政策科学部10周年記念号に寄せて

政策科学部 10 周年記念号に寄せて
立命館大学 政策科学部長 川 口 清 史
政策科学部は 1994 年、日本で3番目に、また西日本では始めての政策系学部として設置された。その創
設の理念には新しい人材養成、新しい大学教育ばかりでなく、新しい社会科学としての政策科学の創出も
掲げられた。そのことは学部名称を、他大学の後追いをせず政策科学としたこと、またその英語名称を
College of Policy Science と単数で表現したことにも現れている。一般的には Policy Studies が用いられるが、
これでは「諸分野の政策研究」という意味合いが強く、新しいディシプリンの創出を目指すことにはつな
がらない、と判断したのである。当時、科学史家トマス・クーンの「パラダイム転換論」が語られ、すべ
てのディシプリンがそのよって立つパラダイムの正統性を問われた。ディシプリンの壁を越えたインター
ディシプリナリー、さらにはトランスディシプリナリーの可能性が分野を超えて大いに議論されていた。
新しい社会科学を創出しようという政策科学部の志は、この紀要『政策科学』にも表れている。学部の創
設は 1994 年であるが、紀要『政策科学』はその1年前、1993 年創刊である。また学部の紀要であるにもか
かわらず、立命館の名前は冠していない。それはこの雑誌が本学にとどまらず、全国の政策科学のセンタ
ーとしての役割を果たそうとしたからに他ならない。
学部創設以降、創設期にありがちなとりわけ教育、学生指導上の繁忙を抱えながらも、学部教員スタッ
フや大学院生の努力の中で研究成果は着実に積みあがってきている。12 巻を越えたこの紀要『政策科学』、
5冊に達した有斐閣発行の『叢書・政策科学』、そしてすでに 15 名を輩出した博士学位の学位論文等であ
る。その内容や方法は依然として多様であり、単一ディシプリンの一環とは言い難い。しかしながら、10
年の歩みは同時に、何らかの問題解決を志向する共通の問題意識の下に、ある種の共通した方向性、ある
いは香りといったものを持ち始めていることもまた事実である。
政策科学部はその 10 周年記念事業を本年5月、多彩に繰り広げた。そのメインとなった行事が、この記
念号に収録された各種シンポジュウムである。テーマもパネリストも、したがって展開されている論点も
多様ではあるが、ここに政策科学部の研究の幅のようなものが反映されている。同時に、それは単に、い
ろいろある、というのではなく、そこには共通したキーワードがある。それは「現実性・実践性」あるい
は「地域」ということができ、現在の政策科学部の研究の重点を示している。
記念行事全体のテーマは「
『政策の時代』を超えて」であった。
「政策の時代」とはまさに 90 年代、政策
科学部設立期に、イデオロギーの終焉と伝統的共同体型政治の動揺の中で、政策科学部設置の必然性を物
語ったフレーズであった。10 年を経た今日、ある意味では伝統的共同体型政治の動揺はいっそう深まった
が依然として根強く、一方で「市場原理主義」という新たなイデオロギーによる政治が登場したかにも見
える。問題は「政策の時代」は必ずしも自然に成長していくわけではないこと、政策の時代そのものがい
わば「政策的に」創生されなければいけないことを近年の政治状況は示しているかのようである。「『政策
の時代』を超えて」とはそうした時代を作り上げていく学問として自らを鍛えていく、これからの 10 年の
政策科学部の方向への新たなる決意である。
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