海洋循環と海洋炭素循環の相互作用 ‐名古屋シンプル

海洋循環と海洋炭素循環の相互作用
‐名古屋シンプルモデルによるアプローチ‐
The role of interactions between ocean circulation and ocean carbon cycle
- a case study of Nagoya simple model 川田佳史 1)、渡邊誠一郎 2)
1) 名古屋大学 大学院環境学研究科
2) 名古屋大学 大学院環境学研究科 地球環境科学専攻
本研究では、互いに影響し合う海洋熱塩循環環と海洋炭素循環の物理的な性質を検証した。本研究では
この相互作用を扱うために「名古屋モデル」と称するシンプルな気候モデルを開発し、計算を行った。計算
の結果、海洋循環強度や大気 CO2 が振動する解が得られたので報告する。
まず海洋熱塩循環環と海洋炭素循環の関係について復習しておこう。海洋循環の力学と炭素循環は、大気
CO2 濃度を通して関連する。例えば Stouffer and Manabe (2003) は、大気中の CO2 濃度を半減させたとき、子
午面循環が一時的に強まりその後弱化することを示した。大気 CO2 濃度が変動したことで、その放射強制力を
通して海面の平均温度や南北温度差が変わり、その結果として海洋循環の強度が変化したのである。一方、
海洋循環が変化すると、海洋内部の炭素循環 (生物ポンプ) の効率が変化し、その結果が大気 CO2 濃度に跳
ね返ることが分かっている。例えば、海洋循環が強くなると溶存化学種の再循環が促されるため、生物ポンプ
の効率が増加して大気の CO2 は吸収される。
海洋循環の力学過程と炭素循環はひとつながりのループをなしているため、上で述べたような一方向的な
理解では不十分である。この相互作用系の系全体としての振舞いを考えることが必要である。例えば、海洋循
環には多重解があるため、炭素循環を通して地表の環境も多重性を持つだろう。この多重解は自励的に遷移
するかも知れないし、外的な変動に対する応答として移り変わるのかも知れない。このようなことを知るために、
本研究では結合した系の基本的な振舞いを調べる。
本研究では、この相互作用を扱うために、南北 1 次元の海洋熱塩循環−海洋炭素循環を組み合わせたモデ
ルを作成した。海洋循環の力学部分には、経度方向に平均化した緯度−深さ 2 次元の海 (Wright and Stocker,
1992) を用いた。炭素循環には、Yamanaka and Tajika (1996) による単純化した生物ポンプモデルを用いた。
また、大気海洋間の CO2 交換を考慮した。大気の「モデル」として、大気の CO2 の放射強制を考慮して海面温
度に CO2 依存性を与えた。その依存性は、大気の CO2 濃度が 2 倍になるごとに、極での海面温度がΔTpole ℃、
赤道での海面温度がΔTeq ℃それぞれ上昇すると与えた (典型的には、ΔTpole = 5℃、ΔTeq = 5℃程度)。塩
分の境界条件は、観測を参考にして、ネットの降水量フラックスを与えた (固定値)。
計算の結果、海面温度の CO2 依存性がない場合には定常的に循環する解が得られたが、海面温度の CO2
依存性 (CO2 濃度 2 倍に対してΔT>5℃) を考慮した場合には循環と停滞を繰り返すパターンが得られた。
ただし、振動が生じる条件は生物ポンプの特性に敏感である。振動解では、ほとんどの時間停滞していて短時
間だけ強い循環が起こる。その周期は熱拡散時間の半分程度である。大気の CO2 は、循環が停滞していると
きには高 CO2 濃度 (∼400 ppm) であるが、停滞が破れるときには低濃度 (∼300 ppm) になる。
ここで簡単に振動解が生じるメカニズムを述べておく。停滞している状態では生物ポンプの効率が悪く、大
気の CO2 濃度、海面温度ともに高い。循環が停滞すると、熱拡散によって深層に熱が伝わる。このことで海洋
の成層が弱まり、対流が活発化する。循環が活発化すると生物ポンプの効率が増加して、大気の CO2 を吸い
取る。同時に海面温度も下がる。すると今度は冷たい水が深層に押し込まれることになり、海洋の成層が強くな
る。その結果、再び循環が弱くなり (生物ポンプの弱化で) CO2 は大気に放出される。
本研究では、炭素循環との相互作用によって、熱塩循環自体が大気 CO2 を変化させ得ることを示した。この
ことは、CO2 の長期的な変動を考える上で重要な意味を持つと考えられる。