要約 - 京都府立医科大学

論文内容の要旨
論文提出者氏名
平島 相治
論文題名
Clinical impact of circulating miR-18a in plasma of patients with esophageal squamous cell
carcinoma
論文内容の要旨
機能性の短鎖型 non-cording RNA である microRNA(miRNA)は、1993 年に同定されて以来(Lee RC et al. Cell
1993)
、ヒトゲノムでは 1000 種類以上同定されている。miRNA は標的遺伝子の mRNA の 3’末端の非翻訳領域
に結合して mRNA の分解や転写の抑制を行うことで全遺伝子の約 30%もの発現調節に関わり(Lewis et al. Cell
2005)
、様々な生命現象の維持に深く関与している。一方でその発現異常は多くのヒトの疾患で検出され、疾患
の病態形成にも深く関与しており、特に癌の発症、進展において極めて重要な役割を果たすことが明らかとなっ
ている。また、近年 miRNA は、細胞外の血液、尿、唾液、母乳等の体液中でも比較的安定して存在することが
明らかとなっている。その機序としてアポトーシスやネクローシス等の細胞崩壊により体液中へ放出されるのみ
ならず、Argonaute2 や HDL 等の蛋白と結合し、あるいはエキソソーム等の vesicle に封入されて血中はじめ体液
中で極めて高い安定性を獲得していることが明らかとなっている。さらに興味深いことに、miRNA がサイトカ
インと同様に細胞間の情報伝達を目的として能動的に体液中に分泌されており、生体内における恒常性の維持の
みならず、癌の発症、進展の新たなメカニズムとして一躍脚光を浴びてきている。その具体的な例として、癌細
胞から放出された分泌型の癌遺伝子的 miRNA が周囲の癌細胞に取り込まれ標的遺伝子の発現を制御したり、腫
瘍細胞から放出されるエキソソームなどの vesicle 内の miRNA が血管内皮細胞などの周囲の正常細胞に取り込ま
れたりして、癌の niche の維持、構築に関与する可能性が報告されている。一方で、癌の発症や進展に周囲細胞
からの癌抑制型 miRNA の分泌の程度も深く関与する可能性が示されており、血液をはじめ体液中の癌関連
miRNA が極めて重要な働きを持つことがわかる。京都府立医科大学消化器外科では、2008 年に血中で miRNA が
高い安定性を獲得してリボヌクレアーゼ活性から守られた状態であるといった報告から、血中 miRNA を指標と
した消化器癌のバイオマーカー探索研究を開始した。これまで食道癌、胃癌、膵癌等の消化器癌患者で、①過去
の文献から癌組織中で高頻度の高発現する miRNA やクラスター内の miRNA に注目し、あるいは、②東レの 3D
Gene microRNA アレイを用いた網羅的解析により、癌患者と健常人、術前と術後の比較から、癌の存在診断、モ
ニタリング診断、悪性度診断、予後予測診断に有用な miRNA を同定し、次世代のバイオマーカー候補としての
高い有用性があること腫瘍外科医の視点から世界に先駆けて報告してきた。
近年診断技術及び手術手技の進歩だけでなく、新規抗癌剤の登場によって食道癌における治療成績も向上して
いる。その一方で胃癌や大腸癌といった同じ消化管癌と比較して、食道癌は根治術が行われた症例であっても、
その予後は必ずしも良好とは言えない。また発見時に既に進行期であることも多く、早期診断・治療のためのバ
イオマーカーが切望されている。今回我々は、食道扁平上皮癌患者血漿中の癌特異的なmiRNAを探索し、新規バ
イオマーカーを同定することを目的として解析した。様々な癌種で潜在的に癌遺伝子的に働くと報告されている
miR-17-92 cluster 内の7種類のmiRNA (miR-17-5p, miR-17-3p, miR-18a, miR-19a, miR-19b, miR-20a, miR-92a) に
注目した。膵癌をはじめとして癌関連miRNAとして報告があるものの、食道癌では報告のないmiR-18aを解析対
象とした。
まず、miR-18aが実際に癌組織や癌細胞株で高発現しているかを確認した。すなわち、食道癌組織10検体と正
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常食道組織11検体で組織中のmiR-18a発現をquantitative RT-PCRを用いて比較したところ、正常組織に比べ膵癌
組織で有意にmiR-18aが高発現していた(p=0.01)。また、食道癌細胞株4株(TE-2, TE-9, TE-13, KYSE170)と線維芽
