーチン:ロシアは超大国になりたいのではない、ただ敬意を払って欲しいだけだ」を読
んでみていただきたい。前者はイタリアの記者に対するインタビュー内容、後者は RT 記事である。私はそ
の両方の「訳者注」に(ロバーツの記事を読む前に)P・C・ロバーツとほぼ同じことを書いた。日本政府
と主流メディアにも、これを読んでほしいと書いた。その時まだ私は、政府がプーチン大統領との会談を予
定していることを知らなかった。
さらに、今これを引用した P・C・ロバーツの “Propaganda Reigns in the West”(Information Clearing
House)にある、米人記者とのインタビューのこの部分を、日本政府にはぜひ読んでいただきたい。記者が、
ロシアが中国と組めば、それは反西側同盟になるのかと聞くと、プーチン「反西側?」——記者「反西側、
反アメリカですよ」——プーチン「私の理解する限りの中国を含めて、我々も中国も、敵対して政策を立て
る国家はありません。我々は〈敵対して〉同盟を結ぶのでなく、ある目的の〈ために〉
、我々の国益を実現
する〈ために〉同盟を結ぶのです。」——この一瞬聞き返すところに深い意味がある。日本政府は、よく相
手を知った上で会談に臨んでいただきたい。
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FPU第 16 連合会(兵庫・岡山・鳥取)
韓国文化と 21 世紀の人類(1)
月刊 平和統一 NEWS
日本家系研究学会
第 83 号
与那嶺正勝
人類は 21 世紀になっても未だ戦争や様々な対立に明け暮れている。
資本主義という西洋の利益追求絶対思想が世界に蔓延し、乗り遅れるなとばかりに
日本も韓国も中国も、アジア一帯もその分け前の争奪戦に必至の形相である。
先の世界戦争から多くのことを学び、国際連合を創設した人類であったが、連合と
は名ばかりで世界の紛争など重要な懸案にはまったく効果が出ていない。
これらの全ての解決を模索し道順を示したのが文鮮明先生の思想である。
その思想を見ると、実に多くの韓半島文化が基礎になっていることが分かる。
先生がある日、こういう事を言われたことがある。
「イスラエル民族と朝鮮民族との共通点は族譜の存在なんだよ。だから救世主は
その文化を持つ国から生まれ出て来るんだね。」と。
私は日本で 40 年に渡り家系調査をしてきた者として、その意味を考えてきた。
族譜の存在とは何か? なぜこれが救世主の生まれる土台となるのか?
数年前、経済論研究会にも発表したのであるが、21 世紀の経済論を研究すると
正にその意味が分かるのである。
韓国文化の何が 21 世紀の人類を導く理論へと成り立つのかである。
愛と平和と総人類共存共有共生の実現の土台となる種のようなものである。
族譜の持つ文化の結論として「門中」という形態を持つことをご存じであろうか?
実は私の故郷沖縄県にも「門中」は存在する。朝鮮半島とはきわめて似ているのだ。
五年に一度、親族全てが総本家に集まり、初めて合う人も多いがいっぺんで家族になる
不思議な集団心理が生まれる場である。
この場合の家族は韓半島では食口(シック)という。
人間の情の濃さは 500 年や 1000 年を軽く超えてしまう。
1000 年前の兄弟というだけで食口になることができる。
その世話をすることがどれほど嬉しく、誇らしく、楽しいことであろうか。
それから考えれば、日本の「おもてなし」の情の浅さがよく分かるのであるが、、
。
「門中」にはもう一つ面白い文化がある。
まさに、門の中である。例えば乞食が「オーイシクシクトラガンダ」と建物の門の
中に入る時に言う文句はその文化の一面を示している。
門の中に入れば食口で門の外は食口ではない。
悪い意味でも良い意味でも建物の門から内外の峻別が起こる。
その弊害が韓国では問題視されることが多いが、人間の組織の発展段階では当然
通過するものであり、家族愛から氏族愛、民族愛、国家愛、世界愛へと広げるべき
重要な成長段階なのである。「門中」とは重要な世界人育成の場なのである。
問題は、氏族愛で醸成すべき愛が憎しみの共有で愛を共有したと錯覚することである。
朝鮮民族の歴史は憎しみを共有し分裂を繰り返す歴史でもあった。
憎しみの共有は些細な違いを包含する豊かな心を持たない性質がある。
故に、また内部で些細な亀裂が起こり、分裂から分裂へと至る。
文鮮明先生はアメリカに於いて「許せ、愛せ、団結せよ」という運動をなされた。
ウォーターゲート事件でアメリカが分裂の危機に面した時であった。
先生は憎しみの共有を「人権蹂躙だ」とまで戒められたのだ。
次回は、
「門中」経済論の核心を説明したい。
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FPU第 16 連合会(兵庫・岡山・鳥取)
月刊 平和統一 NEWS
第 83 号
錦山 文潤國先生の詩
白雲心 백운심
遠避市朝棲碧山
鳥聲長在緑林間
不聞戸外塵埃事
只悦白雲心自閑
원피시조서벽산
조성장재록림간
불문호외진애사
지열백운심자흰
흰 구름 같은 마음
도시를 멀리 피해 푸른 산에 살고 있으니
새소리가 노상 푸른 숲 속에서 들려오노라
문밖의 티끌 먼지 세상사를 안 들으니
흰 구름 같은 내 마음 마냥 즐겁고 한가롭네.
