理科授業検討会における参加者の発話に関する

日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015)
理科授業検討会における参加者の発話に関する研究
A study on the speech of participants in the science classroom study group
平野 雄介* 桐生 徹**
HIRANO,Yusuke* KIRYU,Toru**
*
上越市立城北中学校 **上越教育大学
*
Joetsu municipal Johoku junior high school **Joestu University of Education
[要約]本研究では,授業観察の視点が異なる 2 つの理科授業検討会の話し合いの知識領域を
比較し,分析した。その結果,授業観察の視点が「プラス面」,
「マイナス面」の授業検討会
では,参加者は「教授」の項目に関して話し合いが多く,授業観察の視点が「学習者に関す
る内容」
,
「教授や教材等に関する内容」の授業検討会では,「学習者」の項目に関しての話し
合いが多いことが明らかになった。
[キーワード]授業検討会,参加者,話し合い,知識領域
授業検討会を行う授業研究が盛んに行われている。
1. はじめに
中央教育審議会(2012)は,
「教員の自己研鑽の意
欲は高いものがあり,日本の授業研究の伝統は諸
授業研究の活性化のためには,このような授業検
討会の活性化が必要である。
外国からも注目され,こうした自主的な資質能力
しかし現在,学校現場では「盛り上がらない」
向上の取組がこれまで日本の教育の発展を支えて
「形式的である」
「効果が上がらない」などの授業
きた。
」と報告している。授業の質的向上を目指し
検討会が行われている例は少なくない。それらの
た授業研究は,日本の教師にとって校内研修の柱
要因として,村川(2005)は,自分の限られた見方
と考えられてきた。国立教育政策研究所(2009)の
だけで授業を「斬る」教師もいることを指摘して
調査においても,校内研修における授業研究の実
いる。さらに,稲垣ら(1996)は,授業検討会が
施体制が,小学校 99.3%,中学校 93.5%,高等学
抽象的な理屈や一般的なべき論,技術論が先行し,
校(公立)81.5%となっているとの報告があり,
授業者と参観者が楽しめない批評会では,授業を
教師の力量形成や学校全体の教育力の向上に重要
創造し合う活力を生み出すものにならないと述べ
な役割を果たしていることがうかがえる。しかし,
ている。
姫野(2011)は,ベテラン教師の大量退職・若手教
これらの授業検討会の課題を解決する取組とし
師の大量採用により,年齢構成がアンバランスに
て,千々布(2009)は,ワークショップを取り入
なったこと,学校や教師の多忙化が増幅したこと
れた授業検討会が学校現場に広まりつつあること
等から,校内授業研究が弱体化してきていること
を述べている。ワークショップの中には,2 色の
を述べている。この研究から示されるように,校
付箋紙を用いるものがある。村川(2010)は,黄色
内授業研究の活性化が今後の課題となっている。
とピンクの付箋紙を用意し,授業の参観者が黄色
稲垣ら(1996)は,授業研究のタイプを,どの教
の付箋紙には「プラス面」を,ピンクの付箋紙に
室でも通用する一般的な技術的原理を探求する
は「マイナス面」を記入し,本時案を拡大した時
「技術的実践」と,その教室でしかなしえない子
系列模造紙へ付箋紙を貼るワークショップスタイ
どもの学びや教師の実践内容を探求する「反省的
ルの授業検討会を紹介している。桐生(2014)は,
実践」の 2 種類に分類している。このような授業
黄色と赤色の付箋紙を用意し,授業の参観者が黄
研究の分析手法が開発されてから,授業を省察的
色の付箋紙には「学習者に関する内容」,赤色の付
に振り返る授業検討会が注目されている。学校現
箋紙には「教授や教材等に関する内容」を記入し,
場では,研究授業を複数の教師で参観し,その後
時間軸を印刷した時系列模造紙へ付箋紙を貼るワ
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ークショップスタイルの授業検討会を紹介してい
班を構成する。同じメンバーで 2 つの授業検討会
る。このように,授業観察の視点を変えて,様々
を実施することとする。グループ内が多様な構成
な形で授業検討会を活性化する取組が推進されて
員になるように,現職院生と学卒院生が同数にな
いるが,授業検討会の話し合いを比較している研
るように配置する。
究は少ない。五十嵐(2008)は,自由に討論する
授業検討会と授業者が反省を述べる授業検討会の
