鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 OSAKA COLLEGE OF MEDICAL TECHNOLOGY Teacher Training Program for Oriental Medicine OCMT Journal of Acupuncture and Moxibustion Research Volume.2 Number.2 2015 こうすればよくなる論文(特別編) 「個」のアプ ローチ:実例 による n-of-1 試験の実施方 法 七堂利幸 4) 多田理恵 1) 岩本京子 2) 千倉細香 3) 奈良上眞 4) 岡村麻生 5) 1) 兵 庫 鍼 灸 専 門 学 校 非 常 勤 講 師 , り ぃ る 鍼 灸 院 2) り ぃ る 鍼 灸 院 3) 沖 縄 統 合 医 療 学 院 鍼 灸 学 科 4) 大 阪 医 療 学 園 専 門 学 校 東 洋 医 療 教 員 養 成 学 科 5) 京 都 医 健 専 門 学 校 鍼 灸 科 非 常 勤 講 師 2015 年 8 月 25 日 大阪医療技術学園専門学校 東洋医療技術教員養成学科 鍼 灸 研 究 Journal OSAKA COLLEGE OF MEDICAL TECHNOLOGY Teacher Training Program for Oriental Medicine OCMT Journal of Acupuncture and Moxibustion Research 0 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 こうすればよくなる論文(特別編) 「個」のアプ ローチ:実例 による n-of-1 試験の実施方 法 七堂利幸 4) 多田理恵 1) 岩本京子 2) 千倉細香 3) 奈良上眞 4) 岡村麻生 5) 1) 兵 庫 鍼 灸 専 門 学 校 非 常 勤 講 師 , り ぃ る 鍼 灸 院 2) り ぃ る 鍼 灸 院 3) 沖 縄 統 合 医 療 学 院 鍼 灸 学 科 4) 大 阪 医 療 学 園 専 門 学 校 東 洋 医 療 教 員 養 成 学 科 5) 京 都 医 健 専 門 学 校 鍼 灸 科 非 常 勤 講 師 【抄録】 目的)崑崙穴刺激による立位体前屈での指床間距離の変化を確認するために、ランダム 化 比 較 試 験 ( RCT) を 実 施 し 、 鍼 灸 OSAKA 誌 に 公 表 し た 1) 。 公 表 し た RCT は 「 集 団 の ア プ ロ ー チ 」 で あ っ た の で 、 今 回 は 同 じ 目 的 で 方 法 を 変 え て 、 n-of-1 試 験 で 「 個 の ア プ ロ ー チ 」 を 実 施 し た 。 そ し て 集 団 へ の ア プ ロ ー チ と 個 へ の ア プ ローチを比較し、その有用性を議論する。 方 法 )試 験 デ ザ イ ン は 条 件 交 替 法 に よ る n-of-1 試 験 。 解 析 は 条 件 交 替 法 に よ る 群 間 比 較 を ラ ン ダ マ イ ゼ ー シ ョ ン 検 定 で 行 っ た 。 p 値 を 求 め 、 同 時 に 効 果 量 は Cohen の d を 計 算 し た。 結 果 ) 2012 年 測 定 の 4 名 の Cohen の d = -0.06±1.68 ( m ±SD)。 こ の 被 験 者 内 で の 再 現 性 を 見 る 為 に 、 日 を 変 え て 同 一 人 に 同 じ 試 験 を 行 い ICC( 級 内 相 関 係 数 ) を 求 め た 。 4 名 中 3 名 が 0.7 以 上 で 信 頼 性 あ り( good reliability)で 再 現 し た 。被 験 者 48 名 の Cohen の d= 0.16±1.32 ( m ±SD) で あ っ た 。 結 論 )条 件 交 替 法 に よ る n-of-1 試 験 の 結 果 、効 果 量 か ら み て 崑 崙 刺 激 に よ る 指 床 間 距 離 の 改 善 は 小 さ く 、 ほ ぼ 無 い と 考 え る 事 が 出 来 る 。 