細胞株(WI-38)、正常食道組織のmiR-18a発現を比較したところ、線維芽細胞株、正常食道組織に比べ食道癌細胞
株で有意にmiR-18aが高発現していることが明らかとなった (p<0.0001)。以上の結果から、食道癌組織や食道癌
細胞株でのmiR-18aの高発現を確認したため、miR-18aが食道癌患者血漿中で健常人より高濃度で存在すると仮説
をたてた。
食道癌患者106例と健常人54例の血漿中のmiR-18a濃度をquantitative RT-PCRを用いて比較したところ、食道癌
患者血漿でmiR-18a濃度が有意に高値であった(p<0.0001)。また、ROC曲線を作成し、AUCを測定したところAUC
が0.9449という極めて高値を示した。以上の結果から、血漿中のmiR-18a濃度は、食道癌の存在診断における極
めて鋭敏なマーカーであることが明らかとなった。
次に、個々の症例において血漿中のmiR-18a 濃度が食道癌組織のmiR-18a発現量を反映するか調べるため、食
道癌患者の血漿中miR-18a濃度と切除癌組織検体のmiR-18aの発現量を比較した。先述のROC curveにおける
Younden Indexを用いて、1.99amol/μl値を血漿における食道癌患者・健常人鑑別のcut-off値とした。このcut-off
値より血漿中のmiR-18a濃度が高値であった食道癌症例13例を選出した。この13例の食道癌組織中のmiR-18a発
現を調べてみたところ、全例で正常食道組織のmiR-18a発現レベルのmean+2SDである1.66を上回るという結果で
あった。以上の実験結果から、血漿と食道癌原発巣のmiR-18a発現が同様の傾向を示し、血漿中のmiR-18a 濃度
が食道癌組織のmiR-18a発現量を反映することが明らかとなった。
さらに、外科手術により腫瘍の切除を行った 8 例について、切除前と切除 1 ヵ月後の血漿中の miR-18a 濃度を
比較すると、術後に有意に低下するという結果であった(p=0.0076)。また、再発時において、既存の腫瘍マーカ
ーである CA19-9 の再上昇を認めないが、術後で一度正常範囲内まで低下した miR-18a 濃度が再上昇した代表症
例も認めた。以上の実験結果から、血漿中の miR-18a 濃度が食道癌原発巣あるいは転移巣の有無を反映する可能
性が示唆され、治療のモニタリングとして有用な可能性のあるバイオマーカーであることが明らかとなった。ま
た早期の食道癌、特に深達度 T1 以浅や Stage I 以下の症例において、食道癌患者と健常人とで血漿中 miR-18a
の早期診断の可能性を探るべく解析を追加した。この結果、pTis-1 食道表在癌、pStage0-I 食道癌において、ROC
curve から得られた感度はそれぞれ、88.1%、96.7%、特異度はそれぞれ 100%であった。この結果は従来の腫瘍マ
ーカーである CEA やシフラを上回るものであった。
近年 micro RNA は血球成分に由来するがゆえに、血球成分の測定値に影響を受けるとの報告がある。この報告
を受けて、今回用いた食道癌患者 106 例において、白血球数、赤血球、Hgb 値、血小板数のそれぞれと相関があ
るか確認した。結果はこれら血球成分と、血漿中 miR-18a の発現には相関がないことが認められた。また各種臨
床病理学的因子との間にも、血漿中 miR-18a の発現量に相関がないことを確認した。
miRNA は、血中で極めて安定していることと、癌組織特異性の高い miRNA が明らかであるため、血漿中の新
たなバイオマーカーが同定できる可能性が高い。既に、前立腺癌、悪性リンパ腫、口腔癌、膵癌、肺癌、舌癌、
卵巣癌、大腸癌、乳癌、胃癌、食道癌、肝癌で報告されているが、報告済みの血中の癌特異的 miRNA で実地臨
床に応用可能な感度や特異度をもつ miRNA は未だ少ない。今回食道扁平上皮癌において、癌存在診断において
極めて感度、特異度が高く、また、モニタリング診断においても極めて有用と考えられる新規の血中バイオマー
カーmiR-18a を同定したことは極めて意義深く、将来実地臨床に寄与する可能性は高いと考えられる。今後 ESD
後や手術、化学療法後の癌の遺残の程度の評価、抗癌剤や放射線治療の感受性予測、抗癌剤の副作用の予測、術
後合併症の予測に micro RNA が有用であるか追加解析を行い、また将来、個々の患者のオーダーメードの腫瘍マ
ーカーを用いた治療が可能となるように、更なる詳細な解析を進めていく予定である。
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