2)授業検討会に使用した理科授業のVTR
話し合いを分析し,両者の特徴を明らかにしてい
VTRは,熟練教師が行った中学校 3 年生にお
る。授業者が反省を述べる授業検討会は,授業者
ける塩化銅の電気分解実験の授業を 50 分間撮影
の発言が必然的に長くなる。一方,自由に討論す
し,15 分に切り取った。同じ授業のVTRを 2 つ
る授業検討会では,観察者の話す時間が長くなる
の授業検討会で使用する。
ことを述べている。しかし,この実践は,授業者
と観察者一人による対話形式での授業検討会であ
3)理科授業検討会の進め方
り,一般的に学校現場で行われているグループで
の授業検討会の実践ではない。
参加者は,VTRを視聴しながら,与えられた
授業観察の視点に従い,2 色の付箋紙に自分の意
見や気づいたことなどを記入する。視聴後,時系
2. 研究の目的
列模造紙に記入した付箋紙を貼りながら 15 分間
本研究では,授業観察の視点が異なる「プラス
話し合う。まず,
「プラス面」,
「マイナス面」の検
面」
,
「マイナス面」を付箋紙に記入する理科授業
討会を行い,次に「学習者」,
「教授や教材」の検
検討会(以後「プラス面」
,
「マイナス面」の検討
討会を行う。なお,グループ内の話し合いに司会
会と略す)と「学習者に関する内容」,「教授や教
者は設けていない。
材等に関する内容」を付箋紙に記入する理科授業
検討会(以後「学習者」
,
「教授や教材」の検討会
4)付箋紙を貼るシートについて
桐生(2014)が紹介している,時間軸を印刷し
と略す)
を実施し,
話し合いの知識領域を分析し,
比較することを目的とする。
た時系列模造紙を使用した。
3.
5)記録方法
実施する 2 つの理科授業検討会の概要
各グループにICレコーダーを配り,授業検討
3.1 調査対象
国立教員養成大学大学院生
会の参加者の発話を録音する。
計 45 名
現職院生(26 名)
,学卒院生(19 名)
なお,現職院生のうち中学校・高等学校の理科
4. 話し合いの知識領域の分析
免許取得者は,2 名であり,学卒院生のうち中
4.1 目的
学校・高等学校の理科免許取得者は,1 名であ
る。
実施する 2 つの検討会における参加者の話し合
いの知識領域を分析し,どのような違いがあるの
か比較する。
3.2 調査時期
4.2 分析方法
2014 年 4 月
授業検討会などの参観者が自由に発言できる話
3.3 手続き
し合いでは,一人一人の発言が短いため,比較的
1)グループ編成
大きな会話単位で分けることとし,話題が変わっ
調査対象者を 4~5 人のグループに分け,11 の
ている場合,次の会話単位とする。それぞれの検
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表3
討会で話し合われた会話の内容を吉崎(1988)の 7
つの知識領域を参考にして分類する。
「学習者」の発話プロトコル
1AS:じゃ,行きますか。
2KK:お願いします。
4.3 知識領域の発話プロトコル
3AS:えっと。見てたんですけど,先生が説明
表 1 は,
「教材」に関する発話プロトコルであ
してる時にノートを書いており,その説
る。塩化銅の電気分解実験で塩素と銅が出てくる
明をノートを書くことに一生懸命であん
ことについて話し合われている。このように教材
まり聞いてなかったのかなっていう風な
だけに言及している会話を「教材」とした。
印象を受けました。
4KK:はい。
表1
「教材」の発話プロトコル
1KH:今回の学びは何でできているの。そした
表 4 は,
「教材」+「教授」の発話プロトコルで
ら,実験をやってみて,見ました。
ある。塩化銅の電気分解実験で発生する塩素につ
2YH:多分,これは塩化銅から塩素と銅が出ます
いて,安全面を考慮し,教師が教えることができ
よ。
ているかについて話し合われている。このように
3KH:確認しました。
「教材」と「教授」が複合している会話を「教材」
4YH:それで終わりだと思う。
+「教授」とした。
5YN:あー。
表4
表 2 は,
「教授」の発話プロトコルである。教師
「教材」+「教授」の発話プロトコル
1KR:ああいう時の香りのにおいっていうの
がめあてを言っていることについて話し合われて
は,直接顔を近づけていいですか。
いる。このように教師の教授方法だけに言及して
2HH:よくわかんないけど。
いる会話を「教授」とした。
3KR:あの液体とかって。
4HH:ものによる。ものによる。多分発生して
表2
「教授」の発話プロトコル
いるのは塩素でしょ。ほんとはあんまり
だけど,多分あれくらいだと。
1OS:教師がめあてを言っている。何のために
実験をするのかわからないと,子どもが