こ れ は 群 間 比 較 の RCT( d=0.11) と ほ ぼ 同じ結果であり、集団と個のアプローチ、どちらの方法でも当然のことながら同じ結論が 得 ら れ た 。 サ ン プ ル の リ ク ル ー ト が 困 難 な 本 邦 鍼 灸 の 臨 床 試 験 で は 、 small trials と し て の n-of-1 試 験 は も っ と 使 用 さ れ て よ い 。 【はじめに】 n-of-1 試 験 を 鍼 灸 の 研 究 で 使 お う と す る 時 、ど の よ う に 試 験 を 進 め 、ど の よ う に デ ー タ を 扱 え ば 良 い の か 迷 う 研 究 者 が 多 い と い う 。具 体 的 な n-of-1 試 験 の 方 法 を 示 し て 欲 し い と い う 他 校 教 員 か ら の 要 望 が あ っ た 。そ こ で 本 科 学 生 実 習 の 試 験 で 実 施 し て い る n-of-1 試 験 1 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 の方法を提示した。 研究内容は「崑崙穴刺激による指床間距離の変化」である。これはすでにランダム化 比 較 試 験 で 公 表 し た 研 究 で 、今 回 は 、そ れ を n-of-1 試 験 で 実 施 し た 場 合 に 同 じ 結 果 に な る か の 信 頼 性 試 験 で も あ る 。 言 い 換 え る と 、「 群 ( 集 団 )」 へ の ア プ ロ ー チ と 「 個 」 へ の ア プ ローチを比較しようというものである。 試験内容は、腰下肢後面の筋肉の緊張緩和に伴う立位体前屈での指床間距離が、遠隔 部位の崑崙穴鍼刺激によって変化するかの確認である。 立位体前屈での指床間距離は、練習効果による「持ち越し効果」で変化する可能性が ある。つまり、治療効果(介入効果?)に関係なく 1 回目前屈より 2 回目前屈の方がよく 曲がる(指床距離は小さくなる)可能性である。そこで、無処置の対照を置いた試験デザ インが必要になる。 本校教員養成学科は、その真偽を検証する為に、集団的アプローチとして、ランダム化 比 較 試 験( RCT)を 、2009 年 か ら 毎 年 RCT の 実 習 で 行 っ て い る 。今 回 は 、群 間 比 較 で な く 、 個 人 の 変 化 を 確 認 す る 為 に 、 条 件 交 替 法 に よ る n-of-1 試 験 を 行 っ た 。 【方法】 1. 対 象 教員養成学科男性 1 名、女性 3 名 合 計 4 名 で 、 第 1 回 目 は 平 成 24 年 11 月 、 第 2 回 目 は 平 成 25 年 1 月 に 測 定 し 、第 1 回 目 と 第 2 回 目 を 比 較 し 、級 内 相 関 係 数( 以 下 ICC と 略 す ) にて被験者内の信頼性を検証した。また、本試験方法の再現性と妥当性についても検証を 行 っ た 。そ の 結 果 、よ り 多 く の サ ン プ ル 数 が 必 要 だ と い う こ と で 、上 記 4 名 と 同 じ 平 成 25 年 1 月 に 、教 員 養 成 科 、鍼 灸 学 科 学 生 男 性 25 名 、女 性 24 名 合 計 48 名 に 本 試 験 を 行 っ た 。 この中に上記 4 名も含まれる。 2. ラ ン ダ ム 化 方 法 と 実 施 方 法 ランダム化はサッカーのコートを決めるときに行われるコイントス方式で行い、表は 鍼刺鍼、裏は無処置とした。図 1 のように介入のランダム化の方法は、まずコントロール となる初期値(何も刺激をしていない状態で指床間距離)を測定、その後コイントスを 行い、崑崙穴への刺鍼の有無が決まる。被験者はベッドに腹臥位になり、鍼刺激は置鍼を 2 分 間 、無 処 置 の 場 合 も ベ ッ ド に 2 分 間 寝 て 安 静 に し た 。つ ま り 、 「コイントスによるラン ダム割付→介入操作→2 分間の安静→指床間距離の測定」を 1 セットとし、各被験者に 対し合計 8 セット行った。これは先行研究の結果 1) 、持ち越し効果は無視できるという 推定のもとに連続して行った。 条件交替法の測定回数は 8 回とした。 3. 使 用 鍼 鍼 は セ イ リ ン 社 製 で 、 太 さ 0.16m m 、 長 さ 30m m 。 