白い雲のような
心
都市を遠く避け 青い山中に暮す
鳥の鳴き声 緑林に長く聞こえ
門外の
世間の煩わしきことを聞かず
白雲の如き我が心 ただ閑(しずか)なり
なぜ、動力船にもマストがついているのか?
FPU兵庫渉外部長 金 豊 鎬
初めて蒸気機関のみで大西洋を横断した船は、イギリスで建造された203総トンのシリウス号。1838年4月、
アイルランドのヨーク港からニューヨークまで航海した。ただ、当時の蒸気機関は信頼性が低かったので、同船は帆
走もできるように、マストと帆を備えていた。それから170年。現在は、機関だけで航行する船ばかりなのに、な
ぜかいまの船にも船首部分のフォアマストと後部のメインマストは残っている。帆を張ることはなくなったのに、マ
ストが残っているのは、マストには帆を張る以外にも数多くの機能があるからである。
船は、航海中も停泊中も、さまざまな灯火や旗を掲げる決まりになっている。たとえば、長さ50メートル以上の
動力船は、夜間航海中、前部マスト灯、後部マスト灯、左舷灯(赤灯),右舷灯(緑灯)
、船尾灯の5つの灯火をつけな
ければならない。夜間、ブリッジ(操舵室)の当直者は、これらの灯火の見え方と変化によって、自船と他船の位置
関係を把握して、衝突事故の防止に努めている。また、日本の船は、国内の港を出港するとき、基本的にフォアマス
トに行き先の国の国旗、メインマストに社旗、船尾に国旗を掲げている。さらに、どこかの国へ寄港するときには、
敬意を表すため、その国の国旗をマストに掲げるのが習わしとなっている。外国籍の船も、日本の港に停泊中はマス
トに日の丸を掲げている。そのほか、荷物の積み下ろしで、荷物を吊り上げるためにマストが利用された、通信用の
アンテナが取り付けられるなど、マストは現在でもさまざまな用途に利用されている。
大型貨物船の錨はどれくらいの重さ?
船を係留する方法はいろいろあるが、代表的なものは、ロープで岸壁や桟橋につなぐことである。もう一つの
代表的な方法は、英語で「アンカー」とよばれる錨を海底に下ろし、船体を固定する方法である。錨には、いろ
いろな型のものがあるが、片方の爪が海底を掻き、もういっぽうが上を向くようになっているのがストック・ア
ンカーで、両方の爪が海底を掻き、船を止めるように設計されているのがストックレス・アンカーとよばれる。
大型船でつかわれるのは、たいていが後者のストックレス・アンカーで、たとえば、約5万総トンの大型貨物
船の場合、錨一つだけで12トン(1トン=1000キログラム)もあるが、錨につながれたアンカーチェーン
を入れると、じつに56トンにもなる。錨そのものよりも、チェーンの方がはるかに重いのだ。大型タンカーの
場合、くり出されるチェーンの長さは水深の10-20倍にもなり、そのチェーンが海底にとぐろを巻いて横た
わる摩擦力が、船の係留に大きく貢献しているのだ。
大型船では、この錨とチェーンが左右の船首部分に一つずつ装備され、そのうえ、スペアの錨も積まれている。
それだけの重さになると、とても人の手では動かせないので、船首部のウインドラス(錨巻き機)をつかって操
作される。
また、錨が船を止める力は、錨の形態や大きさ、チェーンの長さだけでなく、海底の砂、泥、岩などによって
も違ってくる。港外に停泊するときには、船長が海図などで海底の様子を調べ、錨がよくひっかかる場所を選ん
でいる。ただ、海底が岩だらけなど、ひっかかり具合がよすぎる場所に投錨すると、引き揚げるのに一苦労する
こともある。
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FPU第 16 連合会(兵庫・岡山・鳥取)
月刊 平和統一 NEWS
活動内容
6 月 03 日 定例役員会
開催
6 月 05 日 韓国語教室
開催
6 月 13 日 FPU 兵庫結成
10 周年記念大会
開催