5KR:安全面はどうなのかなって。
良くわからないと困るのでいいと思いま
6HH:は。
した。
7KR:安全って。これはいいけど,これはだめ
だよ。それいうのが子どもはどこからど
2AI:わたしも同じですね。授業のゴールを言
こまでわかったのかな。
われていたのが良かったなかなって思い
8HH:一応,コントロール下にあるのかなって
ました。
3ST:全く最初のところは・・・
思って見てました。でも,例えば教師が
4HK:ここは,最初の方は見てなかったですね。
それに関してこれはやっていいとかとい
う指示はなかった。
9DS:うんうん。
表 3 は,
「学習者」の発話プロトコルである。教
師が説明している時に,子どもがノートを記入し
ていた様子について話し合われている。このよう
表 5 は,
「教材」+「学習者」の発話プロトコル
に学習者の様子や発話を捉えて,学習者だけに言
である。実験の操作や薬品の安全面について発言
及している会話を「学習者」とした。
があり,その時に子どもの実験に対する姿勢が悪
いことについて話し合われている。このように
「教
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材」と「学習者」が複合している会話を「教材」
2KK:あー。
+「学習者」とした。
3ND:時間が経つにつれて実験が始まっていく
んですけど,手持無沙汰な感じが伝わっ
表5
「教材」+「学習者」の発話プロトコル
てきて,それで結局,私語につながって
てそれが気になりました。
1FY:俺は理科が専門じゃないんだけど,なん
かこの実験の操作ってすごく大事な所だ
と思うんだよね。あのー学べる学べない
表 7 は,
「教材」+「教授」+「学習者」の発話
よりも安全面で。
プロトコルである。教師が実験の着眼点について
2AY:うーん。
黒板を使って指示し,子どもたちが黒板を見て学
3FY:配られた薬品がどういう薬品かわからな
習シートに記入する様子について話し合われてい
いんだけど,今日は安全な薬品だから適
る。さらに,学習シートの内容についても話し合
当でいいよとか。
っている。このように「教材」と「教授」と「学
4AY:うんうん。
習者」が複合している会話を「教授」+「教材」
5FY:今日は危険な薬品だから立ってやろうよ
+「学習者」とした。
って,そういうのじゃなくて。薬品扱う
時の基本的な姿勢っていう部分で,子ど
表7
「教材」+「教授」+「学習者」の
もたちの実験に対する姿勢が悪い,私語
発話プロトコル
が出る,緊張感がないっていうのが。
1YN:先生が陰極,陽極とかについて言った後
6AY:うん。
に,子どもたちが黒板をちらっと見て,
こう書けばいいだとヒントを得て書き始
表 6 は,
「教授」+「学習者」の発話プロトコル
である。教師がねらいを伝えていることや教科書
めたので,学習シートはどんなシートだ
ったのかなって。
のどの部分を見たらよいのかを指示している場面
2KK:うん,そこ気になりますよね。
であり,それに対して子どもがノートを取ること
3YN:子どもたちが書きやすいシートなのかな
に一生懸命で説明を聞いていなかった様子につい
っていうことと,シートに書きましょう
て話し合われている。このように「教授」と「学
って先生が言って,子どもがシートに書
習者」が複合している会話を「教授」+「学習者」
き始めたら、実験を見出したですよ。だ
とした。
からシートに書くってことは確かめるっ
ていうか,もう一回最初に行くんだっ
表6
「教授」+「学習者」の発話プロトコル
て,そのことは,いいなって思った。
4SY:あー。なるほど。
1ND:僕は、最初に先生がねらいをちゃんと伝
5YN:気づいたことを書かなきゃいけないか
えて,わからなかったら教科書のここを
見てよってちゃんと伝えているので,そ
ら,見直して。
ういった意味で目標はちゃんと生徒にも
6SY:書き直すみたいな。
伝わりやすかったと思います。ただ,ノ
7YN:やったことを書くとか,実験中に書くっ
ていうことは大事だなって。
ートを取ることに一生懸命になりすぎて
8KK:うん。
いて,あんまり先生の説明自体は聞けて
なかったかなっていう印象を受けまし
た。
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表 8 は,
「その他」の発話プロトコルである。こ
4.5 考察
の授業検討会で何を話したらいいのかをグループ
内で確認している話し合いである。このように,
2 つの検討会の話し合いの知識領域を比較する
と,以下のようなことが明らかになった。
どの領域にも属さない会話を「その他」とした。
「プラス面」,
「マイナス面」の検討会は,
「学習
者」,「教授や教材」の検討会に比べて会話数の合