置 鍼 は 2 分 。 4. 使 用 経 穴 崑 崙 穴 ( 左 右 )。 部 位 は 、 足 関 節 後 外 側 、 外 果 尖 と ア キ レ ス 腱 の 間 陥 凹 部 。 2 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 5. 刺 入 方 法 皮 膚 面 に 対 し て 垂 直 に 10m m 刺 入 。 得 気 要 6. 測 定 方 法 指 床 間 距 離 と し 、 ベ ッ ド を 0c m 、 ベ ッ ド よ り 上 位 を マ イ ナ ス 、 下 位 を プ ラ ス と し た 。 左右の踵と拇指をつけ、ベッドの端に拇指先端を合わせて立ち測定を行った。指床間距離 とは、立位で膝を伸展した状態で前屈時の床と指尖(一般的に中指)の距離を測るもので ある。 3 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 7. 解 析 方 法 条件交替法による群間比較をランダマイゼーション検定で p 値を求め、同時に効果量と し て Cohen の d を 計 算 し た 2 )。 解 析 ソ フ ト ウ エ ア は 以 下 を 使 用 し た 。 1) ラ ン ダ マ イ ゼ ー シ ョ ン 検 定 : 文 献 3 付 属 の Excel 用 ( Design 5a) 2) ICC: 香 港 中 文 大 学 産婦人科統計計算フリーサイト、 http://department.obg.cuhk.edu.hk/researchsupport/statstesthome.asp 3) 効 果 量 : フ ロ ラ ド 大 学 フ リ ー サ イ ト 、 http://www.uccs.edu/~faculty/lbecker/es.htm#1. Standardized difference between two 図 1. n-of-1 試 験 ( 条 件 交 替 法 ) の 介 入 の ラ ン ダ ム 割 付 の 方 法 【結果】 1. 東 洋 医 療 教 員 養 成 学 科 4 人 の 測 定 結 果 被 験 者 4 人 の 第 1 回 目 と 第 2 回 目 の 測 定 結 果 は 、 以 下 ( 表 1~ 4) の 通 り と な っ た 。 各 被 験 者 を A,B,C,D と し た 。 表 1. [A 測 定 の ま と め ] A:第1回目 初期値 (-250mm) 回数 介入 測定値(mm) ① 無 -265 ② 鍼 -275 ③ 鍼 -280 ④ 無 -280 ⑤ 無 -270 ⑥ 無 -280 p=0.7 ⑦ 鍼 -265 d=0.53 ⑧ 鍼 -255 A:第2回目 初期値 (-250mm) 回数 介入 測定値(mm) ① 無 -220 ② 鍼 -280 ③ 鍼 -280 ④ 鍼 -275 ⑤ 無 -255 ⑥ 無 -255 p=0.03 ⑦ 無 -245 d=3.3 ⑧ 無 -245 表 2. [B 測 定 の ま と め ] B:第1回目 初期値 (+90cm) 回数 介入 測定値(mm) ① 無 110 ② 鍼 110 ③ 鍼 130 ④ 無 115 ⑤ 鍼 135 ⑥ 無 120 p=0.8 ⑦ 無 140 d=0.21 ⑧ 鍼 120 B:第1回目 初期値 (+90cm) 回数 介入 測定値(mm) ① 無 110 ② 鍼 110 ③ 鍼 130 ④ 無 115 ⑤ 鍼 135 ⑥ 無 120 p=0.8 ⑦ 無 140 d=0.21 ⑧ 鍼 120 4 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 表 3. [C 測 定 の ま と め ] C:第1回目 初期値 (+40mm) 回数 介入 測定値(mm) ① 鍼 65 ② 無 75 ③ 鍼 70 ④ 無 90 ⑤ 鍼 75 ⑥ 鍼 80 p=0.1 ⑦ 無 110 d=1.76 ⑧ 無 120 C:第2回目 初期値 (20mm) 回数 介入 測定値(mm) ① 無 26 ② 鍼 26 ③ 無 25 ④ 鍼 25 ⑤ 無 27 ⑥ 無 26 p=0.8 ⑦ 有 27 d=1.25 ⑧ 無 28 表 4. [D 測 定 の ま と め ] D:第1回目 初期値 (-90 mm) 回数 介入 測定値 ① 無 -95 ② 無 -100 ③ 無 -100 ④ 無 -120 ⑤ 鍼 -100 ⑥ 無 -120 p=0.7 ⑦ 鍼 -115 d=2.28 ⑧ 鍼 -120 図 2. D:第2回目 初期値 (-160mm) 回数 介入 測定値 ① 無 -145 ② 鍼 -100 ③ 鍼 -90 ④ 鍼 -85 ⑤ 無 -85 ⑥ 鍼 -80 p=0.4 ⑦ 無 -75 d=0.19 ⑧ 無 -70 B,C測定を 2 群に分けて図示したもの ( 有 意 差 の あ っ た C ( p = 0.1) は グ ラ フ 上 下 分 離 し そ れ に 比 べ 、 有 意 差 の 無 か っ た B は 2 群のグラフ上下が交差し差がない。このように条件交替法ではグラフ化で効果の予想が 出 来 る 。) 表 2. ラ ン ダ マ イ ゼ ー シ ョ ン 検 定 結 果 ( p 値 ) 第 1回 目 p = A : 0.7 B : 0.8 C : 0.1 D : 0.7 第 2回 目 第 1 回 目 、第 2 回 目 の 測 定 で 、p 値 が 0.05 p = A : 0.03 B : 0.8 C : 0.8 以下となったのは被験者Aの第 2 回目の 測 定 結 果 の 1 回 だ け で あ っ た 。( 表 2) D : 0.4 5 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 2. 4 名 の Cohen の d の 平 均 4 名 の Cohen の d の 平 均 は 、 第 1 回 目 : -0.83±1.4 ( m ±SD)、 第 2 回 目 : 0.71±1.75 ( m ±SD)で あ り 、第 1 回 目 と 第 2 回 目 合 計 の 平 均 は 、-0.06±1.68 ( m ±SD)と な っ た 。 3. 4 名 の 級 内 相 関 係 数 ( Intraclass Correlation Coefficient: ICC) 被 験 者 内 で の 再 現 性 を 見 る 為 に 、日 を 変 え て 同 一 人 に 同 試 験 を 実 施 し 、ICC を 計 算 し た 。 Litwin の 基 準 に 従 え ば 、 0.7 以 上 で 信 頼 性 あ り ( good reliability) と な り 4) 、被験者 4 名 中 3 名 が 高 い 信 頼 性 と い う こ と が で き る( 表 3 参 照 )。こ の こ と か ら 、本 研 究 方 法 の 妥 当性があるといえる。 表 3: 4 人 の I C C ( 級 内 相 関 係 数 ) B : 0.95 D : 0.84 信頼性あり ( good reliability) C : 0.63 やや信頼性あり A : 0.27 信頼性がない 4. 鍼 灸 健 康 美 容 学 科 、 鍼 灸 師 学 科 の 学 生 を 加 え た 、 48 名 p 値 の 結 果 n-of-1 試 験 結 果 の 再 現 性 を 確 か め る た め に サ ン プ ル 数 を 増 や し 、同 じ 方 法 で 試 験 を 実 施 した。 実 施 日 )2013 年 1 月 。 対 象 )鍼 灸 健 康 美 容 学 科 、 鍼 灸 師 学 科 の 学 生 を 加 え た 48 名 。 49 名 か ら 1 名 欠 測 。 結 果 )個 々 の 効 果 量 の 結 果 は 表 7 に 示 す 。 男 / 女 比 = 24/24。 平 均 年 齢 ±標 準 偏 差 = 30.1±11.0。 効 果 量 の 平 均 値 ±標 準 偏 差 = 0.16±1.32。 95%信 頼 区 間 : 0.16[-0.22,0.55] 表 7 よ り 、 p 値 が 0.05 以 下 で あ っ た の は 48 名 中 3 名 で あ り 、 わ ず か 6% で あ っ た 。 48 回 検 定 を 繰 り 返 し た こ と に よ り 、多 重 性 の 問 題 に 対 し て は 、有 意 水 準 を 調 整 す る 必 要 が あ る 。 表 7 に 対 し て family( フ ァ ミ リ ー ) と し て 有 意 水 準 は 1-0.95 4 9 と な り 5% を 大 き く 上 回 る 。 