6 月 20 日 第 4 回原理 One Day セミナー開催
6 月 26 日 韓国語教室
開催
『千字文』と韓国語〔19-2〕
曺 小 煥
龍 師 火 帝
용룡
스승사
불화
リョウ・リウ
たつ
シ
カ
テイ
せんせい・つかさ
ひ
みかど
第 83 号
임금제
7 月 03 日
7 月 03 日
7 月 10 日
7月18日
7 月 24 日
7 月 25 日
読み方は
「룡사화제・リョン サ ホァ チェ」(韓国語)
「リウ シ カ ティ」(日本語)
行事案内
常任理事会
定例役員会
韓国語教室
韓国料理教室
韓国語教室
第 4 回原理 ONE DAY セミナー
編集後記
복희씨는, 용으로서 벼슬을, 기록하고, 신롱씨는,
불로서, 기록하니라
伏犠氏は、竜を祭り、以て記録し、神農氏は火を祭
って、以て事を記録するのである。
∴『千字文』よもやま話 54
『自分の名前の漢字が分からない』
상
先日、2014年の秋に京都で道に迷った若い、ソ
ウルに住む2人の女性から手紙が来ました。私が初
めて会った時、
「漢字で名前を教えてください」日本
同様、漢字の名前を持つものと思って口にした言葉
です。すると2人は顔を合わせながら「どうしよう。
忘れちゃった。私の漢字どうだっけ」-。
2人でああでもない、こうでもないと始まりまし
た。
片方がスマートフォンを取り出し、辞書を引きます。
「これじゃない?」
「そうだ、これだ」
一件落着です。いまや、韓国の若い世代には、漢字
の名前を持たない人もいます。日常生活でもハング
ルだけで、ほとんど漢字を使いません。そうしたハ
ングル世代には歴史的文書も難物です。歴史を知る
一助に漢字を学ぶべきと思ったものです。
■ FPU兵庫10周年記念大会をみんなで、一致
団結、やり遂げたのである。それも韓国の駐神戸
総領事を招聘しての大講演会であった。
テーマは「統一問題と韓日関係」であった。内
容は半島の統一は日韓関係を良好に導く・・・・・
というものだった。これは普遍の哲学であり真理
といえよう。
最も感動したのは「統一は出来っこないという
統一の不要論者は、総じて無気力・無関心的人種
が多い。この様な論理は払拭につとめるべきだ」
との談話であった。
私は8年前、野宿をしつつ、名勝や遺跡をめぐ
り母国を歩いたが、これが祖国の平和的統一後で
あったら・・・・と幾度も涙を流したことがある。
今回の10周年記念大会は良き統一論者の方
に来ていただいて誠に感謝の念を禁じえない。ま
さしく統一は民族の悲願である。何をさておいて
も統一の一日も早からん事を祈るのである。
(曺)
■10周年が終了しました。10年ひと昔といい
ますが、振り返ればあっという間でした。しか
しこの10年間、文総裁の御聖和、FPU兵庫
禹博一初代会長の聖和、趙希秀会長の聖和と思
ってもみない事が続いて起こりました。しか
し、聖和された両会長、そして文聖純会長代行、
曺小煥副会長を中心としたスタッフの努力と
会員の皆様の支えによって結成大会から10周
年の大会まで、途切れることなく開催できまし
た。この10周年記念大会がその集大成として、
誇れる大会だったと思います。
まだまだ、結成の目的達成には、山あり谷あ
りだと思いますが、10周年を一つの区切りと
して、より広く、より深く充実した中身の伴う
1年1年にしていきたいと考えます。今後とも
ご支援ご協力をよろしくお願いします。(樹)
投稿記事募集
機関紙
月刊『平和統一 NEWS』
<編集委員会>
委 員 長
文 聖 純
副委員長
曺 小 煥
編集局長
福田秀樹
編集委員
朴 文 恵
編集委員
金 豊 鎬
交流の広場への投稿記事を募集し
ています。
FAX.078-367-4323
E-mail:[email protected]
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