表 8 「その他」の発話プロトコル
計が多かった。このことは,
「プラス面」,
「マイナ
1AS:このあとは自分らは何したらいいのか。
ス面」の検討会は,話題を変えながら話し合いが
2KT:えーと,ワークショップを検討・・・。
行われていることがわかる。
「学習者」,
「教授や教
3AS:この検討によって何を見出したらいいの。改善点
材」の検討会は,
「プラス面」,
「マイナス面」の検
討会に比べて会話数の合計が少なかった。このこ
を見出したらいいの。
とは,
「学習者」,
「教授や教材」の検討会は,話題
4KT:良い点,改善点。
を限定して話し合いが行われていることがわかる。
「プラス面」,
「マイナス面」
の検討会は,
「教授」
4.4 結果
以上のように分類した発話プロトコルを話し合
が多くなったことから,教師の行動や教え方に関
して参加者は観察していることが明らかになった。
いの知識領域として表 9 にまとめた。
表 9 の話し合いの会話の内容から,話し合いの
「学習者」,
「教授や教材」の検討会では,
「学習者」
知識領域の会話数の合計を直接確率計算で検定を
が多くなったことから,学習者の行動や学び方を
行うと,
「プラス面」
,
「マイナス面」の検討会の方
観察していることが明らかになった。
が有意水準 5%で多い結果となった。
2 つの検討会の話し合いの知識領域の合計が違
うため,カテゴリーに分類したものを母比率不等
直接確率計算で検定を行った。
「プラス面」,
「マイ
ナス面」の検討会では,
「教授」の項目が有意水準
5%で多く,
「学習者」
,
「教授や教材」の検討会で
は,
「学習者」の項目が有意水準 5%で多い結果と
なった。
表9
話し合いの会話の内容
「プラス面」,「マイナス面」
の検討会
「教材」
3
「教授」
74
「教材」+「教授」
5
「学習者」
38
「学習者」+「教材」
1
「学習者」+「教授」
54
「学習者」+「教授」+「教材」
1
その他
9
計
185 ▲
「学習者」,「教授や教材」
の検討会
3
13
4
72
1
46
1
5
145 ▽
母比率不等
直接確率計算 片側確率
p=0.5369 ns
p=0.0000 **
p=0.6138 ns
p=0.0000 **
p=0.6857 ns
p=0.3753 ns
p=0.6857 ns
p=0.3674 ns
(▲有意に多い、▽有意に少ない、p<.05)
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桐生徹:
「学校現場における授業検討会の活性化に
5. まとめ
関する事例的研究」
,上越教育大学教職大学院研
2 つの検討会における話し合いの知識領域を比
究紀要,1,pp.24-25,2014
較すると以下のようなことが明らかになった。
「プラス面」
,
「マイナス面」の検討会は,話題
五十嵐誓:
「社会科における教師の職能発達に関す
を変えながら話し合いが行われており,参加者は
る開発的研究(1)―『反省型』と『自由討論型』
教師の行動や教え方を観察している傾向がある。
の授業検討会の比較分析を中心にー」
,東北大学
「学習者」
,
「教授や教材」の検討会は,話題を
大学院教育学研究科研究年報,57,1,pp.191209,2008
限定して話し合いが行われており,参加者は学習
吉崎静夫:
「授業研究と教師教育(1),教師の知識研
者行動に関して観察している傾向がある。
究を媒介として」,教育方法学研究 13,pp.11-17,
日本教育方法学,1988
6. 今後の課題
授業検討会の特徴を生かして,どのような教師
集団に,どのような授業検討会が最も良いかを考
え,実践を行い,検証していくことが今後の課題
である。
引用文献
中央教育審議会:
「教職生活全体を通じた教員の資
質能力の総合的な向上方策について(答申)」,
2012
姫野完治:
「校内授業研究及び事後検討会に対する
現職教師の意識」,日本教育学会,35,pp.1720,2011
国立教育政策研究所:
「校内研修等の実施状況に関
する調査」
,2009.
稲垣忠彦・佐藤学:「授業研究入門」
,岩波書店,
pp.122-123, pp.137-138,1996
村川雅弘:
「授業にいかす 教師がいきる ワーク
ショップ型研修のすすめ」
,ぎょうせい,
p.12,2005
千々布敏弥:
「現場発!学校経営レポート② 『授
業力向上』実践レポート」
,教育開発研究所,
pp.88-89,2009
村川雅弘「
「ワークショップ型校内研修」で学校が
変わる学校を変える」
,教育開発研究所,pp.6571.2010
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