こ れ は 少 な く と も 1 回 有 意 と な る 確 率 で 、 こ の 値 が 6% を 上 回 る こ と は 明 白 で 、 48 名 中 3 名 の 有 意 差 は 偶 然 の 産 物 と し て 無 視 す る こ と が で き る 頻 度 で あ る 。 5. 48 名 の Cohen の d の 結 果 ( 表 7) Cohen に よ る 効 果 量 の 基 準 は 0.8:large、0.6:medium、そ し て 0.2:small effect で あ る 。 被 験 者 48 名 の Cohen の d の 平 均 は 0.16±0.32 と な り 、 立 位 体 前 屈 で の 指 床 間 距 離 の 変 化 は 無 処 置 に 比 べ 、 小 さ な 効 果 量 ( small effect 6 size) と な っ た 。 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 表 7: 48 名 p 値 の 結 果 ( No.7 欠 測 ) 効 果 量 平 均 :0.16±1.32( m±SD) ,男 : 24、 女 : 24 名 、 年 齢 : 30.1±11.0( m±SD) エ ン ト リ ー 順 に 10 例 ず つ の 累 積 加 算 で 効 果 量 の 平 均 値 と 95%信 頼 区 間 を 計 算 す る と 、 10 例 : 0.28[-1.02,1.57],20 例 ; 0.11[-0.63,0.86],30 例 ; 0.21[-0.51,0.76],40 例 ; 7 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 0.29[-0.13,0.71],48 例 ; 0.16[-0.22,0.55]と な っ た 。 図 3. 48 名 の 効 果 量 【結果】 1)4 名 の 被 験 者 内 信 頼 性 試 験 結 果 は ICC に よ り 信 頼 性 が あ り 、本 研 究 方 法 の 妥 当 性 を 支 持 できる。 2) 4 名 の ラ ン ダ マ イ ゼ ー シ ョ ン 検 定 結 果 は 両 群 有 意 差 が な く 、 効 果 量 ( 2 回 測 定 の 8 デ ー タ ) は -0.05±1.68( m ±SD) と 小 さ い 効 果 量 と な っ た 。 3) 48 名 の 効 果 量 は 0.16±1.32 ( m ±SD) と こ れ も 小 さ い 効 果 量 に な っ た 。 【考察】 ランダム化比較試験での解析で検定を行おうとすると、効果量が小さいとサンプル数を 多く要する。本邦の施設では、サンプルのリクルートが容易ではなく、サンプルサイズが 大きい試験は実施可能性のないセッティングといえる。このように、多くの症例を集める こ と が 困 難 な 本 邦 の 鍼 灸 研 究 に 適 し て お り 、 推 奨 さ れ て い る の が n-of-1 試 験 で あ る 。 と こ ろ が 、 鍼 の n-of-1 試 験 は ABA デ ザ イ ン な ど の 自 己 対 照 デ ザ イ ン が 使 わ れ て い る 。 そ し て 効 果 判 定 は 検 定 で な く 視 認 で 行 う と い う の が n-of-1 試 験 の 方 法 で あ っ た 。視 認 で は 説得力に欠けるため、エビデンスの強さが分かる統計的仮説検定を使い、結果が偶然か ど う か を 明 確 に で き る よ う に 検 定 の 使 用 が 工 夫 さ れ て き た 。 ABA デ ザ イ ン で 使 わ れ る 検 定 法は対応ある検定である。ところがこれら自己対照デザインでは自己相関(系列相関)の 評価から始めなければならないが、余り見ない。 ま た 、 ABA デ ザ イ ン で 検 定 を 行 っ た 研 究 は 、 比 較 対 照 群 と の 独 立 比 較 で は な く 、 群 内 の 前後比較でしかない。これでは観察研究に近く、得られる結果は自然治癒や自然変動、 心理効果、個人差など多くのバイアスが多くかかったままとなる。 通常、自然治癒・変動に対しては無処置対照との比較、心理効果に対してはマスク化、 個体差に対しては群間にランダム割付することでバイアスを除去していく。無処置対照を 置いたとしても、持ち越し効果や対象疾患の限定などクロスオーバー法と同じ制約があり 10) 、 ABA デ ザ イ ン の n-of-1 試 験 で そ れ ら を 除 外 で き る も の で は な い 。 決 定 的 に は 、 群 間 比 較 デ ザ イ ン で は 対 処 で き る 交 絡 因 子 の 影 響 を ABA デ ザ イ ン な ど の 自 己 対 照 デ ザ イ ン で は 除くことが出来ないでバイアスがかかった結論になるということである。今までの鍼灸 研 究 で の ABA デ ザ イ ン の n-of-1 試 験 を 交 絡 因 子 に よ る バ イ ア ス と い う 点 で 反 省 し 、再 点 検 が必要となる。 一 方 、 ベ イ ズ 統 計 で は AB, ABA, ABAB デ ザ イ ン が 好 ま れ る 。 頻 度 統 計 で は ラ ン ダ ム 化 が 重要視されるのだが、ベイズ統計では前後比較で良いという。ベイズ統計の場合、比較 可能性の問題はクリアーできるのだが、それ以外の前述のバイアスの制約から逃れること はできない。 Guyatt は エ ビ デ ン ス の 階 層 表 で n-of-1 試 験( 1 症 例 RCT)の 結 果 が RCT の 系 統 的 レ ビ ュ ー( シ ス テ マ テ ィ ッ ク レ ビ ュ ー )よ り 治 療 を 決 定 す る エ ビ デ ン ス パ ワ ー が 高 い と し て い る 。 8 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 し か し 、 こ こ で 誤 解 し て は い け な い の が 、 Guyatt が EBM( Evidence Based Medicine) で 薦 め て い る の は ABA デ ザ イ ン の n-of-1 試 験 で は な く 、 条 件 交 替 法 の こ と で あ る 8) 。条件 交 換 法 は 実 質 的 に 群 間 比 較 で あ り 、群 間 比 較 を 行 っ て き た 研 究 者 に も 読 者 に も 理 解 し やすいといえる。 n-of-1 試 験 で も 条 件 交 替 法 の 場 合 、 1 人 の 患 者 に 対 し て 介 入 を ラ ン ダ ム 化 ( 今 回 は コ イ ントス法)することで、比較群との検定を行う条件を作ることができる。ここで使用され るランダマイゼーション検定は、少ない測定数、系列依存性があっても使用可能であり、 正規分布の前提不要という特徴を持っている。 n-of-1 試 験 を 実 施 す る に あ た り「 何 例 集 め れ ば 結 果 を 一 般 化 で き る の か 」と い う 疑 問 を 誰もが持つだろう。4 個体への試験実施で一般性が確認できると言われているが 6) 、 これは極めて限定された条件で行われた動物実験での話しであって、一般鍼臨床で通用す る 話 で は な い 。 一 般 化 を 考 え な け れ ば 、 n-of-1 試 験 だ か ら 1 例 で い い と い う 考 え も 当 然 出てくるが、その症例の相対的にベターな介入を求めることしかできない。 n-of-1 試 験 は 統 計 的 で な い と 思 わ れ て い る が 、 統 計 依 存 的 で あ る 6) 。そこで本研究の よ う に 果 た し て 48 例 が 必 要 な の か 、 何 例 あ れ ば い い の か 探 る た め に 、 10 例 ず つ 累 積 加 算 し て 平 均 値 と 95% 信 頼 区 間 を 求 め て み た 。 図 3 の よ う に 平 均 値 は 0.1 ~ 0.3 で あ る が 、 n-of-1 試 験 は 2 桁 の 10 例 あ れ ば い い か と い う と 、 そ う 簡 単 に 結 論 は 出 せ な い 。 こ の 問 題 は今回保留したい。 次に持ち越し効果を無視した試験ではないかという疑問である。それは本試験では結果 的 に 効 果 量 が 小 さ い も の で あ る と い う 予 想 は 群 間 比 較 の RCT で 予 想 で き て い た 。 つ ま り 介入が対照に比しほぼ無効であったから、持ち越し効果無視で試験を行えた。介入が事前 に 無 効 と 分 か っ て い な け れ ば 、持 ち 越 し 効 果 を 考 え て wash out の 期 間 を 設 け る 必 要 が 出 て くる。 ランダマイゼーション検定でもう一つ問題となるのが、測定点を何回とするかである。 最 低 6 回 で も 良 い と さ れ て い る が 3 )、 本 研 究 で は 、 こ の 6 回 に 2 回 を 上 乗 せ し 、 合 計 8 回 測定した。 次 に 、 求 め た 効 果 量 に つ い て 説 明 す る 。 例 年 の 効 果 量 d=0.11 で あ っ た 1) 。効果量には d ファミリーとrファミリーの 2 種類がある。その d ファミリーにも種類があり、その 一 つ に Cohen の d が あ る 。 Cohen の d の 特 徴 は 、 サ ン プ ル 数 n が 変 化 し て も 影 響 さ れ な い ことであり、加えて、データが対応ある・なしを問わず利用できるということで、その 使用が推奨されている。 Cohen の d は 0.5 が medium で 中 程 度 の 効 果 と な り 、 中 央 値 ( あ る い は 平 均 ) と な る 。 0.8 以 上 は large で 大 き い 効 果 ( 変 化 が 見 ら れ た )、 0.2 以 下 は small で 小 さ い 効 果 ( 変 化 が見られなかった)となる。これらの値は分布の 4 分位数から求められている。ただ、 これは心理学文献から求められた数字で、医学文献から得られた値はこれらより幾分小さ くなる 5) 。 な ぜ 、p 値 と 効 果 量 が 必 要 か と い う と 、p 値 は エ ビ デ ン ス の 強 さ を 表 し 、現 在 で は 、我 が 国だけでなく p 値が偏重される傾向がある。p 値だけで報告する片手落ちの研究が鍼灸 9 鍼灸研究 Journal Volume.2 Number.2 2015 学会誌に見受けられる。p 値偏重に関しては、国際医学雑誌編集者委員会作成の生物医学 雑 誌 へ の 投 稿 の た め の 統 一 規 定 [ 世 界 714 雑 誌 採 用 ( 2009 年 6 月 現 在 )] IV.A.6.c. の 「 統 計 」の 項 目 に「 ・・効 果 量 に 関 す る 重 要 な 情 報 を 伝 達 し 損 な う 恐 れ が あ る た め 、 統計的仮説検定 (例えば、p 値の利用) のみに依拠することは避けること」と記載され ている。この投稿基準を言い換えると、エビデンスの強さ表す p 値だけでは不十分で、 エビデンスの大きさを表す効果量も記載すべきというである。よって、本研究では生物 医学雑誌への投稿のための統一規定に従い、両者を求めた。 級 内 相 関 係 数( ICC)と は 被 験 者 内 、被 験 者 間 で の 量 的 デ ー タ の 信 頼 性( 一 致 度 )を 見 る 方 法 で 、 ICC は 信 頼 性 係 数 と な る 。 群 の ア プ ロ ー チ で あ る 鍼 ラ ン ダ ム 化 比 較 試 験 で は 効 果 量 が ほ ぼ 0.1 と な っ て い る 1) 。よ っ て 、個 の ア プ ロ ー チ で あ る n-of-1 試 験 の 結 果 が 効 果 量 0.2 以 下 と 同 様 の 結 果 に な っ た こ と は 、 本 研 究 の 結 果 は 確 実 性 、 信 頼 性 の 高 い も の と い え る。 崑崙穴刺鍼により立位体前屈の指床距離を縮めるのではという仮説は、自己対照デザイ ンでは、ランダム化した比較対照を置かないで観察した場合に比べ、練習効果や持ち越し 効果などと判別不可能であったため、錯覚しただけということが言えよう。 【結論】 n-of-1 試 験 を 用 い た 48 例 で 、 崑 崙 穴 刺 激 に よ る 指 床 間 距 離 の 改 善 は 、 無 処 置 対 照 に 比 べ 、 小 さ な 平 均 効 果 量 ( d=0.16 ) で あ っ た 。 つ ま り 、 崑 崙 穴 刺 激 に よ る 指 床 間 距 離 の 改善は、ほぼ無いと考えることができる。 この結果は、前回、集団へのアプローチとして実施した無処置対照(今回の試験と同じ 介 入 ) と 比 較 す る ラ ン ダ ム 化 比 較 試 験 ( d=0.11 ) と ほ ぼ 同 様 の 効 果 量 で あ り 、 集 団 へ の ア プ ロ ー チ で あ る RCT と 個 へ の ア プ ロ ー チ で あ る n-of-1 試 験 ( 48 例 ) の ど ち ら の 方 法 で も、ほぼ同じ結果が得られたことになる。 つ ま り 、 群 間 RCT と n-of-1 試 験 、 ど ち ら の 方 法 で も 研 究 は 可 能 で あ る と い え る 。 何 例 集めれば一般的な傾向を掴めるかという問題は残された課題である。 サ ン プ ル 数 を 集 め る こ と が 困 難 な 場 合 の small trials で は 、 個 へ の ア プ ロ ー チ で あ る n-of-1 試 験 は 研 究 方 法 と し て 有 効 で あ り 、 も っ と 推 奨 さ れ る べ き と い え る 。 【謝辞】 本研究にご協力頂いた大阪医療学園専門学校各科学生に厚く感謝申し上げます。 【引用文献】 1) 七堂利幸、奈良上眞、鍋田智之:昆崙刺鍼で前屈が容易になるか?-鍼ランダム化 比 較 試 験 の 新 し い 報 告 の 仕 方 - 、 鍼 灸 OSAKA, 2013; 29( 3) : 119- 125 2) 水本篤、竹内理 :研究論文における効果量の報告のために―基礎的概念と注意点―、 英 語 教 育 研 究 』 31 (2008), 57-66. 10 鍼灸研究 Journal 3) Volume.2 Number.2 2015 JB Todman,P Dugard:Single-case and small-n experimental designs, Lawrence Erlbaum Associates Publishers,2001; 134-137、 221 4) Mark S. Litwin: How to measure survey reliability and validity,31,45,SAGE Publications,1995 5) Reed JF Ⅲ , Slaichert W: Statistical proof in inconclusive 'negative' trials.、 Arch Intern Med. 1981 Sep;141(10):1307-10. 6) 小 牧 純 爾 : デ ー タ 分 析 法 要 説 、 ナ カ ニ シ ヤ 出 版 、 1995; 13- 18 7) Guyatt GH, et al.: 薬 剤 疫 学 に お け る 1 症 例 N 回 ( n-of-1 ) 無 作 為 化 比 較 試 験 、 薬 剤 疫 学 、 篠 原 出 版 、 平 成 7 年 ; 477- 493 8) Guyatt GH, et. Al,: 臨 床 の た め の EBM 入 門 、 医 学 書 院 、 2003; 10 9) 桑田・芝野:条件交替法の近年の適応動向と臨床場面での活用可能性、社会学部紀要 第 64 号 、 1991; 193- 203 10) 七 堂 利 幸 ほ か : ク ロ ス オ ー バ ー 法 は 葵 の 御 紋 か ? 、 医 道 の 日 本 誌 、 2011; 817, 104- 111 11) Evans CH, et al.,: Small clinical trials, National Academy press,2001;41-4 12) IV. A. 6. c. 統 計 学 的 手 法 : 生 物 医 学 雑 誌 へ の 統 一 投 稿 規 定 : 生 物 医 学 研 究 論 文 の 執 筆 お よ び 編 集 21p . (2010 年 4 月 改 訂 版 ) http://www.honyakucenter.jp/usefulinfo/pdf/uniform_requirements2010.pdf。 11
© Copyright 2024 ExpyDoc